Illusional Space   作:ジベた

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55 彼女のためのヤイバ

 俺は――前に進めているのだろうか?

 

 自分が正しいと思うことを率先してやってきた。俺の願いを他人に委ねて待っているだけなんてことはできなくて、自分の手で成し遂げたかった。

 箒を救う。再会するという約束を果たす。これだけだったら、別に千冬姉が代わりにやってくれてもいいはず。

 我慢できなかった理由は簡単だった。

 俺は箒の前で格好つけたかっただけの一人の男に過ぎないんだよ。

 こんな我が儘を手助けしてくれる人たちがいた。

 学校の友達。ISVSのプレイヤー。

 気の良い奴ばかりだ。俺は幸せ者なんだろう。

 だからこそ、早くこの輪の中に箒を迎え入れたい。その一心でここまで戦ってきた。

 

 あと少しだったんだ。

 クロエを説得さえすれば、箒は救われる。クロエが束さんの真意に気づいたから、説得できたかもしれなかった。

 ……なのに、何なんだよ、これは!

 

心做(こころな)しか体が軽いようだ。仮想現実であるからなのか、はたまた憑き物が落ちたからか。どちらにせよ、童心に帰って欣喜雀躍(きんきじゃくやく)することも厭わぬ」

 

 クロエが消えた。

 代わりに現れたのは機械仕掛けの(じじい)

 束さんたちが敵対し、エアハルトを間違った方向に進めていた全ての元凶。

 

 俺の目の前で老人の全身が黒い霧に包まれる。

 ファルスメアが暴走した……とは考えづらい。

 その証拠に黒い霧は即座に晴れ、中には人の姿がある。

 ……車椅子の老人ではなく、銀の長髪の若い男だった。

 

「なるほど。老いすらもデータに過ぎず、体を構成している粒子にデータさえ与えれば望む肉体を得られるというわけか。こうして在りし日の私にもなれるとは、存外居心地の良い世界と言える」

 

 まるでエアハルトを少し大人にしたような外見。

 それもそのはずだ。エアハルトはこの男のクローン。自分の外見を好き勝手に変えられるこのISVSで、目の前の男は過去の自分を蘇らせたのだ。

 

 俺は赤い床に転がっている雪片弐型を拾い上げる。拡張領域に回収するような真似はせず、そのまま切っ先を()に向けた。

 ……その後、どうすればいいのかなんて全く思いついてない。それでも抗う意思だけは消してはならない。そんな意地だけの敵意を向けるしか今の俺にはできないのだ。

 

「感謝しよう、織斑一夏くん。私は君に救われた」

 

 こちらの威嚇などないかのように、まるで世間話でも始めそうな軽さで敵は話しかけてきた。

 ふざけている。何が感謝だ。俺はお前を助けようとなんてしてなかったし、むしろ殺してやりたいくらいだ。

 だけど、殺せない。まだ俺は何も成し遂げられてないのだから。

 

「これは失礼した。恩人に名乗らぬのは人間らしい礼儀に欠けている」

 

 俺は何も話さない。饒舌な敵はなおも一方的に話し続ける。

 

「我が名はイオニアス・ヴェーグマン。この仮想世界の新たな主にして、人類の支配者だったものだ」

 

 名乗られずとも俺は知っている。

 直接会ったことはなくても、束さんとエアハルトの記憶が教えてくれている。

 俺とイオニアスは決して相容れない存在だ、と。

 

「人類の支配者? テロリストの親玉の間違いだろ?」

「当然、君の認識ではそうなるだろう。君には知らないことが多い」

「お前が悪人だってことだけは知ってるぞ」

「私が悪、か。では一つ質問しよう。君は悪か?」

 

 無駄な問答だ。何が正義とか何が悪かとか、そういう話。本当に意味が無い。

 

「俺は悪じゃない。少なくとも俺にとっては」

「もちろんそうだろう。本当に自身を悪だと誤認したならば自殺をせねばならない。先ほど、君がクロエ・クロニクルという少女を思い詰めさせた末路がそれだ」

 

 俺がクロエを追い詰めたのは自覚してる。俺が自分の目的を果たすことを第一にしていたのも否定しない。

 だけど――

 

「本当のことを勘違いしたまま、世界を滅ぼさせてしまうわけにはいかなかった」

 

 他ならぬクロエ自身のためにも、真実を伝える必要があったと確信している。

 その後のことはその後のこと。俺はクロエを見捨てる気は無かった。俺自身が束さんの代わりになってでも、クロエを助ける道も考えてた。

 

「社会にとっての悪と認識しながら悪事を行う者たちも、本質は自身の中にある正義に従っている。君が少女に過酷を強いたように、決して善行でないと理解しながらも、己を正当化して悪行を積む」

「何が言いたい?」

「君の言う悪に君自身が入っていない。私はそれを否定するつもりはない。もし私がクロエという少女を追い詰めたならば、君は私を悪と断じるだろうが、それすらも君の人間らしさだ」

 

 回りくどい。要するに言いたいことはこれだろ?

 

「お前は自分を悪人だなんて思ってない。それだけのことだろ?」

「私だけではない。全ての人間がそうだと言っている。君も含めて」

「別にそれでも構わない。俺にとってお前は倒すべき悪に変わりないからな」

「私が自分の意思でルニ・アンブラを止めると宣言しても、か?」

 

 少しだけ俺の中の戦意が薄れた。

 その動揺は右手にまで表れていて、気がついたときには正面に向けていたはずの雪片弐型が30°ほど下を向いている。

 

「元より私には世界を壊そうなどという意思はない。クロエ・クロニクルの残したこの空間から出られれば、すぐにでも攻撃命令を解除しよう」

「偉そうなことを言っておきながら、ここから自分で出られないのかよ」

単一仕様能力(ワールド・パージ)“幻想空間”で作られる世界には創造時にのみ付与できるルールがある。この空間は『織斑一夏が逃げる』か『織斑一夏が消える』かしなければ創造主にも消せないように作られているようだ」

 

 クロエはクロエなりに覚悟があって俺を待ち構えていたわけか。

 俺を消すか、俺が諦めるか。俺が諦めないのならば、絶対に消すのだと自分を追い込むため。

 そう考えると、クロエは本当に――俺と戦いたくなかったんだな。

 

「君は賢い。ここまで言えば、私の言わんとすることはわかるだろう」

「俺がここを立ち去れば、世界は救われるってことだろ?」

「その通りだ。私の手で君を消しても同じことだが、わざわざ恩人を消すこともあるまい。私があの小娘から解放されたことで、イリュージョンは私の支配下に戻った。ルニ・アンブラは私が命令を下せば自己崩壊する。ありがとう、織斑一夏くん。君のおかげで世界は救われた。君は英雄なのだ。もう刃をこちらに向ける必要などないのだよ?」

 

 たしかに。イオニアスがクロエと同じように世界を壊すつもりがないというのは理解できる。コイツの目的はあくまで人類の管理支配であって滅亡なんかじゃないからな。

 この決戦における皆の第一目標は俺がこの場を離れようとするだけで達成できる。現実でまだ戦ってくれている千冬姉たちの苦労も報われる。イオニアスの言うとおり、世界に平和が訪れることだろう。

 でもそれじゃ俺の目的を果たせたとは限らない。

 雪片弐型を強く握り直し、切っ先を再びイオニアスに向ける。

 

「箒は?」

 

 イオニアスの提案には彼女の名前が出てきていない。俺の名前すら把握していたこの男が箒のことを知らないだなどあり得るわけがない。

 

「篠ノ之箒か。彼女の現状を知ってもらうにはこちらを見てもらう方が早いだろう」

 

 奴の右手が指し示すのは水晶の樹木だったもの。灰色に濁り、枝は人間の腕となり、頂点には髑髏が現れた。上半身のみの灰結晶の巨人となった構造物の胸元には唯一肌色が見えている。

 ……たしかに見た方が早かった。

 

「箒っ!」

 

 灰結晶の巨人の胸に取り込まれているのはISスーツ姿の女の子。

 胸像のように胸から上だけが外部に露出している。

 その顔は見間違えようはずもない。失踪していた文月ナナのアバターそのままだ。

 ぐったりとしていて目は閉じている。意識はない。

 

 反射的に駆け寄ろうとした。

 だけど、灰結晶の巨人と目が合って足を止める。

 まだ俺は彼女の現状を理解し切れていない。そんな状態で無茶をして箒が死んでしまっては意味がない。

 

「説明しろ」

 

 すぐにでも駆け寄りたい衝動を抑えつけ、イオニアスを睨み付ける。

 

「クロエ・クロニクルのIS“黒鍵”は私のIllである“イリュージョン”のコアと融合した。融合した状態を私は“幻想黒鍵”と呼んでいるが、幻想黒鍵はさらに紅椿のコアとも融合を果たした。結果、紅椿の単一仕様能力“絢爛舞踏”は幻想黒鍵の動力源として欠かせないものとなっている」

「その融合もお前の意思で解除できるんだろうが!」

「否定はしない。今の私は幻想黒鍵の全権を掌握している。融合と言っても容易に分離できる程度のものだ」

 

 否定はしないってことは肯定もしないということ。

 イオニアス自身の意思で箒を解放しないということ。

 

「お前も箒をエネルギー源にするってことだろ!」

「非常に残念なことだが、クロエ・クロニクルと違って私の肉体は不安定なものらしい。この体の維持にはエネルギーが必要だ。その問題はこの娘さえあれば解決される。娘の現実の体が果てようとも変わらぬ。私は未来永劫、人を導くことが可能となった」

 

 箒が解放されれば、イオニアスが消滅する。

 つまり、イオニアスが自分の意思で箒を解放するのは自殺を意味している。

 

