Illusional Space   作:ジベた

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06 麗しき道化

 目を開いた先は空の上だった。白式が勝手にPICを起動してその場に浮遊をする。高度はそれほど高くなく、眼下には道路やビルなどが見えている。時刻は昼くらいだろうか。ちょっとした都会といった風景だが、だからこその違和感がある。

 

「人のいない街……か」

 

 道路を走る車は1台もない。交差点を歩く人もいなく、ただ虚しく信号機だけが切り替わっていた。今までは人が居なくても不思議じゃないシチュエーションにしか来たことがないから気づかなかった。この世界は現実に限りなく近い世界であるが、生物の気配がしない。

 ……どうする? ここで何を調べよう?

 金曜日の放課後。俺はゲーセンに寄ることもなく帰宅し、すぐにISVSを始めた。こうして調査をしにくるのも4回目。相も変わらず何の前触れもなく知らない場所に現れてしまう。家庭用が不親切なのだと思っていたが、昨夜調べてみたところでは俺と同じことが起きている事例はなかった。原因も探ってみたが、良くわからずじまいである。

 

「ん? ハイパーセンサーが音源を捉えてる?」

 

 耳には直接聞こえていなかった音が遠くから聞こえてきているらしい。別に可聴域外というわけでなく、音量の問題だった。増幅して聞いてみると人の声であることがわかる。それもやたらと騒々しい雰囲気だ。これはもしかすると――

 

「ロビー、かな」

 

 昼、ゲーセンから入ったときは必ず顔を出す場所であるが、夜ではまだ入ったことがない。早速音源の方へと向かう。街の中心部から遠く離れた郊外に、ドーム状の建物を発見。音源も確かにここである。早速着陸して入り口へと向かう。

 入り口には2機のリミテッドが待機していた。昨日の工場を攻めたときに会ったものと同型であるから警備用であると予想できる。問題ないと思って間を通ろうとした。

 

「止マレ!」

 

 何故かここで止められた。一体どういうことなのだろうか。俺は大人しくライフルを向けてくる警備人形の指示に従う。

 

「“いすか”ヲ提示シロ」

 

 イスカを提示? こちら側で持ってるわけないだろと思ったその時、右手に粒子が集まりカードが構成されていた。とりあえずそれをリミテッドに対して掲げてみる。すると、リミテッドはライフルを下ろして定位置へと戻っていった。

 ……何だったんだ? ま、いいか。

 とりあえず問題がなさそうだったので俺はロビーへと入っていくことにした。

 

 ロビーは内部構造がいつもとは違っていた。いつも使うロビーとは違うのだろう。周りにいる人の雰囲気はゲーセンの時と一緒だからロビーの機能は変わらないと思う。受付っぽいカウンターのある広場で、人が溢れかえっていた。

 

「これで自宅から入ったISVSもゲーセンから入ったISVSと同じモノであることは確定して良さそうだ」

 

 ロビーに来てみようと思ったのはひとつの疑いがあったからだ。ゲーセンで入ったISVSと自宅から入ったISVSが別物である可能性。ナナの存在が否定の材料として既にあったのだが、これで確信した。まだ納得してない事柄はあるが、現状では確認する術がないので保留する。

 

「おっ! 試合してるな。普段目にする奴らとは違うから少し見てくかな」

 

 ロビーの空中ディスプレイが映し出している試合に注目する。画面の隅にある情報では……1対3のハンディマッチだった。ロビーにいる人の多くがこの試合に見入っているから注目の試合らしいことは雰囲気で察した。近くにいた人に聞いてみることにする。

 

「すみません、この試合してる人たちって有名なんですか?」

「ん? ああ。“クラージュ”の3人はこの辺じゃ有名なプレイヤーだ。だけどそれよりも“夕暮れの風”がまたパフォーマンスしてるってのが注目されてる理由だね」

「夕暮れの風? 何ですかそれ?」

「知らないのか? 最近になって欧州のサーバーのあちこちに現れるようになった凄腕プレイヤーのことさ。確かランカー入りも近いという噂だったな」

 

 へー、と相槌を打ちつつ試合を観戦する。“夕暮れの風”は1機の方でオレンジ色のラファール・リヴァイヴを使っている。一方、“クラージュ”というチームの3機は、ブレードとマシンガンを装備した格闘型メゾ、アサルトライフルとミサイルを装備した中距離射撃型メゾ、ガトリングとグレネードで固めた重装甲ヴァリスという構成。それぞれが練度の高い動きをしていて厄介そうだ。少なくとも俺がこのチームとひとりでやれと言われたら逃げ出すレベルである。

 試合は追う“クラージュ”と逃げる“夕暮れの風”という構図が続いていた。そもそもこのハンディキャップで勝てる方がおかしい。

 

「逃げて当たり前だな。しかし無謀すぎるだろ」

 

 と口に出してしまいながら見ていた。

 

 

「あら? それは“風”を見ての発言でしょうか。それとも“クラージュ”に対する苦言でしょうか?」

 

 

 俺が口走った内容を聞いていた人がいたらしく、後ろから突然声をかけられた。少々喧嘩腰といった声音に俺はビクッと振り返る。

 

 ……綺麗な人だな。

 

 貴族とか富豪の令嬢といった印象の金髪縦ロールさんは普段なら近寄ろうとも思わない人種のはずだが、俺は目を奪われてしまった。ここは仮想世界。姿すらも仮初めの可能性が高いこの場所で初めての経験だった。ただ美麗な外見というだけならばいくらでも存在するはずなのに……。

 

「君は、誰……?」

「これは失礼致しましたわ。わたくしは“ラピスラズリ”と名乗らせてもらっております。以後お見知り置きを」

「はぁ」

 

 つい生返事をしてしまう。俺は初対面であるこの女性に圧倒されていた。丁寧に話されるとなんと返せばいいのかがわからなくなり、対応に困る。目の前のお嬢様はキッと青い眼で俺を真っ直ぐ見据えてきた。

 

「仮の名前とはいえこちらから名乗ったのですから、あなたの名前も教えていただけません?」

「あ、はい! 俺、僕、いや、私はおりむ――ヤイバと申しますです!」

「落ち着いてくださいませ。あなたが話しやすい言葉で結構です。相手に真摯に応えようとする姿勢は評価したいところですが、言葉の体裁よりも先に相手の目を見て話すことの方が大切でしょう」

 

 あまりにもテンパった答え方をしてしまったため、失礼を通り越して呆れられたようだ。無性に恥ずかしい。仲間たちの前でなくて本当に良かったと心の底から思う。彼女の言うとおり、言葉を飾ろうとせず目を見て話すことにする。彼女の目を見ていると、どこか高揚した気分となり、同時に何か大切なモノを失ってしまうような危うさを感じた。

 

「ごめん。改めて名乗らせてもらうけど、ヤイバといいます」

 

