Illusional Space   作:ジベた

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30 お父さんパニック

 なぜか昨日の夜の記憶が朧気で頭が痛いけど、重要なことは忘れてない。

 昨日、俺は簪さんと示し合わせてクーとツムギに隠された迷宮の調査を行なった。その結果、クーがAIとは思えない反応を示し、迷宮の奥には防衛システムの一部であるゴーレムが存在することが発覚した。

 一番の問題はツムギの迷宮ではIllと戦闘するときと同じログアウトできない現象が発生するということ。束さんが関与している場所にIllの影がチラツいているのは気になって仕方がない。

 千冬姉には朝にそれとなく束さんが敵の可能性があるか聞いてみたけど、寝言は寝て言えと返された。言った本人が寝起きで寝言みたいだったとはいえ、束さんが敵とつながっている可能性を無いと断言している辺り、信頼しているのは間違いない。俺の考えすぎなのかな。だったらいいけどさ。

 

 始業前の朝の教室にやってきた。今日は珍しく数馬や鈴の姿がなく、代わりに弾がいる。今日の放課後に雨が降るのは決定事項らしい。

 

「おっす、弾! 虚さんにフラれでもしたのか?」

「そんな状況だったら学校に来てねえよ!」

 

 学校に来られないくらいに精神的ダメージを負っているからなのか、虚さんに土下座しに行ってるからなのか……この男の場合は後者な気がする。

 

「なるほど。五反田は女々しい男なのだな」

「俺が男らしさを見せるのは虚さんの前だけだ。お前に惚れられると色々と困るし」

「万が一にもありえんから要らぬ心配をするな。鏡を見て出直せ」

「二頭身の奴に言われるほどひどいのか、俺の顔!?」

 

 今日も俺の肩にはモッピーが乗っている。弾には初日から紹介してあって、最初は遠慮がちだったモッピーも今では容赦ない言葉をぶつけている。これも弾の魅力ってとこだ。

 クラスの中でモッピーの正体を知ってるのは俺と弾、セシリアと鈴、あとは数馬だけ。他の連中には高性能なロボットだと言ってある。企業の試作のテストをしているとセシリアが説明したら全員が納得していた。金持ちのイメージってすごい。

 

「ところで、弾。聞きたいことがあるんだが――」

「ん? 俺に聞くってことはISVS関連だな。言ってみろ」

 

 流石は弾。凹んでても立ち直りが早い。鈴にノックアウトされたときも目を離した隙にピンピンしてたし。この回復力がISVSでワンオフ・アビリティとして発現したりすればいいのに。

 ともかく、歩く攻略本と言われてる弾なら昨日のゴーレムにされた現象が既存のものであるか確認できる。俺は携帯を取り出すと、簪さんが記録していた戦闘映像を表示して弾に見せた。

 弾はこの上なく映像に集中する。その様は仕事人。

 

「フレームは見覚えがない。装甲の総量は拡張装甲(ユニオン)だがミューレイ製ENブレードの“デュラハン”と同規模のEN武器を2つ同時に扱っている点から全身装甲(フルスキン)以上のサプライエネルギー量があると推測できる。というか中に人が入ってないのにリミテッドじゃない時点で色々と規格外な奴だな」

「変な無人機だってのは簪さんも言ってた。お前に見て欲しいのは最後に俺がされてたことなんだけど」

 

 それは俺がゴーレムを後ろから攻撃しようとしたときのこと。強烈な風圧のような物が感じられ、近寄ることができずに吹き飛ばされた。

 

「IB装甲のことか。ってか簪さんって倉持技研の研究者なんだろ? 教えて貰わなかったのか?」

「あ、そういやそうだな。まあ、今となっちゃ弾から聞いた方が早い。IB装甲って何?」

「IBってのはインパクトバウンスの略でISに使われる装甲の一種だ。原理までは俺も知らねえが、ISコアからエネルギーを供給すると周囲の物質に強力な斥力を与えることができ、その斥力は自機の管理下にあるものには働かない。衝撃砲の防御版みたいなもんで物理属性に滅法強くなるが、一方でサプライエネルギーを圧迫するためEN武器の運用はおろかシールドバリアの軽減能力や本体の機動性も大幅に下がる」

 

 装甲の一種ということは打鉄に使われるようなスライドレイヤーとかの類ということか。でもデメリットが明らかに大きくて好んで使うプレイヤーはいそうにないのが良くわかる。

 ただし、ユニオンなら採用の余地があるかもしれない。ENブラスターで狙い撃ちされると厳しいだろうけど、ENブレードに対して抵抗力が生まれるから俺みたいな相手には効果を発揮する。昨日はそれを実演された形になっていた。

 ましてやあのゴーレムはIB装甲のデメリットが薄そうだった。単純に強い機体であると考えた方がいいか。対策は彩華さんの言っていたようにENブラスターの数を揃えて集中砲火するのが手っ取り早い。

 俺が迷宮に挑戦するようなことはないだろうけど、もし敵にIB装甲持ちが現れたときにはENブラスターか荷電粒子砲持ちを頼ることにしよう。

 

「IB装甲は最近になって登場したもんだ。近距離機体の天敵で遠距離EN武器のカモとだけ理解しとけばいい代物だが、一夏にとっては厳しいな」

「心配は要らないぞ、五反田。もし敵がそのIB装甲とやらを使ってきても、私の紅椿には穿千(うがち)がある。一夏が無理に相手をするまでもない」

 

 モッピーがふんぞり返る。彼女の言うとおり、ナナの紅椿は多種多様な強力武器を瞬時に使い分けることができ、さらにエネルギー切れの問題すらない。

 ……どう考えても彼女ひとりでなんとかできることの方が多いだろうな。

 

 俺の疑問が一段落ついたところで教室にセシリアと鈴が入ってきた。最初の頃は険悪だった2人だけど今では良く一緒にいるのを見かける。昨日も一緒に帰ってたし、俺の家で何か話してたらしい。仲がいいのは良いことだ。

 

「ごきげんよう、一夏さん、弾さん」

「おはよう、セシリア、鈴。今日は2人揃っての登校か。珍しいな」

 

 セシリアと鈴に挨拶を返す。ところが、

 

「アンタねぇ! 昨日倒れたって聞いて飛んでったのになんで家にいないのよ!」

 

 鈴に怒られてしまった。よく理由がわからない。助けを求めてセシリアを見つめる。

 

()()()()()()()、一夏さんは昨日、台所で気を失われてしまったのです。それを今朝になってシャルロットさんが鈴さんに伝えてしまわれて、一夏さんが家を出た後に訪ねられたというわけです」

 

 前置きとして『原因不明ですが』をやたらと強調しているのは何故だろう? それに台所で気を失ったって何の話だ? 今朝、俺はちゃんと自分の部屋のベッドで目覚めたし……寝る直前の記憶は無いけど、思いだそうとすると頭が痛いからやめておこう。

 ともかく、俺は鈴に心配をかけたらしい。

 

「ありがとな、鈴」

「ふん、礼なんて要らないわよ」

 

 この程度は礼をされるまでもない当たり前のことってわけか。たぶん鈴のファンクラブは容姿じゃなくて人柄によって生まれたんだ。

 

「ところで、一夏さん? わたくしから大事なお話があるのですが……」

「ど、どうしたんだ、改まって……?」

 

 前に似たようなことを言ってたときは申し訳なさそうにしていたのに、今のセシリアは何故か満面の笑みを俺に向けている。この違いが何なのか具体的に言えないけど、俺は本能で危険を感じ取っていた。笑顔とは本来、威嚇の表情であると誰かから聞いた気がするがおそらくその類。そして例によって例のごとく、俺には彼女を怒らせた心当たりが全くない。

 俺はビクビクしながら彼女の“お話”を待つ。

 

「昨日、わたくしがいない状況にもかかわらず、また危険を冒したそうですわね? 大事には至らなかったそうですが偶々運が良かっただけとも言えます」

 

 まだ昨日のことは千冬姉にも話してないのにいつ知ったんだろ……?

