Illusional Space   作:ジベた

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16 襲い来るもの

 木同士の擦れる音と共に襖が開かれる。床にワックスがかけられた焦げ茶色の廊下に畳の香りが広がった。廊下から見える襖の先には、畳には似つかわしくない無粋なスーツ姿の男たちが部屋の両側に正座をしてズラリと並んでいた。今この部屋に現れたメガネの男もその例に漏れることなくスーツを着用している。

 

「すみませーん。もしかして遅刻しちゃいましたかぁ?」

 

 遅刻という単語を発した割には、男には慌てた様子などない上に礼儀のかけらも感じられない。そんな男の態度に対して座敷にいた者たちは直接的に咎めることはせず、ギロリと睨みつけるだけであった。強面たちの視線を一身に浴びたメガネの男は「もう少し気楽にやりたいものですがねぇ」と愚痴をこぼしながらも自分に与えられている左側の末席へと座る。

 

「平石の当主も揃った。先に始めていた定期報告は一時中断としようかの」

 

 座敷の最奥。一段高く作られた上座の中央であぐらをかく白髭の老人が一声をかけると、末席の男に目を向けていた者たちは一斉に老人の方に視線を移す。同時にメガネの男、平石は肩の力を抜いてから周囲と同様に老人に目を向けた。老人は遠目には目を閉じているようにしか見えないくらいの細目であり、今どこを見ているのか、そもそも見えているのかすら傍目にはわからない。

 

「さて、中断させたのは他でもない。この国の裏側で活躍する諸君に、更識当主代行であるわしの決定を伝えようと思ったからじゃ」

 

 更識当主代行を名乗る老人の言葉が途切れた途端に座敷には沈黙が降りる。あちこちから生唾を飲み込む音が聞こえてくるくらいには、だ。それは座敷にいる者たちに動揺を与えていることを意味し、多くの者が老人の言わんとしていることを理解しているからに他ならない。

 

「更識の現当主、今代の楯無の話は聞いておろう。あやつは楯無の名を継ぐだけの実力があることはこのわしが保証するが、何分まだ小娘の域を出ないのでな。感情に任せて暴走する節があり、ここ一月ほど謹慎させていた。その謹慎を解くという話じゃ」

「つまるところ、この場でも更識翁の位置に楯無殿が取って代わるということですかな?」

 

 更識翁に最も近い位置に座っていた男が問うが、更識翁はゆっくりと首を横に振る。

 

「先にも言ったがあやつはまだ小娘に過ぎん。まだわしが隠居するには早いだろうて。よって、あやつをわしの補佐としてこの場に置くこととした」

 

 すると平石が遅刻してきた際に開けられた襖が再び開き、高校の制服姿の少女が膝を突いて頭を下げた。

 

「失礼いたします」

「畏まった挨拶はいらぬ。お前は楯無であり、この場にいる者たちはお前の部下となる者たちじゃ。こちらに来なさい」

「はい」

 

 更識翁に促されて立ち上がった少女、更識楯無は足音も立てずに更識翁の隣に正座する。この場に集まっている者たちの多くはこの状況に安堵していた。男たちの心配の種は、この会合をまとめている存在である更識翁が居るかどうかであり、楯無がいたところでどうでも良かったのだ。張り付けたような無表情をしている楯無の拳が固く握られ、怒りで震えているのを感じ取れた者は、楯無から最も遠い位置にいる平石だけだった。

 

 

 役者が揃ったところで中断していた報告が再開される。後からやってきた平石や楯無に対するフォローもされぬまま、調査報告が次々と重ねられた。報告内容は多岐に渡り、多くは今の楯無には興味のない内容である。全てを取りまとめる責任は祖父にあるのだからと楯無は聞き流していた。だが興味のある話がないわけではなかった。自らの立場など気にもせず、楯無は口を挟む。

 

「あの“亡国機業”がまだ活動している可能性があるということ?」

「ああ。先代楯無が15年前に壊滅寸前にまで追いやった上、しぶとく残っていた親玉も1年弱ほど前に死亡したはず。それでもなお連中は世界征服が諦められないんだろう」

 

 楯無が報告書のコピーを受け取る。内容は世界各地で原因不明の昏睡状態に陥っている者たちのリストだった。同じ内容の物を楯無は持っているが、この症状を過去の全く違う事件と結びつける視点は新しいものだった。楯無の希望に沿い、更識翁が報告者に続きを促す。

 

「世界各地で起きている昏睡事件の何が問題かというと、それは長時間目を覚まさないことにある。1件1件だけをクローズアップすれば事件性すら感じ取れない程度のものだ。だがそれが複数重なることで怪しく見える。そこに何者かの意志があるように見えるってわけだな」

「そんなことが聞きたいわけじゃないんだけど」

 

 楯無がぼそっと小声で呟く。報告している男とは別の男がそれを聞き取っており、代わりに解説を始める。

 

「亡国機業との関連を焦点とすべきでしたな。今までに表沙汰になっている亡国機業が関連していると思わしき事件は15年前の悪質な遺伝子操作実験が真っ先に思い浮かびますが、他にも先ほど出てきた“生き延びていた親玉”が起こしたとされる“連続殺人事件”があるのです」

「殺人事件?」

「死体には外傷がなく、検死の結果も特に異常が見られなかった。当時は心臓麻痺で片づけられていて、殺人事件である疑いが出たのもここ最近の調査の結果ですから楯無様のお耳に入っていないのも無理はないかと」

「それはいつの事件なの? どうして今更その話が出てきて、殺人事件だと言えるようになったの?」

 

 楯無の疑問には更識翁が答えた。

 

「事件とされておるのは昨年の12月から今年の年始にかけて。1月3日に篠ノ之束とイオニアス・ヴェーグマンが相討ちするまでの期間じゃよ」

 

 

***

 

 

 会合は定期報告が終了して解散となった。会場となった座敷を一番最後に後にした楯無は適当な空き部屋に入ると、自らの影を呼び出した。

 

「お呼びでしょうか、お嬢様」

 

 音もなく楯無の背後に現れて片膝をつくのはメガネをかけた女子高生であった。着ている制服は楯無のものと同じである。女子高生の唐突な登場を当然のように受け入れて、楯無は話を続ける。

 

「お爺様に無理を言って参加させてもらったけど、流石の情報網ね。虚ちゃん直属の部下にこそこそと探らせてたこととも一致してたし、思ってもない情報も得られた。でも、Illのことまでは掴んでないみたい」

「では、やはりISVSとの関連を証明して、更識の配下を総動員することは――」

「難しいわ。敵を亡国機業と見据えていても、奴らの手段がゲームだと考えが回らないのも無理はないし、謹慎されてた私じゃ説得力が欠けるしね」

 

 楯無は肩をすくめて「何も知らない小娘のフリをするのも疲れたわ」と愚痴をこぼす。

 

「実は私もまだ半信半疑なのよ。それで強く出られない。たけちゃんの報告を信頼はしているけど、実感とは別」

「しかし、お嬢様!」

「わかってるわ。実感はできなくとも現実は認める。でも、認めたくないことも増えた。連中は例の昏睡事件と同様の手法で殺人を犯してる可能性があるの」

「殺、人……ですか……?」

 

 メガネの女子高生、虚が跪いた体勢を崩して床に倒れ込みそうになる。楯無は咄嗟にかがみ込んで彼女の肩を支えた。

 

「私が絶対にさせない。だから虚ちゃんの力も私に貸して欲しいの」

「はい、お嬢様」

 

 楯無は虚が立ち上がるのに手を貸しながら思考を巡らせていた。これ以上は虚に話すとショックを与えると判断し、口には出さない。

 

 更識翁配下の諜報員が調べていた殺人事件が、今起きている昏睡事件と無関係であるとは楯無も思っていない。更識翁が提示した事件発生の期間は楯無を納得させるのに十分であった。駄目押しとばかりに事件発生日時と場所も示され、全ては1月3日の篠ノ之神社に帰結する。

 篠ノ之束と亡国機業の首領であるイオニアス・ヴェーグマンが共に消息を絶った時間と場所。そこに居合わせた少女2人の名前が楯無の持つ意識不明者リストにも載っていた。

 

 篠ノ之箒と鷹月静寐。

 

 この2人のみ、死亡ではなく意識不明の昏睡状態となっている。この2人の存在が殺人事件と昏睡事件をつないでしまっていた。

 自分たちを取り巻く状況に、1年前の殺人事件が無関係であるだなどと楯無は言えなかった。

 

 更識翁は楯無が感情を優先させて動いていると非難した。それを楯無は否定することができない。

 家族同然である虚の妹、布仏本音は今もなお病院で眠っている。

 そして楯無の妹、更識簪はふさぎ込んでしまった。元々共に過ごす時間の少なかった妹だが、本音が入院してからはまともに顔も合わせていない。

 何を利用してでも、どうにかしてやりたい。楯無には自らが受け継いだ名に相応しくなくなってでも、譲れないものがある。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 小鳥のさえずりと共に目が覚める。目覚ましの設定より少し早い時間だ。窓の外はお日様が顔を出したばかりといった明るさである。最近は睡眠時間が減ってきたなと思いつつ両手を上に挙げて背筋を伸ばした。

 

「まだ眠いけど二度寝する時間じゃないな。さっさと朝の支度でもするか」

 

 あくびを手で隠しつつ洗面所への道を行く。

 

「おはようございます、一夏さん」

「ああ、おはよう。セシリア」

 

 最早リフォーム並に改造された廊下の一角を占領して俺の身長くらいあるでかい鏡の前で髪のセットをしているセシリアに挨拶をしつつ、1階へと降りる。

 

「おはようございます、一夏様。まだお食事の用意ができるまで少々かかります」

「ありがとうございます、チェルシーさん」

 

 すれちがったメイドさんにお礼を言った後、洗面所にたどり着いた俺は顔を洗う。この冷たさが心地よい。肌の表面からスーっと奥に冷気が入っていき、俺は覚醒へと導かれた。水の滴る顔を事前に備えておいたタオルで拭き、目をクワッと見開く。

 

「ちょっと待て! どこからツッコめばいいんだ、これ!?」

 

 とりあえず叫んでおいた。だからどうということはないのだけど。

 俺の叫びを聞いて洗面所に現れる顔がひとつ。あの執事さんだった。

 

「一夏殿。ここはオルコット邸ではありませんので、あまり大声を出されると近所迷惑になりますぞ?」

「俺が寝る前まで、2階の廊下にあんな鏡は無かったよな!? それに心なしか廊下が広くなってるぞ!? この洗面所にしてもグレードがアップしてやがるし!」

「業者が一晩でやってくれましたのでな」

「どんな業者だよ!? まず不可能だろ!?」

「ほっほっほ。一夏殿はオルコット家御用達の“業者”の実力を甘く見ておられるようだ」

 

 思ったよりも俺の質問に答えてくれる執事さんだったがどこまで信用できるものなのだろうか。というより、受け入れてもいいのだろうか。最後に“業者”と強調されたのが若干怖い。証拠隠滅とかを生業にしてそうな影の集団と勝手にイメージしておいた。

 

「チェルシーが食事の用意を終えるまで、今しばらくの時間がありますので、一夏殿は着替えてはどうですかな?」

 

 着替えと言われて自分の格好を見下ろすと見事なまでにパジャマ姿である。いつもは千冬姉だけだから気にしなかったけど、おそらく朝食はセシリアも同席するだろうし、着替えておくに越したことはないか。というよりも着替えないと執事さんが「セシリア様に対して失礼だと思わんのか!」と何かを仕掛けてきそうで怖い。

 

 制服に着替えて台所にまでやってくると、食卓にはセシリアが着席して待っていた。傍らにはチェルシーさんが控えている。執事さんは同席していない。俺は入り口で足を止めていた。

 

