【完結】杜王町怪忌憚   作:ようぐそうとほうとふ

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泥濘(ぬかるみ)

 

「いち、にーの、さんっ!」

掛け声に合わせ、閂を抜く。

その瞬間仗助が扉を思いっきり蹴り開ける。蹴りさけた扉になにかがぶち当たる手応えを感じる。

「クレイジーダイヤモンド!」

スタンドをだして、そのふっとんだなにかと思われる闇に蠢く塊を全力で出口の反対に吹っ飛ばす。

どばっ!

クレイジーダイヤモンドの拳がそれに当たった瞬間。それはまるで突然土に戻ったかのようにばらばらに弾け飛んだ。土塊が四散する。

「はやくしろッ!」

その声と同時に夕が部屋から飛び出し、出口の方へ走る。

土塊が飛び散った先の暗闇を振り返りながら仗助も続いて走る。

コレは幽霊じゃない。当たる直前にスタンドを引っ込められた時のように突然手応えが消えた。まるでダメージを回避するように。

 

ぺたぺたぺたぺた

 

「チッ…まだ追いかけて来やがる!」

出口の目の前。夕はもうその扉に手をかけてる。だめ押しのもう一発だ。

振り返り、追いかけてくるそれを視認する。するとー

「き、吉良吉影ッ…」

走ってくるのはあの、白いスーツに紫色のネクタイを締めた、ムカデ屋で追い詰めた時のままの吉良吉影だった。川尻浩作の姿ではない。

「ドラァッ!」

走ってくる吉良吉影に向かい、カウンターをあわせる。吉良は勢いを抑えることなくそのまま拳に飛び込んできた。

頭部がえぐれそこに詰まっていた泥がどばっと廊下にぶちまけられる。その勢いで、吉良は足を取られ仰向けにすっ転ぶ。

「わりーが手加減なしだ!」

その倒れた吉良が起き上がれないように、手脚を殴りつけダルマ状態にする。

どば、どば、と断面から流れるのは泥と土。

「仗助さん!」

夕が出口から呼びかける。もう立ち上がれないだろうと確認し、仗助は土でできた吉良吉影に背を向け出口へ向かう。

「危ない!」

夕が手を伸ばす。危ない?

後ろを振り返ると、ボコボコと顔を隆起させながらゆっくりと立ち上がる、まるで墓土からそのまま生えたかのような川尻浩作が、こんもりと盛られた土の中から脚をずる、と引き抜いていた。

「なっ…」

その顔は半分欠けている。しかし次々に断面から新たに土が盛られ、そこから川尻浩作の顔が作られていっている。

これは、吉良吉影なんかじゃないーー。

「エコーズact3!フリーズ!」

ずん!と音がして、その川尻浩作は子供の作った泥団子のように潰れた。

出口を見るとそこには康一が立っていた。

「仗助くん!大丈夫?」

「わりーな康一。助かったぜ」

「早く出よう。なんだかまずいことになっちゃってるんだ」

病院を出ると、そこには露伴と夕がいた。夕は地面にしゃがみ込んでしまっている。

「慌てて出てきたところを悪いが…急いで移動だ」

「移動ォ?どこに?」

「吉良吉影の…いや、彼女の家に」

「病院は…夕さんの手続きとか、あとその車の主だっているんですよね?」

「病院はもう、ダメだ。」

「は…?」

ダメ、とはなんだ?スタンドが出るから?それにしてはいやに沈鬱な露伴の表情に首をかしげる。

「あのね、仗助くん。エコーズで病院を偵察したんだ。そしたら…」

康一は言い淀む。

「中の人が、大勢死んでる。全員大量の土を口に詰められてる」

「なに…?!」

その発言に、夕も驚愕の表情で康一を見つめた。

「夕さんが狙われてるなら、ソレは絶対についてくる。人気のないところに行かないと犠牲者が増えちゃうかもしれないんだ」

「……ゆり、さん。榊さんは…」

「………亡くなってたよ」

「あ…ああ…そんな…….」

しん、と静まり返る正面出口。

すると静寂をかき消すように、病院のガラス戸の向こうからずる、ずる、と何かを引きずる音がした。

「とにかく移動だ。いろいろ整理したいこともあるからな。乗れよ」

露伴が指し示すのは、貸してもらったという黒い車だ。

「免許持ってましたっけ。」

「…バイクと同じさ」

 

四人乗りの車。運転席に露伴。助手席に康一。後部座席に仗助と、夕。

圧倒的な沈黙。

夕は何か思いつめたように膝の上で握った拳を見つめ、康一は窓の外を眺め、露伴は黙って運転している。

気まずい…と仗助も誰に話しかけることなく外を見た。

シーズンオフの寂れた別荘地帯。

この景色を見るのは二回目だ。

吉良吉影が消えた後、承太郎とともにその家を訪ねた。心なしかその時よりも閑散としている気がする。

静まり返った車内でラジオが雑音混じりのニュースを伝える。

 

