忘れ形見の孫娘たち   作:おかぴ1129

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10.グッバイひこざえもんプロジェクト進行中

 プロジェクト始動から二日後、僕は鈴谷が持ってきてくれた大淀さんの資料に目を通す。これによると鈴谷の仲間たちの告別式の出席率は百パーセント。そのような機会をつくってくれるのならぜひ出席したいという声がほとんどだったようだ。

 

「……よかった。余計なおせっかいじゃなくて」

「大淀さん、がんばってたよー」

 

 分かるよ。この資料の出来は素晴らしい。簡潔にまとめられていて、それでいて詳細も分かるように見事に作りこまれてる。図案も分かりやすくて過剰ではない。まるでプレゼン資料のお手本のような作りだ。

 

 そして出席率百パーセントということは……爺様が唯一レベルキャップを開放した婆様そっくりの子、摩耶さんも来るということだ。摩耶さんも、これをチャンスに爺様の死を受け入れようとしているのだろうか。

 

 ……あるいは、未だに受け入れられない爺様の死を突きつける僕達に対する、抗議の意図がある出席なのか……どちらにせよ、成功へのハードルは大きく上昇した。

 

「こら失敗出来ないな……」

 

 身が引き締まる思いを感じつつ、皆の要望がまとめられたページを見る。爺様への挨拶をみんなにしてもらったあとすぐに解散てのも素っ気ないし、どこかでみんなでご飯とかは考えてはいたんだけど……

 

「あーそうそうかずゆき」

「んー?」

「大淀さんの資料ね、要望のところに何人か書き足してるみたい」

 

 あーなるほどそれでか。ところどころパソコンの文字じゃなくてどう見ても手書きな文字が入ってるのは……

 

『カズユキの家であそぶ!!』

 

 これはきっと涼風だろう。遊ぶのはいいんだけど、さすがに二百人近くの子がここに来て何して遊ぶ? 家の中に入ったらみっちみちになるよ? 涼風プランへのツッコミもそこそこに、他の手書きの意見に目を通す。

 

『Tea Timeやりたいデス(帰国子女なので)』

 

 うん。いやまぁプランとしてはまったく問題ないんだけど、帰国子女だから?

 

「それは金剛さんかな? あの人イギリス生まれだからね」

「だからティータイムが大切なのか」

「そうだよー」

「ちなみに鈴谷は紅茶はどうなの?」

「リプ◯ンの紙パックのやつをよく飲むかなぁ。1リットルのやつ」

 

 うーん……ザ・女子高生。僕が高校生の時もそうだったけど、その辺は今の女子高生も変わらないのか? つーか1リットルのやつなんか飲んでよく腹こわさないな……

 

 他にはどんなプランがあるんだー……どれどれー……

 

『焼き肉(加賀さんだけズルいので)』

 

 ズルい? 加賀さんの親友か何かだろうか? この人もかなりの食いしん坊さんみたいだな。

 

「ぁあ、その焼き肉ってのは赤城さん」

「加賀さんじゃないのか……」

「加賀さんもよく食べる人だけど、赤城さんはそれ以上だよー?」

「こわっ……」

 

 これは予算配分を見なおしたほうが良いかもしれんな……。

 

「あ、そうそう。大淀さんからも提案があってさ」

「うん」

「『会場にうちの鎮守府を使うのはどうですか? キリッ』だって」

「その『キリッ』てのは勝手に付け加えたんだろう?」

「違う違う。ホントに、こう……『キリッ』て感じでメガネクイッてしながら言ってた」

 

 確かにホントはそうさせてもらえると、出費という意味では大助かりなんだけど……できれば爺様が住んでいたこっちでやりたいんだよなぁ……。

 

「ちなみにさ。仮にこっちで告別式やるってなったら、鈴谷たちはどうやってこっちに来るの?」

「んー……特に決めてないけど、大淀さんならなんとかするんじゃん?」

 

 まー、あの人ならなんとかするだろうな……よし決めた。会場はこっちだ。明日には大淀さんもこっちに来る。それまでに何をやるかを決めておかないとな……。

 

 こんな具合で、ぐっばいひこざえもんプロジェクトは順調に進行していった。涼風たち以外の要望も見てみると、皆様は基本的に食事か遊びのどちらかをご所望のようだ。

 

 ……ならばキャンプ場を貸しきってしまい、そこで一日遊んだり食事したりするのがいいだろう。候補としては……宝永山そばにある『わくわく大自然キャンプ場』がいいだろう。貸しきってしまえば他の客からの苦情もないはずだ。あそこならそばに川泳ぎ場もあるからみんなで遊べる。うちの近所の川はホタルが出るから遊泳禁止だしな。恥ずかしすぎるキャンプ場の名前はこの際ガマンだ。

 

 肝心の告別式に関しては近所の文化会館を借りる。調べてみたところ平日の半日であれば比較的安価な価格で借りることが出来る。

 

 食事は……焼き肉というかバーベキューでいいだろう。あれならこっちは材料を準備さえしておけば問題ない。ならば肉屋と八百屋と魚屋を巡らねばなるまい。

 

「鈴谷」

「はーい?」

「これから肉屋と八百屋と魚屋に行くからついてきてくれ」

「りょうかーい」

「鈴谷の値切り交渉に期待だっ!!」

「任せといてよ!」

 

 鈴谷を引き連れて肉屋と八百屋と魚屋に向かう。理由は二百人分のバーベキューの材料の取り寄せが出来るか確認するためだ。僕が『二百人』という数字を出した途端に店主(男)たちは冷や汗をかき、『無理に決まってるだろう』という表情をしていたのだが……

 