「……確認する。箒を解放する気はあるか?」

「その問い方の時点で答えはわかっていよう。否だ」

「もうお前は現実にいない存在だ。そこまでして生きる必要があるのか?」

「現実の私の肉体がとうに滅んでいるのは知っている。だが構わぬ。私はここに在る。この世界から現実への干渉もできることはクロエ・クロニクルが証明した。何も問題はない」

 

 想像結晶の力でイオニアスは現実にも干渉できると知ってしまっている。だからこの男は自らの理想を果たすために進むんだろう。

 俺が箒を救おうとしているように、イオニアスは人々を導く。目的を果たすためなら他が犠牲となることも厭わない。

 

「もう一つ確認する。お前の目的は何だ?」

「この場合は長期的な目標を尋ねていると解釈する。私はただ愚かな人類を導くシステムであればいい。既に人間は誰かにコントロールされなければ自滅してしまう段階にきているのだ」

「その導くべき人類になぜ箒が入らない!」

「入っているとも。彼女には私という管理者を維持する大役が与えられている。彼女も本望だろう。私が再び現世に君臨するための糧となれるのだから」

「ふざけるなァ!」

 

 俺は叫ぶ。気迫で殺せるのなら、このまま殺してやりたい。

 攻撃は控えるつもりだった。まだ戦闘の前提条件は変わってない。このままイオニアスを殺してしまえば、箒も死ぬ。

 だけど体は勝手に動いてた。雪片弐型の切っ先を向けたまま、反射的にイグニッションブーストで突っ込んでいた。

 イオニアスとの間に灰結晶の巨人の腕が割り込んできた。雪片弐型の先端は灰結晶の表面で弾かれる。全く効いていない。

 

「世界を救うための最も簡単な選択肢は君が自らの意思でこの場を立ち去ることだ。私を斬りつける意味などない」

「世界なんて知るか! 俺は最初っから箒を取り戻すために戦ってきた。お前が存在する限り箒が目覚めないというのなら、俺がお前を倒す!」

「条件の共有はできていると思っていたのだが、今一度教える必要があるようだ。私を殺せば、篠ノ之箒も死ぬぞ?」

 

 そんなことはわかっている。だけど、このまま奴の言うことを聞いても箒は二度と帰ってこない。今はクロエのおかげで奴が逃げられない状況だが、この機会を逃せば、俺は二度とイオニアスの前に辿り着くことすら出来ないだろう。

 イオニアスがわざわざ俺に会う理由なんてない。一度逃がせば亡国機業が力を取り戻し、危険分子である俺はきっと殺される。

 だから俺はここから逃げるわけにはいかない。

 

「残念だ。世界は私を必要としている。人の暴走には監視役が必要だというのに」

「そんなもんは必要ない! 誰かが暴走しても別の誰かが暴走を止める。お前にとっての俺がいるように!」

「やはり血は争えぬか。君は父親と同じく私に楯突くわけだ」

「父さんは関係ない。たとえお前が父さんの仇だとしても、俺が戦う理由はそこじゃない。俺は箒を取り戻すためにお前を倒す“ヤイバ”だ!」

 

 明確な宣戦布告をした。

 イオニアスはさして驚きもせず、灰結晶の巨人の元へと跳び退き、改めてこちらへと向き直った。

 

「いいだろう。君が選んだ道の先。仮想世界そのものとなった私に挑む虚しさを思い知るといい」

 

 灰結晶の巨人が咆哮する。

 腕は四本。大小が一対ずつ。左の大腕には巨大な槍が握られていて、右の大腕にはこれまた巨大な鎌があった。

 足はなく、樹木だった名残か大地から上半身が生えているような姿。

 

「幻想黒鍵よ。薙ぎ払え」

 

 イオニアスの指示の直後、巨人――幻想黒鍵の口に赤い雷が収束する。クロエの使っていたものとは明らかに規模が違う。

 放たれた光。俺がそれを攻撃だと認識したときには、赤い荒野全体がマグマのように煮えたぎる。

 光が収まったとき、俺は地上に墜落していた。

 ダメージを確認。どうやら直撃は避けられたらしい。だけどストックエネルギーがラピスの分を合わせても残り僅かだ。

 

「なぜ君は生き長らえている?」

 

 驚かれているというよりも純粋な疑問として投げかけられている。

 俺の単一仕様能力を知らないからだろうとも思ったけど、よく考えてみたら俺自身にとっても不可解だ。

 さっきのクロエとの戦いで受けたダメージで俺とラピスの分を足してもエネルギーは残り僅かだった。今の攻撃の規模を考えると、俺はもう負けているはず。

 

(……そこであたしの顔が出てくれると嬉しいんだけどなぁ)

 

 首を傾げている俺の脳裏にラピス以外の声が浮かぶ。

 

(リンか?)

(あたしの方も大変だったのに、なけなしのストックエネルギーまで持ってくとか鬼畜過ぎない?)

(すまん。助かった。ありがとう)

(素直でよろしい)

 

 どうやら土壇場でリンとクロッシング・アクセスできたおかげで持ち堪えたようだ。

 ……まだ違和感があるけど、答えは出ない。

 

「君の単一仕様能力によるものか。クロッシング・アクセスした者とストックエネルギーや装備を共有する。何が増えるわけでもないが、運用次第でヴァルキリーにも匹敵しうる力となる」

「詳しいな」

「クロエ・クロニクルの知識にあっただけのことだ」

 

 少しマズイ気がしている。今までは俺の単一仕様能力の正体に気づいた敵はいなかったから有利に戦えてた面がある。イオニアス相手ではそのアドバンテージはない。

 

「今ので力の差も思い知ったことだろう。まだ引き返せる。大人しく去れば私は君を追わないと約束しよう」

「その選択肢は俺がこのままお前にやられるデメリットがないと成り立たないぞ」

「君は勘違いをしている。私が……正確には幻想黒鍵が存在する限り、この宇宙で散った者の魂は現実に帰ることが出来ない。君もその中に混ざることとなると私は言っている」

 

 そっか……イオニアスが存在する限り、俺は箒だけじゃなく、助けてくれた皆も失うことになるのか。

 

「だったら、尚更俺は退くわけにはいかない!」

 

 イオニアスへとイグニッションブースト。しかしまたもや灰結晶の腕に進路を阻まれる。

 今度は零落白夜も発動した。この一撃は俺の今の手持ちの中で最高の威力を誇っている。

 だが弾かれた。先ほどと何も変わっていない。幻想黒鍵の灰色の体はENブレードが通らず、零落白夜で無効も出来ない鉄壁の防御。この正体はもしかすると――

 

巨大恐怖症(メガロフォビア)か!?」

「絡繰りを察したか。存外、頭の回転は速いようだ」

 

 幻想黒鍵の左大腕が動く。手にしているのは巨大な()。その切っ先が俺に向いている。

 形振り構わず、槍の先端から逃げ出した。あの突きは防ごうと考えてはいけない。いかなる防御も効かなかったことをシャルルが証明している。

 クロエのときと違って、今度こそアレは先端恐怖症(アイクモフォビア)の呪いの槍に違いない。

 槍の挙動に注目せざるを得なかった。

 

(左を向け!)

 

 頭の中でラウラの声がした。瞬間的に広がる視野。気づいたときには幻想黒鍵の右大腕が鎌を振るっているところ。

 鎌を使うフォビアもいた。たしかその力は『絶対防御無効』。俺がストックエネルギーをどこから持ってこようと、操縦者自身を殺しにかかる死神の鎌には関係の無いこと。当たればそれで終わり。そして、もう避けられそうにない。

 

「ラウラ!」

 

 ラウラをイメージする。左手を鎌に向けてかざし、網を張る感覚を一点に集中する。あとはタイミングを合わせて一気に引き絞る。

 ピンポイントAIC。ある一点を静止させる強力なAICで鎌を直接止めた。

 もちろん敵の攻撃はこれで終わりではない。構えた体勢で止まっていた左大腕はいつでも槍を放てる。止まっている理由などない。ピンポイントAIC中で動けない俺は恰好の的だ。

 

(発想を転換しよう。これを使ってみて)

 

 今度はシャルルの声がした。声に従って、彼女から受け取った装備――手榴弾を前方に呼び出し、その場で使用する。

 炸裂と同時に広がったのは煙。俺と幻想黒鍵の間が視覚的に遮られた。敵が何をしているのかわからない。

 風が動く。煙を巻き込むようにして突き進んでくる“何か”。俺はその何かを雪片弐型で弾く。俺の脇を通過したとき、それがあの槍だったことがようやくわかった。

 敵の攻撃が一段落した。劣勢を認めて、俺は一度距離を開くことにする。

 

「こちらの武器の特性は完全に把握されているようだ。どちらも対処法としてこれ以上はない」

 

 攻撃が失敗したというのにイオニアスは感嘆を漏らすのみ。

 鎌の方は触れなければ問題ない。

 槍の方は槍を向けられていると知覚していなければ絶対防御の誤作動が起きない。

 どちらも俺だけじゃ突破できていなかった。

 

「君は仲間に恵まれている。セシリア・オルコットはもちろんのこと、他の人間にも好かれている」

「羨ましいのか?」

「いや、私はただ不思議で仕方がない。それほど恵まれていながらにして、なぜ君はたった一人の少女のために茨の道を進む必要がある?」

「そんなことに理由がいるのか!」

 

 俺が箒を助ける理由など今更のこと。

 俺は彼女と過ごす未来が欲しい。

 

「一人の娘のために君は世界を犠牲にしようとしている。愚劣極まりない」

「愚かで結構だ! 俺は箒を見捨てたりしない!」

「何が君をそこまで駆り立てている?」

「箒が大切だからだ!」

「そこがわからない。女など彼女だけではないだろう。現に君にはセシリア・オルコットがいる。篠ノ之箒に私と敵対するほどの価値があるのか?」

 

 コイツはどこまで俺たちを侮辱すれば気が済むんだ?