 とりあえず俺が昨日ゴーレムと戦ったことを咎めてるのはわかった。負けたらそのまま帰ってこられていない可能性があったことまで把握してるっぽい。

 けど俺にも言い分はある。

 

「いや、危険だとは思わなくて」

「たしかに想定外のトラブルであったことは認めましょう。ですが、国家代表クラスですら困難な迷宮攻略をしようというのにわたくしに声をかけないとは何事ですか!」

 

 珍しく声を張り上げて俺に詰め寄ってくる。急な予定変更だったからセシリアに話を通していなかったのは事実。セシリアと組んだときの方が戦闘に勝てるのも事実。だけど今回ばっかりは予知能力者でもないとセシリアを無理に連れて行こうとは思わない。

 隣で弾と鈴が『迷宮って?』と首を傾げている。昨日聞いた限りだと篠ノ之論文が関わるものだ。よく考えなくても一般プレイヤーに企業がミッションとして丸投げするようなものじゃない。弾が知らないのだから一般的なISVSの話じゃないのは確定だ。

 

「そもそも俺は迷宮のことすら昨日が初耳だった。簪さんも難易度までは把握してなかったみたいだし……むしろ簪さんすら断片的にしか知らなかった迷宮のことをどうしてセシリアが知ってるんだ?」

「……この話はここまでにしておきましょう」

 

 セシリアが目を背けた。これは相当後ろめたいことをしたんだろう。俺たちが初めて会ったときに相手の目を見て話せないのは真摯でないからだとか言ってた彼女の脳天にブーメランが刺さっている。

 まあ、俺としてはセシリアの情報源という危ない話に踏み込むつもりなどない。けどそれはそれ、これはこれということで迷宮の話自体は続ける必要がある。

 

「打ち切る前に迷宮にも関係することで質問があるんだけどいいか?」

「この場で話せることでしたらどうぞ」

 

 始業前の教室にクラスメイトが半数ほどいる。幸村を始めとしてクラスの連中にも藍越エンジョイ勢が何人かいるし、そもそもISVSと関わりのない生徒には聞かれても問題ない。モッピーも絶賛稼働中であるが、束さんを疑う話をするわけでもないから大丈夫。

 

「迷宮が危険だったのはIllと戦うときだけに起きていたログアウト不能現象が迷宮の中でのみ発生したからだ。彩華さんの見解だと迷宮がIllのワールドパージを模倣してるってことなんだけど……」

「一夏さんたちが遭遇したゴーレムは他の迷宮で出現した個体と同じものだったようですから、ゴーレムがIllだったとは思えないという判断でしょう。わたくしも同様に考えます」

「それは俺もわかってるつもり。聞きたいのはもっと単純なことでさ……“ワールドパージ”って何?」

 

 昨日、ぽろっと彩華さんが口走った専門用語がわからなかった。後で聞こうと思ってたのに聞き忘れて今に至る。

 一応、俺の中ではなんとなくわかってる。簪さんに電話で確認せず、セシリアに聞こうと思ったのもそれが理由。

 

「前にお話しませんでしたか?」

 

 やっぱりそうか。セシリアは既に俺に話したつもりになってるけど、俺は3つ中、2つしか聞いてない。

 ワールドパージとはつまり、

 

「3種類に分類されるワンオフ・アビリティの内の1つってわけか。ちなみにセシリアからはイレギュラーブートとパラノーマルの2つしか聞いてないからな」

 

 セシリアが説明し損ねていたワンオフ・アビリティ最後の1種。

 イレギュラーブートが条件を満たして発動する必殺技的な能力。

 パラノーマルがISの基本性能を底上げしたりする常時発動する能力。

 これらに対してワールドパージとはどのような能力なのだろうか。

 

「わたくしとしたことが……中途半端なまま一夏さんを放置していたなんて。では説明させていただきますわ」

 

 1週間以上も間を空けてセシリア先生によるワンオフ・アビリティ講座が再開される。ISVS関連の話だがワンオフ・アビリティに関しては一般プレイヤーが情報を持っておらず、弾の管理するWikiにも情報は載っていない。だから聞き手は俺1人というわけでもなく、弾も興味津々である。

 

「まず言っておきたいのですが、ワールドパージは希少な能力です。というのも国家代表候補生以上の操縦者でワールドパージに該当するワンオフ・アビリティを発現している者が1人もいないのです。どうやら公に顔を見せていないランカーが持っているようですが、わたくしは把握しておりません」

 

 モンド・グロッソにも出ていないワンオフ・アビリティか。でもってIllが標準装備している能力もそのワールドパージであると彩華さんは見ているということになる。

 

「ワールドパージは他の2つと違い、ISではなく世界自体に働きかける力とされています。具体的には『コア周辺の一定距離以内の範囲を創り変える力』と定義してありますわね。Illの能力も『プレイヤーのログアウトを禁止する』というルールを一定の範囲内に課しているのだと解釈できます」

「世界を……創り変える……?」

「ルールから変えるとかチートにも程があるじゃねえか……」

 

 またまた規模のでかい話だ。必殺技とか能力アップとかが小さく思えてくる。弾は弾でシャルみたいに実際に対戦を想像して苦悩している。

 そんな俺たちとは対照的に鈴はあっけらかんとしていた。

 

「要するに結界を作る能力でしょ?」

 

 ゲームっぽい単語でまとめられると急に規模が小さく思えた。言葉の力ってすごい。

 セシリアも鈴と同じように悲観的ではなかった。だから俺と弾が勝手に超スゴい能力と早とちりしたってだけなんだろう。

 

「ワールドパージの効力は絶大でイレギュラーブートやパラノーマルよりも優先される上位の能力だそうですが、空間自体に働きかけるという特性上、能力の対象が自機も含めた全てとなります。極端な例を挙げますが、『EN武器の使用ができない』というワールドパージがあったとすると能力保有者自身もEN武器を使えないことになり、必ずしも一方的に有利な状態となるとは限りません」

「諸刃の剣ってわけか」

 

 敵味方両方に無差別に効果を発揮する。使い方を誤れば逆に窮地に陥ることも考えられる。こちら側に使い手がいない以上、もし戦闘で関わるとすれば敵側に出てくることになる。その場合、なんとかしてその能力を逆手に取れればいいんだけど……まあ、そう上手くはいかないだろう。

 肝心のIllに関してはIllにとってマイナスにならない能力だからワールドパージのデメリットを戦闘に活かせることもない。諦めよう。

 