ー深夜のニュースの時間です。えー、先ほど入った情報によりますと、杜王町内の病院で事故により死傷者が出た模様です。詳しい情報が入り次第お伝えします。…

 

事故。

事故、か。仗助はあの後、止める2人を振り切って病院の裏口へ走り、警備室を覗いた。

そこにいたのは口いっぱいに土を詰められた冷たくなった警備員だった。執拗に、破裂しそうなまでに土を詰められた遺体を見て絶句した。

そして車で追ってきた2人が仗助を車内に詰め込み、今に至る。

怒り狂いは、しなかった。ただ理不尽さだけが仗助の上に降りかかった。

あの光景を夕が見なくてよかったと思う。もし、自分のせいであんな風に人が殺されたと思ったら…きっと自責の念にたえられない。

夕は、何を思ってるんだろう。死者の数はまだわからない。しかし康一がエコーズで見た限り車を貸してくれたお手伝いさん、ナースステーションはダメだったそうだ。

また、ニュースになるな。ついこの間、寒い雪の夜。蓮見という男が死んでニュースになってすぐこんな異常な事件が起きてしまうとは。

そもそもなぜ夕は凶悪なスタンド使いに狙われてるんだろうか。あの時、扉越しに語りかけてきたアレは…

と、そこで車が止まった。

数奇屋作りの日本家屋。

吉良吉影のかつての住まい。

「………」

四人でその敷地内に足を踏み入れる。

足音は追ってこない。病院内で追いかけられた感じだと、アレは最高でも人が走る速度しか出せないようだ。追いつかれるにはまだ、時間がある。

「どうぞ。…ここは汚いから、土足のままで」

泥と、多数の足跡で汚れた廊下を靴のまま進む。救急隊員が踏み荒らしたのだろう綺麗な畳も趣のある板間も台無しだ。

「一人暮らしには広すぎるから、部屋をあんまり使ってないんです。ちょっと待っててください」

「あ、手伝いますよ」

拾い、ちゃぶ台がひとつだけぽつんとある部屋に通される。心なしか電灯が付いてるにもかかわらず、薄暗い。康一が夕についていき、露伴と仗助だけ家に残される。

「…なにもいないみたいだな」

「なんの気配もないッスね。でも生活感がないのにきれーに片付いてて、むしろそれが不気味とゆーか」

そこで襖があき、盆に湯呑みを4つ載せた夕と、座布団を抱えた康一が入ってくる。

「あの、ごめんなさい。家にコーヒーしかなくて…無理な人いますか?」

「お構いなく」

ちゃぶ台におかれる、湯飲みに入ったコーヒー。露伴、康一、仗助、夕。なんともちぐはぐな状況に思わず苦笑いする。

「それで…成り行きでこうなったわけだが、籠原サン。今何がどうなってるのか、わかってますか?」

「…よく、わかりません。よう子さんが襲われて、病院がめちゃくちゃになって…それが、私を狙った何かのせいだってことであってますか?」

「そう。その何かがなにか、心当たりは?」

「………」

夕は口をつぐむ。いうかいうまいかしばし悩み、結局口を開いた。

「あれは、私の妹…だと思います」

「妹?」

「13年前に行方不明になった妹です」

陰鬱な雰囲気を纏い、籠原夕は己の罪を告白した。

 

 

父と母は、旅行が好きな人でした。長めの休みが取れればすぐ飛行機でどこかにでかけるほどフットワークの軽い両親でした。当時5歳の私は、外国に行くたびに食べられる名産のお菓子やその国の日本じゃ見られない、綺麗な工芸品を見るのが好きでした。

旅行に行く前に、その国の映像とか本を両親が読ませてくれます。字がまだ読めない妹に、丁寧にふりがなの振られた本を読み聞かせてあげるのが私の楽しみの一つでした。

行き先は、エジプトでした。ミイラの眠るピラミッドやナイル川とともに流れるエジプトの歴史をお母さんが妹と私に話してくれました。

エジプトは、とても暑かった記憶があります。

カイロの町はとても複雑で、いつも混み合ってます。私と妹は旅行に慣れていたので、父と母が夜バーに出かけてる隙にこっそり部屋を抜け出してエジプトの星空を眺めました。

ホテルから出たら危ないのは知ってたので中庭で2人、昼間買ってもらったジュースを飲んでいました。

その時妹が、出入り口の向かいに細い細い階段をみつけました。それは普段は鉄柵で封鎖されてるようでしたが、その日はどういうわけか空いていました。

興味本位で私たちは、その薄暗い階段を降りました。

下まで降りると、下水につながる通路への入り口がありました。私が先に入ると、すぐ後ろで扉が閉まったんです。妹が幼いいたずらごころで扉を閉めたのです。その部屋の中は真っ暗で、私は怖くて泣きました。扉を叩いても妹は開けてくれません。暫くして妹は笑顔で扉を開けました。

