Illusional Space   作:ジベた

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08 雪色の彗星

【ミッション】“未確認ISを撃破せよ”

【依頼主】国連・IS委員会

【フィールド】山岳、および森林

【同時出撃可能数】制限なし

【概要】各国企業に対してテロ行為を行なっている所属不明のISを誘き出して撃墜する作戦を実行する。撃墜対象は未知の技術が使われている非常に強力なISのため、出撃枠の制限は撤廃した。参加希望者は随時参加してもらって構わない。なお、報酬は対象を撃墜した1名のみとする。

【報酬】未確認ISの装備

 

 

 土曜日。日本国内のとあるゲームセンター。2日後に迫った大きな対戦に向けての調整のためにゲーセンに訪れていた男たちはISVSに入っていた。10人のメンバーの選出は終わっている。今日明日はメンバー同士の連携の確認のために練習試合をする予定であったのだ。

 

「我が右腕、ハーゲンよ。我らは運が良いらしい」

 

 10人のリーダーと思しき、マントをつけた少年が傍にいる大男に声をかける。試合の相手を探す傍ら、適当に今あるミッションを漁っていて見つけたひとつのミッション。そこに書いてある“未確認IS”に興味を惹かれていた。頭巾状の装甲がついているハーゲンと呼ばれた大男が無言で頷くのを見てリーダーは話を続ける。

 

「コイツはwikiにバレットが報告を上げていた赤い可変ISのことだろう。あの男が手も足もでなかったという強力な装備だったらしいが、よもやそれが手に入る機会がこのタイミングで訪れるとはな」

 

 リーダーの少年はクククと静かに笑う。その様子を他のメンバーは黙って見守っていた。

 

「今宵の獲物は決まった! 我ら“蒼天騎士団”が真紅の鳥を墜とす!」

 

 蒼天騎士団リーダーの少年マシューはマントを翻して転送ゲートへと向かう。頭巾の大男ハーゲン含む、他の9人も後に続いていった。ミッション追加プレイヤーが10人。それも全体としては微々たる数であった。既に戦場は多数のプレイヤーで溢れている。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 銃弾が追ってくる。狙われた少年はISによって鋭敏となった感覚で冷静に見据えると左のスラスターを噴かせて滑るように回避する。木の陰に入ったところで敵の視界から外れ、攻撃が止んだ落ち着いた状態で反撃の道を探り始める。

 戦場は広大な森林。逃げることが目的である身としては空よりも森の中の方が都合が良かった。索敵に長けたIS相手ならば空にいようが森にいようが容易く見つけられてしまうのだが、大多数のISは目視や簡単なセンサーに頼っている。センサーさえ騙せれば敵にこちらの位置を把握されにくいというわけだ。

 

「シズネ。俺の近くにいる敵は1機だけか?」

 

 少年は小声で呟く。彼の周りには誰一人としていなかったが、彼に対して返事はあった。

 

『いいえ、2機います。ただ、連携は取れていないようですので別勢力でしょう。各個撃破は容易と判断します』

 

 指揮を執っている少女から2機いるという情報がもたらされたが、連携さえ取られなければ関係はなかった。通信に答える間もなく、少年は弾痕の残る道を戻る。当然、その先にはマシンガンを構えて追ってきているISの姿があった。飛び出した少年に対してすぐさま銃口を向けてくる。しかし、遅い。銃口が向く頃には少年の次の位置取りが終わっていた。

 低空飛行。木々の最高点よりも低い枝の隙間を縫うように飛び、左手に所持するアサルトライフル“焔備(ほむらび)”のトリガーを絞る。足を止めていた追っ手は避けられるはずもなく銃弾を2発3発と受け入れざるを得なかった。

 ガサガサと音を立てて移動する少年の位置は枝と葉で隠れていてもわかる。追っ手は撃たれているにもかかわらずマシンガンで撃ち返した。互いにエネルギーを削りあう根比べ。単位時間当たりのダメージ効率はアーマーブレイクを狙いやすいマシンガンの方が圧倒的に上であるため、追っ手は当てられれば良いと考えていたのだ。全く関係のない場所から矢尻が飛んでくるまでは。

 矢尻はマシンガンを貫通していた。ワイヤーが繋がれている矢尻がそのまま引っ張られ、追っ手のISはバランスを崩す。壊された武器をいつまでも持っているべきではなかったのだ。ワイヤーの先には、刀を持って飛びかかる少年の姿があった。追っ手のISもブレードを持っていたが、振れる体勢ではない。不意打ちに成功した少年の刀が一方的に叩きつけられる。アーマーブレイクが発生。追っ手のISは打鉄フレームであり耐久性は高いのだが、ライフルを連続で受けてきていて疲弊していたシールドバリアは刀の一撃を耐えきることはできなかった。シールド回復まで機動性も制限される追っ手のISには時間を稼ぐ術すらなく、少年の2撃目3撃目を連続で受けてストックエネルギーが底を尽きた。

 

「群れなきゃこんなもんだな。どこかで見たような装備の奴ってのは戦法までどこかで見たものになるしかないし」

 

 粒子状になって還っていく追っ手のISを尻目に投げ捨てたアサルトライフルを回収に向かう。ついでに指揮官に撃墜の報告も入れておく。

 

「1機撃墜。近場のもう1機を倒しに向かう」

『了解しました。こちらは救出した“仲間”がISを持っていないため、もう少し時間がかかります』

「わかってる。ナナには空を全部任せてるんだ。下は俺たちが時間を稼いでみせるさ」

『お願いします、トモキくん』

 

 簡単な敵の位置情報をシズネに送ってもらい、トモキは次の標的を狙いに向かった。

 

 戦い始めて既に1時間が経過していた。トモキが倒したISは今ので6体目。それでもトモキの戦果だけでは敵の戦力をほとんど削れていない。1人で敵を倒せる戦力がナナとトモキしかおらず、あとは牽制しながら逃げることしかできない心許ない戦力で、10倍は軽く居る相手と戦っている。

 

 事の発端はいつもの【“仲間”の救出】だった。新たにこの世界に来た“仲間”の情報を得たナナたちは自分たちの目的のために救出作戦を実行する。前回、メンバーのダイゴとキクオの2名が窮地に陥ったため、戦力を多めにして救出に向かったのだ。結果は拍子抜けなくらい簡単に2名の“仲間”を救出できている。

 問題はその後だった。救出した“仲間”を連れて敵の拠点から出たときには周囲がプレイヤーに囲まれていたのだ。今までもプレイヤーが襲ってきたことはあったが、今回は数が異常だったのである。ナナの即決により彼女が囮となって、トモキを先頭に逃走を開始したのだった。

 

(ストックエネルギーは残り84%。武器の耐久はどれも削られていない。一応、まだ俺は戦えるが……)

 

 戦況は芳しくない。敵の大多数はナナが引き受けているが、全てを抑え込むことは不可能だ。ナナが抑えられなかった敵をこうして撃退するのもトモキ1人ではとても手が足りない。ジリジリと敵を牽制しながらのゆっくりとした後退しかできなかった。つまり、敵を引き離し切れていない。母艦に戻るためには、撤退する部隊が完全にフリーとなる必要があった。今はそれまでの道筋が見えない。

 

 敵のISを発見する。今度は全身を盾で固めたような重装備のISだった。防御重視ユニオン。装甲でガチガチに固められた戦闘タイプであるため、実弾への耐性は凄まじく高い。勝てない相手ではないが、面倒な相手であった。

 

「ああ、もう! 相手してやるよっ!」

 

 今すべき事はわかっていても、結果をたぐり寄せられないことがトモキを苛立たせる。終わりは見えない。それでも戦うしかない。

 

 ――“仲間”と共に帰るために!

