Illusional Space   作:ジベた

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52 蛮勇一択強行突破

 間もなくミッション開始予告時刻だ。準備は滞りなく進んでいて、戦艦アカルギの全周囲モニターに映し出される宇宙空間は全世界から集まったプレイヤーたちによって埋め尽くされている。身近な奴らはもちろんのこと、名も知らぬ強者たちが共に戦ってくれる。心強いことこの上ない。

 

「ヤイバさん、作戦の段取りを確認しますわ」

「頼む、ラピス」

 

 開始前にこの決戦の流れをおさらいしておく。

 

 戦場となるのは小惑星型マザーアース“ルニ・アンブラ”周辺宙域。俺たちプレイヤー軍の作戦目標は『ルニ・アンブラの破壊』であり、ルニ・アンブラを破壊しなければ現実の地球が破壊される。

 

 当然、敵である仮想世界勢力はルニ・アンブラの破壊を阻止してくる。アカルギのカメラはルニ・アンブラを捉えており、同時に敵もこちらを認識した。ルニ・アンブラを覆うようにして展開された敵の無人機軍の規模は地球を包囲していたゴーレム軍と遜色ない。

 加えて時間もない。俺たちは大気圏を脱出し、宇宙に自軍を展開した。既にゴーレム軍による地球の包囲は意味を成していない。つまり、その軍勢が大挙してこちらに押し寄せてくることが予想される。

 全世界からプレイヤーを集めても数の上では向こうが上。ましてや挟み撃ちされてしまえば敗戦は必至。現実の千冬姉たちが持ちこたえられるかも含めて、短期決戦に持ち込まなければならない。

 

 敵を全滅させることは不可能。無人機をいくら倒したところでルニ・アンブラが健在であれば俺たちは敗北する。

 よって俺たちの作戦は敵軍の中に飛び込んでいき、ルニ・アンブラへと突入。ルニ・アンブラにいるであろう敵のボスを討伐する。これしかない。

 

「いつもいつも俺は皆の力を借りて敵陣の真っ只中に飛び込んでるよな」

「それも楽なポジションではありませんわ。最終的に個の力で戦う以上、重責が一気にのしかかるのですから」

「前に出て戦うだけなら、全体に指示を出すラピスより気楽だ」

「わたくしも前線で敵の大将と一騎打ちするより今の立ち位置が性に合っていますわ」

 

 艦橋の中央で俺とラピスは笑顔を交わす。

 適材適所。互いに足りないところを補ってきた俺たちは今回も己の役割に徹する。その最適解こそが“無敵の刃”になるのだと、これまでの実績が後押ししてくれている。

 今回も勝つ。不利な状況なんて関係ない。

 

「ではそろそろ号令の方をお願いできますか、ヤイバさん?」

「おう――」

 

 軽く返事をしてから気づく。

 

「号令?」

「はい。折角の大きなイベントですし、派手に開戦した方が士気も上がると思いませんか?」

「それはそうかもしれないけど、なんで俺が?」

「だって主催者ですもの」

「表向きは倉持技研だろ?」

 

 イベントの開催は彩華さんに一任したから倉持技研主催になってるはず。

 思わず花火師さんの方を見てみた。

 彼女は右手親指をグッと立てる。

 

「安心しろ、少年。ミッション依頼主の名前は“ブリュンヒルデの弟”として設定してある」

「なんでそうなってんの!?」

「今、現実で戦っている姉を応援したい、という名目を加えてあるからな。この決戦の意味を理解している層にも伝わる内容にしたらそうなった」

 

 どや顔に嫌みがない……この人、本気でいいことしたと思ってるに違いない。

 

「逃げ場はないですね、ヤイバくん」

 

 前に座っているシズネさんが振り向いてきた。

 

「シズネさんまで追い打ちかけにくるの?」

「嫌なんですか?」

「元々、俺は目立つのが嫌いなんだよ」

「ナナちゃんを助けるために目立つ必要があるなら?」

「喜んで目立ってやる」

「じゃあ、やりましょうか」

「…………」

 

 おかしい。こんなにも簡単に俺の反論は封じられてしまうのか。

 

「ああ、もう! やればいいんだろ!」

「無理に気負わなくてもいいのですよ?」

「今更フォロー入れられても困るぞ、ラピス! もう腹を括ったからマイクを寄越せ!」

「チャンネルをつなげましたわ。いつもの通信と同じ感覚で全軍にヤイバさんの言葉が伝わります」

 

 相変わらずの素早い準備だ。もうつながってるらしいからもう駄々をこねているわけにはいかない。

 

『このイベント戦を企画したブリュンヒルデの弟だ。今日ここに至るまでの事情を知っている人もそうでない人も俺の話を聞いてほしい』

 

 全プレイヤーへの一方通行の一斉通信。

 不思議と緊張してない。

 言うべき言葉も原稿を用意してなくてもちゃんと出てくる。

 

『今、世界は危機に陥っている。ニュースでも騒がれている隕石が迫っている。世界各国のIS操縦者たちが今も宇宙で戦ってるけどまだ終わりは見えてない』

 

 まずは現状のこと。世間に知られてること以上のことも知っておいてもらう。

 

『真実は少し違う。終わりが見えないのでなく、終わらないことが見えている。今、破壊している隕石は3つ目であり、これを破壊してもすぐに4つ目が地球に向けて放たれる』

 

 隠すつもりは毛頭無い。政府が隠していることだが、もうISVSにいる人たちはルニ・アンブラを破壊するまで現実に帰ることは出来ない。俺の行動で現実をパニックにする可能性はここまできたら無いと言っていい。

 

『隕石騒動は天災でなく人災、もっと言ってしまえば、地球に対して宣戦布告されたも同然の出来事。喧嘩を売ってきたのは皆の前に立ちはだかっている黒い月と無人機の軍勢だ。信じられないかもしれないけど、地球は仮想世界の存在と戦争状態にある』

 

 きっと勘のいい人なら束さんの仕業だと思うだろうけど、俺は否定も肯定もしない。あくまで敵は仮想世界の無人機だということにする。

 

『ISと同じ防御機構を有する隕石に対して人類が保持している戦力は467機のISだけ。この数がフルで迎撃に当たっているわけもなく、終わらない迎撃作業は確実に操縦者を蝕んでいく』

 

 人類側の戦力が圧倒的に足りない。

 束さんの設けたコア数制限が俺たちを苦しめている。

 でもそれは――現実に限った話。

 

『国家代表を始めとする専用機持ちが戦ってくれている。だからって俺たちが黙って見ているだけでいいのか? 本当に何も出来ないのか? 戦う場は違うかもしれない。だけど俺たちにだってできることはあるはずだ』

 

 もちろん足掻く方法を知っているからこそ、皆はここにいる。

 

『敵はこの仮想世界の住人。だったら俺たちからも仮想世界に攻め込むことができる。俺たちだって戦うことができる。このISVSこそが本当の戦場だ!』

 

 この仮想世界において俺たちは無力じゃない。

 戦う力を持っている。

 抗う意思を持っている。

 

『男たちに問う。本当に俺たちは女性から見て劣っている存在なのか? 少なくともISVSをやってる連中が納得してるはずがないと俺は信じている。俺たちがISを使えれば国家代表が手を焼いている敵にだって打ち勝てる。今がそれを証明するチャンスだ』

 

 ISVSは男の尊厳を守るために造られたのが発端だったと聞いている。その意義を果たすなら今は好機。

 

『女性たちに告げる。この場にいるのは一部の例外を除き、現実で専用機を与えられなかった人たちだ。だけど俺はその実力を軽んじるつもりなんてない。強くなりたいと願っていた想いは俺たち男に負けないくらい大きかったと思うから。大いに頼らせてもらう』

 

 専用機持ちは一つの結果に過ぎない。専用機を与えられていないからと言って全く役に立たないだなんて言えるわけがない。たとえ一つ一つが小さな力でも、結集すれば467のISよりも大きな事を成し遂げられる。

 

『俺たちの敵は男も女も関係なく人間自体を小馬鹿にしているAIだ。世界中からプレイヤーを集めても数は向こうが上で、こちらが不利なのは俺がいちいち言わずともわかってくれてることと思う』

 

 戦力差は覆らない。敵の中にはフォビアシリーズが多数紛れているだろうから、個人個人の力でも分が悪いと言わざるを得ない。

 

『だけど始める前から負けているだなんて思わない。見せてやろう。俺たち人間の力を。生き残る意思を』

 

 ミッション開始時刻まで秒読みが始まっている。

 言いたいことは大体言った。これで士気が上がるなんてこれっぽっちも思ってないけど、俺自身のためにはなった。少なくとも気合いが入っている。

 

『この戦いを現実で戦ってくれている国家代表たちへの声援(エール)とする』

 

 本当の戦場はこちらだけど、この勝利を千冬姉たちに届けたい思いが俺の胸に確かに存在する。

 俺たちは必ず勝つ。だから今は耐えてくれ、千冬姉。

 

 ――時間だ。始めるとしよう。

 

『行くぞォ!』

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 開幕直後の一斉射撃。ヤイバの号令によってタイミングが一致した初撃は黒い月の周囲に展開した敵軍の表層を削り取る。

 あくまで表層。見た目よりも遠い距離だからかENブラスターと言えども効果的なダメージを与えられない。アカルギの主砲“アケヨイ”を以てしても、平凡なゴーレムを一撃で墜とすことすらできていない。

 その様子を眺めていた蒼天騎士団の団長、マシューが違和感を覚えて呟く。

 

「宇宙だとEN射撃の減衰が少ないはずだけど、地球上よりも減衰が激しいのか……?」

『そう思って調べたところ、ある距離を境にして急激に威力が下がっているようですわ。フォビアシリーズの特殊兵装か単一仕様能力、あるいはルニ・アンブラによる影響でしょう』

「ひ、姫様っ! 僕などと会話していてよろしいのですか!?」

 

 マシューの呟きに間髪入れずにラピスが分析結果を通知した。当然、マシューのテンションは上がる。

 ラピスからの更なる返答はなかった。それだけ忙しいという証明であり、マシューも重々承知していた。襟元を正し、動転していた精神を落ち着かせる。

 

「取り乱して悪かった。我らも出陣するとしよう、蒼天騎士団の諸君」

 

 蒼天騎士団と書いてセシリア・オルコットファンクラブと読む。セシリア本人の公式団体となったことで、全世界からマシューの元にセシリアファンが集結していた。

 ファンと呼ぶのは語弊があるのかもしれない。彼らのそれはおよそ一般人からはかけ離れたもの。経済的な消費活動ではなく、どちらかと言えば信仰に近い。今やISVSの中でも最大クラスの大組織となった蒼天騎士団であるが、その思想は揺らぐことなく、セシリア・オルコットの崇拝を第一としている。

 団長のマシューは現実の世界では中学3年生である。彼の思考には年相応な幼さが残るものの、先を読む力には非凡の才がある。一人では目立った活躍をしないが、団体戦となった途端に指揮官として輝くあたりは彼の敬愛するセシリア・オルコットにとてもよく似ている。20代や30代の大人たちがメンバーとなっても、マシューを団長から降ろそうとする者は誰一人としていない。

 

「突出はするな。血気盛んな者たちに情報を引き出してもらうとしよう」

 

 元々、マシューは慎重な男である。ラピスの命令があるときに無謀な突撃をすることもあるが、逆に言えばそうでなければ後方でじっくり構えるスタンスが基本。蒼天騎士団以外にも多数の戦力がある状況下では指揮下の全部隊の進軍をわざと遅れさせた。