「おねーちゃんないてるー」

悪気などひとかけらもない無邪気な笑みに私はその時はじめて殺意を抱きました。私は、本当はいつでも怖かったんです。外国のよく知らない場所を、まだまだ幼い妹を連れて探検するのが。妹の駄々を聞いて、妹に危険が及ばないかいつも気を張って行動するのが。

私は笑ってる妹を部屋に引っ張り込みました。衝動に任せて、彼女を部屋の奥へ突き飛ばしました。どうやら地下水が滲み出てるらしく、妹は泥の中に突っ込みぐちゃ、という音を立てました。

私はそのまま、その小部屋をでて、扉を閉めました。出られないよう、扉に閂をかけました。

妹はやっと何が起きたか気づいたらしく、泣き声で私に呼びかけました。

「おねーちゃん、こわいよお!あけてよう!」

ばんばんと扉が叩かれるけど、妹のか弱い力じゃ空くわけがありません。

「おねーちゃんごめんなさい。もうしないからゆるして」

妹は泣いてます。私はまだ怒りがおさまってませんでした。泣きわめく妹を残して、私は階段を登りました。一度も振り返らずに。

外に出て夜風に当たると、気持ちも少し収まりました。もう少ししたら助けに行こう。そう思い階段の前で座っていると広場が騒がしくなり始めました。あとから知ったんですが、どうやら通りで大規模な交通事故と爆発事故と殺人事件が起きたらしいです。

中庭で座ってた私は有無を言わさずホテルの中に連れ戻されました。いくら説明しようとしてもボーイは日本語がわかりません。私は泣きながら親を探しました。

ようやく両親に会い、私は泣きながら妹のことを説明しようとしたのですが、混乱のせいでうまくできませんでした。そしてあろうことか、そのまま眠ってしまったんです。妹のことをちゃんと話せたのは翌日でした。

翌朝、私は両親にひどく叱られてからその部屋へ行きました。

閂がかけられたままの扉。日があるのに薄暗い踊り場。

扉をお母さんが開けました。

中には、誰もいませんでした。

それからは大騒ぎで、地元警察と大使館と、いろんな人が私に代わる代わる質問をしていきました。観光にはもう、いけませんでした。

誘拐や脱出など、あらゆる可能性を検討しました。けれどもそこは完全な密室だったんです。外から閂を抜かないかぎり絶対に出られない、密室。

現地で待つのを諦め、帰国してからも母は諦めませんでした。

ビラ、尋人ラジオ、テレビ特番、霊能者。手段は問いませんでした。けれども、妹はいつまでたっても見つかりませんでした。

 

「…それから母はおかしくなって、昨年自殺しました。家にいるのが嫌で、私はここに逃げてきました。」

語り終えた夕はそれきり、口を噤んだ。

仗助は何てコメントすればいいのかわからず、チラと康一を見たが康一も同じらしい。目があった。

「じゃあ仗助が病院で見たのはその妹、か」

「待ってください、じゃあ吉良吉影はなんなんですか?」

「吉良吉影と面識は…」

「ないです。本当に遠い親戚なので…。あ、でも確かよう子さんは従兄弟だったから知ってると思いますが…」

「なるほど」

露伴も考え込むように黙る。

また、沈黙。

「…籠原さん、あんたその服のままでいいのか?」

唐突に露伴が口を開く。

夕はきょとんとして自分の服装を見る。入院着に上着を羽織っただけの服。改めて見ると寒そうだし、なんというか男だけの空間ではあまりに頼りなさげだ。

「あ、私すっかり忘れてました…やだ。失礼しました。着替えてきます」

「なにかあったら大声を出してください」

露骨に夕を追い出し、露伴はコーヒーを飲む。インスタントコーヒーの味に顔をしかめ、ため息をつく。半端に気を使って疲れたんだろう。

「で、仗助お前は病院で何を見たんだ?」

「…さっき話してた妹らしきヤツと、やけに汚れた女っすね。あといつの間にかかってた閂と…吉良吉影の姿をしたヤツ。」

「ぼくも吉良吉影の方は見たんだ。でもあれは…」

「ああ、吉良吉影じゃねー…アレはただの泥でできた人形だ。多分、あの妹も」

「だろうな。ぼくも考えていたんだが今回の事件は死人が蘇るというより、死人の姿をしたモノが現れる、と考えるのが妥当だ。」

「…それで、ソレが妹さんの姿を借りるのはわかるんですが、なんで吉良吉影に?」

「ソレはおそらく、ターゲットの恐怖しているものの姿を借りるんだと思う。…籠原さんのあの話ぶりや怯え方から推察してるだけだが。…あの目を抉られた女、あの女がもしかしたら吉良を恐れてたのかもしれない。そしてその恐れを夕とも共有してたら。そう考えれば矛盾はない」

