路地裏で女神と出会うのは間違っているだろうか   作:ユキシア

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New39話

無事に野営地に戻ってこられたベル達だが、休む間もなく別の問題が起きていた。

「――――――申し訳ありませんでした」

テント内でベル達の眼前で正座して、手の平、額まで地面に付き謝罪の言葉を述べるのは【タケミカヅチ・ファミリア】団員のヤマト・命。

その後ろには【タケミカヅチ・ファミリア】団長である桜花と千草。

ベル達に『怪物進呈(パス・パレード)』を仕掛けた【ファミリア】だ。

何故彼等がこの階層でベル達に謝罪できているのかはこの場にいる一柱が原因だった。

【ヘルメス・ファミリア】主神、ヘルメスと団長を務めているアスフィ・アル・アンドロメダ。

命達は地上に帰還後、仲間の千草の治療が終わり次第すぐに【アグライア・ファミリア】の本拠(ホーム)に足を運んで主神であるアグライアに事情を説明し謝罪の言葉を述べた。

そこにタイミングよくヘルメスが現れてアスフィを護衛に命達を連れて18階層につい先ほど到着した。

『…………』

命の謝罪の言葉にベル達は口を開かない。

仕掛けた側と仕掛けられた側とではどうしても険悪し合ってしまう。

ベル達が助かったのはミクロがリオグとスウラをベル達にパーティを組むように指示を出しておいたのが大きい。

万が一にベル達だけなら死にかけていた可能性だってある。

そう簡単に許せれるものではないことは互いに承知している。

険悪な雰囲気の中でスウラがベルに耳打ちする。

「……ベル、これはまずい状況だ」

「え、は、はい、やっぱり許せれないですよね……?」

危険な目に会わされたのだからそう許せれるものではないことはベルも理解しているがスウラは首を横に振った。

「違う。俺は別に彼等を恨んではいない。リオグだってそうだ」

怪物進呈(パス・パレード)』よりミクロの酷烈(スパルタ)の方が怖いスウラ達にとっては命達を許してもいいとさえ思っている。

問題はこの階層に命達が来たことだ。

「団長はきっと彼等を許さない。団長は身内には優しいがそれ以外は容赦はない。下手をすれば彼等は冒険者を続けられない身体にされかねない」

「え………」

スウラはミクロが地上に戻り次第すぐに【タケミカヅチ・ファミリア】の本拠(ホーム)に向かうことは察していた。

ベル達を危険な目に会わせた命達に制裁を加える為に。

スウラはそうなる前にミクロを何とか説得しようと案を考えていたが、よりによって命達はダンジョンに来てしまった。

この場所で命達を始末する可能性だって十分にある。

「あれは俺が出した指示だ。そして俺は、今でもあの指示が間違っていたとは思っていない」

命よりも前へ出て団長である桜花が言い切る。

仲間の為に非情の決断を下した桜花のその言葉には信念みたいなものが伝わる。

「………」

このパーティのリーダーを担っているスウラは桜花の言葉に納得している。

時と場合によってはスウラも仲間の命の為に他者を犠牲にする覚悟は出来ている。

桜花もスウラ同様にその覚悟があり、仲間の命と他者の命を天秤にかけて決断した。

スウラはパーティのリーダーとして彼等を許すつもりでいたが、問題はその後だ。

ミクロを説得できる材料がない。

いや、ないことはないがそれは少なくても桜花達の命の保証だけという限られた材料。

ここで謝罪を受け取り、許しの言葉を述べて自分達で問題は解決したとミクロに伝えたとしてもミクロはそれだけで桜花達を許すとは思えない。

二度とそのようなことがないように見せしめをするという線もある。

幸いにも今はミクロはいない。

謝罪を受け取ってそうならないようにベル達と一緒に説得すればまだなんとかなるかもしれないと踏んだスウラは桜花達に許しの言葉を投げる。

「戻った」

しかし、タイミングが悪いことにミクロが戻ってきてしまった。

「……団長」

戻って来たミクロに何とも言えないベルを無視してミクロは桜花達に視線を向ける。

「【タケミカヅチ・ファミリア】がどうしてここにいる?」

淡々と発せられるその言葉に感情なんてなかった。