 なぜ箒なのか。なぜ箒がいないといけないのか。

 約束? それはもちろん理由の一つ。だけどやっぱり何度聞かれても答えはもっと単純で、子供の我が儘みたいなものだ。

 

「うるせえ! たとえこの先、俺がセシリアを伴侶に選ぶとしても、ここで箒を見捨てる理由にはならねえだろうが!」

 

 セシリアがいるから箒は要らない。そんな理屈なんてないし、それこそが正常だなんて価値観があるなら、俺は世界を壊してでもその常識に異議を唱える。

 

「実に愚かだ。君と私では背負うものの大きさが違いすぎている。少なくとも、私は君に人類の命運を託せそうにない」

「結構だ! 俺は人類なんて重苦しいもんを背負う気なんてない!」

「なるほど。最初から私と君は同じ次元に立っていなかったわけだ」

 

 幻想黒鍵の周囲に赤い雷の球が無数に出現する。

 これは福音やイルミナントが使用していたシルバーベルに酷似している。

 

「根本的に人間は他者と相容れることなどない。故に力を示し、他者を従わせることで社会を形成してきた。昔から人間の歴史は勝った者が正義である。他者を蹴落とし、己が力を示すことでようやく立場を得られる。誰もが他人に勝つために生きているのだ」

 

 目の前が真っ赤に染まるほどの雷球が一気に拡散される。

 またもや俺に逃げ道などない。

 

(……大丈夫。一夏くんなら切り開けるって信じてる)

 

 簪さんの声。そうだ、あの装備ならいける!

 左手の装備を変更。左腕全体を覆う和風な甲冑の名前は“雪羅”。

 複合兵装である雪羅の内、俺が最も頼りにしているのはENシールドだ。これには()()()()()()()()()()

 左手をかざしてシールド展開。白い輝きを帯びた盾は赤い雷の群れを完全に打ち消しきった。

 

「欲を抑えることなどできはしない。欲とは生物の証。本能とも言い換えよう。人は己の欲を優先して他者を虐げる。君も知ってるだろう?」

「知らねえよ! たしかに皆、自分のために生きているが他者を虐げるなんて見たことがない! 俺が知ってるのは――俺を助けてくれる人たちの粋な心意気だ!」

「君は幼い。人間の一面しか知らず、それが全てだと思い込んでいる」

「お互い様だ! お前が言う人間の愚かさも単なる一面に過ぎない!」

 

 この無意味な問答をいつまで続けるつもりだ?

 実際のところ、イオニアスにも意味などあって話していないのかもしれない。

 奴にとっては、この戦い自体が意味の無いもの。俺だけが焦って奴を倒そうと躍起になってるだけ。その俺が奴を倒すわけにはいかないという矛盾を孕んでいるのだから、奴にとっては戦闘にすらなってない。

 

「ところで君はいつまでこの茶番を続けるつもりだ? 私を殺せない君が私の前で剣を振り回す。それで何が変わる? 実に無駄だ」

 

 無駄、か。でも俺にはこの場から離れることも、イオニアスに討たれることも許容できない理由がある。たとえ勝つ目処がなくとも、抗うことをやめるわけにはいかないだけだ。

 しかしだ。圧倒的優位であるはずのイオニアスが勝負を急いでいるような気がしている。もっと余裕を見せていてもいいはずなのに、俺が諦める方向に持っていこうとしている。

 これはたぶん、焦り。でもその理由は何だ?

 

「無駄じゃない! 俺が諦めたら、それで救われない人がいる! もう箒一人だけの問題でもない!」

「結末がわかりきっているのに、か」

 

 少なくとも、イオニアスが想像する『わかりきった結末』にはさせない。

 結末と言えば、このまま長引くと千冬姉たちにも限界が来る。そうなれば現実の地球に黒い月が次々と着弾し、死の星となる。それが想定される最悪の事態だ。

 ……最悪の事態だよな? それは俺にとってはもちろんなんだが、よく考えてみると、このまま戦闘が長引くのはイオニアスにとっても喜ばしくないのでは?

 

「そうだな、結末はわかりきっている。このまま俺がここに居座れば、現実の地球が壊されちまう」

「そうだ。だから君が早急に立ち去れば、私がルニ・アンブラを止め――」

「箒を解放すれば、俺は彼女を連れてすぐにでもここから立ち去る。そう言ったら、どうする?」

 

 逆に考えてみる。地球の破壊を最も恐れているのは誰だ?

 俺はもちろん、箒と一緒に帰るべき場所が失われては困る。しかし、箒を失ってまで世界を守ろうという意思は無い。

 イオニアスはどうだ? 人類を管理支配することが目的である奴にとって、地球が破壊されるとはつまり、管理支配から遠ざかることを意味する。下手をすると二度と管理支配ができない環境にもなり得る。

 

 ルニ・アンブラを排除したいとお互いに考えている。イオニアスの狙いが世界の破壊でなく世界の支配である限り、イオニアスは何が何でも現実の世界を守らなくてはならない。

 

「まさか君は地球そのものを人質にして、私に自決を迫る気か?」

 

 無言で頷く。それが今の俺が思いつくこの状況の突破口。

 情で訴えられる相手でないのは明白だ。だったら理屈で勝負する。たとえ屁理屈でも、イオニアスは俺の言葉を無視できないはず。

 

「それで取引になっているつもりなのか?」

「いや、お前には俺を倒す選択肢が残ってる」

 

 イオニアスの勝利条件は俺が立ち去るか俺を倒すこと。俺はもう立ち去らない意思を固めているから、俺を倒すしか道が無くなっている。

 対する俺の勝利条件が決まった。それはイオニアスが俺を倒す術を失うこと。イオニアスが俺を倒せないと確信する状況が出来上がれば、地球を人質に箒の解放を迫ることができる。少なくとも理屈としては間違ってないはずだ。

 

「なるほど。君は私と戦う意味を見出したわけだ。私から戦闘能力を奪いきることさえできれば、私は世界を救うためにこの身を滅ぼす選択をせざるを得ない」

 

 俺の考えてることはすぐに見透かされた。もっとも、気づかれなかったところで何かが変わるわけでもない。イオニアスが俺を本気で消しにかかってくるのには違いないからな。

 

「だがそれらは全て君のモチベーションに関わる問題に過ぎない。私は最初から君さえ排除すればいいだけだ」

 

 戦闘続行。雪羅の荷電粒子砲を発射。狙いは幻想黒鍵でなくイオニアス本体だ。

 当然、幻想黒鍵に阻まれる――と思っていたが、イオニアスは黒い霧を纏った自らの右手をかざしてきた。薄く円形に広がった霧はイオニアスを覆い隠し、荷電粒子砲の光を吸い込んでしまう。

 わざわざ本体が防御行動をした。それはつまり、幻想黒鍵がフリーということ。既に左大腕の槍がその切っ先を俺に向けていた。

 まだ見えている。突き出された槍の進路上から離れて事なきを得る。ただ、今更こんな単発の攻撃で終わらせてくる敵ではない。

 イオニアスの周囲で黒い霧が渦巻く。まるで意思を持つかのように蠢く霧は一度球体を成した後、俺に向かって棘のように伸びてきた。その数、四。

 零落白夜、起動。ファルスメアに対する有効な対策はこれくらいしか思いつかない。

 BTの偏向射撃のように曲がりながら迫り来る棘を剣で薙ぎ払う。防ぎきったものの、零落白夜は使うだけでストックエネルギーを削ってしまう諸刃の剣。実質的にファルスメアを撃たれることは確定でダメージを受けることに等しい。

 時間を掛けられないのは敵の方ではある。しかし、戦闘が長引くとじわじわと削られる俺の方が不利でもある。

 ……()してや、まだ俺は幻想黒鍵にダメージを与える術を見出せていない。メガロフォビアと同じ防御機構が存在しているのならば、攻撃を与える条件は『相手より巨大になって攻撃する』こと。皆の物量でごり押したスイミー作戦は俺一人じゃ無理だ。

 まだ敵の攻撃が続く。幻想黒鍵が小さい方の右手を天に掲げる。幻想黒鍵の体からいくつもの赤い光弾が現れ、それらは一斉に俺の方へと進軍を開始した。

 

「また弾幕か!」

 

 敵の弾幕攻撃は概ね一定の方向に流れているけれど、各々は特別な狙いを定めていない。意思を感じ取りにくい乱雑な射撃は意図が読めなくて逆に避けづらい。

 避けようと考えるのは危険と判断。無作為にばらまいただけの攻撃なら安全地帯すらも見つけ出せるのだが、その安全地帯が造られたものだとすれば、狙い撃ちにされる恐れが拭えない。

 結局のところ、数の多い射撃攻撃に対して俺が出来ることは限られていた。雪羅を展開して、ENシールドを使用。零落白夜も適用して強引に無力化を試みる。

 ――雨が降ったとき、傘を持っていたら差すだろう。今の俺はそんな当たり前の行動を取った。

 赤い雷の弾幕は雪羅の傘の前に掻き消える。破壊に貪欲な稲光は空気すらも蹂躙して耳を劈く轟音を打ち鳴らす。光と音。その全てが膨大なノイズで埋まる。

 ノーダメージ。されど情報も入らない。敵の攻撃が終わるタイミングも、敵が何をしているのかもわからない。

 唐突に光と音がクリアとなる。

 目の前では槍の先端が俺を向いていた。

 気づいたときにはもう遅い。白式の絶対防御が誤作動を起こし、ストックエネルギーが弾け飛ぶ。

 

