Illusional Space   作:ジベた

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10 身勝手な弱さ

 気づいたら月曜日の朝だった。家に帰ったらセシリアに聞きたいことがたくさんあったし、ISVSでナナたちに会ってみたかった。シズネさんからと思われるメールのことも聞きたかった。なのに俺は鈴と別れた後すぐに寝てしまったようだ。自分の部屋まで帰る気力も湧かずにリビングのソファで寝てしまっている。

 

「……やらかしてしまったことは仕方がない。とりあえずシャワーでも浴びるとするか」

 

 切り替えが大事だと思い、体にかかっていた毛布を床に投げ捨てて朝の準備を始めようとする。そこで強烈な違和感を覚えた。

 

 ……今、千冬姉はいない。

 

 この家は俺と千冬姉の2人暮らしだ。千冬姉が出張で留守にしてるこの家には俺しかいないはず。なのになぜ寝落ちした俺の体に毛布がかけられているんだ? そして……なぜ台所から炒め物をしている音が聞こえてきているんだ? 俺は慌てて台所に駆けていく。

 

「あ、一夏。おはよう。勝手に使わせてもらってるわよ」

 

 そこにはエプロン姿の鈴がいた。鼻歌交じりにフライパンを振るっている。

 

「昨日はお風呂に入ってないんでしょ? とりあえずシャワーでも浴びてきたら? 朝ご飯はあたしが適当に作っておくから」

「どうして鈴がいるんだ?」

「細かい話はあと、あと! さっさといきなさい」

 

 納得はしなかったが、別に悪いことをされてるわけでもないと思い直して俺はシャワーを浴びて制服に着替えて出直す。

 台所に戻ると既に鈴の料理は完成していた。なるほど鈴らしい料理だった。だけど、

 

「朝から酢豚か……」

 

 重い。対面に座る鈴が両手で頬杖をついてニコニコと俺が食べるのを待っている。その期待も重い。だがここまでしてくれたのだから平気な顔をして食うのが男だろう。

 

「あれ? 意外といける?」

「アンタねぇ……あたしを何だと思ってるのよ」

「いや、旨いのは知ってるつもりだけど、寝起きの胃で耐えられるものだとは思ってなかった」

「特に変わったことしてないはずよ? 強いて言えば、愛情がこもってるくらい?」

「自分で言うな。愛情の質が落ちる」

「そうよね。そもそもあたしのキャラじゃないし」

 

 酢豚を完食。ついでに余ったという体裁で作られた酢豚弁当を持たされた。うん、俺って幸せ者だな。……薄情者でもあるけど。

 と、落ち着いたところで状況を整理したかった。

 

「何で鈴が俺の家にいるんだ?」

「別に難しい話じゃないわよ。昨日別れたときもどことなくおかしかったから心配してただけ。千冬さんが出張でいないって聞いたからもう一度顔ぐらい見とこうと思って夜のうちにここに来たの。そしたら明かりはついてないし、玄関は鍵が開けっ放しだしでいつもと様子が違ったから勝手に入らせてもらったの。文句ある?」

「無いよ。そうか、それはだいぶ助かった、鈴」

 

 どこの誰とも知れない人が入ってくるよりは助かるに決まってる。非があるのは俺だけだろう。しかし、気になる点がひとつだけ。

 

「千冬姉の出張をどこで知ったんだ?」

「あたしもよく知らない。ただメールが来ただけだから」

「誰から?」

「昨日会ったセシリアって女からよ」

 

 ……アイツは本当に何者なんだ? 情報収集力が高いってレベルをとうに超えている気がする。まさか俺に盗聴器でも仕掛けてないだろうな? 今度徹底的に問いつめる必要があるのかもしれない。

 

「いつの間にアドレス交換してたんだ?」

「え? 一夏から聞いたって書いてあったけど」

 

 ……もうセシリアのそういうところにツッコミを入れるのは野暮な気がしてきた。俺たちに残されたプライバシーはあとどれだけあるんだろう……?

 

「一夏? 顔色悪いけどどうしたの?」

「なんでもない。……なんでもないんだ」

 

 そうこうしている内に時間が迫ってくる。鈴と2人で後かたづけをして俺たちは家を出た。ちなみに鈴は俺の家に泊まったわけではなく、夜と朝の2回来てくれているということだった。別に何かしでかしたかもしれないと不安になったわけではないが一安心した。

 

 

***

 

「もげろ」

 

 登校して教室に来るまでに同じ言葉を7回はかけられただろうか。まるでおはようの感覚で俺にかけられた言葉だが、彼らの真意を俺は理解していない。

 

「なぁ、鈴。俺は何を言われてるんだ? 明らかに敵意を持たれてるんだけど」

 

 鈴に耳打ちをすると、教室が揺れた。見ればクラスメイトのひとりが壁を全力で殴りつけている。誰も彼の奇行を止めようともしていない。

 

「あたしに聞かないでよ! わかるわけないじゃん!」

「それもそうか。おっ、幸村! いいところに!」

「……もげろ」

「お前もか!」

 

 もげる。くっついていたものがちぎれて落ちること。何となくわかったようなわかりたくないような気がする言葉だ。

 

「うーっす、一夏」

「弾! お前だけは普通だと信じてたぜ!」

 

 俺の後ろの席に弾がやってくる。いつもどおりの挨拶に俺は安心を覚えていた。それぐらい今日は朝から別世界に足を踏み入れたような感覚に陥っている。

 

「なぁ、弾。この学校で一体何が起きているんだ? それとも何かが起きているのは俺の方なのか?」

 

 頼もしい我が親友はケラケラと笑いながらも答えを示してくれた。

 

「この学校は鈴のファンが多いからな。幸村みたいな鈴の恋を応援する穏健派もいれば、打倒一夏を掲げる過激派もいる。一夏と鈴が朝から並んで登校してたもんだから騒いで当然ってわけだ」

「へぇ、幸村が穏健派なのか。あいつにももげろって言われたんだけどどこが穏健なんだよ。というか、もげろってなんだよ?」

 

 俺の次の疑問にはいつのまにか来ていた数馬が答えてくれる。

 

「『あ、一夏さん。おはようございます。昨夜はさぞお楽しみでしたでしょうね。いえいえ、悪いことなどとは申しません。ただ、わたくしどもが壁を殴るだけのことです。ですから壁には気をつけてください。もしかしたら壁と間違えてあなた様を殴りつけてしまうかもしれません』という意味を込めて彼らは『もげろ』と言っているみたいだよ」

「長いよ!? 俺はそんな風に受け取れねえよ!」

「で、実際のところどうなの? なんでも今朝は鈴と一緒に家から出てきてたみたいじゃん?」

「そんなところから見られてたのか……。別に何もねえよ。な、鈴?」

「え……あ、うん」

 

 そこでしょんぼりとしないでいただきたい。いや、まあ否定してくれたことには変わらないのだけども。

 

「校舎中の壁の振動が止まった……?」

「見ろ、幸村が鈴ちゃんの新しい顔を見れてご満悦だ。この学園の壁は守られたんだ」

「一時はどうなるかと思ったぜ」

 

 ところどころから聞こえて来ている言葉に誰も疑問を感じないのか。おかしいのは俺なのか? とりあえず壁を叩く音が消えたのは事実だけど、どこか納得できない。あと、幸村はMにみせかけて実はドSだ。間違いない。

 

 嵐は過ぎ去ったようで、担任(宍戸先生)が来る時間が迫っているのもあり全員が素直に自分の席に着いて駄弁っている。俺は今から放課後の予定について考えていた。最初にゲーセンに行って試合をするのは確定だが、その後をどうするべきか。やはりセシリアに話を聞いてナナたちに会いに行きたいと考えている。

 

「なあ、一夏」

 

 ちょいちょいと弾に背中をつつかれて思考が中断される。今日の試合の話だろうかと振り向いたが、弾は難しい表情をしていた。明らかに乗り気でないときの顔だ。

 

「真面目な話、鈴と何かあったのか?」

「特に何もないけど?」

「……そうか。だとすると、だからと言うべきなのか」

 

 弾の言うことが掴めないでいると、弾は耳を貸せとジェスチャーしてきた。周りに徹底的に聞かれたくない何かを話そうとしている弾に俺は素直に応じる。

 

「数馬がいつも言ってるが、俺はあえて触れてこなかった。だがそろそろ聞かせろ。なぜお前と鈴は付き合ってない?」

 

 そういえば弾はたまに軽くからかう程度はあったが俺と鈴の付き合いについて深く突っ込んできたことはなかった。しかし、俺からも聞きたい。なぜ俺と鈴が付き合うことがまるで自然であるかのように聞いてくるのかと。

 

「あのな、そういうことは部外者が口を出すことじゃな――」

「中学2年の冬。俺と数馬を巻き込んで起こした“あの事件”を忘れたとは言わせねえ」

「巻き込むも何も、お前らめっちゃ協力的だったろ?」

「俺も数馬も別に面白そうだと思って協力したわけじゃねえよ。むしろ俺たちは止めようとしてた。でもお前の言葉が俺たちの意志を変えたんだ」

 

 中学2年の冬に起きた事件。千冬姉にも迷惑をかけた俺たちの中だけの事件だ。主犯は俺だが、正直なところ俺は当時のことを細かく覚えてない。時間がなくて、ただ必死だったことしか覚えてないんだ。

 