 

 右手には近接ブレード“葵”。

 左手にはアサルトライフル“焔備”。

 どちらも初期フレームに打鉄を選択したときに付いてくる初期装備だ。弱いわけではないが使いやすさ重視のためクセのある敵と戦う際に使いにくいこともある。今回がその状況だった。しかしトモキには関係ない。装甲で固めた金属ダルマに向かってトモキは飛び出した。相手は戦闘態勢に入っていない。トモキはライフルで先制攻撃を加える。金属同士が干渉して甲高い音を次々と奏でていた。

 

「よし、気づいたな。そのまま来い。お前の相手は俺だ!」

 

 誰が見ても効き目はないと感じるだろう。そんな状況を目の当たりにしてもトモキはそれが当然として流す。

 次の展開は敵の装備の披露だ。装甲ばかりでゴツい体が所持している武器は本体に負けず劣らずのゴテゴテした射撃武器だった。バズーカ砲を円形に束ねたようなそれはIS用武器としても規格外の代物である。射撃の際には浮遊や防御に使われているPICの全てをPICCと反動制御に回さなければならない超大型ガトリング、名を“ヘカトンケイル”という。

 単発でもアサルトライフルの威力を上回る驚異の兵装の破壊力を直感で読みとったトモキは急速反転して木の陰に隠れた。敵の視界から隠れても尚、トモキは逃げる足を止めない。それもそのはずだ。彼の背後にあった木々は次々となぎ倒されていった。

 

「ちぃっ! いくらなんでもこれはやりづれえ!」

 

 同じISでも歩兵で戦車に挑むような状況である。使いやすい武器はデメリットがほぼ無いが、戦況を劇的に変える効果も無い。戦車をぶち破れるような携行火器ではないのだ。

 背後の木々を見やる。弾丸はトモキの元いた場所を当然のように通過しており、関係のない奥の木まで貫いていた。トモキの両肩には物理シールドがあるが、盾として機能するのか疑問である。まともに撃ち合えば一瞬で敗北することは間違いない。

 

 敵の攻撃が止んだ。武器の特性上、敵は攻撃しながら移動ができない。見失ったトモキを探すためには移動しなければならず、この瞬間は攻撃ができない。だから、その隙を突けばいい。

 

「おらーっ!」

 

 ここにいるぞと宣言するかのような雄叫びを上げてトモキはライフルを乱射する。細かく狙ったところでどうせダメージにはならないと諦めていた。弾丸は全て装甲の前に弾かれる。ストックエネルギーが削れているかもわからない。だが無理はせず、敵が足を止めた頃には再び森の中に姿を隠した。

 

(ここからは根比べだ。俺のテキトーな射撃でも数を撃てば装甲の隙間に当たるはず。そうなればあれだけガチガチに装甲で固めたISだ。数発でシールドバリアは容易く砕ける。それを理解していない相手ならばブレイクしてから楽に刈り取ればいい。理解している相手だと2通りに分かれるが――)

 

 瞬間、トモキは空気の変化を感じ取った。木々がなぎ倒されている音が聞こえるが、ガトリングによるものではない。残る可能性は敵の移動。

 

「我慢弱い愚者の方だったか。俺的には非常に助かるぜ」

 

 一方的に攻撃され続けることを嫌った敵は強引に近距離戦に持ち込もうとしてきた。だがこれこそトモキの狙った状況である。

 用済みのライフルを量子変換して片づけ、代わりの装備を取り出した。機械的な外見の大砲だ。これこそがトモキの切り札。初期装備とワイヤーブレードの他に自機に積んでいた荷電粒子砲“春雷”である。

 2機のISが接触する。一方は大型ガトリング、もう一方は荷電粒子砲。同時に撃ち合えば勝つのは前者だ。だが状況次第では逆となる。移動している状態でのIS用ガトリングはただの筒でしかない。

 

「自分の装備の特性を学んで出直せ、マヌケ」

 

 至近距離で荷電粒子砲が火を噴いた。胴体を包んでいた装甲のど真ん中に大穴が空き、プレイヤー本体も露出する。トモキは攻撃の手を緩めない。まだ決着は着いておらず、装甲は拡張領域の予備装甲で修復が可能なはずだった。その前に空いた土手っ腹に刀を突き立てる。脆いシールドは簡単にブレイクされた。敵がガトリングをトモキに照準し、発射するもトモキは冷静に肩の盾で防ぐ。とどめとばかりにブレイクした腹にもう1回刀を突き刺した。

 

 敵が消失する。これでトモキは7人目のプレイヤーを狩ったことになる。これまでの疲れが出たトモキは全身の力を抜いてその場に浮遊した。

 

「シズネ。2機目も倒した」

 

 報告を入れるもまだ周りを気遣うだけの気力が戻らない。相手が弱かったのもあってトモキの考え得るスマートなやり方に持っていけたのではあるが、最後のやりとりでは下手したら自分の方がやられていた。

 自分の損害を確認する。ストックエネルギーは72%。最後に2発本体にまで届いていたのだ。左肩の盾は貫通している。修理自体は自動で今も行われているため盾の被害は実質ない。問題は武器の方だった。

 

「ちっくしょー。やっぱり接近戦で荷電粒子砲なんて振り回すんじゃなかった」

 

 最後のやりとりでガトリングの弾が見事に命中していた。対防御ユニオン用の武器である荷電粒子砲が使い物にならないくらい損傷してしまっている。自動修復完了まで12時間。もう一度同じタイプの相手が現れたら、同じ戦法はできない。

 残された武器は近接ブレード“葵”、アサルトライフル“焔備”、ワイヤーブレード“シュベルト・ツヴァイク”の3つだけ。

 

『お疲れさまです。悪い報せともっと悪い報せがありますがどっちから聞きますか?』

 

 シズネからの通信。先が思いやられている中での悪い報せにトモキはため息をつくことしかできなかった。

 

「もっと悪い方から頼む」

 

 トモキは疲れを隠さずに答える。対するシズネは淡々と事務的に伝えてきた。

 

『ナナちゃんはトモキくんのことが嫌いだそうです』

 

 ――瞬間、トモキの顔が絶望に染まった。

 

「そんなバカなっ!? ありえないいいい!」

『ナナちゃんは不良が嫌いですので仕方ありません』

「それは昔の話! 今の俺は品行方正! 仲間のために命を張って戦える頼れる男だろ!」

『自己評価ご苦労様です。私の評価もそんなところですし、ナナちゃんもトモキくんを認めているところです』

「自他共に認めてる事実じゃねーか! 俺の何が悪いってんだ!?」

『……本当に、言ってよろしいのでしょうか?』

「ごめん、やめて! 今言われたら立ち直れないかもしれない!」

 

 相性的に不利なIS戦を前にしても泣き言を言わなかったトモキだったが、シズネとの会話で涙目になっていた。

 

『では、悪い報せの方ですが――』

「え!? 俺へのフォロー無いの? ってか、さっきのは嘘なんだろ?」

『嫌いというのは嘘ですが、ナナちゃんがトモキくんを恋愛対象として見ることがあり得ないとだけは言えます』

「まさか既に男がいるとか?」

『ええ、そうです』

 

 本当に、悪い報せだった。それを何故このタイミングで言ってきたのか、トモキはシズネの意図を掴めない。ただ、満身創痍な体にとどめを刺された気分だった。だがシズネの話には続きがある。

 

『そんなことでトモキくんは諦めるような男でしたか? ナナちゃんへの片思いはその程度で潰えるような薄っぺらいものですか?』

「んなわけがねえだろ!」

『ナナちゃんの王子様はこの窮地を助けてくれません。今なら王子様よりも頼れるところを見せつけられますよ?』

 

 シズネの言うとおりだった。ナナの危機に対してナナの想い人は何もできていない。今助けられる男は自分をおいて他にいない。トモキの体には気力が満ちあふれていった。やってやると胸の内で呟き、刀を握る手に力を込める。