「どうかなさいましたか、一夏さん?」

「……いや、なんでもない」

 

 あまりにもいつもの朝と違いすぎていて、混乱していただけだ。自分にそう言って聞かせて食事が用意されている席に腰掛ける。千冬姉の分が見当たらないから、俺が寝てからも帰ってきてはいないようだ。

 チェルシーさんの用意した朝食は思いの外、普通だった。味は当然のように俺が作るものより良いのだが、俺が言いたいことは知らない料理が出てきたわけでないことにある。白米、味噌汁、おひたし、焼き鮭など……つまりは和食だった。

 

「お口に合いませんでしたか?」

「いや、美味しいよ。ただ、鈴以外にこうして家で食事を用意してもらうのは初めてだったから」

「初めて、ですか? ……そうですか」

 

 セシリアが目に見えてシュンと凹んだので俺はようやく思い出す。二度と食べたくないとは思うが、俺が立ち直る起点のひとつとなった例のブツはセシリアが作ったものだった。

 

「ごめん、鈴とセシリア以外だったな」

「まあ! 食べてくださいましたのね!」「一夏様!? お気の毒に……」

 

 俺が訂正を入れるとセシリアは満面の笑みを見せていた。その背後では目を伏せて俺を哀れむメイドさんの姿があった。流石は身内。セシリアのアレは把握しているということか。早くなんとかしてやってください。

 

 食事に関する話題をそこそこに、折角落ち着いて話すことができる機会なので、セシリアと今後について話し合うことにする。まずは確認から。

 

「セシリア。今から大事な話するけど、チェルシーさんや執事さんは聞いてても問題ない?」

「当然ですわ。チェルシーは当事者ですからわたくしから説明もしておきましたし、ジョージには以前から全ての事情を話しています」

「よし。じゃあ……イルミナントを倒してから1週間以上経ったわけだけど、セシリアの方で何か追加でわかったことはある?」

 

 大事な話をすると言っておきながらセシリアへの質問から入った。彼女はさして嫌な顔をせずに答えてくれる。

 

「わたくしにできたことは銀の福音の噂と類似した噂の調査くらいですわね。愉快犯によるデマばかりですが、本物が紛れている可能性もありましたので細かく見ている最中です。まだどれも確証は得られていませんが、ある程度は絞れていますわ」

 

 ある程度絞れたという噂を口頭でいくつか聞かせてもらった。

 水を纏う槍使い。

 大型ENブレードを束ねて振り回す大男。

 地上からの大剣の一振りで飛んでいるISを落とす甲冑騎士。

 そして――機械仕掛けの化け蜘蛛。

 

 今度は俺の番。昨日得た情報と、その情報源について話すことにする。

 

「化け蜘蛛、ってのは俺も聞いた。一番、信憑性が高いと思うし、そいつがIllである可能性は高い」

「Ill……つまりはあのイルミナントの同類というわけですわね。もしや被害者に心当たりがあるのですか?」

「昨日、ちょっと知り合った奴が独自に調べてたらしくてね。ISVSでミッションをしていたら蜘蛛が乱入してきたって。新手のユニオンと思って相手をして全滅したらしいんだが、ロビーに戻ったプレイヤーがひとり足りなかったらしい」

「その先は……?」

 

 セシリアが食事の手を止めて俺を見つめてくる。もう俺はセシリアの不安の大きさが、彼女の細かい瞳の揺れでわかってしまうようになった。

 

「ISVS外でも付き合いのある人間がいたらしくて確認したところ、“入院”しているそうだ」

「そう……ですか。ではその蜘蛛とやらを討たなくてはなりませんわね」

 

 もう俺とセシリアがクロと認定するだけの材料は揃ったも同然だ。裏付けはセシリアに任せておけばいいだろう。

 この蜘蛛に関してはまだセシリアに言っておくべきことがあった。

 

「言っておきたいことが2つある。福音のときと違ってすぐに被害者にたどり着けたよな? これって少しおかしいと思わないか?」

「一夏さんも気づいておられましたか。福音はわたくし以外に目撃者はいませんでした。おそらくはわたくしとチェルシーのときはミスによるもので、基本的に敵は情報が漏れないようにプレイヤーを襲っていると思われます」

 

 俺がISVSの関わる昏睡事件を知ることができたのもセシリアの流した噂がきっかけだった。それまで、確実に被害者は存在していても原因不明としか片づけられなかった。千冬姉のメモにもISVSという単語は載らなかったことだろう。Illによるプレイヤーへの襲撃は計画的に周到に行われたものであると推察できる。

 その点、今回の蜘蛛に関しては雑と言わざるを得ない。他の類似の噂も福音の噂を真似ているだけにしては件数が多いような気もしている。もしかしたら、水面下だけだった敵の動きが表に出始めているのかもしれない。

 

「あのー、2つ目は何でしょうか? わたくしには心当たりがないのですが」

「ああ、そりゃあ予想できないことだろうし、悪い話じゃない。さっき言った“昨日知り合った奴”についても話しておこうかなってね」

「わたくしに、ですか?」

 

 セシリアが天井を見上げて頭に疑問符を浮かべていた。まあ、この流れで話す内容が、情報源についてだからな。だけど、これは言っておくべきことだと俺は思っている。

 

「シャルルって言うんだけど――」

「“夕暮れの風”ですか」

「うん。名前だけでパッと出てくる辺り流石だ」

「彼がなぜ一夏さん……いいえ、ヤイバさんに近づく必要があるのでしょうか。デュノア社の利益になる話とは思えないですし、欧州圏の企業はミューレイを敵に回したくはないはずです。ミューレイと倉持技研が敵対している状況でヤイバさんに近寄ることは……」

「はい、ストップ!」

 

 長考に入りそうになったセシリアの独り言を遮ってこちらの話に引き戻す。

 

「俺も色々疑ったけど、シャルルに関しては疑うだけ無駄だと俺は結論づけた。シャルルが俺に近づいてきたのはIllのことを知るため。でもってアイツはIllを自分の手で倒したがってるんだよ」

「動機……はなんとなくわかりましたわ。彼が考えそうなことです」

「あれ? 知り合いなの?」

「一夏さんに会う前に少々話をしたことがある程度ですわ。あのときは彼を利用できないかと企んでいたのですが、あまりにもデュノア社のことしか語らなかったので諦めたことがあります。と、そんなことはどうでもいいですわね」

 

 ああ、あの熱弁を聞かされたのか。多分シャルルは弾と似たタイプだと俺は思ってる。要するに火がついてしまったら少し距離を置きたいってことだ。

 

「夕暮れの風が情報提供してきたのはわかりましたわ。念のため蜘蛛に関する情報に絞って裏をとってみます」

「あ、うん。頼むよ。今夜もシャルルに会う予定だから、そのときに本人から話を聞けば特定もしやすくなるんじゃないか?」

「いえ、特に彼の助けは要りません。それはともかく、今夜も会えるのですか? 夕暮れの風は神出鬼没だったと思うのですが」

「そりゃあ蜘蛛を退治するまで俺たちの仲間になってくれるからさ」

「流石ですわね。……色々と吹っ切れたということですか?」

「そんなとこ。だからって犠牲にするつもりは全くない」

 

 俺とセシリアの共通の悩みだった“誰かを巻き込むこと”。でももう俺たちはそれを理由に足を止めることはしない。力を借りることを躊躇わない。それを再び確認し合ったところで朝食の時間は終わった。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 その日、五反田弾は珍しく早起きした。特に何かがあるというわけではないのだが、起きてしまったのならその分だけ得したと気持ちよく目覚めたのだ。弾とは違って生活態度まで優等生な一つ年下の妹に怪訝な目を向けられながらも、弾は家族の中で一番最初に家を出る。

 早く学校に着いたところですることがないわけではない。昨日の生徒会との話し合いで結論を先延ばしされた件について会長に直接話をすることができるかもしれないと思っていた。

 

 変人と聞いていた生徒会長は、弾の想定と違い事務的な人間だった。悪い言い方をすればつまらない人という印象だ。弾が提出した“ISVS研究会”に関する書類を否定することも肯定することもなく、淡々と受け取ったのだ。思わず弾の方から『何も聞かないんすか?』と聞いてしまったくらいである。その返事は『明日、また来てくれ』だけだった。

 

「一夏は一夏で面倒くさいことを抱えてそうだし、俺がなんとかしてやるか」

 

 弾は携帯の画面を見ながら独り言を呟く。昨夜に一夏から送られてきたメールで、内容は『セシリアが俺の家に住むことになった』というもの。彼女持ちである弾ですらイラッとしたという事実が、同時に弾にヤバイという焦燥感を与えることにも繋がった。これが学校の連中に露見すれば一夏がただではすまない。

 フォローはするつもりであるが、基本的には一夏がどうにかするしかない案件だった。よって弾自身は他の部分で助けることに決めていた。

 

「ん? あれは……」

 

 登校中、幾人か知り合いの運動部と遭遇しても軽い挨拶だけしていた弾であったが、ふと目に入った人物が気になり足を止めた。毎週土曜日に会っている“彼女”である。連絡もせずに会えた幸運を、信じてもいない神様に感謝しながら声をかけようと手を挙げた。しかしすぐに声を出せなかった。

 メガネも三つ編みも制服も普段の彼女と同じで違和感はない。気になったのは彼女が歩いている方向である。彼女の家がどこにあるのか未だに聞けていない弾であるから、以前に登校中で会ったときは気にならなかった。

 

(虚さんはどこに向かってるんだ?)

 

 今の位置と歩いていく方向から考えて、虚は自らの通う高校へと向かっていない。『もしかしたら俺に会いに藍越学園に行こうとしているのでは?』とも考えたがそれも方角が違う。遊んでいそうな外見をしながらも実際はかなり奥手である弾はまだ彼女のことをよく知らなかった。と言っても何も聞かなかったわけではない。ただ、彼女自身のことを聞くとはぐらかされることが多々あったのだ。

 弾は虚に声をかけなかった。無視して藍越学園に向かうこともない。つまり、尾行を始めたのだ。こそこそとはせずに堂々と、そこを歩いているのが当然という態度で彼女と距離を離してついていく。知りたいという欲求のみで動いていた。

 

 出勤の時間のためか道路を絶え間なく車が走る。その脇の歩道のうち白いガードレールから離れた場所を虚は一度も振り返ることなく歩いている。弾は他の歩行者に紛れて後に続いた。必死に目を凝らす。朝の風景に溶け込んでいる彼女はどこまでも自然体で、弾にとっての特別な人でなければ視界に入ってもまるで背景のようであった。尾行している弾自身も気を抜けば見失ってしまう。そう思ってしまうくらいに。

 弾は徐々に藍越学園から遠のいていく。幸いなことに虚を追い始めてからは知り合いと遭遇しなかった。だがそれも長くは続かないと感じ始めている。虚の歩いている道を弾は知っているからだ。一夏と鈴の使う通学路である、と。直進すれば一夏の家、左に曲がれば鈴の家という分かれ道までやってきて、虚は直進していった。弾も続こうと分岐点にさしかかる。すると左から聞き覚えのある声が飛んできた。

 

「あれ? 弾がなんでこんなとこにいるの? しかもこんな時間に」

 

 杞憂であって欲しかった。名前を呼ばないで欲しかった。弾は声をかけてきた鈴に理不尽な憤りを隠さない。

 

「話しかけんなよ。空気が読めない奴だな、お前は」

「はぁ!? 何よそれ! むしろ難しい顔して歩いてるアンタを心配して声をかけてやったのよ!」

「余計なお世話だ――くそっ! 見失った!」

 