 

「団長に報告! 黒い月の前面に巨大なISが出現!」

「見えてるよ。……しかしちょっとあれはサイズがおかしくないか?」

 

 巨大ISの出現。そう聞いて脳裏に浮かぶのは東京のレガシーにまで攻め込んできた科学技術恐怖症(テクノフォビア)。全高100mを超えていた巨大無人機にマシューも軽く蹴散らされたことは記憶に新しい。

 敵軍の中にいる巨大ISは骨のようなパーツが連なった巨人である。頭部のみ人間とは違い、巨大な黒い一つ目が在るのみ。実際のところ、マシューたちにとって見た目はどうでもよく、問題となるのは巨人の周囲にいるゴーレムが砂粒にしか見えないということだった。

 推定全高1km。最早、巨大ロボと形容するのも違和感があるレベル。要塞がロボットに変形したと言われた方がしっくりくるというものだ。

 

「いや、待て。敵が陣形を大きく変えてきたぞ?」

 

 どうしても巨大な存在というものは目を引く。そういった状況を前にしたとき、マシューは普段の癖から目立たないものを探そうとする。

 開戦当初、無人機軍は烏合の衆も同然の乱雑な配置であった。しかし、骨の巨人が姿を現したくらいのときを境にして機体間の距離を一定に保つ格子状の陣形に切り替えている。

 その最前面。均等に配置された無人機は普通のゴーレムではなく、右腕が身長の2倍ほどの砲筒となった特殊形状の機体だ。

 

「この距離で撃ち合いをする気か!」

 

 つい先ほど、プレイヤー側の遠距離最高火力であるアケヨイの効き目が薄かったばかりである。当然、無人機側もそれを承知のはずである。にもかかわらず明らかに砲撃戦用のゴーレムを前面に押し出してきた理由はただ一つ。

 

「進軍停止! その場で防御行動に徹しろ!」

 

 マシューは騎士団の者に足を止めろと指示を下す。回避行動と言わずに防御行動と言ったことに根拠はほとんどない。ただ、漠然と嫌な予感がしていたからでしかなかった。

 敵の砲撃部隊の右腕が赤く発光する。結晶のように等間隔に並んだ光は明確な殺意だった。

 装甲が(ひしゃ)げる音。続けざまの炸裂音。蒼天騎士団のメンバーの一人が構えていた盾に被弾した。命中箇所は凹みつつそのまま貫通し、盾の担い手の腹部には1本の巨大な杭が突き立てられていた。

 

「無事か?」

「はい、なんとか。首の皮1枚ってやつですよ」

 

 敵軍の遠距離攻撃の第1波による蒼天騎士団の脱落者は0。しかしながらプレイヤー軍全体で見てみると敵に撃たれた数だけプレイヤーが倒れている、正しく一撃必殺だったという報告が上がってきていた。

 倒れたプレイヤーは姿が消える。どのような攻撃を受けたのか証拠を残さず、星霜真理を持つラピスも機能停止したISの情報を手に入れることはできない。

 そんな中、蒼天騎士団のメンバーは攻撃を受けてもなお生き残った。故に敵の攻撃痕は分析の材料となる。

 

「マシューより姫様へ報告。敵の砲撃はAICキャノンと思われ、弾頭はシールドピアースに間違いありません」

『確認しましたわ。“杭打ち弾頭(ゴーストパイル)”ですか……また企業が実現できていない机上兵器(きじょうへいき)を使われたことになりますわね』

 

 AICキャノンの特性は発射時にIS本体のPICを砲弾に移し、強力なPICCとして機能させるというもの。操縦者の精神を砲弾に乗せて攻撃するイメージであるため、一部では憑依砲という呼称を付けられている。

 憑依砲の砲弾は近接ブレードのようなものである。そうした考えから、扱いにくいシールドピアースを遠距離攻撃に昇華できないかという発想はあった。ただし、未だ開発途中のものであり、試作の1号機すら完成していない。この兵器は机上の空論の域を脱していない故に机上兵器と呼ばれているものの一つにカウントされている。

 

(シールドピアース)自体の構造について補足を。流線型の先端部分はどうやらスライドレイヤー装甲に似た素材を使っているようで、ENブラスターを当てても杭自体がEN射撃を受け流す構造になっています。こちらの攻撃力を減らす何かが敵陣にある状態で、遠距離の撃ち合いは得策でないかと」

『わかりましたわ。ありがとうございます、マシューさん』

 

 敵の持ち出してきた新装備の情報をあっさりと丸裸にした。こうした情報集めは慣れたもの。マシューにとって、ISVSで最も大きな武器は情報そのものである。

 どのようなゲームでも未知とは脅威とイコールと言って過言ではない。相手を理解しなければ駆け引きすらできないからだ。加えてISVSでは単一仕様能力という初見では未知で当たり前の存在があるから性質(たち)が悪い。

 

 “知ること”に貪欲なのはマシューだけではない。

 マシューが後方からの観察に重点を置いたのに対し、敵の持ち札を吐き出させるために誰よりも先に進軍をしていた男がいる。情報の重要性を早くから理解し、広くISVSの情報を集めるためにwikiまで作成した彼は根っからのゲーム好きだ。

 

「相変わらずだね、バレット。その無謀さが時折羨ましくなるよ」

 

 ライバルというよりは単なる身内っぽい間柄の男の活躍を期待し、マシューは後方で敵軍の観察を続けながら待機する。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 バレット率いる藍越エンジョイ勢は全プレイヤーの中で最も早く敵陣への進軍を開始していた。その理由はヤイバの願いのため……のみならず自分たちのハマっているゲームの存続がかかっていると知っているからである。敵軍のゴーストパイルの一斉射撃が放たれ、メンバーの幾人かが犠牲となってもその足は止まってなどいなかった。

 彼らは使命感で動いている。現実の地球に迫っている脅威を排除するという大義があると知っている。自分たちもヒーローになれるのなら、男の子だったら燃えて当然と言わんばかりだ。

 

「全員、怯むな! すぐにラピスが対策を立ててくれる!」

 

 バレットが檄を飛ばす。正体不明の攻撃を前にしても、勝利の女神(ラピスラズリ)がついているのならばなんとかなるのだと藍越エンジョイ勢のメンバーは確信している。

 そんな厚く信頼されているラピスからの、全プレイヤーに向けた通信内容は次の通りだ。

 

 ――敵、机上兵器の正体はシールドピアース弾頭のAICキャノンである。

 

 攻撃の種類が通知された。この時点でバレットを始めとする手慣れたプレイヤーは対策を思いついているのだが、本題はそこではなかった。

 一部プレイヤーが目に見えて進軍速度を上げる。様子を見ていたプレイヤーも慌てた様子で後を追い、ゲームに慣れていないプレイヤーは周囲に釣られて敵陣へ向かう。

 先行していたバレットたちも例に漏れていない。むしろ焦燥している。突然の変化についていけていない(アイ)はバレットの後方を追従しながらも怪訝な顔を浮かべていた。

 

「一体、どうしたのですか?」

「さっき、ラピスが“机上兵器”って言っちまったんです。だから急がないと」

 

 まだアイは首を傾げている。根本的に情報が足りていない。バレットもそのことに思い至り、説明を付け加える。

 

「今回のイベントは報酬として“敵軍が使用していた装備”があるんです。クラウス社やFMS社など有用な装備の大半はほぼフリーで使えるISVSなんであまり装備でアドバンテージがとれないんですけど、例外となる特殊な装備は今までもあった。今回はそんな装備を入手するチャンス、それもマイナーなわけでなく、企業が開発できていない装備が手に入るかもしれないっていうんだから必死にもなりますよ」

 

 倉持彩華が設定したミッション内容の報酬はかつてツムギのナナを苦しめたものと同じもの。当時も強大な戦闘能力を持つナナに果敢に向かっていったプレイヤーは数知れず。少しでもプレイヤーの数を集めるための策として、机上兵器の入手チャンスであることを明言していたのである。

 しかし倉持彩華にとってみれば、この選択には誤算があった。とはいっても良い方向と言えるものであるが。

 

「そっちの腕を押さえろ! 右腕を切り取る!」

 

 プレイヤーたちは肉壁すらも駆使し、敵軍のゴーストパイル部隊にこぞって飛びかかる。厄介な砲撃武装である右腕自体を狙うことなく本体を数人がかりで押さえつけ、右腕の付け根を付け狙う。どのプレイヤーも一貫して同じ行動を取っていた。彼らの形相は鬼気迫ったものではあるが、同時に嬉々とした表情でもある。

 そう、最初は確かに使命感で戦っていた。しかし、彼らの前に現れた大きな障害は同時に魅力的な報酬でもある。

 敵の砲撃部隊の数およそ1万という数字の認識も変わった。敵対戦力として見れば1万もいるのであるが、報酬の数としてみれば()()()()()()()()()。既に彼らにとって早い者勝ちの競争が始まってしまっているのだった。

 

「なんともまた……緊張感のないお話ですね……世界の危機のはずですのに」

「緊張でガチガチよりはいいと思いますよ。負けられない戦いなら尚更」

 

 呆れを隠さないアイとあっけらかんと現状を肯定するバレット。バレットの言うとおり、競争が始まってからというものプレイヤーたちの進軍速度は上がっている上に、報酬を得るために逆に連携して動けるようになっていた。もっとも、それはラピスラズリの誘導によるものなのだがプレイヤーたちにとっては結果さえあればどうでもいいことだろう。

 20分後。1万体超のゴーストパイル部隊は壊滅。後続のプレイヤー軍も次々と敵陣へ飛び込んでいける状況となった。

 

「とりあえず俺たちは6個の収穫。上々だ」

「バレットさん?」

「あ、すみません! 次に向かわないといけませんね!」

 

 アイの言いたいことが伝わっているようで伝わっていない。バレットの目は輝いている。次なる机上兵器(おたから)を求める狩人となる。彼の視線の先は骸骨を模した一つ目の巨人だった。

 

「よしっ! 次は骨巨人に向かうぞ!」

「弾さん!?」

 

 アイの制止は届かず。バレットは藍越エンジョイ勢を引き連れて巨人へと進路を取った。

 当然、彼らは敗北イコール未帰還者となることをわかっている。しかしそれはもうリスクとして成り立っていない。人類側が勝利すれば未帰還者も現実に帰ることが出来ることに加え、人類側の敗北はISVSで戦闘不能となっていなくとも現実での死亡につながっている。結局のところ、勝つために戦う他道はなく、どうせなら勝利した後の未来のためにプラスとなる方向に突っ走ろうという割り切りが彼らを蛮勇に走らせた。

 骨巨人に動きあり。佇んでいるだけであった巨体は戦艦よりも太い腕を広げると、巨大な一つ目に黒い霧が収束する。

 

「巨大なエネルギーの収束を確認!」

「全員、奴の正面には出るなよ!」

 

 漆黒の宇宙(そら)を禍々しい黒が貫く。骨の巨人の視線は死を運ぶ線となってプレイヤーの群れを二つに割った。黒き閃光が通過した空間を埋めていたプレイヤーの姿はもうどこにもない。

 

「このデカブツもファルスメアかよ!?」

「バレット、どうすればいい?」

「接近は中止! 現在の距離を保ったまま包囲を続けろ!」

「攻撃は?」

「もちろん仕掛ける。効果は期待できないけどな」

 

