路地裏で女神と出会うのは間違っているだろうか   作:ユキシア

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New08話

怪物祭(モンスターフィリア)』当日にベルは一人で東のメインストリートを歩いていた。

初めてのお祭りに目を輝かせながら祭りを満喫するが心から満喫することが出来なかった。

それは先日のミクロの言葉が頭から離れないことが原因だった。

「僕の、冒険……」

冒険者にはそれぞれの冒険する理由があるというミクロの言葉にベルは悩まされる。

それがどのような意味を示しているのかベルにはわからなかった。

「あれ、ベル?」

悩んでいるベルに声をかけてきたのは祭りを満喫しているセシルとアイカだった。

「ベルも祭りに来てたんだね」

「うん、団長から休みを貰ってね」

当たり障りないように答えるベルにアイカは微笑みながらベルとセシルの手を取った。

「ふふ、それじゃ~三人でお祭りを楽しもう~」

「うん。ほら、ベルも行こう」

「う、うん」

「やったね~ベル君。両手に花だよ~」

「アイカさん!?」

からかうアイカに顔を真っ赤にして叫ぶベルだが、アイカは微笑ましく笑みを浮かべたままだった。

セシルはベルの初々しい反応に若干笑みを浮かべていた。

「ほらほら~今日は私のお給料奮発してあげるから~遠慮なく言ってね~」

ミクロの家政婦(メイド)として働いているアイカはそれなりの給金を貰っている。

始めはミクロが適当に数百万ヴァリスを給料として渡そうとしたがアイカは流石にそれは受け取れずに月々の給金分を決めてその分を給料として頂戴している。

「え、でも、流石に申し訳ないですよ…」

申し訳なさそうに遠慮がちに言うベル。

女性に奢られるというのは男としてのプライドが許さなかった。

「家族に遠慮はダメだよ~、拒否権もないからね~。弟と妹は素直に姉に甘えなさい」

「はーい」

「えっと……」

慣れたように返答するセシルだが、ベルはそれでもどうしても遠慮がちになってしまう。

だけど、アイカの言った通りベルに拒否権はなかった。

アイカはベルの頭を掴んで胸元に押し当てる。

「ん――!!んん――――!!」

「ほらほら~ベル君。返事は~?」

「……アイカお姉ちゃん。それだと返事もできないよ」

アイカの胸の谷間に挟まれたベルを見てセシルは呆れるようにそう言う。

「素直にならないベル君が悪いんだよ~」

だけど、アイカはまだ止めるつもりはなかった。

「悩んでいることを私達に話すなら解放してあげるよ」

「ッ!?」

その言葉にベルは一瞬硬直するとアイカは手を離してベルを解放して目を合わせながらベルに言う。

「私達は家族だよ?辛いことや悩んでいることは共有して一緒に解決していきたいな」

優しい声音で話すアイカはそれ以上は何も言わない。

何に悩んでいるかはベル本人の口から言うまでアイカは口を閉ざした。

「………」

無言になるベルの表情を見たセシルはその顔に見覚えがあった。

かつては自分がそうだった時のようにベルも壁にぶつかっていることに気が付いた。

「ベル。もしかして……」

その時だった。

何かが爆発したような轟音が鳴り響いたのは。

「うわ!?」

「キャッ!」

突然の轟音に驚くベルとアイカにセシルは日頃のミクロの酷烈(スパルタ)のおかげで一瞬で冷静さを取り戻して周囲を見渡すと遠くで膨大な土煙が立ち込めていることに気が付いたセシルは駆け出す。