 お嬢様“ラピスラズリ”、長いからラピスと略すが、彼女は「よろしいですわ」と告げるとキツイ目で見てくることをやめてくれた。きっと彼女の中では『頭が残念な子』で片づいたことだろう。今日のことは黒歴史にしたい。

 

「それで、あなたの返答をお聞かせくださるかしら?」

「返答?」

 

 何か聞かれていたことはなんとか思い出したが何を聞かれていたのかを記憶できていなかった。罰の悪い顔で乾いた笑いを返すことしかできない。ラピスはひどく呆れた様子で右手を額に当てて頭を振っていた。

 

「かなりの“おたんちん”のようですわね。いいでしょう、もう一度最初からお話ししますわ」

「お、おう」

 

 どうしよう。侮蔑されてるはずなのに、今の俺は悔しいよりも彼女の“おたんちん”の一言で笑いをこらえるのに必死だった。語源は良く知らないけど、ちょっとお嬢様には相応しくない内容だった気がする。しかし笑ってはいけない。おそらくだがここは日本国外のプレイヤーが集まる場所で、俺が聞いている言葉は翻訳された言葉だろう。必死に笑いをこらえる俺の状態を知ってか知らずかラピスは説明を始める。

 

「あなたは先ほど『逃げるのが当たり前』だと言いました。あなたにはあの試合がどのように映っているのかを聞いてみたかったのです」

「あ、そういえば試合!」

 

 ラピスの登場ですっかり目を離してしまっていた。慌てて空間ディスプレイを見上げると試合はまだ大きく動いていなくてホッとする。今も変わらず“風”が逃げ回る展開が続いていた。

 

「それで、どうなのですか? あなたの発言は“風”に向けたものなのか、“クラージュ”に向けたものなのかハッキリと言ってくださいな」

 

 何故かラピスは俺の回答を聞きたがっている。別に捻った考え方はしていないはずなのだし、誰もが見たまんまのことだろう。ラピスが満足する回答かはわからないが答えるだけ答えてみる。

 

「“風”の方に言ったんだよ」

「そう……ですか」

 

 俺の答えにラピスは目に見えて肩を落とした。俺は何かを期待されていたらしい。こうした問答で相手をガッカリさせるのは日常茶飯事なのだが、今だけはなぜか食い下がりたくなった。理由はきっとISVS関連だからなのだろう。

 

「いや、だって普通に考えて1対3だぜ? 同じ3倍差でも3対9とは話が違う。単機ってのはどう取り繕っても不利だ。どうしても手が足りなくなる」

「だから“風”が無謀だと?」

「そうだ。手が足りない分、逃げ回ることで同時に襲われない位置取りを意識する必要がある。やれることが限られ、やらなければいけないことで飽和してしまうんだ。それでいて反撃しようとするならば、どう考えても罠を仕掛けるしか考えられない。罠を張ってると相手にバレバレなのに戦うとか無謀以外の何物でもないだろ?」

 

 ここでラピスが目を見開いた。俺の話に興味を持ってくれたらしい。

 

「罠、ですか?」

「ああ。逃げ回りながら設置する装置的な意味での罠が一番考えやすいかもしれないけど、おそらく“風”は狙っていない。途中見逃してたけど何かを設置するような真似はしていないはず」

「では、何が狙いだと考えていますの?」

「状況的な意味での罠だろうな。“風”は逃げながらも常に射撃型メゾのミサイル発射の瞬間にそれらをライフルで撃ち落としてる。誘導弾の手数で押されることを危惧しての牽制に見えるが、真の狙いは『ミサイルを一番警戒していると思わせる』ことにある」

 

 戦況は大きく動かないまま、“風”が逃げ回っている。逃げられている時点で“風”がかなりの実力者であることは明白なのだが、この時点でダメージレースは互角であった。次々と武器を持ち替えて牽制する“風”によって“クラージュ”の3人はマシンガン、ライフル、ガトリングの3種に攻撃の手を絞られてしまい、うまく攻撃できないでいるのがその要因だ。“風”は戦術のコントロールがおそろしく上手い。やりたいことができない“クラージュ”はそろそろ痺れを切らすはず。

 

「警戒していると思わせてどうすると?」

「たぶん射撃型メゾがミサイルを発射すると同時に、格闘型メゾが突撃するという状況に持って行きたがってる。“クラージュ”側の立場で考えるとミサイルに対して“風”が反応したところを不意打ち気味に格闘戦に持ち込みたい。ただ、“クラージュ”の構成だとブレードで斬りかかるときだけは1対1になるから、これは“風”が持って行きたい展開なんだ。“クラージュ”がここまで状況を引っ張ったのは“風”にブレードは使わないと思わせるためだろうけど、思う壺だろうぜ。きっと手痛いカウンターが待ってる」

 

 丁度“クラージュ”が動きを見せていた。射撃型メゾがミサイルを発射すると同時に格闘型メゾがブレードで斬りかかりにいく。ここで俺の予想から外れた動きを“風”が見せていた。ミサイルの方を向くことなく、右手に持ったライフルで的確に次々と撃ち落としながら、飛び込んできた格闘型メゾにいつの間にか左手に持っていたブレードで対峙していた。格闘型メゾは片手の“風”相手に怯むことなく特攻する。互いのブレードが打ち合わさった瞬間、格闘型メゾは左手のマシンガンを“風”に向けた。だが“風”はブレードを手放して、前に進む。咄嗟のことに対応できない格闘型メゾの腹に左の拳があてがわれた。続く3発の破裂音の後、格闘型メゾは戦闘不能となる。

 

「ヤイバさんの言ったとおりになりましたわね!」

「い、いや! 正直、俺が思った以上だぞ、あれは! なんでミサイル撃ち落とせてんだよ! 俺の予想だとミサイルはガン無視だったんだぞ!? 化け物かよ!?」

 

 ラピスは声を弾ませて俺の右腕に抱きついてきた。突然のことに驚きつつも平静を装って“風”の強さを話すことで自分を落ち着かせる。

 試合の方は“クラージュ”が1機を失ってからは一方的な展開だった。そもそも“クラージュ”のうち1機は重装甲ヴァリスで足が遅い。逃げる相手に数の利を活かすには足の遅いヴァリスに合わせるしかないのだが、

 

「流石は噂となっているだけはありますわね。接近戦もこなせるのに、狙撃までできています」

 

 “風”はスナイパーライフルによる狙撃までする始末。追いかけなければ狩られるだけ。もう詰みだった。これ以上は見てても意味がない。

 俺の内心の動揺が悟られていないだろう内にラピスは俺の右腕を解放してくれた。仮想世界であるのに、とある部位の感触までリアルだった気がする。……これって悪用されかねないよな。

 ラピスの拘束から解放された俺は今の試合から感じたことを簡潔に口にする。

 

「世界は広いな。“風”はこんなにも強いのにランカーじゃないなんて」

「世界の広さを実感することは良いのですが、ランキングの数字をあまりアテにしてはいけませんわ。対戦成績よりも優先される事柄があるようですし」

「あれ? そうなの?」

「ええ。ですから相手がランカーでも勝てないことはないですわ」

 

 ラピスお嬢様は大変な自信家のようだ。今の“風”の試合を見てもまるで動じることはない。今も空間ディスプレイを見上げているラピスの横顔を見ていて、俺はふと我に返った。

 ……そういえばいつの間にか普通に話してるけど、この人は一体どんな人なんだろ?