 

  ***

 

 昼休みとは平日の小さなオアシスである。煩わしい授業から一時的に解放されて空腹も満たせる大切な時間である。これは一生徒に与えられた権利であると俺は主張したい。

 そう言うのも……俺が今、理事長室の前にまで来ているからだ。当然、俺の意思で出向いたわけじゃない。昼休みになった直後に校内放送で呼ばれてしまったからだ。……しかも宍戸に。あの先生に()()と強調されてしまっては昼飯を食べる時間も後に回さざるを得ない。

 ちなみに俺1人だけである。モッピーを肩に乗せたまま来ようとしたらセシリアに『流石に失礼に当たると思いますので、わたくしがお預かりしておきますわ』と取り上げられた。ご尤もな話なので特に文句はない。

 

「それにしても何で理事長室? たしかここって実質的に来客の対応をするだけの応接室になってるんじゃなかったっけ?」

 

 わからないのは俺を呼びだした場所だった。宍戸が俺に何かしらの用があるということ自体は別に変わったことじゃない。自分で言うのもなんだが誰の目から見ても『また織斑が何かやらかした』程度で軽く流すような話題だ。最近の場合はISVSについての可能性もありえる。しかし、いずれにしても理事長室なんて場所を使うだけの理由がない。

 となると考えられるのは来客という点。藍越学園外部の人間で、俺を訪ねてきて理事長室に通されそうな人というと彩華さんくらいしか思い当たらないけど、あの人が学校を通して俺に接触してくる理由が全く思いつかない。

 考えても埒があかないから理事長室に突入するしか道はなさそうだ。宍戸が絡んでるからエアハルトからの刺客ってことはなさそうだし。

 というわけでノックする。

 

「先生、織斑です」

「よし、来たな。入れ」

 

 入れの一言だけかと思ったが、宍戸がわざわざ扉を開けて俺を中に招き入れる。まるで俺が客であるかのような宍戸の行動は明らかにいつもとは違う。

 部屋の中に足を踏み入れる。理事長室だけあって絨毯に机、照明に至るまで高級感があふれつつも煌びやかとは言わない粋な品物ばかりだ。

 まるで藍越学園でないような別世界には宍戸の他に1人の男が居る。黒いソファに腰掛けている40~50代と思われる痩せ気味の男で、縁が朱色のメガネと金髪が目を引いた。顔立ちはどう考えても西洋系である。少なくとも地元密着を謳い文句にしている藍越学園の理事長という風貌ではない。

 俺に用があるというのは宍戸ではなくこの人なのだろうか。俺と話をしたいなら日本語でお願いしたい。割と切実に。

 

「君が一夏くんだな? 話は聞いている」

 

 西洋人男性が話しかけてきた。良かった、日本語だ。もし宍戸が通訳として間に入ってたらその方が精神的にきつかったので助かった。

 しかし、この人は俺の何を聞いているんだろうか。ヤイバの名前だったら外国人に知られていても不思議じゃないんだけど、一夏としての俺は世の中に知られるような活躍なんてしてない。

 

「たしかに俺は一夏ですけど……あなたは?」

「これは失礼した。私がアルベールだ。今日この藍越学園に来たのは他でもない。君の顔を見るためにやってきた」

「は、はぁ……」

 

 アルベールさんはニッコリとご機嫌な様子。顎に手を当てて俺の顔をじっくりと値踏みするように観察してきているが敵意は感じ取れない。対面のソファに腰掛けるように促してきたので素直に従う。

 

「土産も持ってきていたのだが、そこにいるエセ教師に持ち込みを拒否されてしまった。重ねて詫びよう」

「当たり前です。むしろこのような時間に訪ねてくる無神経さを謝罪すべきです」

 

 唐突に学園教師である宍戸をエセ扱いしだした。客として応対している宍戸の方もお茶を出したり語尾がですます調だったりしつつも発言内容は容赦がない。2人が見知った仲なのは明白である。

 なるほど。この人は旧ツムギのメンバーなのか。

 

「私は一夏くんと話をするために少ない時間を割いている。エセ教師は黙って隅に引っ込んでいなさい」

 

 驚くことに宍戸が俺のところにも茶を置くと本当に黙って引き下がった。単なる仲間ではなく上下関係があるようだ。

 旧ツムギで宍戸よりも偉い人。もしかして、この人がISVSを作ったというクリエイター?

 ……ってクリエイターは死んでるからそんなはずないじゃん。

 少ない時間を割いているとわざわざ言うってことは普段から忙しい人なんだろう。そんな人がなんで俺に会いに来たんだろ。こういうときセシリアが隣にいてくれると心強いんだけどなぁ。

 

「先ほども言ったがISVSにおける一夏くんの活躍は聞いている。亡国機業の生み出した忌まわしき生体兵器を2度も討伐した。流石は“織斑”の息子と言ったところか」

「父さんは俺が小さい頃に死んじゃったみたいなんでよく知らないんですけど、俺がIllを倒せたのは父さんの息子だからじゃなくて周りにいる皆のおかげです」

「見込みどおりの男で嬉しい限りだ。試すまでもなかった。君があの自己中(織斑)の息子であるはずがないと前言撤回しよう」

「え? 俺、父さんの息子じゃなかったの!?」

 

 ついていけてないけど俺はアルベールさんに試されていたらしい。結果は合格だったらしいけど、まさか俺が父さんの息子ではないと言われるとは思わなかった。いや、伝え聞いた話だけでも変な人だとは思ってたけど。

 

「奴の息子だと聞いて人間性の欠落を危惧していたがただの杞憂だったようだ。それがわかっただけでも今回の来日は有意義なものとなった」

「ア、アルベールさんから見て、俺の父さんはどんな人だったんですか?」

「口が回り、狡賢(ずるがしこ)く、手段を選ばずに目的を遂行する悪魔のような男だ。さらに、その目的が気まぐれで決まるものだから手に負えない」

 

 今までと違ってかなり低評価だ。少しだけこれ以上先の話を聞くのが怖くなる。

 

「ぐ、具体的には?」

「気に入らないからという理由で、当時、私が交際していた女性にあることないことを吹き込んだのだ。それが原因で私はフラれてしまった!」

 

 ……思ったよりもしょうもない話だった。そんな真似をした父さんも、未だに根に持っているアルベールさんも大人げない。年相応に落ち着いている人という第一印象は脆く崩れ去った。昔のことを思い出したアルベールさんは気が立っている。

 

「なんか……すみません」

「一夏くんが謝ることではない。全てはあの男が悪いのだ」

 

 これは相当仲が悪かったんだろうな。たしか旧ツムギは“織斑”を慕っていた人たちで創った組織だって聞いてたんだけど、この人は全く当てはまらない。本当に旧ツムギのメンバーか?

 熱くなっていた自分にハッと気がついたアルベールさんは「いかんいかん」と首を横に振る。

 

「これまた失礼した。奴の話など誰も得しない。今はこれからについて話すべきだろう」

「そうですね。俺もアルベールさんの見解を聞いてみたいです」

 

 やっと真面目な話に入る。旧ツムギの中でも宍戸や店長とは違った考えの人が、今後どうするべきだと考えているのかは純粋に興味がある。宍戸がこの人を俺に引き合わせたのも何か考えがあるはずだし。

 

「まずは現状が知りたい。君は何人の女性と交際している?」

 

 ……はい? いきなり何を言ってるんだこの人は!?

