Illusional Space   作:ジベた

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03 見えない砲弾

 いつも通りの朝。遅刻でも早すぎるわけでもない始業の20分前。

 教室のドアを気怠く開けて、中にいる5・6人にアクビ混じりに「おはよう」と挨拶をし、そのまま俺の席である窓際の一番後ろから2番目の席に向かおうと歩く。

 しかしその道は仁王立ちをするツインテール少女によって塞がれていた。

 

「おはよう、一夏」

「あ、ああ、おはよう……鈴」

 

 はて、何か俺は鈴を怒らせるようなことをしたのだろうか。鈴が不自然なくらいの笑顔を見せているということは、彼女を怒らせているに違いないと俺の経験が告げている。案の定、鈴を避けて奥にいこうとするも回り込まれてしまう。

 

「アンタ、あたしに何か言うことはない?」

 

 鈴に言わなければいけないこと。俺が鈴にそれを言わないから鈴は不機嫌となった。

 つまり、今必要な言葉は……!

 鈴の目を真摯に見つめながら、胸の内のわだかまりを吐き出すように言い切る。

 

「今日のキミは一段と美しい。荒んだ心が洗われるようだ。ああ、神よ! 私はこの巡り合わせに感謝いたします!」

「ちっがーうっ! ふざけるのもいいかげんにしなさい!」

「何も違わないさ。キミが笑っているそれだけで世界が救われる」

「ア、アンタまでバカどもと同じようなこと言ってんじゃないわよ!」

「男ってのはさ……女性の前だとバカになるんだよ」

「アンタに女子扱いされたこと自体、超絶珍しいんだけどっ!? というかバカってところを否定しないの!?」

「俺はおとといに不本意ながらも宣言しただろ? 『俺はバカです』ってさ」

「アンタが自分で認めてどうすんのよ!? 弾にハメられたって言ってたじゃない!」

「あ、そうそう。はいコレ」

 

 俺は鞄から1冊のノートを取り出す。一昨日に借りた英語の授業のノートだ。俺が寝ていた分の範囲は既に写し終えているので、もう返しても問題はない。

 

「次からは真面目にやりなさいよ」

「へいへい」

 

 鈴がぶっきらぼうに俺からノートを奪い取った。説教を軽い返事で受け流した俺は鈴の脇を通り過ぎることにする。だが、肩をがっしりと掴まれてしまった。

 

「何も話は終わってないわよ?」

 

 くっ! 勢いと話題転換で押し切れなかったか!?

 きっとこれがマンガならば頭に血管が浮き出ているくらいに怒り心頭であろう鈴は笑顔が崩れていない。だから余計に怖い。俺一人では誤魔化しきれない。ってかここまで怒られるなんて、俺は鈴に何かしたっけ?

 いっそのこと鈴から言ってくれればいいのだが、鈴は俺から言ってほしいようだ。話は終わってないという彼女だったが、何も言わずに俺を見つめ続けるだけ。朝からどうしてこんなにらめっこを始めなければならないんだ?

 その硬直状態は次に教室に現れた男たちによって解かれることとなった。

 

「お? 朝っぱらから見つめ合ってどうしたんだ、お二人さん?」

「なーんだ。否定してたけどやっぱり――」

『違う!』

 

 俺と鈴の声が重なった。同時に入り口の方へ振り向くと手提げの鞄を肩に担いだ弾が戸に寄りかかっていた。隣には俺たちを見てニヤニヤしている数馬もいる。いつも行動の早い鈴は俺のことを放っておいて弾に詰め寄った。

 

「弾? アンタも部外者ってわけじゃないんだけどさぁ」

「マジか……悪い、一夏。俺はノーマルなんでお前の気持ちには応えられない」

 

 どうしてそうなった!?

 

「いや、勝手に妙な想像働かせてんじゃねえよ!」

「え? だって俺と鈴と一夏で三角関係にしようとしたら、そうならないとおかしいと思うんだが」

「まず前提が狂ってるからな?」

 

 さて、今この教室内には俺たち4人の他に5人ほどか。頼むから変な噂を広めないでくれよ。もし千冬姉の耳にでも入ったら、たとえ誤解でも家族会議が始まりそうだ。ああ、頭が痛い。

 

「とりあえず話をまとめると、鈴は昨日の放課後に仲間外れにされたことが気に入らないってことでOK?」

 

 方向性を見失っていた俺たちに数馬がフォローを入れる。数馬がどうやってその結論に至ったのか見当もつかないが、鈴が急に大人しくなって頷いているため的を射ている内容なのは明白だった。

 

「いや、仲間外れも何も鈴は昨日家の手伝い――」

「知ってたらアンタたちについていったわよ! ああ、もう! どうしてあたしに黙って男連中だけで行っちゃうのかしら!」

 

 昨日は仕方がない事情があっただろ、と諭そうとしたのだがきっぱりと否定された。

 少し俺の認識が間違っていたのかもしれない。弾たちの誘いを家の手伝いを理由に断っていたこともあったから、てっきり鈴はISVSよりも手伝いをとるのだと思っていた。しかし、やる気なさげに見えて隠れた熱意があるのやもしれん。これもゲーマーのひとつの形なのか。

 ともあれ、結果的に鈴をハブったのは俺なのだろう。素直に謝っておくしかない。

 

 鈴は頬を膨らませて『不機嫌です』と主張している。こういう少し子供っぽい怒り方は、俺に“彼女”を思い出させた。7年前には当たり前にあった光景だ。俺は頭が悪かったし、相手への気遣いなどが言動から欠けていたから彼女を怒らせることなんて日常茶飯事だった。初対面から喧嘩腰で睨み合って、互いの不満をぶつけ合った。不満なところを全部吐き出すと、段々と相手のことが見えてきて……傍に居て当たり前の存在となった。そうなってもなお、思いの行き違いで何度も彼女を怒らせた。あまりにも俺がわからないものだから、彼女はわざとらしいくらいに感情をハッキリと表に出すようになったんだよな。

 

「俺が悪かったよ、鈴。でもさ、それならそうと言ってくれればいいじゃないか」

「ふん! 誤魔化して逃げようとしてたアンタに正直に言ってもはぐらかすでしょうが」

 

 ご尤も。しかし、なんで怒ってるのかわからなかったんだからしょうがないとも思う。普段は物事をハッキリと言うタイプのくせに、稀に言葉に出さずに理解しろと要求するところが面倒くさいんだよ。

 ……そういうところが“彼女”に似てるんだよな。だからどれだけ面倒くさく感じても、俺は鈴を見捨てるようなことはしない。ただ、俺が鈴に感じているのは友情と呼べるものなのだろうか……?

