Illusional Space   作:ジベた

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04 予期せぬ闖入者

 バレットの指示に従ってミッションの参加を受諾すると、アリーナの時と同じようにどこかへと転送が開始された。場所が移り変わる前の暗闇の中で、事務的なお姉さんの声が聞こえてくる。

 

『こちらはミューレイの広報です。ミッションの概要を説明します』

「あ、お願いします」

 

 つい返事をしてしまった直後に相手が録音だと気づく。周りにバレットたちがいなくてホッとする。

 

『今から3時間前にミューレイのIS開発工場がテロリストに占拠されました。テロリストの正体と目的は不明ですが、おそらく武装の補給が目的でしょう。我々は連中の補給基地になるつもりなど毛頭ありません。連中のような社会不適合者にはさっさとこの世から退場していただきたいものです』

 

 なかなか過激な発言だなぁ……。

 

『テロリストには2機のISの存在が確認されています。あなたがたには2機のISの排除、ならびに工場の制圧をお願いします。なお、工場には警備用リミテッド等の防衛システムが存在しており、テロリストに掌握されているようです。障害となるようでしたら、建物を破壊しない程度ならば壊してしまってもかまいません。なお、工場として機能しなくなった場合、報酬は渡しませんのでご注意を』

 

 わからない単語があるなと思っていると、説明が表示される。

 ミューレイはIS関連企業の名前。

 リミテッドはISコアとリンクしてPIC性能を持った自動ロボット。

 ……あれ? IS以外でもISに攻撃が通せるってこと?

 

『――説明は以上です。成果に期待します』

 

 マップが与えられる。周囲を山に囲まれた僻地にある施設が舞台だ。建物自体は複雑な構造ではないが、随所に砲台が設置されている。ISなら効かないはずだと思いたいが、さっきのリミテッドの解説を見たばかりだとそうも言えない気がする。

 

 転送が終了する。暗闇が晴れた先は木々が茂っている山の中。一面の緑の中にただひとつだけ存在する灰色の巨大な建物こそが今回の舞台だ。自然が感じられる場所のはずであるが、鳥や虫の鳴き声はひとつとして聞こえてこない。これはゲームだからなのか、それともここが戦場だからなのだろうか。

 

『ヤイバ、聞こえるか?』

 

 頭の中でバレットの声がする。これがISによる通信方法なのだが、まだあまり慣れない。これって思ったことが全部相手に筒抜けになるのか?

 

『聞こえてるのか? 返事をしろ』

「聞こえてる聞こえてる」

 

 ふぅ。しゃべる意志が無ければ相手に伝わらないらしい。その境界をどこで設けているのか知らないが、幸村あたりの妄想が鈴にたれ流されたりしないようで安心だ。

 

『ミッション内容は既に聞いたと思う。俺たちの任務は工場を占拠しているテロリストの内、IS2機を撃破することにある』

「で、敵は建物の中なのか? 敵はどんな奴?」

『建物内にいることは確実だ。しかしどんなタイプが待ち受けているのかは会ってみるまでわからない』

 

 あれ? 歩く攻略本がどうして攻略情報を持ってないんだ?

 

「どうし――」

『ランダム要素だ。戦場も前に受けたときとは全然違う』

 

 これはまた……作ってる人は一体どんな苦労を背負い込んでるんだか。

 

『言っておくが、ミッションは俺たちでも楽勝とは限らない。気を引き締めろよ』

「わかってる。で、俺はどう動けばいい?」

『今、俺たちは工場の東西南北に散っている状況だ。相手が迎撃してくるタイプかそうでないかで対応を変える必要はあるが、とりあえずは時間差で突撃する』

「時間差? 一斉じゃなくてか?」

『迎撃させる対象を絞るためだ。だから、まずは俺とリンが突入を試みる。お前はライルの指示の後に行動を開始してくれ。で、ISと戦闘していない奴が工場の防衛システムを抑えにいく』

「そういえばそんなのがあるって言ってたな」

『敵ISを支援されるとめんどうだからな。ISのPICを突破する防衛システムには必ずISコアが使用されている。工場内に隠されているISコアを破壊することが防衛システムを止める条件だ』

 

 結局のところ、リミテッドとかいうロボットも固定砲台もISにダメージを与えられるものはISコアの影響下にあるものに限られるわけだ。ISコアにそんな用途があるのかと感心しつつも、ISとして使ってた方が工場を守れたんじゃないだろうかとも思ってしまう。

 

『じゃあ作戦を開始する。あとはライルの指示に従ってくれ』

「了解だ」

 

 遠くで2機のISが工場へと向かっていくのが見えた。バレットの作戦が始まった。早速数馬(ライル)に通信をつなぐ。

 

「それで、俺はどのタイミングで行けばいいんだ?」

『焦るなって。この工場の防衛システムは外に向けたものだから、おそらく敵はバレットとリンを工場の外で相手をしようとする。2人が戦闘を初めてから動き出しても遅くはないよん』

「それっていつなのかわかるのか?」

『ヤイバはわからないと思うけど、俺の機体“ユニークホーン”の索敵能力なら建物から出てきた敵の位置くらいはわかる。余裕があるようならバレットたちから直接通信があると思うし、気楽に構えてていいんだ』

 

 索敵能力まで違うのか。本当に俺の機体は近づいて斬ることしかできないんだなぁ。そういえば俺はみんなの機体について知らない。気楽に構えてていいのなら時間つぶしも兼ねて聞いてみるとしよう。

 

「ライル。お前も含めて俺以外の機体ってどんなのだ?」

『そういえば言ってなかったっけ。時間がないから手短に言うよ。リンは近~中距離格闘型だけど衝撃砲を使ったトリッキーな機体で、うちでは基本的に前衛をしてる。バレットは手数重視の近~中距離射撃型で敵ISのアーマーブレイクを狙うことが担当。でもって俺は索敵能力と遠距離武器を持った司令塔兼狙撃手ってところ』

 

 それでバレットとリンの2人が前に出てるわけか。

 

『よし、2人がそれぞれ敵ISと接触した。俺たちも行動開始だね』

「建物の中にあるISコアを破壊するんだっけ?」

『そ。それが終わったら戦闘中の2人の援護に向かうって流れ。あとは自由にやってくれ。わかんないことがあったら俺に聞いてくれればいいよ』

 

 サンキューと返した後で前を見据える。見える範囲でも既に砲台がスタンバイしているのがわかる。当てられると痛いのだろうな。だけど、

 

「ま、当たらんだろ」

 

 遠慮なく前進を始める。イグニッションブーストを使うまでもなく、俺は軽く推進機を噴かして工場の窓へと急降下を始めた。屋上や壁に配置されている砲身が一斉に俺を向く。その数、4。全ての砲身を同時に睨みつけること2秒。砲弾が放たれた瞬間を知覚した。

 タイミングがわかりさえすれば避けることは造作もない。ただ機動ルートを傾けるだけで、全ての砲弾は明後日の方向へと飛んでいった。単調な射撃だけで当てられてしまうのなら、ISは世界最強を名乗れない。この防衛システムとやらも対IS戦を想定していないのだろう。俺は砲台から次弾が放たれるまでの隙を逃さず窓を突き破って内部へと突入する。

 