 ジロジロと見ていたら、ラピスは俺の視線に気づいたようで真っ直ぐに俺を見返してくる。

 

「どうかなさいました?」

「いや、気になってたんだけど、俺に何か用があったんじゃないの?」

「用、ですか? そうですわね。では、あなたと一緒に“風”を倒してみたい、というのはどうでしょう?」

 

 どこがどうなってそうなるのか皆目見当がつかない。しかも『では』ってことは今思いついたってことじゃん! ラピスお嬢様の考えることがさっぱりわからない。動揺しつつもなんとか意図を知ろうと話しかける。

 

「えと……それってお互いどんなメリットがあるの?」

「あの“夕暮れの風”を倒したとなれば、あなたも一躍有名になれますわよ?」

「ごめん、それ俺にとってメリットじゃない」

 

 普通なら名誉なことだと誇るのだろうが、俺にとっては枷でしかない。実力は欲しいが名声は目的の邪魔にしかならないのだ。だから有名人を倒すにしても他の見返りがいる。

 

「そうですか。ではあなたにとってのメリットとは何なのでしょうか。あなたにとってISVSとはどんな立ち位置にあるのでしょうか?」

 

 マズい、と感じるには手遅れな気がした。明らかにプレイヤーらしくない回答だった。これではラピスがおかしいと感じても不思議ではない。ここで答え方を間違えると俺は……どうなるんだ? 弾たちに知られることと比べてリスクはない気がする。まあ、誤魔化すに越したことはないとは思うけれど。

 

「なんか哲学っぽいね。人にはなぜ娯楽がいるのか、みたいな。とりあえず俺は静かに遊べればそれでいいと思ってるよ。騒々しいのは苦手なんだ」

「あら。ということはここから離れた方が良さそうですわね」

「へ?」

 

 俺が間抜けな声を上げるとラピスは空間ディスプレイを指さした。ちょうど試合が終わったところらしく、“風”のアップが映し出されている。画面上の“風”が愛想良く手を振ったかと思うと粒子状になって消えていった。どうやらここのロビーに戻ってくるらしい。ラピスの予言通り、辺りがざわつき始めていた。“風”がロビーに戻ってきたらしい。

 

「みんなーっ! 応援、ありがと――――っ!!」

 

 なんとどこから取り出したのか“風”はマイクを取り出して喋り始めていた。“風”が笑顔で手を大きく振るとロビー中が歓声で溢れかえる。俺は耳を塞ぎながら隣のラピスに話しかけた。

 

「何なのこれ? “風”ってアイドルか何かか?」

 

 大声を張ってようやくラピスに届いた。彼女は俺の耳に手を当てながら内緒話をするように答えてくれる。息が耳にかかって……考えるな!

 

「確かにそんなものかもしれませんわね。現在、ランカーの男性比率は5%(100人中5人)。6人目が入るかもしれないとなると注目はされます。加えてアバターとはいえ中性的な容姿ですから、女性ファンも多くついてしまっているようですわ」

「へぇ、詳しいね。君も“風”のファンなの?」

「まさか。わたくしから見れば、あれはピエロですわ」

「ピエロ?」

「ええ。“風”の装備構成のほとんどはデュノア社製のもので構成されています。その理由は――」

 

 とラピスが言い掛けて止まり、彼女の目は“風”に向く。

 

「これからもデュノア社をよろしくお願いしまーすっ!」

 

 “風”は唐突にデュノア社の宣伝を始めていた。ロビー全体が引いた雰囲気になるかと思えば真逆の反応を示しており、「デュノア!」コールで埋め尽くされる。

 

「なんじゃこりゃ?」

「ですからピエロなのです。自分自身の魅力よりも被った皮が認められればよいのです。先ほどの試合もただのパフォーマンス。本人の実力で勝っているのでしかないのですが、デュノア社の装備で勝てるという印象操作は成功でしょう。ラファール・リヴァイヴフレーム以外はパッとしないという評価のデュノア社ですが、“風”の登場以降見直されている傾向にあります」

「ふーん。デュノア社の広報とかそんな感じか」

「ええ。まだまだ騒々しくなりそうです」

 

 そう言ってラピスは俺から離れたかと思うと、いつの間にか俺の左手は彼女に掴まれていた。

 

「静かな場所がお好きなのでしょう? 外でお話ししませんか?」

 

 うわー。リアル外国でこの手の誘いだったら間違いなく危険信号だろうな。俺、ラピスと会ったのついさっきだぜ? そんな誘いに俺が乗るわけ――

 

「よし、行こう!」

 

 あった。リアルじゃないから問題ない! べ、別にお前のことを忘れてるわけじゃないからな、箒! そう、これは調査なんだ!

 俺は彼女に引かれるままに歩いていく。彼女の行き先は俺の入ってきたロビー入り口。彼女はイスカを具現化して警備兵に見せたので俺も真似して続いた。

 

 外に出たところでラピスがISを展開する。青色で統一された機体は彼女をお嬢様から騎士に変えていた。右手に持っているのは剣ではなく青いライフル。銃身の長さから見て射程重視のタイプだろう。他の装備は非固定浮遊部位で同じものが2つ。形状から……性能がわからない。少なくとも俺が調べた中にあった基本的な装備の類からは外れた存在であることはわかる。

 俺も彼女に続いて白式を展開した。彼女は俺のように人の装備をジロジロ見ようとせず先に空へと舞い上がる。少々自己嫌悪っぽい感情に襲われている俺に対して、彼女はライフルを持っていない左手を差し伸べてきた。

 

「ヤイバさん。わたくしと飛びましょう」

 

 俺はラピスの手を取りながら微笑みかける。

 

「ダンスの誘いみたいだな。男女逆だけど」

「ふふふ。このご時世では、あながち逆でもないですわ」

 

 2人で急速に上昇する。ロビーのあるドームの高さを悠々とすぎ、無人の街全体を眺められる高さにまで来たところでラピスが手を離した。俺は若干寂しくなった右手を渋々と引き下げる。

 

「次があれば、あなたがエスコートしてくださるかしら?」

「そうだな。次があれば少しは男を見せてやる。いろいろと、な」

「ではそのときを楽しみにしておきます。今日のところはわたくしについてきていただけますか?」

「喜んで」

 

 次第に心に余裕ができてきたのか、茶化し半分の返答もできるようになってきた。この安心感みたいなのは何だろう? 俺の言うこと、やること全てが受け入れられるような不思議な感覚だった。