 

「それにしても鈴の情報網ってどうなってるん?? 昨日の今日で一夏がISVSを始めたことを知ってるなんてさ」

「メールが来たからよ、数馬」

 

 鈴の返答を聞いた数馬が弾の方を向くも、弾は首を横に振った。

 

「鈴の情報源なんてどうでもいいだろ。うちの姫様のお怒りを鎮めるには今日の予定を考える方が建設的だ」

「今日の予定? 今日も俺の練習に付き合ってくれるんじゃないの?」

「もちろんそのつもりだが、内容をどうするかってこと。一夏はまだISVSの戦闘を理解し切れているわけじゃない。昨日のサベージ戦だけじゃ把握できないところを知ってもらう必要がある」

 

 昨日の戦闘。サベージという男のISは狙撃をメインにした逃げ足特化の機体で、攻撃を当てさえすればすぐに倒せる相手だったらしい。一応サベージ本人のレクチャーでエネルギーに関する簡単な説明は受けたが、その戦闘では理解できないことというと……わかんねえ。

 

「手っ取り早く一夏に基礎をたたき込むために、今日は一夏と鈴の1対1で試合をするとしようか」

「弾!? 一夏が鈴と試合って無謀すぎない!?」

「あたしが言うのもなんだけど、初心者相手に手加減するなんて器用なことはできないわよ」

 

 鈴の実力は未知数だが、数馬と鈴の反応でサベージとは比べものにならないことだけはわかる。弾は俺に敗北を教えようとでも言うのだろうか。弾は知らなくて当然だが、俺は既にボッコボコにされた経験があるから、あまり為にならないんだけどな。

 ところが弾の想定は皆と食い違っているようだ。人差し指を立ててチッチッチと左右に振る。

 

「手加減なんていらない。むしろしたらダメだな。俺は一夏が勝ってもおかしくないと思ってるくらいだ」

「おい、弾。買い被りすぎじゃないか?」

「そうでもねえよ。何かに特化した機体ってのは、うまくハマればジャイアント・キリングだってできるもんさ」

 

 ジャイアント・キリングとは要するに番狂わせのこと。弾がわざわざその言葉を使った真意はなんとなく察することができた。この場合の上位ランクの相手は鈴のことではなく、この間戦っていた“ファング・クエイク”のことなのだろう。……やっぱり買い被りすぎだと思う。

 

「弾がそこまで言うなら期待して良さそうね。放課後が楽しみ」

 

 鈴が右足を軸にクルッと1回転してスキップをしながら自分の席へと向かっていった。とりあえず機嫌が直って良かったということにしておこう。

 

 

***

 

 昼休み。今朝に弁当を作るのをサボっていた俺は昼食を確保するために売店へと足を運ぶ。ちなみに俺一人でだ。鈴も数馬も、あの弾ですら毎日弁当である。

 

「しっかし、ついでにパシらされる羽目になるとはな」

 

 どうせ売店に行くからと3人分のジュースが注文された。遅刻しなかったとはいえ、寝坊したことが悔やまれる。これも夜更かしを続けている罰だと割り切れば安いものだ。

 

「お? 織斑は今日、パンか? 珍しいこともあるもんだな」

 

 売店の行列を目にして憂鬱な気分になりながらも最後尾に並ぶと、ちょうど俺の前に並んでいた男子が振り返って話しかけてきた。確かコイツは俺のクラスの、

 

幸村(こうむら)か。ちょっと朝寝坊して、弁当作る時間がなかったんだよ」

 

 幸村亮介(りょうすけ)はクラスの男子の中で一番背が低い。俺よりも10cmほど低い場所から見上げてくる目は、背の高さなど引け目に感じてないようで堂々としている。同じクラスだが今まで関わったことがないため、どんな奴かはよく知らない。こうやって何でもないときに話しかけてくること自体が初めてであった。

 

「えーと……鈴ちゃんは近くにいないよな?」

「あ、ああ。俺1人パシらされてきたからな」

 

 幸村はキョロキョロと俺の後方を見回す。鈴ちゃんという呼び名にかなり戸惑いを覚えたが、まず間違いなく鈴のことだろう。……もし鈴本人が聞いてたら発狂していたことは想像に難くない。自らの目と俺の証言が一致した幸村は「じゃ、ひとつ聞きたいんだが」と前置きしてから俺に話を切りだした。

 

「織斑がISVSを始めたのって鈴ちゃんに話を合わせるためか?」

「……違う」

 

 コイツが何を聞きたいのかがわからない。俺が弾たちと一緒にいる割にはISVSをやっていないことはクラス内では知られていることだから、俺が昨日からISVSを始めたことがクラス中に広まっていても違和感はない。頑なに拒んできていた俺が今更手を着けた理由が気になるのは不可思議なことではないんだ。だが、なぜそこで鈴が出てくる?

 

「なあ……幸村も俺と鈴が付き合ってるとか勘違いしてたりするのか?」

「そんなわけないだろ!」

 

 強い否定。からかう様子は微塵も感じられない。幸村は自らの胸に右手を当てて主張する。

 

「鈴ちゃんが織斑と付き合うのか付き合わないのかという瀬戸際で悩んでる姿を遠くから見守るのが俺の毎日の清涼剤なんだよ!」

 

 ……コイツは何を言ってるんだ?