『ヤイバ、もう中に入ったの!?』

「ああ。リンと比べたら楽勝だった。早速防衛システムのコアを探す」

『うん、頼んだ。俺は安全に砲台を落としてから入るとするよ。防衛システムのコアは多分地下にあるだろうから、地下への通路を探せばいいと思う』

「地下ね。了解」

『一応言っておくけど、今回は建物を大きく破壊すると結果的にマイナスだから、床を片っ端から壊すようなマネはやめてくれよな?』

「俺の機体だとそっちの方が面倒くさいから心配するな」

 

 そういえば一応はこの建物を取り返すミッションだったっけ。確かに放棄する建物だったら中にいるテロリストごと『ドッカーン!』で済ませそうだよな。

 内部の探索を開始する。俺が入った場所は組立のラインだったようで、巨大なベルトコンベア上には同じ形をした金属の固まりが等間隔で並んでいる。

 

「うーん……普通はこんなところからは地下にはいかないよな」

 

 製造ラインは全自動化されているようだから機械が故障しない限り人を入れたくないはず。だから俺が向かう先は人の出入り口。扉を見つけて近寄り開けようとするが、取っ手も何もありゃしなかった。仕方なくパンチでぶち破る。ベコッと変形しながら吹き飛ぶ扉を目の当たりにして『ほほう、コレはなかなか楽しいな』と思ったのはナイショだ。

 扉は人が通れるだけの設計でしかない。いくらフォスフレームである白式と言っても入るサイズではなく、壊しながら扉をくぐることとなった。もちろんIS側にダメージなどない。

 扉をくぐった先は広めの廊下だった。身近にあってもおかしくない屋内でふわふわ浮いていると、まるで人の家に土足で上がり込んでしまったかのような不謹慎さを感じてしまう。などと考えながらテキトーに移動をしていると、俺の行く手を塞ぐ“人型”が3つ現れた。

 

 あれ? こいつらどこかで見たような……?

 

 人型は全身が機械で覆われていて、その手には大きめのライフルが握られている。全機が同じ装備をしていて、動きまで全機揃っていた。訓練を受けているのでなければ、ただゲームをしているだけの人間がこうなるわけがない。つまりはコイツらがミッション説明にあった“リミテッド”という自動人形なのだ。

 3機のリミテッドが一斉に銃口を向ける。迷いのないその動きでようやく俺は思いだした。

 

「あの時の奴らか!」

 

 一昨日の夜に俺が初めてISVSの世界を訪れた先で荒い歓迎をしてくれた奴らのことだ。そういえばあのときも似たような工場が舞台だった。あのときはプレイヤーだと思っていたけれど、実はISですらなかったなんて……。

 一昨日はしてやられたが、今の俺は操作方法のわからない初心者ではない。ボタンの配置を理解したくらいのレベルにはなってるんだぜ?

 

 銃弾が放たれる。通路の幅にISが避けられる隙間を作られないようにというつもりなのか一斉射撃だった。通路上での戦闘のため横に避けることはできないし、天井も低い。だから俺は床に伏せてやりすごした。銃弾を避けるために高速で伏せた結果、俺の体は床にめり込む。

 ……大丈夫だ。イグニッションブーストを使ってるわけじゃないから痛くない。

 体勢を変えることなく推進機を噴かせ、床をベリベリめくりながらリミテッドたちへと近づいていく。10mも離れていない近距離のことだ。すぐに俺の剣が届く距離となる。俺は中央のリミテッドの正面に陣取り、雪片弐型で横に一閃する。一切の抵抗もなく振り抜いた後、3機のリミテッドの上半身と下半身がお別れを告げていた。無力となった人形の脇を抜けて奥に進む。後方の爆発を置いて進んだ先にはわかりやすいくらいに地下へとつながってると思しき穴があった。普段は隠されているのだろうが、システムを掌握したテロリストたちによってこうなっているという設定なのだろう。

 

「ライル。地下への入り口を見つけた。早速行ってくる」

『了解。じゃあそっちは任せて俺はバレットの援護でもするよ』

 

 報告だけしておいてから穴を下へと降りていく。マンホールの中のように梯子で下に降りるらしいが、ISなら何も関係ない。すぐに最深部に降り立つ。明かりが点いてないようだが、ハイパーセンサーが状況を認識して暗視をしてくれていた。これが現実でも同じなのだとすると、さすがは束さんと言わざるを得ないのかもしれない。……いくら便利でも代償があったから俺は好きになれないけどな。

 暗闇の狭い通路を進む。しばらくすると前方にぼんやりとした明かりが見えてきた。明かりに近づいていくと通路が切れ少し広い空間にでる。コンピュータらしきものが大量に置いてある中、中央に鎮座する発光した球体に目がいった。

 

「これがISコアか」

 

 正確にはコアの周りにいろいろと取り付けられているのだろう。何せ1mくらいの球体だ。これがまるまる他のISにもついてるなどとは考えられない。

 俺の感想はさておき、今はコイツを破壊しなければならない。現実ならば467個しか存在しないコアを破壊するなどやってはいけないことだが、ここはゲームの中だ。さして貴重品でもない。雪片弐型を振り上げて刀身を形成し、一気に振り下ろす。その一撃でコアは粉々に砕け散った。任務完了だ。

 

「さてと、あとは地上のみんなと合流してISを倒せばいいんだな」

 

 とりあえず全員に向けて「防衛システムのコアは破壊した」と報告する。たぶん今は戦闘中だろうから返事は期待していないし、案の定誰からも返事はこない。

 来た道を戻る。外からの明かりを目印に上へ上へと昇っていくところで、通信が入ってきた。送り主はバレットでもライルでもリンでもなく、

 

『ミッション内容を変更します』

 

 ミッションを説明してくれたお姉さんだった。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

「敵はヘルハウンドのフルスキン。武装はレッドバレットとエインヘリヤルの2種類で左手には盾を所持している、と」

 

 木の陰に隠れつつバレットは相手の戦力を冷静に分析する。

 ヘルハウンドはクラウス社製の速度重視ヴァリスフレームである。ヴァリスフレームとは言っても装甲やシールドバリアの性能はメゾの打鉄と同等くらいと柔いのであるが、移動速度はヴァリスフレーム中最速クラスだ。ただし燃費は最悪なのでヤイバの白式のように長距離イグニッションブーストを行うことはできない。だから隠し持ったブレードによる奇襲の線はそれほど警戒する必要はない。

 装備のほうも見る。レッドバレットはIS戦闘において最もスタンダードな武器と言ってもいいライフルだ。ライフルという武器自体がISの射撃武器の全ての基準ともいえる性能を持っている。射撃武器の中では高めのPICC性能に加え、連射性能も平均的。相手のストックエネルギー・装甲・シールドバリアに満遍なくダメージを与えられる使いやすい武器なのだ。この武器はバレット自身も愛用しているが、敵に回して厄介な要素はあまりない。

 エインヘリヤルは超小型誘導ミサイル64発を一斉にバラ撒く面制圧型のミサイルである。弾幕で壁を作ることで敵の接近を阻止することが主な目的で攻撃力はあまりない上に飛行距離もあまりない。ライフルで打ち落とすことが困難なサイズである上に誘爆がしづらいため、撃たれたら距離を離すくらいしか対処法はない。主な使われ方は防御型ヴァリスに大型狙撃銃を持たせたうえでの補助武器である。

 

「アンバランスな組み合わせだな。決定打が何もないじゃねえか。ヴァリスなのに武器が貧弱すぎる。簡単だからいいけどよ」

 

 バレットから見るとありえない組み合わせの敵だった。といってもミッションでこういう相手に遭遇することは珍しくはない。誰がセッティングしているのかは知らないが難易度調整なのだろうとバレットは納得している。