 

「悪い報せを言え。敵の増援か?」

『はい。問題は、ナナちゃんに向かわずに森の中だけを移動してくる部隊がいるようです』

「つまり、連携の取れた相手が来るってわけか。手厳しいがやってやれんことはない。今の俺はできる男だからな。で、ナナの方は大丈夫なのか?」

『現在撃墜数が47体。尚も戦闘中ですが、損害はほぼ皆無です』

「流石だ。それでこそナナだぜ」

 

 しれっと伝えられたのはナナの異常性。機体性能がずば抜けているのは把握しているが、担い手としてのレベルも非常に高いものだった。そこらのISに負けるつもりはないトモキだったが、ナナと同じ機体を使ってもナナと同じ戦果を上げられる自信はなかった。

 慢心せず、ただ目的のために真っ直ぐ戦う女リーダー。その背中を見ていたトモキが惹かれたのが女としての彼女だったかは今となっては本人もわからない。ただ、彼女のために戦う想いが本物であることだけは言えた。トモキは次の仕事のために移動を開始する。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 周囲に拡散させたナノマシンが情報をかき集めてくる。独立したPICによって空気中を漂っているナノマシン群は本体との特殊なネットワークにより使用者へ観測したデータを送るセンサーとして機能している。ハイパーセンサーを以てしても一般的なISでは存在を認識することが困難なナノマシンの操作には特殊な才能が必要だった。

 

「当初の推測どおり、ターゲット以外の敵ISは逃げに徹している……か」

 

 赤い未確認ISの撃墜こそがこのミッションの達成目標である。ならば逃げる他の存在など放置すれば良いというのが一般的な考え方であろう。しかし、スフィア“蒼天騎士団”のリーダーであるマシューこと真島慎二はそうではなかった。目立つ場所で戦闘を繰り広げているターゲット“紅椿”に向かうことなく、まるで関係のない森の中を逃げるISを追っている。正確には追わせているというべきか。マシューの役割は戦場の把握と全体への指示が主だからである。

 

『マシュー団長。我々も空の敵を攻撃するべきでは? イマイチ逃げる敵を追う意味を理解できないです』

「普通ならそうだ。だが、あのターゲットは普通ではない。素直に攻撃しにいったところで返り討ちなのがわかりきっている。ハッキリ言ってしまえば無理ゲーだ。しかし、何故かこのミッションには不必要な敵戦力がいてひたすら逃げている。あくまで推論だが、ひとつの答えが導き出されるとは思えないか?」

 

 メンバーの疑問は尤もなところだが、紅椿の戦闘を観察していたマシューにしてみれば、今飛び込んだところでいたずらに戦力を消耗するだけなのが目に見えていた。

 このミッションは多数のスフィアが参加している。そして、報酬を手にすることができる者は1人だけ。つまりはプレイヤー同士の争奪戦になる。協力などあり得ず、あからさまな妨害によって出発地点から現在の戦場にまでたどり着けていないスフィアもあるくらいだった。紅椿に向かっていくということは周囲のプレイヤーからの攻撃にも晒されることを意味する。プレイヤー軍対紅椿ではなく、バトルロイヤルにしかなっていなかった。

 こうなると『どう漁夫の利を得るか?』が問題となってくるのだが、プレイヤー同士を争わせるミッションにしては構成が妙だとマシューは感じていた。いらないキャストが存在している。ならば逃げるISが存在しているのは必要だからなのではないか? ミッション内容の方が単純なボス争奪戦でなく、隠された設定があるのではないか? マシューが導き出した結論にメンバーも思い至る。

 

『何かイベントが発生するかもしれない……』

「その通りだ。同じ事を考えた輩もいるようだったが、返り討ちにあってるところを見ると、倒すのに骨が折れそうな相手だ。だから倒してみることにしよう」

 

 森の中の情報をかき集める。敵がスラスターを使っていればマシューでなくとも探査は容易であるが、敵に隠密行動を取られた場合、今回のように視界が制限される場所での索敵は相応の装備が必要であった。

 

 その情報源となる装備が索敵用ナノマシンである。ISを見つけることが目的ならば、ナノマシンが発生させているPICと敵ISのPICが干渉すれば良いため、戦場に広く撒くことでISの位置が手に取るようにわかるというわけだ。内部の熱などの情報を隠せるISのステルス性を以てしてもPICだけは隠せないため、対ISの索敵装備としては最上級の代物だった。しかしその索敵用のナノマシンを扱うためには“BT適性”が必要であった。周囲に高速で拡散させ、それらの情報を拾うことは誰にでもできることではなかったのである。

 BTとは blue tears の略称であり、世界で最初に造られた独立PICとローカルコアネットワークを用いたIS用独立機動兵装の名前から取っている。最初は射撃武装の遠隔操作から始まったBTであるが、現在では上記のようなナノマシンまで造られている。

 今回のような森林地帯の戦闘や市街戦などの障害物の多い戦場ではBTを使いこなせるプレイヤーの有無がチームの勝敗を分ける要素になり得る。蒼天騎士団がバレットたち藍越エンジョイ勢を圧倒してきたのもそうした利点を最大限に活かしてきた結果であった。

 

 状況の分析が完了する。森林地帯を移動する敵ISは20機ほど。その中で明らかに逃げていないISが1機存在していた。

 

「あからさまな囮……いや、殿か。数だけならそれなりの規模であるのに何故単機で……? まあ、いい。万全の体制で狩らせてもらうとするか」

 

 マシューは単機のISを強敵だと想定し、メンバー9機のうち6機を向かわせることにした。蒼天騎士団のエースであるハーゲンは余った3機の方に組み込まれている。本来ならば役割を逆にするところであるが、今回は強敵は時間を稼いでやりすごすことに決めた。

 

『団長。敵ISを捕捉しました。映像を転送します』

 

 6機のチームの方から遭遇したISの映像が送られてくる。フレームは打鉄。手にある装備は物理ブレードとアサルトライフル。容量的にはまだ隠し玉がある可能性が考えられるが、基本的にはブレードが主力武器の近接格闘型と見て良い。どれだけ上手い相手だろうと6機で囲んで射撃をすればこちら側がやられる心配はなさそうだった。

 

「基本は包囲陣形。ライフルでチクチクといたぶってやれ。突っ込んでくるようなら狙われた者は徹底的に逃げること。他の者は射撃を繰り返せ。とにかく距離を保って撃ち続ければ負けはない。ブレードを使わせるようなヘマはするなよ?」

『了解!』

 

 細かい指示はいらない。相手がブリュンヒルデやイーリス・コーリングのような化け物でない限りは時間を稼げるはずだ。

 

 続いて、奥に向かわせた3機のチーム。やたら動きの遅いISに追いつく頃合いだった。

 

『敵機を捕捉。数は1……2、3。3機です』

「何? 見間違いじゃないのか?」

『間違いありません。映像を送ります』

 

 送られてきたデータには確かに影が3つあった。足の遅さから重装甲ヴァリスだと思っていたマシューであったが、ひとつの可能性を思い出すに至る。

 

「隠密行動か。それもBTでも見つけられないようにPICまでカットするとは」

 

 PICもカット。つまりは生身に等しい速度での移動が余儀なくされる。BT使いから隠れるのならば有効な手段のひとつかもしれないが、一人だけISを着けていては意味がない。今の状況でのメリットがマシューには思いつかなかった。

 

『どうします? 攻撃しますか?』

「牽制も兼ねてミサイルで攻撃しろ。こちらの場所がバレてもかまわない。ファイアボール(直進性高速タイプのミサイル)を一度に撃てるだけ撃ってしまえ」

『了解』

 

 攻撃の指示を下して数秒後。自らの機体“アズール・ロウ”がキャッチしている情報が一部断絶された。それも一瞬のうちですぐに情報が再構成される。この反応はミサイルの爆発を指す。復帰した情報には相も変わらず1機のISが居ることを示していた。