 

「いいか、織斑! もし万が一鈴ちゃんがお前と付き合い始めてみろ! 学園中にイチャラブ光線をまき散らすに決まってる! そのとき、藍越学園の壁という壁は、我が同志たちの拳によって次々と破壊され校舎が倒壊することになるであろう!」

 

 胸に当てていた右手を今度は顔の前に持っていき、力強く拳を作っていた。何やら熱い主張がしたいようであるが意味不明である。

 

「とりあえず俺は何からツッコめばいいんだ?」

「俺のことはどうでもいい! お前がISVSを始めた理由を早く言えよ! 鈴ちゃんと付き合い始めたとかじゃないにしても確証がいるんだ!」

「悪いがお前には言いたくねえわ」

「なんだと!? ……そうだな、俺のことを話さずに一方的に聞こうというのはマナー違反だったな」

「いや、マナー以前にお前が身につけるべきものが他にあると思うぞ」

「よし、俺がISVSを始めた理由を話してやろう」

「別に聞きたくないです」

 

 ダメだ。既に聞く耳を持っていない。目をキラキラとさせた幸村は自らの過去を語り始めていた。もうすぐ列が消化されるのだが、長話をしている時間はあるのだろうか。

 

「あれは3ヶ月前のことだった……」

「おい、幸村。あと3人でお前の番だぞ」

「色々あって俺はゲーセンで鈴ちゃんの試合を見ることになったんだ。画面越しに鈴ちゃんの姿を見て、俺はピーンと来た」

「あと1人だ。そろそろ話し終えろよ」

「鈴ちゃんと一緒にISVSをプレイした後で、現実の鈴ちゃんの姿を見るなり、つい寂しくなってしまった鈴ちゃんの胸を凝視してしまい、『バカーっ!』と泣いて叫びながら走って逃げる鈴ちゃんを見送りたい。そう思った俺は、気づいたらイスカを購入していたのだ」

「はい、次の人ーっ!」

「はいはい! えーと焼きそばパンはまだあります?」

 

 俺が『あと1人』と忠告してから超絶的な早口で内容を言い終えた幸村は売店のおばちゃんに注文を始めた。相も変わらずコイツのことは理解不能だが、ISVSに関するモチベーションは全て鈴一人に向けられているとみていいだろう。

 ……俺は何を焦ったんだか。銀の福音が起こしていると思われる集団昏睡事件を追うためにISVSを始めたなどと幸村が疑うはずないのに。

 幸村に続いて俺も目的の品を買い終えると先に会計を済ませた奴は俺を待ち伏せていた。

 

「俺は誠意を示した! さあ、お前の答えを教えてもらおうか!」

「一昨日に弾たちがアメリカ代表と戦ってるのを見てな。俺も混ざりたいと思ったんだよ」

 

 テキトーなでっち上げ。あの試合を最後まで見る気もなかったくせに、事実を混ぜた嘘を言うために利用する。タイミング的に間違ってはいないから俺の心でも見透かせない限り嘘だとは言い切れまい。俺の思惑通りに幸村は納得したようだった。

 

「ファング・クエイクの試合か。俺以外は鈴ちゃんも弾もアイツ一人にやられちまったんだよな」

「あれ? 幸村もあの試合に出てたの?」

「ちょっ!? お前見てたんじゃねえのかよ! 最後ひとりだけ残された俺が、ファング・クエイク以外の9人を相手に立ち回ってた勇姿をよォ!」

「いや、弾たちがやられた時点で用事が入ってな。にしても9人相手にして立ち回れるとか幸村はすげえなぁ」

 

 素直な感想を吐露した。だが俺の物言いが気にくわなかったのか、幸村はジト目で俺を見る。

 

「……それは嫌みか、織斑」

「へ?」

「俺に対しても天然を発揮しているのか、はたまた本当に知らないのか。俺のプレイヤーネームが“サベージ”だと言えばわかるか?」

 

 サベージ。俺の知ってるサベージは弾の仲間内で“最速の逃げ足”を持っているという狙撃手のことだ。そして、俺が昨日一撃で倒した相手でもある。

 

「お前がサベージかよっ!?」

「やっぱ知らなかったか。これじゃ俺は、あまり関わりのなかったクラスメイトに突然馴れ馴れしく話しかける変な人じゃん!」

 

 たしかに半年間もあまり関わりのなかった人が急に馴れ馴れしく話しかけてきたら対応に困る。だが、幸村の変人度合いはそういった部分では計れなくて、発言内容の方だと思うぞ。

 

「まあ、なんだかんだでこれからよろしくな、幸村」

「ふん! 言っておくが俺が本気を出せばお前なんかにあっさりやられることはないんだぜ?」

「あ、ああ。わかった。次に戦うことがあればお互いに全力でやろうぜ」

 

 幸村の奴……『勝てる』とは言わないんだな。

 再戦をしようと言って幸村と別れた。俺とは反対側へと歩いていく奴の顔は心なしか晴れやかに見える。ただ、俺はどうしても気になることがあるんだ。

 

「幸村の奴、どこに行く気だ?」

 

 俺と同じクラスなのに、なぜ反対方向に歩いていくのだろう……と。

 教室で改めて聞いてみたら、「あの流れで織斑の隣を歩くのは何かがおかしい気がした」のだそうだ。やっぱり奴のことはよくわからん。

 

 

***

 

 放課後になり、近年では稀であろう早さで身支度を整えた俺たち4人は学校を後にして駅前のゲーセンにまでダッシュを始めていた。高校生になっても遊ぶために全力な俺たちは傍から見るとまるで子供だ。いや、事実子供なのだろう。そう見えなくては困る。

 

「うっし! 到着っ!」

 

 日が傾くのが早くなった10月の空であるが、まだ夕焼け空にもなっていなかった。今日はたまたま授業が1限分だけ少なかったことが幸いした。初期設定する時間も考えると、昨日よりも俺が練習する時間が長く取れそうである。俺は意気揚々と入店した。平日夕方の早い時間帯。自動ドアをくぐった先には高校生の姿がいつもより少なく、やたらとガタイがいい店長が暇そうにうろうろとしていた。

 

「こんにちは」

「ん? ああ、ヤイバだったか? 今日は1人か」

「いや、今日は4人――」

 

 後ろを振り返ると自動ドアが虚しく閉まるところだった。あれ?

