リヴィラの街の事件からミクロ達は地上へ帰還してすぐに負傷者の救護、地上撤収時の護衛、事件の顛末をギルドに報告などの後始末を行っていた。
自分達の主神であるアグライアにもそれを報告したミクロ達。
「………」
ギルドに提出する報告書を終わらせたミクロはジエンの言葉が頭から離れなかった。
シヴァの狙いが自分なら自分が【ファミリア】から離れたらもう【ファミリア】が狙われる理由がなくなる。
だけど、そんなことをしたらリューに凄く怒られることが容易に想像できた。
ミクロはこの【ファミリア】が自分にとって大切な場所であり守りたい家族が住む家。
帰還してきた自分達を心配してくれたことにミクロは嬉しかった。
だが、【シヴァ・ファミリア】がいる限り何度も自分をそして【ファミリア】の皆を狙ってくる。
それこそジエンの言う通り破滅の道でしかなかった。
【アグライア・ファミリア】で
たった一人で【ファミリア】の全てを守ることはできない。
なら、自分一人を犠牲に
「団長。少しよろしいか?」
「問題ない」
執務室の扉を開けて入って来たのはスウラだった。
「どうした?」
「団長。ベルの事なんだが少し気になるのを見かけたんだ」
ベルが他派閥のサポーターと一緒に行動していたことを見かけたスウラ。
別にそれだけならスウラもミクロに尋ねることはしなかったがベルの隣に歩いていたサポーターが【ソーマ・ファミリア】の団員だった。
変な噂が多い【ソーマ・ファミリア】に流石のスウラもこの事を団長であるミクロに報告することにした。
「【ソーマ・ファミリア】か……」
中堅の
特に注意することはない【ファミリア】だが、一つだけ言えるのは金に執着しているということだけ。
ベルを騙して金を貢がせていると考えたが上位派閥である【アグライア・ファミリア】にそんなことをする輩はそうはいない。
「スウラ。しばらくの間はベルとそのサポーターを影から監視していてくれ。状況と判断はスウラに任せる」
「了解」
了承して執務室から出ていくスウラ。
「俺も報告書を出しに行くか」
仕上げた報告書を持ってギルドに向かうミクロ。
ギルドには赤髪の女、レヴィスの特徴のみ
下級冒険者達に下手な混乱を与えないようにということもあって事件のほとぼりは冷めつつある。
殺されたハシャーナはミクロが責任を持って【ガネーシャ・ファミリア】に届けた。
遺体を地上で埋葬出来るように。
『深く感謝する』
【ガネーシャ・ファミリア】の主神であるガネーシャはミクロに感謝の言葉を述べた。
ギルドに赴きミクロは手短にいたギルドの職員に報告書を渡してギルドを出る。
「―――――ミクロ・イヤロス」
と、ギルドを出ようとしていたミクロの名を呼ぶ声が聞こえた。
「リヴェリア」
「すまない。少し時間を頂けないだろうか?」
「問題ない」
ミクロに声をかけてきたのは【ロキ・ファミリア】副団長のリヴェリアだった。
どこか心苦しいような表情を浮かべているリヴェリアにミクロは承諾してリヴェリアに連れられて近くの喫茶店へ足を運ぶ。
「君と二人で話すのは初めてだな」
そう言うリヴェリアにミクロは頷いて応える。
「さて、まずは何から話そうか?取りあえずは互いに先日の事件に関する情報交換を行おうか?」
「わかった」
リヴェリアの案に互いにリヴィラの街で起きた事件の情報を交換してことの詳細を確かめある。
「なるほど。互いに無事で何よりだ」
取りあえずは互いの【ファミリア】に被害が出なかったことに喜ぶとリヴェリアは本題に入る。
「ミクロ・イヤロス。君が【シヴァ・ファミリア】の眷属の子供というのは事実なのか?」
「ジエンの言葉通りだ。俺は【シヴァ・ファミリア】の眷属、へレスとシャルロットの間に生まれた」
「……そうか」
顎の手を当てて納得するリヴェリア。
「俺からも一つ聞きたい」
「何だ?」
「リヴェリア達とジエンにどういう関係なんだ?敵対していたのか?」
ジエンは明らかにフィン達の事を知っていた。
それも二人の事をよく知っているような口ぶりで。
「……そうだな、君には知る権利がある」
リヴェリアは一息ついて真剣な顔つきで告げる。
「ジエン・ミェーチは元々【ロキ・ファミリア】の一員だ」
二十年以上前、まだ【ロキ・ファミリア】が中堅クラスの【ファミリア】だった頃にジエンは【ロキ・ファミリア】に入団した。
ジエン本人も誠実で堅気な性格から主神であるロキ本人も特に反対もせずにジエンの入団を認めた。
「だが、ジエンには一つ問題があった」
「問題?」
聞き返すミクロにリヴェリアは答える。
「ジエンは魔法が使えなかったんだ」
エルフは
神の恩恵を授かれば誰でも最低一つは魔法が使えるが、どういうわけかジエンは魔法スロットが一つも存在しなかった。
生まれつきなのか体質なのかは当時の【ロキ・ファミリア】では調べることは出来ず、ジエンも魔法が使えないことに少なからずのショックはあったが剣の道を選んで【ファミリア】に貢献しようと努力を重ねた。
だが、周囲がジエンの存在が気に食わなかったのかジエンを貶める言葉があった。
エルフの癖に魔法が使えない。
その言葉が特に同胞であるエルフがジエンを貶めた。
フィン達はその事をどうにか止めさせようと努めたが人の口には戸が立てられない。
噂が広まり、少しずつジエンの心は貪られていった。
それから数年後、ジエンは【ロキ・ファミリア】を去った。
これ以上迷惑をかける訳にはいかないと主神であるロキを説得してジエンは姿を消した。