 

「さてと……ライルたちが防衛システムを抑える前にケリをつけちまうかな」

 

 状況が動くのを待つまでもない。バレットのこれまでの経験が楽勝だと告げていた。右肩付近に浮いている非固定浮遊部位(アンロックユニット)の上を向いた発射口を開く。バレットが発射を念じると共に高速で飛び出したのはミサイルだった。枝を貫いてみるみる空へと上がっていくミサイルを目で追うことなくバレットは敵ISの前に飛び出す。敵はミサイルに釣られて右手のライフルを空に向けているところだ。バレットは自分のレッドバレットを敵に向けて躊躇いなくトリガーを引く。狙いは本体ではなく敵の所持しているライフル。

 

(命中! あと2、3発で壊せるが……)

 

 続けざまに発射するも左手の盾に防がれてしまう。実はバレットにとって一番厄介なのが、名前もわからない盾だった。正体不明だというわけでなく、おそらくは単純な装甲の板である。問題はこの装甲にはシールドバリアが関係ないことと、銃と違って多少の変形で使用不能になることもないこと。いくら盾に攻撃を当てたところでアーマーブレイクにはほど遠いため、バレットの主力武器の天敵であったりする。金属製の板という原始的な盾は、IS対ISにおいてはそれなりに有効な防御手段であるのだ。

 バレットは少しだけ距離を詰める。近寄りすぎるとエインヘリヤルを撃たれて面倒であるため、距離調整は重要だ。狙いの甘い敵のライフル弾が命中したりしたがかまわず接近し、左手のマシンガンを敵の盾に向けて引き金を絞る。マシンガンから放たれた無数の銃弾は虚しく盾を叩くだけだった。

 

(やっぱコイツじゃ盾を破れねえな。こういうときEN武器があると楽なんだが、俺の機体には積んでねえ)

 

 バレットの機体“クロスブリード”はマシンガンとライフルを主軸にした敵機のアーマーブレイクを狙う戦法をとっている。特にマシンガンがメイン武器であり、クロスブリードが装備しているマシンガンはハヅキ社製の“ハンドレッドラム”という。片手で扱えるマシンガンの中で最高の弾速と連射速度を持っているハンドレッドラムであるが、撃つ度にものすごくブレるという欠点がある。集弾率が著しく低いため通常のマシンガンよりも近づかないと効率は出せない上に、1点を打ち続けることができないことから装甲を貫くことも難しい。ISのシールドバリアはどこに当てても同じようにダメージを蓄積できるという点を利用したアーマーブレイク専用武器なのだ。だから運用の仕方にはコツがいる。

 

(3、2、1……よし、GOだ!)

 

 タイミングを図って前に出る。ハンドレッドラムをバラ撒きながらの突撃に対して相手は盾で防ぎながら背中に浮いているエインヘリヤルの発射口を開いた。ハンドレッドラムの弾数をもってしても迎撃困難な小型ミサイル群。しかしそれらをまとめて一掃できる武器とタイミングが存在する。

 エインヘリヤルの蜂の巣のような発射口からミサイルが顔を出すと同時に上空から5発のミサイルが落ちてきた。先ほど囮で打ち上げたミサイルだ。全弾が敵ISに殺到し、発射直後のエインヘリヤルも巻き込んで爆発を引き起こす。

 

 爆煙に包まれている中をバレットはさらに距離を詰める。ブレードで斬るわけではないため、近距離と中距離の中間のような距離についた。両手のマシンガンとライフルを一斉に敵ISに向けて掃射する。

 ミサイルの爆発の威力はPICでほとんど削られてしまう。だが盾も同様というわけではない。IS本体と比較して装備品はPICの影響が小さいため、装備品の破壊には元々の武器の破壊力の方が重要なのである。これでバレットのメイン武器がその真価を発揮できる。煙の中、盾を失った敵ISに無数の銃弾が命中する音が響いた。そして、ガラスが割れるような音も響く。

 

(ブレイク完了。これでとどめ、と)

 

 アーマーブレイクした敵に対して一切攻撃の手を緩めず銃弾を撃ち込み続けつつも、右肩後方に浮遊している大砲の砲口を正面に向けた。アーマーブレイクした機体は防御能力が著しく低下している。爆風の衝撃はPICで軽減できても、熱を完全に防いでいたシールドバリアの恩恵は得られていない。バレットはとどめの砲撃を加えた。大砲から放たれたのは1発の炸裂弾。命中と同時に敵ISは再び大きな爆発に巻き込まれた。

 

「ありゃ? もう終わってんの?」

 

 敵ISが沈黙した直後にライルがその姿を見せた。バレットは右腕をグルグル回しながら気怠そうに答える。

 

「骨のない相手だ。装備の構成もさることながら戦い方も下手だし。まあ、低難易度らしい相手ではあったな」

「いや、でも俺だとこんな早く倒せないと思うけど」

「それはアーマーブレイクの強みだって。ハマれば楽勝、そうでなければ長期戦と両極端だ。お前のほうはEN銃で堅実に攻めるタイプだから仕方ねえ。ところでヤイバはどうした?」

「俺よりも先に防衛システムのコアを見つけられそうだったから全部任せてきた。バレットの戦いぶりを見る限り、ヤイバの仕事は意味なさそうだけどさ」

 

 そういえば、とバレットは思い出す。今回はヤイバの練習のためにミッションを受けたはずだというのに、ついいつもの癖で効率重視のバラバラ攻略を始めてしまっていた。

 

「ちょっと出しゃばりすぎちまったかな?」

「別にいいんじゃね? リンとあれだけ戦えてたなら、このミッションの敵くらい戦っても戦わなくてもそう大した経験にはならないと思うよ」

「だな。……おっとヤイバの方は目的達成したようだ」

 

 今回受けたミッションはヤイバがいるとはいえ楽すぎた。ミッションの内容は常に変動しているため、うまく狙った難易度にできないのは仕方がない。次は負けてもいいから難易度を上げようか、と考え始めていた。そこへ――

 

『ミッション内容を変更します』

 

 ミッション変更の通知が届いた。バレットは慌ててインフォメーションを表示する。地図上には北側15km地点に1機のISが確認できた。

 

『ミッションポイントより北から所属不明のISの接近が確認されました。約20秒後にそちらと接触します。テロリストの仲間、あるいは戦闘の混乱を狙った第3者の介入と思われます。速やかに対象を撃墜してください』

 

 勝利条件が『未確認ISの撃墜』に書き換わる。バレットも今までに出会ったことがないケースだった。とりあえず現状の把握が大切だと思ったところでヤイバとリンに連絡をとる。

 

「今のは聞いてたか?」

『ああ』

『あたしも聞いてたわ。とりあえず今こっちの敵を倒したところだけど、そっちは終わってる?』

 

 リンの戦闘も終わっているのは都合が良かった。これで未確認IS1機を相手にするだけで良いことになるため、戦闘が格段に楽になる。

 

「時間がないから手短に言っておく。新たに出現した敵は十中八九、高機動型だ。予想では爆撃を想定したユニオンスタイルだろう。予想進路には俺とライルがいるから、このまま迎撃に当たる。お前たち2人は俺たちと合流できるように動いてくれ」

 

 了解という2人の返事を聞いたところで、向かってくる機体の影が見えてきた。早速射程に優れた武器を持つライルが敵に向けて狙撃を試みる。鮮やかな光を帯びたビームが空の先へと飛んでいくが、ヒラリと軽く避けられた。