 

「一緒に来たはずなんだけど」

「いねえな」

「いないっすね」

 

 学校を出る段階では一緒だったから俺だけ授業をサボったってことはないはずだ。もしかしなくても置いてきてしまったのか。たしかに一言もしゃべらずに一心不乱に走っていたのは事実であるが、運動神経は鈴や数馬の方が上だから俺が先に着くのはおかしい。何かトラブったか、と携帯を取り出して弾にかけてみるがつながらない。

 

「そういえば昨日は話す時間がなかったな。ヤイバ、お前さんはISVSをやってみてどう思った?」

 

 俺が首を傾げていると店長が暇つぶしに話を振ってきてくれていた。どこか可哀想な子を見る目を向けられている気がするのは俺の被害妄想だ。とりあえずゲームの感想を聞かれているから、“ゲームとしての”ISVSについて語るとしよう。

 

「一言でいうと“飛んでる”って感じですかね。ジャンルはアクションなんだけど、シミュレーションっていうのは本来こういう意味のような気がします」

「そりゃそうだろ。主要国家の軍にまで採用されているシミュレータでもあるからな。ってか俺が聞きたいのはそういうことじゃなかったんだが」

「当然、楽しいですよ?」

「ならいいんだが。おっと、お友達の到着だな」

 

 世間話もそこそこに遅れてやってきた弾たちを出迎える。自動ドアが開いて入ってきた3人は鈴を先頭にささっと走ってきた。

 

「3人とも何かあったのか?」

「いや、むしろアンタが気づかないで走って行っちゃった方が不思議で仕方がないわ」

 

 俺が気づかなかった? 一体途中で何があったんだろう?

 混乱していると数馬が説明してくれる。

 

「さっき千冬さんに声をかけられてさ、ちょっと話をしてたんよ」

「マジで……? 千冬姉、なんか言ってた?」

 

 ここで千冬姉の名前が出てくるとは思ってなかった。ということは俺は千冬姉をシカトしてここまで走ってきたってことになる。今日の帰宅は憂鬱気分だな。

 

「『やはり君たちか』ってのと、『これからも一夏をよろしく頼む』の二言だけだ。まるで母親だな。もっとも、一般的な親なら『ゲームばっかりしてるんじゃない!』と諫める方だが」

「おいおい、弾。千冬姉が普通じゃないみたいじゃないか」

「普通が良いものとは限らないぞ。妹のいる俺にしてみれば、羨ましいくらいの姉弟仲だし」

「千冬姉、怒ってなかった?」

「怒ってない怒ってない。どうも俺たちに話をしたかっただけみたいだからな」

 

 とりあえず今日のところは心配いらなそうだ。弾の口振りからも千冬姉にはISVSのことが伝わってないと思われる。一応、弾たちには昨日のうちに千冬姉には知られないように言っておいてあるから今後も心配ないだろう。

 

「一夏ーっ! 早くしなさいよ!」

「悪い、すぐに行く」

 

 これ以上千冬姉について話してても時間の無駄だな。さっさと今日の課題を始めるとしよう。早速隣にいる弾先生にご教示願う。

 

「で、今日は何をするんだ?」

「まずは朝にも言ったとおり、鈴と1対1の試合をしてもらう。当然、昨日のサベージとは違ってリンも攻撃してくるからそのつもりで身構えておけ」

 

 弾の中では幸村は攻撃してこないことが前提としてあったのか……。

 一応、幸村戦の他に戦闘した経験があるから相手から攻撃がくることに戸惑いはない。ISの防御能力があってもISの攻撃は痛いってことくらいはわかってる。そして、この“雪片弐型”の一撃はISにとって致命的だということも。

 

「えと、なんかアドバイスとかは無いのか?」

「お前がやれることは昨日に話したとおりだ。今回は相手の装備がわからない状態も想定してるから、とりあえず思った通りにやってみろ」

 

 昨日話した、思った通りに。要約すると、なんとか近づいて斬れってことだ。昨日話していた感じだと近接特化した機体がチームにいないようだったから鈴は間違いなく射撃武器を持っている。射撃武器には種類があると思うのだが、今の俺には違いなどわからない。感覚としてあるのは、剣よりも早く相手を攻撃できるということくらいだ。

 既に鈴は別の筐体からISVSにログインしている。数馬と弾は今回は外からの見物をするらしい。アドバイスは何もないようだからさっさと始めることにしよう。イスカを差し込んだヘルメットを頭に被り椅子に身を預ける。意識が現実から離れていくのにももう慣れてきた。

 

 世界が変わる。俺の身体的感覚をそのままに目に映る全てが書き換わった。場所は昨日と同じイベント会場(ロビー)。俺は鈴の姿を探す。俺と違って顔をイジってないため、すぐに鈴を発見することができた。

 

「おーい、鈴! こっちこっち!」

 

 銀髪の別人と化している俺が呼ぶと彼女はこっちにやってきた。

 ……ん? なんだろう? 何か普段の鈴とは違う雰囲気を感じる。

 向き合って何か違和感を覚えたが、ピンとは来なかった。

 

「何よ、その髪の色! アンタって意外と――」

「いや、これにはちょっと理由があってだな……」

 

 アバターの髪を弄くりながらなんと言い訳をしたものかと考える。が、特に思いつかなかった。

 

「ところでアンタは名前も変えてるんだっけ?」

「ああ。“ヤイバ”にしてる。鈴は?」

「あたしはそのまま“リン”よ。本名と違うの面倒くさいし、わかりやすさって大事でしょ?」

 