 鈴のハッキリとした高い声は喧噪の中でもよく通る。彼女の口から弾の名前が出てしまった時点で虚に気づかれるのも当たり前だ。

 同時に弾はショックを受けた。虚が弾から逃げたという事実に……

 認めたくない。認められない。何かを隠していると思われる虚は弾から逃げた。それは弾が思っているよりも虚が心を開いてくれていないことを意味している。毎週土曜日に顔を合わせている彼女は時折悲しげな顔を見せていた。人探しが上手くいっていないことが原因と思っていたが、それ以外にもあるのだと今の弾は感じている。彼女の頑なな拒絶に対して弾が取る行動はひとつ。

 

「鈴っ! 今日は俺、欠席する! 宍戸には病気って言っといてくれ!」

「ちょっとアンタ! ……もう、なんなのよぅ」

 

 弾は一夏の家方面の道を走って去っていった。残された鈴は豹変した弾が心配ではあったが既に自分の手には負えないと判断した。男の子のことは男の子に任せるべき。時間もあることだから、と鈴は一夏の家に向かう。

 

 

 鈴は『一夏が寝坊してたりしないかな』と思いながら鼻歌交じりに一夏の家にまでやってきた。途中で自分の鼻歌に気づいて我に返り、鼻ではなく口を押さえ、誰かに聞かれてないかと周囲を素早く見回す。近くに人影はなく、ホッと一息をついた。

 気を取り直して一夏の家に入ろうとする。なぜか一夏の家だという自信が持てなかった鈴は織斑と書かれた表札を見て間違ってないと確信し、呼び鈴も鳴らさずに扉を開けた。歴とした不法侵入であるが、鈴と一夏の間柄なら笑って許されるレベルである。驚かせてやろうと音を立てずに中に入った。ダイニングから声がする。一夏が朝食中にひとりごとを話すわけがない。相手は千冬しかありえないと思い至った鈴は呼び鈴を鳴らすために玄関にまで引き返そうとした。

 

 しかし、聞こえてきた声は千冬ではなかった。

 

 鈴は静かに玄関を出て外にまで来ると、全速力で駆け出した。目からは涙が糸を引いていた――

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 朝の藍越学園。俺はひとりで校門をくぐっていた。以前の鈴のときの教訓を活かし、セシリアと一緒に登校などという愚は犯さなかった。幸村の忠告にも感謝しておくべきだな。あれで俺の意識は変わった。セシリアが俺の家に住んでいるとバレないように考えていられる。ストーカー紛いの奴がいてセシリアの住居を調べ上げない限りはよっぽどバレないはず。

 すれ違う顔見知りとも普通に挨拶を交わす。おはようって気持ちがよい挨拶なんだなと心の底から思う。実は内心、鈴のときの二の舞になるんじゃないかって心配をしていた。何事もなく教室にまでたどり着き、「おはよう」と中にいる連中にまとめて挨拶をした後で、いつものメンバーと個別に話をしようと探す。

 

 ――珍しいな。数馬がいない。弾は……まだ来てないか。

 

 昨日の生徒会の件をメールで簡単には聞いていたが直接聞きたかった。だがいないものは仕方がない。俺が来る時間になっても数馬がいないということは今日は休みか。アイツが風邪をひいたとは考えづらいけどな。

 弾が来るまでの間は暇だった。とりあえず鈴とでも話をして時間を潰すことにしよう。俺は声をかける。

 

「鈴、おは――」

「もげろ」

 

 俺の体は硬直した。今日ここに至るまでに聞かなくて安心していた言葉が、よりによって鈴の口から飛び出してきた。(にくしみ)がこもっているドギツい物言いに俺の心は壊れかけである。冗談とは欠片も思えないくらいに睨まれていて、俺は涙目必至だ。そんな俺の首に誰かの腕が回されてくる。少し屈まされたので相手は背が低い。幸村だ。奴は耳元で小声で話してくる。

 

「おい、織斑。お前、何したんだよ? あんな鈴ちゃん今まで見たことがないぜ」

 

 俺だって見たことがない。ただ何をしたのかという点に関しては心当たりがないわけがなかった。

 しかしそれを幸村に言うのはマズイと思う。鈴以外に興味がなさそうな幸村ならば問題ないかもしれないが、どう転ぶか予想がつかないというのが本音だった。

 

「わからない。俺はどうすればいいんだ、幸村?」

「ちょっと待て、織斑。お前はどうにかしたいと思っているのか?」

「当然だろ。鈴とギスギスした状態での学校生活なんて考えたくねえよ」

「……くそっ! 俺はどうすればいいんだ! 元の鈴ちゃんに帰ってきて欲しいけど、織斑に協力したら必要以上に進展しちまうかもしれないし! わかんねえ!」

 

 思い切って相談してみたが、幸村は俺の耳元で叫んだ後、答えを返すことなく教室を出て行ってしまった。俺は耳を押さえながら見送る。やはり奴のことは俺にはわからない。

 誰にも相談できず、鈴にも話しかけにくい状況。そこへセシリアがやってきた。「ごきげんよう」と辺りに笑顔を振りまきながら教室に入ってきたセシリアは俺のことは置いといて鈴の元へと向かっていた。俺の制止は間に合わなかった。

 

「鈴さん、おはようございます」

「……おはよ」

 

 良かった。とりあえず挨拶を返すくらいはしてくれた。しかし鈴のわかりやすい不機嫌さをセシリアがどのように解釈するのかが不安で仕方ない。昨日はなんだかんだで仲良くなっていたと思うのだが、もし鈴の不機嫌さの原因が俺の予想通りならば、また一悶着ありそうである。セシリアが知らずに地雷を踏むとマズイ。鈴が大声で拡散する恐れまである。

 なるべく知られたくなかったがこの際、俺は腹をくくるべきだ。慌てて2人の間に割って入る。

 

「鈴、大事な話がある」

「あたしよりもセシリアにしたら?」

「いや、お前じゃなきゃダメなんだ!」

「え……あっ」

 

 俺は強引に鈴の右手を掴んで立ち上がらせると教室の外へと無理矢理連れ出す。鈴には話すがクラスの他の連中に聞かれるのはマズイ。誰も聞き耳を立てていないと確信できる場所を探して走り、結局体育館裏を選んだ。中途半端な時間だったが、都合良く運動部の朝練は終わっていた。

 教室からそれなりの距離を走ってきたのだが、鈴は文句も言わずについてきてくれていた。今は俺と向かい合っているが、最初に顔を合わせたときのような敵意は感じられない。

 

「なんなのよ……いきなりこんな場所に連れてきて」

「大事な話があるって言っただろ?」

 

 鈴は俺と目を合わせようとはしなかった。ツインテールの片方に手櫛をかけている落ち着きの無い鈴ではあるが、聞いてくれていると信じて俺は本題を告げる。

 

「実は昨日からセシリアが俺の家にホームステイに来ることになった。俺がそれを知ったのは、昨日鈴と別れてからだ」

「ふーん……そ、そうなんだ」

 

 推測通り、鈴はこのことを知っていた。もし知らなかったらこの瞬間に俺は襟首を掴み上げられて『どういうことよ!』と問いつめられているはずである。どのタイミングで知ったのかはわからないが、既に鈴に知られているのなら黙っているのは愚策だ。俺の行動は間違ってなかった。

 ただ、どこまで話すべきだろうか。セシリアがISの専用機を所有していることは鈴も知っていることだが、俺の護衛に来ているだなどとは言いたくはなかった。隠し事をするべきではないのはわかっていても、相手は鈴だ。俺が現実に命を狙われる可能性まで聞いてしまえば、無駄に心配をかけるだけなのはわかりきっている。だからやはりそれだけは言いたくない。

 

「セシリアの奴、『どうせだから日本の一般家庭での生活をしてみたいですわ』とか言って俺の家に転がり込んだんだぜ? 俺じゃなくて千冬姉に交渉してたみたいだし。でもメイドさんや執事さんまで連れてきてるからあんまり俺の家の生活じゃないってオチまでついてる」

「一般家庭……? 一夏のとこは特殊な部類だと思うんだけど」

「そこは細かいことなんだろ。で、俺が鈴に言っておきたいことは、俺は間違ったことはしてないってことだ」

「間違ったこと、って何?」

 

 顔を赤くして聞かないでいただきたい。

 

「鈴の想像に任せる。もう一度言っておくと、千冬姉がセシリアを受け入れたから一緒に生活することにはなっているけど、やましいことは何もないから騒がないでくれってことだな」

「やましいことは何もないって絶対に言い切れる?」

「今も目覚めない“彼女”に誓ってだ」

「そ。なら納得してあげるわ。もしアンタがあの“彼女”に誓ったことですら破るようなら、あたしにとってアンタはどうでもいい人間になるだけだし」

 

 最後に手厳しいことも言われたがいつもの鈴に戻ったようで何よりだった。やはり誤解は早めに解くに限る。人間関係はできるかぎり円滑にしたいし。

 

「でも、アンタさ……別にあたしと付き合ってるわけじゃないのに、どうしてそんな弁解みたいなことしようと思ったの?」

「事実じゃないから、ってだけだ。状況は確かに普通じゃないから憶測で色々言われるのはわかってる。けど、そうじゃないって言いたかった」

「それはあたしだから?」

 

 話し始めたときと違って鈴は俺の目を覗き込むように見つめてくる。対する俺は見つめ合うのに耐えられなくて視線を外した。いつのまにか立場が逆だ。

 

「わからない。でもこの誤解は放置したくない。そう思ったのは事実だ」

「そっか。じゃ、セシリアもあたしと同じってことか」

「何が同じなんだ?」

「教えてあげないわよ、ばーか!」

 

 最後に俺をバカ呼ばわりして鈴は先に教室へと走っていった。その足取りは軽く、俺も同じくらい軽い足取りで後を追いかけた。

 教室に戻った後、「わたくし、鈴さんに嫌われているのでしょうか」と涙目になっていたセシリアの誤解もちゃんと解いておいた。

 

 

***

 

 視線は針に例えられることが多々あるが、俺はそれを実感している。鈴とセシリアの問題が解決して、あとは弾に任せていた部活の件が片づけば良かったはずだったんだ。だが鈴の誤解を解いて教室に戻った後、空気は一変していた。道行く男子の多くが俺を睨みつけてくるのである。俺が目を合わせようとするとなんでもないフリをするのが質が悪い。

 こういう状況で頼りになる友がなぜか今日は居てくれない。数馬は家の事情で欠席らしいし、弾は病欠。鈴の話を聞く限りではまた彼女さんを怒らせたんだろうなと思えた。

 あと頼れる仲間は幸村くらいだが、今の奴はおそらく非協力的だ。目を見ればわかる。今すぐにでも『もげろ』と言ってきてもおかしくはなかった。

 

 結局、事態を正確に把握できないまま、放課後になるまで針の(むしろ)に座り続けていた。それでも鈴に睨まれ続けるよりは万倍マシだから別にいいかと思えてしまう俺はどこか変なのかもしれない。

 

 放課後になって俺はどう行動すべきか悩んでいた。弾に任せていた部活の件についてである。昨日、生徒会に行った2人は揃って欠席であり、俺は現状を正確に把握していない。弾も数馬も携帯の電源を落としているのか全く繋がらない。だが今日話を聞くとなっていたからには誰かは行かないとマズイ気もしていた。

 

「一夏さん、わたくしは先に帰りますわ。今朝のお話の件を確認して参ります」

「ああ、頼む」

 

 今日はセシリアと一緒に帰るような真似はしない。これは昨日の幸村の助言通りでもある。今もそれが意味を為しているのかは甚だ疑問ではあるが……。

 

「一夏は今日この後どうするの? 弾も数馬もいないけど」

「俺はまだ学校に残ってくよ。例の部活の件で生徒会の方に行こうかなってさ」

「あ、そういえば弾がいないってことは一夏が代わりをしなきゃいけなくなるわね。うーん……面倒そうだからあたしも先に帰るわ」

 