「呪殺槍のウイルスはIS一機分のストックエネルギーしか削れない、か。君のような特殊な事例だと一撃必殺とはいかぬようだ」

 

 実際にくらった俺よりもイオニアスの方が理解が早かった。

 雪羅で守りを固めた俺はあの槍を受けた。アイクモフォビアとの戦闘時のラピスやシャルルのようにストックエネルギーだけが削りとられている。今の俺は皆とクロッシング・アクセスをしているから、単一仕様能力“共鳴無極”によって耐えられただけ。

 

「存外しぶとい男だが、これで終わりだ」

 

 再び槍が振りかざされる。突きの直線上から待避すればいいのだが、口で言うほど簡単でもない。

 俺が突きをくらったと認識した時点でアウト。つまり、あの突きは射程がほぼ無限の光の速度で放たれているも同然である。

 避けるには全力が必要。イグニッションブーストしかありえない。

 突きの軌道からは逃げられた。

 そんな俺の顔面に雷の弾が飛来する。

 

「くっ……」

 

 回避先を読まれた――というより逃げる先を左右どちらかのみに絞って乱射された。

 攻撃を当てられてよろめく。腹、肩と次々着弾し、その場での姿勢維持が不可能になった俺は後ろに吹き飛ばされる。

 赤い荒野のような床を転がった。まだ意識はある。だけどいくら何でも攻撃をくらい過ぎてた。

 一つ一つの攻撃は軽くない。白式の防御性能ではとても耐えきれない。そう思っていた。

 

 ……だけど俺のストックエネルギーはまだ尽きていなかった。

 

 まだ、立ち上がれる。

 

「なぜまだ戦える? 気合いだけで立てるはずなどない」

 

 イオニアスの狼狽が伝わってきた。

 わからないでもない。他ならぬ、立ち上がった俺が不思議に思っている。

 なぜ俺はまだ立てるんだ?

 もちろん気力だけなら自信がある。だけどISVSのシステムはやる気だけじゃ覆せない。

 

 立ち上がった俺に槍の先端が向けられていた。既に突きを終えた後。白式の絶対防御が再び誤作動を起こしてストックエネルギーが持って行かれる。

 だけど、ストックエネルギーのゲージはほとんど動いていない。

 

「効いているはずだ。まだ君の繋がりは尽きないとでも言うのか?」

 

 白式を通して伝わってくる。

 ラピスの星霜真理でつながっているプレイヤーたちの声が届く。

 まだ戦いをやめていない。

 ルニ・アンブラは現実で脅威となっているままだし、負ければISVSができなくなるというこのイベントもまだ終わっていない。

 誰もが自分のために戦っていながら、誰もが世界を救うために戦っている英雄だ。

 現実も仮想も関係ない。

 俺たちの世界を奪わせてたまるかと足掻いている。

 

 深い繋がりじゃなくても、俺は顔を知らない人も含めた皆と繋がっている。

 

「なぜだっ!?」

 

 常に冷静だったイオニアスの余裕が崩れた。

 きっと奴にとって今の俺はゾンビか何かに見えているに違いない。

 少なくとも得体の知れない何かと思ったのだろう。

 

「運命を呪って足を止めるのは、もうやめたんだ」

 

 俺には見える。コアネットワークのつながりがまるで果てのない宇宙のように広がっている。

 俺1人はちっぽけだけど、全部合わせるととてつもなくデカかった。

 敵は仮想世界そのものかもしれない。

 ……だったら俺は俺と繋がる世界で立ち向かうだけだ。

 

「“転身装束”、起動。ガーデン・カーテン」

 

 シャルルの単一仕様能力を借り、拡張領域のフォルダを眺めた。

 とりあえずシャルルの装備をそのまま借り受ける。盾の量がかなり減っているのは激戦だったからか。残っている三枚も修復が早いものが復活しただけ。しかし三枚もあれば、俺がやりたいことはできる。

 向かうは幻想黒鍵。まずはイオニアスの手足となっている灰結晶の巨人を無力化する。

 イグニッションブースト。強引に前に進み出た俺に幻想黒鍵は髑髏の顎門を開く。

 赤い雷が口元に集まっていく。この攻撃は俺が最初にくらったもの。リンの対戦経験を借りると、ニクトフォビアという敵が使っていた武器が一番近い。

 赤き雷光の剣が振るわれた。ガーデン・カーテンの残り三枚を俺の()()に配置する。

 直撃したが関係ない。無尽蔵にも思える膨大なストックエネルギーを利用したゴリ押し。ただ、敵と距離が離れることだけは嫌だったから吹き飛ばされないための壁として盾を用意したんだ。

 転身装束を再起動。元の白式に戻り、再びイグニッションブースト。

 対する幻想黒鍵は雷球の弾幕を生成。俺を近寄らせないための行動。だがソイツは単純な()()()()だ。

 

「“永劫氷河”、展開」

 

 ラウラの単一仕様能力を借り受けて使用。

 体が重くなる。飛行能力を奪われたからだ。それを代償に幻想黒鍵の雷球は全て消失する。

 即座にワールドパージを解除。再びイグニッションブースト。ただひたすらに前に進む。攻撃よりも先にやるべきことが俺にはある。そのために近づく。

 俺の意図は悟られている。幻想黒鍵が吠えると同時に強力な斥力が俺に働いた。IB装甲の強力版。これはテクノフォビアに搭載されていたものと同じ兵装だろう。

 これは以前に攻略済みだ。リンから脚部衝撃砲を借り受ける。

 

「“火輪咆哮”、起動」

 

 自身にかかる斥力を衝撃砲の出力に変換。後退どころか減速すらせず、むしろ加速して幻想黒鍵に迫る。

 幻想黒鍵に近づいた。俺が射程に入ったと同時に右大腕の鎌が振り上げられる。

 ここが正念場。絶対防御を無効化するあの鎌だけはストックエネルギーが無尽蔵にある今の俺が受けても致命傷となる。

 

「“星霜真理”、リミッター解除」

 

 常に起動しっぱなしであるラピスの能力を脳への負荷を無視してフル稼働。

 幻想黒鍵もISである。だから必ず鎌による攻撃の情報もある。頭に流れ込んでくる数多の情報の中から必要な情報を抽出し、相手の思考を演算する。

 絶対防御無効の特殊効果以外は純粋な物理ブレードである鎌。軌道さえ読み取れば回避はできないこともない。

 ここだ。その一点を導き出したのはラピス。俺は全幅の信頼を以て、自分の身を置く。

 鎌は空を切った。この隙を逃さず、俺は幻想黒鍵の胸元へ跳ぶ。

 

 幻想黒鍵の胸元。

 囚われの身となった彼女(ナナ)の元へ。

 

「まさか――君はこの期に及んで彼女を狙っていたのか!?」

 

 俺と幻想黒鍵の戦闘を静観するだけだったイオニアスが慌てた様子でこちらに向かってくる。

 何を勘違いしてるんだか。俺が世界のために、()してやイオニアスを殺すだなんてくだらないことのためにナナを手に掛けるはずなどない。

 敵の攻撃を受けてでも、ここまで来た理由なんて決まってる。

 俺は力なく項垂れている彼女の顎を持ち、上に向けさせた。

 

「助けに来たぞ、ナナ。いや――」

 

 直接触れている。目の前で語りかけている。

 だけど何も反応が無い。まだ、であるが。

 現実で再会するまでヤイバとナナでいよう。今に満足せず、輝かしい未来のため……楽しい世界に至るために二人の間だけで名前を封印しておこうと取り決めた。

 これは後ろ向きなルールだった。本当なら俺は仮想世界に囚われているナナを肯定してちゃいけなかった。

 だからこそ、俺は今再びこの名を呼ぶ。

 

 一緒に帰るぞ、という思いを込めて。

 

「箒!」

 

 言葉には魂が宿る。道場で柳韻先生から教わったことがあるし、束さんからも同じ話を聞いていた。犬猿の仲だった親子が共通して認識していた概念を俺は実感している。

 箒の目蓋がピクリと動いた。二度寝でもしそうな虚ろな意識のままのぼんやりとした目が俺と合う。

 

「一、夏……?」

 

 目覚めた彼女は最初こそ戸惑いを見せたものの、すぐに目つきが和らぐ。

 

「来てくれたのだな」

「もちろんだ。だけど、まだ終わってない」

「そうか。たしかにまだ私は自由に動けそうにない」

 

 再会を喜び合うのはまだ後のこと。

 今はこの戦いを終わらせないといけない。

 

「箒。お前の力を貸して欲しい」

「そうしたいが、今の私では何もできない」

「できることならある」

 

 こうして箒と話したかった理由は簡単なこと。

 きっとイオニアスには理解できないだろう。

 

「頑張れって言ってくれ」

 

 俺は彼女の前で格好をつけたいだけの男の子だ。

 これほど力が(みなぎ)るエネルギーは他にない。

 箒とシズネさんは一方的な『頑張れ』を嫌っているらしい。相手を突き放すような意味合いに感じ取れるからだそうだ。

 でも俺は敢えて言ってほしいと思っている。箒と一緒にというのも悪くないけど、ここは俺一人が踏ん張るべきところだ。

 俺に箒の全てを委ねてくれ。それが俺の力になる。

 

「わかった」

 

