突如現れた【シヴァ・ファミリア】の団員、エスレア・ファンをミクロは客室にまで案内して向かい合うように腰を下ろす。
セシルを自室に戻したミクロは一人でエスレアと対面する。
現在客室にはミクロとエスレアの二人だけ。
その中で最初に口を開けたのはエスレアだった。
「悪くない
懐かし気に語るエスレアの言葉は昔に住んでいた【シヴァ・ファミリア】の
現在、【シヴァ・ファミリア】の
解体されて今は別の建物が建てられている。
「何の用だ?」
ミクロは淡々と来た目的を催促する。
脱獄犯でもあるエスレアが何の理由もなくここに現れることはない。
戦闘が目的ではないのなら何が目的なのかまずはそれを知らなければ話が進まない。
仮に戦闘になった場合だと非常に危険。
微笑を浮かべながら寛いでいるように座っているが隙が微塵も見当たらないエスレアに仮に先に先手が取れたとしても自分が倒されるイメージしかなかった。
最速に最短にエスレアがここに来た目的を聞いて最悪でもこの場所から離れる必要がミクロにあった。
自分のせいで他の団員達に迷惑を掛けたくない。
「三分か」
窓の外に視線を向けてエスレアは言う。
「ここにいる者達を殺し終えるのに必要な時間は」
「させない」
瞬時ミクロはナイフを抜刀してエスレアに斬りかかるがエスレアは指二本でナイフを受け止める。
「軽い。やはり、今のお前ではその程度が限界か」
動かそうにも少しも動かせないナイフにミクロは梅椿を握り締めようとするがエスレアが先に梅椿の柄を掴んで防いだ。
「さっきの冗談だ。私は弱い奴には微塵も興味はない。私は強者と戦い
そう言ってナイフと梅椿から手を離すエスレアにミクロもナイフを収めて座り直す。
「目的だったな。私の目的はミクロ・イヤロス、お前を鍛えることだ」
「何の為に?」
来た目的がミクロを強くすることだと言うエスレアに疑問を抱く。
「団長に頼まれたのが主な理由だが、私個人もお前に興味がある。強くなったお前と戦い、
「………」
嘘偽りない本当の事だと目を見てすぐに理解した。
「ミクロ。お前は弱い。今のお前では団長どころか私達『
「
始めて聞いた言葉に聞き返す。
「【シヴァ・ファミリア】の中で最も優れた者達をそう呼ぶ。団長を始めとした十人、いや、シャルロットが死んで私を含めて九人。全員がLv.6の冒険者だ」
そう説明して胸元に刻まれている9の文字をミクロに見せる。
「私はその中で下から二番目だ。もちろん一番はお前の父親で二番がお前の母親だ」
自分の両親の実力をエスレアを通して改めて知ったミクロ。
なるほどと理解したと同時にその凄さも知った。
エスレアのような実力者をへレスは力で従わせていることに。
強者と戦い
それはエスレアがへレスに敗北しているからだ。
「少しは自分の両親の実力が知れたか?」
「……ああ」
エスレアの言葉に自分の両親の実力を知らされたミクロは言い返す言葉がなかった。
今までミクロはセツラやディラ達と戦い勝ってきた。
だが、エスレアを見てセツラ達は自分の実力を上げるための前座だと思わされる。
「団長はお前に期待している。きっと団長は私をお前の踏み台程度しか考えていないだろう」
「何故?」
「お前が特別だからだ。それはお前も知っているだろう?」
ミクロの身体を指すエスレア。
ミクロの身体にはシヴァの
それが特別の理由だとエスレアは語る。
「それに元々は私がお前を鍛えるつもりだった。それがシャルロットが計画を公にしたせいで【ファミリア】は解体。まぁ、ゼウス、ヘラと戦えただけ私は満足だが」
「母さんを悪く言うな」
エスレアの言葉にミクロは鋭い言葉を放つとエスレアは面白げに笑みを浮かべる。
「別に悪く言ったつもりはない。他の奴らは知らんが解体されて当然のことを私達はしようといていたからな。遅かれ早かれ解体はしていただろう」
本題が逸れたな、と言いエスレアは本来の目的について語る。