 そこで手伝うとは言ってくれない鈴だった。まあ“俺の都合”だから仕方がない。

 俺はひとり残される。思えばひとりになるのは久しぶりだった。俺がISVSをしていない頃でも、弾たちとはゲーセンまでは一緒に帰っていた。“彼女”が転校していった頃の俺はこんな感じだっただろうか。いや、一緒にはできないな。

 

 物思いに耽るのもそこそこに俺はひとり歩き出す。アポが取れているのかはわからないが、俺には生徒会室に向かうしか道がなかった。生徒会室は4階にあり、普段の俺ならまず立ち入らない領域にある。廊下ですれ違う人も見覚えのない先輩ばかりだった。だけど先輩方は俺のことを知っているのかもしれない。時折俺をジロリと一瞥する怖い雰囲気の人もいて、俺は早く立ち去りたいという一心で歩いた。

 そうしてやってきたのが生徒会室。扉は閉じられている上にガラスの窓部分が曇りガラスになっていて中の様子はほとんど見えない。だが別に防音がしっかりしてるわけではないため、中から話し声は聞こえていた。

 

 入る前に事前にある情報を頭の中で反芻しておく。

 昨日、弾と数馬の2人が部活設立の書類を提出した。生徒会長からの返答は『明日来い』というもので、それが今日に当たる。昨日来ていた2人が欠席のため、俺が代理でやってきたわけだ。

 現在3年生であり、まだ引退していない生徒会長は1年の頃から生徒会長をやっているらしい。多くの校則を改正して、今の藍越学園の雰囲気を作り上げた人物とも言える。そんな人だからきっと俺たちにも協力的だろうと思われた。この点に関しては希望的観測でしかないから、そうであってくれと祈るしかできることはない。

 

 俺は軽くノックをする。「どうぞ」と返答があったので俺はガラッと扉を開けた。

 

 部屋の中には4人の生徒がいた。男女の内訳は男3に女1。

 男のうち1人は入り口付近で他3人と対峙しているように見えたので生徒会のメンバーではなさそうだった。俺が見上げるくらいに背が高いため身長は180cm後半くらいはある。どこかの運動部の人なのだと思う。取り込み中だったら申し訳ないのでひとまずは下がることにしよう。

 

「あ、忙しそうなので出直します」

「待てい! お前が来るのを待っていた!」

 

 引き下がろうとした瞬間、生徒会ではなく隣にいた大男が俺を止めた。ゴツイ手に肩を掴まれて俺は動けない。

 それにしてもどういうことだ? 俺が来るのを待っていただって?

 

「五反田氏には織斑氏を呼んでもらうつもりでしたが、これは良い誤算ですね」

 

 壁に向かって配置されたデスクでパソコンのキーボードを叩き続けていた小柄な男がその手を休めてこちらを向く。俺のことを知っていて、わざわざ呼ぼうとしていた。それはわかったけれど意図が不明だった。

 

「え、と……どういうことなんでしょうか? そもそも俺はまだ用件も言ってないんですけど」

「言わなくてもわかるよ。僕にとって、この学園に所属する生徒の顔と名前くらい全て把握しているのは当然のことだからね。ましてや君は、僕以外の多くの生徒にも知られている有名人のようだ」

 

 俺の質問らしくない質問には一番奥で足を組んでいる男が答えてくれた。俺も一応は顔と名前を知っている人である。

 藍越学園の生徒会長、最上(もがみ)英臣(ひでおみ)

 様々な校則の改正に着手して規律を緩めた張本人であるにもかかわらず、彼の頭髪や服装は生徒の模範とも言える絵に描いたような優等生であった。

 

「さて、まずは確認をしようか、織斑くん。君は“ISVS研究会”の件でここを訪ねたんだと思ったんだけど合ってる?」

「はい、そうです。今日ここで発足が可能か聞かされると思ってきたんですけど……」

「ハハハ! 心配せずとも僕は基本的に生徒の自主性を重んじる。世間の常識という秤で生徒を縛るはずがないじゃないか」

 

 問答無用でダメと言われることも想定していたため、俺はかなり不安を表に出していたようだ。生徒会長はそんな俺を笑い飛ばしながら、俺の提案を肯定すると言ってくれた。

 

「じゃあ、許可してもらえるんですよね!」

「僕個人としてはね」

 

 もう解決したと思ったのだが、会長からは含みのある返答が来る。個人的には許可するつもり、ということは生徒会としては違うということになるのか? 事務仕事をしていた小柄な男が会長の発言に補足を加えてくる。

 

「全てのことを会長の意志で決めていたらモラルもルールもあったものではないですから、我々というストッパーも必要なのです。君たちの立ち上げようとしているISVS研究会ですが、君たちは高校を何だと思っているのか理解不能ですね。わざわざ学校にまでゲームを持ち込まないようにしてください」

 

 会長ではない人が予想されていた正論を言ってきた。これに対する反論は一応用意してある。通用するかは置いといてぶつけてみることにしよう。そう思っていたのだが、俺が口を開く前になぜか会長が動いた。

 

和巳(かずみ)。僕はISVSというゲームをやったことはないけど、世間的には女子校などで部活動として取り入れているケースもあるみたいだよ。専門学校まであるくらいだし、あながち的外れでもないんじゃないかい?」

「それは女子だからですよ。ISVSは高性能なシミュレータですから、優秀な操縦者を探し出す、もしくは優秀な操縦者を育てるのに一役買っています」

「流石は和巳。詳しいんだね」

 

 会長に和巳と呼ばれている男はISVSに詳しいということを指摘されて一瞬言葉に詰まる。彼は「ともかくっ!」と声を張り上げて話を強引に戻した。

 

「彼らは男子ばかりで部活を立ち上げようとしています。男子にとってのISVSはゲーム以外の何者でもありません」

「和巳の将来の夢って何だった?」

「関係ない話を振らないでください!」

「関係ない? まさかそんなはずはないよ。君はIS関連企業への就職を目指しているはず。そのためにアマチュアながらISVSで装備の開発もしたことがあるはずだ。これってただのゲームで片づけるものかな?」

「く……そんなはずがないでしょう!」

「そう、男子だからと卑下することはない。何が将来のためになるのかは先入観だけで語っていいことじゃないというのが僕の持論でね。織斑くんたちの部活も、君の夢と同じものだとしたら、君はそれを否定できるのかな?」

「会長……僕が間違ってました!」

 

 俺が何も言わずとも、俺が言いたいことにプラスαして会長が言ってくれていた。生徒会役員同士で決着がついた模様。もう帰っていいかな。俺が何も言わなくても生徒会だけで片づくんなら事前に終わらせておけよと思う。

 しかし話は終わってなかった。今のやりとりはただの前座だったのだ。

 

「さあ、和巳。建前に縛られることのない、君の本音を言ってくれ。君が織斑くんたちの活動を否定するのには他に理由があるのだろう?」

 

 会長たちのやりとりについていけていない俺だが、なんとなくこの場の空気が変わったことだけはわかった。和巳という男の発言に対して俺は身構える。

 

「セシリアさんといちゃいちゃして羨ましいんだよ、こんちくしょう! 今朝は1年の凰と愛を語らったらしいし! 僕や他の生徒に対する当てつけか!」

 

 俺は目が点にならざるを得ない。何を言われたのかを頭で理解するまでの間、生徒会室は沈黙に包まれていた。

 ここにきてそんな方面から敵意を向けられているとは思わなかった。幸村や弾が心配していた事態だが、まさか本当にセシリアのファンが生徒会の中にいるとは思わなかったんだ。

 しかしそれはただの逆恨みだ。会長が好意的である限り、ISVS研究会は認めてもらえるはず。

 

「俺とセシリアのこととかは今は関係ないじゃないっすか」

「関係ない? まさかそんなはずはないよ」

 

 簡単に論破できると思っていたら、今度は会長の矛先が俺に向いていた。俺は戸惑いを隠せない。

 

「なんでですかっ!?」

「僕の記憶によれば君は同じクラスの凰くんと特別に親しかったはずだ。それを妬む人はいたかもしれないけど、その程度の嫉妬は生じても仕方がない事象だと言える。故に僕が乗り出す案件でもないと思っていた」

 

 なぜ鈴の名前まで出てくるんだ!? それにこの会長は顔と名前だけじゃなくて交友関係まで記憶しているのか。むしろ調べているのか。何これ、怖い。

 

「ただどうも僕は勘違いしていたようでね。男女の交際は大いに推奨しているが、こういうことは中途半端なのはいけない。君は明確なひとりを決めないまま、多くの女性と関係を持とうとしているように映る。その不道徳は流石の僕でも見過ごすわけにはいかない」

「待ってください! 俺と鈴は別に付き合っていないし、セシリアとも仲が良い友人というだけです! それにISVS研究会に関係ないじゃないですか!」

「何度も言わせないでくれ。関係ないということはないよ。良くも悪くも今までになかった部活動を立ち上げる以上、多くの生徒の目に留まる。今の時点でさえ多くの生徒の心の闇を大きくしている君がこれまで以上に目立つんだ。この学園の壁を守るために僕が何とかしなくてはならない」

 

 壁の心配かよ……確かに校舎が揺れた過去があるけどさ。

 

「冗談はさておき。新しいことを始めるのならば皆が気分良く始めたいものだよね。でも、このままじゃ良い結果は生まれない。そこはわかってくれるかな?」

「会長の言いたいことはわかったということにしておきます。認めたくはないですけど」

「ついでに言うと、僕個人としてもさっきの君の発言は気に入らない。僕は嫉妬という感情が何なのかはわからないけど、相手に自分の気持ちが届かない辛さは理解しているつもりだ。それは心を束縛されているようなもの。君は無自覚に誰かを傷つけている」

 

 会長の言葉が胸にぐさっと突き刺さる。うん、自覚がないわけじゃない。俺は一度は受け入れた鈴を拒絶したんだ。傷つけたのは事実だ。でも、俺は間違ったことはしていないと思っている。

 

「それで会長は何が言いたいんですか?」

「現状の問題は、多くの生徒が吐き出せない不満を抱えていることにある。風紀の乱れは規則で縛るものじゃなく、心で律するべきものだ。よって僕は皆がストレスから解放されるイベントを用意しようと思ってる」

「イベント……?」

「そう、君たちにとっては部活動立ち上げのための試験となるかな。そして、他の参加者にとっては不満をぶつける機会が与えられるという形となる」

 

 イベントが試験である。ということはISVS研究会を立ち上げるために力を示せ、と会長はそう言っているのか。つまり、イベントの内容は、

 

「俺がISVSで試合をして不満を持っている奴らに勝てばいいってことですか」

「単純に言えばそうなるね」

「対戦相手は? 試合の形式は? そもそもどこでやるんですか?」

「受けて立ってくれるようで嬉しいよ。まず、対戦相手だがその数は多い。とりあえず今日のところは代表を紹介することにしようか」

 

 会長が人差し指だけでチョイチョイと手招きをすると俺の後ろにいた大男が俺の前にまで来る。彼は俺を親の仇でも見るかのように睨みつけてくる。

 

「彼は内野(うちの)剣菱(けんびし)。近頃、放課後に怪しい集会を開いていたのでここに呼び出したんだけど、どうも集会の理由が織斑くんにあるようだったんでね。僕としても織斑くんの現状は好ましいようには思えなかったから彼らの心の問題の解決に協力することにした」

 

 コイツ、例の過激派じゃねーかっ!!