 既にファルスメアの存在は多くのプレイヤーに認知されている。プレイヤーが使用できないCPU専用の違法武器として認識され、その脅威はテクノフォビアの襲撃によって思い知らされていた。

 この決戦に設けられたルールならば、このファルスメアの源であるファルスメアドライブという装置をプレイヤーが手にすれば自らのものとして所有できる。しかし、そのような餌がぶら下がっているにもかかわらず、プレイヤーの動きは重いまま。バレットと同様に様子見をするだけだ。

 チクチクと包囲射撃を加える。相手が1kmを超えるデカブツであろうとも、小さい積み重ねがあればいつかは倒せるはず。もっとも、それは塵でもいいから積み重ねていればの話。

 

「ラピスに報告。想定外だ。奴には全く効いてねえ」

 

 骨巨人はテクノフォビアと違い、ファルスメアを防御に回していない。見た目で言えば、デカイ図体なだけで無防備な姿を晒しているようにしか見えない。だというのに攻撃が当たった箇所には傷一つついていなかった。

 結果論だが飛び込まなくて正解だった。百戦錬磨のプレイヤーの野生の勘が危険を察知してのことだろう。相手のHPを削るゲームをしているのに全くHPを減らせないのではゲームとして成り立っていない。

 骨の巨人は文字通りの鉄壁。プレイヤーたちが黒い月に近づくための障害として君臨する。

 

「もう一つ。俺たちの攻撃が()()()()()()威力が下がってる」

 

 初撃では距離による威力減衰説もあったが、その可能性はこの報告により打ち消された。ならば他の説が浮上するのも必然。データはもうラピスの元に届いている。

 

『どちらも敵の単一仕様能力によるものでしょう。前者はまだ詳細が不明ですが、後者はプレイヤーの皆さんからの報告を統合すると骨の巨人を中心とした球状の範囲内で威力が半減しているようですわ』

「奴の能力なのか……」

 

 防御よりの能力により、プレイヤーの進軍速度は激減している。この決戦は時間との闘いでもある。骨の巨人の存在は正しく脅威だ。

 加えて、ここに一つ、新たな情報が届く。

 

『こちら、アイです。黒い月へ単独で先行したところ、途中で見えない壁に阻まれました。攻撃を仕掛けてみたところISのシールドバリアを極大化させたものという印象です』

「アイさん、いつの間にっ!? どこまで行ってるんすか!?」

 

 バレットが骨の巨人に向かっていくのを尻目にアイは黒い月へ近づいた。実際に侵入が目的なのではなく、前もって敵の情報を入手するための諜報活動である。その成果はあった。

 

『……黒い月は骨の巨人の能力の範囲に入っていますわ。そして、威力が半減した攻撃では巨大なシールドバリアを破るのは難しいと言わざるを得ません』

 

 黒い月を覆っている見えない壁の正体がシールドバリアであるのなら、通常のISVSと同じくアーマーブレイクをすれば良い。しかしながら敵の能力である武器威力の半減は単純に半分のダメージが入るというわけではない。威力が半減した攻撃では、シールドバリアの耐久力を減らせないのだとラピスは計算している。

 

『我々は骨の巨人を無視することは出来ません。いち早く、あの敵を排除しなければ勝利はありません』

「ここに来て、作戦目標の更新か。悪くねえ」

 

 難題が提示され、バレットの口元には笑みが浮かぶ。作戦途中で新たな障害が発覚して対処しなければならない。このシチュエーションは厄介であるが、バレットとしては燃えるものだった。

 

「よっしゃ! 俺ら藍越エンジョイ勢はあの骨の巨人を全力で落とす! 報酬はファルスメアを貰えたらラッキーくらいに思っとけ!」

「おー」

 

 煮え切らない鼓舞だが一定の効果はあった模様。各々(おのおの)が明確な目的を意識して、思考を開始する。

 対する骨の巨人にも新たな動きがある。唯一、骨を模していない一つ目が黒い霧に包まれたかと思うと、中心に金の瞳が開眼する。

 

『我は巨大に恐怖する(メガロフォビア)。故に何者よりも巨大である』

 

 名乗りを上げ、ファルスメアドライブがフル稼働する。黒い霧はオーラとなって骨の体に纏わり付いた。

 

「へっ、やってやるよ! 俺らの底力を見せつけてやる!」

 

 テクノフォビア以上と推測される脅威を前にしたバレットが吠える。退路など無いと自分に言い聞かせるように。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 衝撃砲。衝撃砲。双天牙月。衝撃砲。

 決戦開始直後から、リンは目の前の敵へとひたすらに攻撃を加え続けている。対象は闇雲で倒しているかどうかすら確認できていない。1体を吹き飛ばせば、すぐに新しいゴーレムが目の前にやってくる状況が続いているのもある。しかし明確な目標のないがむしゃらな攻撃の理由にはなっていない。

 

「ああ、もう! 鬱陶しい!」

 

 苛立ちが募る。いくら攻撃しても減っているように感じない敵勢力に対してではない。リンが怒りを示しているのは自分に対してだった。

 ヤイバの役に立ちたいと、宇宙に出るまでの戦いを買って出た。その結果は自分を慕っている男が囮となって戦場に散り、リンの関与しないところで道が切り開かれた。

 ……今度こそ誰かを助ける側に回りたかったのに、結局助けられてばかりだ。

 

『リン、落ち着け』

「うるさい!」

 

 ヤイバからの通信にも怒鳴り返してしまうくらい気が立っている。もはやポーズのみならず、ヤイバのために戦っているわけではなくなっていた。

 もうヤイバにいいところを見せようだなどと考えてはいなかった。一人のISVSプレイヤーとして、活躍できないまま終わることはなんとなく許せない。

 確かなプライドがリンを突き動かしていた。行為は憂さ晴らしそのもので、次の獲物を探す必死な目は満足できる着地点を探している。

 自分が戦う、その意味を欲していた。

 

「ちっ……本命はあの馬鹿デカイ骨だったのね」

 

 ラピスからのミッション目標として『メガロフォビアの破壊』が提示され、別方面に来ていたリンは舌打ちを隠そうともしない。

 今更バレットたちの戦場へと向かう気はなかった。後から行ったところで自分の戦場と思うことが出来ない。仲間と共に勝利しても、自分がこの決戦にいる価値を見出せそうになかった。

 リンだからこそ。そうしたアイデンティティが必要だった。

 

 そんな折り。黒い月方面で眩い光が解き放たれた。漆黒の空に突如現れた極光はおよそ自然のものではない。光の玉が無数にばらまかれ、拡散していった光がプレイヤーたちを襲っている。

 どこか見覚えのある攻撃。リンにとっては忘れられない拡散型ENブラスター、“銀の鐘(シルバー・ベル)”と類似している。光を放っているその中心には光り輝く翼を広げた1機のISが佇んでいた。

 

『我は暗闇に恐怖する(ニクトフォビア)。故に我は闇夜を照らす光となる』

 

 フォビアの名乗りは強敵の証。それも過去にリンが対峙した中で最も強大だった敵と瓜二つの姿がそこにある。

 ニクトフォビア。闇を恐れる光はアドルフィーネ・イルミナントそのものを(かたど)っていた。

 

「アイツは……!」

 

 因縁の相手。かつてヤイバとともに戦ったときは手も足も出なかった。結果、リンは敗れて未帰還者となった。そのときのヤイバの顔は今でもリンの脳裏にこびりついている。逃げろと叫びながら、絶望に潰されようとしている彼を思い出すと、リンの胸は強く締め付けられた。

 ……あのとき、リンが逃げても逃げなくても、どちらにしてもヤイバが苦しむことになっていた。原因は自分たちに力が無かったからに他ならない。

 元々リンはISVSにそれほどのめり込んでいるわけでもなかった。本当にムキになって強くなりたいと願ったのはイルミナントに敗北してからのことである。

 

「サベージ……あたしをこの場所に残してくれたこと、感謝するわ」

 

 先の戦闘でリンの身代わりとなるように戦場に残った男の名を挙げる。申し訳ないと感じていたリンだったが、ニクトフォビアを前にした時点で謝罪は礼へと移り変わった。

 このような機会は二度とやってこないだろう。ヤイバとリンを苦しめた相手に自らの手でもう一度リベンジするだなど。

 

『リン! 無茶をするな!』

「あたしがアンタの言うことを聞いてるだけの女なわけないでしょ?」

 

 ヤイバの制止に対して、いつかと同じ返答をする。

 とは言っても、今度ばかりはヤイバの過保護に過ぎない。

 

「どのみち、危険はどこに居ても一緒。あたし個人が勝っても負けても細かい話。現実に帰るにはアンタが黒い月を壊さないといけない。だったら、アレの相手をあたしがしても問題ないじゃない?」

『たしかにそれはそうだが……』

「あたしのことは気にせず、アンタは自分のことに集中してなさい。この敵をアンタのとこに行かせないから」

『……わかった。頼む』

 

 通信が終わり、リンはおもむろに溜め息を吐いた。

 

「あたしの気も知らないで、変なとこで気に掛けてくるのは相変わらずね」

 

 行き場のない怒りを抱えていたさっきまでとは打って変わって、リンの顔には笑顔が戻ってきた。この決戦における自分の役割を見出したこともある。さらには過去の清算もできる。あとは勝つだけ。

 

「さーて! 行くわよ!」

 

 イグニションブースト。ヤイバがISVSを始めた頃には習得していなかった技術を苦も無く披露して、銃撃の飛び交う宇宙を駆けていく。

 正面には光の翼を広げた白い悪魔。周囲に展開された光の玉が無差別に発射され、宇宙が白く染められる。隙間など無いが、リンは止まらない。

 腕部衝撃砲、開口。無い道は切り開けばいい。立ちはだかるものが敵の攻撃ならば、こちらの攻撃を以て打ち崩す。

 光撃と衝撃。可視と不可視の戦意がぶつかり合う。

 敗れたのは光。構成していた粒子を散らされたEN射撃には破壊力が残されていない。強引ではあるが、ここに道は開けた。

 リンの八重歯が光る。その笑みに宿る感情は喜びそのもの。自らの力で出来ることがあると実感できている。それが確かなアイデンティティだ。

 敵はもう目の前。

 

「おらぁ!」

 

 およそ女の子らしくない雄叫びと共に右拳を放つ。敵がイルミナントを模しているのならば決して接近戦が苦手というわけではないのだが、リンには接近戦を仕掛けるしか勝ち目がない。その勝ち目すら薄いことも自覚しているからこそ、自らを鼓舞する。

 

「やっぱ、そう簡単にはいかないか」

 

 リンの右拳をニクトフォビアが左手で真っ正面から受け止めた。崩拳を使用した攻撃をAICも駆使して的確に防いでいる。この時点でリンは近接戦闘能力すらも劣っていることを見せつけられてしまった。

 左の崩拳。同様に右手で受け止められる。

 両肩の龍咆。光の翼を盾にされて弾かれる。

 脚部衝撃砲。撃つ前に光の翼で叩き壊された。

 

「あぐっ……!」

 

 足に被弾して顔を顰めるも、リンはニクトフォビアから離れない。

 否、離れられない。

 リンの両手はニクトフォビアに握られたままで拘束されたも同然だった。残る攻撃手段は龍咆だけだが、ニクトフォビアの光の翼を打ち破れない。

 ニクトフォビアが牙の生えた口を開く。握った手を強く引き、リンの体を自らに寄せていく。離れようと藻掻くリンだったが、少しずつニクトフォビアの牙がリンの首元に迫る。

 いつかと同じ。無力なまま食われるのを待つだけ……

 

 そんな結末でいいはずがない。

 

 いつまでも同じであるはずない!