「あれからもうすぐ2年経つ。それまでずっと鈴が近くにいて、付き合ってない方がおかしいと思うのは普通だろ? 鈴がお前のことをどう思ってるのかを知らない奴はこの学園にいない。お前も含めてな」

 

 ここまでハッキリと言われたら否定しにくかった。俺が何も言えないでいると弾の方から話を終わらせてくれる。

 

「これ以上の口出しは野暮だと思うから止めとく。俺としては今日の試合で2人ともちゃんと働いてくれればそれでいいからよ」

「おい、そこまで言っといて言いたいことはそこかよ!」

「はっはっは! 俺は俺が良ければそれでいいからな! せいぜい適当に悩んでろ、青少年!」

「同い年の奴に少年呼ばわりされたくない!」

 

 弾の奴も相変わらずだった。真面目な話が長く続かない。そんな弾だからこそ、俺の友人になってくれたような気がする。今だからこそ言えることだけどな。

 

 

***

 

 昼休みになって俺は教室を出ていった。とりあえずひとりになりたかったからだ。場所は誰に告白するわけでもないが体育館裏を選んだ。目的はセシリアに電話をかけること。昨日のうちに話せなかったことを聞いておきたかった。この時間に出てくれるかは不安だったが、心配は杞憂だったようですぐに出てくれる。

 

『お待ちしておりましたわ、一夏さん』

「こっちからかけておいてなんだけど……セシリア、学校は? というかまだ日本にいるんだよね?」

 

 セシリアが来日して早々、恋人のフリをさせられて色々と聞けていないことが多い。彼女が日本に来た目的は俺を守るためだとか言ってたと思うが、いつまでも日本にいれるわけがないだろう。

 

『わたくしは既に大学を卒業しておりますし、仕事はこちらでも出来ることですので問題はありませんわ』

「失礼ですが、おいくつでしょうか?」

『本当に失礼ですわね。それも無理がないと納得しておきましょう。わたくしはあなたとお似合いの15歳。誕生日は12月24日ですわ』

 

 同学年だった。飛び級で大卒って天才の部類だろ。日本語の習得もわけないってことか。

 

「いや、俺の方が釣り合わな――」

『お世辞は結構ですわ。聞きたいこともあるでしょう。あなたが聞きたい順に質問してくださいな』

「じゃ、お言葉に甘えて」

 

 本題を早く言えということで俺としては助かる。俺が聞きたいことはナナたちのこと。

 

「セシリアはナナたちと話ができたのか?」

『はい。本当は直接一夏さんにお話ししようと思っていたのです。急いで連絡するほどのことでもないと思いましたので』

「そっか。ナナたちと話せても進展はなかったってことでいい?」

『そういうことですわね。彼女たちは福音と関わりがありませんでした』

 

 シズネさんからメールが来てからある程度は予想していたことだった。しかし、だとすると他に気になることができる。

 

「じゃあナナたちは何者なんだ? 福音と関係なくても、普通じゃないよな?」

『現実から謎のISによってISVSに送られた人たち……だそうですわ』

「ん? ごめん、何を言ってるのかわからない」

『彼女たちはゲームをプレイしていない。方法は不明ですが、ISVSのシステム以外の方法であの世界に囚われてしまっているようです』

「それって福音は本当に関係ないの?」

『外見の特徴が一致しませんわ。彼女たちが会ったISは黒い霧のようなものだったそうです』

 

 黒い霧のIS、か。セシリアから聞いた限りでは、福音は背中から翼を生やした天使という外見をしているらしい。俺の方でわかっている限りのセラフィムの機体のスペックを集めたところ、背中の翼はブレイスフォード社製のエンブレイスフレームに拡散型ENブラスター“シルバーベル”を付けているということであった。実用性重視のプレイヤーならば非固定浮遊部位(アンロックユニット)に設定するであろう装備を敢えて固定しているのだから、なにかしらのこだわりがあるのかもしれない。とりあえず言えることは、ENブラスターが放つものは光であって、黒い霧などという表現は不適切であることは間違いない。

 

「とりあえずナナたちが福音と関係ないってことはわかったけど、昏睡事件の犯人が福音以外にいるってことにならないか?」

『そう……かもしれませんわね』

 

 俺の疑問に対するセシリアの返答はハッキリとしない。セシリアのことはよく知らないはずだが、彼女らしくないと思った。

 

「福音以外にもいるとしたら、親玉を潰さないといけないんじゃないか?」

『それはそうですが……』

「まあ、いいや。今話してもわからないことだらけだし」

 

 見えないところばかり追っていても仕方ない。今見えている敵は福音だけ。

 

「で、次の質問。昨日シズネさんっぽい文面のメールが来たんだけど、これってセシリアの仕業だよね?」

『仕業とは人聞きが悪いですわね。あの方々との連絡手段はあったほうがいいでしょう?』

「ごめん、悪いというつもりはなかった。でも突然セシリア名義でメールが来ても困ったんだよ。俺の方から直接返信できるのこれ?」

『通常と同じ操作で返信をしてくだされば、わたくしの方で転送しておきますわ』

 

 なるほど。セシリアに内容が筒抜けになるわけだ。こうしてセシリアにまた俺の個人情報が抜き取られ……考えるのはよそう。彼女はそんな子じゃない。

 

 聞きたいことはこれくらいか。そろそろ教室に戻らないと鈴あたりが探しにきそうだった。

 

「ありがとう。また何かあったら連絡をくれ」

『了解しましたわ。一夏さんは今日はアメリカ代表と戦う権利をかけての試合でしたわね』

「そうだな」

『あくまで可能性のひとつですが、もし先ほど話していた親玉がどこかの国である場合、福音の正体がそのままトップランカーであるセラフィムである可能性が出てきますわ』

「だからセラフィムに接触しておきたいってことだったな。倒せば解決って単純な話じゃない気がしてるけど」

『欲しいのは確証ですわね。敵と見なせば、オルコット家の本気を見せて差し上げます』

「こわいこわい。まあ、こっちは任せてくれ」

『わたくしもお手伝いできれば良いのですが……』

 

 確かにセシリアがいれば百人力だ。マシューとやらがどれだけの使い手かは知らないが、セシリアの指示さえあれば負ける気がしない。しかし、これは藍越エンジョイ勢と蒼天騎士団の試合だ。部外者であるセシリアが入ってくるのは相手はもちろんのこと、こちら側のプレイヤーもいい顔をしないのはわかりきっている。弾の奴もただ勝利することじゃなくて“俺たち”が勝つことに意味を見出しているのだろうからな。

 

「その言葉だけ受け取っておく。俺は俺、セシリアはセシリアでやれることをやっていこうぜ」

『了解しましたわ。頑張ってくださいな』

 

 通話を切った。俺の仕事はセラフィムと試合をすることで相手を見極めることにある。あまりISVSに現れないプレイヤーらしく、こういったイベントでしか狙って会うことは難しい相手だ。俺はこのチャンスをモノにしないといけない。

 

「そこで何をしている?」

 

 携帯をポケットにしまったところで俺に向けられている声が聞こえた。やたらと渋いこの声は明らかに高校生のものではない。声を聞くだけで頭を下げなければいけない気がしてくるこの感覚。正体は姿を見ずともわかっていた。

 

「し、宍戸先生! なぜこんなところに!?」

 

 俺のクラスの担任でもある英語教師の宍戸だった。全面的に俺が悪いと千冬姉も言っているのだが、どうもこの先生には苦手意識しかない。

 

「なんだ、織斑か。下駄箱にラブレターでも入ってたか? それとも果たし状の方か」

「いや、どっちもありませんでしたけど」

「ちっ、つまんねえな。折角暇つぶしを見つけたと思ったのによ」

 

 生徒の前で遠慮なく舌打ちする宍戸。人目に付かない場所にどんな暇つぶしに来てるんだ、この人?

 

「ま、お前でいいか。この場で生徒指導を始めるぞ」

「何で!? 俺が何やったの!? ……ですか?」

 

 つい敬語も忘れて口答えをしてしまった。お前でいいか、で生徒指導されてたまるかという思いが強かったということにしておこう。それにしても、今日の宍戸は服装も含めて生真面目さの欠片もない。俺と話している顔もまるで遊んでいる子供みたいだ。

 

「朝から学園中で男子生徒複数人が壁を叩き続けるという奇行をしていたんだが、そいつらが口を揃えて『織斑が凰を拐かした』と供述していてな。ちょいとその辺りを詳しく聞かせてもらおうか」

「俺は無実です!」

「ん? 凰に確認したら否定しなかったぞ?」

「なにそれ!? ちくしょう、俺をハメやがったな! ってちょっと待ってください! 鈴の奴になんて聞きました?」

「『織斑にさらわれたのは本当か?』と聞いたが何か問題でもあるのか?」

 

 俺は頭を抱えざるを得ない。そうか……こうして誤解は生まれ、冤罪というものが成立してしまうのか。

 俺がウンウン唸っていると宍戸は頭にポンと手を乗せてくる。

 

「若気の至りって奴か。今回は凰が嬉しそうにしてたからオレから言うことは何もない。ただ、ハメを外しすぎて後悔だけはするなよ」

 

 そう言って宍戸は去っていった。宍戸と話して罰を与えられなかったのは初めての経験だった。それはそれで驚いたのだが、俺が気になったところはむしろ宍戸の言い残した内容の方だ。

 

「鈴が嬉しそうだった……ね」

 

 

***

 