 

 ……だけどそろそろ真面目に動こう。

 

 ここまでホイホイついてきた俺だが別に考えなしってわけではない。肝心のラピスの正体に関しては、どこぞのご令嬢が戯れに庶民の男性を連れ歩きたがってるとか、俺の内なる才能に目を付けたどこぞの企業のエージェントだとか、候補がいくつも挙がって見当もついていない。ただ、彼女が俺に興味を持っていることは事実で、彼女が『ランカーを倒すことができる』と自信満々に告げたことが重要だった。

 ……俺をどこかに連れてってくれるらしいが、きっと無駄にはならない。いずれ俺は福音に勝負を挑む。彼女の自信の源を知りたい。あわよくば自分のモノにしてやる。ランカーに勝つ策のヒントだけでもいいんだ。

 

 ラピスに手を引かれて空の散歩が始まる。戦闘時ではないためイグニッションブーストを使ったときのようなスピードは出ていないのんびりとした飛行だが、眼下にあった街は既に遙か後方にあった。これがISの速度かと今更ながら実感する。それは兵器としてでなく、交通用として普及したら便利だろうなという感想だった。

 

「どうしました? 下に何か気になるものでも?」

 

 落ち着いて空を飛ぶことは今日が初めてだった俺は民家の転々とした田舎という雰囲気の地上を見下ろして『ここもひとつの世界なんだな』と観光気分になっていた。そんな俺の様子を見て前を飛ぶラピスの興味も地上に向く。

 

「なんとなく見てただけだ。普段はISVSに入ってても風景なんて見る機会はないからな」

「そうですわね。ロビーから始まり、試合会場やミッションに転送されるだけの環境では、このような風景が存在することも知る術はないでしょうから」

 

 ラピスの発言に「そうだな」と頷いて肯定を示す。すると彼女は何故か左の人差し指を下唇に当てながら首を傾げた。

 

「ではなぜそうでない環境にわたくしたちはいるのでしょうね」

「えっ――?」

「なんでもありませんわ。お気になさらず」

 

 唐突な彼女の問いかけのような独り言。俺が目を丸くすると彼女はフフフと軽く笑ってなんでもないと濁らせる。奇妙な感覚だった。俺は何も答えていないのに、俺の全てを掴まれたかのように思えてしまう。なぜそう訊いたのか、と問い返すことは彼女の思う壺な気がして何も言えない。結局、俺は彼女の言うとおりに『なんでもない』として流すことしかできなかった。

 

「少しスピードを速めてもよろしいですか?」

「別に構わない」

 

 イマイチ彼女との距離感が掴めない。近寄ろうとしても唐突な彼女の一言があるかもしれないと思うと、俺の対応はぎこちなくならざるを得なかった。本音を言えばもう少しゆったりと空の散歩に興じていたい気持ちもあったのだが、ラピスの言うことに逆らわずについていく。

 スピードを上げたISは戦闘機ほどの速さは出していないが、車などでは出せない領域の速度で移動する。専用の装備を用意すれば戦闘機よりも速いらしいが今の装備では音速を越えることはできていない。イグニッションブーストでもすれば別だが、あれは長距離移動できる代物ではない。

 ロビードームのあった場所は都市といった印象だったが、次第に民家が立ち並ぶ程度となり緑の多い景色が続く。ついには民家自体が珍しいものになり、四角く整理された畑が延々と続いていた。あまりにも同じ景色が続くため、結果的にラピスの提案は俺も同意するところとなった。

 

 ……しかし、速度を上げるということは目的地があるってことでいいよな。

 ラピスの誘い文句は『静かな場所へ行きましょう』ということだったが、それは空に出た時点で解決していた。そこから散歩をしようというのも別に悪くはないと感じさせる提案である。だがもう散歩と呼べる飛行ではなかった。流石に訊いても不自然ではないはずだ。

 

「どこへ行くつもりなんだ?」

 

 ラピスは器用にも速度を落とさずに体ごと振り向いた。前方への移動と後方への移動の意識を転換させる必要があるが、俺は彼女ほどスムーズな移行はできない。困難なことをしていると感じさせない、変わらぬ笑みを浮かべるラピスはなんでもない顔をして予想外の言葉を口に出す。

 

「ミッションをしましょう」

「ミッション? じゃあロビーに戻らないと――」

「その必要はありませんわ。もう目的地は目の前なのですから」

 

 後ろ向きに飛行するラピスが後方を指さす。進行方向であるそちらは東西に山が広がっていた。一目に山脈だろうことはわかる規模。ちなみに俺は現実ではまだ見たことがない。俺たちの飛行ルートが山脈に差し掛かってもしばらくは盆地が続き、人のいない街がちらほらと見られた。

 

「ここが目的地? それにミッションって内容は――」

「せっかちな人ですわね。紳士でしたらもう少し落ち着いた物腰を身につけてくださいませ」

 

 ここに来て初めてラピスの言葉から不機嫌さを感じた。確かに質問責めにしすぎたかもしれない。俺は何も言い返さず黙ってついていくことにした。

 ……やっぱりどこぞのお嬢様が一般人を遊びに連れ出しただけなのかも。ラピスに実力があるのはさっきの飛行でわかったから学ぶことはあるだろうけど、今回も空振りかな。

 

「着きましたわ。降りましょう」

「え? 周りに何もないけど」

「当然ですわ。気づかれない位置でなければ落ち着いて説明する時間もありませんもの」

 

 ラピスが指示した地点はゴツゴツした岩場が広がっている山の中腹だった。植物すら見られない寂しい景色。もう少し山頂の方までいけば雪があるかもしれないが、どちらにせよ何もないことには変わらないだろう。

 

「気づかれないって誰にだよ?」

「もちろん“敵”にですわ。それではミッションの概要を説明するとしましょうか」

 

 敵。ラピスの口にしたその言葉が何故か俺たちが普段喋っている同じ単語とは違う気がした。きっと彼女の眼差しがそう思わせているのだろう。ラピスの青い目は、昨日のナナと同じように一切の妥協のない“戦い”に向いている。そんな気がした。

 ミッションの概要を説明すると言ったラピスは背中に浮いているユニットの1つを3つに分離させる。鳥の頭を模したようなユニットが1つに、2振りの片刃剣を峰同士向かい合わせたようなユニットが2つだ。その内、鳥の頭のユニットだけが上空へと飛んでいく。そこでラピスの説明が開始される。

 

「まず今回の目標ですが、とある組織の研究施設に隠されている情報を奪取することにあります」

 

 思ったよりもミッションっぽい内容で驚いた。本当に用意されているミッションなのだろうと一息をつく。とりあえず彼女に話を合わせておくことにしよう。どれも“ゲームだから細かいことを気にするな”という返答が返ってくるようなものだけどな。

 