 たしかにリンの言うとおりだ。だが俺個人のちょっとした事情で本名は避けなければいけない。そういえばリンには一切説明してなかったっけ。

 

「ま、面倒くさいけどここではヤイバって呼べばいいのね?」

「そうしてくれ。ってかそれがここのルールなんだろ?」

「全くもう。誰がこんなルール作ったんだか。『郷に入っては郷に従え』ってことで納得しとくけど」

 

 特に説明しなくても問題なさそうだ。正直なところリンに説明すると何かを悟られそうで怖いというのもあったりする。下手にリスクを背負う必要はない。

 

「じゃ、早速手合わせといきましょうか。あのバレットが認めた剣士さんの実力を見せてもらおうじゃない」

「オッケー。ま、お手柔らかに頼むよ」

 

 リンから試合の申し込みが送られてきて、俺はYESで返事する。試合の条件は全部リン任せだ。俺は条件を選ぶだけの知識がないし、俺が圧倒的不利な条件にはしないだろうという信頼も含めている。

 ……ん? 剣士さん、だって? ちょっと待って! リンに俺の戦闘スタイルがバレバレじゃん!? 俺はリンの情報を何も持ってないのに、奇襲もできないのかよ!

 

 既にアリーナへの転送が秒読みに入っていた。今から『待った』をかけても間に合わず、俺は今の状態で戦闘に臨むしかない。

 

 光と共に瞬時に場所が移り変わる。現実じゃありえない光景だがもう慣れた。こういうところだけは福音を追っている俺からしてみても『ゲームだし』の一言で納得できてしまう。

 ステージはサベージの時と全く同じ、障害物なしのアリーナ。開始距離は200mの一騎打ち。今の位置から確認できるリンのISの装備は両手にそれぞれ握られている幅広な太刀だ。手に持っている武器だけ考えればリンも近接格闘型の機体を扱ってることになるのだが、きっと見えているだけが全てじゃない。そういえばリンはサベージと違って顔が出てるんだな。てっきり顔まで装甲で覆うのがセオリーなのかと思ってた。

 

「それがアンタのISね。……見た目、すごく柔そうなんだけど、本当に大丈夫なの?」

「安心しろ。見た目通りだ」

 

 攻撃を当てられればすぐに敗北が見えている。一応、ライフル数発は耐えた経験はあるが、シールドの修復にエネルギーが回ってしまうと攻撃に回すエネルギーが少なくなるため必殺の一撃が出せなくなる。だから俺が勝つには相手の攻撃を全て避ける必要があるのだ。

 

 戦闘前のおしゃべりはこの辺でおしまい。カウントダウンが始まって、俺はイグニッションブーストの準備を始める。リンの初手は予想がつかない。所持している武器と彼女の性格から考えるとリンの方も突っ込んできそうだが、裏をかいて下がるというのも彼女らしいと思ってしまう。

 

 カウントゼロ。戦闘開始と同時に俺は迷わず突っ込んだ。リンは、動かない……? 肩の辺りに浮いている装置が変形してみせたくらいしか変化がなかった。直後――

 

「ぐあっ!」

 

 俺の顔面に何かが衝突する。障害物の何もないステージで何にぶつかるというのだろうか。少なくとも壁ではない。下手な操縦で天井に突き刺さった経験があるが、そのときはダメージを受けた“感覚”が無かった。目を凝らしても周囲に透明な壁は見受けられない。

 ダメージチェック。シールドがやや灰色を示し、ストックエネルギーが微量減少。ISにダメージが通ってるということはISの攻撃が当たったことを示す。

 

「今のはジャブだからね」

「そうかい」

 

 ご満悦なリンが「あたしの攻撃よ」とわざわざ教えてくれた。リンは射撃武器を手に持っていない。つまり、ISは手以外にも武器を所持できるということになる。さしずめ先ほど変形した肩のユニットが大砲みたいなものなのだろう。

 リンに射撃武器があることがハッキリした。どれだけ小回りが利く武器かは不明だが、照準が合った状態で真っ直ぐ飛び込むのは愚の骨頂。とりあえず旋回して様子を見る。

 

「どうしたの? そんなんじゃいつまで経っても近寄れないわよ!」

 

 俺とて距離を詰めたいさ。だが、リンの奴の隙がまるでわからない。そもそも俺がリンの周りを飛び回っているために当たっていないのか、リンの奴が射撃していないのかがさっぱり掴めない。傍から見れば何もせず飛び回ってるようにしか見えないんだろうな。

 やりにくい。その正体はハッキリとしている。最初の一撃で俺が全く反応できなかった理由は単純明快で、弾丸そのものが見えなかったからだ。ライフルの弾を見てから対処できるISの眼をもってしても見えないのなら、それは速さが原因とは考えづらい。不可視の弾丸。逃げ回っている俺に対して今もなお撃たれているのかもわからず、判断ができない。さらに厄介なことに、射出していると思われる球状の浮遊ユニットに砲身らしきものが存在していない。タイミングを掴む指標は何もなかった。

 

 ――俺以外の対象があればいいんだろ?

 

 リンは地面から20m地点に浮遊している。俺も同じ高度を維持していたのだが、別にこだわる必要はない。俺は飛行する角度を下に傾ける。急速に迫る地面。もし衝突してもIS本体にダメージは通らないが、足が止まってしまうことが問題だ。

 ――ここだ!