 放課後。俺たちはゲーセンに集まっていた。昨日発表されたメンバーも揃い踏み。あとはISVSに突入するだけ。

 

「全体の作戦はあえて一部プレイヤーにしか伝えていない。それはあのマシューを罠にかけるためだ。戦況の見た目が悪くとも各々の役割を的確に果たしてもらいたい」

「りょーかーい」

 

 気の抜けた返事でまとまりに欠けていた。だからこそ、弾は真っ向勝負を避けているのかもしれない。俺も弾から作戦の詳細は教えてもらっていないが、もうなんとなく策は見えていた。具体的な方法は置いといて、弾が狙っているのは特定の場所におびき寄せての殲滅だろう。

 

 ロビーに移る。既に相手側は手続きを終了しているようで、こちらもすぐに準備に入った。受付の手続き後、転送用のゲートに全員で移動する。

 

【試合形式】10VS10チーム戦

【フィールド】廃墟都市

【勝利条件】敵リーダーの撃墜

【リーダー】“藍越エンジョイ勢”ライル、“蒼天騎士団”マシュー

 

 試合形式を教えてくれる文字の羅列が目の前に並ぶ。その間に周囲の景色が真っ白になり、やがて瓦礫だらけの屋内に移り変わった。床、壁、天井に穴が空いており、既に建物として機能していないことは明白である。

 

「さて、始まった。全員行動に移ってくれ」

 

 バレットの指示によってリンが真っ先に建物から飛び出していく。両チームの初期位置だけは指定されているので、先行するチームはまっすぐにそちらへと向かうこととしていた。

 リン、アギト、テツ、ライター、サベージの5名が飛び出した後で次は俺たちの番。

 

「いくぞ、ヤイバ」

「りょーかい」

 

 俺とバレットがやや遅れて出撃する。残ったのはリーダーであるライルとディーン店長のみ。どちらもISというにはとてもゴツイ外見をしていた。ライルの装備は明らかにいつもとは違う。これが今回の策なのだった。ライルはここから動かない。いや、動けない。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 ステージに転送されてすぐに戦闘開始である。ミッションとは違い、余裕を持って始めることは稀であり、マシューは即座に索敵を開始する。味方への指示を出すためにも素早く相手の出方を窺うことにした。

 

「5、2、3と分かれてきたか。バレットにしては珍しく戦力をまとめてきたみたいだがさて、リーダーはどこにいるかな?」

 

 開始早々にまっすぐ蒼天騎士団へと向かってくる5人。遅れてくる2人。初期位置から動かない3人。リスクを嫌う傾向にあったバレットの癖から考えてマシューは初期位置にリーダーがいると判断する。

 

「初期位置に籠もって何ができる? こちらは6、3、1で分かれて、前に出てきた奴らから潰してやるとしよう」

「無視して初期位置の3人を叩くのではないのですか?」

「それこそ奴らの思う壷だ。こちらの動きを追えない奴らはリーダーを囮にすることで我々の位置を固定しようとしてる。引き返した連中と挟み撃ちされて勝てるというのならそうするけど?」

「すみません、浅はかでした」

 

 マシューは蒼天騎士団を3班に分ける。

 1班は5人を迎撃させる主力部隊。防御重視ユニオン2名、中距離射撃メゾ2名、エースであるハーゲンにBT使い1名である。

 2班は敵遊撃部隊を迎撃する部隊。防御重視ユニオン2名、マシンガンフォス1名。

 3班は初期位置に残り、全体の指揮を執る。

 

「今回は真っ向勝負をしてやるよ、バレット。お前たちくらい正面から倒せなければ、セレスティアルクラウンに挑むなど夢のまた夢だ。……それに、あの方に仕えるにはこれくらいこなせなければ」

 

 マシューの目はギラギラと光っていた。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 リンを先頭にアギト、テツ、ライター、サベージの順で廃墟となっている都市を突き進む。人が住まなくなって数年経過しているというだけにしては建物の壊れ方が激しかった。まるで戦闘があった街であるようにみえる。

 

「ジョーメイの予測だとそろそろ敵が仕掛けてくるはずだ――って見えたし」

 

 アギトが敵を発見する。それはもちろんサベージを除く全員も把握していた。先頭に見えるのは中世の騎士をモチーフにしたような甲冑姿のユニオン。当然、こちらから先制攻撃を仕掛ける。

 

「カモがネギしょってー、やってきたぜ!」

 

 建物の間を低空飛行で移動していたリンたちだったが、ここでライターが上空へと飛び上がる。彼の装備は集束型ENブラスター“イクリプス”。一発撃つだけでサプライエネルギーの多くを持っていかれる燃費の悪い高火力武器だ。それを2発同時に発射する彼の機体は、誰から見ても頭の悪い構成だった。だからこそバレットは彼を選んだ。

 

「ひゃっはー!」

 

 2筋の閃光が平行に飛んでいく。その先には蒼の甲冑があった。見た目通りに鈍重な蒼い騎士は回避は愚か、防御行動も間に合っていない。2発の直撃を受けて、鎧が弾け飛ぶ。

 

「ネタ要員もたまには役に立つんだな」

 

 攻撃の成功を確認するや否やアギトが全力移動を開始する。同じヴァリスクラスでもリンの甲龍よりアギトのヘルハウンドフレームの方が速い。大穴の空いた騎士を射程に捉えたアギトはショットガンとアサルトカノンを連続で叩き込む。いとも簡単にアーマーブレイクを達成し、とどめに左肩のENブラスター“ブラックアイ”も撃ち込んだ。

 

「まずは1機」

 

 ユニオンは装甲特化にしている分、シールドバリアに直接実弾を撃ち込まれると脆い。装甲はライターのイクリプス2門によって消し飛んでいたため、シールドバリアを守る鎧は存在していなかった。ついでにストックエネルギーも大幅に削れている。実弾に対しては強力な防御能力を誇っていても弱点が明確すぎる。それがユニオンスタイルがランキング上位に入りにくい理由である。

 

「くっ! 突出しすぎたか」

 

 敵機にとどめを刺したアギトを待っていたのは敵IS3機による集中砲火である。アサルトカノンと重ライフルによる一斉射撃を浴びながらもアギトは慌てて後退する。尚も敵のミサイルが追ってくる。正面から襲ってきたミサイルはショットガンで迎撃したものの、上空から襲ってくるミサイルを防げない。しかし後方から飛んできた弾が空中で炸裂し、ミサイルを全て破壊する。

 

「アギトさん、速いっすよ」

「フォローサンキュ、テツ」

 

 後続のテツが追いつき、アギトはひとまずの危機を脱する。

 

「リンは?」

「ハーゲンとガチでやりあってるっす。あれはお互いに横槍を入れられないっすね」

 

 

 リンはアギトに向かおうとしていたハーゲンに斬りかかっていた。以前にも戦ったことのある相手。メイン武器は薙刀“夢現”であるが、周囲に浮かせている物理ブレード“葵”を6振りも操り、格闘戦の手数は圧倒的に多い厄介な相手だった。浮かせていると言ってもBT兵器のように本体から離れられるわけでなく、射程はせいぜい3mと言ったところ。しかし、7つのブレードが一斉に襲ってくるだけで十分な脅威といえる。

 対するリンは両手に持っている双天牙月、両肩の龍咆に加え、籠手に仕込んである衝撃砲“崩拳”により手数だけならハーゲンに迫るものがあった。

 

「また会ったわね。今日は引き分けなんかじゃ終わらせないわよ」

「……うむ」

 

 リンは刀を打ち合わせている相手に話しかけると返答があった。うむ、の一言だけ。しかし、前は全く話さなかった男であり、少々リンは困惑する。

 

「アンタ、喋れたんだ」

「いかにも。マシューが変わった。我も変わろう」

「あー、はいはい。実はあんまり興味ないわ」

 

 長話になっても困るため、さっさと切り上げて攻撃を再開する。

 終始、ハーゲン側が優勢である。それは単純に手数の差と言えた。ハーゲンの攻撃をリンが双天牙月で受け止めたり、衝撃砲で撃ち落としたりすることを繰り返している。徐々に下がりながらもリンは直接的な被弾はゼロで抑えていた。

 膠着状態に陥るのは仕方がないとリンは割り切る。元々倒すのには

骨が折れる相手だ。倒せずとも時間さえ稼げればリンの役割は果たせたと言える。この試合の勝敗はリーダーを倒せるか否かでしかないのだから。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

「おい、バレット。こっちにも敵が来てるぞ。しかも3人」

「心配すんな。これも想定内だ」

 

 本当かよと思いつつも俺は雪片弐型を構える。見たところ相手は防御重視ユニオンが2体にマシンガンを両手に装備したフォスが1体。

 ……マシンガンか。嫌な相手だなぁ。

 少しも攻撃に当たりたくない俺としては弾幕を張られることだけは苦手だった。ガトリングみたいな小回りの利かない隙がハッキリする武器ならばやりようがあるのだが、マシンガン相手だけは無傷とはいかない。おまけにそれが2丁あるし、機体の方もシルフィードフレーム(サベージと同じ)だった。バレットのwikiにも載ってる定番機体だが、それが何より厄介。

 

「わかってたことだが、装甲でガッチガチだ。一応今回はEN武器を持ってきてるが、ライターみたいな高出力じゃねえから時間がかかりそうだ」

「俺の方はあのマシンガンとはやりたくない。ってことは?」

 