「とある組織? 名前は無いのかよ」

「名前、ですか。もしかしたら存在するのかもしれませんが重要ではありませんわね。共通認識のための記号は必要でなければ生まれませんから仮の名前もつけてはおりません」

 

 なんだよ、それ。ゲームでももう少し設定は作ってるはずだろ? というわけで多少の悪戯心をもって話を続ける。ラピスから感じた“本気さ”はナナとは違う種類なのだろう。

 

「じゃあなんで存在してるかもわからない組織の研究施設から情報を奪う必要があるんだ? ってか研究施設がある時点で全く組織が不明とかありえないだろ」

 

 これもテキトーに言い返されると思っていた。しかしラピスは淡々と言葉を紡いでいく。今、考えているわけではなく、事実を告げるだけという簡単さだと主張しているようであった。

 

「名前をわたくしが知らないだけで組織が存在していることはわかっています。そしてその組織はIS委員会を始めとする多くのIS関連団体に多大な影響力を持っていることも。今からあなたに向かってもらう研究施設もミューレイという企業の施設ということになっています」

「まるで陰謀論だな」

 

 ゲームっぽくなってきたとある意味で納得したのだが、なぜかラピスは俺をあからさまに睨みつけてきた。ついでにボソボソと呟いているようだったが、ハイパーセンサーで増幅しようと思ったときには終わってしまっていた。一体何を言われていたのか気になるところだったが、ラピスが説明を再開したので改めて耳を傾ける。彼女は口頭だけでなく映像も送ってきた。映像にはどこかの軍事施設と思われるほどあちこちに武器やリミテッドが見られる建物が映っていた。

 

「今お見せしているのはそこの山を越えたところにあるミューレイの研究施設ですわ」

「ちょっと待てぃ! これは軍事基地だろ!?」

「何を言っているのやら。IS関連企業の研究施設の警備としてはむしろ普通でしょう?」

 

 俺の感覚が狂っているのだろうか。少なくとも俺はあれを研究所だとか呼びたくはない。

 

「OK。百歩譲ってあれが研究施設だとしよう」

「ですから普通は――」

「わかったよ。あれは間違いなく研究施設だ。それでいい。問題はそんなところじゃないからな」

 

 ラピスとの無駄な言い争いはやめておこう。何度も言うが問題はそんなところじゃない。

 

「で、ミッション内容は何だっけ?」

「ですからこの研究施設に隠された情報を奪取することですわ。頭の回転が足りないようですからモーターでもぶちこんでさしあげましょうか」

 

 ハァ、とため息を隠さないラピス。俺を外に連れだしたときのような優しげな雰囲気は微塵もなかった。ただ本気で俺に呆れている。ってか何だよ、モーターをぶちこむって。確かに今日の俺は色々と頭が残念だと思われても仕方がないことをしてきているが、今彼女に問い直したのは現実逃避と糾弾の意味合いであった。

 

「流石に今回は覚えてないわけじゃない。本気か、って聞き直しただけだ」

「そうですか。では話を続け――」

「待てって言ってるだろ? ここには俺とお前だけしかいない。2人だけであの警備が厳重な場所に攻め込むってのか? 潜入は無理そうだぞ?」

「ええ。ですから制圧する必要が出てくるでしょう」

「制圧ぅ!?」

「では話を続けますわ」

 

 俺のISVSの経験は1週間にも満たない。そんな俺でも無謀だということだけはわかる。ここにバレットたちがいればまだなんとかなる気がするが、どうしろというのだろう。俺が八方塞がりだと感じている中、ラピスはやはり淡々とした口調で説明をする。

 

「今、上空からの光学情報でわかるだけでもリミテッドが50機以上確認できます。これは施設内にISコアが5個以上は存在すると見ていいでしょう。またこの規模の施設ならば間違いなく防衛用のISも存在しますわね」

「敵戦力はハッキリしないわけか。やっぱ無理じゃないか?」

「不可能ではありませんわ。このわたくしの実力に加え、あなたがいてくだされば、ですが」

 

 コロコロと態度を変える奴だった。ラピスは俺を頼ると断言している。これまでの彼女の態度はどれが本当の彼女かわからないが、俺がいなければ彼女はこのミッションができないということだけは伝わってきた。

 

「俺への期待値が高すぎないか?」

「そういうことにしておきましょうか。頼りにしてますわ、ヤイバさん」

 

 女という生き物は勝手だなと思うと同時に、抗えないのは男の性かと思った時点で俺の負けだった。本当にどうして俺は、初対面の女とこうして一緒に戦うことになってるんだろう。……思い直した。今に始まったことじゃなかった。ナナとシズネさんっていう前例があるじゃん。

 

「じゃあやるとするか。ってミッションだったら他のプレイヤーを呼べば成功率が上がるんじゃないか?」

 

 これはシズネさんから受けたミッションとは違う。そう思っての提案だったのだがラピスはいい顔をしない。そればかりか、彼女は俺の思い違いを指摘する重大発言をぶっぱなした。

 

「このミッションは企業が出したものではありませんから他プレイヤーが参加することはありませんわ。むしろわたくしたちを討伐するミッションがミューレイから出されることになります」

「は……? 俺たちが討伐対象?」

 

 このミッションは企業が出したものではない。それはなんとなく可能性のひとつとして考えられていた。そんなことよりも俺たちが討伐されるミッションが出されるということの方が気になった。だって、ミッションは運営側が作ったプログラムに沿って行われるゲームだろ? なんで俺がそこに入る?

 

「明確に企業に喧嘩を売る行為になりますから仕方がありません。攻めるだけならば機体がバレてもわたくしたちだと特定されることはまずありませんが、大々的に人を募るとわたくしたちの存在を敵に知らしめていることと変わりませんわ」

「そうじゃなくて、なんで俺たちがミッションの敵扱いに?」

「それはそうでしょう。ミッションなどというシステムは企業側が効率よく戦力を集めるために作ったものなのです。企業間の技術的な抗争のために陣地取りゲームをしていたり、新装備を試すために相手を募ることが主な使い道のようですが、わたくしたちのような不穏分子を消すために出てきても不思議ではありません」

 

 つまり、あれか。ネット上で晒し者にされる感じになる。討伐されてのデメリットはきっとそんなところだろう。それは確かに避けるべき。

 しかしミッションはプログラマーに作られたものではないらしい。戦力を集めるためとか言うが、結局どういうことなんだろう?