目線で説明を促すミクロにスウラは正直にこれまでの経緯を説明する。

「団長、俺達は彼等を恨んでいない。許してあげて欲しい」

誠意ある桜花達の為に許しを懇願するスウラだが、ミクロは首を横に振った。

「例えお前等が許してもこいつらが同じことを二度としないとは限らない」

「あのようなことはもう二度と致しません!!」

正座を解かずに叫ぶ命。

元々ベル達にモンスターを押し付けること事態が苦渋の決断だった。

仲間の為に仕方がなく行った行為は命達にとって耐えがたいもの。

「同じ状況になったとしても同じことはしないと言い切れるのか?」

「ッ!?」

また同じように仲間が傷つき、また同じようにモンスターを押し付ける可能性もゼロではない。

「例えそうでもお前等は俺の家族(ファミリア)を危険に陥れた。許す気はない」

モンスター相手ならミクロは何も言わない。

冒険者は危険が伴う職業、モンスターを殺して生活をしている。

殺す殺される覚悟を持って行うのが冒険者だ。

だけど殺されたのがモンスターでなく冒険者なら話は違う。

罠に嵌められ、騙され、家族(ファミリア)の誰かが殺されたり、危険に陥れたとしたらミクロはそいつらを必ず見つけ出してそのことを必ず後悔させる。

「責めるなら俺を責めろ。あの選択は俺が下したものだ」

仲間を守るように前へ出る桜花に視線を向けるミクロは一歩踏み出す。

「なら、お前だけで許してやる」

桜花一人を犠牲に終わらせようと歩み寄るミクロにベル達は困惑する一方。

ミクロの事だ、先ほどの発言通り桜花一人で許しを与えるだろう。

その代わりに犠牲となる桜花がどうなるかはわからない。

まずい、とスウラは焦る。

ミクロを止める為の言葉が思いつかない。

リオグは今も悪夢にうなされている。

困惑するベル達を置いてこの場でミクロを止められるのはスウラだけ。

「やぁ、ミクロ君。久しぶりだね」

険悪の空気が漂るなかで一柱であるヘルメスが姿を現した。

「ヘルメス。どうしてお前がここにいる?」

神がダンジョンに潜るのは禁止事項。

それを告げるミクロにヘルメスは笑って誤魔化す。

「ハハ、まぁそう言うのは無しにしよう。なんたってもう来てるんだから。それよりも彼等を許してあげてはくれないかい?」

「主神でないお前の指示を受ける気はない」

「指示ではなくオレ個人からの頼みさ。団員が酷い目に合わせた彼等が許せない君の優しさは尊重しよう。だが、彼等がここまで来たのも他ならない彼等の意志だ。(オレ)達の命令でもなければ、負い目でもない」

「それが許す理由にはならない」

桜花に視線を戻してミクロはゴキリと指の骨を鳴らす。

「殺す気はないが痛めつけはする。傷の治療も後で行うつもりだ」

ミクロは今でも人を痛めつけることに長けている。

拷問して後に傷を癒して心だけ傷を残す。

「それにこの件はお前は部外者だ。ここまで来たのも何か自分にとって考えがあったからだろう?お前の都合を押し付けるな」

「……ハハハ、相変わらず君は鋭い。ああ、君の言う通りオレはオレの考えがあってここまで来た。君の言葉通り俺は部外者だ」

「なら――」

「だからこそ、アグライアから君に言伝を預かっている。彼等を許すようにとね」

「…………」

疑い深く見てくるミクロにヘルメスは真剣な表情で告げる。

(オレ)の名に誓って嘘は言わないさ。君達……君を心配しての言伝だ」

「………わかった」

ヘルメスの言葉にミクロは主神であるアグライアの言葉に従う。

桜花達が許されて安堵するベル達を置いてミクロは天幕から出て行く。

ヘルメスのおかげで事なきを得たベル達。

「………団長様、いつに増して怖くありませんでしたか?」

「………うん」

リリの言葉にベルは頷く。

いつものミクロは優しい雰囲気を醸し出していて近づきやすかった。

だが、今のミクロは冷酷で無情という印象が強かった。

ベルはどうしてそうなったのかを知っている。

自分の目で見てしまったからだ。

ミクロが犬人(シアンスロープ)であるキュオを殺した瞬間を。

ベルはミクロのことを知らない方が多い。

だけど、一つだけ確信を持って言えることがある。

ミクロは誰よりも強く優しい自分と変わらない少年だということに。

 