 バレットと顔を合わせる。結論は既に出ていた。俺たちは同時に突っ込む。

 相手はまず甲冑2体が左手のライフルを向けてきた。イングリッド製の重ライフル。アサルトライフルとアサルトカノンの間の子といえる性能を持っており、俺に当たると大惨事だ。それだけならば避けられるのだが、同時に背中のミサイルも発射される。高速タイプであるが、ある程度の誘導性能はもちろんある。それらを数撃ちゃ当たると言わんばかりにばらまいて来やがった。

 

「バレット、全部撃ち落として!」

「無理!」

 

 仕方なく俺は上空へと待避する。その先にはマシンガンを両手に構えた敵が待っていた。

 

「やべっ!」

 

 イグニッションブーストを使ってでも急いで距離を置き、なんとか攻撃を回避した。尚も敵フォスはマシンガンで俺を追い立ててくる。バレットはと言えば、地上でユニオン2機に囲まれていた。

 

「やっぱそうくるか……でもこれって、俺の戦術がバレてるってこと?」

 

 今回の試合、俺の存在はバレットにとって隠し玉のひとつだったはずだ。いくら相手の位置がわかろうと、装備までは把握できないとバレットも言っていたはず。

 

「なんて考えてても仕方がないか。今は目の前の敵を倒さないと」

 

 無傷で倒せずともこれくらいの一騎打ちに勝てなければ。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 壊れたコンクリートを弾除けとして使いながら、敵ISと撃ち合う。相対している蒼天騎士団3機の主装備はアサルトカノンと重ライフルであり、1発1発が重い。アギトの主力武器もアサルトカノンであるが、まともに撃ち合っていたら数の差で火力負けする。

 

「ライター! 充填はまだか!」

 

 ISコアからは常にエネルギーが供給されると言ってもライターの使用したイクリプス2門は通常のISでは扱いきれないエネルギー消費量であるため供給が追いつかなくなる。

 初撃を盛大にぶっ放したためにサプライエネルギーが枯渇。アーマーブレイクとPICダウンを同時に引き起こしていた火力バカに復帰が可能かどうかアギトは通信をとばす。

 

「ダメっす、アギトさん。ライターはやられました」

 

 返答はすぐ側で共に戦っているテツから来た。

 

「マジか!? ミサイルの流れ弾でも当たったか?」

「いえ、どうも狙撃機体がいるみたいっす」

「はぁ? こんな遮蔽物の多いステージで隠れたライターを狙えるはずが……そういえば、蒼天騎士団にはマシュー以外にもBT使いがいたな」

 

 ライターが攻撃後に無防備になることはわかりきっていた。そのため、最初の1発は遠距離から撃たせ、後は回復まで敵の射程外で待機させる手筈だった。幸いなことに今回の戦場は隠れる場所には事欠かない。遠距離攻撃から身を守ることは難しくない、はずだったのだ。

 ここでアギトは気づく。ライターを襲った攻撃は決して対岸の火事ではない。慌てて周囲を確認すると、自分たちを狙う蒼色の銃身が浮いていた。

 

「離れるぞ!」

 

 BTビットで狙われた時点で、正面の敵とは対等にやり合えない。一応といった様子でアギトはショットガンをBTビットに放つも機敏な動きでBTビットは射撃を回避する。ひとつを狙う間に他のビットがビームを放ち、アギトのストックエネルギーが次々と削られていく。

 

「ちっ! 鬱陶しいんだよ!」

 

 アギトは右肩に搭載していたミサイルをBTビットに向けて放つ。ミサイルに反応したBTビットは回避行動を取るが、アギトの放ったミサイルは速度が遅めの誘導性重視のものである。回避に専念し始めたBTビットは自然とアギトから離れることとなった。

 

「テツ、無事か?」

「ガトリングを捨てたり、ENブラスターが壊れたりしてるんで、火力が半減してる感じっすね」

 

 テツは拡張領域に装備を入れていない。アギトから見えるだけでもテツの左側の装備はボロボロであり、残された武器はグレネードランチャーとミサイルのみ。防御型だけあって簡単には落ちなかったものの、もう長く耐えられそうにない。

 アギトは自らの状態も確認する。被弾こそしているモノの使用不能にまで追い込まれた装備はゼロ。しかし、ストックエネルギーはもう40%を切っている。

 

(潮時か。やっぱ普通に強いな、コイツら)

 

 アギトは大きめの顎に手を添えて考える。人にからかわれる部位であったが、彼は自らのアバターをイジったりはしていない。なんだかんだで本人は気に入っていたりする。

 思考を終える。敵4機の攻撃を自分たちに向けさせていられる時間はもう僅かである。ならば、作戦は今実行するしかない。

 

「ディーンさん、出撃どうぞ」

『了解だ。盛大に吹っ飛ばしてやる』

 

 タイミングはアギトに任されていた。初期位置から動かなかった“爆撃機”が戦場へと飛び立つ。

 

「テツ! 隠れるぞ!」

 

 アギトは追ってきている敵に向けてミサイルを発射すると、近場の建物へと飛び込んだ。辺りに空気が震える音が響いたかと思うと、外が光と炎に包まれる。身を隠した建物もガラガラと崩れ、アギトとテツは瓦礫に埋もれた。

 

 煙に包まれた戦場。朦々と舞い上がる塵を穿つ光が幾筋も通過する。複数の光はアギトとテツが埋もれている瓦礫めがけて、殺到した。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 空でずっと追いかけっこをしている。ひとつひとつは大したことのない豆鉄砲を撃ち続ける相手に3度ほど強引に接近したものの、雪片弐型は全て空振りに終わった。無駄に被弾してはシールドバリアの回復の間避け続けることの繰り返し。結果的に俺のストックエネルギーだけが減り続けるという事態に陥っている。

 

「ああ、もう! 当たらねえ!」

 

 思えば今まで素早い相手とはサベージとしか戦ったことがない。そのサベージも不意打ちで一撃だったため、経験としてカウントしていいものか疑問であった。

 ……少しぬるま湯に浸かりすぎたのかもな。

 ここ最近の戦闘はほぼ全てラピスの支援があった。敵と遭遇する前から敵の装備を教えてくれたり、敵の射撃コースを視覚に表示してくれたり、敵の回避方向まで予測してくれることすらあった。きっとラピスがいてくれたら、目の前のマシンガンの敵もあっさりと倒す段取りを整えてくれるに違いない。

 

「いない奴に頼ってどうする!」

 

 俺は頭を横に振る。突破口を考える。しかしマシンガンの牽制によって最短距離をイグニッションブーストで近付けない状況で、シルフィードに接近することは難しい。雪片弐型で弾を斬ろうにも2丁分のマシンガンが相手のため射線を全てカバーすることはできない。雪片弐型を展開した状態で、片方の射撃を受け続ければ行動不能に追い込まれる。バレットが白式は欠陥機体と言っていたことを今更思い出した。

 

 相性的に分が悪すぎると膠着状態を受け入れようとしていたそのときだった。近くを大型の爆撃機が通り過ぎていった。

 

「今のって、店長?」

 

 ユニオンスタイル・ファイタータイプ。ランキング5位エアハルトと同じく速度重視ユニオンというもので最高速度は音速を突破する。俺が昨日まで知らなかったディーン店長のISは、高速移動して大量のミサイルをばらまく爆撃機であった。

 俺の側を通過していく置きみやげといった感じで5発ほどのミサイルが俺の相手のISに向かっていた。しかしそこは流石のフォスクラス。素早く距離を置いて、片方のマシンガンのみでミサイルを撃ち落としていく。もちろんもう片方は俺に向けたままだ。接近するなら今だ。だがいざとなればミサイルを無視してでも俺を攻撃してくるだろう。

 俺が迂闊に近付けないのは変わらなかった。でも、そこはもうどうでも良かった。俺はマシンガンを無視して、今も店長が残した爆煙の残る地上へと向かう。その先ではバレットと敵IS2機が戦闘中のはずであった。

 

「交代っ!」

 

 煙からISが飛び出してきた。敵ではなくバレットだ。店長のミサイルが敵に命中したとはいえ、まだ地上の騎士2体は落ちていない。それでも俺達にとっては交代するだけの隙があればそれで良い。

 煙の中の敵の位置を確認する。通常の視界では見えなかったため、ハイパーセンサーを使用して見える情報に切り替える。これも普段ならラピスが勝手に補ってくれていたところだが、今は自分だけでやらなければならない。見えた敵は大型ライフルこそ向けていたものの直進性ミサイルの発射口はこちらを向いていない。

 ……いける。まだ敵は俺の速さを理解していない。

 慣性制御を自分で操作。自動でかかっている安全装置を外す感覚だ。ISが保障している安全領域外の加速を以て俺の体を前へと運ぶ。それがイグニッションブースト。専用補助スラスターの力も借りて、一時的に速度重視ユニオンと並ぶ速度域に到達する。

 スピードに乗ってしまえばあとは雪片弐型を振るうだけ。一瞬のうちにライフルの射線から体を外した俺はENブレードを展開して左側の騎士に斬りつける。堅い装甲だったが、雪片弐型にとっては紙も同然である。装甲を中身ごと斬り裂いた俺の一撃を受けた敵はまだ立っている。

 

「バレットめ……全然ダメージを与えられてないじゃないか」

 