「様子を見てくるから二人はここで待ってて!ベル!アイカお姉ちゃんを守ってね!」

「う、うん!」

「気をつけてね」

状況を把握しようと駆け出すセシルにベル達はその場で立ちすくす。

「ベル君。取りあえず私達は混乱している人達を避難させよう」

突然の事に混乱して騒ぎ出す一般人達を見てアイカは【ガネーシャ・ファミリア】がいる闘技場を避難場所として誘導しようとベルに提案するアイカにベルも頷く。

「モ、モンスターだぁああああああああああああっ!?」

闘技場の方面から姿を現したのは11階層に出現する『シルバーバック』。

荒い息をするシルバーバックは血走った両眼で狙いを定めた。

それは一人の白髪の深紅(ルベライト)の瞳を持つ少年ベルに。

ベルに向かって、シルバーバックは大きく踏み込んだ。

「――――」

その一歩を踏み込まれた瞬間、ベルの心情はありありと物語っていた。

白い総躯。腰を越えて流れるくすんだ銀色の髪。桁外れな存在感を放つシルバーバックは理性の欠片もない瞳をぎょろりとベルに向けた。

『ルググゥ……!』

シルバーバックは唸り声を上げて、両手首には無理矢理引き千切られた跡のある鎖がぶらりと垂れ下がり、地面の上でとぐろを巻いていた。

『ギャ………!』

「ベル君!」

「っっ!?」

飛びかかってきたシルバーバックを横っ飛びで回避したベル達。

「逃げるよ!」

ベルの手を握ってセシルが駆け出した方に逃げてセシルにシルバーバックを倒してもらおうと考えたアイカ。

セシルはLv.2。シルバーバック相手でも十分に倒せられる相手。

「アイカさん!!」

動こうとするアイカに足を止めて動きを制止させるベル。

するとアイカの前方で鎖が地面に叩きつけられていた。

もし、ベルが止めてくれなかったら間違いなく直撃していたと思うと青ざめるアイカ。

「こっちに!」

大通りにいると捕まると判断したベルは路地裏へと続く道に飛び込んだ。

シルバーバックも雄たけびを上げながらベル達を追いかける。

「ベル君!あのモンスターに何かしたの!?」

「知りませんよ!!」

追いかけてくるシルバーバックに悲鳴じみた声で尋ねたアイカだが、ベルは本当に心当たりがなかった。

二人は路地裏を走っているとダイダロス通りに足を踏み入れる。

追いかけてくるシルバーバックにベル達に前進以外に道はなかった。

「クソ………ッ!」

吐き捨てるようにベルは自分の弱さを呪った。

もっと強ければ大切な家族を守ることができるはずなのにと心の中で自分を貶める。

これではミクロとの酷烈(スパルタ)は何の意味もない。

「ベル君!止まって!」

悔やむベルにアイカは突然足を止めた。

「何しているんですか!?急がないとモンスターが!?」

距離はあるとはいえすぐに追いつかれてしまう。

追いつかれたら殺される。

「あのモンスターはどういう訳かベル君を狙ってる。なら、ここなら他に被害はでない」

周囲には誰もいないその場所でアイカは真剣な顔でベルに告げる。

「ベル君。ベル君があのモンスターを倒すんだよ」

「……っ!」

倒せと唐突に告げられたその言葉にベルは俯く。

「………無理です。僕には」

「無理じゃないよ」

倒せれないと言おうとするベルの言葉を遮ってアイカはベルの頬の手を当てる。

「ベル君。ベル君が悩んでいるのは自分の弱さじゃないかな?弱いから守られる。強くないから助けられる。だから、ベル君はあのモンスターを倒せられないと思い込んでいる」

「……っ!」

「私は冒険者じゃないから弱さも強さもよくはわからないけど、でも、これだけは言えるよ。ミクロ君の酷烈(スパルタ)を毎日乗り越えているベル君ならあのモンスターぐらい余裕で倒せる。私は、ううん、私達はそう信じている」

「アイカさん……」

「ベル君は何の為に冒険者になったの?」

「………ッッ!!」

――――冒険者にはそれぞれ冒険する理由がある。

先日ミクロに言われたその言葉の答えがベルはようやくはっきりした。

憧れのあの人達に追いつくために。

家族を守る為に。

ベル・クラネルは冒険者になった。

「僕は………」

ベルは自分の弱さばかりに目を向けて気付かなかった。

何の為に強くなるのか、何の為に戦うのか。

その理由をベルはようやく気が付いた。

「………もう大丈夫だね」

頬から手を離すとベルは力強く頷く。

『ヴオオオオオオオオオオオッッ!!』

姿を現したシルバーバックにアイカはベルの後ろに下がり、ベルはナイフと両刃短剣(バゼラード)を取り出す。

「行きます!」

「頑張れ!」

ベルはシルバーバック目掛けて突進する。

 

 

 

 

 

 

 