 

「アンタみたいなのをどうにかするために()()()を用意してんのよっ!」

 

 リンの足下に武装具現化の光が出現する。

 ISの装備展開は個体ごとに異なる固有領域の範囲内であればどこでもできる。甲龍の固有領域は標準的なヴァリスクラスであり、足下に武器を出すだけなら問題なくこなせる。手に出す必要など全くない。

 現れたのは水晶のように透き通った大剣。衝撃砲で崩しにくいENシールドに立てこもる防御型のISを打ち破るためのメタ装備である武器の名は“ブロークン・ハート”。

 手が塞がれているリンがとる行動は当然決まっている。

 蹴った。大剣の切っ先はキッチリとニクトフォビアに向いていて、ニクトフォビアを守っていた光の翼を容易く通過した水晶の剣は敵の腹部に突き立てられた。

 思ってもいなかった反撃だっただからか。リンの両手は解放された。光の翼の防御にも隙間が出来ている。リンの取る行動は一つ。

 

「喰らえっ!」

 

 両手と両肩。計4つの衝撃砲を叩き込む。2発はAICで防がれたが2発は直撃した。

 確かな手応え。自分一人で一撃を加えた。その事実を噛みしめたリンはここで――後退を選択する。

 今の攻防で一定の満足感があった事実は否定しない。だが追撃せずに下がった理由は自己満足などでなく、客観的な状況判断によるもの。熱くなった心の中に冷徹な自分がいて、これ以上はまずいと警告を発していた。

 直後、ニクトフォビアの全身の至る所から無造作に光の翼が生えた。もはや天使を真似る体すら成していない。光の翼という武器を振り回すだけの人形がプレイヤーへの殺意だけで動いている。

 撤退の判断は正しかった。だが間に合っていたとは言いがたい。擬似的な腕となった光の翼がリンに伸ばされ、速度で劣っているリンが捕まるのも時間の問題だ。

 ……もっとも、この戦場でいつまでもプレイヤーが一人で戦うこともなかった。

 遠方から一発の砲弾が放たれた。レーザークリステイルを主としている対ENシールド透過弾。光の翼の防御を突破した攻撃を察知したニクトフォビアは追撃をやめて急反転し回避する。

 

自棄(やけ)になって一人で飛び込むなって、リン。フォローするこっちの身にもなってよ」

「援護なんて頼んでないわよ、ライル」

 

 駆けつけたプレイヤーはカズマ。得意な装備と言い切れるものが無い代わりに複数の装備を一定水準で使いこなせる器用貧乏な彼が今回の決戦で選択した武器はAICスナイパーキャノン“撃鉄”。飛べないデメリットのない宇宙空間であり、敵との距離が離れていることが多いことから選択したこの装備は弾頭を使い分けることで敵の防御兵器の穴を突くことも得意としている。

 

「一つ訂正しとく。今はもうプレイヤーネームをカズマにしてるから」

「あ、そうなの? どうしてまた――って愚問だったわ」

「おいおい、急に口を尖らせてどうしたんだよ?」

「リア充にはわかんないことよ。爆発しろ」

 

 刹那。一筋の光線がカズマの脇を掠めていき、肩のミサイルポッドが爆散する。

 2人は同時に攻撃元を視認。一時は距離の離れたニクトフォビアの口が開いており、再び光が収束していくところだった。

 

「やばっ! 集束型ENブラスターもあるの!?」

「ENブラスターというよりもENブレードみたいな密度。厄介だ」

「意外と冷静ね、アンタ」

「……俺がアレを倒さなきゃいけないとか気負う必要ないからね。戦闘目的はアレをヤイバのいるアカルギに近づけさせないことだし」

「そういうところが意外って言ってるのよ」

「まあ、リンと違って器が大きいからさ」

「はぁ? 誰の何が小さいって?」

「……もしかしたらゼノヴィアの方が大きいかもね」

「ちょ!? マジで何の話してんの!? あのチビっこが大きい?」

「ゼノヴィアは大人だったよ。こう、なんというかさ。包み込んでくれる感じって言うの?」

「あの幼い子に何したのよ、アンタ!?」

「俺も負けずに大人でいようかな。さ、奴の足止めをしよう、リン」

「あーっ! 気になって仕方ないけど、今はやるしかないわ!」

 

 光の悪魔を前にしてリンとカズマは向き合いつつも後退する。

 あくまで時間稼ぎ。

 この戦いは元より、敵を全滅することなど不可能だと割り切るしかない。ましてやヴァルキリーに匹敵する敵である。倒すことにつぎ込むリソースは計り知れない。

 この決戦では強大な敵の駒をいかに意味の無い存在に落とし込むかが鍵となっている。

 たった2人で時間を稼ぐ。いつまでも続くものでないと知っていても2人は戦いをやめない。

 ヤイバのため? 否。自分たちの未来のために。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 プレイヤーたちの執拗な攻撃が続いていた。にもかかわらず骨の一つ目巨人、メガロフォビアには傷一つ付けられていない。自慢のマシンガンを撃つのをやめたバレットは藍越エンジョイ勢に後退の指示を出す。

 

「どういうつもりだ、バレット? 奴を倒さないとダメなんじゃないのか?」

「ノーダメージな攻撃をいくら続けても意味が無いっての、アギト。ライターの攻撃も通らないんじゃ、単純な威力で突破するのは無理だ」

 

 聞いただけでは諦めたと受け取れる発言だが、仲間の誰もがバレットの意図を見誤ってなどいなかった。

 

「条件付き……だな」

 

 ゲームプレイヤーならではの発想。敵の防御兵器が完全なものであり、ゲームとして成り立っていない可能性を少しも考えていない。

 もっとも、敵の防御が完全であるとすれば突破方法など探すだけ無駄なのだから、最悪の可能性を考慮する意味こそない。だからこそ彼らは探す。勝利への道を。

 

「まず、一定範囲の攻撃力半減効果。これは攻撃者に対して発生する効果でなく、範囲内で生じる全てのダメージに適用される」

「遠距離からの狙撃でも、弾が範囲に入れば威力を下げられた。だから骨巨人に当たる攻撃は全部威力が下げられてしまうということになるな」

「武器種も関係なかった。接近戦を仕掛けた奴らも物理ブレード、ENブレード、シールドピアース。主要な攻撃は全部試したけど、結果は同じ。近づいた奴はパンチ一発でやられちまったよ」

「アーマーブレイクも狙えなかった。シールドバリアへのダメージすらもなくなっている」

 

 メンバーからの報告は既にバレットの頭に入っていること。これまでの経験と照らし合わせて、何か試していないことがないかを考えてみるが敵の防御のメカニズムがわかっていない現状では何も思いつかない。

 バレットたちが後方で唸っている間にも、前線で散っていくプレイヤーがいる。メガロフォビアの拳は小型の隕石に匹敵する。PICを突破してくる超質量を受けて無事でいられるISは存在しない。

 その様子を見たバレットは固まっていた。

 

「どうしましたか、バレットさん?」

 

 アイが心配そうにバレットの顔を覗き込む。そんな彼女の様子に全く気づかないまま、バレットの口元には笑みが浮かんだ。

 

「ハハッ、そういえば野郎自身の攻撃は全く半減してねえな!」

「そりゃ単一仕様能力の使用者だからだろ?」

「ワールドパージは能力の使用者が例外となることはねえ! つまり、抜け道がある!」

 

 敵の能力がワールドパージであるだなど、希望的観測に過ぎない。

 しかし、広範囲に適用され、プレイヤーサイドの単一仕様能力をも飲み込む効力の強さはワールドパージと考える方が自然である。

 メガロフォビア自身が自らの能力に巻き込まれていないことは何かしらの条件が存在することを意味する。ここからは希望的観測に加えて、想像を交えて推測していくしかない。

 自分たちプレイヤーとメガロフォビアは何が違うのか。わかりやすい差を言ってしまうとそれは単純なサイズが挙げられる。メガロフォビアはこれまでに相手取ってきたどのマザーアースよりも巨大である。

 

「メガロフォビア。単純に訳すと巨大恐怖症。巨大なものを恐れる巨人。巨人から見た巨大とはもちろん――」

 

 ぶつぶつと独り言を垂れ流す。あくまで可能性ではあるが、一つの道が見えてきていた。

 

「相対的なサイズ。あるとすれば、これが条件だ」

 

 至った答えはシンプルなもの。敵の能力は自らの大きさを基準として、自分よりも小さい者の攻撃を制限している。だからこその巨大恐怖症(メガロフォビア)。自らに攻撃を加えられる同格以上のものを恐れているという名前を冠している。

 

「サイズ……つまり、あの巨人よりも大きな個体の攻撃ならば打ち破れるというわけですか」

「あくまで可能性ですよ、アイさん。何でもいいから試してみるべきだとは思ってますけど」

「ですが、こちらの勢力にはアカルギよりも大きなマザーアースはありません。試すことも不可能ではないでしょうか?」

 

 アイの指摘は尤もなもの。要塞型マザーアース“ヴィーグリーズ”や“ユグドラシル”ならばメガロフォビアのサイズを超えられるが、あれらはレガシーに根を張らなければ運用が出来ないという欠点を抱えている。そもそもミューレイにはもうそれらは残っていない。

 だがアイの指摘は型に嵌まったもの。開発されたマザーアースという形でしか物事を捉えていない。

 バレットにはプランがある。

 

「ラピス、提案がある」

 

 通信を開く。この思いつきを実行するには連携を密にした大軍が必要となる。今からそのような大軍を作る時間などないため、即興で烏合の衆をエリート部隊に仕立て上げることのできるのは“蒼の指揮者”の力だけだった。

 

『突破口は見つかりましたの?』

「ああ。“スイミー”は知っているか? お前には目になってもらいたい」

『…………子供騙しではありますが、マザーアースの構造を考えてみれば似たようなものですわね。やってみますわ』

 

 通信を終えると同時に近くにいるプレイヤーたちに一斉に追加ミッションが課せられた。内容は戦闘ではない。指示通りの機動をするというもので、最初期の簡単なトレーニングで行うものとほぼ同じである。

 

「これは一体どういうことでしょうか?」

「アイさんも従ってくれますか? あの骨巨人を討てるかもしれない策なんです」

 

 指示に従ったプレイヤーたちはメガロフォビアから距離を取って集結。即座に決められたポジションに移動して待機する。

 

『煙幕、展開』

 

 一部のプレイヤー、主に蒼天騎士団に所属するプレイヤーがスモークを撒き散らして全プレイヤーをメガロフォビアの視界から隠す。その間もプレイヤーたちは陣形を整えることに集中する。

 姿は隠していても煙の中にいることは敵にバレバレである。メガロフォビアの巨大な眼球が纏っている黒い霧のオーラが集束していき、煙の中心に向けて放たれた。

 煙に大穴が穿たれる。真円の宇宙に散ったISの姿は皆無。光学情報などなくとも、ラピスの眼があれば全軍が避けることは可能だ。

 煙のカーテンが上がっていく。そこには人の形をした奇妙な陣形に並んだ無数のプレイヤーたちの姿がある。右手に当たる部分にはアカルギが配置され、ちょうど銃を持っているような位置となっていた。

 

