路地裏で女神と出会うのは間違っているだろうか   作:ユキシア

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Three43話

【ロキ・ファミリア】と【アグライア・ファミリア】の『戦争遊戯(ウォーゲーム)』。両派閥は敵派閥の軍旗を破壊しようと戦場を駆け巡る。一本でも多くの軍旗を破壊して【ファミリア】に勝利を貢献しようとするなかで一人の犬人(シアンスロープ)猫人(キャットピープル)が対峙していた。

弓兵(アーチャー)であり【アグライア・ファミリア】の幹部である第二級冒険者ティヒアと【ロキ・ファミリア】の第二級冒険者であり幹部候補であるアナキティ――通称アキが戦闘を繰り広げていた。

一人でも多く敵派閥である【ロキ・ファミリア】の構成員を減らそうと身を潜めながら【ファミリア】の勝利に貢献していたティヒアの予想を上回る速度で発見し、交戦することになったが勝負は拮抗している。

(徹底している……)

アキは彼女、ティヒアの徹底ぶりに目を細める。

流星の猟犬(スターハウンド)】の二つ名を持つティヒアの矢はその二つ名に相応しい流星のような軌道であらゆる角度から矢が飛来してくる。そのどれもが些細な誤差も許さない程に的確だがアキが注目しているのはその徹底ぶり。

己の役割を十二分に理解し、決して役割外のことはしないその徹底ぶり。

今がまさにそうだ。

発見されたというのに逃げの一手。反撃も迎撃もできる筈なのにそれを一切せずに即座に逃走を選択した。再び身を潜めて己の役割を全うしようとしているのがわかる。

それを理解しているからこそアキは逃がさない。

再び身を潜められたらまた仲間に被害が及ぶ。そうならない為に追いかけ、倒すしかない。

(引き剥がせない……ッ)

ティヒアもまたアキの有能さに舌を巻いていた。

【ロキ・ファミリア】の第二軍構成員であるアキを決して甘く見ていたつもりはない。ただ予想以上に優れていただけの話だ。

(迎撃はしない。それは時間の無駄)

ティヒアは断ずる。

ここでアキと戦闘することはできない。そんなことをしている暇があるのなら一本でも多く敵派閥(ロキ・ファミリア)の構成員を減らすか、軍旗を射ち落すことに矢を使う。

ティヒアは己の身の程を知っている。

Lv.4に【ランクアップ】できたのも自身の力だけとは思っていない。勿論一日たりとも鍛錬を欠かした日はないが、ミクロや仲間達のおかげでここまで強くなることができた。だからティヒアは驕らないし油断もしない。

常に己が最弱だと認識し、自身の役割に徹底することでこれまでそしてこれからも仲間達に貢献していく。それが【アグライア・ファミリア】の幹部、それが【流星の猟犬(スターハウンド)】、それがティヒア・マルヒリーだ。

(絶対に勝ってミクロからのご褒美を貰う!!)

そしてミクロに恋する乙女の一人でもある。

リューがミクロの恋人になったとしてもそんなの関係ない。ミクロは私のモノだ! と今もミクロの恋人の座をリューから奪い取る気満々の犬人(シアンスロープ)

【ファミリア】内のミクロの恋人になりたい女団員を纏める筆頭でもある。

しかし残念なことにティヒアはまだ知らない。

最高功績を出した者に与える筈だったミクロの最高傑作である小型盾(バックラー)はラウルの手に渡っているということを。

三本連続で矢を放つ。

その矢はまるで生きているかのように動いてあらゆる角度からアキを襲うもアキはそれを撃墜。距離を離さないようにすぐに追跡する。

(【流星の猟犬(スターハウンド)】、知ってはいたけど驚くほどの技量の持ち主ね……)

正確無比なまでの弓の技量だけではない。

相手の些細な動きも見逃さない観察力に未来予知に近い予測力もあるからこそティヒアはオラリオでもトップクラスの弓兵(アーチャー)

まだ【アグライア・ファミリア】が弱小だった頃からずっとミクロ達の後ろで弓兵(アーチャー)として活躍し、鍛え上げた観察力と予測力は【ファミリア】の軍師、指揮官としてもその力を発揮している。

その指揮能力はミクロが【ファミリア】の総指揮官を任せるほどにミクロはティヒアを信頼している。

弓兵(アーチャー)と指揮官。

その二つがティヒアの役割でありそれだけは必ず果たすという徹底ぶり。

それがこれまで仲間を【覇王(アルレウス)】を支えてきたアキとはまた違った有能の冒険者。

(予定変更。【貴猫(アルシャー)】を引き付けたまま軍旗を破壊する)

ティヒアは冷静に淡々と作戦を変更する。

引き剥がすことができないのであればこのまま引き付けたまま敵派閥の軍旗を破壊することを優先する。

(――とでも思っているのでしょうね)

アキもそれは予測できる。

そして残念なことにそれは可能だ。

ティヒアは視界に映った500(メドル)先にある敵派閥の軍旗を発見すると詠唱を口にする。

「【狙い穿て】」

超短文詠唱。矢に茶色の魔力が纏う。

「【セルディ・レークティ】」

放たれた矢は軍旗に導かれるかのように突き進み、軍旗を破壊する。

ティヒアの魔法【セルディ・レークティ】は追尾属性の魔法。

視認できる範囲であればどれだけ離れていても当たるし、避けることも出来ない必中の矢。

「くっ」

それは流石のアキでもどうすることもできない。

仮にどうにかしようとすれば必ず隙が生じる。ティヒアがその隙を見逃す筈がない。

アキ一人ならば。

「かかれっ!」

「――っ」

アキの号令。

それを待っていたかのように【ロキ・ファミリア】の数人の第二軍構成員が姿を現す。

(誘導された……)