 自分のことは棚に上げてバレットに悪態をつく。しかしながら実際は倒れてくれなくてラッキーと思っていたりする。まだ足を止められない。俺を狙う敵はまだ近くにいるのだから。

 俺はまだ倒れない敵の肩を空いている左手で掴み、飛び越えるようにして背中に回り込んだ。続くミサイルの発射音。

 

「てめっ! 俺を盾に――」

 

 最後に敵プレイヤーの声が聞こえた気がしたが、爆音の後、雪片弐型で背中から刺したので何を言おうとしていたのかは知らない。

 残るはミサイル発射直後の騎士。俺が接近するまでに敵が使える装備は右手のライフルと左手の盾だけだった。右回りに移動しながら距離を縮めると、敵のライフルは俺が避けるまでもなく外れる。俺がイグニッションブーストを躊躇う理由はなかった。あとは作業でしかない。近づいて盾を葬り、装甲ごと敵を斬り裂くこと2回で勝負は決まった。

 

「そっちも終わったようだな」

 

 バレットが降りてくる。俺が苦戦したマシンガンフォスは、バレットにとってはカモでしかなかったらしい。やはり相性は戦闘に大きく影響するものだ。

 

「うまく噛み合えば1対2でも楽なのに、さっきはマジで苦戦してた。店長様々だよ」

「同感だ。戦場をひっかき回すことにかけては、あの人を超える人を見たことがない」

 

 店長のISにはミサイルしか積まれていない。本人曰く『ライフルや剣がミサイルに勝てるはずがない』だそうだ。PICを理解してないことによる勘違いなのかは俺にはわからない。ただ、追加ブースターに大型ミサイルをそのまま使用しているらしいからこだわりなんだろう。

 

「ライル! こっちのメンバーの状況は?」

 

 初期位置で待機しているライルにバレットが通信で味方の戦況を確認する。この戦闘ではリーダーのみ、仲間の状態を把握できる仕様になっているそうだ。

 

『ライターとアギトとテツが撃墜されてる。ディーンさんも“星火燎原”を撃って速度が落ちたところにBTビットの集中砲火を受けて戦闘不能。他は今のところ大丈夫』

 

 もう4人倒されていた。こちらは敵を少なくとも3体は落としているため、アギトたちが1機でも落としてくれていれば数の上では五分以上といったところ。

 

「いよいよ大詰めだ。リンとハーゲンの一騎打ちは継続中。敵主力部隊は1人残ったサベージが引きつける手筈。無視されてもそれはこちらの手の内だ」

「俺たちはマシューって奴を倒しに行けばいいんだな?」

「ああ。別働隊がここまであっさりとやられるとはマシューも思ってないだろう。今ならマシューを守る敵は1人もいないはずだ」

 

 現在の戦況はどちらに傾いたとも言えない。しかし、互いにリーダーを直接狙える状況となった。あとはどちらが早く倒せるかという勝負。索敵に特化したプレイヤーのいる相手側の方が有利に見えるが……俺たちは建物に隠れた敵を探す必要がない。既に敵の初期位置近辺は吹き飛んでしまっているのだから。店長のミサイルはISに与える被害は見た目ほど大きくないものの、ただの建物に与える損害は見た目通りである。

 探す手間はそれほどない。速さならば俺の見せ場だ。俺とバレットは敵の初期位置へと飛び立った。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 ディーン店長がかっ飛んでいく姿を見送り、彼が通過していった地上の爆発を他人事のように見下ろしている男が空にいた。作戦開始時は主力部隊に編成されていたはずのサベージである。

 

「うっへぇ……相変わらず派手にやってくれるぜ。店長はステージを破壊するためにこのゲームやってるとしか思えねー」

 

 アギトたちが隠れながら戦っていたビル群は倒壊していた。ISVSでステージが壊れるのは普通のことだが、限度というものがあると言いたくなっても仕方がない状態となっていた。地上の部隊は瓦礫に埋まってしまったらしく、サベージの位置からは確認できない。

 

「アゴ、テツ。どっちでもいいから返事してくれー」

 

 瓦礫に埋もれたとはいっても、PICに干渉してこない衝撃はISにとって無害である。瓦礫の下のアギトたちは平然としてるはずであった。しかし――

 

「アゴ? おい、アゴ! アギトだって訂正しないと定着するぞ?」

 

 返事がこない。たとえ戦闘中でも『アギトだ!』と訂正する男が沈黙しているとなると答えはひとつ。

 

「ただの屍のようだ、ってか? 残るは俺だけか」

 

 アギトもテツもやられた。瓦礫でやられるはずがないため、敵の攻撃によってやられたとみるべきである。敵も店長のミサイル攻撃で瓦礫に埋まっているはずであるが、サベージと同じように遠くから状況を見守っていたプレイヤーがいることは推測できた。

 

「どこまでがバレットの作戦かは知らないけど、ここからは俺の出番だな」

 

 サベージは大型スナイパーライフルを構えてスコープ型のハイパーセンサーを覗く。映し出される対象を凝視した。

 

「戦ってるリンちゃんは勇ましいなぁ」

 

 ミサイルの攻撃範囲外だったリンとハーゲンの戦いを遠くから見守る。もちろんサベージに与えられた仕事はそんなことじゃない。サベージはスコープから頭を離し、急速に後方へのスラスターを噴かせる。彼の下方には戦闘に復帰してきた3機のISが迫ってきていた。

 

「おいおい、俺の楽しみを奪うんじゃないよ、まったく」

 

 上空にいるサベージに向けてアサルトカノン2門と重ライフル1丁が火を噴いた。サベージは上下左右にフラフラとハエのように動き全弾を回避する。攻撃を避けた彼はスナイパーライフルを構えてスコープを覗きこんだ。

 

「うーん、ちょっとリンちゃんが押され気味かな。でもピンチで歯を食いしばってるリンちゃんを見られるってのは貴重だ」

 

 スナイパーライフルは一向に目の前の敵に向けられることはない。アサルトカノンの射程に入られた時点でスナイパーライフルでは勝ち目がないのであるが、サベージからは抵抗の意志がほとんど見られなかった。当然、蒼天騎士団側にしてみれば舐められているようにしか映らない。実態はサベージがただの変態というだけなのだとしても、彼らがそれを知る術はない。3機が共に肩のミサイルも発射し始め、サベージを覆い尽くすような弾幕が形作られた。

 

「そうそう。やっと避け甲斐のある攻撃になってきたじゃないか」

 

 サベージを狙う攻撃の内訳は直進するだけのアサルトカノン2発と重ライフル1発、高速ミサイル“ファイアボール”が6発連続発射され、高い誘導性を持つミサイル“ネビュラ”が12発同時発射されている。面で襲ってくる攻撃に対してサベージは迷わず後ろへと下がっていく。

 

「ああっ! リンちゃん、まともに食らっちゃったなぁ。でもめげないところが素敵だ!」

 

 “ファイアボール”の信管作動範囲ギリギリをフラフラと避けるサベージはリンの戦いを見守ることをまだ諦めていなかった。サベージの傍を通過したファイアボールは航行距離が限界に達して地上へ落ちていく。速度の遅い誘導ミサイルである“ネビュラ”はサベージを追い続けるが、サベージを直接狙うアサルトカノンやライフルの弾道に誘導されることによって撃ち落とされた。サベージはただリンの戦いを観戦しているだけで、敵3機の攻撃をいなしていく。

 藍越エンジョイ勢で“最速の逃げ足”を誇るサベージであるが、彼の取り柄は機体の速さだけではない。同じ戦場でリンの姿を見続けたいという彼の欲望によって確立された回避スタイルこそが彼のプレイの特徴である。ISには全方向の視界が存在する。その機能を使いこなせているプレイヤーは数少ないが、サベージという男はただリンの姿を見続けたいというだけで高度な技能を会得するまでに至った。

 サベージは1対1で勝てるプレイヤーではない。しかし藍越エンジョイ勢の中ではトップクラスの技量を誇っているのは事実である。

 

「よっしゃあああ! リンちゃんの崩拳が決まった! でもまだまだ倒れないよなぁ、ハーゲンも金剛フレームだし」

 

 サベージはスナイパーライフルと外付けハイパーセンサーを双眼鏡感覚で使っていた。蒼天騎士団の3機が躍起になって攻撃を加えるが、全ての攻撃は掠りそうで掠らない。当たりそうという状況にならない。隙だらけのようであるが、サベージは攻撃行動を行わないために明確な隙が生まれないのも攻撃が当てられない原因の一つである。さらに包囲しようにもサベージは常に離れていくため、足の遅い蒼天騎士団側は一方向からの攻撃しかできない。

 

「この試合のリンちゃんはもう見納めかー。残念だけど、自分の役割くらいはこなさないと本当にリンちゃんに嫌われそうだし」

 

 サベージは自分が普通でないことくらいは自覚している。昔は自分の本音を隠していたこともあったが、つまらなかった。いつからか彼は本音で生きるようになる。あちこちで陰口を叩かれるようになった後でも彼の顔が陰ることはなかった。バカな自分の存在を呆れながらも認めてくれる仲間がいるから、今がとても楽しいのだ。

 目的地についたサベージは急降下してビルの窓に飛び込む。ここまでのサベージの行動で頭が茹であがった蒼天騎士団の3機は追いつめるチャンスとばかりにサベージを追って次々と飛び込んだ。その先にはサベージが立っている。その後方にはISにしては巨大すぎるものが鎮座していた。

 