 バレットの策は本当に子供騙しのようなこと。

 巨大なISがないのなら、巨大なISのフリをすればいい。

 そもそもマザーアースは複数のISの集合体であり、極論を言ってしまえばISが並んでいるのと同じである。複数のコアが確認されているメガロフォビアもマザーアースに分類されているのだから、上回るべき大きさは集合体としての大きさである可能性が高い。

 あくまで可能性に過ぎなかったが損になることもない。ならばやってみればいい。その結果は――

 

「マジかよ。ファルスメアも無くなってるぞ?」

 

 想定よりも大きな反応として表れた。メガロフォビアの巨大な目玉を覆っていた黒い霧が消え失せ、先ほどまであったプレイヤーへの攻撃の意思すらもなくなったかのように見える。徐々に後退していくその姿は、もし人間であったなら狼狽えているのだろう。

 ラピスから陣形変更指示が飛ぶ。主に右手部分に当たるチームが長距離の移動を指示され、プレイヤーの群体である巨人は手に持つ銃をメガロフォビアに照準する。

 

『では、盛大にいきましょう。主砲(アケヨイ)、撃て』

 

 プレイヤー勢力最高火力であるENブラスターが発射された。メガロフォビアのワールドパージ内であるが威力半減の効果を受けていない。バレットの仮説は正しく、本来の威力のままである極光はメガロフォビアの目玉を貫いた。

 幾重にも並んでいたメガロフォビアの防御システムは何一つ働いていなかった。ほぼ無抵抗にアケヨイを受けたメガロフォビアの目玉は爆発四散。骨の体はコントロールを失って単なるガラクタとして宇宙空間をさまよい始める。

 

『ミッションコンプリート。元の作戦に戻ってください』

 

 バレットのスイミー作戦によりメガロフォビアを突破。プレイヤーたちは巨人の陣を解除して各々の意思のままに黒い月へと向かっていく。

 続く障害は黒い月が張っている不可視障壁(バリア)。これより内側にプレイヤーが入るには、障壁を破壊するしかない。通常のISよりも圧倒的な強度を誇っているシールドバリアをアーマーブレイクするには闇雲に攻撃しても骨が折れるところだ。

 だがもう手筈は済んでいた。蒼天騎士団マシュー旗下のグランドスラム部隊が障壁に取り付いている。彼らはマシューの号令の元、一斉にシールドバリアに杭を打ち立てた。

 タイミングを合わせた衝撃はマザーアースの一撃にも勝る。自然回復の入る余地もない一斉攻撃を前にして、小惑星を覆うほどのシールドバリアも為す術無く砕け散った。

 

「よっしゃ! 全員、突撃!」

 

 黒い月までの道が開かれた。プレイヤーたちは我先にと雪崩れ込み、黒い月へと迫っていく。バレットも熱に煽られて、最前線を突き進んだ。その行く手には当然のようにゴーレムが立ちはだかっているが、プレイヤーたちはまだ数が残っている。

 問題なく黒い月まで辿り着ける――そう高を括っていた。

 

 

『我は死に恐怖する(タナトフォビア)。故に汝を殺す』

 

 

 ゴーレム軍団の先頭で黒い襤褸(ぼろ)切れを纏ったISが身の丈ほどもある大鎌を持って立ちはだかっている。およそISVSらしくない外見とフォビアの名乗りから強敵であると察するには十分だった。

 

「気をつけろ! コイツは――」

 

 バレットは藍越エンジョイ勢のメンバーに指示を出そうとしたがこれ以上の言葉を出すことが出来なかった。喉を動かそうとしているのに体が応えてくれない。

 ぐるぐると周囲の星景色と仲間たちが目まぐるしく回っている。その中には馴染みの深い装備をした首無しのISがある。そのISの正体に気がついたとき、バレットは意識を手放した。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 最前線で障壁を突破した報せは全プレイヤーに届いている。しかしながら最前線のプレイヤーは強引に突き進んだだけであり、戦場全体で見れば未だ混戦状態である。

 アカルギとは別方面から進軍を開始した黒ウサギ隊の旗艦、シュヴァルツェア・ゲビルゲも敵軍を突破できずに立ち往生している。主砲であるAICキャノン(ラヴィーネ)の威力を以てしてもゴーレム軍の防衛網は全く揺るいでいない。

 

『我は時間に恐怖する(クロノフォビア)。故に時を支配する』

 

 敵軍の中に時計を背負ったマネキンがいる。フォビアの名乗りを上げたその個体が手をかざすだけで黒ウサギ隊の最高火力を無力化されてしまっていた。

 敵の能力の正体はわかっている。単純に強力なAICによってAICキャノンの砲弾を停止させただけだ。だが単純であるが故に敵の強大さを思い知らされてもいる。

 

「……今度ばかりはラウラの助けとなりたかったのだがな」

 

 ゲビルゲのブリッジの中央で軍服の老紳士が項垂れる。任務中であるにもかかわらず不抜けた姿を部下に見せているのは、かつて“ドイツの冬将軍”と呼ばれていた冷徹な堅物軍人であったりする。

 ブリッジクルーは揃って黙り込んでいる。陰では親バカと噂していても流石に上官に対して軽口を叩こうという者はこの場にはいなかった。

 

「准将。第5射も止められました」

「わかっている。対象フォビアの動きはどうだ?」

「攻撃行動に移ろうという気配無し。なおも我らの正面に居座るのみです」

「ならばよし。あれほどのAICの使い手をこのゲビルゲで引きつけておけるのならば意味はある。次弾の準備、急げ」

 

 状況は劣勢である。プレイヤー軍が包囲していると言っても、それは敵軍が打って出てこないからに他ならず、果敢に攻め込んだプレイヤーは片っ端から散っている。

 ただでさえ強力なゴーレムが数を揃えられているのも理由の一つではある。だが歴戦の勇士であるバルツェルから見ると、数以上の脅威となっているのは敵軍の中に数体だけ存在するフォビアシリーズなのは間違いない。あまりにも一方的にプレイヤーを狩っていくその姿はISVSを単なるゲームと考えている者の心すらも折るのに十分だった。

 

「この(いくさ)、唯一の勝機は()にしかないだろう」

 

 プレイヤー軍はほとんど進軍できていない。唯一、メガロフォビアを突破したアカルギ周辺の者たちだけが、敵軍の真っ只中を強引に突き進んでいるだけである。

 最前線のプレイヤーの戦いは軍人ではあり得ない無謀な突撃。それが許容できるのも仮想世界では戦闘の結果によって直接死ぬことはないのに加え、勝てなければ人類が滅亡するという背水の陣だからだ。軍人であるバルツェルが指揮官だったなら取らなかったであろう作戦行動に対し、バルツェルはただ感服するのみであった。

 既にメガロフォビアが倒された後の防衛線の穴は塞がっている。退路のないアカルギが行く先にしか未来は開かれていない。

 

「私も老いた。若者が切り開く未来を見るのが楽しみで仕方ない」

 

 バルツェルは十中八九負け戦であることも忘れ、一筋の希望に全てを託した。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 侵攻ムードは一変していた。真っ先に飛び出していったプレイヤーは相も変わらず藍越エンジョイ勢であったのだが、リーダーのバレットを含めて一瞬のうちに全滅した。

 敵の方が多勢ではある。しかし、藍越エンジョイ勢を一瞬のうちに全滅させたのはゴーレムの集団でなく、たった1機のフォビアシリーズであった。

 全身に襤褸切れを纏った見窄らしい格好に身の丈ほどの大鎌を所有しているその姿は死神のイメージをそのまま具現化したようなもの。見た目だけでなく結果で死神と思わせられたプレイヤーたちの士気は大きく下がってしまっている。

 

「……バレットみたいな愚痴を言うのは癪だけど、こいつはチートだ」

 

 一瞬の惨劇を目の当たりにした蒼天騎士団団長のマシューは頭を抱えていた。敵の攻撃は明らかに異常。攻撃力が高いというレベルの話でなく、鎌を受けたプレイヤーが即死しているような速さがあった。

 ISはストックエネルギーがある限り絶対防御が発動できる。絶対防御とは言ってもやっていることは『既に起きた事象の改竄』という現代科学では原理すら解明できていない代物である。例え操縦者が死ぬような攻撃を受けても、ストックエネルギーがあれば操縦者は生存している。ISVSでは一撃必殺の攻撃を受けても攻撃の持続時間さえ短ければ操縦者がその場に残るはずなのである。

 今、目の前で起きた殺戮の中で、誰一人として絶対防御を発動していない。敗北したプレイヤーは例外なくストックエネルギーを残したままリタイアする羽目になっていた。

 

「対人間特攻。絶対防御発動の無効化。現実にあってはいけない、危険すぎる力だ」

 

 およそ競技の範疇に納まる能力ではない。ゲームのシステムを無視した暴力に等しい。故にチート。否応なしにこの決戦が単なるゲームで終わらないと思い知らされた。

 

『アカルギは進みます』

 

 敬愛している指揮官からの指示はなかった。淡々と旗艦の行動だけを周囲に伝えると、有言実行されるのみ。前方にアケヨイを放ち、開いた進路を強引に突き進んでいく。

 

「自分で選べということですか、姫様」

 

 アカルギを見送る形となったマシュー。

 追いかける真似はせず、見据える先には死神が在る。

 

「言われずともわかっています。僕たちに求められている仕事はこれなのだと。アレを放置するわけにはいきませんからね」

 

 全体の戦況を確認しようとしなかったバレットと違い、マシューはプレイヤー側の圧倒的不利を自分で確認している。真っ当な戦い方で勝利することは難しく、一発逆転を狙うしか方法はない。

 逆転の方法はルニ・アンブラの核を破壊すること。マシュー自身は自分がそれを成す役割にないことを自覚している。何よりも唯一尊敬している男、ヤイバがやり遂げようとしている。ならば手助けすることこそが本懐。

 

 マシューがヤイバと初めて出会ったのはISVSの中。ミューレイ社から出されていた未確認ISの討伐ミッションで妨害されたときである。団体戦では連戦連勝で調子に乗っていたマシューの鼻っ柱は完璧に叩き折られた。敗北した結果のみならず、男嫌いで有名だったセシリア・オルコットの隣に特定の男がいたことも大きなショックだった。

 もちろん最初は妬ましく思っていた。一番好きなアイドルとしてセシリア・オルコットの名前を挙げるほどの熱烈なファンだったから当然である。藍越エンジョイ勢との対戦でヤイバと戦った後も敵意を隠そうともしなかった。

 試合に勝ったことで溜飲は下がった。落ち着いてもう一度考えてみたとき、日本に来たセシリア・オルコットが無邪気な笑顔を見せていたことに気づく。表舞台から消える直前、彼女は本当に笑わなくなっていたことも思い出した。

 ヤイバが直接何かをすることなく、マシューは態度を180度翻す。敗北感などなく、ただひたすらに感謝した。ファンの声が届かなかった彼女の闇を晴らしたのは誰にでも出来ることではない。以来、マシューはヤイバに尊敬の念を抱いている。

 

「総員、対物理ブレード戦闘用意。前衛はありったけの装甲で身を固めろ。操縦者自身が斬られれば一撃でやられる」

 

 蒼天騎士団お得意の陣形。固い前衛で敵の接近を阻んでいる内に火力の高い後衛が敵を殲滅する。強力な格闘型を相手取るのに好んで使う攻め方であるのだが――

 

「ダメです! 鎧の上から持ってかれました!」

 

