セシルとベルは改めて自派閥の団長であるミクロの凄さを思い知らされた。
師事を受ける際の小まめな
受ける側の二人はその事に気付きもせずに、ただ与えられたことを身に着けることに精一杯だった。
いつも当たり前のように二人はミクロに従い、鍛えてきた。
だが、教わる立場から教える立場に変わっただけでこうも違うとは思いも寄らなかった。
「ベルさん。やはり私は前衛がよろしいでしょうか?」
「はいはーい! あたしも前衛がいい!」
「女子が何を言っとる? 前衛はオラ達ドワーフの役割だぁ」
「セシルさん、先輩としてあたしの魔法を見ては頂けないでしょうか? 可能でしたら
「申し訳ない、セシルさん。私は前衛が不得意で中衛に専念しようと思うのだが、私にも
「ふぁ~、それより速くダンジョンに行きたいニャ~」
「なー、いつになったらダンジョンに行くんだ?」
「私は妖術師として後衛に回ればよろしいですか? 前衛も可能なので前衛に回ればいいでしょうか?」
「お二人の意見を聞かせてください、セシルさん、ベルさん」
新人の質問攻めに目を回す二人はもうどうすればいいのかわからず、内心でミクロに助けを求めるぐらいに困惑していた。
何故、二人は新人の面倒を見ているのかというと、それはミクロが二人に新人教育を任せた、丸投げしたからだ。
『教える側に立つにもまた訓練』
それだけ告げてミクロは二人に任せて去って行った。
必死に頭を回し、思案するベル達は新人の意見をどうすればいいのか考えながら、普段からこういうことを平然と行い、的確な指示を投げているミクロの脅威さに驚き果てる。
新人に装備と
だけど、隊列を決めるのに早速問題が起きてしまった。
誰を、どのポジションにするのか。
頭から躓いてしまうベル達を見守るように遠目で見詰めるリオグ達は肩を竦める。
「団長も酷なことを……」
そうは口にしてもそれは決して嫌がらせでもなんでもない。
自分達の団長であるミクロは無茶はするけど、意味のないことはしない。
それに自分達が気付いていないだけで、無茶苦茶なことでも必ず何らかの意味がある。
だから察しているリオグ達は何も言わない。
それは、ベルとセシルの二人が自分で気づいて自分でどうにかしなければならないから。
可愛そうとは思うが、それもまた天然
「頑張れよ」
小声で応援しながらリオグもパーティメンバーと一緒にダンジョンに赴く。
「ええっと、じゃ……まずは皆の武器と魔法、それに希望するポジションを教えて」
セシルが考え抜いてどうにか出た言葉に新人達は一人ずつ己の希望を告げる。
「私の武器は御覧の通りに剣と盾です。魔法はまだ発現してはおりません。希望するポジションは前衛です」
「あたしは弓です。魔法は長文詠唱の攻撃魔法を一つ発現しています。希望するポジションは後衛を望みます」
「ニーチャは双剣! 魔法はないけど、前衛がいいでーす!」
「うちはメイスとナイフニャ。魔法はまだないニャ。希望するポジションは後衛以外ならどこでもいいニャ」
「オラは槌だ。魔法はないが、当然前衛をするだ」
「私は手斧で魔法は短文詠唱の支援魔法を一つ。ポジションは中衛を希望します」
「俺は槍。魔法は発現していない。中衛希望」
「私は棍棒。魔法、いえ、妖術を発現しています。希望は前衛か後衛です」
「俺はハンマー、魔法はまだない。前衛希望だ」
それぞれの武器、魔法、希望するポジションを告げさせて魔法を発現しているのは
希望するポジションが前衛が四、中衛が二、後衛が一。
前衛でも後衛でもいいのが二という前衛寄りのパーティメンバーになってしまう。
師なら、団長なら団員の特徴と希望を瞬時に取り入れて適切なポジションに配置するだろう。
教える立場がこうも難しいのを二人は初めて知りつつ、悩みながら必死に頭を動かす。
そんな慌ただしい二人をリリとヴェルフは遠目で見ていた。