 俺は箒から手を離して、距離を取った。

 次に俺が向き合うのは倒さなければならない障害。灰結晶の巨人、幻想黒鍵。

 メガロフォビアの防御がある限り、ダメージを与えられない。

 方法は一つ。奴よりも巨大なものが攻撃すること。

 

「“転身装束”、起動!」

 

 シャルルの単一仕様能力をもう一度借りる。

 さっきフォルダの一覧を見たとき、白式に存在する隠しフォルダを発見した。チラッと見ただけだが、中身も把握している。

 

「来いっ! “白騎士”!」

 

 白式がフレームごと変身を遂げる。

 かつて、日本を滅ぼしかけたミサイル軍を一薙ぎで殲滅した英雄のISにして、束さんが俺に託してくれた剣。

 俺は白騎士の剣を天に掲げる。

 

「頑張れ、一夏」

 

 箒からの声援が届く。それに呼応するかのように白騎士のサプライエネルギーが無限に増幅されていく。

 剣から刀身に沿って光の柱が伸びる。実体を伴わないこの光こそが白騎士の剣の真の姿。切っ先すら見えないその剣の大きさは幻想黒鍵の体格を超えるには十分に足りている。

 

 光の剣を振り下ろす。右肩を狙った。灰結晶の体はまるで豆腐のように抵抗なく切断され、幻想黒鍵は右腕二本を失った。

 すかさず幻想黒鍵の左大腕が槍を構えた。だがそれよりも俺の返す剣の方が早い。地に根を張る幻想黒鍵の胴体を横薙ぎに斬る。

 ぐらりと傾く巨人。俺は追撃の手を緩めるつもりなどない。光の剣を振り上げて左の腕も二本とも根元から刈り取る。

 幻想黒鍵に残された攻撃手段は髑髏の口から放たれるENブレードの亜種のみ。地面から切り離された幻想黒鍵はPICで浮かび上がると、口元に赤い雷を集束させながら俺を向いた。

 赤い雷が放たれる。対する俺は一度光の剣を解除した。胸元に箒が居る以上、あのまま振り下ろすわけにはいかなかった。

 剣の切っ先は既に髑髏を狙っている。あとは再び剣の真の姿を解放するのみ。

 伸びる刀身はそのまま突きとなる。もはや射撃攻撃に等しい射程のENブレード同士が正面から衝突する。

 お互いに絢爛舞踏の恩恵を受けている。そして、俺の方は零落白夜も発動している。

 均衡は一瞬で崩れ、赤い雷を蹴散らした白騎士の剣が灰色の髑髏を粉々に吹き飛ばした。

 

 全ての攻撃手段を失った幻想黒鍵は胸元に箒を捕らえたまま漂い始めた。動く気配は微塵もなく、もはや浮いているだけの檻でしかない。

 

「幻想黒鍵がこの一瞬で敗れた、だと……?」

 

 残る敵はイオニアスのみ。

 白騎士の剣を元に戻し、奴と向き合う。

 

「バカな……この男は人間の集合体……? 人類そのものだとでも言うのか……?」

「バカなことを言ってるのはお前の方だろ? 俺は俺であって他の誰でもない」

「君の正体はこの際、置いておくとしよう。それで君はどうする? 幻想黒鍵を打ち破る戦闘能力こそ証明したが、それで私が本当に負けを認めて自決するとでも思ったのか?」

「思わねえよ。どれだけご大層な言葉を並べても、結局はお前も自分自身が大切なだけのちっぽけな人間だからな」

 

 これが最後だ。

 俺は白騎士の剣を上段に構えてイオニアスへと突撃する。

 

「あくまでその娘を殺さず、私を殺すか。結果は同じだというのに……その傲慢さを悔いるがいい!」

 

 イオニアスの頭を目掛けて剣を振り下ろす。幻想黒鍵の援護を失った奴に俺の接近を阻む術などない。当然、奴が素直に攻撃を受け入れるはずもないから、黒い霧(ファルスメア)を使って攻撃を受けてくる。

 ここからは俺のいつもの戦術。白騎士の剣から両手を離してファルスメアとの激突を回避し、相手の防御をすり抜けてフリーとなった俺はイオニアスの懐に潜り込む。

 

(生き方からしてナンセンスな男だ。だが今の私はそれも悪くないと思っている。その手で掴み取れ、貴様にとっての勝利をな)

 

 脳裏に浮かんでくるのは俺を敵視してるはずの男の声。

 イオニアスの操り人形に過ぎなかったはずのエアハルトまでもが、今は俺の勝利を願ってくれている。

 俺は右手を突き出す。グーじゃなくてパーだ。狙いは――イオニアスの頭!

 

「お前は背負ってるものが違うって言ったな? だけど俺とお前じゃ、背中を押してくれる人の数が違うんだよォ!」

 

 “絶対王権”、起動。

 右手で頭を掴んだ者に絶対遵守の命令を下す単一仕様能力。

 当然、俺の望む答えは――

 

「箒を解放しろ、イオニアス・ヴェーグマンっ!」

 

 イオニアスが決して自分からは行わない自決に等しい行為。そんな拒絶の意志をも絶対王権は踏みつぶして強制的に命令に従わせる。

 もしエアハルトがイオニアスと対峙しても、遺伝子強化素体であるエアハルトでは上位権限を持つイオニアスに命令されてしまえば絶対王権をかけることができない。こうしてイオニアスに絶対王権を仕掛けられるのは、エアハルト以外の人物が絶対王権を使用するという条件が必要だった。

 俺一人じゃこうはならなかった。俺がいなかったとしてもこの結末には届かなかった。

 イオニアスの体が急速に老化していく。絢爛舞踏を失い、身体を維持できなくなった事象が視覚的に具現化されている。このまま何もせずともイオニアスという存在は仮想世界の塵となるだろう。

 

「自分勝手な愚か者め……このエゴがいずれ世界を喰らい尽くす怪物となる」

「それが人間だ。お前も含めてな」

 

 だから消えろ、怪物(モンスター)

 

 かつて世界を支配していたという老人は跡形も無く消え去った。

 同時に、頭上で浮遊していた幻想黒鍵が砕け散る。内部に囚われていた彼女は浮遊の支えを失って真っ逆さまに落ちてくる。

 俺の元へ、落ちてくる。

 悲鳴の一つも上げず、両手を広げている彼女を俺は同じように両手を広げて迎え入れた。

 

「一夏っ!」

 

 上手くキャッチできた。俺の腕の中に箒が居る。仮想世界だけど、彼女の温かさと柔らかさは本物だった。

 俺が守りたいものがここにある。そう自覚した途端に胸の奥から込み上げるものがあった。

 

「良かった……箒……」

「泣くな。カッコイイ男が台無しだぞ?」

「そっか……」

「嘘だ。その涙も含めて、お前は……最高の男だ」

 

 箒も次第に涙声が混じり始めた。

 もう死別するかもしれないとお互いに本気で考えていた。

 それを乗り越えての再会だ。安心したら張りっぱなしだった緊張の糸が切れて、抑えていたものが全部吹き出してきた。

 俺だけじゃなく箒もそうだった。今だけは強がらなくていい。ただ喜ぼう。俺たちは未来を勝ち取ったのだから。

 

 ……勝ち取ったんだよな?

 

 俺は辺りを見回す。まだ辺りは赤い荒野が広がっていて、頭上は黒い霧こそ晴れているものの薄暗い夕暮れ空である。幻想黒鍵が消滅したのにクロエの作り出したワールドパージが解除されていない。

 

「箒。紅椿はどうなった?」

「私の手元にある。しばらく展開は出来そうにないが」

 

 左手首の金と銀の鈴を見せつけられて俺も納得する。紅椿はたしかに幻想黒鍵から切り離された。だから幻想黒鍵もその存在を維持できな――

 違う。維持できなかったのは幻想黒鍵でなくイオニアスだけだ。

 もしかして、まだ幻想黒鍵がこの空間に残っている?

 

 俺は周りを確認しようとした。すると俺よりも先に箒が指を差す。

 

「あそこにいるのは……?」

 

 その場所は幻想黒鍵が根を生やしていたところ。灰結晶の身体が砕け散った後も根元部分だけはまだ形を維持しており、その手前にはこちらに背中を向けている女性の姿があった。

 見慣れた服装だ。不思議の国のアリスを一人で体現するというコンセプトのコスプレはあの人の象徴のような恰好である。

 

「行こう、箒」

 

 箒の手を引いてあの人の元へと向かう。偽物か本物かはわからないけど、何も言わずにここを出て行くことはできなかった。

 考えたくない可能性だが、もしクロエが扮した偽物であるならば倒さなければいけない。

 

「――このまま黙って見送ろうと思っていたけど、気づかれちゃったなら仕方ないね」

 

 背中越しにかけられた声はすごく優しいものだった。

 彼女を中心として赤い大地に波紋が広がる。元の鏡のような水面が下一面に広がり、空もどこまでも澄み渡る蒼穹へと移り変わった。

 

「姉さん……」

 

 目の前の人物が偽物かどうかまだ判断が付かなかった俺の隣で、箒は迷いなく彼女のことをそう呼んだ。

 

「良かったね、箒ちゃん。箒ちゃんを文月ナナにせざるを得なかった全ての元凶はさっき死んだ。もう嘘の世界に生きる必要はなくて、本当の世界でのびのびと生きていいんだよ」

「それはちょっと違う。今日までの7年間は決して嘘なんかじゃなかった。姉さんが必死に守ってくれた、私の世界だった」

「まさかそう言ってくれるとは思ってなかった。私は恨まれて当然のことしかしてこなかったから」

「昔は恨んでいた。でも、私たちは姉妹だ。姉の不器用さくらい知ってる。自由奔放だったんじゃなくて、家に居られなかっただけなんだってもう知ってる」

「元を辿ると、私が自分から危険な場所に首を突っ込んだのに?」

「そんな話に意味はない。姉さんが繋いでくれた命がここに在る。それが私の知ってる姉さんの本質なんだ」

 