 

『敵ISは1機健在。他は撃墜成功のようです。姿を確認できません』

 

 報告を聞いたマシューは拍子抜けしていた。何かしらアクションしてくるだろうと警戒していたのだが、ISを装着しない隠密行動で不意打ちを受けたという結果しか残らなかった。

 

(考えすぎだったかぁ……未確認ISが強すぎるからちょっと相手を過大評価してたかもねぇ。ま、ボクたちがザコ相手に苦戦するわけがないけどさ)

 

 マシューは内心で胸をなで下ろし、戦闘の続行を指示する。既に戦闘というよりは狩りになり始めていたが、それはそれで必要になると考えていた。

 再び敵の配置を確認する。先ほどのミサイル攻撃で頑なに動かなかった敵ISがハーゲンたち3機へと向かい始めていた。

 

「ハーゲン。9時の方向から敵機が向かっている。その場は他2人に任せて迎撃しろ」

 

 寡黙なエースからの返答はない。彼の返事は行動によって示される。指示通りに真っ直ぐと向かうISの情報を得たことでマシューの指示が伝わったことが確認できた。そもそも、ハーゲンが指示に反することなどマシューは考えていないのであるが。

 

 ハーゲンからマシューへ敵機の映像が送られてくる。フレームは打鉄で背中には見慣れない大型のリング状の装置を背負っている。所持している武器はスナイパーライフルが一つだけであるが、これまた見覚えのない装備だった。

 

「ビンゴだ、ハーゲン! そいつも“未確認のIS装備”を持っている。刈り取れ」

 

 やはり喋らないが荒い鼻息だけマシューに届いた。エースのやる気を感じ取ったマシューは勝利を確信して、最後の標的である紅椿をどう落とすか作戦を練り始めることにした。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 キリがない。自らが貫いたISが消滅していく姿を何度見ただろうか。2桁を越えた辺りから数えることは止めている。向かってくる敵の攻撃を躱しては逆に攻撃することの繰り返し。もはや作業じみてきている。今も斬りかかってくる敵の攻撃をいなして、右手の刀“雨月”で計9発の突きを命中させる。

 

(いつまで続ければ終わるんだ……?)

 

 無数のISが空を埋める。その中心を高速で飛び回る赤い機体の操縦者はナナである。かれこれ1時間戦い続けている彼女だったが、今もなお危なげなく戦闘を続けていた。だが戦闘の安定感とは裏腹に内心は焦りで満たされている。

 

「シズネ! 撤退状況を教えてくれ!」

 

 敵の数が多すぎるため、ナナは戦場全体を把握し切れていない。大多数の敵が自分に向かってきているため、囮として機能していると感じていたが、全ての敵が自分に向かってきている保証はどこにもなかった。

 

「くそっ! 邪魔だァ!」

 

 敵はナナを休めてくれない。向かってくる敵を斬り捨てる。戦闘を継続しながらもナナはシズネの返答を待っていた。やはり返ってこない。

 

(どうなってる? 皆は無事なのか?)

 

 森の中で爆発があったことをナナは知っている。最後にシズネから通信があったのは爆発直後の『様子を見に行きます』の一言だけ。5分近く経過するも続報が何もないばかりか、こちらから通信を送っても返事がなかった。

 

「トモキ! 状況を教えろっ!」

 

 ナナの通信は悲鳴に近かった。下の最前線で戦っているはずの少年も既にやられている可能性があったのだ。

 

『ナナ……か』

「トモキっ! 無事なのか!」

 

 返事があった。ナナの声は一気に明るいものとなり、中距離から射撃してくる敵部隊を空裂で薙ぎ払う。まだ仲間が持ちこたえているとわかれば戦う気力も湧いてくる。だが、ナナは異変に気が付いてしまった。

 

「トモキ……?」

 

 普段ならば鬱陶しいと思うくらいに馴れ馴れしく話しかけてくるはずの元不良がほとんど喋らない。

 

『大丈夫だ。俺が抑えてやる。皆で生きて帰るんだァ!』

「どうした!? トモキっ!」

 

 全然大丈夫には聞こえなかった。トモキの通信は雄叫びのような声を最後にナナの元には届かなくなる。通信の余裕がないくらいの激戦をしているだろうことは容易に想像できた。

 

『文月、すまねぇ……』

「ダイゴさん!? 大丈夫ですか?」

 

 誰からも連絡がない中、救出した“仲間”を護衛していたダイゴからの通信が来た。仲間内で最年長のくせに普段から気弱な男である彼だったが、涙混じりの声をナナは初めて聞いた。

 

『オイラに力が無いばっかりに……助けられなかった』

 

 ナナは何も答えられない。先ほどの爆発がダイゴの元で起きていたのなら、ISを持たない“仲間”が助かるはずもなかった。ナナが顔を合わせていない“仲間”。同じ境遇の彼らが逝った道を自分たちも辿ってしまうことになるかもしれないと思うと気が狂いそうになる。

 

「くっ……!」

 

 この戦闘で初めての被弾。完全に気を逸らしてしまっていた。好機とばかりに飛び込んできた敵ISを空裂で無理矢理斬り捨てることで周囲を威嚇する。

 

『文月……アンタだけでも逃げてくれ』

「な、に……?」

 

 続くダイゴの通信にナナは戸惑いを隠せない。

 

「何をバカなことを言っている!? まだ皆、戦っているだろう!?」

『知ってる。だけど、もうアンタ以外は逃げきれないんだ。少なくともオイラはもう無理だ』

「諦めるな! 私がすぐに救援に――」

『それだけはダメだ。それでは誰も助からない。オイラも最後まで戦うからアンタはアンタのすべきことをやり遂げてくれ』

 

 通信はそこで終了する。ダイゴの現在位置も特定できないナナでは彼を助けに向かうことは難しかった。そもそも、空の戦況は戦闘開始直後から何も変わってなどいない。ナナが誰かを助けに向かうと言うことは、敵の大勢力をそのまま連れて行くことに他ならない。

 

「シズネっ! 聞こえるか! 返事をしろっ!」

 

 希望などどこにも見えない。そんな状況だからこそナナは今の自分を支える親友の声が聞きたかった。もはや縋っているも同然だ。彼女なしではナナはこれまで戦ってくることなどできていない。

 

『すみません、ナナちゃん……』

 

 待ち望んだはずの声が来た。

 しかし、第一声は謝る言葉……。

 

「シズネ! 今、どうなっている?」

 

 もう状況はわかっている。それを親友の口から言わせようとするのは少しでも希望が欲しかったからだ。大丈夫です、と。あとはナナちゃんに逃げてもらえれば作戦は完了だと言って欲しかったのだ。

 

『今すぐ、逃げてください』

 

 だが無情にも、シズネから聞かされた言葉はダイゴのものと同じだった。

 

「何を言っている? 私は皆の撤退状況を聞いているのだ! 私のことなど最後でいい!」

 

 ナナは必死に現状を否定する。自分だけ逃げる選択肢など最初から存在していない。少なくとも、シズネを犠牲にしてしまった後のナナでは、この先を生き残ることはできないと断言できた。

 

『ナナちゃんには困ったものです。無愛想に見えてもお人好しなところは、こんな状況でも変わらないんですよね。そんなナナちゃんのこと、私は大好きです』

「シズネ……?」

 

 ブレードで斬りかかってくる敵を雨月で受け止める。攻撃を仕返すことなく、ナナはシズネとの通信に意識を傾けざるを得なかった。

 

「どうして今、そんなことを言うんだ……?」

『私だけではないですよね。きっとナナちゃんの王子様も、そんな不器用なナナちゃんのことを今でも想っているはずです。早く会えるといいですね』

 