 

「部下に調べさせた情報によれば、君は現在複数の女性と同棲しているとなっている。それは事実かな?」

 

 話は聞いているって言ってたけどそこかよ!? 千冬姉にはスルーされてるけどツッコまれると倫理的に厳しいところ。これって俺は認めていいのか?

 チラっと宍戸を目で探す。セシリアのいない今、俺が頼りにできるのはあの教師しかいない。

 ――あの野郎。この状況を面白がってやがる。

 口元を押さえて笑いを堪える宍戸に無性に腹が立った。

 

「一緒の家に住んでるのは事実ですけど、ホームステイだったり、お金の節約で宿を貸しているだけです」

「とぼける必要はない。英雄、色を好む。その逆もまた然りで、女性も英雄に惹かれるものだ。何も恥ずべきことはなく、君はただ誇ればいい」

 

 本気で頭が痛くなってきた。この人は何を言ってるんだろう?

 そもそもこれからの話にどう関係しているのかさっぱりだ。幸村みたいに学校で敵を作らないよう注意を促してくれてるようにも思えない。

 

「君は節操がないと自責の念に駆られているのかもしれないが私は非難しない。人の想いにまで競争という枠を作ってしまっては必ず不幸が存在してしまう。私は枠に嵌まった狭い人間よりは、君のように多くの者を受け入れる人間の方が好ましく思う」

 

 ついには語り出しちゃったよ。

 要約すると、自分を慕ってくる女性を拒まず全て受け入れる方が悲しむ人間が少なくてすむというハーレム推進思想である。

 いや、それ悲しむ人間の方が多いんじゃないだろうか。

 

「俺は誠実な対応をした方がいいと思いますけど――」

「もちろんだ。一夏くんならば私の娘も悲しませないと信じている」

 

 …………へ? 今、なんて言った? 娘?

 聞き逃せなかった単語を頭の中で反芻させる。もう冬だというのに急に汗ばんできたのは冷や汗というものだろうか。

 

「電話口で娘がな……一夏くんの力になりたいと嬉しそうに話すのだ。あの子は今、事情があって休学している。すぐに戻る必要はないと後押ししたのだが、内心は不安で張り裂けそうだった。だが君を見て私は安心した」

 

 今更になって疑問に思った。

 俺の家には現在3人の同い年の女子が住んでいるのだが、かれこれもう1週間以上もいる。

 1人はホームステイと称して俺の護衛に来た代表候補生。

 1人は長期休暇を取って日本に来た軍人。

 あと1人は……長期滞在できる理由がなかった。今、聞いた休学というキーワードが当てはまるのは彼女だけ。

 俺は思い違いをしていたのかもしれない。この人は旧ツムギのメンバーでなくても、ISに深い関わりを持っている。宍戸が表向きは丁寧な応対をせざるを得ないのも当たり前だった。

 

「単刀直入に言わせてもらおう。私は一夏くんを我がデュノア社に迎える準備を進めるつもりだ。娘婿にポストを用意することくらい造作もない」

 

 この人……デュノア社の社長だ……

 

「え、いや、その――」

「もちろんすぐにとは言わない。高校、大学と好きなように過ごせばいいし、1つの選択肢として考えてもらって構わない。だが私としては娘が近くにいてくれる方が安心できるのでね」

 

 いつの間にか海外の大企業への就職の当てが出来ていた。何を言っているのか自分でもわからないがそんな事実があるらしい、と遠い世界の出来事のように思って聞いておく。

 しかしデュノア社長は俺の何を気に入ったんだ? たしかシャルが日本に来た直後の手紙には『娘に手を出したら殺す』って文面があったんだが……何かきっかけがないとここまで主張が逆になるとは思えない。でもって何があったか思い返してみると……シャルがIllの犠牲になったってことくらいで、むしろ俺はシャルを危険な目にしか遭わせてない。

 何よりシャル本人の気持ちを無視してるような気がする。デュノア社長はシャルが俺のことを好きなんだって勘違いしてて、娘思いの父親が暴走してるだけにしか思えない。悪い人じゃないのはわかるけど。

 

「ありがたいお話ですけど、シャルとも話をしてからにした方がいいのでは?」

「たしかに私たちで話を進めすぎるのも良くない。今日の目的は一夏くんがどのような人間か見定めに来ただけであり、その成果は上々。とても有意義な時間となったよ。これからも娘をよろしく頼む」

「あ、はい……」

 

 最後に握手を交わす。これで本当にデュノア社長との会談は終わりだった。

 社長の頭には娘のことしかなかった。こう言っちゃなんだけど、変な人に目を付けられたものである。今日はなんとかなったけど、勘違いしたまま暴走されるともしかしたら俺はフランスに拉致されるかもしれない。シャルにちゃんと話をしてもらわないと……と思ったけど、彼女も父親が関わると大概変人だった。

 面倒なことになったと思うべきか、デュノア社とのコネができて今後の戦いが楽になると思うべきか。

 少なくともシャルという戦力を失わずにすみそうだ……なんて考えてる俺が本当に誠実な男なのかな? デュノア社長は人を見る目がない。

 

 

  ***

 

 放課後とは抑圧からの解放である。そう言っていたのは歴代一の真面目な生徒と教員たちに評される藍越学園現生徒会長、最上英臣だった。どこが真面目なんだよとも思うところだがあの人は普通の感性じゃない。なんでも『放課後の生徒の顔は見ていて気持ちがよい』とのこと。他人の幸福に恍惚な表情を浮かべていた彼の心情を理解できないし理解する気もない。

 俺はといえば、生徒会長の言うように抑圧から解放されて今日もISVSに入ろうと考えている1人である。部活に所属していない生徒は友人と駄弁ることでもなければすぐに帰宅するものだ。ちなみにISVS研究会に関しては先日、正式に生徒会長から却下の言葉をいただいていたりするが、宍戸が協力してくれている今はもうどうでもいいことだ。

 

「しっかし、今度は生徒会長から呼び出しとはね……おまけになんでまた理事長室なんだよ」

 

 放課後になって帰り支度を整える前に校内放送がかかった。内容は俺を理事長室に呼び出すもので、生徒会長が直々に放送を使っていた。場所が理事長室というのもあって、念のためモッピーはセシリアに預けて俺1人でやってきている。

 面倒は早く解決しておこう。二度目なのでさほど緊張せずにノックする。

 

「織斑です」

「待っていたよ。さ、入ってくれ」

 

 扉が勝手に開くと、中からは生徒会長が出てきた。宍戸に置き直すと完全に昼休みの再現になっている。しかし宍戸のときも思ったけど、本当にこの学園の理事長室には理事長がいた試しがないらしいな。部屋の名前を変えていいだろ。

 高級家具が揃っている応接室に足を踏み入れる。中には予想通り、来客と思われる人物が1人いた。もしかしてデュノア社長がまた来たかと危惧していたのだが明らかに別人である。短めの白い髪に加えて口元には同じ色の髭がもっさりとしている。だが老人と呼ぶには体格ががっしりとしていて服の上からでも腕の太さが見て取れるほどの屈強な体だった。男は目を閉じたままソファに座っており、部屋に入ってきた俺の方を見向きもしない。