「返事を聞こうか?ミクロ。お前にとっても悪い話ではないだろう?」
「………」
エスレアの言葉にミクロは返答できない。
確かにエスレアの言葉通りこれからの【シヴァ・ファミリア】と戦うことがあればエスレアの元で鍛えるのは一つの手だ。
だが、ミクロは一つの【ファミリア】を務めている団長だ。
個人の理由で【ファミリア】を空けることはできない。
それもこれまで何度も敵対してきた【シヴァ・ファミリア】の団員ではれば尚更。
答えを出さないミクロを見てエスレアは一枚の用紙をテーブルに置く。
「私が住んでいる隠れ家の地図だ。その気になったらくるといい」
それだけを告げてエスレアは居室を出て行った。
「………」
ミクロはどうすればいいのかわからなかった。
【ファミリア】の事もあるし、Lv.2になったセシルをこれからも鍛える。
遠征もあるし、団員達のことも考えなければならない。
だけど、万が一にエスレアが言う
「どうすれば……」
テーブルに置かれている用紙を手に取ってミクロは客室を出ていく。
廊下を歩きながらもどうすればいいのか考えるミクロ。
「あ、団長!」
「フール、スィーラ」
気が付けば中庭まで歩いていたミクロに鍛錬中のフール達が歩み寄ってくる。
「団長、聞きましたよ。セシルがLv.2になったんですね」
「うん」
「凄いですね。セシルの努力が報われてなりよりです」
【ランクアップ】したセシルを褒める二人にミクロも同様に頷く。
セシルは誰よりも努力している。
その事はミクロが一番よく知っているが、フール達もそんなセシルに負け劣らず自分達の力で頑張っている。
「おっす、団長。今日は鍛錬しねえの?」
「少し考え事」
「珍しいですね、団長が鍛錬しないとは」
「おいおい、団長だって休みたい日だってあるだろう」
ミクロを囲むように集まってくるリオグ達は気さくにミクロに話しかけてくる。
だけど、自分のせいで団員の誰かが死ぬことになればと思うと自然に手に力が入ってしまう。
「邪魔してごめん。鍛錬を続けて。俺は今からアグライアのところに行ってくる」
「はい、スィーラもう一度一から始めようか」
「ええ、魔導士でも接近戦は鍛えておきたいですし」
「あ、なら俺としねえ?」
「お断りします」
「速ぇ!」
中庭から去って行くミクロの後ろから笑い声が聞こえてくる。
「………」
アグライアと出会う前の自分ではこんな気持ちはきっとなかった。
築き上げてきた【ファミリア】。
大切な家族。
それを守りたい。
家族に振りかかる脅威を全て。
「お師匠様!」
「セシル…」
駆け寄って来たセシルは息を切らしながらミクロの前に足を止める。
「大丈夫でしたか!?さっきの人は!?」
「問題ない。さっき帰った」
その言葉を聞いて安堵するように息を吐くセシル。
「よかった~、お師匠様がご無事で私も安心です」
「ありがとう」
「いえ、お師匠様を心配するのは当たり前です!」
礼を言うミクロにセシルは当然と言わんばかりにそう言い返すと鍛錬してくると中庭の方に駆け出す。
「あ、ミクロ君、み~つけた~」
「アイカ」
後ろから抱き着いて来たアイカにミクロはもう慣れたかのように抱き着かれる。
「私は待ってるからね」
「え?」
「ううん、何でもないよ~。お仕事があるからまたね~」
いつもの笑顔で去って行くアイカの後姿を呆然と見つめるミクロ。
「何をそんなところで呆けているのですの?」
「セシシャ」
呆れるように息を吐くセシシャはミクロに報告書を手渡す。
「それ、今回の報告書ですわ。しっかり目を通しておいてくださいませ。期限はありませんので」
「わかった」
「では失礼しますわ」
報告書を手渡して去って行くセシシャ。
ミクロは報告書を『リトス』に収納して廊下を歩いて行く。
「………」
歩みながらミクロは自分でも本当に変わったと思うようになった。