 くっ、どう考えてもただの八つ当たりだが、どうも会長の決定に逆らえる気がしない。むしろ過激派連中に暴力に訴えられないだけマシと捉えるべきか。少なくとも試合に勝てば、会長が俺の味方をしてくれるということになるだろうし。

 

「織斑。鈴ちゃんの目を覚まさせるためにも、お前を徹底的に潰してやる」

 

 バリバリの体育会系の強面で『鈴ちゃん』と言わないでくれ。その呼び方は幸村みたいな“いかにも”な奴だけが使うことを許される呼称だと俺は思う。

 

「鈴が好きなら正面からぶつかれ、と言ってやりたいところだが勝負は受けてやる。負けたらいちいち俺に突っかかるのをやめろよ」

 

 もう試合は不可避と考える。俺の身の回りの問題を一括で解決する方法を提示してくれたと思えば、会長の提案は助かるものだった。勝てばいい。その単純さがわかりやすくていい。

 ただし、ひとつだけ心配だった。おそらくこの提案がされた時点で確定している問題点。それは、

 

「試合はいつですか?」

「今週末の土曜日。藍越学園に設備を用意して開催しよう」

 

 時間だった。出来るだけ早く宍戸の協力を得たいのだが、この試合が終わるまではお預けということになってしまう。

 

「俺はそんなに待てない! 明日じゃダメなのか!」

「ああ、もう! 黙って聞いてれば自分のことばっかだなテメェは!」

 

 唐突に生徒会室に女子の声が響く。さっきまでわざと視界から外していたのだが、彼女はおよそ生徒会という場所に似合わない格好だ。肩まで伸ばされている髪は人工的な色の金髪で染められ、制服は胸元がはだけていて目のやり場に困る。生徒会長とは対極の存在に見えた。俺は彼女の剣幕に押されて怯む。

 

「え、と……あなたは?」

「私のことなんてどうでもいいだろうがっ! テメェはわかってんのか!? 普通なら取り合う間もなく却下することを、最上はなんとかしてやろうと考えてくれてんだよ! テメェの我が儘でこれ以上、最上を困らせてんじゃねえ!」

 

 俺の我が儘と来たか。確かに俺の都合で動いているのだからそれは否定できない。だけどこれだけは言わないといけない。内野という大男を指さしながら言ってやる。

 

「ああ、俺の我が儘で結構だ! だけど俺はコイツらのしょうもない嫉妬なんかのために引き下がるだけの安い理由なんかで部活を立ち上げたいわけじゃない! 俺には少しでも時間がいるんだ!」

「本当に自分勝手な奴だな。嫉妬だろうと人の想いなのに、勝手に優劣を決めやがって。最上、本当にこんな奴のためにお前が骨を折る必要があるのか?」

 

 俺と口論している素行の悪そうな女子が会長に問いかけるが、饒舌なはずの会長はなぜか黙りこんでいた。

 

「おい、最上! 黙ってないでなんとか言え!」

 

 金髪女子が強引に会長を自分に向かい合わせると、会長はニッコリと微笑んだ。

 

「ルッキー。“最上”じゃなくて“ヒデくん”でしょ? じゃないと口聞かないからね」

「ちょっ! それは二人きりのときだけ――って、あ……」

 

 会長がルッキーと呼んだ彼女は俺含む3人の男子の視線に気づくと目には涙が浮かんで顔をみるみる紅潮させていく。そして、

 

「ヒデくんのバカ――――――っ!!」

 

 泣き叫んで生徒会室を飛び出していった。俺たちが呆気にとられている間にわざわざ部屋の奥にいる会長が生徒会室の入り口まで歩いていって扉を閉める。

 

「騒がせて悪かったね。ただ、彼女も言ってくれていたように僕にも事情というものがある。これ以上織斑くんの要望に応えるのは難しいと言わざるを得ない」

「あ、はい。俺の方こそ無茶を言ってすみません」

 

 急がなきゃと焦り、先ほどの口論で熱くなったのも忘れて俺は会長に謝った。なんだか色々と申し訳なく感じたのだ。

 そして冷静になったところでこれだけは聞いておきたかった。会長にではなく、鈴ファンクラブの過激派リーダーにである。

 

「今の会長と彼女のやりとりに対して一言お願いします」

「実に微笑ましいな……なぜお前の質問に答えねばならないんだ!」

 

 なんでターゲットは俺だけなんだよ……。そこまで鈴一筋なのかよ。

 俺は俺で理不尽な怒りを抱えそうであった。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 窓の外は夕日が落ちた直後であり、空は東から藍色が浸食していった。先ほどまで週末の試合について打ち合わせが行われていた生徒会室には、今は会長である最上のみ残っている。自らがわざわざ増やした仕事を片づけたところで、冷めたコーヒーを飲み下していた。

 最上が窓際の席で落ち着いているとノックも無しに入り口が開かれる。普段ならばノックも無しに生徒会室に入ってくる人間は生徒会役員か、最上の恋人である新庄(しんじょう)流姫(るき)くらいである。しかし今日は違う人物だろうと最上は当たりを付けていた。

 

「首尾の確認ですか、宍戸先生?」

 

 入ってきたのはスーツ姿の男。生徒ではなく教師。一夏たちの担任であり、一夏が部活を立ち上げようとしている真の目的に関わる男、宍戸恭平であった。宍戸は一生徒である最上に対して申し訳なさそうに眉をひそめる、強気な彼らしくない態度を見せる。

 

「悪かったな。本来ならオレがすべきことをお前に押しつけている」

「謝らないでくださいよ。先生は僕が尊敬している数少ない人のひとりなんですから、お手伝いできて光栄なくらいです」

 

 最上は今にも頭を下げそうな宍戸を慌てて止めて逆に自分が頭を下げた。宍戸が口を挟む前に急いで報告を始める。

 

「とりあえず色々と論理も何もない無茶苦茶なことを言いましたが、先生の思惑通り、織斑一夏と内野剣菱をISVSというゲームで試合をさせる状況には持って行きました。詳細も予定通りです」

「助かる。今の織斑に必要なのは技術指導ではなく経験だ。本人もそれはわかっているとは思うが、アイツが個人で組める試合の規模など高が知れてる。今後訪れるであろう戦いのために織斑に用意すべきは大規模な戦場。無ければ作ってやりゃいい」

「ふふふ……」

 

 宍戸の発言を聞いて最上は小さく笑う。

 

「何がおかしい?」

「色々とおかしいですよ。いい意味で。あの宍戸先生がゲームをゲームでないかのように真面目に語っていることも、織斑一夏を特別視していることも」

「どっちも否定しねえよ。オレにとってISVSはある因縁のあるものだし、“織斑”はただの生徒じゃないからな」

「後者において僕は先生に親近感を覚えます。先ほど言った僕の尊敬する数少ない人の中に“織斑”という人がいるんです。僕が物心つく頃に亡くなってしまった方なんですけど」

「へぇ……その人はどんな織斑なんだ?」

「伝え聞いただけの話ですが、とある犯罪組織に囚われていた多くの子供たちを命懸けで解放したんです。正しく僕の理想の体現者だったと思うんですよ」

「ま、そうだろうな」

 

 “織斑”についての話をそこそこに、最上は散らかっていた机を片づけて席を立った。鞄を持ち、宍戸が背を預けている入り口にまで歩いていく。

 

「先生。織斑一夏の相手が内野剣菱に務まりますか?」

「現状、織斑を殺す気で相手にしてくれるような気性の持ち主で実力のある者だとアイツが一番なのは事実なんだが、正直に言っちまうと物足りない。オレが言うのもなんだが、織斑の実力はオレの指導を受けて以降、飛躍的に伸びている。一騎打ちなどしようものなら織斑の圧勝で終わるのは目に見えてるな。だからこそ数で織斑を追いつめようというわけだ」

「わかりました。では僕が相手をします」

「お前が? 未経験者だろ?」

 

 宍戸はハッハッハと声に出して笑うがバカにしている雰囲気は微塵もなかった。ただ面白いという1点がそこにある。

 

「3日もあればマスターしてみせますよ。それくらいできなければ誰かを助けるなんて偉そうなことを言えなくなるんで。何よりも――」

 

 最上は生徒会室の明かりを消して不敵に笑む。

 

「僕は“織斑”と戦ってみたい。彼の土俵で」

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 辺りはすっかり暗くなってしまっていた。弾は朝から街中を走り回っていたのだが、一度見失った虚をもう一度見つけることはできなかった。それでも諦めきれずに虚の通う高校にまで行って、知り合いに確認してもらったところ彼女は欠席しているという。何か問題が起きているという悪い予感ばかりが頭を過ぎった弾は無駄とわかっていても彼女を捜すことを諦めきれなかった。そうして弾は思い知らされる。

 

(俺は……虚さんのことを良く知らない……)

 

 週に一度会って、街の中を練り歩いた。一緒に食事をして、他愛無い話をして……楽しかったのは間違いない。でもそれは自分だけだったのでは、と弾は考えてしまう。

 虚と共に行った場所は隈無く探した。どれも印象に残るような場所でもないために総当たりだった。弾にすら特別という場所が無かった時点で彼女がいる可能性は限りなく0に近かったのだと後になって気づいた。

 

 何かヒントはないかと、虚と話したことを思い起こす。断片的にしか思い出せない話のほとんどは、弾の方から喋っていた。自分の趣味であるISVSについて虚が聞きたがっていたからだ。一緒にプレイしようと誘っても断られていたが、蘊蓄(うんちく)も含めて聞いてくれる虚は良き聞き手であったために弾の一方的な話は熱を帯びていた。弾は基本的に話し手側だったのだ。

 虚が弾に言ったことは何かないのか。初めに弾に近づいてきた虚は『人を捜している』と言っていた。その人物は弾の預かり知らぬところで見つかったようで、以後は人捜しに関係なく会っていた。彼女が捜していた人物の顔写真と名前は覚えている。布仏本音という、虚の妹だった。

 

「くそっ! 手詰まりか!」

 

 もう無茶して追いかけるだけの時間はなかった。これ以上は弾の家族に心配をかけてしまう。学校をサボっておきながらも譲れないものはあった。

 走り続けて乱れた息を整えて、弾は家への道を歩み始める。すると、頭に軽い物が当たった。弾の頭から歩道に落ちたその物体を見れば丸められた紙屑であることがわかる。誰かにぶつけられたのだと思い至って周りを確認すれど、犯人らしき知り合いを見つけることはできなかった。具体的には、このようないたずらをしそうな一夏や数馬が見あたらなかった。

 

 見知らぬ人間に紙屑をぶつけられる心当たりのない弾は、今日はついていないと己の不運を嘆きながら、拾った紙をなんとなく広げてみた。紙自体は無地で特徴がない。だが走り書きで何かが書かれていた。

 

「なんだこれ? 地図?」

 

 手書きにしては見やすい地図に弾の知っている駅名と周辺地図、道順が書かれている。道順を目で追った先には病院の地図記号があった。そして“布仏本音”というメモも添えられていた。

 弾は慌てて周囲を確認する。だがこの紙を誰が投げたのかはもうわからない。

 

「病院……行ってみるしかないか」

 

 ただのいたずらではない。弾がそう決定づけたのは虚の妹の名前が書かれていたからだ。メモ書きを弾に投げて寄越した人物の思惑は不明であったが、道標のない現状に差し込んだ光に思えた。

 

 

 弾にとっての本拠地であるゲーセンを過ぎて駅に向かい、電車で2駅ほど揺られて地図が示すとおりの病院へと向かう。地図は正確であり、弾は目的の病院にたどり着いた。かろうじて面会の許されている時間のうちにたどり着けた弾は入院している患者の中に布仏本音がいないか受付に確認してもらう。真っ先に入院患者を調べたのは、最近の弾の周りの出来事が影響していることは言うまでもない。一夏から聞かされた話では今弾がいる病院に鈴が入院していた。そして受付からの答えは『布仏本音が入院している』というものだった。3ヶ月前からずっと目が覚めないらしい。

