衝突する漆黒と黄金の長槍。
互いの得物がぶつかり合うなかでへレスはミクロが持つ槍に目が行く。
「なるほど……俺の持つ『ロギスモス』と同じ槍か」
「母さんが俺に託してくれたものだ」
『
「【剣姫】。すぐに治療します」
(ミクロ……)
心配するリューは今すぐにでもミクロと共に戦いたい。
だけど、二人の闘いに介入したら確実にミクロの足を引っ張ってしまう。
ミクロにとってへレスは最大の敵。
技も駆け引きも
更に肉親である
それでもミクロは倒すだろう。
自分の命を天秤に置かず、いつだって自分が傷付こうが、命尽き果てようが無茶をする。
それが父親が相手だとしても。
だけど―――。
(いざとなれば……私が………)
ミクロの盾になろう。
ミクロがいればまだ希望は潰えない。
取りあえず今はこの戦いを見届ける。
『薙嵐』の柄に手を置きながらリューは二人の戦いを見届ける。
「一つだけ答えろ。どうして母さんを殺した?」
「あぁ?」
戦いながらミクロはへレスに問いかけた。
どうして自分の妻を、シャルロットを殺したのかを。
「母さんは一ヶ月もない命だったんだ。それなのにどうして母さんを殺した?」
口調はミクロの気付かない程に怒気が含まれていた。
知らずに心にふつふつと出てくる怒りに気付かないまま問いかける。
「愛しているからだ。俺はシャルロットの事を心から愛し、そしてお前の事が憎い。だからあいつの最後をお前なんかに譲りたくはなかった」
驚くほどにあっさりと悪びれもなく答えたへレスにミクロは歯を噛み締めて吠えた。
「ふざけるなっ!!」
身体の裡に渦巻いていた感情が、喉を通って外界に顕現する。
怒涛の攻撃を繰り出すミクロにへレスは冷静にその攻撃を捌きながら言葉を続ける。
「ふざけてねえ。俺は真剣だ」
「だったらどうして母さんを殺した!? 俺が憎いのなら俺を殺せばいい! それなのにどうして愛している人を、母さんを殺す結果になる!?」
生まれて初めてかもしれない今ミクロの胸に宿す憤怒。
その憤怒の感情のままに叫び飛ばす。
「母さんは誰よりも俺やお前の事を大切に想い、考えていてくれる優しい人だった!!」
「ああ、あいつのそういうところも含めて俺は惚れていた」
「だったら―――」
「だが、そんなあいつをお前が変えた!!」
哮けるへレスはミクロの攻撃を捌いて鋭い一突きをミクロに放つ。
「っ……!?」
肩を掠めて血を流しながらもへレスの猛攻は止まらない。
「共に理想を掲げて、その為に強くなった! だが、お前という存在があいつの心を惑わした!! そんなお前を俺は許さねえ!」
ギィィィィンと金属音が周囲に響かせ合うなか互いに距離を取った。
「俺が……母さんを惑わした?」
へレスの言葉に困惑の表情を見せるミクロにへレスは語る。
「……そうだな、どうせここで死ぬんだ。俺達の理想、そしてお前の秘密を知らずに死ぬのも不便だな」
槍を肩に置いてへレスは口を開く。
「俺とあいつは親に売られた戦争奴隷だった」
それは数十年も前の話。
オラリオの外で起きた国同士の争い。
その兵士として親に売られたへレスは幼くも剣を持って戦場に放り出された。
捨て駒として扱われ、常に戦場の最前線に立たされていたへレスや他も子供達は殺さなければ自分が殺されてしまうという状況に立たされ、負ければ死に、勝てば薄いパンと味の薄いスープが食べられる。
へレスは心身をすり減らしながらも死に抗い、生にしがみついた。
こんなところで死んでたまるかと武器を手に持って敵を殺してきた。
同じ戦争奴隷とされた仲間が殺されようが、それを気にする余裕もなくへレスはいずれ自由を手にする為に戦いに明け暮れていた。
自分が生き残るためには他者を犠牲にしなければならない。
幼くもへレスはそう実感した。
だが、そんな戦場で一人だけ自分とは対極に等しい女がいた。
へレスと同じ時期に親に売られて戦争奴隷とされたシャルロットは感情豊かだった。
へレスを含めて大体の戦奴隷争の子供達は表情が死に、生きることに必死にだった。
その中でシャルロットは異質に見えた。
笑顔を振りまいて他人を励まして、自分の怪我よりも他人の怪我を心配し、仲間が死ねば涙を流して謝っていた。
へレスはそんなシャルロットを見て思った。
こいつはすぐにでも死ぬな、と。
甘い奴ほど、優しい奴ほど戦場では真っ先に死んでいく。
特に気にかけることもなくただ冷然とそう思っていた。
だが、それは大きな勘違いだった。