「そして再び彼の姿を見た時、そこには私が知るジエンの姿はなかった」
ジエンは【シヴァ・ファミリア】に所属していていた。
アビリティソードを手に持つジエンは破壊の悦びを知り、多くの
まるで今まで自分を見下してきた者を見返すかのように。
多くの
『何故だ!?答えろ!?ジエン!』
『貴女には理解できないでしょう。力を持って産まれてきた貴女には』
再会した時にはもう手遅れだった。
そこにはもう昔のジエンの面影すら存在していなかった。
「………」
当時の事を思い出したリヴェリアは沈痛な表情を浮かべる。
それから数年後には【シヴァ・ファミリア】はゼウス・ヘラの両【ファミリア】によって壊滅され、ジエンはギルドに幽閉された。
だけど、またも再会したジエンにリヴェリアはかける言葉さえも思いつかなかった。
「ミクロ・イヤロス。こんなことを頼むのは都合が良く筋違いなのは理解している。だけどこのとおりだ」
リヴェリアはミクロに頭を下げた。
「私ではもう奴を止めることは出来ない。だから君が彼を止めてあげてくれ」
リヴェリアはミクロに懇願した。
アイズ達と歳も変わらず他派閥であるミクロにこんなことを頼むのは間違いだとリヴェリアも理解している。
だけど、自分ではどうすることも出来ない以上リヴェリアに残された方法はこれしか思いつかなかった。
最低な方法を選んだ自分を許すことは出来ないがそれ以上にこれ以上ジエンに罪を重ねて欲しくはなかった。
仲間を助けることができず、苦しんでいるジエンを放置して最悪な存在にしてしまった責任がリヴェリアにはある。
だから自分のとっての最善を選んだ。
例えそれがどれだけ最低なことだとしても。
「……少し考えさせて欲しい」
「……ああ、すまない」
二人はそこで別れてミクロは
ジエンの経緯を知ってしまったミクロはどうすればいいのかわからなかった。
【シヴァ・ファミリア】の問題は自分にある。
その眷属の子として生まれ、更にはその主神であるシヴァに狙われている以上ミクロは追われる立場にある。
ミクロはただ
「ミクロ。入りますよ」
「問題ない」
部屋の扉を開けてリューはミクロの自室に入る。
「何かあった?」
「ミクロ、貴方は一人で抱え過ぎだ」
何かあったのかと尋ねるミクロにリューは率直にそう言った。
「貴方とはもう何年の付き合いがあるんですから表情を見れば大体の察しはつきます。また【シヴァ・ファミリア】の誰かと交戦したのでしょう?」
五年以上も共に生活してきたリューはミクロのちょっとした変化でも気が付いた。
「……ジエンと戦って俺の進む道は破滅の道って言われた」
もう隠し事ができないことにミクロはリューに全て話した。
それを聞いたリューはミクロに告げる。
「ミクロ。貴方に死ぬようなことがあれば私は自ら命を絶ちます」
「っ!?」
「そうでもしなければ貴方はまた自分一人を犠牲に全てを終わらせようとする」
自分の命を人質にしてリューはミクロを脅した。
それがミクロにとって一番辛いこととわかっていながら。
「だから進めばいい。貴方が信じた道を。私もその道を共に歩きます」
だからこそ告げる。
その道が破滅の道だとしても自分が必ず隣にいると。
「駄目だ」
だけど、ミクロはそれを拒絶した。
「【シヴァ・ファミリア】は俺の問題で対抗できるのも俺だけだ。だからその道をリューに歩かせるわけにはいかない」
自分に万が一のことがあってらこの【ファミリア】を纏められるのは副団長であるリューが一番の適任者。
【ファミリア】の今後も考えてリューを自分の個人的問題に巻き込ませたくなかった。
リューはミクロの傍まで近づいてミクロの手を強く握りしめる。
「ミクロ。私はもう二度と貴方を失いたくない」
かつてはリュー達は人質に取られてシャラに殺された時の悲しみ、絶望。
あんな思いをリューは二度としたくなかった。
「……ごめん」
でも、それでもミクロは決して首を縦には振らなかった。
「それでも俺は皆に危険な目に会わせたくない」
その結果が自分が死ぬことになっても。
リューに辛い思いをさせても。
全ては自分一人で終わらせられることが出来る。
「ミクロ。私は貴方を愛している」
それは唐突なまでの
「俺もリューのことが好きだ」
「ええ、知っています。ですから今は私の気持ちだけ貴方に伝えます」
ミクロはリューの事が好きなのは家族として仲間としての親愛に近い。
だけど、その答えを知っているがリューはそれでも自分の気持ちを伝える。
「愛してます」
ミクロの頬を押さえて二人の唇は重なる。
「?」
だけど、ミクロには何故唇を重ねるのかその意味がよくわからなかった。
リューが何故唇を重ねる必要があるのか。
それにどんな意図が意味があるのかわからない。
どうして胸の中がこんなにも暖かい気持ちで一杯になるのか。
アグライアに抱きしめられるような気持ではない。
それをどう言葉に表せばいいのかわからない。
思考が定まらない中でリューは唇を離してミクロを抱きしめる。
「今は何も答えなくていい。ただ……忘れないでください、貴方を大事に想っている者がいるということを」
「………わかった」
どう答えればいいのかわからないミクロは定まらない思考の中で今できることはリューの頭を撫でることぐらいしか思いつかなかった。
「………」
愛している。それが何を意味しているのかわからないミクロだが、一つだけ言える事があった。
自分は死ぬ訳にはいけない。
それだけは確かに理解出来た。