路地裏でミクロとオッタルは対峙していた。

右手に持つ大剣一本だけで針を通すような正確さと技術をもって、そして巨山のような胆力を引き下げ、ミクロの攻撃を全て無効化する。

噂以上の実力を示すミクロにオッタルは感嘆と称賛を込めて―――――ねじ伏せた。

大気を抉り取った剛剣が、ミクロを吹き飛ばす。

はずだった。

吹き飛ばされる前にミクロはオッタルの攻撃を回避した。

そこに攻撃がくるのがわかっていたかのように。

ミクロはエスレアを倒してLv.6に【ランクアップ】した時に新たなスキル【感覚研澄(ディエスティ)】が発現していた。

五感及び第六感(シックスセンス)。感覚を極限まで研ぎ澄ませるそのスキルは未来予知に近い回避能力を発揮する。

「………なるほど。へレスの子だけの実力はあるようだ。だが、まだ温い」

「っ!?」

速度が増したオッタルの攻撃にミクロはスキルを最大限駆使して回避し続ける。

オッタルが強いのはミクロも重々承知していたが、まだ底が見えないオッタルにミクロは思わず距離を取った。

追撃してこないオッタルにミクロはやはりと納得した。

オッタルがここに現れたのは何らかの理由があって、その先にミクロを行かせない為に自身が壁となっている。

あのまま追撃してくればその隙を狙って通り抜けることならできる。

「………一つだけ答えろ。今回の騒動の主犯はお前の主神か?」

「………」

無言で答えるオッタルにミクロは納得した。

目の前にいる【猛者】は主神の命令でミクロをこの場に留めさせている。

剣技及び身体能力はオッタルの方が上、技と駆け引きは互角。

鉄壁の防御力を誇るオッタルの後ろに行くには困難極まる。

だけど、ミクロには時間がない。

ダイダロス通りに逃げたベル達を助けに行くためにもこんなところで足止めされる訳にはいかなかった。

道具(アイテム)などの小賢しい物はオッタルには通用しない。

今ミクロが持っている魔道具(マジックアイテム)も自分ならともかくオッタルにまともなダメージを与えられない。

魔法も地上で使えば周囲に被害が及んでしまう。

『スキアー』で影を使って移動しようにも影から出た瞬間攻撃がくると容易に想像できるし、『スキアー』は所有者を中心に半径十(メドル)しか移動できない。

たった十(メドル)はオッタルからしてみたら距離ですらない。

これ以上時間をかける訳にはいかないミクロは軽く息を吐いて左指に嵌めている『レイ』を使用することを決意した。

「悪いがここで終わらせてもらう」

左手から電撃を放出させてそれを自身の胸に当てた。

「………」

突然の行動にオッタルは一瞬だけ自暴自棄という言葉が脳裏を過ぎるがミクロがそんな愚かなことをするはずがないと判断して警戒を強める。

体中に電撃が迸るミクロは姿を消した。

「むぅ!」

消えたと思うような速度でミクロはオッタルの眼前に現れてオッタルに拳をぶつける。

だが、オッタルもミクロの動きを捉え、防御した。

それは自分がLv.7でミクロがLv.6というLv.差や異なり過ぎる経験値による純粋な場数によって防御に成功することができた。

だが、それでもミクロの動きは速すぎる。

その上攻撃が先ほどとは比べものにならないくらい重い。

そしてまたミクロの姿は消える。

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

咆哮する。

オッタルは大剣を両手に持ってミクロの攻撃を全力防御する。

僅かに捉えられている影と今までの経験のよってミクロの攻撃を防御するオッタルに対してミクロは高速移動と攻撃を続ける。

ミクロは電撃により、一時的に身体能力を上げた。

高い耐久力と適応能力があるミクロだからこそ出来る荒技だが、代償が付きまとう。

使用後は体中に激痛が走るが今はそんなことを言っている余裕はミクロにはなかった。

仲間が大切な家族の危機に自分の事を心配している場合ではない。

「どけ」

「っ!?」

オッタルの大剣がミクロの拳によって砕かれた。

それでもミクロの拳は止まることなくオッタルの腹部に直撃してオッタルを後方へと吹き飛ばした。

「ぬぐっ!!」

何十(メドル)も吹き飛ばされたオッタルを無視してミクロはダイダロス通りに駆け出す。

「無事でいてくれ……」