 鍔迫り合いをしている相手を突き飛ばして空裂で斬り裂く。包囲している敵の一斉射撃を上空へと一気に移動することで回避した。紅椿の軌跡には水滴が糸を引く。

 

「何を言っているんだ! シズネも会うはずじゃないか!」

『正直なところ、胸やけしそうなので遠慮したいです。どうせなら私は私の王子様に会いたかったですね』

 

 高度を上げて地上を見回す。森の中での戦闘がどこで行われているのかが知りたかった。しかし、爆発が起きたり木が倒れたりするほど派手でなければどこで戦闘が起きているのかを把握することは困難を極めた。おまけに敵ISは飛び上がった紅椿を追撃する手を緩めない。

 

「これから見つければいい! だから――」

『武器も壊されました。シールドバリアはもう限界です。ストックエネルギーも3割を切っちゃいました』

 

 言葉だけだがシズネの現状が把握できた。満身創痍といえる状況。ただやられるのを待つだけだ。

 すぐにでもシズネの元に駆けつけなければならない。しかしナナには彼女の居場所すら特定できなかった。コアネットワークの通信で知ることは可能なのだが、ナナには短時間で調べるだけの技量がない。

 

「シズネ! シズネーっ!」

『がんばれ……ナナちゃん』

 

 それは決別の言葉。

 共にがんばろうではなく、ナナ一人にがんばれという声援だった。

 

「あぁ……」

 

 無理だった。この世界に来てからも心折れることなく立ち続けられたのはシズネがいたからに他ならない。シズネがいないとナナは戦えない。王子様などという希望はただの幻想。今のナナを支えているのはいつも隣にいてくれた親友なのだから。

 

「たす……けて……」

 

 ナナひとりに戦う力があったところでできないことがある。それはナナ自身もわかっていたことだが、今ほど無力さを感じることはない。

 自らに群がる敵ISを薙ぎ払う。しかし、全てを撃墜することは不可能で、包囲は簡単には突破できない。

 

 ナナの手は届かない。

 

「助けて……」

 

 意識することなく言葉が出ていた。最後に同じ言葉を発したのは7年以上も昔の話となる。味方がいないナナに手を差し伸べたことで周囲から孤立したバカな男の話だ。薄れていたはずの記憶である。しかし、この状況になって急に鮮明になってきた。

 

 姉の影響で周りに敵しかいないと思っていた小学校。

 ヒソヒソと囁かれる言葉の檻の重圧。

 心を開こうにも拒絶の視線に耐えられなかった。

 陰鬱にもなる。牙を向けたくなって当然だ。毒を吐きたくなって当然だ。

 

 くだらねえ。

 

 しかし彼女の耳に異質な内容の言葉が聞こえた。

 それは誰に向けたものだったのか。気づけば幼いナナの牙も毒も全て受け止めた少年の手が目の前にあった。

 

 ナナは過去の幻想だろうが構わず手を伸ばす。

 

「誰でもいいから助けてくれっ!」

 

 

 ――瞬間、空に光が走った。

 

 

 天から一直線に落ちる白い光は、稲妻と呼ぶには真っ直ぐな軌跡。

 

 迷いのない光の道筋は真っ直ぐに森の中へと飛び込んでいった。

 

 ナナはその光から目を離せない。周囲の敵ISも動きを止めてしまっていた。

 

 ……ああ、大丈夫だ。

 根拠もなくナナは安心を覚えていた。理由はわからなくても今の光が助けてくれる存在だという確信があった。

 伸ばした手はただ刀を握っているだけ。手と手は繋がらなかったが、ナナは誰かとの繋がりを感じていた。

 

「私は……戦う!」

 

 両手の刀を強く握りしめ、ナナは戦闘を再開する。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 近づかれた時点で逃げることしかできないシズネが遭遇した相手の格闘型ヴァリスは凄腕だった。ナナからの通信に応える余裕もないほどに逃げに徹していても引き離すことなどできず一方的に斬りつけられていっただけ。悪足掻きの攻撃も避けられ、武器を壊されてしまった。

 逃げられないと腹をくくったシズネはナナに通信をつなぐ。倒されるまでの短時間ではとても言いたいことを言い切れない。それでも、何も言えないことだけは嫌だった。

 

 逃げてと言った。シズネが一番伝えたかったことだ。ナナひとりならば生き残れる。これまでの人生でただひとりの親友には生き延びて欲しかった。

 大好きだと伝えた。いつも言っていることだ。表情には出さないがいつも恥ずかしいと思いつつも、ナナの困ったような嬉しいような表情が見たくて言っている。類は友を呼ぶという言葉が似合う間柄だったが、ナナと過ごした時間が一番楽しかった。たとえナナが原因で今のような状況に陥っているのだとしても、ナナとの出会いを否定したりはしない。

 『私の王子様に会いたかった』など、ただナナを自分から引き離すための言葉でしかない。シズネにとって理想の王子様など必要ないくらい、ナナがかっこいい存在だった。

 最後にがんばれと言った。最後の最後でシズネは嘘をついた。本心はいつも『一緒にがんばろう』としか思っていない。どうしてナナひとりをがんばらせないといけないのか。

 

 ――私だって一緒にいたいに決まってる。

 

 通信を終えてシズネはひどいことを言ったと後悔した。しかしシズネは本心を喋ってもナナのためにはならないと自分に言い聞かせる。何を言ったところで自分がこの場を生き延びなければナナを苦しめることには変わらない。

 

 眼前の敵が薙刀を向けてくる。

 あと、数度打たれればシズネの(からだ)は霧散することだろう。

 

(やっぱり嫌だ!)

 

 振るわれた薙刀を不格好に飛んで回避する。飛んだ先のことなど見えておらずシズネの体は木に激突した。ISによって守られているためダメージは無い。なおも追ってくる敵からシズネは必死に逃げる。何度も木にぶつかった。それでも足掻いた。

 

「うあ……」

 

 非効率的な逃走で逃げられるはずもなく、敵の薙刀が体を捉える。装甲はもうボロボロでシールドバリアは砕け散った。木に叩きつけられ、ずるりと力なく倒れ込む。

 目の前にまでやってきた敵が薙刀の切っ先を向ける。

 自らを害さんとする凶刃をシズネは見ていることしかできない。

 

(ごめん、ナナちゃん。私は私なりにがんばったよ)

 

 シズネは全ての情報を遮断する。目を閉じてもISが伝えてくる視覚情報など恐怖しか与えてくれない。静かに終わりを迎える準備は整っていた。あと残された希望は、この世界での死で現実に帰還できる可能性だけ。既に否定されつつある可能性だったが、そうだったらいいなと切に願った。

 

 ……何も感じない。ただし、時間だけは数えられた。ISの格闘戦ならば1秒というのはとても大きな時間だった。いくつ数えてもシズネの意識は消えない。疑問に思ったシズネは外の情報を欲した。

 

(誰……?)