 

「バレット、避けられたよ」

「あの速度域で回避行動が取れるってことは軽く化け物だな。とりあえずミサイルで牽制して……ん?」

 

 化け物と言いながらも冷静でいたバレットであったが、敵の姿がハッキリしてくるにつれて顔を険しくさせる。いや、姿はもっと早くから見えていた。流線型に近い、戦闘機を模したような典型的なユニオンだと思っていた。しかし近づいてくる敵は途中からその形を変え……今はディバイドの姿を見せている。

 隣のライルはバレットの内心の動揺を気にすることなく、肩に備えていた直進性の高速ミサイルを発射した。ある程度散るように放った牽制のミサイルだったが、敵ISの“一突き”によって全て撃ち落とされてしまう。

 

「へ? 何なん、あの武器!?」

 

 ライルが驚くのも無理はない。今まで攻略wikiの管理人として様々な情報を集めてきていたバレットですら見たことがない武器だった。白式のように試作の段階と片づけるべきことだろうが、近接ブレードから8発のビームが放たれる武器などという強力な武器が話題に上らないわけがない。

 そして武器だけではない。マッハ2以上でも戦闘機動が行える機動性に加え、即座にスタイルを変えるフレーム。何もかもが新しく、バレットの中で構築されていた常識を崩しかねない存在だった。

 

 バレットは右肩のミサイルを上空に放ちながら、右腕のライフルを敵に向ける。まっすぐに突っ込んできていた敵に反射的に撃った弾丸は、敵の左手の刀によって斬り落とされた。そう認識したときには――

 

(何っ――!? イグニッションブーストだと!?)

 

 懐に入られていた。左手のマシンガンを向ける暇もなく、敵の右の刀がバレットの腹部を突く。同時に放たれる8本の光条が駄目押しとばかりに襲う。

 

(ぐっ! 突きでアーマーブレイクはしなかったから無事なものの、おかしいだろ、この火力!? 射撃武器じゃないのかよ!?)

 

 ストックエネルギーの4割強は持って行かれた。メゾの中でも防御面の弱いボーンイーターフレームではあるが、4割も減らされるということは中型ENブレードを食らったのと同じということになる。もしアーマーブレイクしたならば一撃でやられたに違いない。

 敵の攻撃はあくまで物理ブレード+ビーム×8である。ひとつひとつは大したことが無くても一度に食らえばひとたまりもない。近接武器として優秀であることは身をもって実感し、射撃武器としては8本のビームがそれぞれ任意の角度で放てる模様。万能すぎるこの武器はバレットの知るISVSらしくないものであった。

 

 一度目の攻撃は耐えた。だが敵の攻撃はまだ終わっていない。既に左手の刀がバレットに追撃をいれようと動き出していた。

 

「危ないっ、バレット!」

 

 間一髪ライルのビーム射撃によって敵はバレットから離れた。しかし回避行動をしながら振られた敵の左の刀より、光の刃が出現してライルのENライフルを真っ二つにする。ついでとばかりに振り上げられた右腕から放たれた8本のビームによって、バレットのミサイルも撃墜された。

 

「くそっ! これでも食らえ!」

 

 ここまで一方的にやられていたが偶然にも今の距離はマシンガンの有効射程だった。バレットは己の主力をぶっ放す。だが弾丸は全て、敵が返す刀より発生した光の斬撃によってかき消され、逆にバレットが攻撃される結果となる。

 

(なんだよこれ? 確かにライフルはEN射撃とかち合うと一方的に負けるけど、狙ってできるもんじゃないし、あの武器の範囲は広すぎるだろ!)

 

 相手の装備のスペックの高さに憤りすら覚える。だが、バレットはその状況を楽しくも思っていた。

 

「……OKだ。その不公平、ひっくり返してやる!」

 

 状況を確認する。

 バレットはストックエネルギーが半分を切っている。ハンドレッドラムは先ほどの飛ぶ斬撃に巻き込まれて破壊されたため使用できず、レッドバレットとミサイル、グレネードランチャーが残っている。

 ライルはストックエネルギーが8割ある。しかし大型ENライフル“スターダストシューター”を失っているため、残された武器は肩のミサイルだけ。戦力としては心許なかった。

 

 ……結論、ヤイバとリンを待とう。

 

 既に戦術は崩壊していた。普段ならばなんとしてでもハンドレッドラムを守るのだが、今回は不意打ちだったのだ。このまま2人で戦っても勝敗は決している。だから援軍を待つしかない。時間を稼ぐくらいなら今の状態でも可能だ。

 そんなバレットの思惑を余所に、目の前の赤いISの翼が2つ分離。独立して浮遊したかと思えば変形して銃を形どった。IS本体から離れて飛ぶ射撃兵器というとバレットには思い当たるものがある。

 

(マジか……ここに来てBT兵器まで積んであるとか。チートだろコレ?)

 

 この勝負には勝てない。そう判断したバレットは次こそ勝ってやるとリベンジを誓い、相手の顔を凝視した。ピンクというマンガチックな髪色に似合わないキリッとした目の凛々しい女子だった。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

「バレット! ライル!」

 

 ようやく工場の外に出られたところで戦闘中の2人に呼びかける。しかし『後は任せた』を最後に2人からの返答はない。

 

『ヤイバ。もう2人ともやられちゃったみたいよ』

「そうか……」

 

 俺がいない間に2人がやられた。リンに言われずともわかっているつもりだが、あまりにも呆気なくて実感がわかない。

 

『どうする? バレットがこんなに早くやられるってことは相手は相当強いと思うんだけど』

「どうするも何も、降参する理由がない。負けてもペナルティがあるわけじゃないだろ?」

『まあ、アンタはそうでしょうね。あたしも気にしないし、やるだけやってやろうじゃないの』

 

 リンが含みのある返答をしていたが、とりあえず俺たちがやることは変わらない。バレットたちを倒した相手を倒すだけだ。

 上空へと飛び立つ。障害物のない空の方が戦いやすいし、敵にも見つけられやすい。周囲をグルリと見回すとバレットたちが戦ったという敵を見つけた。

 

 …………敵?

 

「ボサッと突っ立ってんじゃないわよ!」

「うおっ!」

 

 唐突にリンに肩を掴まれ、一緒に急降下させられる。『何するんだ!』と言おうとしたところで、複数のビームが目の前を過ぎていった。以前にも食らったことがある攻撃だ。刀による突きに連動した8本の光。だから、俺たちの前に立ちはだかる敵は……

 

「あの赤武者か!」

 

 ピンクのポニーテールを揺らすISは、夜に2度遭遇している機体に間違いない。1度目は危ないところを助けられた。2度目は助けたところで攻撃された。単なる気まぐれなのか、何かしら理由があるのかはわからない。だが今のコイツが俺たちと敵対していることは事実だ。

 

「あれが何か、知ってるの?」

「ちょっと、な」

 

 リンの問いは少しばかり答えづらく、曖昧な返答だけしておく。問いつめられるとボロがでるのですぐさま話題を逸らしにかかる。

 

「そんなことよりもアイツをどう倒すかが肝心だ。どうす――」

「あたしが真っ正面からやりあうから、アンタは隙をついて一撃を当てに行きなさい!」

 

 リンの方も問いつめる気はなかったようでホッとする。それもそのはずで、赤武者は俺たちに作戦会議をさせる時間などくれない。だから戦いなれているリンが前にでることにしたのだろう。