 箒が束さんだと断言してるんだから俺が細かいことを気にするのはやめよう。

 束さんがここに現れた理由を考えてみても実は難しいことじゃない。幻想黒鍵に取り込まれた操縦者はクロエとイオニアスだけでなく、束さんもだった。俺を助けるために消耗して一番権限が小さくなっていた束さんの人格がようやく一番表に出てきたということだろう。

 束さんはまだ俺たちに背中を向けたままだ。最初は箒に合わせる顔がなかったからかもしれないけど、きっと今の理由は違うものになってるはず。

 

「……私は“お姉ちゃん”でいられたかな?」

 

 あの束さんが泣いてるところを初めて見た。

 

「私の自慢の姉だよ、束姉さん」

 

 俺の知る限り、箒が呼称としての意味以外で束さんのことを姉と認めたことはなかった。

 束さんはいつも箒に対して後ろめたさを感じていた。柳韻先生の教えを真面目に受けていた箒が段々と束さんよりも千冬姉に似てきているのだと軽そうな口調で俺に呟いてきたこともあったっけ。

 口調とは裏腹にずっと気にしていたんだ。今、この瞬間、その悩みが吹き飛ばされていくのが見て取れてしまう。

 振り返った束さんの顔は涙でぐちゃぐちゃだったけど、笑っていた。子供のように無邪気な笑顔。それは今まで見てきた作り笑顔とは根本的に作りが違う。

 雨降って地固まる。第三者視点で見てても気分が晴れやかになる良い光景だ。

 

「もうそろそろお別れの時間だね」

 

 表情は温かいまま。しかし告げるのは別れ。

 箒が詰め寄る。

 ……そっか。箒にはまだ実感なんてなかったのかもしれない。

 そういう俺も束さんの世話になってたから全く実感なんてない。

 

「どうしてっ!?」

「束さんはもう死んでるから」

 

 箒は束さんの胸に飛び込む。幼い頃から肉親に甘えてこなかった彼女が初めて束さんの胸に顔を埋めた。

 

「嫌だ! 折角、本音で話せたのに! もう、これが最後だなんて!」

「厳密には束さんの最後は1年前に過ぎちゃってる。今の私は篠ノ之束の残照に過ぎなくて、そういう意味では偽物みたいな――」

「でも! ここにいるのは姉さんなんだ!」

 

 小さい子供みたいに駄々をこねている箒。普段なら絶対に見せない彼女の姿は素直になった結果なんだと思う。

 束さんは少し困ったように頭を掻いていたけれど、やっぱり笑ったまま。右手で優しく箒の頭を撫でた。

 

「うん。私は箒ちゃんのお姉さんだ。だからさ、箒ちゃんが元気に帰って行くところを見送りたいの」

「そうだ! 一夏、モッピーがあれば姉さんも一緒に――」

 

 束さんから離れた箒が俺に話を振ってきた。

 たしかにモッピーがあれば現実生活の中で束さんと会話することができるだろうと思う。

 だけど、ナナだった頃の箒と決定的に違うところがある。

 そこにいる束さんはたしかに束さんだけど、俺たちは過去の束さんと話しているに過ぎないんだ。

 他ならぬ箒の頼み。首を縦に振りたいけど、こればっかりは心を鬼にするしかない。

 だって、過去の束さんに合わせてしまって前に進まなかったら、それこそ束さんの死が無駄になる。俺はそう思う。

 たとえ嫌われてでも俺はこの願いを否定しなければならない。

 

「ダメだよ、箒ちゃん。私は死の直前の意識が固定されているAIに過ぎない。学習はするけど人間としての成長とは違うし、どんどんと本来の篠ノ之束からかけ離れていっちゃう。見た目は人と変わらないかもしれないけど、本質的に生物の域から出てしまっているの」

 

 俺が否定する前に束さんが先に告げた。ついでに俺にウインクを飛ばしてきた辺り、完全に助け船を出されている。

 ……こんなときに俺にまで気を遣わないでくださいよ。

 

「それが姉さんの選んだ道ですか……?」

「うん。割と満足してるよ。私の最後の願いはここに叶っているから」

 

 自らの消失する未来を束さんは頑なに受け入れていた。

 箒の両手は握り拳を作り、力みすぎて震えている。言いたいことはまだたくさんあるだろう。きっとほとんどが単なる我が儘だ。今、彼女は懸命に自身の言葉を飲み込んでいる。

 

「……姉さん。私、帰るよ」

 

 一歩、二歩、と箒は束さんから離れる。チラチラと束さんの顔を見ながら、名残惜しさ全開だったけれど、確実に前に進んでいた。

 

「私は辿り着いてみせるから! 姉さんがいつも言ってた“楽しい世界”が見られるように頑張っていくから!」

「うん、そうだね。頑張れ、箒ちゃん」

「後で羨んでも、知らないから!」

「羨むもんか。むしろ誇らしく思うよ」

 

 束さんはひたすらに言葉で箒の背を押し続ける。

 頑張れ。ここから先、手助けはしない。優しさの中にはそんな厳しさも垣間見えた。

 

「じゃあ、俺たちは現実に帰ります、束さん」

「箒ちゃんのこと、よろしく頼むよ、いっくん」

 

 俺は箒の隣に並ぶ。手を繋ぎ、二人で揃って束さんに背を向けた。

 ワールドパージの出口として目の前の空間に穴が開く。ここを通れば俺たちは現実に帰ることになる。

 

「さよなら、姉さん。ありがとう」

「こちらこそありがとう、箒ちゃん」

 

 最後は二人、お互いに感謝を交わした。

 箒の手を引いて、穴を通過する。視界がホワイトアウトして、俺たちの意識はこの世界から乖離した。

 

 

  ***

 

 

 真っ白だった視界から急激にクリアになってくる。左手に握っていたはずの箒の手の感触はなく、現実に帰ってきたのだ。

 ――そう漠然と思っていたのだが、どう考えてもおかしい。

 辺りの景色を見回してみれば清々しいほどの青空と、鏡のような水の床が広がっている。

 ここはさっきまでいたワールドパージと同じ?

 

「お、困惑してるねぇ、いっくん」

 

 ついでに、さっきお別れを告げたばかりの束さんが俺を見つめてきてた。

 

「説明をお願いします。色々と」

「箒ちゃんは無事に現実に帰ったよ。今頃はあの剣術お化けが箒ちゃんの面倒を見てるだろうね」

「ああ、それは良かった。で、俺はどうしてここに?」

「そりゃあ、束さんが引き留めたからだよ」

 

 あのタイミングでわざわざ俺だけを引き留めた。つまり、箒には聞かれたくないことってわけだな。まさかこの期に及んで気まぐれに悪戯してるだけとは思えないし。

 

「まずはおめでとう、いっくん。君は無事、“楽しい世界”に辿り着いた」

 

 ……楽しい世界。それはずっと束さんが求めていたものではなかっただろうか。

 ありがとうとは言えなかった。当たり前とはいえ、束さんがあまりにも他人事のように語るものだから素直には喜べない。

 

「どうしたの? 箒ちゃんとそんな暗い顔で再会するつもり?」

「だって、その楽しい世界に束さんがいないじゃないですか……」

 

 ああ、くそ。俺は別に束さんとはあまり深い付き合いじゃなかったのに、どうしてか無性に悔しい。

 楽しい世界が待っている。そう言われても、そこに束さんの居場所はない。陰ながら俺たちのためにずっと戦ってきてくれた束さんに俺は何もしてあげられないのか。

 申し訳なく思う俺を束さんはあろうことか鼻でせせら笑った。

 

「おかしなことを言うね、いっくん。君が目指した世界には、私の存在などなかったよね?」

「でもそれじゃ束さんがあまりにも報われてない……」

「いっくんは歴史の勉強をしたことがないのかな? 有史以来、世界が平等であったことなど一度もないよ。人類全てを平等に救うことなど君のお父さんにも天才である束さんにもできなかったのだから、君がそれを後悔するのは自惚れというものだ」

「束さんは納得してるんですか?」

「いっくんは楽しい世界に辿り着いた。束さんは辿り着けなかった。どちらも人が自分らしく生きた結果であり、十分に納得している。もし仮にだ。万人に平等な世界を誰かから与えられたとしても、そんな世界はつまらない。そこにはきっと人らしい人なんていないだろうから」

 

 報われない努力もまた人間の歴史であり、束さんもそんな人間の一人に過ぎないのだと言う。

 楽しい世界を求めて日々を生きる。それこそが人間らしさだとする束さんに俺はこれ以上言い返すことができなかった。俺もそう思うから。

 ……だけど、このままさよならじゃ俺の気が済まない。

 

「ねえ、束さん。一つ聞いていいかな……?」

「一つと言わず、好きなだけいいよ。今だけね」

「今の世界は楽しいですか?」

 

 ずっと俺に投げかけられてきた質問をそのまま返した。

 俺が戦い続ける覚悟を固めたきっかけの問い。

 否定したからこそ(あらが)えた。欲しい未来が見えていた。

 これで束さんの本当の気持ちを知ることが出来るのだと俺は思っている。

 

「楽しい方だよ。一番じゃないのは残念だけど」

「そう、ですか」

 

 詳しく聞かなくても俺は察している。

 束さんが最も辿り着きたかった楽しい世界は未来にはもう無かったんだ。

 