 

 光が射す。目を開けると、背中が見えた。向かってくる敵ではなく、敵に対して立ちはだかる壁となってくれている“誰か”がそこにいた。

 白い翼は天の使いを彷彿とさせた。機械で造られた翼であったが、スラスター口から漏れ出る雪のような白い粒子がシズネの目には羽に見えていた。

 

 初めて目にする“銀髪の男”。知っていることなどほとんど何もないはずなのに、シズネは名前を呼んだ。

 

「ヤイバ……くん……?」

 

 ただ一度だけ自分たちを助けてくれたプレイヤーの名前だった。ただそこに居合わせただけで、見返りも何もなく協力してくれた。進んで捨て駒になってくれた。そんな彼がまた“偶然”自分たちの危機に現れてくれたのだとシズネは漠然と理解した。

 

「あ、やっぱり君がシズネさん? ちょっと待っててくれ。さっさとコイツらを片づけるから」

 

 やはりヤイバだった。シズネの心境とは裏腹な軽い態度で安請け合いをするところは前回の焼き直しである。

 ヤイバの姿が瞬時に離れる。向かった先には先ほどまでシズネを追いつめていた格闘型ヴァリスの姿がある。メイン武器と思われる薙刀は既に両断されていて、ENブレードに持ち替えてヤイバと剣を交えていた。敵は固有領域内に6本のブレードを浮遊させることで手数を増やした特殊な格闘型である。まともに斬り合えばヤイバが劣勢となるのは目に見えている。しかし、ヤイバは敵の複数の剣戟を全て避けていた。

 

『シズネさん、と言いましたか? いくつか聞きたいことがあるのですがよろしくて?』

 

 ヤイバの戦いに見とれていたシズネに今まで聞いたことのない声で通信が入ってくる。

 

「どちらさまですか?」

『わたくしはラピスラズリと申します。手短に自己紹介をさせていただくと、ヤイバさんの仲間ですわ』

 

 ヤイバの仲間と聞くとシズネが思い出せるのはナナの愚痴である。ナナに攻撃を当てるために後ろからヤイバに刺されたとかなんとか。

 

「おかわいそうに……」

『何ですの!? どうしてわたくしを憐れんでいますの!?』

「彼といることが辛くなったら、ちゃんと他の誰かに相談してください。頼る人がいなかったら私で良ければ話を聞きますので」

『あなたとは初対面ですわよね!? 親身に聞こえますけど、バカにされてる気がしてなりませんわ!』

 

 少し話をしただけだが、悪い人じゃないとシズネは判断した。

 ラピスラズリと名乗る彼女も加わって戦況がどのように変わるかはわからなかったがシズネは可能性に賭けることにする。

 

「聞きたいこととは?」

『あなた方について……と言いたいところですが、今はそれよりも先にすべきことがあります。現状を脱するためにあなた方が立てた作戦を教えていただけますか?』

 

 本題に入る。普通ならば初対面の相手に作戦の内容を話すことなど御法度であるが、既に成功の見通しのないものに未練はなかった。

 

「まず私たちの勝利条件は戦場から全員が離脱することにあります。敵は無尽蔵に現れてくるため、方策としては超音速を以て強引に振り切ることを基本としています」

『そのための移動手段があるというわけですわね?』

「はい。現在地より北に20km地点に私たちの母艦“明動(アカルギ)”が待機しています。ナナちゃんを除いたメンバーは単独で超音速飛行ができませんので、アカルギに撤収後、先に離脱という形をとります」

『今、空で孤軍奮闘している赤いISがナナという方?』

「はい」

『他の方の座標と名前も教えていただけますか?』

 

 ラピスラズリは次々とシズネに情報の提供を求めてくる。シズネはその全てに応えていった。自分たちの命運を託す勢いで……。

 

『なるほど。では今から誰一人として欠けることなく、あなた方を逃がして差し上げます』

 

 これにはシズネも目を見開かざるを得なかった。少しでも誰かが助かればと縋ったのであるが、ラピスラズリは全員を助けると断言する。できるはずがないと反論することは簡単だ。だがシズネは内心の疑念を抑えて、ただ一言を発する。

 

「ありがとうございます」

『そのためにはみなさんの協力が必要不可欠です。細かい作戦の指示はわたくしが直接行ないたいので、仲間の皆さんにはわたくしの指示に従うよう言っていただけますか?』

 

 シズネは全員に指示を送る。

 

「皆さん、シズネです。今からラピスラズリという方から通信が来ると思いますので、彼女の指示に従ってください」

 

 当然、反対する声もある。大きな声はやはりトモキ。

 

『シズネ! 一体、どういうことだ!? 説明しろ!』

「説明する時間もありません! 皆で生きて帰るために必要なことなんです!」

 

 皆で生きて帰る。その言葉で反論は無くなった。

 

『私はお前を信じるぞ、シズネ』

「ナナちゃん……」

『帰ったら説教だ。覚悟しておけ』

「はい!」

 

 ナナとまた話ができている。それが何よりも嬉しかった。

 シズネはまだナナの隣で戦える。危機の前に彗星の如く現れた白の少年は今もシズネたちのために戦ってくれていた。その後ろ姿を遠めに見やり、シズネは自分たちは助かるのだと胸をなで下ろした。未だ落ち着かない動悸を感じながら……

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

『一体何が起こっているんだ、マシュー!』

『狙撃されている! いや、敵に包囲されている!』

『どういうことだ!? 敵は1人じゃなかったのか! 話が違う!』

 

 次々と飛び込んでくるメンバーのパニック混じりの通信にマシューは頭を抱えていた。騎士団長と部下の騎士という設定も忘れて送られてくる通信によってマシュー自身もパニックに陥っていた。

 

「おかしいだろ! ボクには見えてない! そんなところに敵がいるはずがないんだ!」

 

 マシューにとって初めての経験だった。どんな戦場でも敵の位置を把握できないことはなく、奇襲の類は一度として受けたことがない。それがマシューの誇りでありISVSにおける強みであった。だが、今は謎の敵の襲撃を許している。最高戦力であるハーゲンも白い光が落下して1分も経たない内に退場していた。

 マシューが得られる情報は、逃げていた敵が一斉に攻撃に出てきたことと、次々と消えていく仲間のことだけ。

 

「そうだ! EN武器を使ってるならそれで位置が掴めるはず!」

 

 メンバーからの報告で不可解だったのは狙撃と包囲を同時に言ってきたことである。狙撃は姿が見えないことを指し、包囲は周囲から一斉に射撃されていることを指すと見て良い。その条件を満たせる武器として該当する装備がひとつだけあった。それはマシュー自身も装備しているBTビット。IS本体のPIC範囲から独立して操作できる浮遊砲台は実弾でなくEN武器であることは確実だった。ハイパーセンサーをEN反応だけに集中して可動させる。

 

 マシューは、見なければ良かったと後悔した。ある意味では見て正解だったのだがそれは別の話である。

 

「あ、あああ……何だよ、これ……」

 

 森の中を無数の線が走っていた。網のように、蜘蛛の巣のように張り巡らされた青色のそれらは全て射撃の軌跡である。森の中は既に青い光のネットワークで支配されていた。数えるだけ無駄な数の光弾が木に衝突しない軌道を描いていつまでも走り続けている。内、数本の光が軌道を変えて森から飛び出した。上空を漂って観測しているISめがけての攻撃である。つまりはマシュー狙いの攻撃。

 狙われていると反応したマシューは咄嗟に射線から退避を試みる。しかし、森の中を駆けめぐっていた光弾は容易く進路を変え、全てがマシューの未来位置に殺到した。全弾が命中しマシューのストックエネルギーが削られる。

 

「ありえない……ここまでの精度の偏向射撃(フレキシブル)はボクですらできない。いや、人間業じゃない」

 

 戦場を支配していたはずのマシューがあっさりと逆転されていた。自分のことで手一杯となった彼は森から飛び出して自分へと向かってくる白い機体への反応も遅れている。かろうじて自らの周囲にあるBTビットに指示を下して射撃を行なうも、最小限の動きで回避されていた。まるでマシューの攻撃がどこを通るのかを正確に把握しているようであった。

 

「やっぱり最後の敵はプレイヤーか」

 

 格闘型に接近を許した。マシューの機体はフォスフレーム“ルーラー”のユニオンスタイルである。手足の自由度はなく、BTビットと索敵に特化した機体では格闘戦などできるはずもない。連続して受けていたビームに加えてENブレードで斬られれば当然のように敗北する。

 

 負けた。それも極短時間で、ただひとりの存在によってであるとマシューは理解した。マシューを敗北に導いた森の中を駆けめぐるビーム群と敵IS全体の動きが変わったことは全て同一人物の仕業であると確信していた。