 衝突するタイミングはなんとなく掴めていた。俺は地面を掠るくらいのギリギリの高度を維持して旋回する。そんな俺の軌跡を弾け飛ぶ地面が追ってきていた。

 

 ……やはり見えない弾丸が撃たれている。弾痕のサイズ的には砲弾と言った方が正しいのかもしれない。発射間隔は約1秒。リンの肩には右と左に同じものがついているため、全力で交互に連射しているとすれば2秒に1発撃てる計算か。

 頭の中でリズムを刻む。たとえ見えない砲弾が相手でも、発射のタイミングさえわかれば俺が接近する道も見えてくる。行動は次の着弾の音が合図。俺の後方で砂埃が舞いあがる瞬間に急旋回してリンへと向かう。

 リンは動かない。その場にとどまって両手の刀の柄同士を連結させていた。肩の武器以外にも何かを仕掛けてくることは明白であるが、とりあえずは1秒後に錐揉み回転しながら横移動してリンの攻撃を躱す。躱せていたのかはわからないが、少なくとも俺へのダメージはない。もう直線を遮るモノはないはずだ。あとはイグニッションブーストで接近さえすれば俺のターンの開始だ。

 

「いっくぜーっ!!」

「甘いっ!」

 

 PICのマニュアル操作を開始したところでリンの行動が目に留まる。リンは手にしている柄が繋がれた刀をブンブンと回転させ振りかぶっていた。直感が“投げてくる”と告げたため、慌ててイグニッションブーストをキャンセルし高度を上げる。案の定、リンから高速回転する刀が投擲され、俺の居た位置を通過していく。

 ……こんなの当たったら大惨事な気がする。少なくとも俺の機体が保つとは思えないな。

 リンのとっておきは回避した。まさか近接武器を投げてくるとは思っていなかったが、これで後は……見えない砲弾だけ。マズい! さっきの回避でタイミングが狂った。もう真っ直ぐ突っ込んでも迎撃される。

 提示される選択肢は至極単純。行くか退くか。最初の想定から外れた今、無理をすべきではない。俺はリンを見据えて背中の翼を駆動させる。

 

 イグニッションブースト。俺は前へと飛び出した。

 

「いくら速くても的でしかないわよ!」

 

 リンの後方に浮かぶユニットの開かれた球体部分が不気味な目玉のようにこちらを見つめている。このまま、直線的に向かっていたのではリンの言うとおりいい的だ。イグニッションブースト中のISは通常状態よりも防御力が低下しているため、白式にとっては1発の攻撃でも致命傷になりかねない。

 だから、俺はリンの真下へ向けて移動している。リンから見れば点ではなく直線だ。点ほど楽ではないが、さっきまでのように適当に動いていたときと違って十分に未来位置を予測して撃てる。俺の移動する先へ見えない砲弾を撃ち込もうとしているはず。

 

「もらった!」

 

 リンがはっきりと発射を宣言した。ありがたいことに、俺の予想と同じタイミングでの発射だ。きっと俺がこのまま移動した先に着弾するのだろう。しかしながら、俺はその予測地点に物理的にたどり着けない。

 

 俺は地面に激突した。

 

 白式に衝撃が襲ってくる。激突といっても足からだ。PICのエラーが吐き出され、両足の装甲へのダメージとストックエネルギーの減少が伝えられる。同タイミングで俺の遙か前方にリンの砲弾が着弾していた。

 

「はぁ? 何やって――」

 

 俺の奇行にリンの動きが固まる。本当はイグニッションブーストを2回使うために無理矢理ブレーキをかけたかったからだったのだが、思わぬところで奇襲となったようだ。サプライエネルギーの回復のためのコンマ5秒を開けた後、再度イグニッションブーストを試みる。自滅によるシールドバリアへのダメージが影響して、思ったよりもサプライエネルギーが足りていない。

 しかし足を止めていたら意味がない。やれるときに突っ込むしかないのだ。まだ目を丸くしているリンに向かって全力で飛ぶ。剣も盾も持っていないリンが雪片弐型を防ぐ術はない。みるみる拡大されていくリンに対して、必殺の剣を振りかぶった。

 

「はあああ!」

「くっ――!」

 

 リンの回避動作は間に合っていない。雪片弐型は確実にリンの左肩を捉え、俺は一気に振り切った。速度を維持したまま、リンの右側を駆け抜ける。当てた。これで俺の――

 

「うわっ!」

 

 勝ちだと思った瞬間に背中に何かが当たる。

 

「やってくれるじゃない。あんまり痛くなかったけど」

 

 後ろに意識を向けるとリンがニッコリと笑みを浮かべていた。さらに後方から先ほどリンが投げた刀がリンの元へと返ってきている。

 

「近寄らせないように戦ってみたけど、やっぱりあたし程度の射撃じゃ難しいわね。だからここからは、いつものあたしの戦いを見せてあげる」

 

 リンは後方からやってきた刀を後ろ手にキャッチし、連結を解除して両手に持つ。リンの砲撃を受けていた俺はイグニッションブーストで得ていた速度を失っていた。距離は30m程。ISにおいては近距離と呼べる間合いでリンは自分から飛び込んできた。

 ――ダメだ。回復が追いついてない!

 リンが自分から距離を詰めてくる。俺にとってそれほど悪くない相手のはずであるが、今の白式には決定的にサプライエネルギーが足りていなかった。イグニッションブーストが使用不可能であるばかりでなく、雪片弐型の刀身を維持することもできない。通常の推進機移動にも支障が出ていて、回復までの時間を開けることもできなかった。

 まず、見えない砲弾が再び当てられる。腹に直撃したそれによって、シールドバリアの状況を知らせるリングが黒ずんだ。時間経過で回復するシールドバリアであるが、今の俺にそんな時間はない。逃げられるだけの機動力もない俺はリンの刀を避けられるはずもなく、ただ受け入れるしかなかった。

 

「ブレイクっ! もういっちょー!」

 

 リンの右の刀を左手で受ける。左手の装甲へのダメージだけにとどまらず、シールドバリアが消失したことを白式が警告してきた。続くリンの左の刀を刀身のない雪片弐型で防ごうと試みる。雪片弐型は呆気なく砕け、リンの攻撃はそのまま俺の胴体にまで達する。

 

「とどめっ!」

 

 信じられないくらい大幅なストックエネルギーの減少のあとに、リンの背中の目玉が俺を向いた。

 

 

***

 