 死神の鎌の切れ味は鈍らない。装甲をプリンのように切断し、シールドバリアも絶対防御も機能していない。鎌が人体部分に届けば致命傷となる攻撃を防ぐ術は、少なくとも蒼天騎士団にはなかった。

 

「前衛は下がって連射武器に持ち替え。包囲して火線を集中させろ」

 

 戦法の変更。敵のスタイルと同じ接近戦型であるヤイバが最も嫌っているマシンガンを中心とした手数重視の中距離戦に移行する。

 だが狙いが定まらない。タナトフォビアのイグニッションブーストは予備動作を全くせずに滑るように移動する。気づけば目の前にいる死神にマシンガンを向けたところで間に合っていない。

 一人また一人と散っていく。そのペース、一秒につき一人。戦闘になっていないどころか虐殺とも言い難い単なる作業をこなされている。

 既に団員の士気は底についた。もはや戦意が残るのはマシューのみ。両手にENブレードを展開して、刺し違えるつもりで前に出る。

 

 そのときだった。タナトフォビアが唐突に離れていく。マシューたちからだけでなく、アカルギとも反対方向へ。アカルギが追われないのならばマシューの責は果たされたも同然であり、当然ながら追うような真似はしない。

 逃げた理由は不明。変わったことがあったとすれば、マシューたちのすぐ傍を竜をイメージしたデザインの友軍機が高速で通過していったことくらいだ。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 アカルギは進んでいく。多くのプレイヤーの骸を乗り越えて。

 俺たちを先導してくれていたバレットはもういなくなってしまった。藍越エンジョイ勢の皆も強敵の前に散り、マシューは殿として置いてきた。

 頼れる仲間が減っていく。まだ行く手にはゴーレムが残っているし、退路はどこにもない。冷静に考えるとアカルギは敵勢力圏内で孤立しているような状況だった。

 時間をかけられない。立ち止まればゴーレムに包囲されて、一瞬で押し潰される。だというのに俺はアカルギの中で出番を待つしかなくて、正直に言うともどかしい。

 

「もうちょっと大将面しててもいいんですよ、ヤイバくん」

 

 落ち着きの無さが顔に出ていたのだろうか。シズネさんが俺の方を振り返っている。

 

「大将面ってどんな顔だよ?」

「表情でなく態度の問題です。トップにはもっとどっしりと構えてもらわないと末端の士気がガタ落ちですからね」

「俺をトップ扱いする方がおかしいと思うんだけど」

「一般化するとヤイバくんの心に響かないのであれば、もっと具体的かつ身近に言ってやりましょう……ヤイバくんが不安そうだと私も不安になります」

 

 うぐっ。シズネさんの言葉が深く胸に突き刺さる。

 同時に、気を張らないといけないと思わされた。

 

「シズネちゃんの言う通りよ、ヤイバくん。こういう非常事態では男の子が女の子に不安な顔見せちゃダメダメ」

「楯無さんまで……というかこのご時世、しかもあなたがそれを言います?」

「肩書きなんて気にしないの。私だってかよわい女の子よ?」

「かよわい……?」

「むっ。流石にこのタイミングで首を傾げるのはひどいと思うなー」

「かよわい……誰のことだろ……?」

「ちょっと待って! 本気!? 冗談じゃないの!?」

 

 もちろん冗談だ。男の俺から見てもカッコイイ人だけど、目に飛び込んでくるボディラインは女性だと強く主張してきてるし、意外とからかわれやすかったりするしで、なんというか色々と卑怯な人だよ。

 愉快な人であり、ISVSでは13位のランカーというかなり強い人でもある。現実で専用機を持っていないという理由だけで仮想世界(こっち側)に参加してくれてるのは本当に幸運だった。

 

「楯無さんに聞きたいことがあります」

「真面目な顔して何を聞くつもり!?」

「真面目なことですよ」

 

 楯無さんの実力は知っている。アカルギのブリッジに居てくれるのは彼女が最後の砦のようなものだからだ。この先、外でアカルギを守ってくれているプレイヤーの手に負えない敵が現れたとき、露払いをしてもらうために。

 だけど、心配事ができた。きっかけはリンが戦っている相手を知ったこと。アドルフィーネ・イルミナントを再現したフォビアシリーズがいたという事実が、とある可能性を訴えてきている。

 

「楯無さんはギド・イリーガルと戦えますか?」

 

 アドルフィーネが居るのならばギドが居てもおかしくない。実際に戦った経験から言わせてもらえば、ギドはエアハルトやイーリスよりも圧倒的に強かった。もしあのとき転送ゲートの傍でなかったら、俺は絶対に勝てていないと断言すら出来る。

 俺の問いを聞いた楯無さんは真顔だった。

 

「前には立てるわ。だけど戦いとして成立するかすら自信ないし、この艦が進む道を開けるかと聞かれれば絶望的ね」

 

 自信家な楯無さんですらもギドの相手をするのは無理だという。

 この先、奴を再現したフォビアシリーズが出てきたとしたら、俺が出るしかない。

 などと考え事をしていたら、唐突にアカルギが揺れた。

 

「アカルギの推進器が全て停止。レミさん、どうしたのですか?」

「急に動かなくなったの! コアは生きてると思うんだけど!」

「あ、アケヨイも使えなくなってる! というか機能が全部死んでる!?」

 

 ブリッジの操縦担当が騒ぎ始めた。多分な未知の混ざっている内容はかなりマズイ。どう考えてもフォビアシリーズの手が加わっている。

 

「ラピスっ! 何が起こってる!?」

「アカルギを鎖のようなものが縛っています! フォビアの特殊装備と思われますが、詳細は不明ですわ!」

「除去は可能か?」

「鎖に触れたプレイヤーもアカルギと同様の事態に陥っているようですわ!」

「射撃で破壊は?」

「ほぼ密着している鎖です! アカルギを沈めるつもりですの!?」

「正面に敵影! ゴーレムではありません!」

 

 動かないアカルギの前に敵の新手が姿を見せる。外見は端的に言ってしまえば包帯でぐるぐる巻きになった人間といった感じだ。

 

『我は自由に恐怖する(エルーセロフォビア)。故に束縛を強いる』

 

「アカルギを守れ!」

 

 動けないアカルギを攻撃されればひとたまりも無い。近くに居るプレイヤーに敵への攻撃を要請する。

 しかし――

 

「うわっ、なんだこの鎖! どこから現れ――」

 

 あっという間に無力化されていく。撃破されず、その場に拘束されている。誰一人としてリタイアこそしていないが、敵の鎖は実質的に一撃必殺に近い拘束性能を誇っている。

 このままでは埒が明かない。動けない時点で致命的な状況だ。まだ距離は開いてるけど今が潮時なのかもしれない。

 アカルギを放棄して、ルニ・アンブラへと向かう。

 

『――いや、君はまだそこに座っていればいい』

 

 立ち上がろうとした俺を諫めるような通信が送られてきた。

 外に目を移す。俺たちの前に立ち塞がっていた包帯フォビアの前に飛び出していったのは二挺拳銃のシルフィード。敵が召喚する鎖を小回りの利く高PICC武器である拳銃で弾き飛ばした。

 

「会長……」

 

 藍越学園生徒会長であるリベレーター。箒を救うという俺の覚悟を試すように立ちはだかったことがある人で、俺よりも後からISVSを始めて俺よりも圧倒的に成長が早い天才だ。

 

『今ので確信した。この鎖の拘束は鎖の持っている固有領域内の物質に作用している』

 

 固有領域はISが武器を出し入れしたりすることができる範囲を表したもの。敵の鎖はBT兵器のように武器自体が固有領域を持っているとリベレーターは言っている。

 BT兵器を成立させるには独立したPICの領域を確保しなければならない。そこに別の強力なPICで干渉させると固有領域が不安定となりBT兵器として成立しなくなる。

 リベレーターは銃口をアカルギへと向けてきた。

 

『タイミングを合わせよう、オルコット女史』

「了解しましたわ。カウント2でお願いします」

 

 カウントはほぼ即座。リベレーターが手が分裂したようなおそろしい速さのクイックドロウで射撃。直後――

 

「機能回復! 最大船速!」

 

 拘束から抜け出したアカルギは前へと進み出した。

 振り返る余裕はない。拘束してくるフォビアはリベレーターに任せて俺たちは先に行く。

 

 

『我は視線に恐怖する(スコプトフォビア)。故に認識から身を隠す』

 

 

 だがまだ安心するには早かった。速度を上げたアカルギが大きく揺れる。

 

「どうした!?」

「何者かによる攻撃です!」

「わたくしの星霜真理に映っていない……? Ill? それとも……」

 

 ブリッジが混乱する中、次の衝撃がアカルギを襲う。

 

「きゃああ!」

「敵の射撃攻撃じゃないのか!?」

「攻撃が見えていません!」

「さっき聞こえてきてたフォビアとかいうのじゃないの!?」

 

 たしかに名乗りが聞こえてきた。認識から身を隠すとも言っていた。

 

「平石ハバヤと同じ力じゃないか?」

「いえ。虚言狂騒はわたくしの星霜真理の前では無力ですわ。おそらくはコア・ネットワークに干渉するのでなく――」

『――完全ステルスってことだろうね』

 

 ラピスとの会話を遮ってきた通信の主は頼もしいアイツだ。

 ラピッドスイッチの申し子。対戦相手に夜を告げる、夕暮れの風。

 

「シャルルか!」

『うん、お待たせ。別ルートで攻めてたけど、アカルギで強行突破する流れになるなら最初からそっちにいた方が良かったね』

「良く間に合ってくれた。ラウラは?」

『もちろん私もいるぞ。生憎、黒ウサギ隊の他のメンバーは置いてくることになってしまったがな』

「お前たちだけでも十分に心強い」

 

 この増援は良いタイミングだ。もうアカルギの中から出せるフォビアの相手をできる戦力は俺か楯無さんしか残ってない。

 

「早速で悪いが――」

『わかっている。不可視の敵を炙り出せということだろう?』

『ちょっと前が見えなくなるけど、ごめんね』

 

 シャルルがソフトボールのようなものをばら撒いた。直後、漆黒の空がどぎついピンクで染まる。正確にはアカルギの窓に塗料がたっぷりと張り付いた。

 

『見えたよ! アカルギに張り付いてた!』

『捕まえたぞ! ヤイバ、先に行け!』

 

 外では姿を消してた敵が見つかったらしい。通信内容から察するにラウラがAICで敵の動きを止めてくれている。その間に俺たちは先を急ぐ。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 ピンクの塗料を被った敵、スコプトフォビアは人型ではなく四本足の獣のような動きをしていた。いや、獣と言うよりも蜥蜴のような爬虫類と言った方が近い。

 

「コイツ、私のAICでも止まらないのか!?」

 

 アカルギから引き剥がすことこそできたものの、ラウラのAICによる拘束からいとも容易く脱出された。特殊な能力を発揮されたわけでなく、単純に打ち消されたのである。

 

「油断は禁物だよ、ラウラ。敵はゴーレムとIllの融合体。つまり、篠ノ之博士の技術と亡国機業の“生きた化石”の技術が両方合わさっているんだから」

 

 シャルルのショットガンがピンクの塗料を捉えるが、そこにはもう塗料しかなかった。中身は抜け出して、漆黒の夜空に溶け込んでしまっている。

 視界に敵の姿はない。各種センサーにも引っかからない。だが敵は確実に近くに居る。

 取るべき行動は一つ。

 