 俺にとって初めての2対1の状況だ。こちらが数で勝っているときの俺の役割は、ここ一番に強力な一撃をたたき込むことにある。リンの行動は間違ってない。

 

「ちっ! こっちの攻撃が見えてる? なんでピンポイントで避けられるのよ!」

 

 リンの舌打ちが聞こえる。俺の目には赤武者がフラフラと飛んでいるようにしか見えなかったのだが、回避行動だったらしい。俺が苦しんだ見えない砲弾がいとも簡単にクリアされている。俺たちより1枚も2枚も上手な相手とみて良さそうだった。

 リンと赤武者は互いに二刀流だ。射撃を突破した赤武者はスピードを緩めずにリンに接近し、リンも両手の太刀で応戦する。赤武者が横薙ぎに振る左の刀をリンは右の太刀で受け止めた。ここでもう片方の腕でもやりあうと思っていたのだが、リンは攻撃を受けたまま後退を始めてしまった。隙を逃さない赤武者が突きを放ち、発生した8つの光がリンに殺到する。

 

「きゃあああ!」

「リン!」

 

 赤武者は両手の攻撃をした直後だ。リンが完全に押されている今、これ以上の隙はもう来ないだろう。PIC制御を部分的にマニュアルにし、イグニッションブースターに火を入れる。

 

「くらえええ!」

 

 今までで最高の出だしといえるイグニッションブースト。リン戦のときと違ってサプライエネルギーは万全であるため、雪片弐型の威力もフルスペックだ。完全に赤武者の横腹につけた。俺は光の迸る雪片弐型を赤武者に向けて叩きつける。

 

「何だって!?」

 

 俺の攻撃は――届かなかった。

 

「背中から剣が……生えた」

 

 生えたというのは正確ではないのかもしれない。赤武者の背中にあった翼がその形を変え、刀身を形成。赤い光を帯びた剣によって雪片弐型の攻撃はIS本体に届かない。

 攻撃を止められた俺に向けて赤武者の右の刀が薙ぎ払われる。隙を晒していた俺は右肩に直撃してしまいバランスを崩して数メートル落下する。

 

「くそっ! 失敗した!」

 

 体勢を持ち直して赤武者を見上げる。剣となっていた翼は再び元の形に戻っていた。もう一度同じ状況となれば、再びあの剣で受けられてしまうだろう。射程圏内に捉えた白式が初めて攻撃を止められてしまった。今までの俺の勝ちパターンは近づけるかどうかの1点であったが、今度ばかりはそれだけじゃ解決しない。

 

「ヤイバ! まだいける?」

「ああ。シールドバリアへのダメージもそこまで深刻じゃない」

 

 俺が赤武者とやりあってる間にリンも体勢を立て直していた。しかし万全ではないようで、最初に攻撃を受けた右手の太刀が変形してしまっている。このまま繰り返せば俺たちの負けが見えている。

 

「リン。ダメ元でひとつ賭けをしないか?」

「よし、乗った!」

「早いね。じゃ、手短に――」

 

 赤武者に聞こえないように声に出さずに通信をとばす。そして、バラバラに位置していた俺とリンは再び合流を果たす。

 

「ひとつだけ言わせて。アンタ、人として最低よ」

「やっぱイヤだよな。じゃあやめ――」

「さっさと始めるわよ。言っとくけど、やると決めたからには躊躇したら許さないんだからね」

 

 リンが俺の前に陣取る。賭けというか、リンに無茶なことをさせる作戦ともいえない作戦だが、リンは割と乗り気だった。言い出しっぺの俺が言うのもなんだが、頭おかしいと思う。

 俺の前にリンがいる陣形のまま、俺たちは赤武者へとまっすぐに向かう。リンが見えない砲弾を撃ちつつの接近であり先ほどと同じように見えるが、後ろに俺がいることで変化が生じてしまっていた。

 

「くっ! さすがに全部当たると痛いわね」

 

 後ろに俺がいるために回避行動をとれないのだ。赤武者の突きから出るビームを体で受け止めるリン。機体の属性的にビームに対して強いのが幸いだった。

 ごり押し気味に接敵するリンは赤武者に先に斬りつける。まずは右の太刀から。それは赤武者の左の刀で流され、そのまま滑るようにリンの胴体めがけて振るわれる。

 ――割って入っちゃダメだ! リンを信じろ!

 動きたい衝動に駆られたが、ここで俺が仕掛けては意味がない。赤武者の刀をリンは紙一重で避けた。腹くらいはスレてしまっているのかもしれない。すれ違うようにして交差する2人。互いの左が取れた状況で、左腕が使えるのはリンの方だった。

 

「くらええ!」

 

 リンの右の太刀が振り下ろされる。ブレードの一撃はどんなISでも手痛いダメージとなるはずで、できうる限りの手を使って止めるはずだ。想定通り、赤武者の左の翼が変形し、リンの斬撃を受け止める。……この瞬間を待っていた。

 赤武者はリンの後ろにいる俺の存在も踏まえて行動を起こしている。すでに俺対策として右の翼も剣に変えていた。右の刀もある。俺がリンの後ろから飛び出したところでさっきの二の舞だ。だから、こんな手しか思いつかなかったんだ。

 

「ごめんな、リン」

 

 俺は雪片弐型でリンの背中を貫いた。

 

「ここまでやったからには勝ちなさいよ、人でなし」

 

 笑みさえ浮かべてリンは受け入れる。さっきまでのダメージも合わせて余裕でストックエネルギーが尽きる一撃だった。敗北が確定したリンはバレットたちの待つロビーへと強制送還される。ここに道は開いた。リンが消えた先に見える赤武者が目を見開いていることが確認できた。俺は真っ直ぐ赤武者の胴体に雪片弐型を突き入れる。

 

「う、あ」

「このまま押し切る!」

 

 体当たりする格好のまま、俺と赤武者は軌道を変えて地面へと激突した。赤武者は大の字に横たわっているが転送はされていない。まだストックエネルギーは尽きていないということになる。だが抵抗されるよりも俺の2撃目の方が早い。

 

「俺たちの勝ちだ」

 

 間違いなく強い相手だった。人としてどうかと思う卑怯な手を使ってようやくこの形となった。誇るつもりはないが、バレットたちと喜ぶことくらいはしてもいいだろうと思える。この勝利も俺の成長の糧となると、ただそれだけ考えていたんだ。

 

「……死に、たくない」

 

 目の前の少女の……震えているか細い声を聞くまでは。

 

「泣い……てるのか?」

 

 振り上げた手は行きどころを失っていた。この子の言葉が『負けたくない』だったり、消え入りそうな声音でなければ、俺はとどめをさして勝利に酔ったと思う。でも、こんな女の子の弱さを前にして攻撃することは俺にはできなかった。ゲームだからとリンを犠牲にするような作戦を実行しておきながら、この対戦相手を倒せない。そんな矛盾を抱えたまま、俺は雪片弐型の刀身を解除して、力なく腕を下ろした。

 ……また束さんに文句を言う必要が出てきたな。なんでこのゲームのアバターは、涙が流せるんだよ。

 

 俺が戦意を失ったことに気づいたのかそうでないのかは知らないが、赤武者の女の子は立ち上がった。鬼気迫る雄叫びを上げながら、相手を殺すための剣を振るってくる。幼い頃に剣を習っていた身から見れば、なんとも危なっかしい剣だった。

 

 

***

 

 

「ごめん、負けちまった」

 