 

「不穏分子って言うけど、企業さんが俺たちをそんな危険人物扱いする必要ってあるの?」

「十分危険でしょう。今、IS関連の開発はISVS上で開発することから始めるのが普通ですから、情報の流出の危険性は企業規模での生き残りがかかっていると言えますわ」

 

 さっきから俺の知らないことばかりラピスは教えてくれる。彼女本人は俺に教えている気はないのだろうけど。

 

「へ? 装備の開発をISVS上で行うってどういうこと?」

「そのままの意味ですわ。ISVS稼動初期は現実に存在する装備をISコアが模倣したものが使われていましたが、現実の開発費を削減するために現在はISVSで装備を作って実用性の実証されたモノを現実で開発するという流れになっているはずです」

「どうしてそんなことができるんだ!? ISVSはゲームじゃないのかよ!」

 

 誰かの創り出したゲームの世界に俺たちは足を踏み入れた。俺はずっとそんな認識だった。この場合で言う“ゲーム”とは当然、0と1で構成されたプログラムのことを指す。だが、ラピスはそんな俺の持っていた常識を――

 

「ゲームですわ。現実とほぼ同じ。人が容易く数値をいじれないところまで同じ。もうひとつの世界ともいえる場所を舞台としたあらゆる出来事をゲームと称しているのです」

 

 思い違いとして斬り捨てたのだった。

 

 思えば不可思議だった。

 なぜかこのゲームには使い道のない武器が多数存在している。それは実際に作られた失敗作も混ざっていてISVSが同じモノを作り上げただけ。

 ミッションも作られたものはごく一部なのかもしれない。バレットからはランダムで変わると聞かされているが、ミッションを提供している企業側は“ISVSで発生した事態をプレイヤーに対処させているだけ”であるとすれば、同じ依頼タイトルでも毎回違う内容なのが頷ける。

 ISVSは不平等を受け入れることから始まるとバレットは言っていた。それはそのまま現実を再現したからと言う話ではなくISVSが現実と同じ、少なくとも常人が干渉できる領域では現実と変わらないからだということだ。数値をいじって調整の効くデジタルな世界なんかじゃなく、むしろアナログな世界である。

 モンドグロッソを行えるはずだ。誰も武器の性能などに干渉できず、性能は各国の技術力がそのまま反映される。ならば現実で武器を消費する必要はない。ISVSは弾薬など、消費されるものばかりは際限なく手に入れられるなど都合がいいのも理由のひとつか。

 

 ヴァーチャルな側面ばかりに目がいっていたが、おそろしいくらいに現実と同じ側面を持っている。現実の物理エンジンが不自然に思えてしまうくらいにISVSは自然なのだ。逆に『現実でできないことはISVSでもできない』という特徴がある。

 

 ……やっぱり束さんの作った世界なんだろうな。

 当初はなんとなくそう思っていたが、ラピスから話を聞いた今ではそれとしか考えられなかった。

 

「そうか。“ここ”は現実とリンクしてるところが多いんだな?」

「ええ、そうですわ」

「じゃあ、企業が隠している情報ってのは?」

「何かは不明ですし、今から攻める場所にある確証はありませんが、間違いなくわたくしたちプレイヤーに知られてはいけないものがあるはずですわ」

 

 ここまでの説明で、俺はすっかりやる気に満ちていた。むしろなぜ今まで考えてこなかったんだろうか。“銀の福音”の存在が今まで公になっていないのはISVSを守るためではなく、もみ消している権力側が首謀者である可能性をどうして考えなかった? 心のどこかでゲームの運営に関わる人が被害者であると思いこんでいたのかもしれない。

 ……今だけは恨みます、束さん。あなたは“銀の福音”に関わっていないと思いますけど、あなたの印象のせいで運営側を犯人から除外してました。……これってやっぱり八つ当たり、かな?

 

「さて、雑談をしている間に施設内の索敵は終わりましたわ。リミテッドが64機、ISが11機ですわね。リミテッドはISと直接つながっているタイプのようですから、全ISを沈黙させれば制圧は完了しますわね」

「そんなことまでわかるのか?」

「言いましたでしょう? わたくしの実力とあなたが合わされば攻略は可能です、と」

 

 ラピスが索敵を終えたと称して敵の数を言ってくる。簡単に攻略できると言ってくれるが2人で11機を相手にするってのは“風”くらいの実力者を連れてきても難しい気がする。

 

「やるのはいいけどさ、俺の戦法は知ってるのか? そんな数を相手にできるとは思えないんだが」

「フォスの特殊フレーム。内蔵されたイグニッションブースターは最大8段。しかし多段起動(リボルバー)の経験はなさそうですわね。装備は高出力のENブレードが1本のみ。それならば問題はありませんわ」

 

 目を瞑った状態で答えるラピス。イグニッションブースターの段数とか俺自身も知らないことまで把握してるとは思わなかった。もしかすると彼女は俺よりも白式のスペックを理解してるかもしれない。

 

「それでは作戦を開始いたします。よろしいですか?」

「ああ……って具体的にどうするのか全然聞いてないけど?」

「簡単なことです。わたくしはここで待っておりますので、ヤイバさんは適当に飛び込んで敵ISを全滅させてきてください」

「できるかぁ!! ってか言い出しっぺがどうして待機してんだよ!?」

「大丈夫ですわ。あなたはわたくしが見込んだ人ですから。全く戦いぶりを見てませんけど」

「自分で根拠がないって認めてるよな!? 無策なら無策って言え! 今なら引き返せる!」

「下手な小細工など無用ですわ。敵は数が多いですけれど、ランカークラスは1人としていません。正面からGOですわ!」

「俺ひとりがだよね!?」

「はいな!」

 

 うわぁ……頭が痛くなってきた。この子は本当に強いのか弱いのかわからん。口だけなんだろうか。いや、でも俺たちの知らないことも知ってるし……いや、ただの陰謀論に振り回された厨二病患者の可能性も……。頼むから騙すにしても最後まで騙しきってくれ!

 我慢しきれずに頭を抱えだした俺にラピスは雰囲気の一転した静かなトーンで語りかけてきた。暴走していた俺の頭の中にも不思議と染み込んでくる声音。言うことを聞かないやんちゃな子供を優しく諭すこともできそうだった。

 

「本当に心配は無用ですわ。例えあなたがどれだけ弱くとも、このわたくしが見ています。ですから、今このときだけはあなたは無敵なのです」

 

 見てるだけ。それで一体どうなるんだ、と問い返すこともできた。だけど俺は何も言い返さない。後先考えないとはバカだなと自分で感じつつも、このままラピスに食い下がるのは“男らしくない”気がしたんだ。

 

「よし。じゃ、逝ってくる」

「行ってらっしゃいませ」

 

 ラピスに見送られて、俺は晒し者覚悟で飛び出した。目の前の山を越えたところで反対側に巨大な建物がすぐに確認できる。ラピスから送られてきた映像と同じモノだった。

 

『ボーっとしている暇はありませんわ。既に敵に気づかれています。早く施設内に入ってくださいな』

 

 ラピスから通信がくる。なるほど、こうして通信で俺をサポートするのが彼女の役割ってわけか。そういえばチーム戦の役割で“索敵役(サーチャー)”というものがあったが彼女の機体はそれに特化しているのだろう。そりゃあひとりじゃ戦えないわ。

 ラピスの指示通り、すぐに機体を急加速させ接近を試みる。見えるだけでライフル持ちリミテッドが4機、備え付けの砲台が6台、俺を照準している。

 