 面会を許されなかった弾はとぼとぼと来た道を引き返す。もし許されても弾は病室へと向かわなかっただろう。弾を病院へと導いた紙は固く握りつぶされてしまっていた。行き場のない怒りは本当のことを話してくれなかった虚に対するものか。否、真実を隠していた彼女の傍で、ただ浮かれていた自分に対してだった。

 

 携帯を取り出す。切っていた電源を入れると、メールが一斉に届き始めた。それらのメールを無視し、弾はまず自宅に電話をかける。数コールの後、相手が出た。

 

『もしもし。五反田ですが――』

「俺だ、蘭。ちょっと今日は帰りが遅くなるって母さんたちに言っといてくれ」

『何だ、お兄か。一夏さんたちが心配してたけど、何かあったわけ?』

「……何でもない」

 

 出た相手は妹の蘭。ほぼ弾の前でだけ態度の悪い妹は、弾がどんな状態でも平常運転だった。弾は一方的に用件だけ伝え終えると、まともに対応せずに即座に通話を切る。

 

「やっとわかった。ポーズだけじゃなくて、本当の意味で俺の都合になりそうだぜ、一夏」

 

 断片的な情報を繋いだ結果、弾はISVSの問題が関係していると結論づけた。布仏虚がゲーセンに現れた理由、布仏本音の状態、全てに意味があるのならこれ以外にあり得ない。

 弾の次の行き先は決まった。最近はあまり顔を出していなかった本拠地としているゲーセン“パトリオット藍越店”だ。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 家に帰る頃にはすっかり日が沈んでしまっていた。11月ともなればもう秋の涼しさから冬の寒さになっていく季節である。夏ではまだまだ明るい時間でも夜と言えた。

 俺は今、ニヤケてる。鏡がないから顔を直接見られないが頬が自然に上がってしまっているのが感覚でわかった。何故ならば、俺が帰る前から織斑家に明かりが点いている。千冬姉が俺よりも早く帰るようなときは滅多になかったし、早くても既に寝ていることも多かった。だから俺には普段、言えないことがある。玄関を開けて景気よく叫ぼう。

 

「ただいまー!」

「おかえりなさいませ、一夏様。荷物をお預かりしま――」

「いや、いいよ。このまま部屋に行くし、チェルシーさんにそんなことさせられないって」

 

 ただ『おかえり』と返してほしかっただけなのだが、出迎えてくれたチェルシーさんは俺の想定よりも行き過ぎた対応をしてくださった。俺は丁重に断ってから、彼女に尋ねる。

 

「ところで、セシリアはどうしてる?」

「お嬢様はご帰宅されてからお部屋に籠もられております。集中されていますので、一夏様はお部屋に近づかれぬようお願いいたします」

「わかった。あの執事さんに殺されたくないから大人しくしとくよ」

 

 セシリアは早速今朝の件で動いてくれているようだった。彼女が情報を集める手段に何を用いているかはわからないけれど、もしISVSにログインしているとなれば無防備に寝ているのと同じである。そんなところに俺が入っていこうとすれば……後は容易に想像がつく。

 

「一夏様……少々お聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

「大丈夫です」

「ではお言葉に甘えて」

 

 さっさとISVSにログインしようと自分の部屋に向かうと、チェルシーさんに呼び止められた。聞きたいことがある、とワンクッション置くということは何か重大な質問をしようとしていることはわかる。特に断るような理由も無かったので聞くことにした。何よりも俺がチェルシーさんのことを知りたい。なんだかんだで昨日会ってからろくに会話も出来てないからな。

 

「一夏様はお嬢様とどういったご関係で?」

 

 あれ? 何だろう? 一瞬だけ背筋がゾクッとしたよ……? 冬も近づいてきたから寒くなってきたんだろうなぁ。

 少々天井を見上げてから大丈夫だと自分に言い聞かせて再び正面を見る。

 うん、大丈夫。チェルシーさんはメイドさんらしいと俺が勝手に思っている極上スマイルを向けてくれているではないか。たしかセシリアの話では全てを話してあるということだったし、何も隠すことはない。

 

「共に戦う仲間です」

「他には?」

「いや、特に――」

 

 何もないと言おうとしたところで、俺は口を閉ざした。唐突にこの先を言ってはいけない気がしたからだ。そこへ丁度、あの執事さんがやってくる。

 

「おかえりなさいませ、一夏殿。これ、チェルシー。お前は早く食事の支度をせぬか」

「申し訳ありませんでした。直ちに取りかかります」

 

 チェルシーさんはペコッと頭を下げてから台所へと向かっていった。チラッと見えた台所は既に俺の知る場所ではないくらいに改造されている気がするが、今は捨て置く。

 

「すまぬな、小僧。アレも私も複雑なのだ。今の状況は、な」

 

 俺と老執事さんの2人だけとなったところで唐突に謝られた。俺を小僧と呼んでいる辺り、本音であるとは思う。それも仕方がないか。セシリアの我が儘に振り回されて、こんな日本の一般家庭で仕事させられてるんだから複雑な心境にもなるだろう。

 

「いや、アンタに謝られると調子が狂うんだけど」

「狂う、か。いっそのこと狂った貴様がセシリア様に対して間違いを起こそうとしてくれれば、私は容赦なく貴様の息の根を刈り取ることができるものを」

「セシリアのことが大切なんだな」

「当たり前だ。私は亡き旦那様に誓いを立てた。セシリア様が独り立ちするまで私の全てを以て支える、と。私が旦那様を守れなかったことへの贖罪でしかないが」

「それは違うだろ」

 

 俺は執事の発言を即座に否定する。テキトーに受け流しておくつもりだったのだが、言わずにはいられなかった。執事は怒りを隠さずに俺の襟首を掴み、持ち上げる。俺の足は床に着いていない。

 

「貴様に私の何がわかる?」

「アンタと旦那様って人との関係とかアンタの贖罪とかは俺の知ったことじゃない。でもさ、アンタが贖罪のためだけにセシリアの傍にいるんだったら、セシリアが悲しむと思うんだ」

 

 執事の手から力が抜けて、俺は床に着地する。

 

「セシリアはさ、今でこそマシになったけど、見た目と違って臆病なんだよ。強くあろうとして孤立して……結果的に弱くなっちまった。それでも壊れなかったのは、アンタが居たからだ。アンタはセシリアにとって居て当たり前で、大好きなんだよ。あとはアンタがセシリアの父親だけじゃなくてセシリア自身のことを大切に思ってくれていればいいんだと俺は思う」

「この私に説教だなどと何様のつもりだ、小僧。……だが、その言葉は受け取った。胸に刻んでおくとしよう」

 

 老執事は俺の襟を離してくれた。多くは語らないが、俺はこの執事さんと少しだけわかり合えた気がする。

 

 

***

 

 金属で造られた閉鎖空間の中であるが不思議と息苦しさは感じない。窓一つない密室といえば個人差はあれど窮屈に感じるのが人間だと思うのだが、“ここ”では普通とは違うということなのだろうか。それとも、ISが持っている可能性のひとつなのだろうか。

 

「ねえねえ、レミ。ズバリ、ナナの本命は誰だと思う?」

「私の普通な感性だと、噂の王子様しかない感じ。対抗馬はヤイバで、トモキだけはありえない。カグラはどう?」

「……その話のフリ方だと私が普通じゃないみたいに聞こえます。私が思うにヤイバさんかと」

 

 3人の女子の会話が聞こえてきている。彼女たちはたしかナナの仲間で、戦艦アカルギの操縦を担当していると聞いている。話し声に混ざってカタカタと入力デバイスを叩く音もしているため、俺がいる場所はおそらくアカルギのブリッジなのだろう。

 そう。“だろう”だなどと推測でしか言えないのにはわけがある。

 

 ……いい加減、スタート位置くらい安定させてくれ。

 

 いつものことではあるが、自宅からISVSに入ったときはどこに出るかはわからない。ゲーセンと違って時間とお金の制約がないのは利点なのだが、こればかりは使い勝手が悪いと言わざるを得なかった。

 クーの着替えに遭遇したときと比べればマシなものの出て行きにくい状況だ。話題の中心はナナのことのようだけど、俺まで関わってる。不本意とは言え盗み聞きしてしまっては、彼女たちの心証が悪くなることは目に見えている。さて、どう切り抜けたものか。

 

「カグラ……実はそうだったら楽しそうとか思ってない?」

「あくまで予想だから。想像して楽しむ分には誰も迷惑しません」

「アハハ、やっぱり楽しんでるんだ」

「当然です。娯楽は必要でしょう。それでリコこそどう思ってるのかしら?」

「あ、うん。私もカグラと同じかも。最近のナナって雰囲気変わってきたし、それってたしかヤイバくんたちが皆を助けてくれたときからくらいだったと思うの」

「リコが真面目だなんて槍でも降ってきそう」

「では私をリコリンと呼ぶことを義務付けてやろう。するとあら不思議!」

「はいはい、ウザイね」

 

 俺は今、彼女たちの死角となっている使われていない机の陰にいる。どう見られるのかを気にせずに飛び出していくか、一度帰ってもう一度入り直すかの2択で考えていたのだが、考え直すことにした。彼女たちには悪いが、もう少し話を聞いていくことにする。本当ならシャルルとの待ち合わせ場所へと向かうことを最優先にすべきなのに、俺は彼女たちから見たナナの人物像が気になったのだ。

 

「でも言われてみればナナって私たちとは必要なことしか喋らなかったし、シズネ以外を近づけようとしてなかった。男連中もトモキ以外は近寄りづらく感じてたみたいだし」

「そうそう。ナナが必死に戦ってくれてるのを知ってたから誰も言わなかったけど、いつこじれちゃうのか気になって仕方なかったよ。こんなの私のキャラじゃないから普段は言ってないけどさ」

「それが今じゃ……『すまないが時間はあるか? 相談したいことがある』っていつもの真顔で話しかけてきたかと思えば『2人の男のことが気になってしまう私は変なのだろうか?』とか聞くんだもん」

「レミ、ナナのマネ似てる! 私も同じこと聞かれたなぁ」

「女子メンバーに聞いて回ってるみたいです。私も聞かれました。人並みに恋を意識できるくらいナナの心に余裕ができたということかもしれません」

「青春ですなぁ……はぁ、私にも春が来ないかなぁ」

「リコ、男との出会いならいくらでもあるじゃない。ツムギの男たちも前と比べて目が死んでないし、プレイヤーと知り合ってキープしておいて現実に帰ってからゲットすればいいじゃん」

 

 聞いててどんどん気まずくなってきた。そろそろ退散しよう。ナナのことも少しは聞けたし。

 俺が会った頃のナナはやっぱり張りつめた糸みたいだったんだ。先行きが不透明な中、自分が道を示さなければならないという責任を勝手に抱え込んでいた。ちょっとした衝撃で切れてしまう状態で、ナナと俺は出会った。

 思い返すと俺はひとつ間違えばナナをこの手で殺していたかもしれなかったんだな。あの時は直感に従って攻撃をやめて良かった。

 

「あ、シズネから呼び出しが来た。なんか相談があるから3人そろって来てくれって」

「今度はシズネ? シズネまでナナみたいに恋愛相談……なわけないか」

「『ナナちゃんよりも格好いい男なんていません』としか言わなさそうですね。ともかく、シズネのことだから真面目な内容です。急いでいきましょう」

 

 そろそろ撤収しようとしていた矢先に女子3人がまとめてブリッジから去っていった。音がしなくなったのを確認して俺は身を潜めていた机から体を出す。もしあの3人が引き返してきても、堂々としていれば問題ないはず。ヤイバは(俺本人にとっても)神出鬼没な人間なのだ。

 

「さてと。アカルギはツムギから出ていないだろうし、ゲートを使わせてもらおうかな。外を飛んでく必要がないってのは楽でいい」

「わかりました。ではクーちゃんにゲートの起動を申請しておきます」

「うわああっ!」

 