 俺は隣の会長に耳打ちする。誰かも知らずに話し始めて驚かされるのは昼休みで懲りていた。

 

「えと……どちら様なんですか?」

「そっか、織斑くんは知らないんだったね。この人は“織斑”の盟友であるブルーノ・バルツェル准将。君を訪ねてきたらしいけど具体的な用件は僕も聞かされてない」

 

 聞いたことがない名前だったけど、教師でなく生徒会長が来客の応対をしてる理由はわかった。生徒会長は俺の父さんのファンと呼べる人だから父さんの関係者には色々と聞きたい話があるんだろう。うちの教師陣もこの生徒会長になら任せてもいいと思ってるに違いない。

 とりあえずこの人も俺に会いに来たのは事実。タイミングから考えて俺が亡国機業と戦っていることを知ったから来てくれた父さんの友人といったところか。

 俺はバルツェルさんの対面のソファへと移動する。

 

「君は何か武術を学んでいたのか?」

 

 目を閉じたままのバルツェルさんの第一声は質問だった。見るからに外国人であるバルツェルさんが日本語が達者でももう俺は驚いたりしない。俺は答える前にとりあえず座る。

 

「7年前まで篠ノ之道場で剣を教わっていました」

「柳韻の教え子だったか。道理で織斑亡き後もこうして真っ直ぐに育ったものだ」

 

 1回頷いた後で閉じていた目が開かれる。力強さの中に優しさが混ざった視線は柳韻先生を思わせた。

 

「顔は父親に、だが目元は母親に似ている。千冬くんとは逆だが奴の息子らしい顔つきだ」

「父さんだけでなく母さんも知っているんですか?」

「そういえば千冬くんと違って君はまだ物心ついてない頃だった。私は生まれたばかりの君の顔も知っている。15年も経てば立派な男の顔になるものなのだな」

 

 全く記憶にないけど、俺はこの人に会ったことがあるらしい。赤ん坊の俺を見たことがあるということはデュノア社長よりも父さんと近かった人なんだろう。

 

「さて。先ほどそこの少年から聞いただろうが改めて名乗らせてもらおう。私の名はブルーノ・バルツェル。ドイツ軍に属しているが君にとっては父親の友人であるおじさんといった認識で構わない」

「俺は織斑一夏です。藍越学園の1年生で、今はISVSで活動中です」

 

 握手を交わす。俺よりも遙かに大きな手はそのまま俺の手を容易に握りつぶせそうなくらいの迫力があった。こんな知り合いがいただなんて俺の父さんは世界中で何をして回ってたんだか。

 しかしちょっと疑問がある。

 

「それで、バルツェルさんはどうしてここに? こう言っては失礼だとはわかってるんですけど、旧友の息子を訪ねるにしては今更という気がします」

「本当はだね……織斑の奴が死んで以来、私は君と関わるつもりはなかった。これは千冬くんの頼みでもあった。だがここ最近になってその事情が大きく変わったのだ」

 

 父さんが死んだから関わらなくなった。しかも千冬姉が頼んだというのだから、おそらくは危険がつきまとうことに絡んでいたんだろう。それが最近になって事情が変わったというのだから、バルツェルさんと父さんをつないでいた要素で考えられるのは1つ。亡国機業のみ。

 このタイミングでやってきたのも俺の行動が招いたこと。俺は既に亡国機業と思われる敵にマークされている。危険に巻き込むからと関わらないでいたのに俺の方から危険に飛び込んだ。だからこれからも会わないという話の方が今更というものだった。

 

「色々と気遣っていただいて、ありがとうございます」

「礼は止してくれ。私は何も解決が出来なかった無能でしかない。それに礼を言うならこちらの方だ。君には娘が世話になっているのだから」

 

 ……ん? 今、なんて言った? 娘?

 俺にはバルツェルという名字の女の子に知り合いはいない。だから勘違いじゃないだろうか。

 そもそもドイツ人の知り合い自体が……1人だけ居たよ。でも彼女は遺伝子強化素体っていう特殊な出自だったはずなんだけど。

 

「えーと……本当に娘さんなんですか?」

「娘とは言ってもラウラとは義理の関係だ。身寄りのないあの子を私が引き取ったに過ぎないし、あの子の前では私は親である前に上官である。あの子にもそれは徹底させているから、私を親だとは思っていないだろうがね」

 

 義理の親子と聞かされて納得した。遺伝子強化素体は亡国機業の研究の産物。俺が生まれた頃に一度壊滅したらしいからまだ赤ん坊だったラウラが身ひとつで投げ出されたことになる。バルツェルさんはそんなラウラを拾ったということか。

 

「君はラウラのことを煩わしいと思っていたりしないか?」

「そんなはずないですよ。ラウラにはかなり助けられてます。そろそろ帰らないといけないのでしょうけど、彼女が抜ける穴は大きいと思ってます」

 

 正直な思いだった。生徒会長たちとの戦いに始まり、エアハルトやギドとの戦いでもラウラの存在がなければ俺たちは負けていたと断言できる。そんな彼女を邪魔に思う訳なんてない。

 しかし彼女は本来、ドイツの軍に所属するもの。長期の休暇で遊びに来ているだけであり、今後も俺たちと戦ってくれる保証なんてないのはわかっている。

 

「君はラウラを必要としているのか?」

「ラウラに限らず、俺の味方をしてくれる皆を必要としています。でないと俺はエアハルトに勝てませんから」

「ではこれは君への朗報となるな」

 

 そう前置きをしてバルツェルさんが続けた言葉は本当に俺にとって都合のいいことだった。

 

「実は数日前よりラウラ・ボーデヴィッヒ少佐相当官の休暇を取り上げ、君の護衛任務に就かせていた」

 

 護衛任務。つまりはラウラもセシリアと同じように俺を助けてくれる。だけどセシリアと違って個人でなく組織がそう判断したことの意味が大きい。

 

「ドイツも味方してくれるってことですか?」

「生憎だが我が軍も一枚岩とは呼べないのだ。特定できてはいないが確実に内部にはアントラスの思想も入り込んでいる。だから君の味方ができるのはシュヴァルツェ・ハーゼのみと言っていい」

「十分です。ラウラが欠けないだけで助かりますから」

 

 後ろ盾がまた1つ増えた。ギドを倒した今、次にエアハルトと戦う場合は互いが死力を尽くすことになるはず。一般プレイヤーと倉持技研だけでは心許なかったけど、シュヴァルツェ・ハーゼが味方してくれることになったのはかなり大きい。

 

「ラウラは良い仲間に恵まれたようだ。本能で“織斑”を追っていたあの子が君と巡り会えた奇跡に私は感謝している」

「ラウラは俺よりもブリュンヒルデに会えたことを喜んでた気がしますけどね」

「どちらにせよ“織斑”の子供だ。私などが傍にいるよりもよほど安心を覚えるだろう。これからもあの子のことをお願いしたい」

「いえいえ。こちらからもお願いします」

 

 こうして俺はまた新たな味方を得た。ただ……このまま一生ラウラが家に居るかのような口振りだったのは気のせいだよな?