「炙り出すよ!」

 

 ペイントグレネードをばら撒く。透明でも塗料を浴びていれば存在を確認できると既に実証している。たとえ一時的でも、まずは敵の位置を掴まなければ勝負にすらならない。

 炸裂直後にピンクの花火が咲き乱れる。塗料の動きに注視するも明確な移動は察知できない。

 敵は動いていない。そう判断したシャルルは両手のショットガンを周囲に向けながら見回す。しかし、塗料のカーテンが落ち着いた頃になっても蜥蜴の形状をした塊が見当たらない。

 意外と足が速いのだろうか。そうした思考の展開も無理のないこと。隠れる敵と認識したシャルルは自分のことを“追う者”だと思い込んでいる。自らの過ちに気づかされたのは、両腕が何者かに掴まれたからだった。

 

「しまった!」

 

 両手だけでなく両足も掴まれている。大の字に拘束されたシャルルの腹部に見えない何かが押し当てられた。

 攻撃される前にその正体に思い至る。なぜならば、それはシャルルも多用している必殺兵装――

 

「シールドピアース!?」

 

 連続して2回、シャルルの体が揺れる。アーマーブレイクが発生し、回復まで武器の出し入れにも影響が出てしまう。手持ちの武器では反撃に移れない。

 リロードまで数瞬。既にシャルルの抵抗は手遅れ。足掻いたところで見えない敵の拘束を抜けることはできない。

 ――独りだったなら、だ。

 

「シャルロットォ!」

 

 見えなくとも関係ない。赤い光を帯びた手刀でシャルルの目の前を躊躇いなく薙ぎ払うラウラ。当たった手応えはなくとも、シャルルが拘束から解放された。

 

「無事か!?」

「うん、助かったよ、ラウラ」

 

 助けられたとはいえ、まだ一時的なもの。シャルルはアーマーブレイク状態であり、サプライエネルギー周りが万全でない。実質的にラウラ一人の戦力に近かった。

 対する敵はスコプトフォビア単独というわけでもない。フォビアシリーズがたった二人を未だ仕留め切れていない事実が伝わったのか、ゴーレムの大部隊が既に包囲陣形を敷いている。

 

「これは……まずいね」

 

 向けられている砲口の数は数え切れない。万全のシャルルならばガーデンカーテンに換装すれば敵の一斉射撃にも耐えられる可能性もあるが、アーマーブレイク状態ではほぼ無抵抗に等しい。

 

「ラウラは逃げて」

「何を言う? こんなもの危機でもなんでもない」

 

 ラウラは不遜な態度を隠そうとせず、右手を高く掲げて呟く。

 

「“永劫氷河”、展開」

 

 ワールドパージを発動した。

 永劫氷河の効力は領域内の全てのISの飛行能力を奪い、全ての射撃攻撃を何らかの形で無力化する。前者は宇宙空間ではあまり意味を成さないが、後者はもちろん有効である。

 空間は凍結された。

 ゴーレムの砲口からは何も出てこない。

 

 そして、永劫氷河がもたらした結果はゴーレムのビーム無効に留まらなかった。

 何もなかった場所で光の粒子が飛び散り、金属で構成された蜥蜴が姿を現す。

 いや、全貌がはっきりとした今では蜥蜴と表現するのは正確ではなかった。口から伸縮する長い舌が出ており、周囲の景色に溶け込む擬態能力は正しくカメレオンである。

 

 なぜ姿を現したのか。少なくとも意図したものではないのは確実。擬態ができなくなったスコプトフォビアは一目散にラウラたちから逃げ始めた。

 当然、見逃すラウラではない。永劫氷河の領域内ではイグニッションブーストが使えないため、地道に追いかける。スコプトフォビアの足は重量級のISであるシュヴァルツェア・レーゲンよりも遅い。

 

「捉えた!」

 

 手刀がカメレオンの尾を切断する。まるで蜥蜴のように切れた尻尾に未練無くひたすらに逃走を続けるスコプトフォビア。もはや戦闘ではなく一方的な狩りと成り果てていた。

 しかし少しばかり時間を掛けすぎた。逃走するスコプトフォビアはゴーレムの部隊の中へと飛び込んでしまう。

 ゴーレムの剛腕がラウラに振り下ろされる。純粋な打撃攻撃と侮るなかれ。ISにおいてAICを駆使した格闘攻撃は扱う者によっては最高クラスの火力を得ることすらある極めて危険な攻撃である。本来、武器相性で言えばラウラのプラズマ手刀の方が有利であるが、順当な結果となるとは限らない。

 

「くっ!」

 

 打ち負けたラウラの顔がひきつる。右手の装甲が大きく(ひしゃ)げて手刀どころかまともに武器を握ることもできない。もっとも、ラウラの戦闘スタイルでは手に武器を持つことはないのだが。

 敵のゴーレムは1体ではない。その数、無数。わらわらとラウラに群がってきた無人機は一切の容赦なくラウラに拳を振るってくる。

 

「下がって、ラウラ!」

 

 押され気味だったラウラと入れ替わるようにしてシャルルが前に出た。アーマーブレイクからの回復は終わっている。エネルギーは万全で、装備も専用に換装した。

 両手にはブレードスライサー。固有領域には4本のブレードスライサー。合計6本を駆使してゴーレムの剛腕を巧みに受け流すシャルル。防戦一方のように見えるが、シャルルの体は前に進んでいる。その真後ろをラウラが黙って追従していく。

 逃げるスコプトフォビアの位置はまだ見えている。ゴーレムの配置も頭に入れた。

 シミュレート開始。直近の未来を予測し、自らとターゲットの間に邪魔が入らない瞬間を狙う。そして5秒後――

 

「解除して!」

「了解だ!」

 

 ワールドパージ、永劫氷河が消失する。この後、5分間はワールドパージを再展開できないのだが、ラウラは躊躇いなく切り札を手放した。強力なカードでもデメリットが大きかった。スコプトフォビアに与えた損害の方が大きいとはいえ、もうこの場で役に立たなくなった能力に執着する意味もない。

 打ち合わせ無しに2人の行動は一致している。位置を知り、再び擬態するまでの瞬間は唯一の射撃のチャンスである。その一瞬に勝負を賭け、虎視眈々と準備を整えていた。

 

 レールカノン“ブリッツ”を照準。

 イレギュラーブート“転身装束”起動。クアッドファランクス展開。

 

『逝けえええ!』

 

 銃弾の雨がスコプトフォビアに降り注ぐ。生々しい動きで捩れる機械の体が表面から抉られ、擬態能力が機能しない。ギョロリと球体状のカメラアイが恨みがましくシャルルを向いたとき、とどめの砲弾が頭を撃ち砕く。

 頭部を失い、ピクリとも動かなくなったカメレオンの胴体が宇宙空間を流れていく。勝敗は決した。

 

「まあ、楽勝って奴だね」

 

 フォビアの一角を落としたシャルルが得意げに笑む。

 すかさずラウラが怪訝そうな面持ちを見せた。

 

「どう余裕だったんだ……?」

「少しは勝った余韻に浸らせてよ」

「そんな暇などないだろう。また囲まれているぞ」

 

 強敵を倒してもまだ戦いは終わらない。むしろ、単純に数が多いゴーレムの方がフォビアシリーズよりも戦力としては厄介である。

 

「これ、倒しきれるの?」

「現実的ではないな。だからこそ、希望はヤイバに託した。私たちはその障害を排除することが仕事だ」

「わかってるよ。でも欲を言えば、もう少し目立つ舞台で暴れたかったなぁ」

「観客ならいるだろう?」

「どこに?」

「私がお前を見ている。それでは不服か?」

 

 ……嬉しいけど、そうじゃない。

 シャルルは拳を握り、わなわなと振るわせながらもツッコミたい衝動を抑えきった。

 

「ラウラは本当にいい子だよ」

「子供扱いは止せ」

「違うよ。尊敬してるって意味」

「ならよし」

 

 ブリッツの砲弾がゴーレムの1体の顔面に突き刺さるのが戦闘再開の合図となる。

 

「まだまだ行くぞ、シャルロット! 私たちの戦いはこれからだ!」

「そのセリフは勝ち負け以前に大事なものが終わるフラグが立っちゃうから訂正して!」

 

 ゴーレムの大軍に飛びかかっていく2人の顔は非常に生き生きとしていた。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 強敵が現れる度に仲間を置いて先を行く。

 いつまでこんなことが続くのか。

 いや、もう続けられないのかもしれない。

 

「ラピス、正直に答えてくれ。このまま繰り返して辿り着けるのか?」

「勝算はゼロではありません。これではいけませんか?」

「いや、それでいい」

 

 この返答だけで厳しいことは良くわかった。彼女がそれ以外の方法をとらなかったのも、初めから俺たちに勝ち目が薄かったから。

 可能性はゼロじゃない。それを引き寄せないと勝てないほどの戦力差がある事実。

 

「前方にゴーレムが15体」

「こちらの護衛は?」

「もう残っていません」

 

 ここまで仲間を減らしながら強引に進んできたツケが回ってきた。

 ゴーレム15体。アケヨイを発射して突破するにはギリギリの数字。さらに言えば、この場を突破できたとしてもアケヨイは連射が利かないため、後続に対してできることがない。

 

『……まだ私が残ってる』

 

 そう通信を残して、簪さんがアカルギから飛び立った。

 

「一人じゃ無茶だ!」

「いいえ、ヤイバくん。簪ちゃんは弱くなんてない」

 

 簪さんは大量のミサイルを撃ち、ゴーレム全てに攻撃を命中させる。だが見たところ、そこまで効果的なダメージを与えられているようには見えない。

 単純に敵の目を引くためだけの行為だ。

 

「楯無さんはこれでいいんですか!」

「私だって簪ちゃんを一人置いていきたくないわよ! でもまだあなたがあそこに辿り着けていないでしょうが!」

 

 指さされた先には黒い月。確実に近づいてきてはいるが、まだそこまでに控えている敵が残っている。

 

「足を止める余裕なんてない。ここで私も残るのは、みすみす勝利の可能性を手放すようなもの。しっかりしなさい、ヤイバ」

「前方に新手! こ、この敵影は……!」

 

 追い詰められ始めた俺たちに追い打ちがかかるかのようにシズネさんからの報告が上がってきた。

 先に確認したラピスが静かに目を伏せる。

 

「イリーガルのコピー体……」

 

 アカルギのモニターに映し出されたのは筋骨隆々としたマネキンがジャケットのようなマントを羽織っているという敵の姿。中身はともかくとして、装備はギド・イリーガルのものと酷似している。

 

 

『我は鬼神に恐怖する(デモノフォビア)。故に鬼神に成り代わる』

 

 

 両手から赤黒い光の爪が展開された。

 鬼神。それは正しくギドという敵を表している。これまで戦った敵の中で唯一、真正面から打ち破れなかった敵であり、俺の体感としては千冬姉と戦うよりも勝ち目が見えない。

 

「アカルギがアレの攻撃を受けたらひとたまりもないわね」

 

 楯無さんが重い腰を上げた。でも――

 

「勝てるんですか!?」

 

 さっき、無理だと言ったばかりじゃないか……

 

「細かい戦闘の勝ち負けは気にしないの! あなたはもっと全体を見据えなさい」

「いや、俺が行くべきです! 俺ならギドに勝ったことが――」

「ダウト。裏技を使った自覚があるでしょ? それに、ここであなたが戦闘に出てしまえば、ここまでの強行突破の全てが無駄になるわ」

「くっ……」

 