「さっきも言ってたように、もう束さんは過去の人。今を生きる君たちの邪魔はしたくないのだよ」

 

 束さんの言ってることはさっき俺も認めたこと。箒を納得させたのだから、俺も納得しなくてはならない。

 

「だから、いっくん。ここからが束さんの用件になるんだけど」

 

 そういえばまだ俺だけを引き留めた理由を聞けてなかった。

 なんとなく嫌な予感がしている。こういうときばっかり俺の勘は良く当たる。

 

「まだいっくんの仕事は終わってない」

「どういうこと、ですか……?」

「もういっくんと箒ちゃんを苦しめる奴はいなくなった。でもまだISVSは残ってる。管理者である私の意識が残っている内に消さないと、このままISコアと共に残り続ける。いっくんを苦しめてきたISVSは役割を終えて消えるべき。私がどうすべきか、君が決めるんだ」

 

 嫌な予感はあながち外れてはいなかったけど、なんてことはない。

 束さんが随分と的外れなことを考えていただけだ。

 

「もう箒は現実に帰ったんだ。ISVSを消す必要なんてない。この先も皆で楽しめればそれでいいんじゃないかな?」

「でもISVSはまた悪い奴に利用されるかもしれないよ? また箒ちゃんが巻き込まれるかもよ?」

「俺が目を光らせてるうちは絶対にそんなことはさせない。むしろ良い奴に利用させないといけないと俺は思ってる。だから束さんといえどもこの世界を消させはしないし、俺自身が消すだなんてことはあり得ない」

 

 神様すら呪っていた頃に俺が出会ったISVSには感謝こそすれど、消してやりたいだなんて思わない。

 俺にとってISVSは箒を苦しめた元凶でなくて、箒を救う可能性だった。真実を知った今ではその認識が正しかったと確信もした。

 

「選ぶのはいっくんだけ。それがいっくんの答えだったら束さんは素直に従う」

「ありがとうございます」

「一つ聞かせて。いっくんはISが嫌いだったと思うんだけど、どういう心境の変化だったのかな?」

 

 たしかに昔はISが嫌いだった。箒と離ればなれになった原因がISにあったのは子供だった当時の俺にも理解できたから。

 だけど7年の間で本当に嫌いだったのは別のものだと気づいた。

 

「嫌いだったのは箒を邪魔するものだけだ。ISに罪があるわけじゃなかったし、束さんたちの作ったこのISVSは多くの人にとって“楽しい世界”になっている。俺も好きなんだ、ここが」

「制作者冥利に尽きるね」

「それに俺は束さんの作った“楽しい世界”を見て思ったんだ。近い将来、ISが人を宇宙に連れ出してくれたりとか、色々な夢を叶える原動力になってくれるんじゃないかってね。俺の願いを叶えたこの世界(ISVS)がきっと他の誰かの夢となり、そして現実となる未来が待っているかもしれない。それは素晴らしいことだと思うし――」

 

 束さんは現実からいなくなる。いつかは人々の記憶から忘れ去られるのだろう。だけどISVSは――

 

「束さんが生きていた証にもなると思うんだ」

 

 束さんのしてきたことは無駄なんかじゃなかった。そう、俺は断言したい。

 

「じゃあ、いっくんが嬉しいことを言ってくれたお礼をしてあげる」

「無理しなくていいですって」

「いっくんには篠ノ之束お姉さんとISVSで対戦する権利と義務を与えよう」

 

 無理するなと言いながら若干の期待もしていた俺だったんだけど、思いの外、予想外な答えを聞いてしまった。

 

「対戦? それに権利と()()ってどういうこと?」

「いっくんがここから出るには束さんを倒すか二日経過しなくてはならない。こんな条件を与えればいっくんは否応なしに私と戦わざるを得なくなるよね」

 

 試しにログアウトを試みるが、失敗に終わる。

 束さんの言ってることはマジだ。

 現状、俺はIllのワールドパージに囚われているのと変わらない。

 

「いやー、実はこのゲーム、作るだけ作っておいてまだ私自身がやったことないの。だからこの機会にいっくんと遊ぼうかなーと」

「い、今じゃないとダメっすか?」

「むしろ今だからだよ」

 

 よくはわからないけど、束さんは本気だ。本気で俺を帰らせないまま戦おうとしてる。

 なんとか考えを改めさせないと!

 

「あ、そういえば! 早く黒い月を停止させないと――」

「さっき箒ちゃんを帰したときに止めといたから大丈夫だよ」

「えーと……とりあえず皆が心配するから一度帰りたいんだけど――」

「さっきからこの会話を盗み聞きしてる子がいるから心配無用。ちゃんと事情はあの子が説明してくれるよ」

 

 束さんの言う“あの子”が誰なのかはよく考えなくても察せられる。この信頼感。うん、今は逆に悲しい。聞いてるなら助け船の一つでも出してくれればいいのに。

 唐突に束さんが携帯電話みたいなものを取り出してどこかと通話を始めた。何を話しているのかは聞き取れない。そうこうしてる内に通話が終わる。

 

「許可も出たし、早くやろうよ、いっくん」

「許可でちゃったの? ってか誰の?」

「だから、さっきから盗み聞きしてる子」

「裏切ったのか、ラピスゥ!」

 

 少しでも早く箒の顔を見に行きたいのになんで束さんもラピスも俺の邪魔をしようとするんだ?

 とにかくだ。この2人が俺の道を阻んでくるのなら相応の覚悟が必要だ。もう単なる説得じゃ弱い。

 

「わかったわかった。やればいいんでしょ、やれば」

「投げやりだなぁ。ちょっとは楽しそうにしてくれないと束さん、悲しい」

「全力でやるんで安心してください。俺は早く箒の顔を見たい。さっさと引導を渡してくれる!」

「じゃあ、私は全力で阻止しよう。さあ! 束さんの力を思い知れ!」

 

 雪片弐型を抜刀。

 束さんは例の魔法のステッキを召喚。

 今ここに、俺が現実に帰るための最終試練が始まった。

 

 

◆◇◆―――――――――――――◆◇◆

 

Epilogue : 俺の隣 - Her real space -

 

◆◇◆―――――――――――――◆◇◆

 

 

 

 黒い月の騒動から二日が経過した。

 現実におけるこの騒動は国家代表が黒い月の破壊に成功したことで終結したことになっている。ISVSに関わっていない人々にとって、自然災害をIS操縦者が防いだという認識である。

 世界中のISVSプレイヤーが全人類の命運を賭けて戦っていた。その戦いは歴史に刻まれない。公にはあくまでゲームという扱いであり、プレイヤーたちの記憶に残るだけのイベントとなった。

 地球の危機と騒がれていたのも今は昔といった様相だ。人々は例年通りに新しい年を祝っている。穏やかな日常。その中に仮想世界の戦士たちも帰っていた。

 

 しかし日常とは言っても何も変わらないわけではない。少なくとも、織斑家はこの一年で劇的な変化をしている。昨年までならば、新年の織斑家のダイニングで優雅に紅茶を嗜む少女などいなかった。

 

「今日は一月三日。“約束”の日ですわね」

 

 独り言を呟く横顔はどこかスッキリとしている。そんな主人の背後に控えていたメイド、チェルシー・ブランケットがついつい口を挟む。

 

「よろしかったので?」

「何かしら?」

「お嬢様も行きたかったのではないですか?」

「そのような無粋な真似、お母様に叱られてしまいますわ」

 

 使用人の問いに答える声は窓の外と違って明るい。

 

「殿方の帰りを家で待つ。淑女として当然の在り方でしてよ」

 

 この日、セシリア・オルコットは待つと決めていた。

 邪魔をするのは無粋としたのも理由の一つ。しかしそれよりも自分にだけできるアプローチがあるという割と自分本位な理由で“彼”の帰りを待っている。

 

「そういえば、一夏様はどうしてすぐに帰ってこられないのですか?」

 

 あの決戦以来、織斑一夏は現実に帰ってきていない。今は篠ノ之箒と同じ病院に入院させている。

 

仮想世界(あちら)で篠ノ之博士と戯れていますわ。そろそろ戻ってくるはずですが」

「それは存じています。しかし篠ノ之博士はなぜそのような真似を?」

「一夏さんはデリカシーの無い人ですから。篠ノ之博士は箒さんに準備をする時間を与えたかったのでしょう」

「お嬢様もそれに同意されたわけですね」

「わたくしはどちらでも構わなかったのですが、ちょっと一夏さんを困らせたかったのかもしれませんわ」

 

 セシリアは窓の外に視線を移す。まだ午前五時を回ったばかりで真っ暗だ。日が明けるには早い時間である。

 実際のところ、この日を迎えるに当たってそわそわして眠れなかったセシリアであった。

 

「あの人はきっと今頃走っていますわね。目標に向かって一直線に。わたくしはそんなあの人の帰る場所で在りたい。たとえ今は他の人を見ていても、わたくしは負けたとは思っていませんもの」

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 目が覚めたら、明らかに家とは違う匂いがした。清潔感の中にちょっとした薬品っぽい印象があるこの雰囲気はおそらくは病院だろう。辺りを見回すと、ベッドが白いカーテンに囲まれている。

 

「これって入院させられてるってことか?」

 

 頭を掻きながら起き上がる。廊下から光が漏れてきている程度の暗がりの中、枕元に置いてあった私服に着替えてカーテンの外に出た。

 外は暗い。真夜中、あるいは早朝だろうか。

 勝手に出歩いちゃマズイかもしれないとは思いつつも、俺は廊下に出た。見覚えがある。ここはこの一年間俺が見舞いに通っていた病院に違いない。

 

「そうだ、箒!」

 