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 放課後の教室にセシリアと鈴が残っていた。一夏の席の周りで彼が理事長室から戻ってくるのを待っている。セシリアの膝の上ではモッピーがマジックで落書きされたかのような眉毛を額に寄せている。

 

「遅い。一夏は何をやっているのだ?」

「お客様と大事なお話ですわ。敵を追いつめるためにも今は多くの後ろ盾を得ることが必要なのです」

「その口振りだと呼び出された本人よりも詳しそうね。またアンタの差し金だったりするんじゃないの?」

「まさか。お昼の方も含めて、わたくしが声をかけて動くような方々ではありませんわ」

「へー、オルコット家とやらにもできないことがあるのね。でも、一夏が何を話してるのかは知ってるんでしょ?」

 

 興味津々といった様子で鈴は質問を続ける。誤魔化せそうにないと諦めたセシリアは渋々ながら一夏が誰と会っているのかを口にする。

 

「今、一夏さんが会ってらっしゃるのはドイツ軍の将校だそうです。ドイツは国としてはミューレイ寄りなのですが、ラウラさんの所属するシュヴァルツェ・ハーゼは国の方針に懐疑的だと聞いています。ですから一夏さんに接触してきた方はラウラさんの上官の方なのでしょう」

「ふーん。なんか思ったより面白くなさそうな話ね。ついて行かなくて正解だったわ」

 

 いざ話が聞けると鈴の顔から急速に興味の色が消え失せる。一夏の現状を把握はしていてISVS関連であることは重々承知しているが、他国のお偉いさんと政治的に握手している作り笑いの一夏を想像してしまってこれ以上の思考を拒絶した。

 そんな鈴を見てモッピーは短い両腕を器用に動かしてやれやれと肩をすくめる。

 

「鈴、人に聞いておいてその態度はどうかと思うぞ」

「……アンタには理解できないことでしょうから弁解も意味なさそうね」

「どういう意味だ?」

「文字通りよ。アンタには見えてないものがある。他ならぬ一夏のことでね」

「何だと!?」

 

 悪いところを素直に指摘したモッピーだったが鈴は認めないばかりか挑発を返す。一夏のことを理解していないと言われてしまってはモッピーのふざけた顔面にも怒りが浮かんだ。

 すかさず間にセシリアが割って入る。

 

「2人とも落ち着いてくださいませ。一夏さんが戻られたときに喧嘩をされていてはお気を悪くされるだけではありませんか?」

「また優等生ぶって! アンタは悔しくないの!? このままだと本当にアンタ、愛人ルート突入よ? 負け犬よ、負け犬!」

 

 最近の不満からか鈴は体裁を繕うことすらせずにまくし立てる。負け犬と罵倒しながら泣きそうなのは鈴の方だった。それもそのはずで鈴はこの1ヶ月ほどでセシリアのことを認めてきた。もし一夏が自分でなく彼女を選ぶのならば仕方がないと身を引ける程に。

 ところが今の一夏は自分でもセシリアでもなく7年前の幼馴染みである箒にばかり目が向いている。以前より最大のライバルだと鈴も感じていたことだが、ナナとして出会ったときからまだ鈴は箒を認めていない。

 どうして箒なのか。そう考えるたびに苛立ちが募る。

 

「一夏が振り向かなかったら生涯独身を貫くとかただの強がりでしょ!? だってアンタはあたしらと違って家名を背負ってる。オルコット家のためにもアンタは引いちゃいけないのよ!」

 

 放課後の教室でまだ他にも生徒が残っているというのに鈴はヒートアップして叫んでいた。

 シーンと静まりかえる教室。その中には遠くでニヤニヤと見守る幸村の姿もある。ふと我に返った鈴は自分が何を言っているのかに気づいた。

 

「ってあたしは何でセシリアの心配してんのよ! バカみたいじゃない!」

「ご心配ありがとうございます。ですが家のために妥協はしないつもりです。最悪わたくしの代で終わりも覚悟していますから大丈夫ですわ」

「それって全然大丈夫じゃないわよね!? あの執事さん辺りが黙ってなさそうだけど!?」

「それがですね、鈴さん。どうもその手の話ではシャルロットさんの方に怪しい動きがありまして――」

「へ? シャルロット? 何でアイツの名前がここで出てくるの?」

 

 当事者本人よりも周りが熱くなるのではという鈴の危惧に対してセシリアの口からは意外な名前が飛び出してきた。

 

「お昼に一夏さんが呼び出されていたのはフランスのデュノア社長が来られたからなのですわ。わたくしが盗み聞――推測するところによりますとデュノア社長は一夏さんとシャルロットさんを結ばせようとしています」

「何を言い掛けたのかは激しく気になるけど今は放置させてもらうわ。それってマジなの?」

「ええ。ですがそれほど危機感は持たなくていいでしょう。一夏さんにもシャルロットさんにもその気はないでしょうから」

「まあ、それはあたしも同感かな。シャルロットの目を見ればわかる。で、一夏のことだから社長さんの勘違いを利用する気でいて、それがアンタの言う後ろ盾につながるわけね」

「元々デュノア社長は旧ツムギのパトロンだったので味方で居てくれる公算はあったわけですが」

 

 一夏を取り巻く環境の変化についてセシリアと鈴が論じているのをモッピーは黙って見守っていた。一度は鈴の言い方に腹を立てたものの一歩引いた目線に立って考え直す。ヤイバの正体が一夏だと知ってから楽しい日々が続いているからこそ見落としているものがあるかもしれないのだと。

 そして、モッピーの目を通した鈴たちのやりとりからもナナに一夏の苦労が伝わってきた。自分ひとりではどうしようもなくて一度は挫折し、周りを巻き込んででも戦っている一夏の姿が目に浮かぶ。

 鈴の言いたいことを理解した。だからこそナナは異を唱えたい。一夏の無理した作り笑いを拒絶する鈴と違って、ナナは頑張っている一夏として肯定的に受け止めるからだ。

 

「デュノア社とシュヴァルツェ・ハーゼ。ISVSにおいてフランスとドイツの最大勢力と見ていい2つが味方してくれる。それが一夏の勝ち取った結果だと言うのなら歓迎すべきことではないか」

「そうよね。でもモッピーに良い感じにまとめられると腹が立つ。中の人に罪はないけど」

「私だって好きでこの姿をしているのではないのだ……簪には感謝しているが」

「あ、お二人とも。一夏さんが戻られましたわ。念のため言っておきますが、わたくしたちは一夏さんが誰と会っていたか知りません。いいですわね?」

 

 一夏が階段を上がってきたタイミングで見えていないはずのセシリアが他2人に注意を促す。

 

「ごめんね、セシリア。あたし、一夏に隠し事なんて出来ない」

「鈴さん!? 裏切るのですか!?」

「冗談よ。さっきのデュノア社長の話をあたしが知ってるなんて一夏が聞いたら、アイツのことだから無駄に気を張っちゃうだろうし。だからあたしは何も聞かなかった」

 

 教室のドアが開けられて待ち人が来る。鈴を先頭にしてモッピーを抱えたセシリアが彼の元へと寄っていく。

 