 ロビーに戻ってきた俺はバレットたちに軽いノリで結果を告げる。俺の思いがどうであれ、結果的にリンの期待を裏切ったのだから謝ることだけは忘れない。

 

「別に気にするなって。相手が規格外で運が悪かったと思うしかない」

「そうそう。絶対に倒せないってわけじゃないとは思うけど、今回は分が悪すぎたとは思うね」

 

 バレットとライルは仕方がないと言ってくれる。

 

「今日は何を奢ってもらおうかしらね」

 

 リンは不機嫌さ全快だった。即座に土下座するも一向に態度は軟化しない。

 

「おい、リン。ヤイバは何かやらかしたのか?」

「説明するのも面倒くさいから勝手に想像しといて」

 

 何を想像されるのかわからないから後で俺の方から2人に補足しておくことにしよう。それにしても、ミッションで退場した後にあったことは知らないみたいだ。ってことは俺が赤武者を見逃したことも知られてないってことになる。

 

「今日のところは終わりにしとくか」

「そうだな。俺も疲れちまってるし」

 

 今日はお開きにしようというバレットに賛同しておく。赤武者との戦闘について詮索されても面倒だし。他の皆も同意したため、俺たちはISVSからログアウトした。

 

 

「ふー。今日は疲れた」

 

 ヘルメット状の装置を外し、イスカをスロットから取り出して深く息を吐く。この疲れの源は主に弾の説明によるものだ。

 

「お疲れさん。今日の感想は?」

 

 早速俺の元にやってきたのは弾だった。弾の口振りだとまるで俺がお客さんだが、初心者はそんなもんかと勝手に納得しておく。

 

「勝ちたかったな」

「そうだな。俺も含め、これから努力しなきゃならん。リベンジしたいし」

 

 弾の奴が燃えてやがるところ悪いが、正直なところ、俺の感想はもっと別のものだった。リンとの試合やミッションで得た経験などよりも、赤武者の女の子のことが頭から離れない。昨日はもう関わりたくないと思ったし、それは今でもそうなんだが忘れてしまうことは無理そうだ。弾はリベンジしたがっているが、俺としては二度と立ち会いたくない相手である。

 

「やべっ! お先に失礼するよ!」

「おう、数馬。また明日」

 

 数馬は腕時計を見て青い顔をしてから会計へと走っていった。家の門限が厳しい家はこういうとき辛いのだなと思う。……俺の家みたいに縛る親がいない家もあるけどな。

 

「数馬は相変わらずみたいね」

「鈴は大丈夫なのか? 生物学上、一応は女子だろ?」

「ご心配どーも!!」

 

 うわぁ。跳び蹴りがアゴに炸裂してるけど、弾の奴大丈夫か……?

 そしてこの騒動でも周りが全く騒がない。つまり、このゲーセンの連中もうちのクラスメイトたちと同様、見慣れてしまっているのか。弾がすぐにむくりと起きあがるのも人を慣れさせる要因のひとつなのだろう。

 

「このまま今日の反省会といきたかったんだが、ちょっと今日は俺の方でいろいろと調べ物がしたい。だからもう解散としよう」

「弾は一緒に帰らないのか?」

「ディーンさんたちと話しておきたくてな。鈴と2人で帰っててくれ」

「そか。じゃまた明日な。行こうぜ、鈴」

「う、うん」

 

 弾と別れて鈴と共にゲーセンを出る。先に自動ドアをくぐり、後ろから鈴がついてくる気配も感じていた。鈴が隣に並びやすいように歩くペースを落とす。しかし10mほど歩いても鈴が隣に現れない。振り向いてみれば鈴は俯いて考え事をしているようだった。俺が立ち止まると鈴のおでこが背中にぶつかる。

 

「きゃわっ!」

「おいおい鈴、前方不注意だぜ」

「ごめん……ってアンタわざとやったでしょ」

「似合わない考え事なんかしてるからだ。で、どうしたんだ? 何かあったのか?」

 

 鈴が目に見えて悩んでいるのも珍しいことだった。しかしこういうときに素直にしゃべる奴じゃなかった。黙り込んでしまった鈴の背中を軽く押しながらとりあえず歩くよう促す。

 

「ねえ……一夏」

「ん?」

 

 しばらく無言で歩いていたが、鈴が遠慮がちに口を開く。

 

「結局、アンタはどうしてISVSをやる気になったの?」

 

 そのことか。幸村にも聞かれたが、正直に言うつもりはない。同じように適当に誤魔化すとする。

 

「一昨日の試合を見て――」

「嘘ね」

 

 言い終えないうちに嘘だと断言されていた。鈴の迫力に気圧されて俺は二の句を継げなくなり立ち止まる。顔を伏せる俺の正面に鈴が回り込んだ。

 

「バカね。それじゃアンタは最初から嘘つこうとしてたってバレバレじゃないの」

「ごめん……」

 

 鈴は呆れて小さく笑う。ただそれだけで深くは聞いてこなかった。もし聞かれていたら正直に話さないと鈴を納得させることはできないのだと思う。……鈴だけは、俺がISを嫌いになった経緯を知っているのだから。

 しかし本当のことは言わない。鈴は“彼女”が病院に眠っていることは知らない。そして、これからも知られるわけにはいかなかった。彼女が目を覚ますそのときまで、俺ひとりで抱えるべき問題なんだ。

 

「ひとつだけ聞かせて。アンタはさ、今日遊んでて楽しかった?」

「ああ。それだけは間違いない」

「そ。良かった」

 

 思えば中学時代のいつものメンツで思いっきり遊ぶこと自体久しぶりだった。俺の目的とは関係なく、楽しかった事実は否定できない。今度は鈴も嘘だと指摘することはなく、満足げに胸を張って力強く頷いた。

 

 ……そういえば、と鈴を見てて思う。向かい合って話しててどこか違和感を覚えていた。ISVS内でも同じように感じていた違和感。今度はその正体を知ろうと目を凝らす。

 

「一夏? アンタ、何をジロジロ見て――っ!?」

 

 何かに気づいた鈴が慌ててその場から飛び退く。何故か胸元を左手で隠しつつ顔を真っ赤にして睨みつけてきた。

 

「ち、違うからね! あたしは何もイジってないから!」

「イジる? 何を言ってるんだ?」

「え、えと――それは、その……一夏のバカっ! 鈍感っ! 朴念仁ーっ!」

「は? おい、鈴!?」

 

 鈴の中で何かが自己完結して、涙目になった彼女は話題的にも物理的にも俺を置き去りにしていった。街の中だというのに「バカーっ!」と大声で叫んでいる。周囲の俺を見る視線が痛い。鈴は振り返ることもなく走っていったから戻ってくることも無さそうだ。

 

「追いかけるのは……やめとこう。弾みたいな目には遭いたくない」

 

 とりあえず鈴の機嫌を損ねてしまったことだけはわかる。今度は自分から謝ることにしよう。何が悪いのかわかってないけど。

 

 

***

 

 鈴と別れた後、特に寄り道をすることもなく家にまで帰ってきた。弾たちと話していたことを千冬姉に聞いてみようかと思っていたのだが、生憎まだ帰ってきていない。忙しいのだろうかと思うと同時に、今もなお眠り続けている箒の顔が脳裏に浮かぶ。2日経って、千冬姉の方の捜査は進んでいるのだろうか……?