 

 BT適性しか能のないイギリス代表候補生の存在は有名な話だった。見目麗しくモデルとして活動もしているためメディアに良く顔を出していた彼女は、IS戦闘の腕前は素人以下とされておりISVSの関係各所で『ちょろい』とか『代表候補生(笑)』と言われていた。

 だがある日突然、彼女の名前は表舞台から消える。消えるべくして消えたとマシュー含む大多数の者が思ったのだが、同時期にある噂も広まっていた。

 イギリスには蒼の指揮者がいる、と。

 彼女がひとり加わればどんな弱小スフィアでも強豪スフィアに勝つことができてしまうのだと。

 

 所詮は噂と流していたマシューだったが、認めざるを得ない。

 この噂は事実で、メディアから姿を消した代表候補生こそがその正体である。

 

「セシリア・オルコット。世界最高のBT使い。実はあなたのファンなんです」

 

 マシューの顔は負けたとは思えないくらいに満たされたものだった。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 やられ際だというのにニヤニヤしている不気味なプレイヤーを倒したところで俺はラピスに通信をつなぐ。

 

「目標撃墜完了。で、全体の状況は丸投げしてるわけだけど、順調そう?」

 

 協力関係になってからまだ1日しか経過していないが、俺とラピスの役割分担は既に決まっている。昨日2人で戦ったときは俺の負担の方が大きいと思っていたが、戦闘の規模が膨れ上がるとラピスの負担はとても大きくなる。

 

『アカルギの収容状況は残り1人というところまで来ていますわ。アカルギの周囲3km圏内に敵は居ませんし、問題なく脱出は可能そうです』

「あれ? 結構敵が残ってたと聞いてた気がするけど?」

『思ったよりも戦力が残っていましたので皆さんに総出で返り討ちしてもらいましたわ』

 

 きっと今頃、ラピスに戦わされた連中は自信に満ちあふれているかラピスの力を恐れているかしてることだろう。絶対勝てない状況のはずでも、自分たちの手で簡単にひっくり返ってしまったのだから。

 

「ラピスはまるで戦女神だな」

『ISVSにおいて、その言葉は世界最強の5人の女性に与えられる称号ですから、別の例えをお願いいたします』

 

 言われて思い出した。ランキング5位以内のプレイヤーはランカーの中でも特別にヴァルキリーと呼ばれる存在だということを。

 

「えーと、じゃあ名監督?」

『相手を喜ばせられないくらいなら、無理にお世辞を言わないでくださいな』

 

 しまった。顔を直接見られないが頬辺りがひきつってるのが簡単に想像できるぞ。

 

「ごめんなさい」

『わかればよろしい。ではヤイバさんはナナという方の支援に向かってください』

「了解」

 

 イグニッションブーストでスタートダッシュを切り全速力でナナの戦う空へと向かった。普段ならばこういう場所でも節約をするところだが、今は自重しない。いや、自重する必要がない。サプライエネルギーの表示を見れば、ピカピカ光っていて全く減らない状況だからだ。

 

「これってバグ? でもバグなんてあるわけないよな……」

 

 雪片弐型を常に全力展開し、イグニッションブーストを繰り返しても全く息切れを起こす気配がない。常に絶好調という不思議な状態。無敵アイテムを取得したアクションゲームに類似している。

 

 一切の容赦をする必要もなく、俺はナナを包囲している一団に飛び込んだ。もう既に満身創痍だったのか、雪片弐型に触れる度に敵ISは消滅していく。

 

「また貴様か!?」

「待て待て! 俺は敵じゃない!」

 

 到着早々ナナに刀を向けられる。今回の場合は事前にラピスから連絡がいっているはずなのだが、俺に刀を向けなくては気が済まない質なのだろうか。なんなんだよ、その性格。迷惑極まりないだろ。

 

『収容完了ですわ。アカルギは先に出発させます』

 

 ラピスからの通信で作戦が順調に進んでいることが告げられた。あとはナナが離脱すればミッションコンプリートといったところだ。ちょうどそのタイミングでナナは俺に向ける刀を下ろす。

 

「本当になんなんだ、お前たちは。絶対にダメだと思った状況でもこうしてひっくり返してみせるなど」

「ああ、ラピスは凄いよな」

「実力など関係ない!」

 

 第何波かはわからないプレイヤーの襲撃が来る。俺とナナは喋りながらも背中合わせに敵の中に飛び込んでいった。

 

「お前たちもプレイヤーだろう? ならば何故狩る側に回らず私たちを守る側に立つのだ? そもそもプレイヤーならば守る側という選択肢などあるはずがないではないか!」

 

 ナナが左手の刀を敵に向けて一閃させる。相も変わらず飛ぶENブレードは強力な武装だった。

 敵への攻撃と共に俺にぶつけられたナナの疑問。彼女自身がプレイヤーでない物言いだったが、今はその詮索よりも先に応えることにする。いつだったか似たようなことを聞かれた気もしていたが、きっとその時も同じようなことを言ったと思う。

 

「俺は俺だからな。周りはこうだから合わせろなんてくだらないことに従うつもりはない」

 

 雪片弐型を振るう。流石に無傷の相手では一撃で落とせず、無防備な俺に向けてブレードが迫っていた。しかし、それは赤い翼が防いでくれる。

 

「そうか……お前もバカなのだな」

「バカで結構。俺自身はこんな俺でいいと思ってる」

 

 それが、“彼女”が受け入れてくれた俺だから。

 

「よし、コイツらが片づいたところでナナが撤退すれば終わりだな。むしろもう撤退を始めてもいいんだぜ?」

「また自ら進んで捨て石となるか。仲間を犠牲にして不意打ちをしたりと、これが本当の戦争ならば誉められた行為ではないな」

「必要なことだし、リスクがないなら問題はないだろ? 事情は良く知らんが、ナナたちには何か問題がある。だったら俺が殿をするのが妥当だ」

「一応、考えてはいるのだな」

「あのな、お前は俺を何だと思ってるんだ?」

「いや、何でもない。気を悪くしたなら謝ろう」

 

 最後の方のやりとりでナナが何を言いたかったのか良くわからなかった。俺が考えている間にも、彼女は俺を残して後ろに下がりISを変形させ始める。後はナナが飛び立つまで俺が彼女を守りきればいい。

 

 だがそう簡単には終わらせてくれなかった。

 

『ヤイバさん、ナナさん! とてつもない速さでこちらに向かってくるISがいます!』

 

 悪い報せだ。ナナが単独で逃げられる条件には、超音速飛行対応のユニオンが敵に存在しないことが挙げられる。IS戦闘重視のミッションではまず顔を見せないタイプであったが、この土壇場で登場するとは思っていなかった。今からナナだけ逃げても追撃されてしまう。

 

「倒せばいいのだろう? そういう輩は以前にもいたが、ISというよりも戦闘機のような奴だ。この紅椿の敵ではない」

 

 確かにナナの言うとおりだった。超音速飛行をするISはナナの機体を除けばユニオンとなるのが現状だ。ならば豊富なEN武器のあるナナの敵ではないはず。おまけに超音速飛行ユニオンの装備は速度の関係上レールガンかミサイル系に限られるため、格闘戦に持ち込めばそれで終わりであった。

 だがナナの言動に納得すると同時に嫌な感じが拭えない。ラピスが警告を出したことがその主な理由だった。敵が向かってくる方向はわかっている。俺は咄嗟にナナと敵の間に割って入り、雪片弐型を縦に構えた。

 

 敵ISが迫る。点みたいな影が急速に膨れ上がり、見えたと思う頃にはもう接近戦の間合いだった。無意識で構えていた雪片弐型が何かとぶつかる。互いに干渉して反発する現象はENブレード同士で発生するものだった。現状を認識する頃には向かってきていたISは遙か後方へと飛び去った後である。