駆け出すミクロにオッタルは瓦礫の中から姿を現してミクロの背後を見てオッタルは頬を歪ませる。

「………」

岩のような拳を握りしめて、己の不覚を呪うオッタル。

「……ミクロ・イヤロス」

かつては自分と互角に渡り合ったへレス・イヤロスの子供。

その力の片鱗を示したミクロにオッタルは認めた。

倒すべき強敵と。

瓦礫を払いオッタルはその場から姿を消した。

ミクロはモンスターの雄叫びを頼りにダイダロス通りを駆け抜ける。

体中に走る激痛を無視して足を動かすミクロはベル達を見つけた。

助けようとナイフを取り出そうとしたがその動きは途中で止まった。

何故ならベルが勇敢にもシルバーバックと戦っているからだ。

ベルの後ろにいるアイカを守るようにベルはシルバーバックと対峙していた。

攻撃を回避して懐に潜り込んではシルバーバックの体を斬りつける。

何度も斬ったのかシルバーバックの白い毛並みは赤く染まっている。

『ガァアアアアアアアアアアアアアアッ!』

猛々しく吠えるシルバーバックにベルは距離を取って自身を一本の槍に見立て、ベルはシルバーバックの胸目がけ突貫した。

胸部にある魔石目掛けての突撃槍(ペネトレイション)

『ガァッッ!?』

両刃短剣(バゼラード)が胸部に突き刺さったシルバーバックは背中から地面に倒れ込むとその姿は灰へと変わった。

『――――――――ッッ!!』

歓喜の声が、迸った。

ベルとシルバーバックの戦いを見守っていたダイダロス通りの住人達が興奮を爆発させて窓から乗り出して次々と歓声を上げる。

それを見てミクロは静かにその場から離れる。

「余計なお世話だったか……」

まだまだ守ってあげないと思っていたベルの成長を目の当たりにしてミクロはようやく壁を乗り越えることができたことにこれからの訓練の内容を上げても問題はないと判断した。

ダイダロス通りを出て行き放たれたモンスターの討伐が終わったのかを確認する為闘技場に向かう。

 

 

 

 

 

 

とある人家の屋上。

ベルのいる付近一帯を一望できる高所で、フレイヤは微笑んでいた。

「おめでとう。まだ少し情けないけれど……ふふっ、ええ、恰好良かったわ」

ベルを熱く見つめながら目を細める。

「やっぱり貴女の仕業だったのね、フレイヤ」

そのフレイヤの背後からアグライアが姿を現す。

「いったいどういうつもり?ミクロには手を出さなかったのにベルに手を出そうなんて」

「あの子は貴女の下で輝けるもの。手が出せないわ」

ミクロはアグライアの眷属だからこそその魂は輝きを増す。

だが、それ以外の神の眷属でなら輝くことはない。

だからこそフレイヤはミクロに手を出すことはなかった。

「ねぇ、アグライア。取引をしないかしら?」

「ベルなら渡さないわよ」

愛しい自分の子供をアグライアは渡すつもりは毛頭ない。

そんなアグライアに一笑してフレイヤは首を横に振る。

「違うわ。今回の騒動の事を黙認してはくれないかしら?そしたら貴女に、いえ、ミクロにも必要な情報を提供するわ」

「……必要な情報?」

「【シヴァ・ファミリア】、いいえ、シヴァの本当の計画の一端。それに関するミクロの関り。口止め料には足りないかしら?」

「っ!?」

予想外の交換条件にアグライアは目を見開く。

フレイヤからシヴァに関する情報を耳にしてアグライアは頷く。

「わかったわ。今回はそれで許してあげる。だけど、ベルを渡すつもりはないわよ」

「今はそれでも構わないわ」

取引に成功したフレイヤは約束通りにシヴァの計画の一端をアグライアに伝える。

それを聞いたアグライアはフレイヤから聞いた情報に耳を疑った。

「……本当にそんなことが可能なの?」

「さぁ?私が知っているのはここまでよ。これ以上は推測でしかはないわ」

フレイヤの言葉が真実だとしてもアグライアはそれが理解できない。

それならミクロの命は何の為に生まれてきたのか。

今までの経験がその為に必要な計画の一部だとしたらミクロの人生は何の為にある。

「それじゃ、私はここで失礼させてもらうわ」

「………ええ、口止め料は頂いた以上今回の事は誰にも告げないわ」

こうして怪物祭(モンスターフィリア)の騒動は完全に鎮静化された。


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