 

「考えてても埒があかないのはわかりきってるだろうが。千冬姉が解決してくれるならそれに越したことはないけど、今は俺ができることをやっておこう」

 

 冷蔵庫の中の余り物で軽く夕食を作って食べ、自分の部屋に入る。今日は弾たちと共にISVSをやっていたが、あれはあくまで練習。本番はこれから1人で乗り込んでからだ。疲れたなんて言ってられない。そろそろ何かしらの成果が欲しいところ。

 ベッドに仰向けに寝転がり、イスカを胸の前に置く。3度目ともなると慣れたものだ。眠るよりも早く俺の意識は現実から離れていった。

 

 

『今の世界は楽しい?』

 

 

 聞き慣れた3度目の声。聞かれる度につい「楽しくない」と答えてしまう。きっとこの声の主は俺の言葉なんて聞いてないだろうに。同じ質問を繰り返されることで意志を確認されているみたいで、俺が本来の目的を忘れることは無さそうだ。

 

 今日は一体どこに出現するのだろうか。そう思って目を開けると――

 

「どなた、ですか?」

 

 目の前に中学生くらいの少女がいた。腰まである長い銀髪を太い三つ編みにしているのが目を引く。周囲は殺風景なコンクリートの壁しか見えないから余計に少女が場違いに見えた。どんな場所か辺りを見回すと、大型の工業用ロボットとベルトコンベアがあることから、昼のゲーセンのときのミッションと同じような工場だろう。

 

「え、あ、いや、うん。俺はヤイバ。君は?」

 

 突然話しかけられて動転しつつも、とりあえず名乗った。そんな俺に対して少女の方はかなり落ち着いている。これではどちらが年上なのかわかったものじゃない。少し冷静になって考えてみると、この少女は目の前に俺がいきなり現れても動じなかったということになるのか。俺が子供なんじゃない、この子が大人すぎるのだと、勝手にショックを受けている自分に言い聞かせる。

 

「わたしは……皆さんにはクーと呼ばれています」

 

 クーと名乗る少女は表情を変えずに答えてきた。閉じられた目も変わっていない。最初は細目なのかと思ったが、ISを通して見ても完全に閉じていることがわかる。

 

「えーと、皆さんってことは君には仲間がいるの?」

「はい。ここにはシズさんと2人でナナさまを追ってきました」

「そっか。じゃあシズさんは今どこにいるの?」

「それはですね――」

 

 クーには少なくとも2人の仲間がいるらしい。その内、シズという人と共に来たということはすぐ近くにいるはずだと思った。そうでなければクーが迷子になっているということになる。さりげなくクーが迷子かどうかを確認するための問いかけだった。

 しかし、俺の質問にはクーの口からよりも先に、壁の外から聞こえる爆発音が答えてきた。

 

「戦闘!?」

「はい。シズさんはナナさまと合流後の現在、敵対勢力と戦闘中です。わたしは足手まといのためこちらで待機しています」

 

 足手まといと自分で言うクー。これは決して自虐なのではなく事実。初っぱなから動転していて気がつかなかったのだが、クーはISを装着していなかった。

 

「どうして君はISを着けてないんだ!?」

「わたしはミッションオペレーター用のAIですから戦闘能力を持ちません。ただ情報でサポートすることしかできないのです」

 

 AI……? ってことは、

 

「人間じゃないのか?」

「そうなります。ただ、バックアップはありませんので消されれば戻らないです。わたしとしては消えてもいいのですが、ナナさまもシズさんもお優しい方ですからわたしを守ってくださっているのです」

 

 いや、この子を前にして見捨てられる人間の方が少数派だと思うから、それだけで優しい人かはわからないぞ。少なくとも鬼畜な人間ではないことは確かだけれども。

 しかしAIと行動を共にするとか、弾からは聞かなかったなぁ。俺の知らないことがまだまだたくさんあるということなのだろう。

 さて、そろそろ俺もどうするか決めないといけない。外ではクーの仲間が何者かと戦っているらしいから、加勢すべきなのだろうか。俺がISVSに入った目的を考えると、昨日のことも踏まえて『関わらない』という選択をするのも視野に入っていた。

 

 数秒の間悩んでいた俺だったが、幸か不幸か、窓が破られて侵入者が現れたことで選択の自由を失う。

 

「クー……お友達じゃ、ないよな?」

「はい。敵対勢力の兵士です」

 

 現れたのは黒いISだった。弾と違って知識がないから詳しい情報は得られないが、おそらくはヴァリスフレームのフルスキン。装甲の付き方は派手なデザインでなく質実剛健といった印象を受ける中、頭部のみウサギの耳を思わせる尖ったアンテナのようなものが目立った。武器らしい武器は淡い橙色に光る両手くらい。

 俺はクーの前に出る。こうして姿を見られたのならば、逃げても追われてしまうから戦うしかない。

 

「お兄ちゃん……?」

「すぐに終わらせるから、ちょっと下がっててくれ」

「はい、わかりました」

 

 クーは近くにあった扉に駆け込んでいった。これで流れ弾に当たる心配も薄れるだろう。俺は全力で相手を打ち倒すことに専念すればいい。雪片弐型を呼び出して、刀身のないまま切っ先を敵に向ける。

 

「どういう状況かは良くわかってないけど、やるからには全力で行くぜ!」

 

 我ながら後先考えずに感情で動いてるなとは思う。しかし指標のない調査なのだ。わからないなりにがむしゃらに行動するしかないのだから、今の俺の行動は間違ってない……はず。

 俺の戦闘の意志が伝わったのか、元々俺ごと攻撃する気満々だったのかは知らないが、黒いISが突っ込んでくる。俺がENブレードを見せているのに近づいてくるということは接近戦型と見ていい。敵は熱を帯びたような手刀で飛びかかってくる。俺は雪片弐型の刀身を形成して、敵の手刀を狙って斬りつけた。

 

 ――相殺してる?

 

 昼の赤武者の剣の時のように雪片弐型で振り抜けなかった。装甲があってもスパスパ斬れるのがENブレードなのだが、何かしらの条件を満たしたもので受け止めることができる模様。現在の推測では、相手も同じENブレードもしくはそれに準じる何かならば互いが干渉して止まってしまうのかもしれないと思っている。

 雪片弐型が止められ、相手は左手が塞がっている。当然、敵は右腕がフリーだった。さらに前に敵が乗り出してきて、手刀をたたき込まんとしてくる。

 ……つまり、手数で押し切るつもりでの接近戦だったわけだ。

 確かに敵の手刀がENブレードと仮定すると、1対2で俺が圧倒的に不利だ。1を犠牲にして1を通すだけの技量と自信があれば躊躇いなく飛び込んでくるのも頷ける。しかし敵さんの頭にはなかったものか。

 

「武器だけで勝負が決まるかよっ!」

 

 格闘だったら足があるということを。敵の手刀が迫ってくるタイミングを見極め、左足で敵の右肘を蹴り上げる。俺の蹴りの勢いを殺せずにクルリと回って敵は俺に背中を見せた。その際に雪片弐型は敵の左手から離れて自由となっている。そのまま隙だらけの背中を斬りつけた。

 手応えあり。リンや赤武者などディバイドと違ってフルスキンだとダメージが違うはず。フルスキンで覆っていたはずの背中の装甲にスッパリと斬り口ができていて、内部のスーツが見えている。しかしサベージと違ってまだまだ敵は動ける。攻撃力で不利を悟ったのか迷わず逃げようとしていた。

 

「逃がさねえよ!」

 