『敵機からの予測弾道、発射タイミングの算出を終了。送りますわ』

「はい?」

 

 ラピスからの謎の内容の通信の後、俺の視界に敵機から俺へと伸びる線が表示され、それぞれ細かい数字でカウントダウンされる。おまけに回避ルートまで視界に図示されていた。突然のことに驚きつつも指示通りの機動を行うと、俺を狙っていた弾丸は全て外れていた。いつもは勘で決めてる回避ルートを誰かに指示されるなんて初めての経験だった。

 

『6時、8時方向よりミサイルの発射を確認。気にせずイグニッションブーストを使用し、正面のリミテッドにENブレード』

 

 俺が気づく前にミサイルの存在を知らされ、俺が判断する前に行動を指示される。多分俺がしたであろう選択肢だったので、俺はミサイルを目視する前に正面のリミテッドに向かって突撃する。ライフルを撃った直後のリミテッドは為す術もなく両断された。今回は足場をズザザと滑りながらもノーダメージで着陸に成功する。

 

「どうやって進入するんだ? 壁をぶった斬るか?」

『それでお願いしますわ』

 

 目の前の外壁に雪片弐型を叩きつける。高出力のため、壁には切断ではなく穴があいた。その先は建物の内部。そこには――1機のISがいた。

 

『2カウント後に急上昇』

 

 敵ISは俺の存在に気づいている。というよりも待ちかまえていた感じだった。重装備の防衛型ヴァリスだろう。両手には大型のガトリングガンが付いていて、撃たれたら白式など一歩も動けずに機能停止まで追い込まれる。

 撃たれてはマズい、と普段の俺なら考えて突撃したはずだ。だが今回はラピスの指示がある。さっきまでラピスの指示に従っていれば問題なく戦えていた。今は彼女を信用する。

 指定されたタイミングで俺は上に飛び上がった。同じタイミングで敵はガトリングを発砲し始める。回避はできたが、どう倒せばいいんだろうか。そう思っている俺の真下を複数のミサイルが通過していった。ガトリングの弾に当たって爆発するものもあったが、穴の内部にまで飛び込んでいったものもあり、建物内部で爆発が巻き起こる。ガトリングの雨も止んでいた。

 

『反転して内部に飛び込み――』

「敵ISをぶった斬る!」

 

 再び外壁前に降りた俺はミサイルを食らってよろめいている敵ヴァリスに向かっていき雪片弐型を振るう。まずは左腕のガトリングガンごと胴を斬り抜ける。イグニッションブーストでないから近距離は維持でき、敵よりも俺の方が反転は速い。すかさず二の太刀を脳天にかましておいた。敵はディバイドでないため、この2撃で戦闘不能となり消えていった。

 ラピスの指示は俺に対して撃たれたミサイルを利用するというものだった。俺が全く考えていないものまで彼女の戦術には入ってきている。どう考えてもただの索敵要員の仕事ではなかった。

 

「まずは1機!」

『続いて右の通路よりフルスキンの打鉄。ブレードとマシンガンを装備した典型的な格闘型ですわ』

 

 マシンガン装備は面倒くさい。しかし、今は試合でないから俺には雪片弐型以外に用意できるものがある。俺はミサイルの爆発でできた瓦礫のひとつを拾い上げた。生身ならば両手で抱えても持てないだろうコンクリートの塊もISならば軽々と持てる。

 通路の角から飛び出してきた敵打鉄は左手のマシンガンを即座に放ってきた。その行動は読めているし、タイミングもラピスが教えてくれていた。既に敵打鉄の銃口の前には俺の投げたコンクリートの塊が向かっている。当然、敵の銃弾はコンクリートを削ることしかできない。その間に俺は接近を果たし、雪片弐型で斬りつける。敵打鉄はブレードで応戦してきたが、物理ブレードはENブレードにとても弱い。相手の剣を真っ二つにしながら本体にも刃を届かせる。こいつも一撃では終わらない。しかしレンジはブレードの範囲。向けられようとしていたマシンガンには俺の投げたコンクリートが命中しているため、俺が2撃目を斬る方が速かった。

 

「無傷で2機。このまま1対1を続ければ勝てるかもしれない」

『残念ながら敵の動きが変わりましたわ。3機編成のチームが3つという体制でこちらに向かってきております』

 

 希望が見え始めたところでラピスから悲報が届く。今日見た“風”でも苦労していた1対3を3セットやれと? 無茶にも程がある。

 

「勝てるイメージが湧かないんだけど……」

『わたくしは、あなたを信じますわ』

「はいはい。信じるって便利な言葉だよね。女の信頼に応えなきゃ男として失格とでも言うんだろ?」

『ご安心ください。既にその物言いが紳士失格ですから』

「それって何を安心しろっての!? 下手なプライドは持たなくていいですよ的な!? 少なくとも今は俺を戦う気にさせることを言おうよ!?」

『息抜きの雑談はここまでですわ。行きますわよ!』

 

 続いての状況は施設の中の方に入った場所。ラピスは迎撃場所として選んだのは2つの通路が交差する十字の通路であり、俺はその交差点に待機した。

 

「なんだってこんな場所を選んだんだ?」

『気分ですわ』

「少しは理屈を言って欲しい……」

 

 ここまでくると少しはラピスのこともわかってきた。気分だなどと言っているが、彼女の中では確かな理由が存在している。それを話さないのは話している時間がないのだ。

 

『敵は3方から同時に仕掛けてくるつもりですわね。ヤイバさんの向いている方向から見て、正面からフルスキンのラファールリヴァイヴで装備はショットガンのダブルトリガー。右からはブレードとマシンガンを持ったフルスキンの打鉄。後方からはENショットガンを装備したフルスキンのコールドブラッドという構成ですわ』

 

 そんな状況でこの狭い通路。雪片弐型一振りでどう斬り抜けろと言うんだ?