 

「なんだよ……今のは!」

 

 予備知識として蓄えていた速度重視ユニオンの一般的構成にENブレードのあるものはない。そもそもユニオンは接近戦が苦手なスタイルだ。鈍重だったり小回りが利かないユニオンが接近戦をする場合、弱点であるENブレードのカモでしかない。近い距離でもガトリングで一方的に制圧できる距離までが望ましいはずである。今、向かってきている敵はそのセオリーを完全に無視している存在だった。

 

『敵の情報を取得できましたわ。落ち着いて聞いてください、ヤイバさん』

 

 警告を発していたラピスが敵の正体を突き止めたようだ。いや、これほど特徴的な相手は、俺も事前に調べていればすぐに思い当たっただろう。

 

『アレはランキング5位“エアハルト”。世界最強の男性プレイヤーであり、ランカー唯一の速度重視ユニオンの使い手ですわ』

 

 トップランカー。あのイーリス・コーリングよりも上位の男。今この場で居て欲しくない条件を全て満たしたようなプレイヤーだった。

 

「凄腕なのか?」

「そうだろうよ! 雪片弐型で受けなかったら俺は瞬殺されてたさ!」

 

 俺ならばわかる。衝突の際、雪片弐型と敵のENブレードはほぼ互角だった。そんなものをあの速度域で的確に振り回せる相手が弱いわけがない。

 ラピスから敵の位置情報が送られてくる。機体の特性上、次の攻撃に移るには大きく旋回が必要なようだが、常時イグニッションブーストをしているような速度で移動している相手にとっては苦ではないだろうし、デメリットにはならない。

 

 ナナはまだ敵の力量を把握し切れていない。ナナの腕を軽んじているわけではないが、目算を誤れば一瞬で勝負を持って行かれる。ナナを戦わせるのは危険すぎた。

 

「ナナはすぐに撤退準備! ラピスはナナの進路の指示と他ISへの牽制射撃!」

 

 俺が奴を止めなければならない。敵のENブレードとやり合えるのは俺だけだ。

 

『了解しましたわ。タイミングはヤイバさんが飛び出した瞬間でよろしいですわね?』

「その通り。わかってくれてて助かる」

 

 ラピスには俺のやろうとしていることが伝わっているようだ。

 

「お前ひとりで大丈夫か? 敵は強力なのだろう?」

「めっちゃ強いから俺だけで立ち向かわなきゃいけないんだ。それくらいわかってくれ」

「しかし……いや、何も言うまい。私から言えることはひとつだけだ。勝ってくれ」

「任せろ」

 

 チャンスは一度きりだが、勝算はあった。これがIS同士の試合でないからこその勝算。勝利条件が何か、ということこそが鍵である。

 

 ナナが飛び立つ準備が完了した。あとはラピスの合図によって全速力で戦場を離脱するはずである。他のISは森から伸びるラピスの射撃に惑わされてこちらにまで気が向いていない。あとは俺とトップランカーの一騎打ちを残すのみ。

 

 ラピスから送られてくる敵の情報が旋回の終了を指した。音速の壁を突破している速度で真っ直ぐにナナめがけて突っ込んできているはず。

 マップの位置情報を凝視しながら、空気の流れを感じ取る。

 タイミングを外せば何もかもが終わり。

 俺の攻撃は空振って、ナナが斬られてしまう。

 こういうときこそ落ち着くべきだ。

 相手が世界最強の男性プレイヤーだか知らないが、俺は世界最強の剣士の元で稽古を受けたことがある男だ。何事もあわてず、ただ受け入れる。そうして初めて見えてくるものもある。

 

 俺は、音速を超える相手に向かってイグニッションブーストで飛び出した。後先考えない全力稼動。エネルギー問題は今の白式ならば何も問題が無く、あとは俺が雪片弐型を当てられるかどうかだけ。

 敵が迫る。さっきはよく見えなかったが、敵は4対のコウモリのような翼とトカゲや蛇を思わせるデザインの尻尾がついた独特のフォルムをしていた。頭部を覆うヘルムもトカゲを連想させるデザインとなっている。以上、現実にいる動物で例えたが、一言でいえば竜を思わせるISだった。

 

 敵のENブレードは右手に握られている長大なもの。翼を広げた白式と同じかそれ以上の長さの大剣と呼べる代物だった。見た目だけなら雪片弐型を超える出力がありそうだった。

 

 互いに音速を超えたぶつかり合い。敵は俺の接近に気づいているようですぐさま俺への攻撃へと行動を移していた。この一瞬の交差で、俺は――敵の攻撃を無視する。

 

 ストックエネルギーが半分以下になる。左の翼もついでに真っ二つである。ナナのおかげもあって、ここまでほぼ被弾なしで来た俺だったが一撃でこの有様だった。後で弾にこの強力すぎる敵の武装について聞いてみることにしよう。

 俺へのダメージはでかい。しかし、いつもと違い、行動不能ではない。この一瞬だけは俺の雪片弐型がフリーとなる。既に敵の胴体を狙うにはタイミングが外れているが、俺の狙いは最初からひとつだった。

 

「その背中、もらったァ!」

 

 速度重視ユニオンの宿命として、追加ブースターを背中に配置することが必須である。コウモリの翼状のものと背中のトゲトゲした部位のどちらがメインブースターになるかはわからなかったが、両方とも完全破壊せずとも損傷を与えられれば問題ない。俺の攻撃は竜の左翼を背中の付け根からもぎ取った。

 

 攻撃の成功を確信して、俺は墜落を始めていた。別に浮き上がることはできるのだが、既に戦意もないため、死んだフリをする。

 

「ラピス。状況は?」

『ナナさんは無事戦場から離脱しましたわ。ランカー“エアハルト”も追撃を諦めたようです』

 

 そう。俺はナナが逃げることさえできれば勝ちだった。相手が強大でも足止めさえできれば良かったのである。実際、俺が加えた程度の損傷ならば装甲の自己修復機能で直ってしまう。ただ修復時間さえ稼げばナナを追撃できないというわけだったのだ。

 

『それにしても通信のアドレスをすぐに書き換えるなんて彼女たちは少し薄情じゃありませんこと?』

「無事ならそれでいいよ。ナナに事情を聞くのは落ち着いたときでいいさ」

『やはりあの方たちは福音と関係があるのでしょうか?』

「わからない。ただ、何もつながりがないとは思えないかな」

 

 今回のことで俺はほぼ確信した。ナナたちはISVSのプレイヤーではない。かといってミッション用のAIなどでもない。

 俺の立てた仮説が正しければ、福音に出会った被害者はこのゲーム内に囚われている。彼女らこそ被害者なのではないだろうか? もしかしたら、彼女らの向かった先に……箒がいるかもしれない。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 プレイヤー全体にミッションの失敗が告げられる。イグニッションブースターを含むパーツの修復をしていたエアハルトは、己がミッションに失敗したことを悔いることなく、ただ思考にふけっていた。

 

(今回は初撃を受け止められた時点で油断があったか。いや、そもそも“リンドブルム”を受け止められるほどの出力を持った装備など今まで無かった。こんなふざけた装備を造ってくるのはハヅキ社か倉持の爆発女だろう。私の存在を意識した装備なのかもしれないな)

 

 エアハルトは今回の失敗をただの実力不足や運などで片づけるつもりはなかった。あの場にエアハルトの攻撃を止められる装備があり、エアハルトの動きについてこられる機体があったのは必然であったと考えていた。

 

(とはいえ、外的要因だけではあるまい。私自身の技量があれば最後の攻撃を食らうこともなかったはずだ。まだ()()では通用しないと考えるべきだろう)

 

 思考終了。誰もいない戦場にひとり残っていたエアハルトはようやく離脱を始める。まだ、今日出会った少年のことは気にかけていない。


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