「ま、初心者にしちゃ上出来でしょ。このあたしにブレードで一撃加えたんだから胸を張りなさい」

「はい……」

 

 俺はリンに負けた。やる前からこうなるだろうことはわかっていたけど、やっぱり勝負事で負けるのは悔しいな。とんでもない実力差がある相手でも、なんとかして勝ってやろうとしてた昔が懐かしい。

 

「よぉ。見てたぜ、ヤイバ。リンが接近戦をしてくれなかったのは想定外だったが、とりあえずやって欲しかったことはやってくれたから良しとしよう」

 

 試合後に俺とリンがロビーで話していると、バレットとライルがやってくる。

 

「やって欲しかったことって?」

 

 バレットの思惑が気になる。今の試合をした意味って何だろうか。

 

「お前の機体が長時間の戦闘に向いていないってことを実感して欲しかった。今のも十分に短い戦闘時間だったんだが、それでもお前の機体は息切れをしていただろ?」

「あ、ああ」

 

 確かに最後の瞬間はやれることが何もなかった。俺の戦術に大きく関わってくるイグニッションブーストも雪片弐型もサプライエネルギーがなくては話にならない。普段は割と気にしなくても回復が速いために使い放題なのだが、今回は足りなかった。

 

「俺の機体ってフォスフレームだからエネルギーを割と気にせずとも戦えるんじゃないのか?」

「万全の状態ならそうなんだが、サプライエネルギーの供給には優先順位が存在する。操縦者の意志である程度は変更ができるが、絶対的じゃない」

「優先順位?」

「そうだ。ISはエネルギーを消費する武器の使用や推進機関連よりもPICやシールドバリアの維持を優先するようにできている。これは現実のISが操縦者保護を最優先としているから、その再現をしてるんだろうな」

「じゃあ、シールドバリアがダメージを受けていると」

「シールドバリアの修復にエネルギーを持っていかれて、他で使えるサプライエネルギーが制限されていくことになる」

 

 つまり、俺の無茶な操縦がガス欠を招いていたってことになるのか。わかっていたつもりだが、実際は想定よりもシビアである。イグニッションブースト中だけは壁や地面に衝突するだけでダメージを受けるみたいだし。

 バレットの話をまとめると、ISの活動に必要なサプライエネルギーはPICやシールドバリアと密接な関係がある。白式の場合はシールドバリアのダメージが直接行動不能につながる可能性が高い。

 

「なあ、俺の機体って必ず先に攻撃できないとダメってことじゃね?」

「だから言っただろ? やるかやられるかってな。言い方を変えると、やれなきゃやられる機体だ」

 

 頭を抱えざるを得ない。確かに一般的に考えると、好んで使う気は起きない機体だった。

 

「でも俺、リンに攻撃を当てたよな?」

「当たってたんだが、雪片弐型の出力が不足してて中型のエネルギーブレードと同じくらいにまで下がってた。あれだとサベージですら一撃で落とせないから、“ディバイド”スタイルのヴァリスフレームである甲龍には対してダメージを与えられてないだろうな」

 

 出力不足、か。しかしバレットの補足を聞く限り、万全の雪片弐型でもリンを一撃で落とすことは不可能っぽい気がした。

 

「ヴァリスってのは白式のフォスと違って重量型というか防御重視のフレームのことなのはわかる。だけど、“ディバイド”スタイルってなんだ?」

「それも説明してやるのが今回の目的だ。だが物事には順序がある。まずは、ISの防御機構について説明してやろう」

 

 ふと、俺とバレットの周りから人が離れていく気配に気がついた。リンとライルが揃って「さーて、勝負する?」とか「いいよん」と俺たちを放っておいて遊ぶ気満々である。彼女らの行動から導かれる結論は……バレットの話が長いってことだ。

 

「ISに勝てる兵器が存在しないと言われる由縁にもつながることなんだが――」

 

 前置きから長かったので、耳に残らないところは覚えていない。俺が理解できた内容をまとめてみる。

 

 ISは大まかに分けて4段階の防御機能が存在している。

 第1の防御機構は“PIC”だ。主にISの飛行機能として知られているPICであるが、銃弾や爆風などのほぼ全ての衝撃からISを守る防壁として機能しているらしい。慣性質量だとかベクトル操作だとか言われたが良くはわからん。重要な結論は『PICによって物理的なダメージを全てカットできる』ということだ。

 第2の防御機構は“シールドバリア”。実はISの防御機能としてはメインとしてではなくサブとしての存在らしい。役割としては『PICでは防げない、人体に悪影響のあるものをカットする』というもの。毒ガスとか放射線とかそういう辺りなんだろうと勝手に納得しておいた。『ISのEN武器のダメージを軽減する』のもシールドバリアの役割であるが、EN武器に関しては100%カットできるわけではない。ちなみに銃弾などのダメージも軽減することができるが、『シールドバリアは物理的な衝撃に弱い』とのこと。シールドバリア自体へのダメージが重なると機能不全に陥り、“アーマーブレイク”と呼ばれる無防備な状態となる。

 第3の防御機構は“装甲”。バレットの話を聞くまで俺は装甲の役割を誤解していた。装甲はもちろん操縦者を守るためにも存在しているのだが、ISにおいての役割は『シールドバリアを物理的な衝撃から保護する』ことだという。しかし、ただ装甲をつければ良いということもなく『シールドバリアの対EN武器性能が下がる』というデメリットも存在する。

 最後の砦となる第4の防御機構が“絶対防御”。ストックエネルギーを消費して『操縦者に加えられる障害を無かったことにする』機能だ。現実における操縦者保護の重要な機能であるが、ISVSにおいてはダメージをストックエネルギーが肩代わりするHP的な存在のためのシステムと思っていればいい。

 

「絶対防御を現実で見るときっと魔法みたいなんだろうなぁ……」

「あの、バレット先生。うっとりしているところ大変恐縮ですが、次の話に進みましょう」

「おう、悪いねヤイバくん」

 