 

 

 

 

 

 

 

天幕から出たミクロはリヴェリアのところに足を運んでいた。

「そうか………ジエンはもう」

沈痛な表情を浮かべるリヴェリア。

ミクロはジエンの最後をリヴェリアに話していた。

「ジエンはレフィーヤ達を守って死んだ」

「………ああ、彼は感謝してもしきれない」

ジエンがいなければレフィーヤは死んでいたかもしれない。

それでジエンが死んでいい理由にはならないが、それでも今のリヴェリアに出来ることはそれぐらいしかなかった。

何もできなかった自分に苛立ちを覚えるリヴェリアはその事を言いに来てくれたミクロに礼を言う。

「ありがとう、ミクロ。ジエンの最後を知ることが出来ただけでも十分だ」

「わかった」

話が終えて踵を返すミクロにリヴェリアは呼び止める。

「ミクロ、君もしっかりと休息を取るべきだ。少し……やつれている」

「問題ない」

素っ気なくそう答えて去って行くミクロの後姿にリヴェリアは悲しくも見つめるが何も言葉が思いつかなかった。

強くなることに焦がれるアイズとは違う酷く疲弊しきった瞳。

そんなミクロに自分は何ができるのかと悩まずにいられない。

リヴェリアはミクロに恩があり、感謝もしている。

万が一にミクロが自分を頼って来たとしたらそれに応える。

今のリヴェリアに出来ることはそれぐらいしかなかった。

ミクロはリヴェリアから離れて野営地より少し離れた場所で腰を下ろしていた。

クリスタルを見つめるように見上げるミクロはキュオの事を思い出していた。

手を差し伸ばしてくれた神がアグライアでなくシヴァだとしたら自分もキュオと同じようになっていたのか。

全てを破壊してそれに悦ぶ王に。

「ミクロ」

クリスタルを見上げているミクロの後ろにリューが姿を現した。

「ここにいましたか」

「セシル達は?」

「もう休みました」

ミクロの隣に座るリューはミクロに尋ねた。

「何を考えているのです?」

「………キュオのこと」

やはりと納得したリューはそのままミクロが話すのを待つ。

「出会う神が違えば俺もあいつみたいになっていたかもしれない」

否定しきれないその言葉にミクロは言葉を続ける。

「だけど、俺はアグライアと出会えてリュー達とも巡り合えた………だけど今はそれが怖いと思っている」

五年前と今ではミクロは大きく変わった。

強さだけでなく心までも出来たミクロは思う気持ちがある。

「ベルやセシルが俺が最悪の【ファミリア】の子供だと知って……人殺しだと知って見る目が変わるのが怖い………」

ベルやセシルは自分とは違う綺麗な存在だ。

その手に穢れはなく汚れもない。

純白で純粋な二人と違って自分は黒く汚れきった存在。

生まれも環境も何もかも黒く染まっている。

五年前までならこんなことを考えることさえしなかったが今は違う。

見る目が変わるのが、嫌われるのが怖いと思ってしまう。

「ミクロ」

名を呼ぶリューは優しくミクロを胸元に誘導させて抱きしめる。

「貴方の手は汚れてなんかいない。とても綺麗で美しい手だ」

ミクロの手を取って指を絡ませ合うように繋ぐ。

「私はいつまでも貴方とこうしていたい」

「リュー……」

「私は貴方を恐れはしない。貴方が何者であろうとも貴方は私の愛する人間(ヒューマン)だ」

「………うん」

体重をリューに預けて寄り添うミクロ。

「ありがとう……」


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