 ラピスの顔を見る。彼女も楯無さんと同じ立場のようで、1回だけ頷いた。

 

『私が出たらすぐに最高速度で突っ走って。決して振り返らないように。いいわね?』

 

 楯無さんも出撃。彼女がどうなったのかを確認することなく、俺たちは先へと進む。

 これでアカルギに残っているのは俺とラピス、シズネさん、レミさん、リコさん。戦闘要員と呼べるのは俺だけになってしまった。

 

 ルニ・アンブラが目の前に迫る。だがやはり敵の本丸。ゴーレムの数が尋常でなく、一斉放火を浴びせられてしまえばアカルギは瞬殺されてしまう。

 まだアカルギには役目がある。ルニ・アンブラには入り口らしきものが見当たらない。あの外壁を突き破るためには、有効射程内に入ってからアケヨイを撃たなければならない。

 

「ゴーレムを蹴散らす。いいな、ラピス?」

 

 もう俺しか残っていない。ここで俺が出ないという選択肢が消えてしまっている。

 だけどラピスは首を縦に振らなかった。理由は彼女以外から俺の耳に届くことになる。

 

『――随分と行き当たりばったりな作戦だ。加えて大将が敵の雑兵の前に姿を晒すだなどとナンセンスにも程がある』

「げっ、この嫌みな声と台詞回しは――エアハルトォ!?」

 

 もちろん増援は嬉しいし、ラピスが俺に指示を出してなかったから期待もしてた。だけどまさかエアハルトが来るだなんて思いもしなかったぞ。

 エアハルトはあの黒い霧を扱う機体でなく、以前に使っていた竜のISで現れた。奴の右手がフォビアシリーズらしきマネキンの頭を掴んでいる。まだ稼働しているマネキンが両手を広げると宇宙を埋め尽くすほどのミサイルポッドが大量に展開され、一斉にゴーレムの軍勢を焼き払っていく。

 

「俺を助けてくれるのか!?」

『何をバカな。貴様などさっさと敗れてくれた方が私の気が晴れるというもの』

「じゃあ、なんでこんなところに来たんだよ!」

『貴様の損失よりも私の利益の方が重要視されるのは当然だろう? 結果的に貴様の益となるかもしれないが、貴様がどうなろうと私の知ったことではない』

 

 きっとツンデレの類いでなく、コイツは本気でそう思ってるに違いない。

 

「お前にどんな得がある?」

『私は世界の行く末に興味を持った。篠ノ之束の亡霊に破壊されるだなど、放置できない由々しき事態である。不甲斐ない貴様に代わり、元凶を絶つ気でいるとも宣告しておこう』

 

 やっぱりコイツ、味方と言い切れない。

 俺の目的や敵の状態を掴んだ上で言ってきているに違いない。

 エアハルトをこの先に行かせることは俺の敗北を意味する。

 

『案ずるな。私の興味は世界が存続するか否か。貴様の女の生死などどうでもよい』

「前は執着してた癖によく言う」

『執着したままの方が良かったか?』

「いや、そんなことはない。今はお前と戦ってる暇なんてないからな」

『これも必然の一致か。私も貴様と戦う暇などない』

 

 ミサイルを打ち切った後、エアハルトは掴んでいたフォビアを投げ捨てると、そのフォビアは爆発四散した。

 これがエアハルトの絶対王権。右手で頭を掴みさえすればどんなISでも支配下に置き、即死させることも可能となる。今回は敵フォビアの火力を利用するだけしておいて、要らなくなってから自爆させた。

 エアハルトはそのままゴーレムの群れに斬りかかっていった。奴が通るところ、ゴーレムが次々と真っ二つにされていく。もはやゴーレムは奴に注意を向けるしかなく、アカルギへの警戒は手薄となった。

 

「目標値点に到達」

「アケヨイ発射用意!」

 

 アカルギはルニ・アンブラを射程に捉えた。外壁を打ち破るために、アケヨイの最大出力をお見舞いする。

 チャージ開始。外壁を突き破ったら、俺は内部に侵入する。内部に何がいるかは入ってからでないとわからないが、行き当たりばったりであっても俺たちにはこれしか道がない。

 

「撃てェ!」

 

 光の奔流が黒い月に着弾。様々な敵を消し飛ばしてきた特大のビームだけど、今度ばかりは小惑星サイズのものが相手。表層で爆発が起きるに留まっている。

 

「ルニ・アンブラ外壁の破壊を確認」

 

 ここまで来た。皆を利用して……いや、皆がお膳立てをしてくれたおかげで、俺はようやく俺自身の決戦の地へと向かうことができる。

 

「ヤイバくん……」

 

 シズネさんが席を立ってこちらを振り返る。名前だけ呼んで、続く言葉はない。彼女はただ黙って俺の目を見続けてくる。

 

「シズネさんは心配性だな。大丈夫。俺は折れてない」

「ナナちゃんを頼みます」

「もちろん」

 

 彼女の一言を受けて俺はブリッジを出る。

 通路に出て直進。最初の角を曲がったところで――

 

「わたくしからもいいですか?」

 

 後ろから声を掛けられた。

 

「どうしたんだ、ラピス?」

「星霜真理でルニ・アンブラの内部を確認することが出来ません。つまり、こちらとルニ・アンブラの内部はコア・ネットワークが連続していないのです」

「敵のワールドパージってことだろ? 何か問題があるのか?」

 

 このタイミングでわざわざ呼び止められるほどの内容と思えず、俺は首を傾げる。

 ラピスは力なく俯いていた。ただひたすらに申し訳なさそうに。

 

「わたくしが……あなたを見ることが出来ませんの」

 

 たしかにそうだ。言われてみると俺も不安を覚える。

 だけどさ。俺が思うに『ラピスが見ている』というのは星霜真理の力のことなんかじゃなくて――

 

「俺のやろうとしていることをラピスが肯定さえしてくれればいい」

 

 これまでのジンクスはラピスに黙って行なった事柄が失敗につながっていたというだけのこと。

 たとえ直接的に見ていなくとも、ラピスが良いと言うなら俺の自信につながる。

 

「……わかりましたわ。こちらであなたたちの帰りを待っています」

「じゃ、行ってくる」

 

 これ以上、話している時間は無かった。名残を惜しむ暇なく、俺はアカルギの外へと飛び出す。

 眼前には黒い月。間を遮る敵戦力は皆無。ゴーレムの防衛部隊は皆、エアハルトの迎撃に向けられているようだ。

 敵側の指揮系統が乱れているのか。それともエアハルトと比べて俺たちが脅威と見なされていないだけなのか。真実はわからないがこの好機を逃す手はない。

 黒い月に開けられた大穴へと向かう。正面に回り、内部の様子を確認する。

 そこで気づく。

 

「嘘だろ……!?」

 

 俺は足を止めた。見えてしまったものが何なのかを頭の中で整理するのに時間が必要だった。

 

「アケヨイで足りないのか……」

 

 アケヨイの攻撃痕は穴などではなかった。

 クレーターにしかなっていなかったのだ。

 まだ壁は存在し、俺の行く手を阻んでいる。

 

「ラピス、もう1射いけるか?」

『やってみま――あ』

 

 彼女らしくない煮え切らない返事はトラブルの証。

 

「どうした?」

『先ほどの()ですわ! アカルギは動けません!』

 

 さっきの鎖、ということは道中に遭遇したフォビアの1体による攻撃ということになる。

 あの包帯のフォビアを相手するために残ったのは会長だった。

 

「会長が負けた?」

 

 白式が後方から接近する機影を察知する。

 自由恐怖症(エルーセロフォビア)。包帯を巻いたようなISは拘束能力に特化したフォビアなんだろう。アカルギを撃墜しようとすらせず放置して、迷わず俺にまで向かってきた。

 エルーセロフォビアから何かが放たれる。それが鎖であることはわかっている。弾幕として飛ばされてきた鎖を避けるのは難しそうだ。

 雪片弐型を抜刀。攻撃には攻撃で迎撃する。

 

「ダメか……」

 

 ENブレードが鎖に当たった瞬間、鎖は一度粒子となって弾けた。その後、粒子が再び集まって再構成。俺の体に巻き付くように具現化される。

 直接、鎖を飛ばしてきているのだと勘違いしていた。撃たれていたものはマーキングのようなものであり、ブレードで迎撃した時点で俺は敵の思うつぼだった。

 鎖による拘束は単なる物理的なもので終わらない。サプライエネルギーが一切使えず、ISの基本機能全てに制限がかかっている。

 

「くそっ! ここまできて!」

 

 鎖を引きちぎろうとしてもビクともしない。パワーアシストすら死んでいて、当たり前のようにAICは使えない。

 エルーセロフォビアが俺の近くで待機している。とどめを刺すわけでもなく、動けない俺を嘲笑しているかのように見える。

 近くに誰かいないのか。見回す俺の目に、単機で向かってくるISの姿が映った。二挺拳銃で戦うISの心当たりは一人だけ。

 

「会長!」

「逃げられてしまってすまない!」

 

 会長はやられたわけでなかった。エルーセロフォビアの方が会長との戦闘を放棄して逃げてきたということらしい。

 急速接近してきた会長はその勢いのままエルーセロフォビアに激突した。速度を落とさないまま、エルーセロフォビアを連れてルニ・アンブラのクレーターへと一直線。

 

「事情は聞いている。君を縛っている障害は私が全て排除しよう」

 

 クレーターの中心にぶつかった。エルーセロフォビアをルニ・アンブラに押しつけ、両手の拳銃を敵の両肩に押し当て、シールドピアースを打ち込む。

 それだけで倒し切れる相手じゃない。会長がわざわざ密着するような接近戦を挑んだのは敵の拘束に飛び込んだようなもの。これではみすみす負けにいったようなものだ。

 だけど会長の方もこれで終わりじゃなかった。

 

「“慈心解放(じしんかいほう)”、起動(ブート)

 

 ――単一仕様能力(イレギュラーブート)!?

 数値化できない俺の目から見ても、会長のISに異様な量のエネルギーが集束していくのを感じ取れる。

 強そうとかそういう話じゃなく、危なっかしい類のもの。

 エネルギーを集めておいて、それを制御する気が全くないとしか思えない。

 だからこれから何が起こるのか理解できてしまった。

 

「行けっ! これが未来への道だ!」

 

 自爆した。エアハルトが使っていたミルメコレオと同じ系統。ISコアの自爆は瞬間的な威力だけならアケヨイの出力を上回る。

 ホワイトアウトした視界が晴れていく。宇宙空間に浮かぶ黒い月はISが一機自爆した程度では健在である。しかしクレーターに過ぎなかった傷跡は、内部まで続く深い穴へと変貌した。

 会長の姿はない。押さえつけていたエルーセロフォビアの姿もなく、俺を縛っていた鎖は自爆を境にして消失した。

 

「……本当に俺の障害を全部排除してくれたなんてな」

 

 白式は動く。黒い月に入り口が出来ている。

 出来過ぎた戦果だ。会長の自己犠牲を除けば、だが。

 

「ありがとうございます、会長。そして、他の皆も」

 

 ラピスには礼を口にするなと言われてるけど、こんなもの我慢できるかよ。

 俺は恵まれている。助けてくれる人たちがいるのはとても心強い。

 これは俺への期待の裏返しでもあることを忘れちゃいけない。

 

 絶対に勝って終わる。それこそが皆への恩返しになると信じている。


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