「遅いわよ、一夏」

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 藍越学園から徒歩500m地点の歩道を白い髪と髭の偉丈夫が1人で闊歩する。スーツ姿だというのに街中で異質さを放っている。見た目の年齢と体格がマッチしていない巨躯と明らかに日本人ではない風貌により、道行く通行人はそそくさと彼から距離を置いていた。

 1人歩いている男の傍に黒塗りの高級車が停車する。男が立ち止まって振り向くと後部座席の窓が開き、中にいる金髪で朱色のメガネをかけている男性と目が合った。

 

「これはこれは、ドイツの大佐殿ではないか。いや、失礼。今は将軍だった。護衛も付けずに街を歩くとは、日本の治安が良いからとはいえ油断しすぎなのでは?」

「ひ弱な商人とは鍛え方が違うのでな。私を殺したければISでも持ってこいという話だ」

「まるでミサイルを撃たれても平気という口振り……脳味噌まで鍛えて筋肉で埋まってしまったという噂は本当だったようだ」

「将軍などという立場になると青筋ばかりが浮かぶ。そのせいかもしれぬ」

 

 道ばたでバッタリと会った2人はハッハッハと笑いながらもこめかみには青筋が浮かんでいた。

 

「ところで日本にはどのような用件で? 将軍という立場の者が他国にまでやって来るとはよほどの事態とお見受けする」

「プライベートな旅行に決まっている。貴様の方こそデュノア社は次世代機の開発で苦労しているらしいではないか。このような日本の片田舎で遊んでいる時間があるのか?」

「私が本国を離れたからといって開発に支障が出るはずもない。私の役目は金を用意することだ。もっとも、ISVSが機能しだしてからは開発のコストも下がっている上に顧客が一般にまで広がった。順風満帆で私の出番がほとんどない」

「もしISVSがなければ会社が潰れていたということもありえそうだ」

「冗談を言うな。この私が居て倒産するなどありえない」

 

 何でもない立ち話だがもう腹の内の探り合いは始まっている。国が違う2人だが、互いが互いを“ある人物”を通じて知っているため、この時点で日本のこの場所にやってきている目的を察している。

 先に切り出したのは車内に座るデュノア社長の方だった。

 

「そういえば先ほどふと思い立ち、織斑の家に顔を出してきた。奴の子供には会えなかったが、そこで思わぬ出会いをすることになった」

「まさか自分の愛娘が居るとは思わなかったということか。父に愛想が尽きて家出した先が父の憎んだ男の家とは皮肉もいいところだ」

「この私がシャルロットの居場所を把握していないはずがないだろう! 愛想を尽かされてなどいないし、そもそも私が容認して織斑の家に行ったのだ!」

 

 しかし娘を引き合いに出されて最初にボロを出したのもデュノア社長だった。くっくっくと笑いを隠さないバルツェル准将を見て我に返ったデュノア社長は「ええい!」と強引に話を進めにかかる。

 

「とにかく! 私は織斑の家でシャルロットと共にいる遺伝子強化素体と会った。あの姿は兵隊用に造られたというクローン型遺伝子強化素体の1体に違いない。私だったから良かったものの見つけたのが中途半端に知識のある者ならばその場で処分していたのかもしれんのだぞ? なぜ野放しにしている?」

 

 バルツェルの顔から笑みが消える。独身を貫いてきた男は唯一の肉親である養子の過酷な人生を憂う。

 

「やはりあの子が生きにくい世の中なのだな……」

「当たり前だ。私としてはシャルロットが友達だと紹介した娘には生きていてほしい。だが、人間社会に害を為す可能性がまだ拭えていない現実を自覚しろ」

「そう、だな。まだ我々の共通の敵は消えていない。“織斑”が殺されて、ツムギが頭と心臓を失った代償に“生きた化石”を打ち倒したらしいが亡国機業は今も健在なのだ」

「だからこそ“織斑”の息子の顔を見に来たのだろう? 今も敵と戦う者がどのような男かを知るために」

「ああ。ラウラの未来を切り開いてくれるのはあのような若者なのだ」

 

 初めて2人の顔から青筋が消えて笑い合った。2人に共通しているのは敵だけでなく、期待をしている男も同じ。立場のこともあって普段からいがみ合う関係だが、強い仲間意識が根底に存在している。

 このままさようならと別れれば笑って終えることもできただろう。しかしそれだけで終わらないのがこの2人だった。

 

「シャルロットが認めただけに留まらず、シャルロットを窮地から救い出した男だ。彼にならば安心してシャルロットを任せることができる。将来はデュノア社を継いでもらうことになるだろう」

「待て。そのような道を私が許すと思ったか?」

「安心しろ。ラウラという娘も一夏くんの器ならば面倒を見てくれるはずだ。イギリスのオルコット家の娘も陥落しているようだから資金面も申し分ない。すぐに巨大勢力になる」

「貴様は彼に何をさせようとしている!? 人として道を踏み外させるつもりか!?」

「相変わらず頭が固い。だから嫁も貰えずにその歳になるのだ」

「それとこれとは関係ない!」

「最終的に決めるのは一夏くんだ。私としては彼が正直にさえ生きてくれればそれでいいと思っている。ではまた会おう、将軍」

「待てい! どうせ娘を選ばなかったら圧力をかける気だろう! そうはさせんからな!」

 

 窓を閉めてデュノア社長を乗せた車が颯爽と去っていく。見送るバルツェルは憤りを隠さない。この2人が仲良く肩を並べるような未来はあるのだろうか。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

「ハックション!」

 

 病院にやってきた早々にクシャミが出た。近頃寒くなってきたとはいえ、風邪をひくような心当たりはない。誰かが俺の噂でもしていたりしてな。

 

「一夏が誰かに噂されてるわね」

「待て、鈴。その前に疑うものがあると思うんだが?」

「一夏――正確にはヤイバがISVSで有名になっているからな。無理もあるまい」

「あれ、モッピーも本気で言ってる?」

「申し訳ありませんがわたくしの力を以てしても噂をしている者が誰かまでは特定できませんわ」

「うん、できるできない以前に特定しようとすること自体がおかしいよね。あと、誰も俺の体を心配してないよね」

 

 まるで一夏(バカ)は風邪をひかないと言われているようだ。しかし俺だって人間だから風邪くらい……最後に風邪ひいたのっていつだっけ?