 ひとつの時点で破格のサイズである超大型ガトリング。あろうことかそれが4門も突き出ていた。PICを防御と浮遊に使えないほど発射時の反動が大きい巨体は、通常の足以外にも機械足で本体を支えているというISらしくない設計をしている。ユニオンスタイル・フォートレスタイプの代名詞でもあるこの装備の名は“クアッド・ファランクス”という。

 

 サベージは追ってきた3機に告げる。

 

「鬼ごっこはここまでだ」

 

 3機のISは屋内に飛び込んだ時点でクアッド・ファランクスの射程内にある。クアッド・ファランクスの使用者であるライルの後方に回ったサベージの一言を合図にして、ライルは最強クラスの攻撃力のトリガーを引いた。

 ガトリングガンから飛び出しているのは最早銃弾でなく砲弾。ミューレイ製大型ガトリングのヘカトンケイルとは物量と攻撃範囲に雲泥の差があった。マズイと思ってももう遅い。ひとたび砲弾の雨に触れれば動くこともできず、逃げる間もなく装甲もシールドバリアも破壊され、ストックエネルギーが溶けるように無くなってしまう。時間にして数秒、サベージとライルのいる部屋は、無数の弾痕と薬莢で溢れかえっていた。当然、敵の姿はない。

 

「この日のためにこの装備を用意したと言っても過言じゃなかった。俺が敵3機を一瞬で倒すなんて初めてだよ」

「いい気になるなよ、ライル。この俺あっての成果だからな!」

 

 サベージとライルは拳を合わせる。これで数の上では藍越エンジョイ勢が優位となった。あとはヤイバとバレットがマシューを倒して藍越側の勝利となるのだと確信していた。

 だがサベージもライルも把握していない。アギトとテツが相手をしていたISは4機だったこと。アギトとテツを倒した相手はBTビットを使っていたこと。そして、今いるビルを囲む6機のBTビットと青いISの存在を。

 

 残りプレイヤーは藍越エンジョイ勢が6人、蒼天騎士団が3人。勝負はまだ決まっていない。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

 バレットと2人で敵のリーダーであるマシューを捜索する。崩壊しているビル群から1機のISを探す作業は思ったよりも難航していた。自然と焦りが口に出る。

 

「ライル、大丈夫かな」

「ピンチなら連絡を入れるように言ってあるから、問題ないだろ」

 

 そう言っていた矢先に通信がきた。相手はライル。

 

『みんな! クアッド・ファランクスって決まると最高だな!』

「何機倒せた?」

『3機だね』

 

 これで敵の戦力は多くて4機。もしかするとリンと戦っているハーゲンと俺たちが追っているマシューしか残っていないかもしれない。

 

「こっちの損害は?」

『さっきと変わらない』

 

 こっちは6人のまま。ライルとサベージ、リン、俺とバレット、そしてジョーメイ……

 

「なあ、バレット? ジョーメイは何してるんだ?」

「あいつにはマシューの居所を探す役割を与えた。今は通信待ちだったりする」

 

 最初から俺とバレットだけで探すつもりじゃなかったわけか。それにしてもマシューをひとり倒すのに3人体制とはそれなりに大がかりだなと思う。

 

「マシューってそんなに強いのか?」

「実は知らん。昔は1対1の手合わせもしたが、いつからか『BTの可能性を見つける』とか言って索敵専門になってた。最近は直接戦闘に向いてない支援型のISしか使ってるのを見たことがない」

「戦える装備じゃないのか。でも逃げるのは得意そうじゃね?」

「そう。鬼ごっこでも相手の位置を一方的に知れるのならば逃げやすいからな」

「それを数でどうにかしようってことか?」

「いや、単純にジョーメイの隠密技能にかけてみた。奴はBT使いにも見つからない移動が可能だからな」

 

 BT使いにも見つからない移動方法か。なんのことかさっぱりだが、ジョーメイが俺たちよりもマシューを追いかけやすいということは理解した。

 

 そんな話をしているときである。噂のジョーメイから通信がきた。マシューの発見を告げるものだと疑っていなかった俺とバレットであったが、ジョーメイの声は焦りを帯びたものであった。

 

『謀られた! バレット殿たちは急ぎライル殿の元へと向かわれよ!』

「どうしたジョーメイ? マシューはいなかったのか?」

『その通りでござる。敵の初期位置にいたISは影武者。装備構成だけマシューのものを使用した別プレイヤーでござった』

 

 俺とバレットは同時に見合わせる。バレットには身内読みといえる先入観があり、俺はその先入観を鵜呑みにしていた。マシューは一番後方で全軍の指揮を執っているはずだと。

 しかし違っていた。ならば、本物のマシューはどこにいる?

 答えは、アナウンスが教えてくれた。

 

『試合終了。勝者、蒼天騎士団』

 

 俺たちの敗北とともに……。

 

 

***

 

 試合が終わり、ロビーへと帰ってきた。今度は相手側も姿を見せている。先頭を歩く少し偉そうな男がリーダーであるマシューなのだろう。マシューは俺たちの元へとやってくるとバレットと向かい合う。

 

「僕たちの勝ちだ、バレット」

「すっかり騙されたぜ。まさかお前が前線に出てくるなんてな。あと、お前ってそんな喋りだったっけ?」

「形から入ろうと躍起になっていたけど、そんな必要がないと悟っただけさ。あの方の騎士となるのに必要なのは実力だけ。そうだろう、そこの銀髪の男?」

 

 突然マシューの目が俺を向いた。何か同意を求められているようだが良くわからない。俺としてはマシューのことなどどうでもよく、福音と会う機会を奪われてイライラしていた。自然と対応もぶっきらぼうになる。

 

「知るかよ」

「しらを切るつもりかい? 一昨日、僕たちを攻撃してきたタイミングから考えて、君があの方と関係があることは疑いようがないのだが――」

「関係ない! ……悪い、バレット。先に帰る」

「あ、おい! ヤイバ!」

 

 俺はISVSからログアウトした。意識がゲーセンに戻ってきたところで、店員さんに金を払ってすぐに出ていく。

 

 一昨日と言われてマシューが言っていることはすぐに理解した。一昨日はセシリアと一緒にナナたちを助け出した戦いをした日。俺はあの日に蒼天騎士団と戦っていたんだ。マシューの言う“あの方”とはセシリアのことと見て間違いない。だから俺はマシューと話していたくなかった。

 

 マシューはセシリアの騎士となるのに必要なのは実力だけと言った。俺に彼女と並べるだけの実力はあるのか?

 マシューはセシリアと関係があることは疑いようがないと言った。裏を返せばセシリアがいなければ俺はナナたちを助けられなかったんじゃないか?

 

 今日は俺の関与しないところで決着がついた。きっとみんなは俺のせいじゃないと言ってくれる。バレットは自分のせいだと言うだろう。

 しかし、俺が福音を追うための役割を果たせていないことに変わりない。セシリアに合わせる顔がなかった。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 

「あたしが行く」

 

 ヤイバが去った後、リンも続けてログアウトしていった。残されたプレイヤーは普段温厚なヤイバのただならぬ様相に戸惑うばかりである。それはバレットといえど例外ではない。

 

「わ、悪いな、マシュー。ヤイバも普段はこんな奴じゃないんだ」

「ヤイバというのか。器が小さそうな奴だな。なぜあの方はあんな奴と……」

 

 一向に話の方向が今日の試合に戻らない。何を話したところで結果は覆らないのでバレットはそのまま別の話題を続けてみることにした。

 

「あの方って誰だ? お前は“ちょろい”さん一筋じゃなかったのか?」

 

 バレットはマシューとは昔から付き合いがある。尊敬するプレイヤーの話題もしたことがあった。バレットが挙げたのは“サウザンドガンズ”の異名を持つランキング4位のランカー。対してマシューが挙げたのは最弱の代表候補生とまで言われたイギリス代表候補生だった。

 

「今も昔も僕はセシリア・オルコットファンだよ。あの方の名前を聞かなくなってから、僕は自分でBT使いの限界に挑戦しようとしてた。でも、あの方はあっさりと僕の上に行ってしまったんだ」

 

 マシューは天井を羨望の眼差しで見つめている。バレットは彼の発言を聞かなかったことにして、話を本題に戻した。

 

「お前に何があったのかは知らんが負けは負けだ。俺たちに勝ったからにはセレスティアルクラウンに一泡吹かせてやれよ」

「当然、勝つつもりでいくさ。僕たちがアメリカ代表を倒せればあの方が国家代表を相手取れることの証明につながるしね」

「お前はそれでいいのかもしれねえが、蒼天騎士団のモチベーションは大丈夫か?」

「問題ない。そもそも蒼天騎士団の蒼天とはあの方を指す言葉だ。僕たちはあの方を守る騎士であろうとするスフィアなんだよ」

 

 要約すると『蒼天騎士団はセシリア・オルコットのファンクラブである』ということだ。念のため、バレットはハーゲンに聞いてみた。

 

「そうなのか?」

「……うむ」

 

 ハーゲンの口数は少なかったが、わかりやすいくらいに顔が赤くなっていた。

 バレットは自分のスフィアのメンバーを見やる。ISVSでやたらと妙な技能を持っている奴らはこんな奴ばっかりか、とサベージを見ながら思った。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

 自分の部屋に帰ってきて、まずしたことは壁を殴りつけることだった。悔しいというだけなら俺は健全なプレイヤーでいられた。だが今の俺には負けて悔しいと思うよりも先に、責任を果たせない自分に腹が立っている。

 

「くそっ! 俺は何をやってるんだよ!」

 

 本当に勝ちたいのなら、日曜日の段階で弾にセシリアを紹介するべきだった。

 何が『弾は“自分たち”で勝ちたいだろう』だ?