 俺が起きない間にわざわざ入院という形でここに置いてくれたのはセシリアの計らいだと思う。起きてすぐに移動する手間が省けたというもの。俺は慣れた道を早足で進む。

 道案内も何もなくても目的の部屋に着くまでは一瞬だ。篠ノ之箒の名前がある病室の前。中は明かりが消えているけど、俺は躊躇なく扉を開けた。

 ここは個室である。もちろんベッドは一つのみ。意外なことにベッドを隠すカーテンは全開となっていて、ベッドのシーツには皺一つ無かった。もちろん、誰も横たわっていなかったし、それどころか病室内に誰もいない。

 箒がいない。昏睡状態を見せつけられるよりは遙かにマシだけど、会えると思ったのに会えなかったのは結構悲しい。

 

「――ようやく起きたか」

 

 後ろから声が掛けられた。振り返ると、廊下にいたのは――

 

「千冬姉?」

 

 久しぶりに会った気がする千冬姉だった。そういえば年末はほとんど会えてなかった。

 

「どうしてここに?」

「さっきまではお前の眠っていた病室にいた。席を外している間にいなくなったお前を追って、ここまで来ただけのことだ」

「ん? 寝てる俺についててくれたのか?」

「あの黒い月の脅威が去ってから暇だったからな。たまにはこういうのも悪くないだろう?」

 

 まあ、たしかに。特に最近は千冬姉を遠い存在に感じてたから。

 

「ところで一夏。束は何か言っていたか?」

 

 千冬姉に聞かれて振り返ってみる。

 あの決戦の後、俺は束さんとひたすらにISVSをしていたわけなんだけど、特に千冬姉に伝言とかは頼まれなかった。

 まだしばらくは束さんの人格は消えないらしい。これは俺の勝手な推測だけど、きっと束さんは何も言わないことで、千冬姉に直接会いに来るよう仕向けてる。

 

「特に何も」

「そうか……」

「まだしばらくはISVSのどっかに居るみたいだから探しに行ってみたら?」

 

 すると千冬姉にしては珍しい、眉間に皺が寄った心から嫌そうな顔をした。

 

「まだ居るのか……?」

「そんな顔しないでやってくれよ。友達なんだから」

「――まあ、私から束に言いたいことは山ほどある。暇つぶしを兼ねて行ってみるのも悪くはない」

 

 本当は行きたいくせに。

 そう、思ったけど胸の内に留めておく。

 

「私のことはさておき。お前はどうした?」

「どうしたって何が?」

「今の時刻は一月三日の午前五時。お前が来るべき場所はここではないだろう?」

 

 言われてからしばし固まる。

 ……そういえば起きてから時計を見てなかった。

 それにまだ入院中らしい箒が病室にいない理由とは何か。

 深く考えずとも答えは決まっている。

 

「やべっ!」

 

 俺は慌てて病室を飛び出した。

 

 

  ***

 

 

 日の出が近くなり、空が白み始めていた。

 この夜は大変良く晴れていたらしく、外気温は容赦なく凍てついた棘となっている。着慣れたジャンパーを羽織っていても、その上から身に刺さるような寒さが俺を襲っていた。

 昨日辺りは雪でも降っていたのだろう。道行く風景は銀世界と呼べるほどではないけれど、冬らしい雪景色ではある。道路の雪は溶けていても、人通りの少ない歩道の雪はしつこく残っているものだ。

 雪を踏みしめて俺は歩く。こうして雪の中を神社まで歩いていると七年前のことが思い出される。たしか、まだ日が出る前の暗い時間に箒から電話がかかってきたんだったっけ。基本的に面倒くさがりな俺だけど、あの日は当たり前のように行こうと思えた。その時点で俺の想いなんてものは決まっていたのかもしれない。

 篠ノ之神社に到着。参道に積もった綺麗すぎる雪を見るに、昨日から誰も足を踏み入れていないらしい。新年の神社としてこれはいかがなものかと思うところだが、まだここは原因不明の昏睡事件が起きた場所となってから丁度一年が経ったばかりだから近寄る人がいなくても不思議ではないか。とりあえず俺が先に到着したことがわかったからそれでいい。

 

「こうして待つのは二年ぶりだな」

 

 と、言いながらも思い起こすのはやはり七年前。呼び出されたのにもかかわらず長く待たされた。正直に言ってしまうと当時はかなりイライラしていたけど、今にして思えば、そのとき彼女が準備にかけていた時間はとても嬉しいものだった。

 

 

「来てくれたのだな……一夏」

 

 

 俺の名前を呼ぶ声がする。今も覚えている七年前と同じ台詞。鳥居の方へ振り返ってみると、そこには鳥居の朱に負けないくらいに鮮やかな着物姿で、束さんよりも圧倒的に艶やかな()()が立っていた。

 彼女はわざと七年前と同じ台詞を言った。だけど、俺にはとてもこの先の再現を出来そうにない。あのときは苛立ち混じりに『来てやった』みたいなことを言ったと思うんだけど、今の俺はここに来たくて仕方がなかった。自分に嘘を吐くような演技はしない。

 俺が欲しいのは過去でなく未来。

 これから先の“楽しい世界”への第一歩がここから始まる。

 

「ずっと、伝えたかったことがあるんだ」

 

 逸る気持ちをぐっと抑え、彼女の元へと歩む。

 伝えたかったことは数え切れないほどある。仮想世界でのクロッシング・アクセスで彼女には全部伝わっているのかもしれないけど、これは俺が自分の口から言うからこそ意味がある。

 

「箒。もうお前を離したくない。これからずっと傍にいてくれ」

 

 やはりドラマに出てくるようなカッコいい言葉は言えない。

 でもそれでいい。伝えたいことはちゃんと言えたんだ。

 

「私もだ、一夏」

 

 箒は優しく微笑んだ。普段の凜とした強い目つきは形を潜め、慈愛すら思わせる寛容さが感じられる。

 だけどそれすらも箒の強がりだった。笑顔を見せる彼女の頬を一滴の雫が伝う。

 

「今日まで……生きてきて良かった。私は……一夏の隣にいる」

 

 泣き咽ぶ箒をそっと抱き寄せる。そうしてやっと実感する。

 幻なんかじゃない。俺の腕の中には確かな温もりがある。

 俺が守った彼女が、ここにいる。

 あの日と同じ、透き通る氷のように澄んだ寒空の下、俺たちは二人で抱き合った。

 

 

 …………。

 箒の温かさを感じつつ。静かになったから周りの音が良く聞こえるようになってきた。

 すぐ傍の茂みがガサガサと小さく揺れている。

 ついでにひそひそと話し声も聞こえてくる。

 これはもしかしなくても――

 俺は石を拾って茂みの中に放り投げた。

 

「いたっ!」

「うおっ!」

 

 この声は鈴だ。ついでに弾の声もする。というか、声は一人や二人じゃなくて、水面に落ちた波紋のように一気に騒々しくなる。

 

「よっしゃ! 織斑は幼馴染みルート確定!」

「おい! 建前上は鈴ちゃんを選ばなかったことを責めるべきだろうが!」

「本人も居る前で何言ってるんだ、コイツら……」

「僕は知ってます! 名誉団長の心は最後に必ずセシリア様の元へ向かうと!」

 

 何やら好き勝手言われてるようだ。

 隠れていたのは藍越学園の奴らだったり、プレイヤー仲間だったりといったいつものメンツ。コイツらは俺たちをからかうためだけに早朝からスタンバイしていたのだろうか。

 とりあえず覗き見されてたことは今日だけは大目に見よう。皆も俺と箒の約束を知っていたわけだし、心配もさせちゃったからこんなことになってるんだろうしな。

 

「勘違いしないでよね、箒! 今は同情されてるだけ! あたしは認めないから!」

「鈴ちゃん、もう負けフラグしか立ってないよ!」

「うるさいっ!」

 

 ああ、幸村がアッパーカットをくらってる。なぜか幸せそうだ。

 これを皮切りに、まだ三箇日(さんがにち)という勢いも相まって、ジュースや菓子を持ち込んでの大騒ぎに発展する。この寒い中、元気な奴らだ。もう冬休みに集まって騒ぎたいだけの近所迷惑なガキの集団にしかなってない。

 主役であるはずの俺と箒はいつの間にか蚊帳の外。どんちゃん騒ぎを遠くから二人で眺めていた。

 これが日常の一風景。箒が帰ってきた場所。

 隣にいる箒に目をやると、藍越連中の勢いに気圧されて明らかに戸惑っている。たぶん俺も同じ事を思ってるんだけど、長年の約束を果たしたという余韻は、連中の熱い思いやりで台無しだ。

 箒に見えやすいように、俺はわざとらしく溜め息を吐く。

 

「また約束を果たせなかった」

 

 これだけ騒々しくては二人だけの初詣とは言えない。だから――

 

「来年こそ、二人だけで初詣をしよう」

「ふふふ。そうだな」

 

 また約束を交わす。そうして俺たちの未来を紡いでいこう。

 ここが俺の“楽しい世界”だ。

 

『Illusional Space』(完)




お疲れさまでした。

やっと完結しました。これまでに私が書いた中で間違いなく最長の作品です。無事終わって良かった良かった。
いつも完結した後は読者の方から好きなキャラと好きなセリフ、好きなシーンを聞かせてもらっています。今回も書いてもらえると嬉しいですね。
ちなみに作者の私が好きなセリフは一夏の「君が見てくれていれば、俺は無敵だから」で、好きなシーンは25話で一夏の口では黙っているけど「助けに来た」と全力で主張している背中のところです。一番好きなキャラ? セシリア以外ありえない。
皆さんの感想をお待ちしています。

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