 

 ちょっと扱いの酷さに涙しつつ。俺たちがやってきたのは箒が入院している病院だ。本当は俺とモッピーだけで来るつもりだったんだけど珍しく鈴とセシリアもついてきたいと言ってきかなかった。

 平日の夕方と言っても病院のエントランスは騒がしかった。だが流石に病棟まで騒々しく入っていくのは好ましくない。俺相手に軽口を叩いていた3人だったが目的地が近づくにつれて口数が少なくなり、やがては完全に黙り込んでしまう。その場の雰囲気に合わせたとかではなく、その場の空気に呑まれたからなんだと思う。

 先頭を歩いていた俺は病室の前で足を止める。入り口の脇に付けられたネームプレートには見覚えのある名前。セシリアに抱えられたモッピーがそれを見てしょんぼりと項垂れる。重い空気の中での第一声もモッピーからだった。

 

「本当に……私が入院しているのだな」

 

 ISVSの中ではナナとして普通に活動しているために現実感がなかった話だろうと思う。でも俺はこの1年近くずっと通っていて、目を覚まさない彼女の姿を何度も見てきた。

 今日ここに来ようと思ったのは自分を戒めるため。そして、自分を焚きつけるため。原点に返ることで自分を引き締めようと思ったからだ。

 だがそれを言ったらナナも来たいと申し出てきた。見せていいものか判断がつかなかった俺は結局彼女のしたいようにさせることを選んだ。鈴とセシリアがついてきたのは偶々で元々の予定にはない。

 

「じゃあ入るぞ? 本当にいいんだな?」

 

 これが最後の確認。モッピーは少しの逡巡もなく頷いた。

 病室の扉に手をかける。小さい力で軽くスライドするドアを開くと、中には1台のベッドと複数の医療器材。ベッドの上には目を閉じたままの篠ノ之箒が横たわっていて、ベッドの脇には白髪交じりの着物姿の男が座っている。箒の父親である柳韻先生だ。毎日のように見舞いに来ているため、今日も会えると思っていた。

 

「一夏くんとお友達の方かな?」

 

 こちらを一瞥すらせずに柳韻先生が声をかけてくる。顔を見ずともわかってしまう辺り、昔の迫力が失われても腕前や感覚は衰えていない。

 

「はい。俺も含めて、皆、箒の友達です」

 

 柳韻先生が振り向いて目を見張る。きっと“俺の友達”として認識していたからこそ鈴やセシリアにあまり興味を持っていなかったんだ。そういう点では束さんと親子なんだなと感じる。

 まず最初に動いたのはセシリア。柳韻先生の前に進み出た彼女はスカートの裾を摘んで広げるとお辞儀をする。彼女が抱えていたモッピーは床に下りている。

 

「初めまして。わたくしはセシリア・オルコットと申します。一夏さんから箒さんの容態を聞いてイギリスから飛んできました」

「これは驚いた。まさかこの子に外国の友達がいたとは……束と違って“織斑”の影響は受けていないはずなのだと思っていたが。これは嬉しい誤算だ」

 

 柳韻先生の顔にほんの少しだけ笑顔が戻る。元より表情を作るのが苦手な人だ。俺以外に見舞いに来る同級生の存在が嬉しかったのは言葉通りなんだと思う。

 柳韻先生の穏やかな視線が鈴に移る。鈴はやや緊張した面持ちだ。

 

「あ、あたしは凰鈴音といいます。こんな名前ですけど、根は日本人みたいなもんです」

「わかるよ。君は長い間、日本にいる。そんな空気を纏っている」

「空気ですか?」

 

 焦り気味の鈴が自分の体を嗅ぎ始める。いや、別に臭うと言われてるわけじゃないんだが……

 

「箒には真面目な友達も、愉快な友達もいるのだね、一夏くん」

「そうです。もっといっぱい居ますよ」

 

 感慨に耽る柳韻先生に他にも箒の友達が沢山いるのだと伝える。今もISVSの中に閉じこめられている仲間は皆が彼女を慕ってくれている。たぶん今ではプレイヤー連中の間でも人気になっててもおかしくないし。

 鈴が『あたしが愉快でセシリアが真面目って納得できないんだけど!?』とショックを受けている傍らで、モッピーは呆然と立ち尽くしていた。彼女が見ている先はベッドに寝ている箒に笑みを向けている柳韻先生。7年前の厳格だった先生には考えられなかった、娘のことで頭がいっぱいになっている子煩悩な父親がそこにいる。

 俺は屈み込んでモッピーの耳元で囁く。

 

「俺から説明しようか?」

「いや、いい。父上が私を気にかけてくれている。それが知れただけで胸がいっぱいだ」

 

 本当は今すぐにでも飛び込んでいきたかったんだと思う。でもモッピーの姿では帰ってきたとは言えないし、柳韻先生にとってショックの方が大きいはず。だから自分が箒だと名乗り出ることなんてできない。そして、箒が望まなければ俺からできることは何もない。

 これ以上は箒が辛いに決まってる。俺はモッピーを抱え上げると、そのまま踵を返した。

 

「では柳韻先生。今日はこれで帰ります」

 

 まだまともに眠っている箒の顔も見ないまま俺は帰ろうとした。鈴とセシリアも先に病室の入り口にまで歩いていく。今日は柳韻先生に鈴とセシリアを紹介するだけに終わる。そう思っていた。

 

「待ちなさい、一夏くん。君が抱えてるものは何だ?」

 

 だが柳韻先生は俺を引き留めた。いつもなら魂が抜けたような声で返事がくるだけなのに、今の言葉には俺の足を止めるだけの確かな力があった。

 柳韻先生の目はモッピーに向いている。常人にはない超感覚でモッピーの正体に感づいているのだろうか。

 

「ぬ、ぬいぐるみです」

「貸してくれ!」

 

 半ば強奪するように俺の手からモッピーを持って行った。モッピーは動かずにただのぬいぐるみのフリをする。話すことも動くこともしていない。だというのに柳韻先生はモッピーをきつく抱きしめる。

 

「信じられないことだが信じるしかないようだ。箒……なのだな?」

 

 信じられないのはこっちの方だ。初めて見たときは俺ですら全くわからなかったのに柳韻先生はモッピーに箒の意識があるのだと見破ってみせた。

 俺たちから何も言わなくても柳韻先生は事実を把握した。もう我慢する理由なんてない。モッピーの短い手が柳韻先生の腰に回る。

 

「父上……私、私……」

「束の妙な発明のせいか……いや、あの子はよくわからない子だったが、ここまで悪質ないたずらをする子ではない。何に巻き込まれているのかは知らないが、よく頑張ったな、箒」

「う、う……うああああ!」

 

 ISVSのアバターと違って、モッピーから涙は流れない。しかしそのぬいぐるみは確かに泣いていた。幾度と知れない、死ぬかもしれない戦いをくぐり抜けてここまで来た。張りつめていた糸が緩み、俺の前でも見せなかった泣きじゃくる子供の姿がここにある。

 ……俺にはわからないけど、これが親子ってものなんだろうな。

 邪魔するのも悪いから俺は廊下で待ってることにした。すると先に廊下に出ていた鈴が鼻をすすっている。

 

「あたし……こういうのには本当に弱いのよ……」

 

 鈴らしかった。元から涙もろい鈴だけど、彼女は家族のことで一悶着があったから尚更思うところもあるんだろう。ポケットに入れてあるハンカチを渡してやると目元の涙を拭う。

 

「鈴が落ち着いてからもう一度中の様子を確認するか。な、セシリア?」

「お父様はわたくしのこと……どう思っていらしたの……? どうして何も言わずに逝ってしまわれたの……?」

 

 なんとセシリアもポロポロと貰い泣き……というより自分の親を思い出してしまったようだ。詳しいことは知らないけどセシリアのご両親は事故で他界していると聞いている。小さい頃に亡くした俺と違って3年ほど前のことらしいから思い出のひとつやふたつはあって当たり前なんだよな。

 

「2人とも、とりあえずそこに座ろっか。落ち着くまで俺が付いてるから」

 

 廊下に設置されたイスに連れて行って座らせる。エアハルトたちと戦っている俺たちだけど、まだ子供なんだよな。だからこうして足を止める日があってもいい。そう思った。

 


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