 本当はセシリアがいなくても俺自身の力で戦えてることを証明したかったんだろ!

 頭の中では手段を選ばないつもりでも、最終的に俺自身の力で箒を助けださないとダメなんだ。

 じゃないと、俺は俺を許せない。

 

 俺はイスカを手にベッドに横になった。今ISVSに入ったところで何が解決できるのかは疑問だ。でも、俺はじっとしていられない。たとえ箒につながるものが見つからなくても、形だけでも箒のために行動していなければ落ち着けなかった。

 

 

『世界が平等であったことなど一度もないよ』

 

 

 またいつもとは違う。いつもの『今の世界は楽しい?』と同じ声音の言葉は以前に別の場所で聞いた言葉に似ている。ISVSは不平等を受け入れることから始まる、という弾が言っていた言葉と。

 まるで俺に力がないことを許容する言葉のような気がした。仕方がないと現実を受け止めればいいのだという囁き。これに身を預ければとても楽なのだろう。

 

「違うんだよ……俺には助けなきゃいけない人がいるんだ! 仕方がないで終わってたまるか!」

 

 悪魔の囁きを振り払うために大声で叫んだ。その途中で俺はどうやらISVSに入っていたらしい。景色は一変して……どこか狭い部屋にいた。およそ6畳の個室のような空間である。今までのことから考えれば異質すぎる場所に現れた俺の目の前には人がいた。長い銀髪を三つ編みにしている少女は両目を閉じたまま俺の方を向いている。

 

「ヤイバお兄ちゃん?」

 

 この子には会ったことがある。クーと名乗っていたAIでナナたちが保護していると聞いていた。しかし、今の俺はそれどころではない。

 

「ご、ごめん! ビックリしたよね!? すぐに出てく!」

 

 クーは着替え中だった。装備していたISを解除すると、慌てて自分の後ろにあったドアを開いて部屋の外に出る。廊下らしき場所に出たところでドアを締めてふーっと息をつく。

 

「いったい、何だったんだ? どうしていきなり着替えしてるクーと鉢合わせることに……」

「その話、じっくりと聞かせてもらえますか?」

 

 独り言を呟く俺の背中に硬いものが押し当てられる。円形の金属製の何かだった。ここはISVSだからおそらくは銃である。普通ならば即座にISを展開するシチュエーションだったが、敵対意志がないことを示すことを優先する。

 

「えーと、誰かは想像がついてるけど一応聞いとく。どちら様ですか?」

「『あなたのハートを射抜いちゃうぞ?』でお馴染みのシズネです」

「物理的に撃ち抜く気だよ!?」

「大丈夫よ、シズネ。ヤイバくんなら笑って受け止めてくれる」

「何を淡々と自分に言い聞かせてんの!? 無理だよ! 全然大丈夫じゃないよ! いくら俺でも生身で銃弾は受け止められないって!」

「ショットガン・マリッジって素敵な言葉ですよね」

「意味違うし全然素敵じゃないから!」

「冗談です。これはスナイパーライフルですから」

「どこからどこまでが冗談なんですかねぇ!」

 

 ようやく俺の背中からスナイパーライフルが離れる。俺が振り向くとシズネさんはISを解除するところだった。とりあえず挨拶を試みる。

 

「やぁ、シズネさん。こんなところで会うなんて奇遇だね?」

「はい、すごい偶然ですね。ここは私たち“ツムギ”の隠れ家なのですが、プレイヤーの方とここで会うのは初めてです。相手がヤイバくんでもナナちゃんですら問答無用で斬りかかる場所でヤイバくんがここまで来ている偶然とは一体どんなものか、私にはわかりかねます。誰にも遭遇せず着替え中のクーちゃんの部屋にまっすぐにやって来れる偶然がありえる可能性についてぜひ語ってほしいですね」

 

 表情は読めないけど、お怒りなのが伝わってくる。しかし、俺にだってわからない。本当のことを言って通じるはずもないが、とりあえず弁解しておくか。

 

「いや、ISVSに入ったらいきなりクーがいる部屋だったんだよ。で、慌てて飛び出して今に至るわけ」

「なるほど。それならば仕方ありませんね」

「納得された!? いいの!? 本当にそれでいいの!?」

「嘘……なのですか? ヤイバくんは最低です。おまけにロリコンです」

「いや、事実だよ! 俺も突然のことでビックリしてるんだって! あと、断じてロリコンじゃない!」

「冗談です。ヤイバくんが誰かを騙せるはずがありませんから」

 

 シズネさんは何を言っているときでも同じ顔をしているため、彼女の真意はとても掴みにくい。しかしポーカーフェイスでも声だけは変化がある気がした。俺が誰かを騙せるはずがないと語る彼女の声は若干柔らかい印象を受けた。

 しかし、それは信頼なのか? だとすると俺はその信頼を常に裏切っているような存在だと思う。俺は自分の目的を親友にすら隠しているのだから。

 

「少しショックですね」

 

 変わらない表情のまま、シズネさんはそんなことを言う。やっぱり彼女の意図は掴めない。彼女はクーの部屋の隣のドアを指さす。

 

「立ち話もなんですから、そちらでお話ししませんか?」

「あ、ああ。そういえばメールにも書いてあったな。俺の話が聞きたいって」

 

 言われるままにシズネさんに連れられて入った部屋はクーの部屋とほぼ同じ個室だった。個人の趣味が窺えない支給品っぽい内装であるが、几帳面なくらいに整頓されている。

 

「私の残り香が溢れる部屋ですがどうぞ」

「そんな風に部屋に案内されたのは初めてだよ!? シズネさんの部屋なの、ここ?」

「ただの寝室です。ヤイバくんには刺激が強すぎるかもしれませんが些細なことです」

 

 シズネさんはベッドに飛び込んでいった。きっと表情は変わってないのだろうが、どことなくテンションが高そうである。

 

「えーと、俺はどこに座ればいいの?」

「あ、お構いなく」

「それをホスト側が言うなよ。客には構ってやれよ」

「ヤイバくんは責められる方が好みですか。おぬしもMよのう」

「ああ、もういい! 勝手にその椅子に座ってやる」

 

 流石にからかわれてるだけだとわかった。部屋にひとつだけの椅子に腰掛けてベッドの上に横たわるシズネさんと向き合う。

 

「やっぱりショックですね」

 

 シズネさんはこの部屋に入る直前と同じ呟きを発して上半身を起こした。一瞬だけスカートからのぞく内股に目がいってしまったが、いくらなんでも失礼だろと頭を振る。

 

「何がショックなんだ?」

 

 他に聞きたいことはあったのだが、どうしてもこれだけは気になった。もしかするとこの時点で俺はシズネさんの術中にハマっていたのかもしれない。

 

「私の言葉では悩みを抱えたヤイバくんの気持ちを軽くすることもできなかったことです」

 

 俺の悩み。それは今日の蒼天騎士団戦の敗北で形になった劣等感のようなものだった。そんな直近の変化を、まだ会ったばかりのシズネさんに見極められるということは、つくづく俺はわかりやすい人間らしい。隠すだけ無駄だ。セシリアにも言い辛かったことだから、今ここでシズネさんに聞いてもらう方がいい。

 

「シズネさん。俺の話、聞いてくれる?」

「ぜひ聞かせてください」

 

 どうしてだろう。俺はこの人たちも助けるつもりだったのに、今の俺は助けてもらいたがっている。何から助けてほしいのか自分でもわからないまま、俺は自分の目的を話すことにした。

 

「俺はさ、ISVSを遊んでるわけじゃないんだ」

「ラピスさんもそう言っていました。あの人は大切な人を助け出すために戦っているそうです」

「俺もそうなんだよ。俺は今も目を覚まさない大切な子を助けたくてISVSを始めた」

「その大切な子というのは女の子ですか?」

「そうだよ」

「そう……ですか」

 

 シズネさんの声量が小さくなった気がしたが、今は自分の話を続ける。

 

「でもさ、俺はちゃんと前に進めてるのか心配になってきた」

「前、というのは?」

「俺に“彼女”を助けるだけの力があるのかってこと。強くなった気がしてたけど、実は気のせいでさ。ずっとセシリアの力を借りてただけだったんだ」

「そうなのでしょうか?」

「間違いないよ。俺ひとりでは一昨日にナナたちを助けられなかった。俺はただ存在してただけ。俺が助けられる人なんていないんだってそう思ってる。俺は弱いから」

 

 俺の悩みを打ち明けた。すると、シズネさんはその場ですっくと立ち上がる。ベッドマットが沈む不安定な中で仁王立ちした彼女は右足を振り上げ――俺の脳天に踵を落としてきた。

 

「のおおおお!」

「ナナちゃん直伝の踵落とし、です」

 

 俺は頭を押さえて唸るしかない。ちなみにシズネさんは踵が命中した際の反動でバランスを崩し、後ろの壁に頭をぶつけていた。彼女も俺と同じように頭を押さえている。

 