ただティヒアを追いかけていただけでない。悟られないように仲間がいる場所までティヒアを誘導した。アキもまた己一人でティヒアを倒そうとは思っていない。仲間と連携して確実に倒す方法を選択する有能な冒険者。

間違ってはいない。最小限のリスクで敵を倒す。冒険者なら誰もがする賢い選択だ。

連携で敵派閥の幹部であるティヒアを倒そうとするアキに続く【ロキ・ファミリア】の第二軍構成員、シャロン、ニック、クルス、アークスの五人がかりで確実に敵派閥の幹部を倒そうとするアキの采配。

過剰と思われようとも相手は油断できない【アグライア・ファミリア】の幹部の一人。過剰ぐらいがちょうどいい。

ティヒアを取り囲むは【ロキ・ファミリア】の第二軍。全員が第二級冒険者。いくらティヒアでも四方から攻める攻撃から身を守る術は持ち合わせていない。仮に防げたとしても必ず隙が生じる。

その隙をアキが見逃すはずがない。

(ここで!)

倒す。と勝負に出るアキ達【ロキ・ファミリア】第二軍構成員。

『――――ッ!』

アキ達に亜寒が走る。

勝利を目前に本能的危機感が電流のようにアキ達の体を迸る。

そしてアキは見た。

僅かに口角を曲げているティヒアの顔を。

「下が―」

攻撃を中断。皆を下がらせようと徹底の指示を出すよりも早くその声はアキ達の耳に届いた。

「【迷い込め、果てなき悪夢(げんそう)】」

何もないところから突如姿を現した煙水晶(スモーキークォーツ)が用いられた眼装(ゴーグル)を装着した黒髪のヒューマンの男。

左手に槍を担ぎ、右手の人差し指を突き出して詠唱を口にしていた。

「【フォベートール・ダイダロス】」

紅の波動がその指から放たれる。

同時にティヒアは『リトス』の収納しているローブを取り出して身を包ませる。

戦場を驀進する紅光の波。

禍々しい輝きを発し闇を喰い荒らす。光速の紅波は爆発させるでも感電させるでもなく、ただ効果範囲内にいた全ての者を一人も残らず呑み込み、そのまま後方へと一過した。唯一、耳朶にかじり付く怨念めいたおどろおどろしい音響を残しながら。

次の瞬間。

『―――――――――――――――ッッ!?』

アキ達は一斉に叫喚を放ち、暴走を始めた。

剣が、槍が、拳が、蹴りが、出鱈目に繰り出され、血を飛ばす。

「聞いていた以上に厄介な呪詛(カース)ね……」

暴走するアキ達から離脱し、呪詛(カース)異常魔法(アンチ・ステイタス)を防ぐローブを脱ぎティヒアは聞きしに勝る呪詛(カース)に思わず目を細める。

「おいおい、こっちはちゃんと注文通りにしてやったんだぜ?」

「別に文句はないわよ」

元【イケロス・ファミリア】団長【暴蛮者(ヘイザー)】、ディックス・ペルディクス。

人造迷宮(クノッソス)』の一件でミクロが勧誘(スカウト)し、【アグライア・ファミリア】に改宗(コンバージョン)したLv.5の冒険者。

そのディックス・ペルディクスの『呪詛(カース)』である【フォベートール・ダイダロス】。

幻惑、錯乱の『呪詛(カース)』。

超短文詠唱でなお、広範囲及び高威力を誇る必殺。

対策を持たぬ者を狂騒の渦に叩き込む、初見殺し。

代償に能力(ステイタス)が大幅に下がるが、確実に決められた今は関係ない。

透明状態(インビジビリティ)』のローブで姿を消し、気配を隠して、後はティヒアが連れて来た敵対派閥(ロキ・ファミリア)の構成員に向けてティヒアごと呪詛(カース)を放つ。

この場に誘導していたのはアキだけじゃない。ティヒアもまた(ディックス)を用意していたのだ。

「それじゃあ私は他の軍旗を落としに行くから適当に気絶させておいて」

「へいへい」

仕方がねぇ、と言わんばかりの態度でティヒアの指示に従う。

本来ディックスは誰かの指示に従うような男ではない。本能、欲望に忠実な男だ。

それを変えたのはミクロ。

ディックスの、ダイダロスの系譜にかけられた血の呪縛。それをミクロが壊し、ディックスを呪縛から解放した。

だから従うわけでもない。ミクロに恩があるにも借りがあるのも確かだがそれ以上にディックスはミクロに従わざるを得ない。

その心身に圧倒的なまでの実力を叩き込まれている以上ディックスはミクロの下で甘んじている。

逆らう意思すら持たせない圧倒的な力で無法者(ディックス)を従えさせているミクロ。ディックスはそんな【覇王(アルレウス)】に従いはしても忠義はない。

(でもまぁ、あの頃に比べらりゃ悪くはねぇ……)

忠義はない。しかし本当に僅かだがミクロに感謝の念は抱いている。


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