 誰もいないブリッジでの独り言に返事があって、俺はその場で飛び上がった。女子3人が出て行ったフリをして待ち伏せていたというわけではない。何故ならば、声の主は――

 

「シズネさんっ!? どうしてここにっ!?」

「それはこちらのセリフでもあると思いますよ、ヤイバくん」

 

 女子3人を呼び出したはずのシズネさんだったのだ。

 なぜシズネさんがここにいるのかは置いといて、俺は堂々としていよう。それで何も問題はないはず。

 

「いや、俺はいつものように偶々ここがスタート地点だっただけで――」

「だとしても女の子の会話を隠れて盗み聞きする理由にはなりません」

「ちょっと待って! この際、隠せそうにないから素直に認めるけど、何でシズネさんが知ってるの!?」

「壁に耳あり、障子にメアリー、あなたの後ろにシズネです」

「それが答えになってるの!? 怖いよ! 俺、いつも後ろが気になって仕方がないよ!」

「ヤイバくんは私のことがいつも気になる……悪くない、ですね」

「主に恐怖だよ! いいの、それで!?」

「そういえばヤイバくん。どうして障子という和風なものに対してメアリーさんという外国人な方の名前がセットなんでしょうか?」

「わざと言ってるんじゃなかったの!? 正しくは障子に目ありだよ!」

「ああ、なるほど。ヤイバくんは物知りですね」

「いや、それほどでもないよ。謙遜じゃなくてさ」

 

 どっと疲れた。相変わらずの無表情なシズネさん。どこまでが本気でどこまでが冗談なのかさっぱり掴めない。

 

「で、シズネさんこそ隠れて何をしてたんだ?」

「寝ていたんです。起きたら何やらレミさんたちが興味深い話をしてましたのでつい……ではなく、ナナちゃんの人望の調査をしようと潜り込んでいました」

 

 なんだろう。訂正された内容の方がまともじゃないんだけど、本当にシズネさんはそれでいいのだろうか。

 

「じゃあ3人がいなくなったのは?」

「ヤイバくんが困ってるだろうと……いえ、もう調査が十分だと思いましたので撤収に入っただけです」

 

 何か妙な建前で隠そうとしているようだけど、要するにシズネさんはアカルギのブリッジで居眠りをしてて、女子3人は気づかずにナナに関する話を始めたから、シズネさんは起きてからもずっと聞いてた。でもって、シズネさんの位置からは俺が丸見えで俺はそのことに気づいてなかった。そんなとこだろう。

 

「ヤイバくん。転送ゲートを使うそうですが、何か急ぎの用事でもあるのですか?」

「あ、そうだった! ちょっと待ち合わせしてるプレイヤーがいてさ」

「そうですか。私とナナちゃんもついていっていいですか?」

「いや、転送ゲートはジャマーの影響で片道切符だから帰ってくるの大変だし、そもそもシズネさんたちは使えないってクーは言ってなかったか?」

「……忘れてました。忘れて下さい」

 

 断る理由があって良かった。俺が待ち合わせしているプレイヤー、シャルルはIll(化け物)を追っている。今日が危険であると断言はしないが、これから俺は敵と接触する可能性があった。できればナナもシズネさんも一切関わらせることなく片づけたいと思っている。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 ヤイバが転送ゲートをくぐっていくのを見送っていたシズネの元に近寄る人影があった。シズネはそれが誰かを振り返らずとも把握している。いついかなるときもシズネが見失うはずもない人物だった。

 

「遅い登場ですね、ナナちゃん。ヤイバくんはもう行ってしまいましたよ?」

「な、なんのことだ? そ、それにヤイバが来ていたのか。タイミングが悪かったな」

 

 先に声をかけられたナナはシズネに気づかれていると思っていなかったのか驚いて身動ぎする。声にまでわかりやすい動揺が表れているのだが、ナナはあくまで誤魔化せているつもりだった。流石のシズネもナナのこの態度には物申したくなってしまった。

 

「ナナちゃんにしてはつまらない嘘ですね」

「何? わ、私は嘘など――」

「嘘など言ってない、ですか? ナナちゃんがもう一度断言するのなら私は信じます。たとえそれが真実ではなくとも」

「ぐっ……」

 

 表情の変わらないシズネに詰め寄られ、ナナは言い返せなくなる。それもそのはずでナナはヤイバが来ていることを知っていた。そして、ヤイバに気づかれぬようにこっそりと後ろについてきていたのだった。ヤイバは最後まで気づかなかったが、シズネの目は誤魔化せなかった。

 

「……シズネは騙せないな。私の負けだ。しかしシズネはどうして嘘だとわかったのだ?」

「それはナナちゃんの匂――乙女の勘です」

「勘か。シズネはすごいな」

「……ナナちゃんのそういうところ、卑怯です」

 

 誤魔化せなかったのは目ではなく鼻であったようだがそれは細かいところだった。少なくともナナは特に気にしていない。シズネのわかりやすい嘘すらも全て受け入れてみせて、先ほどのシズネの詰問への反撃をしているあたりナナは本来の調子を戻していると思われた。シズネは聞きたいことを聞くことにする。

 

「ナナちゃんには何か悩み事がありますか?」

「ん? いきなりどうしたのだ?」

「なんとなく聞いてみたくなったんですよ。で、どうなんですか? あるのなら相談に乗りますよ?」

 

 はぐらかされないように注意を払いながらシズネは問う。シズネには無意識に話題を逸らす癖があるが、ナナのそれは意図的な物である。ナナのことを十分に把握しているシズネだからこそ、そうはさせまいと食らいつく必要があった。

 対するナナは一切考える素振りも見せないで即答する。

 

「シズネに相談することなど何もない。私のことを心配する必要などないぞ」

「そう、ですか」

 

 はぐらかされた方がまだマシであったのかもしれない。シズネはナナの返答をそのまま受け入れる。事前に言っておいた『ナナの言ったことを事実として受け入れる』はシズネの中で今もなお継続していた。それが嘘だとわかっていても……。

 シズネはまだヤイバについて質問責めするつもりだったのだが、何も言えなくなってしまった。ツムギと倉持技研の協力体制ができてからというもの、ヤイバとナナが会ったところをシズネは見ていない。今日のことでわかるとおり、ナナはヤイバを避けている。あの2人から始まった希望であるのに。当事者不在で話が進んでいるような感覚がシズネを襲っている。

 

 ヤイバとナナ。シズネが大好きな2人の距離感がそのままシズネの不安の大きさとなっていた。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 転送ゲートをくぐった先はロビーであった。指定したポイントはシャルルとの待ち合わせ場所。俺が来た時点ですでにシャルルはひとりで待っていた。

 

「悪い、遅れた」

「気にしないで。僕も今来たところだから」

「お、おう……」

 

 内心でデートの待ち合わせかよとツッコミを入れておく。ちなみにシャルルは会ったときとは違う言葉遣いになっているが、これが素らしい。熱弁のときに漏れていたから、飾っていたのはすぐにわかった。無理しなくていいと言ったらシャルルはやたら嬉しそうにそうすると決めたのだった。

 合流した俺たちは早速移動を始めた。先導するのは俺ではなくシャルルである。俺とシャルルが協力関係となって実質的な初日である今日は、例の“蜘蛛”が現れたというポイントへと案内してもらうからだった。ロビーの出口へとたどり着いたシャルルは何かに気づいて振り返る。

 

「そういえばヤイバは探索許可付きのイスカ使ってる?」

「探索? なんだそれ?」

「あまり大っぴらにできない話なんだけど、この世界って実は運営者も知らない秘密があるらしいんだ。製作者と運営者が違うかららしい。それでイスカを配布している運営者はこの世界について知るために各企業に調査の協力を求めたんだよ」

「それが探索許可か。でもどうして一部にだけ許可って形にしたんだ?」

「この世界が現実を寸分の狂いもなく再現しているからさ。本物じゃなくても情報は手に入ってしまう。悪用されたらマズイよね」

「現実の秩序のために、一般プレイヤーには一部しか公開しないってわけか。まあ、ゲームするのに支障はないから問題ないし賢明な判断かもな」

 

 俺は今までロビーの外に好き勝手出て行ったりしていたけれど、それは普通じゃなかったということだ。プレイヤーにはロビーから転送ゲートでいける場所にしか移動できないという制約があり、運営者が違反が起きないよう取り締まっている。そういえば以前、ロビーに入ろうとしたときにリミテッドの警備兵にイスカの提示を求められたっけ。あれは下手すれば処罰の対象になっていた。ということは俺のイスカは探索許可とやらが下りている代物ということになる。彩華さんからもらったものだから特に不思議でもない。

 シャルルは俺の反応から探索許可なしと判断したのか、転送ゲート方面へと踵を返す。おそらくはデュノア社を頼って適当なミッションを作って飛ぶつもりだろうが手間取るだろうことは俺にもわかる。無駄に待つのも嫌だったから俺はシャルルを手で制す。

 

「シャルル、俺のもたぶん探索許可ついてるから出口から行こうぜ」

「本当に? 探索許可って企業にしか出てないんだよ?」

「俺のは一応倉持技研の奴だから。それに前にも外に出たことあるし」

 

 論より証拠だ、と俺は先に出口へと向かって警備のリミテッドにイスカを見せる。もちろん前と同じように普通に通過できた。

 

「な? 大丈夫だったろ?」

「ヤイバって色々と不思議だね。知らないくせに持ってるとか」

「不思議なのは俺じゃなくて、俺にこれを渡してくれた人の方だろ。とりあえず問題はクリアーしたからさっさと行くとしようぜ」

 

 自分で言っておきながら俺は自分の発言にひっかかりを感じた。今まで全く気にしてこなかったし、運がいいということだけで済ませてきたが、どうして彩華さんは俺にイスカを渡したんだ? シャルルの話したことが事実ならば彩華さんが知らないはずもない。なのに、どうして一般人の俺に譲るなどしたんだ?

 

「ヤイバ? 早く行こうよ」

「ああ、悪い!」

 

 考えるのは後回しだ。今、俺が向かうべき問題は次の敵を見つけだすこと。彩華さんの意図はわからないが、俺の助けになっているのだから有効に使う。それでいい。

 

 

***

 

 

 シャルルに連れられてやってきた場所は人里から離れた森林地帯であった。聞くところによれば、蜘蛛に遭遇したプレイヤーたちが試合をした森林ステージとして使われたところらしい。俺とシャルルはとりあえず適当な場所に降り立った。

 

「延々と木ばっかりの景色……とりあえず来てはみたけど、やっぱり蜘蛛はいないみたいだな」

「そうだね。静かすぎる森だから僕たち以外に何かがいればすぐにわかる。被害に遭ったプレイヤーたちは試合中だったから違和感も何もなかったと思うけど」

 

 ISによって増幅された感覚でも何かがいるという情報は拾えない。俺の場合は主に聴覚だが動く存在は感知できなかった。操縦者の中には特殊視界技能なる能力を持つ人間がいるらしいが、常人だと発狂するらしい光景を見ているとかなんとか。俺もシャルルもそんな化け物ではないので生身に毛の生えた程度の能力しかない。

 

「それで、ヤイバ。僕も一度はここを訪れて調べたって言ったよね? なのに君は連れてきて欲しいと言った。その理由を教えてもらえるかな?」

 

 俺は昨日、シャルルに今日の予定を一方的に伝えるだけで別れていた。細かいことは教えていない。一種の保険だったのだが、ここまで来てしまえば気にすることもないので、俺の意図を話すことにした。

 

「俺を囮にしたんだよ」

「囮? 蜘蛛が君を狙ってるってこと?」

「違う。シャルルが実は敵で、俺を消そうとしてるかもしれないと思ってな。こうして俺がひとりだけでノコノコついてくる状況を俺から作ったんだ」

 