「リリスケ、行くなよ?」
「………わかっていますよ」
自重を促すヴェルフにリリは不服そうに答える。
団長であるミクロから二人にセシルとベルの助言及び手伝いを禁止されている。
勿論そのことにリリはミクロに抗議したが。
『冒険者をよく見ているリリと
その言葉で完封された。
セシルとベルに足りないものは観察と思考。
冒険者を観察してきたリリと【ヘファイストス・ファミリア】という大派閥で多くの団員と共に生活をしてきたヴェルフだからこそ何も言い返せなかった。
相手の動き、思考などを観察して、またどのように対処するか。
また、どのようにして誘導して導けるのかをセシルとベルは知らない。
だから新人を使ってそれらを鍛えることもできて、新人教育も出来て一石二鳥。
ついでにセシルにも幹部らしい仕事を与えてやりたかったという思惑もあった。
「団長様はベル様達に新人を押し付けて何をしているのでしょうか……?」
「さあな」
愚痴をこぼす様にぼやくリリの言葉にヴェルフは肩を竦める。
「ん………」
「痛かった~?」
「問題ない」
セシルとベルに新人を押し付けた、もとい任せたミクロはアイカに耳掃除をして貰っている。
「ふふ~、ミクロ君はやっぱりリューちゃんのほうがよかった~?」
「リューは細かいことが苦手だから」
「そうだね~」
リューは細かい作業が苦手だ。
冒険者としては何も恥じることもない第一級冒険者だが、一般的な家事などは滅法苦手である。
以前にリューに耳掃除をして貰ったことがあったが、力の込め過ぎで耳から血が出た。
不器用なリューに代わってこういう時はアイカがミクロを独占できる。
だけど、そんなリューも少しずつだが変わろうとしていることをアイカは知っている。
時間があればリューはアイカの指導の下で料理の練習をしていることに。
最初は灰料理しかできなかったリューでも今は炭料理が出来るまで上達している。
本来なら
それでもアイカがリューに料理を教えるのは好きな人には好きな人の料理を食べて欲しいから。ミクロの幸せを想ってアイカはリューに料理を教えている。
最もちゃんとした料理ができるのはまだまだ先の話になるが、せめて料理と呼べるものになるまでは指導してあげる予定だ。
他の
隙あれば自分が、と息巻いてミクロの恋人になろうと切磋琢磨する。
「本当に罪な男の子だよ~」
自分を含めてこんなにも想われているミクロの頭を撫でる。
そして思う、自分がリューの立場でミクロの恋人になっていたらと。
それは間違いなく幸せだとアイカは言い切れるぐらいミクロの事を愛している。
ミクロが望むなら何人でも子供を産んでもいいとさえ思ってる。
「私も……負けていられないな~」
元娼婦だという自覚ぐらいはある。
それでも望んでいいのなら、願ってもいいのならミクロとそういう関係になりたい。
「終わったよ~」
「ん、ありがとう」
耳掃除を終えて起き上がるミクロにアイカは抱き着いた。
ポンポンと優しく背中を叩かれるアイカはまるでこちらの心情に気付いているような気がしてならないが、今はそれが居心地が良かった。
「んん~、よし!」
抱き着いた状態でそのままミクロを押し倒したアイカは自身の唇をミクロに重ねる。
「大好きだよ、ミクロ君」
唇を離して自身の心の想いをミクロにぶつけると再度唇を重ねた。
娼婦の時に貞操を散らされることになったが、唇だけは死守してきた。
それをミクロに捧げたアイカは今はこれで満足する。
だけど、いつかは………と想いを寄せ続ける。
それとは別に全く抵抗も見せないミクロにアイカはちょっぴり苦笑した。
恋人が出来ても親しい
リューは苦労するだろうと他人事のように思いながらもう一回唇を重ねた。
そこでアイカはちょっとした悪戯心で笑いながら告げる。
「浮気したくなったらいつでも言ってね~」
「わかった」
予想通りの返答にアイカは微笑む。