 

『ヤイバさんは前方と後方は無視して右の機体をただちに無力化してください。行動開始はわたくしの送る5カウントの後でお願いします』

「了解。その後はそのとき考えるってことだな」

 

 ラピスのカウントが始まる。残りカウントが2を切ったところで敵が一斉に姿を現し銃口を向けてきた。俺はラピスを信じてまだ動かない。すると突然敵の武器が全て吹き飛んだ。

 俺自身、何が起こっているのか理解していない。だが、カウントはこのタイミングで0となる。俺がマシンガンを失ってもたつく打鉄を一方的に斬りつけること2回。先ほどの機体と同じように打鉄は消えていった。

 

『通路を戻り、逃走を図っているコールドブラッドを倒してください』

 

 言われたとおりに通路が交差する点にまで戻って左を見ると、武器を失ったコールドブラッドが撤退を始めていた。今回の目的は敵ISを全て撃破することにある。1機でも残っていればリミテッドなどの防衛機構は止まらない。どうして武器を失ったのかは知らないが補充される前に倒しておくべきである。イグニッションブーストを使用。逃げようとするコールドブラッドに軽々と追いつき、一閃すると敵は一撃で消えていった。

 

『即座に反転。正面のラファールリヴァイヴに攻撃』

「了解」

 

 と俺が考えもせずラピスの指示通りにイグニッションブーストしたときだった。コールドブラッドと同じく武器を失っていると思った敵が武器を呼び出し(コール)する。それはライフルにしては銃口が大きすぎる代物。お手軽簡単火力で知られているアサルトカノンだった。狭い通路な上にイグニッションブースト中は方向の修正ができない。このままだと俺は一撃でやられる。

 撃たれる。

 そう思った時、俺の背後から複数の青い閃光が走っていった。

 

「なんだ、アレは……?」

 

 青の閃光の群れは敵ラファールの目前でカクカクと不規則に曲がりはじめ、最終的にアサルトカノンに殺到。またもや武器が吹き飛んで敵ラファールは丸腰になっている。そこへ俺が到着する。俺の攻撃を遮るモノは何もなく、一方的な展開でラファールは消えた。

 

「ラピス。ついてきてるのならそう言ってくれればいいじゃないか」

『何をおっしゃっていますの? わたくしは一歩も動いておりませんわ』

 

 どういうことだ? まさかラピスとは別に俺たちと共に戦ってくれている仲間がいるのだろうか。しかし彼女は最初から“2人”であると言っている。そんなところで嘘をつくようには思えない。

 

『種明かしは後ほどさせていただきますわ。とりあえず今はわたくしがここからでもあなたを援護することができることだけ覚えていただければ結構です』

 

 にわかには信じ難いことだが、俺を守った青い閃光はラピスの援護射撃らしい。俺がチェックしていない武器なのだろう。しかし遠方から指示を出して射撃までこなせるとは。なるほど。一緒に来ない理由がよくわかった。彼女は後ろにいた方が強いんだな。

 

 続く2連戦も俺は一撃も攻撃を受けることなく敵を全滅させた。当然、俺だけの力じゃなくて、主に彼女のバックアップによるものである。気づけば2対11の戦力差で始まった戦いは俺たちの圧勝で終わっていた。

 

「おいおい。ある程度は各個撃破に持ち込んだとは言え、この戦果はおかしくねえか?」

「当然の結果ですわ。と言いたいところでしたが、被弾0はあなたの力によるものです。十分誇ってくださいな」

 

 通信ではなく肉声でラピスが返してきた。戦闘の終わりが近づいた頃からこっちに向かってきていたのだ。本当にこのサーチャーは何でもお見通しらしい。

 

「誇る、ねぇ……どう考えてもお前のおかげだよ」

「謙虚ですわね。このわたくしが褒めて差し上げているのですから胸を張ればよろしいのに……」

「無理だろ。それより早いとこ探すもん探そうぜ?」

「あ、そうでしたわ! 敵が増援をミッションで募る前に退散しないと面倒ですからね」

 

 俺たちは2手に分かれて捜索を開始する。尤も、ラピスがある程度場所を絞ってくれていたので、捜索時間自体はそれほどかからなかった。だからこそ俺は諦めがつきにくかったのかもしれない。何も……見つからなかったのだ。

 

「本当に申し訳ありませんでした。何も得られるものがありませんでしたわ」

「まだ探してないところがあるだろ? だから――」

「いいえ。もう立ち去らなければ危険ですわ。今回は失敗を認めて立ち去りましょう。ミューレイにも迷惑をかけただけでしたわね」

 

 ここを怪しいと踏んだのはラピスだ。その彼女が無いと判断するのなら俺が食い下がったところで意味がないだろう。俺には根拠が無いのだし、リスクを背負うのは馬鹿げてる。

 

 俺たちは研究施設を出てすぐに飛び立った。とりあえずは山脈から離れなければいけない。相手の悪事を見つけられなかった時点で、俺たちはただの犯罪者だ。……この仮想世界での出来事にどのような法が適用されるんだろう? もしかしたら犯罪じゃないのかもしれん。企業の研究施設に乗り込むなんて、どう考えても許される行為ではないけどな。後で調べておこう。

 

 俺もラピスも互いに口を開くことなく空を飛ぶ。宛もなくただ真っ直ぐに飛び続ける。戦闘中には次々と指示を飛ばしていたラピスだったが、今は行き先もハッキリさせられず途方に暮れていた。とても見てられず俺は声をかける。

 

「元気を出してくれ、ラピス」

「わたくしなら大丈夫ですわ。ただ、何も得られないことにあなたを巻き込んでしまったことが心苦しいのです」

 

 始める前は巻き込んで当然みたいな尊大な態度を見せていたラピスだったが、今はすっかり萎縮してしまっていた。彼女の中では確信があっての行動だったのに無駄足だったという結果がショックだったのだろう。

 それにしても『何も得られない』か。それは言い過ぎだろう。確かにラピスは何も得られなかったかもしれないが、俺は違う。少なくとも俺は巻き込まれてよかったと思っている。だからラピスが俺のことでしょんぼりしているのは違う気がした。

 

「気にしないでくれ。俺にとって今日の経験はいい勉強になったよ。ありがとな」

 

 俺の言葉で少しでも彼女の心が軽くなればと素直な気持ちを言ってみた。しかしやっぱり俺は俺だった。肝心なときの言葉のやりとりで相手が思ったとおりの反応をしてくれた試しがない。ラピスは顔を伏せて、握り拳をわなわなと震わせていた。

 

「心にもないことを言わないでくださいっ!! 気休めなど要りませんわ!」

 

 素直に言った言葉だが彼女には届かなかった。しかし今日の俺は食い下がる。なぜならば、怒られる筋合いはないからだ。

 

「そんなことを言うなよ! 俺は口から出任せなんて言ってない!」

「いいえ! あなたは嘘はついていなくても本当のことを話してはいませんわ!」

「本当のこと? お前が俺の何を知ってるんだ?」

「……ではもう一度問いかけさせていただきますわ」

 

 ここまで言い争いを始めると俺たちは飛行を止めて浮遊状態で向き合う。ラピスは突然怒りを治めて、喜怒哀楽をどこかに置き忘れたような虚ろな瞳で俺を見つめながら質問をしてくる。

 

「あなたにとってISVSとはどんな立ち位置にあるのでしょうか?」

 

 ラピスの質問は興味の類によるものではない。

 俺は言葉に詰まる。俺にとってISVSは――遊びではない。

 彼女は本当に俺のことを何か掴んでいるのか?

 何も話せないまま、ただ時間が過ぎるだけ。

 次に言葉を発したのはラピス。

 彼女には一体何が見えているのだろうか。

 俺がこれまで避けてきたことを彼女は的確に訊いてきたのだった。

 

 

「あなたは“銀の福音”を追っていますか?」

 


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