 バレットの話は続く。頭が痛くなってきてるが、今後俺が勝つために必要な情報だから聞いておかないといけない。ますはPICについてもう少し聞いておく必要があった。

 

「さっきPICは『PICによって物理的なダメージを全てカットできる』って言ってたけど、それじゃあどうしてISのライフルが通じたりしてるんだ?」

「そこが『ISはISでしか倒せない』と篠ノ之博士が言っていた理由なんだ」

 

 俺の質問にもさくっと答え始めるバレット。すでにゲーム外の話にまで発展している気がしないでもないが、目の前のやりこみゲーマーは元となったものにまで興味が向いていても不思議ではない。

 

「ISにはPICが積まれているため、多くの兵器をそれだけで無効化できた。だがPICはその性質上、同兵器による干渉が可能だった」

「PICはPICで無効化できるってことか?」

「正しくは軽減できる、だな。ISのPIC機能を相手のPIC干渉に使用することを便宜上“PICC(PICキャンセラーの略)”と呼んでいる。でもって武器によってPICCの性能が異なるため、それがIS戦闘における攻撃力に関わってくることになる」

 

 武器ごとにPICC性能が違う。ISにおいて不便なはずの近接武器が使われている理由はここにあるのだ。ミサイルなどの使いやすいはずの兵器よりもライフルなどの銃が好まれる理由もここにあり、PIC関連の影響のせいでミサイル数発よりもライフル1発の方がISに対しては効果的だとバレットは言う。好きな奴はミサイルを大量に積み込んでくるらしいが趣味の領域であり一般的ではない。

 ここまでで他に質問はあるかと問われたが、今は思いつかないので先を促すことにした。

 

「よし、じゃ話を戻す。今説明したとおりISVSの物理ダメージと呼べるモノにはPICが大きく絡んでいる。んでもってPICだけでは防げないことも説明したつもりだ。PICを突破した攻撃を何が防ぐかと言えば――」

「装甲とシールドバリア」

 

 答えを先に述べる。バレットは出来の良い教え子(自画自賛)に対して親指を立てながら笑みを向けてくれた。

 

「正解。だからISには装甲が取り付けられるわけだ。しかし装甲が多ければ良いというわけではない。それは――」

「エネルギー兵器に対する耐久力が減ってしまうから?」

「そう。他にも拡張領域の容量が減ったりとかの弊害もある。何かの性能を伸ばせば、何かの性能が犠牲になる。完全なものが存在しないとき、何が生まれると思う?」

 

 珍しくバレットから質問を寄越してきた。だが同じようなことは既にフレームの時に学んでいる。

 

「いくつかのパターンに分かれるってことか」

「そう。それがさっき話したスタイル。言い換えると、装甲の配置方式だ」

 

 装甲の配置。これもISが何をしたいのかで決まってくるものであり、大きく分けると3種類存在する。

 1つ目は先ほどにも出てきた“四肢装甲(ディバイド)”。頭と胴体には装甲を付けずに、四肢に分割して取り付けられたように見えることから名付けられた。ISの防御事情を知らなければ『なぜ肝心の胴体が無防備なんだ?』と疑問に思うかもしれないが、必要だからそうしているというのが答えである。ディバイドスタイルは『EN武器に対する耐久力』に特化している。ストックエネルギーを直接刈り取るEN武器に対して、PICも装甲も何も意味を成さない。シールドバリアの軽減能力を生かしつつ最低限の装甲も配置して最適化されたスタイルだ。俺の白式やリンの甲龍はこれに分類される。

 2つ目は“全身装甲(フルスキン)”。呼んで字のごとく、頭と胴体にも装甲が取り付けられている。実は最も多くのプレイヤーに使用されているスタイルである。その理由はバランスが良いからだ。装甲が増えるとサプライエネルギーの回復が多少遅くなるらしいが、シールドバリアが破壊されにくくなるため、ディバイドと比べるとサプライエネルギー周りに安定感がある。必然的に物理ダメージも抑え気味となるので打たれ強くもなる。ただし、EN武器への耐性はディバイドよりも低くなることが欠点。今までの相手だとサベージの機体がこれに分類される。

 3つ目は“拡張装甲(ユニオン)”。ISの容量限界を越えて装甲を取り付けるやり方である。無茶な運用が前提であり、シールドバリア機能はほぼゼロ。代わりに装甲や装備を大量に装備するという割り切った運用方法だ。IS戦闘、特に1対1においてこのスタイルで戦えるものなどそうはいない。しかし集団戦において圧倒的な物量による火力や有り余った装甲による盾などで活躍しているらしい。

 

「以上、一気に説明したが理解できたか?」

「悪い……たぶん半分くらいしかわかってない」

「ま、そのうち慣れるだろ。わからない話はその都度説明してやるから、今は聞き流しとけ」

 

 俺とバレットは互いに「ふぅー」と長い息を吐く。長い戦いだった。よく眠らずに最後まで戦い抜いたと自分を褒めてやりたい。やっぱり必要なことだと自覚していると学ぶことにも身が入るのかもしれないな。

 ちょうどこのタイミングで勝負していたリンとライルが戻ってきた。ライルのわかりやすい凹み具合を見るにリンの圧勝だったらしい。

 

「さて、戻ってきたな。ヤイバへの説明も終わったから早速4人でミッションでもやるか」

 

 バレットの提案に対し、俺はすかさず口を挟む。

 

「俺は対人戦の方がいいんだけど――」

「練習と割り切れって。さっきまでで説明できたと思うが、今のお前じゃ1対1で勝ち続けるなんて不可能だと断言できる。まずはチーム戦で慣れるべきだし、そのチーム戦の練習としてミッションをしようってだけの話だ。それにISVSの醍醐味はチーム戦にあるしな」

 

 確かにリンを相手にしただけで恐ろしくやりづらかった。バレットの知識を信じて、今は素直に従った方が強くなる近道……でいいよな?


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