「えーと、これはどういうつもりかな? シズネさん」

「うじうじ悩むな、とナナちゃんは良くツッコミを入れていたので真似してみました」

「全ての元凶はあの女か……」

「貴重な経験です。これが『叩く私も痛いのよ』ということですね」

「いや、今のは二次災害みたいなものじゃないか?」

 

 しばらく互いに頭突きをした後のように同じ体勢で痛みがひくのを待っていった。仮想世界でも痛いものは痛いらしい。それはプレイヤーである俺も、プレイヤーでないシズネさんも同じだった。

 

「ヤイバくんは自分を過小評価しすぎです」

 

 俺がまだ頭を押さえている間に復帰したシズネさんがさっきの話の続きを始める。

 

「俺は現実を見てるだけだ」

「本当にそうだと思っているのなら、先ほどの私の言葉は訂正します。ヤイバくんは最低な人です」

 

 俺ひとりじゃ何もできないのは事実だ。諦めたくはないと口では言えても、俺がどうにかできると本気で信じることはできていない。それが現実ってものじゃないのか? 何も言わないでいるとシズネさんは俺が思ってもいなかったことを口にする。

 

「ヤイバくんが助けられる人はいない? それがヤイバくんの現実? ではここにいる私は何なんですか? あなたに助けられた私が現実でないというのなら、私はただのゲームのキャラクターですか? 今もあなたと同じように痛みを感じているのに! 私が今ここに生きていることを、あなたが否定しないでください!」

「シズネさん……?」

 

 シズネさんの早口に圧倒される。その顔には涙が浮かんでいる。鉄壁だった彼女の表情が崩れた瞬間だった。

 

「ラピスさんでは助けることができなかった私はここにいます。私を殺そうとしていた敵から守ってくれた人はヤイバくん以外の誰だと言うんですか。私たち全員が生還できたのは誰かひとりだけの力によるものじゃないんですよ」

 

 やっぱり俺はどうかしている。セシリアに聞いてシズネさんたちの状況は把握していたはずだったのに、本当のところはわかってなかった。疲れたら現実に帰っている俺たちと違って、彼女たちはずっとここにいる。疲れたら、この殺風景な部屋で休むことしかできない。そんな彼女たちに俺が助けを求めるなんて……俺が彼女たちの支えになるべきなのに、身勝手な弱さで追いつめた。俺は本当にバカだよ。

 

「ごめん……俺がシズネさんを助けたんだ」

「そうです。でもまだそれは一時的なことです。ちゃんと責任もって最後まで助けてください。私もナナちゃんも一番頼りにしてるのはヤイバくんなのですから」

 

 わかったよ、シズネさん。俺は直接的な力では他の人に劣るかもしれない。でも、シズネさんたちを助けたいという思いだけは誰にも負けてなんかやらない!

 ただ話をしただけでこれほどスッキリするとは思っていなかった。蒼天騎士団との戦いに負けたからなんだと言うのだ。それだけで俺の価値がなくなるわけじゃない。俺には俺ができることがある。

 

 俺が落ち着きを取り戻すと、シズネさんもベッドの端に腰掛ける。まだシズネさんは俺の話を聞きたがっていた。

 

「そういえばヤイバくんが助けたい人のこと教えてもらえますか?」

「どうしてそこを聞きたがるんだ?」

「名前だけでもいいです。もしかしたら私たちの中にヤイバくんが探している人がいるかもしれません。私ならば“ツムギ”の全メンバーを把握していますので」

 

 言われてみればその可能性はあった。セシリアに福音とは関係ないと言われて失念していた。早速聞いてみることにする。

 

「篠ノ之箒って言うんだ。歳は俺と同じ」

 

 内心は期待が3割、残りはいなくて当然という心構えで返答を待つ。

 

「ごめんなさい。聞いたことがない名前でした」

「気にしなくていいって。ここに“彼女”がいなくても俺がシズネさんたちを助けたいのは変わらないからさ」

 

 セシリアの探している人がいない時点で箒がいない可能性は十分にあり得た。謝られても困る。別にシズネさんたちの中に箒がいなくても、シズネさんたちを見捨てる気は更々ない。全員を助けないと、箒は俺を許してくれないだろうし。

 

「そんな打算で謝ったわけじゃありません!」

「じゃあ、俺の役に立てなくてってことか? それはさっきまでの俺と同じだよ」

「そ、そうですね。すみません」

「だから、謝らなくていいって」

 

 むしろ俺は感謝している。一昨日に会ったばかりの俺の悩みを吹き飛ばしてくれたシズネさんに。

 

 

***

 

 

 俺とシズネさんは軽くであるがお互いのことを話した。俺は自分が今やろうとしていることを、シズネさんは自分たちの境遇のことと“ツムギ”のことを。

 ツムギとはナナたちの集団の名前のことであり、今いる隠れ家のこともそう呼んでいるとのことだった。名付けたのはナナらしい。名前を付けようとしたのも突然のことだったらしく、シズネさんもナナがどういう意図で付けた名前かは聞いていないそうだ。

 

「ありがとう、シズネさん。おかげで色々と助かったよ」

「私もヤイバくんのお話が聞けて良かったです。まさかこんなに早く会えるとは思っていませんでしたし」

 

 今日の俺の収穫としては十分すぎるものをもらったと思う。そろそろここから立ち去ることにしよう。そんなときにドアがノックされる。少々荒々しい音だった。

 

「どうぞ」

 

 部屋の主であるシズネさんは動じることなく客を招き入れる。そこで俺は気づいた。シズネさんと寝室で2人きりというこの状況は第三者に見られると誤解を招くのではないだろうか?

 ドアが開かれる。その先にはちゃんと白いワンピースを来ているクーと、鬼の形相をしているピンク髪の夜叉がいた。

 

「貴様……シズネの部屋で何をしている……?」

「え、と、ナナさん……? 決してあなたが思っているような不埒な行いは致しておりません!」

 

 ナナは俺とシズネさんを交互に見る。うう……シズネさんから聞く限りだと2人は大の仲良しっぽいから下手すると抜刀して襲いかかってくる気がするぜ。

 

「シズネ? 泣いた、のか……?」

「はい。ヤイバくんがひどいことを……」

「待って! 事実かもしれないけど、言い方を間違えてる! くそっ! そのポーカーフェイスの裏ではほくそ笑んでいるに違いない!」

 

 直ちに現実に帰らなければいけないくらい、頭の中ではアラートが鳴っている。しかし、どうも俺が思っていることとは状況が違う方向に動いたらしい。

 

 ナナが笑い出したのだ。

 

「これは驚いた! まさかシズネが男に泣かされるとは!」

「ちょっと、ナナちゃん!?」

「しかもシズネが笑ってることまで理解している! このような出会いがあるものなのだな!」

 

 今までのイメージだと『シズネを泣かせるゲスは斬る』と言われても不思議ではなかったのだが、ナナは目の端に涙を浮かべるくらいに笑っていた。

 

「失礼をした。それと今までの無礼も詫びよう、ヤイバ。今日までの諍いを水に流して私たちに協力してほしい」

「あ、ああ。それは約束する。しかし、なんかお前との距離感はちょっと違う気がする」

「ほう、それはどういう意味だ? 私が素直に協力を求めることが滑稽か? 言っておくが、いざとなれば私はいつでも貴様の後背を突く気でいるぞ?」

「あ、そう。その方がナナらしくてしっくりくるよ。後ろから刺されないように気をつけるさ」

 

 思ったよりもナナの俺に対する見方が変わっていた。ナナも自分たちだけの力に限界を感じてきているのかもしれない。きっとナナの中では葛藤もあったはず。しかし、自分らしさを見失っていないのなら間違った方向に進んでいるわけじゃないだろう。そう思いたい。

 

「じゃ、今日は帰るよ」

「ふん。精々私たちの役に立ってくれ」

「素直じゃないですね、ナナちゃんは。ありがとうの一言でいいじゃないですか」

「シズネさん、やめてくれ。ナナにそんなこと言われたら偽物かどうか疑う必要がある」

「今度、プライベートで刀の錆にしてやる」

 

 などと軽い言葉も交わせる間柄になったのはいい傾向だった。最後に口数の少ないクーにも別れを告げる。

 

「それじゃまたな、クー」

「はい……ヤイバお兄ちゃんはくれぐれも自分を過信しないでください」

 

 クーからはシズネさんと真逆のことを注意された。いまいちピンと来なかった俺は「ああ、そうするよ」とだけ返してその場を去った。

 

 

◆◇◆―――◆◇◆

 

「全く。今日も玄関の鍵をかけずに寝ちゃってるみたいね」

 

 ゲーセンから一夏を追ってきた鈴は一夏の家を訪ねた。何かを焦っている一夏はこれまでの付き合いで見たことがない。昨日よりも不安だった鈴は一夏の状態を心配して家の中へと入っていく。リビングのソファを見てみるが一夏の姿はなく、床に寝ているということもない。素直に自分の部屋に戻ったのだろうと様子を見に向かう。

 

「なんだ、今日は部屋にまで戻ってるじゃない」

 

 家事こそ全て放ってあったが、部屋に戻っている分昨日よりもまともな状態だと鈴は納得して帰ろうとした。しかし、その前に一夏の胸元に目がいってしまう。仰向けに寝ている一夏の胸にはイスカが置いてあった。

 

「え? これってもしかして……」

 

 鈴はすぐに答えを導き出す。それでいて敢えて今日のところは帰ることにした。明日もこの家に来ることを思い描きながら。


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