 逃げる敵を追うのは得意中の得意だ。背中の翼をフル稼働させて、PIC制御を開始。飛行ルートを算出し、イグニッションブーストを使用する。窓から飛び出した敵に追いすがり、もう1太刀を浴びせると敵は失速して反転し、俺を迎撃する用意をしていた。だが俺は既にそこにいない。

 

「やっぱり急に止まれないな。まあ、ヒット&アウェイが成立してるから逆に好都合とも言えるかもしれんけど」

 

 本当ならば連続で斬りつけて終わらせたいのだが、今の俺の技術ではイグニッションブーストからの斬りつけをする場合、1回の交差で1振りしかできない。

 今回は敵の挙動が俺みたいな相手に慣れていないようだから良かったものの、課題として念頭に置いておく必要がありそうだった。

 

「じゃあ、とどめといくか」

 

 距離は離れている。敵は俺を見失っていた。この状況で攻撃を外すはずもなく、イグニッションブーストを使用して高速で接近する。敵が俺の接近に気づいたときにはもう遅い。手刀によるガードは空振り、雪片弐型の刃で敵の胴体を横に薙ぎ払った。

 

「くっ! つえぇ」

 

 最後に気の強そうな女性の声が聞こえた後、黒いISは消えていった。

 

「今のはプレイヤーみたいだな。ってことはこれはミッションなのかもしれん。俺がどういう立ち位置なのかは知らんけど」

 

 ゲーム内での俺の立場は考えるべきことじゃない。目の前の危機は去ったのだからクーのところに戻らないといけない。他に敵がいてクーが襲われているとマズいからと地面を蹴った。そうして飛び上がった直後である。白式の貧弱なレーダーが高速で接近してくるISがいることを告げてきた。

 

「また敵か――ってコイツは!?」

 

 本当に……俺は何度コイツと出くわすのだろうか。ピンクのポニーテールを揺らす二刀流の剣士。赤い武者が俺めがけて突っ込んできた。ビームによる牽制もない刀による真っ向勝負。赤武者の振るう左手の刀に対して俺は雪片弐型で応戦した。赤武者の刀もENブレード属性のようで、雪片弐型と衝突し、鍔迫り合いのような状態となる。

 

「また貴様かっ!」

「それはこっちのセリフだっての! 俺の行くところ全部に現れやがって!」

 

 今日でプレイ3日目となるが、赤武者に会うのは4回目。今日まで赤武者に合わない日はなかった。そういえば、今の戦場は見覚えがあると思っていたら、ゲーセンで赤武者と戦った場所と同じなんだな。今回ばっかりは俺の方からまたやってきた構図なのかもしれない。

 至近距離で互いの顔を睨みつけあう。赤武者が俺を見る目は険しい。最初の日に俺を救ってくれた人と同一人物とは思えなかった。

 ……戦いたくねえな。

 もう最初の日の恩は昨日返した。俺の中ではそういうことになっているから、俺が赤武者と戦いたくない理由は今日のミッションの最後の表情にある。どう考えても、俺が勝ったら後味が悪い。誰が好き好んでそんな勝負をするというのか。

 

「なぁ、ひとつ聞いていいか?」

 

 俺に今できること。それは話しかけることだった。

 

「なぜ私が貴様の言葉に耳を傾ける必要がある?」

「そう言うと思ったよ。だから勝手に言わせてもらうぞ」

 

 聞く姿勢なんて気にすることはない。これは俺の中で納得できるかどうかの問題だ。あの子をだしにすることになるが、許して欲しい。

 

「お前はクーを……ISを持たない小さな子をどうする気だ?」

 

 瞬間、赤武者の左手から俺を押さえつける力が失われた。俺の方も合わせて力を緩める。しばし手が震えていたかと思えば、再び赤武者の目に力が戻り、左手に力が込められる。

 

「それは、私の台詞だ! 貴様はクーをどうする気だ!」

 

 俺の質問に意味はあった。赤武者は黒いIS側ではなく、クーの仲間であるナナ、もしくはシズだと思われる。

 

「成り行きで守ることになった。別にどうもしない」

「信用できるかっ! さっきは敵だったくせに!」

 

 さっきというのはミッションで遭遇したときのことだろう。確かに敵対してたのは事実だ。しかし、信念があって戦ってたわけじゃないんだよ。だから、

 

「俺は別にお前と戦いたくなんかないさ。今だって戦う理由がない」

 

 俺がこのまま赤武者と戦うと高確率で負ける。勝てたとしても、どうせとどめなんてさせずに自分から負けを選ぶだろう。もし赤武者がクーを狙う敵ならば理由が生まれたのだが、その点に関しては赤武者は同じ目的を持っていた。

 

「ならば、黙って私に討たれろっ!」

 

 先ほどの『信用できるか!』という言葉が物語っている通り、赤武者は俺と手を組むよりもこの場からいなくなることの方が重要らしい。それもひとつの手だったかもしれないが、俺には従うわけにいかないわけがある。俺は雪片弐型で力強く押し返した。これは否定の意志を赤武者に伝えるため。

 

「そういうわけにいくかよ。この後、お前がやられそうになったらまた――」

 

 自分の目的、クーという少女などの事柄は二の次だ。それよりも脳裏にちらつく映像が今の俺を動かす。

 

「お前、泣くだろ?」

 

 『死にたくない』と告げる、か細い声を聞きたくない。

 赤武者の頬を伝った涙も見たくない。

 たとえ俺の前でなくても、たまらなく嫌だったのだ。

 たかがゲーム、という一言で気持ちの整理をつけられなかったんだ。

 

 赤武者は目の焦点が定まっていないかのように呆けていた。仕方なく俺は刀を合わせた状態で赤武者の回復を待つ。するとこの場に第3者の声が割って入ってきた。

 

『ナナちゃん、今はその人と戦ってる場合じゃないですよ。早く撤退しましょう』

「シズネ、皆は無事か?」

『ええ。クーちゃんも私と一緒にいます』

 

 オープンチャネルによる通信だった。相手の顔は見えていないが、今の会話で赤武者の方が“ナナ”で、通信相手が“シズネ”であることがわかる。クーの言うシズさんはシズネのことだろう。なぜオープンで話しているのかと疑問に思っていたら、シズネの話には続きがあった。

 

『そちらはヤイバくんですよね? クーちゃんから聞きました。私たちに協力をお願いしてもよろしいでしょうか?』

「シズネ! コイツは――」

『ナナちゃんは黙ってなさい』

「ぐっ!」

 

 シズネという子は丁寧な言葉の中にも迫力があった。あの赤武者が黙らされてしまっている。会話を聞く限り、赤武者の方が立場が上に聞こえていたのだが、実際は上下関係でないのだろう。

 彼女らの人間関係の推察など、今はどうでもいいか。赤武者と違い、話のわかりそうなシズネの要請に返事をする。

 

「乗りかかった船だ。手伝わせてもらうよ」

『ありがとうございます。それでは指定した座標まで来てください』

 

 シズネとの通信が切れる。俺と赤武者は同時に刀を離して、改めて向き合った。

 

「言っておくが私はお前を信用などしていない。シズネの依頼が終わったそのとき、私の剣で貴様の首をはねてやる」

「嫌われたもんだな。別にそれでいいから、早いところ行こうぜ」

 

 ふん、とそっぽを向いて赤武者は先に移動を始めていた。俺も後に続く。厄介ごとに巻き込まれてしまったが、今は流れに身を任せるとしよう。今は福音探しよりも、このゲームを理解することの方が重要だ。


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