『ねーおぢさん。なんとかならない?』

 

 鈴谷を連れて来て正解だった。この女子高生は意識的にか無意識的にかは分からないが女子高生という己の武器を最大限活用し、次々と店主を籠絡させていく。鈴谷の虜になってしまった店主たち(男ども)は鼻の下を伸ばし、鼻の穴を広げ、フンハーフンハー言いながら食材の準備を約束してくれた。そしてそのたびに鈴谷は『おぢさんだいすき!!』と宣言し、店主を弄んでいた。罪な女子高生、鈴谷。

 

 それにしてもなぜ僕の交渉術ではダメなのか……そら確かに営業は無理っぽいって思って技術職に切り替えた過去のある僕だけれども……

 

「かずゆきは頼み方がダメなんだよきっと」

「いや、鈴谷の頼み方がヤバいんだよ。あの頼み方は鈴谷にしか出来ない」

「そお?」

「……あ、いや待て。一人いる」

 

――店主さん……お肉二百人前、準備してくれるとうれしいな……

 

 声を聞いたものを問答無用で骨抜きにする女性・鹿島さんの存在を忘れていた。僕も危うく軟体動物にされかかったあのボイスはある意味では破壊兵器だよ……。

 

 翌日、大淀さんが再び来訪し、二人で打ち合わせとなった。僕は大淀さんにプランの企画書を渡す。以前に大淀さんからもらったプレゼン資料と比べるとだいぶとっちらかった資料になってしまったが、概要を説明する分には問題はないだろう。

 

「和之さん。企画としては大丈夫ですが……」

「はいはい?」

「資金面は大丈夫ですか? けっこうな金額が計上されてますけど……」

 

 大淀さんは予算のページを見て、心配そうにそういう。……だってミリオン・イェンですもの……個人が払う分には大きい額ですからね……。

 

「任せてください! 僕の底力を甘く見ちゃいけませんよ!!」

 

 大丈夫だ。払えるだけの資金はあるんだ。ただ、すっからかんになってしまうだけの話で……。でもそんなことを悟られるわけには行かない。僕は腰に手をやり、冷や汗が垂れるおでこを必死に隠して、自身を奮い立たせるために盛大に強がった。

 

 これでバレてないはずだ……僕が今不安でいっぱいなのは伝わってないはずだ……と自分に言い聞かせていたら、以外と人の不安というものはたやすく伝播してしまうらしく、僕の大淀さんは困ったような笑顔を僕に向けた後……

 

「……分かりました。では告別式の装飾品に関しては、費用も含めて当鎮守府で準備します」

 

 と、僕にとってとてもありがたい提案をしてくれた。この提案を受けて僕の虚栄心は一瞬で崩れ去り、次の瞬間には大淀さんのこの提案が確実なものなのかどうかを大淀さんに確認してしまっていた。この場に鈴谷がいたらおもっくそバカにされていたところだ……

 

「ホントですか?!」

「ええ。加えてバーベキューの分の食材の半分も当鎮守府から出します。これで和之さんの負担もかなり減ると思いますけど、どうですか?」

「減ります! 金の大半はそこですから! マジで助かります!!」

 

 おお……大淀さんの背中から翼が見えるぞ……眩しい……天上から光が差している……そうか。彼女こそ天使……。僕の前に今、大天使オオヨドエルが降臨なさったのか。

 

「本当は食材のすべてを出せる余裕もあるのですが……それでは鈴谷のがんばりを無下にしちゃいますしね」

 

 なんという慈悲深きオオヨドエル……おい鈴谷、恐れ多くもこの大天使オオヨドエルはお前にすらお慈悲をおかけあそばされてらっしゃっておいでだぞ。この場に鈴谷がいないのが残念だ。ヤツがいたらそれこそ盛大に恩を売っておいてもよかったのに。

 

「私達のためにここまでしてくれる和之さんと、私たちと和之さんを繋いでくれた鈴谷への、私たちからのお礼だと思ってください」

 

 この大天使オオヨドエルの一言を聞いて、……そして彼女の優しい微笑みを見て、僕は涙が出そうになった。なんというお慈悲……天使は確かにここにいた。ここにいたのだ。

 

「ありがとう……大淀さんありがとう……ひぐっ……あなたは僕の天使です……ひぐっ」

「ただいまー!! 文化会館の案内状とキャンプ場の予定表もらってきたよー!!」

 

 僕が涙腺をゆるめて鼻水をちょうど垂らしているところに鈴谷が帰ってきた。鈴谷はそんな僕を見てクスクス笑い始め……

 

「ちょっとどうしたのかずゆき……ぶほっ……ヤバいチョー受ける……ぐはっ……」

 

 だまれ鈴谷。僕は今神様の愛を一身に受けていたのだ。神の愛に触れていたんだよ鈴谷。

 

「なにそれ鈴谷意味分かんないんですけど……デュフッ……」

「黙れ鈴谷ッ! 今日こそ逆ロメロで折檻してやるッ!!」

「うひゃー大淀さんタスケテー。鈴谷がかずゆきに襲われるー」

「黙れッ! こっちこいッ!!」

「ちょ……かずゆき大胆すぎる……!」

「誤解を招く言い方はやめろッ!」

 

 逃げ惑う鈴谷とそれを追いかける僕。そしてその様子を微笑ましく見つめる大天使オオヨドエル。……こんな感じで“グッバイひこざえもんプロジェクト”は滞り無く順調に進んでいった。

 

 爺様、待っててくれ。もうすぐ孫娘たち全員とお別れさせてあげるから。婆様にそっくりな摩耶さんと、シッカリお別れさせてあげるから。

 

 


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