「あッ、だからあの時顔が川尻浩作に変わったのか!」

「それじゃあ、汚れた女の人は…」

「本体、か?」

「絶対に違う。ありゃ、人間じゃあねえ…」

仗助の深刻な声色に2人が息を飲む。

「…そもそも本体なんているのか?だって妹さんが土塊ならダレが夕さんを狙うんだ?」

「でもぼく、思ったんだけどアレはスタンドなんじゃないかと思うんだ。だってもし幽霊ならわざわざ土で体を作らないと思う」

「あー、その点に関しちゃおれも同意見だぜ。あれはクレイジーダイヤモンドの拳がぶち当たった瞬間、衝撃を逃してた。それはつまり、スタンドでダメージを与えられるってことだ」

「エコーズで押しつぶした時も、急に手応えが消えたんだ。攻撃されたとわかった瞬間スタンドを引っ込めたみたいにね…。もしスタンドならやっぱりなおさら、夕さんを狙ってる人がいるはずだよね…」

「なあ、君たちが気付いてるか知らないが、ぼくは一つずっと気になってることがあるんだ」

「なんですか?」

「彼女、スタンドが見えてるよな?」

「え…?でも、スタンドが土からできてるなら普通の人にも見えるし、現にいろんな人が目撃して…」

「そうじゃなくて、彼女病院でクレイジーダイヤモンドを目で追ってなかったか?」

「あ…そういえば」

「彼女自身がスタンド使いである可能性。これも視野に入れるべきだ」

「もしそうだとしたら、スタンドがスタンド使いを襲ってるってことになるじゃねーか。ありえるのかそんなこと?」

「いや、ありえるよ。チープトリックがそうだった!!」

「仗助、おまえさっき飛び込んだ小部屋に見知らぬ閂がかかってたって言ったな?それは籠原さんが開けたんだろ?それもスタンドの一部だとしたら、おまえに開けられなくて籠原さんに開けられた理由はわかるよな」

「それは……」

「……もし籠原夕が自覚のないスタンド使いで、自身のスタンドを制御できていないとしたらつじつまがあう」

「…だとしたら、どうするんだよ」

「…………」

またしても、沈黙。

もしスタンドを制御出来ていないとして、今後制御できるのか。身に余るスタンドをどうやって抑えるのか。いや、そもそも死人が何十人も出ているスタンドをあの弱り切った夕にどうにかできるのか…?

何もわからない。

 

ピンポーン

 

インターホンが静寂を切り裂いた。

「億泰…だといいんだが。」

露伴が警戒しながら呟く。

「おれが見てきますよ。」

仗助は立ち上がり玄関へ向かう。途中の廊下で夕とばったり会うと、彼女は蒼い顔をしていた。

「大丈夫ッス。おれが見てくるんで」

できるだけ朗らかに言うと、玄関へ向かった。

生唾を飲み込み、話しかける。

「そこにいるのは誰だ?」

「はァ?なァーに言ってんだよ仗助ェ。こんな真夜中に電話で呼び出しといてよォ〜」

「億泰…」

スタンドは恐怖してるものの姿を借りる。これはあくまで仮説に過ぎない。もしどんなものにでも姿を変えられるなら…迂闊に扉を開けられない。

「開けてくれよ仗助。ここらへん人気がなくて薄気味わりーんだよ」

「…わかった、わかった。」

かと言ってここで悩んでいてもなにも解決しない。仗助はクレイジーダイヤモンドをいつでも攻撃できるように構えて扉を開けた。

「わ、なんだよ?!」

そこにいるのはいつも通りの億泰だった。

「わりーな。警戒中でよ」

「電話じゃろくに説明がなかったんだが、そんなやばいのか?今回の事件ってーのは」

「かなりな。まあとりあえず上がって…」

と、そこで仗助は見てしまった。億泰の肩越し、家の敷地にある生垣の手前にぼんやりと佇んでいるまるで地中から這い出てきたばかりの死体のような、泥まみれの女を。

「早く入れ億泰ッ!」

「はーー?」

億泰の腕を引っ張り扉を閉める。

びしゃんと閉まる音がすると、屋根の方からめしめしめしと家鳴りが…いや、足音が聞こえてきた。

「くそッ…来やがったか」

薄暗い家にじっとりと、重たい気配が充満した。

 


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