 俺の発言を聞いてシャルルの顔が青くなる。相変わらず、この世界は人の顔色とか感情が現実と遜色ない。

 あからさまに疑われてはシャルルもいい気はしないだろう。それも俺の思惑のうち。目的が何であれ協力は受け入れるつもりだが、これがきっかけで俺といられない程度の思いであるのならシャルルに背を預けるようなことはできない。このままシャルルと別れてもいいとさえ俺は思っている。

 

「ヤイバは、僕の想像以上に大きな敵と戦っているんだ……大変、だったね」

 

 目を丸くするのは俺の方だった。シャルルの信頼を裏切った俺に対して、彼の口から飛び出した言葉は恨み言や罵倒の類でなく、どちらかと言えば同情のそれだった。

 

「大変だった? いいや、まだまだこれからなんだ」

「ふふふ、違いないね」

「怒らないのか? 俺を」

「どうして? どちらかと言えば僕の方が怪しさ満点だったのが悪いんだよ」

 

 昨日会ったとき既に俺はシャルルを信じたいと思っていた。今日のところはそれを確信にしたかったところが大きい。協力が得られなくなる可能性が高かったとは思うが、代わりに俺はシャルルを問題なく仲間として受け入れられる。同時にデュノア社もあまり警戒しなくて良さそうだと思えた。一応確認してみる。

 

「そういえばシャルルってデュノア社とどういう関係なんだ? いつもデュノア社の宣伝してたり、評判を気にしてたりするけど」

「ああ、それはね。僕のパパがデュノア社の社長だからだよ」

 

 パパが社長!? つまりシャルルは社長のご子息。IS関連企業の社長の息子がISVSのトッププレイヤーとは、つくづくISに縁が深い一族なんだな。

 

「お父さんのことは好きか?」

「うん、まあね。色々と問題ばかり抱えてる人だけど」

「そっか」

 

 シャルルに父親が好きか聞いてみると、ハッキリとは言わなかったが明らかに頬が緩んでいた。小言付きだが、その分だけ悪い関係でないとも思える。その親子関係を想像して俺の頬も自然と緩む。

 同時に踏み込みすぎたのかもしれなかった。だから俺は聞かずにはいられなくなる。

 

「もしお前に何かあったら、お父さんが悲しむんじゃないのか?」

 

 シャルルがIllに食われてしまったら。

 鈴のように俺のせいで目覚めなくなる光景を想像し、頭が痛くなった。

 子供の傍で自らの無力さに打ちひしがれる柳韻先生を思いだし、発狂しそうになる。

 

「そうかもしれない。でも、僕が何もしなくてもパパの元気はどんどんなくなっていく。だから僕は立ち止まらないし、絶対に負けたりはしない。それが僕が僕である理由だ」

 

 シャルルは誤魔化すようなことは言わなかった。今まで人の良い表情しかみせてこなかったのに、今だけは強い目つきで俺を見据えてくる。俺の不安など関係ないと吹き飛ばしてみせる覚悟がそこにはあった。

 

「……強いのは戦闘技術だけじゃないってことか」

「本当はどれだけ弱くても、強く見せないといけない。僕にとって負けられない戦いは今に始まったことじゃないんだ」

「そっか。頼もしいぜ」

 

 俺はシャルルを過小評価していたようだ。初めからコイツは命とは違う譲れない願いをかけて戦ってきてたんだ。夕暮れの風の強さの根底に根付く物を俺は垣間見た気がした。

 今日の俺の目的は達成できていた。まだ表面的なことかもしれないが、シャルルのことを知ることができた。本題である蜘蛛についてはセシリアの持ってくる情報を待つのが一番確実だろうということで、俺はシャルルに帰るように提案する。

 

「そろそろ戻るか」

「え? ここはもういいの?」

「ああ。さっきも言ったとおり、シャルルの胸の内を知ることが目的だったからな。こんなところにもう一度現れるなんてとても思えない」

 

 殺人を犯した犯人はもう一度現場に戻ると言うが、追っ手が待ち受けているとわかりきっている場所に戻る心理を俺は知らない。この場所でなくてはならない理由も、周りには木々しか見あたらないために思いつかない。

 転送で飛んできたわけではないため、ロビーに帰るためにはいちいち空を飛んで帰る必要があった。俺は先にフワリと浮き上がるとシャルルに問う。

 

「シャルルはどうする? 俺はロビーに戻って適当に試合でもしてくつもりなんだが」

「じゃあ、僕も付き合おうかな。でも、ヤイバ。一度ログアウトして入り直した方が早いと思うよ?」

 

 それはわかってるが、俺の場合は少々面倒くさい事情があるために敬遠しがちにもなる。しかし面倒でもそちらの方が早いのは事実だった。俺はシャルルに言われたとおりに一度ISVSから出ることに決めた。集合場所を確認して、俺たちは同時にこの世界から立ち去る手続きをする。しかし――

 

 戻れない。

 

「あれ? 不具合かな? 今までこんなこと起きたことなんてないのに」

「バカっ! 周りを警戒しろ! 何かがいる!」

 

 シャルルには説明しておいたのだが、今がそれだと気づくまでに時間がかかってしまっていた。何事も最初と言うものは戸惑うものである。俺はこれが初めてでない。この現象は俺が初めて福音(イルミナント)に遭遇したときと同じ。

 近くにIllが存在する。

 精神を研ぎ澄ませる。周囲の音を拾い続ける。動物が見あたらないこの世界でも植物と風は存在しているため、雑音が皆無というわけではなかった。風は幸いにも無風に近い。葉の擦れる音もほとんどないため、俺たちが音を出さなければ沈黙が場を支配する。

 

 何もいない。俺の耳と白式は異常がないと認識している。それはシャルルも同様だった。何もアクションを起こさずに周囲に意識を向けてくれている。

 近くにはいないということなのだろうか。あるいは身を潜めているか。どちらにせよこのままこの場に止まることの方が危険だった。

 

「シャルル、上に行こう。森の中よりは空の方が都合がいい」

「わかった」

 

 広く見渡せる分、不利とはなりにくいと判断してだ。もちろん敵に見つかる危険性が高い行動なのだが、もう見つかっていること前提に動いた方がよい。あとは逃げきれるかが問題だろう。

 高度を上げようと推進機を噴かしたときだった。

 

 

『右だよ!』

 

 

 ――声がした。

 

 俺は反射的に雪片弐型を抜き放つ。考えた行動ではなく、気づいたら攻撃していた。雪片弐型の刃は空を切ることなく途中で停止している。ENブレード同士の干渉で発生する特有の現象だった。

 その場にISがいることは間違いない。にもかかわらず俺には相手の姿が見えない。何よりも、白式も相手の存在を認識していなかった。

 しかしそれも一瞬のこと。すぐにその姿が浮かび上がってくる。

 

 襲撃者の正体は蜘蛛とはほど遠い。そしてISVSにおいてはかなりの数を見かけるものだった。

 シンボルとも言える両肩の盾は昔の鎧武者の具足を連想させる。

 右手にある得物は物理ブレード……おそらくは“葵”だろう。これも標準的な装備だった。

 打鉄。倉持技研が誇る世界シェア2位のIS用フレーム。それに身を包む中身は同い年くらいの少女であった。少女は雪片弐型を“左手”で受け止めつつ目を丸くしていた。

 

「完全に不意をついたはずだったのに……」

「ヤイバっ!」

 

 シャルルが敵の存在に気づいてアサルトライフルで援護射撃をしてくれる。襲いかかってきた少女は俺から素早く離れた。

 距離を開けて俺たちは少女と対峙する。俺は相手の装備の分析を開始した。

 今までに全く見たことのない型だった。ディバイドスタイルであるのに、左腕全体が無骨な装備となっていた。左腕だけ和風甲冑そのままの装甲となっているのだ。手の部分も通常のアームではなく一回り大きい。人と同じ5本指だが、その手は物を握ることを想定していない。指の先端からは爪のようにENブレードが生えていた。雪片弐型を受け止めたのもこの爪だった。

 背中には見覚えのある装備が浮いている。8連装高誘導ミサイル“山嵐”が4、チャージ速度重視の荷電粒子砲“春雷”が2。ひとつひとつはメゾならばよく使う装備だが、全体の装備の容量がヴァリス並となっていた。

 

「何も――くっ!」

 

 何者だと尋ねようとしたところで、春雷の砲口がこちらを向いた。即座に身を翻して回避に成功する。

 その間にシャルルが動いた。マシンガンを放ちつつ距離を詰めていく。マシンガンによる牽制を敵は回避することなく打鉄の盾で軽く止めていた。それもシャルルの想定内。シャルルは瞬時に両手の装備をアサルトカノンとショットガンに持ち替え、盾めがけて一斉に発射する。全てが着弾したところで盾が1枚砕け散った。

 

 本格的に戦闘開始となった。俺も情報を引き出すことは諦めて戦闘に集中する。Illがいる可能性の高い空間で問答無用で襲ってくる相手だ。部外者とは思えない。後手に回った現状ではなんとかして逃げなければならない。もしここで俺とシャルルが負ければ、十中八九、倉持技研とデュノア社が敵対する。

 ……俺が帰らなければデュノア社はクロだと彩華さんに言っておいたのが裏目に出てるな。

 

「シャルル!」

「わかってる!」

 

 相手の盾を打ち破ったシャルルは引き返した。敵が追撃のために放ったミサイルを全て打ち落としながらシャルルは俺の元にやってくる。

 

「無理をしないのはいいけど、この後はどうするの? 僕が残ってヤイバが逃げる?」

「それはあり得ないから黙ってくれ。今考えてるんだから」

 

 俺たちがIll相手に生き残る道は勝つか逃げるかだけ。やはり戦うしかないのか。だが2人だけで立ち向かうのは危険すぎる。隣にいるのがリンでなく夕暮れの風であっても、あの豹変したイルミナントが相手だったら結末は同じだろうことは目に見えていた。

 イルミナントより弱ければどうにかなるかもしれない。でも不確定だ。賭けに負けたとき、その代償は俺かシャルルが支払うことになる。

 

 どれだけ俺は考え込んでいただろうか。正確な時間はわからなかったが、シャルルが異変に気づいた。

 

「攻めてこないね」

 

 言われてみればその通りだった。初撃の奇襲以降、敵は迎撃はしていても積極的な攻撃に移ってこない。俺たちの一挙手一投足を注意深く観察している。

 

「……一筋縄ではいかないみたいね。でも、絶対に私があなたを倒してみせる」

 

 唐突に少女は口を開いた。俺を指さして倒すと言い捨てると森の中へと入っていってしまった。

 

「待てっ!」

 

 即座に後を追ったものの俺もシャルルも逃げた少女の姿を見失ってしまった。もしかしたら姿を隠す単一仕様能力を持っているのかもしれない。だとしたらセシリアの力を借りなくてはとても追える相手ではない。

 

「ヤイバ。今のは……」

「正体はわからない。だけど、Illと無関係とは思えないな」

 

 今の少女は敵の刺客か。明確に俺をターゲットにしていた。イルミナントを倒した俺はやはり敵にとって目の上のコブなのだろう。今後は俺を囮にして誘き出すことも視野に入れてもいいな。

 

 今の襲撃者を思い返す。一見するとアンバランスな構成に、見たことのない装備。それだけでも十分に印象深いものだったのだが、もうひとつ俺が見逃さなかったものがあった。

 ISVSではプレイヤーネームを相手に開示するか否かを設定できる。俺の場合は当然のように開示しないに設定しているため、他人には口頭で名前を伝える必要がある。今の襲撃者は逆。つまり、聞かなくともこちらには名前がわかる状態だった。

 

 表示されていたプレイヤーネームは“楯無”だった。聞いたことのない名前だが覚えておくとしよう。


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