アグライアと出会ってからここまで多くを経験してきた。
そして、積み重ねて行き今の【ファミリア】が完成した。
だけど、いや、きっと【シヴァ・ファミリア】はそれを壊す。
力がミクロには必要だった。
もう一人は嫌だ。
独りぼっちは寂しい。
誰も失うことのない、失わない。
それを実現できるだけの力が欲しい。
ミクロは初めて自分から力を欲してアグライアのいる部屋へと到着する。
「アグライア」
「あら、どうしたの?」
「俺に強くなる為の時間をくれ」
ミクロは懇願した。
強くなる為の修行の時間を得る為にアグライアにそう懇願した。
「わかったわ。しばらくは副団長のリューに任せることにするわね」
ミクロの懇願をアグライアは了承した。
「でも、一つだけ条件があるわ。何日、何年かけてもいいから必ず帰ってくること」
「わかった。ありがとう」
ミクロは踵を返して部屋を去っって行く。
心の中で理由を問わないアグライアに感謝しながらミクロは自室で準備に取り掛かる。
どれだけ【ファミリア】から離れるかわからない以上入念の準備と団員達に手紙を残してミクロはエスレアがいる隠れ家に向かおうと部屋を出るとそこにはリューが立っていた。
「……話はアグライア様から聞きました」
「……そうか」
リューの言葉にミクロは全て察した。
ミクロが【ファミリア】から離れることを。
「……どうして、どうして貴方はいつも一人で何とかしようとするのです」
声音を震わせながら尋ねるリューにミクロは答える。
「【ファミリア】を皆を守る為には俺には力が必要だ。それに【シヴァ・ファミリア】の問題を皆に押し付ける訳にはいかない」
「私達は……頼りになりませんか?貴方の力になることはできないのですか?」
「頼りにしている。だからしばらくの間は【ファミリア】を任せる」
リューはミクロの胸ぐらを掴んで壁に叩きつける。
「………」
身体を震わせながら俯くリューは何を言えばいいのかわからなかった。
何故なら理解しているからだ。
ミクロがそういう人間だということに。
仲間が守れるなら自分がいくら傷付こうとも気にも止めない人間だと理解している。
傷付くなら自分一人だけでいい。
そういう人間だとリューは知っている。
だからこそそんなミクロを引き留められるような言葉が思いつかない。
「リュー。俺はリューが好きだ」
「……え?」
「優しいお前が好きだ。誰かの為に怒れるお前が好きだ。俺はリュー・リオンが大好きだ。だから行かせて欲しい。お前を【ファミリア】を守る為に」
それはあまりにも唐突な告白だった。
それでもその真意は本物だとリューは思うと同時にミクロを引き留める事が出来なくなった。
「貴方は……酷い
そんなことを言われたら止めることが出来ない。
「リューはいいエルフだ」
手を離すリューにミクロは歩き出す。
「強くなって必ず戻ってくる。それまで【ファミリア】を頼む」
振り返らずに背を向けたままミクロはリューにそれだけを告げて去って行く。
「いいのかい?」
「……どうしろっていうのよ」
二人のやり取りを影で見ていたティヒア達はそれ以上は何も語らなかった。
そしてリュー同様にミクロを止めることが出来なかった。
止める為の力も資格も覚悟もティヒア達にはなかった。
「ほう、一日はかかると思っていたのだがな」
エスレアがいる隠れ家に足を踏み入れたミクロはエスレアと向かい合う。
「お前等の好きにはさせない。俺は仲間を守る為にお前を利用する」
ミクロの言葉にエスレアの笑みは深まる。
「それでいい。それほど覚悟がなければ面白くない」
笑みを深めるエスレアはミクロと共にダンジョンに向かう。
「強くなれるかはお前次第だ。後は死なない程度にさっさと強くなることだ」
「…ああ」
ダンジョンに潜る前にミクロは一度振り返る。
この光景ともしばらくはお別れ。
「俺は強くなる」
決意を胸にミクロはエスレアについて行く。