シャルロットは誰もが予想もできない発想や道具を駆使して味方を守り、自分を犠牲にしてでも仲間を助けた。
そんなシャルロットにへレスの少しずつ心が傾いていた。
気が付けば自分も仲間の為に武器を振るうって敵から仲間を守っていた。
へレスが前線に赴き、仲間達の士気を高めて、シャルロットが後方から仲間を守る。
二人はそうやって仲間を守り、戦い続けていた。
だが、戦場では必ず死者が出る。
それはへレス達も例外ではない。
戦場に出る度に一人、また一人と仲間が死んでいく。
その度に誰もが涙を見せた。
その中でへレスは決意した。
『俺は……この世界を変えてみせる。もう、俺達の様な存在を生み出さない世界を作ってみせる』
死んでいった仲間達に、今も生きる仲間達にへレスは己の決意を露にする。
『こんな世界なんて俺達がぶっ壊してやる!!』
何も知らない者が聞けばそれは子供の荒唐無稽の戯言だろう。
だけど、シャルロット達はへレスの理想に誰もが首を縦に振って強く決意した。
世界を変える。その為にへレス達は戦い続ける。
そして自分達が自由になれる功績と金銭を手にしてへレス達は夢が叶うとされている迷宮都市オラリオへ足を運び、そこで出会ったシヴァの眷属となって冒険者になった。
全ては理想の為に怒涛の勢いで強くなる【シヴァ・ファミリア】。
魔法、スキルを手にして【ランクアップ】を果たしている中でへレス達は力を身に着けた。
しかし、へレス達には一つだけ足りないものがあった。
それは世界を壊し、新たな世界に人々を導く為に必要な『王』がへレス達には必要だった。
それも只の『王』では駄目だ。
特別な力を宿した存在でなければ『王』は務まらない。
そこで目につけたのが神の血―――
下界の子供である
多くの犠牲を払いながらもその自分達の理想を叶えるに相応しい存在が現れた。
数多の才覚を持ち、特性を宿し、更には特別な力を宿した使徒―――ミクロが誕生した。
それも自分とシャルロットの子供という想像を超える存在にへレスは歓喜した。
これで全てのピースは揃った。
手始めに数多の冒険者がいる迷宮都市オラリオを破壊し、後に世界を破壊して作り出す。
その最初であるオラリオの破壊の計画を順調に進めていると妨害者が現れた。
【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】が自分達の
最大の敵である両派閥の強襲に迎撃するもへレスは主神であるシヴァを逃がすことで精一杯だった。
後に計画が漏洩した原因はシャルロットと知り、へレスは怒りさえ覚えた。
共に理想を抱き、歩んできた自身の片割れがどうして裏切ったのか。
その原因はすぐに判明した。
それは自身の子供であるミクロだ。
ミクロが産まれ、シャルロットは理想よりもミクロの安寧を願った。
「たった数年………わかるか? 何年も共に戦場を駆け、理想を抱いてきた俺とあいつの絆をお前はたった数年で壊した。お前という存在があいつを惑わした」
「………………」
「お前は俺達の理想にこれ以上にない存在だった。だが、今ではこう思ってる。お前は産まれてくるべきじゃなかったてな」
冷酷に残酷に自らの子供に告げる。
「自分の子になんてことを……ッ!」
その言葉に憤るリューをミクロは手で制する。
「………お前の気持ちは理解出来た。そして、その理想の為に戦うお前に素直に尊敬する」
へレスの話を聞いてミクロは素直に称賛の言葉を送った。
「だけど、一つだけお前は間違ってる」
「あぁ?」
「母さんはお前を、お前達を裏切ってはいない。むしろ、救おうとしていた。それをお前は気付かなかっただけだ」
「なに……?」
眉根が僅かに歪むへレスにミクロは告げる。
「俺は母さんのようにお前を救うことは出来ない。きっとお前を救うことが出来るのは母さんだけのはずだから。だから、俺は俺のできることをする」
ミクロは槍の矛先をへレスに向ける。
「お前達の理想を壊す。完膚なきまでに壊して、俺はこの世界を守る。この世界は、オラリオは俺がアグライアと出会い、仲間と出会い、
自身の決意を語るミクロにへレスから濃密な殺気が放たれる。
「世界を知らねえ餓鬼が守るなど容易く口にするんじゃねえ」
「餓鬼だからこそ守りたいものがある」
互いの譲れないものの為に二人は得物を目の前にいる敵に向ける。
「決着をつけよう、へレス」
「ここで死ね、ミクロ」
二人は得物を手に同時に駆け出した。