漆黒に覆われし長槍と銀色に輝くサーベルが高い金属音を響かせる。
「なかなかの剣技だな、【剣姫】」
「………っ」
余裕の笑みを浮かばせながら怒涛の連撃を繰り返しているへレスにアイズは防戦を強いられながらも攻撃を捌いていた。
――――強い。
わかっていたことではあるが、得物をぶつけ合って再度そのことを改めた。
空間ごと抉り取るような突きは一撃一撃が必殺技のように強く、荒々しくて激しい。
磨き抜かれた槍術はアイズが一番よく知っている槍使いであるフィンを上回っている。
それだけではない。技と駆け引きも、当然身体能力もへレスの方が上。
階位云々だけではなく、己を愚直なまでに鍛え抜いてきた力量の前にアイズは唇を噛み締める。
「……どうして私を襲うの?」
「さっきも言っただろう? 精霊の力を宿したお前の血が必要なんだよ」
「私を血をどうするの?」
「そうだな……俺に一撃でも当てたら教えてやる」
余裕の表情を崩すことなく告げるへレスにアイズは迷いを捨てた。
「【
紡がれた呪文が気流を呼んだ。
アイズの唇が大きな一声を打つと同時【エアリエル】が発動し、剣に、全身に風の力が付与される。
それを見てへレスは笑った。
「はは、面白れぇ。あいつと同系統の魔法か。だが、純粋な出力はお前の方が上だな」
爆発的に高まった速度をもってしてもへレスは平然とそれに対応する。
「………っ!」
風の
「風が……ッ!」
へレスの槍と衝突する度に風が消されて、いや、壊されていく。
「ああ、この槍はどんなものも破壊する力がある。お前の風の例外じゃねえ」
自身の槍に『
風を使った変則攻撃による、死角への強制瞬間移動。
へレスの死角を取ったアイズは袈娑切りを放った。
「おっと」
「っ!?」
だが、へレスはそれにさえも対応してみせた。
「自分の死角を常に警戒してねえわけねえだろう?」
槍を振るって自身の死角からアイズを追い払い、アイズは剣を構えながらへレスと距離を置く。
「はぁ……はぁ………」
呼吸が荒くなる。
時間にしてまだ大して経ってはいないが、強敵を相手にアイズの心身にかかる負担は大きい。
自身の
更に遠く離れたところにある陣から聞こえる悲鳴、怒声によって仲間達のことが気になってしまう。
「お仲間が気になるか? それとも助けが来ることに期待しているのなら止めておけ。俺の仲間達が全力で阻止しているこの戦場でお前だけを助けに来る奴なんていない」
「………っ」
心を見透かされているように告げられるへレスの言葉にアイズの表情が歪む。
へレスの言葉通り、仲間達は助けに来てくれる余裕なんてないだろう。
ここまで念入りに行われている計画なら実力者には実力者で対応しているに違いない。
なら―――。
「【
アイズは再び詠唱を口にして風を呼ぶと同時に周囲の木々を足場に駆け跳ぶ。
直接的な攻撃だと風を纏っていようが、あの槍が魔法を破壊して無効化されてしまう。
「【
更に気流を纏い、身体の酷使を無視して威力、速度を高める。
「……勝負に出たか」
魔法を酷使するアイズにへレスは察した。
アイズは次の一撃で決着をつける気なのだと。
「悪くはねえ……」
相手はLv.7という自分よりも上位の存在相手で更には触れたものを破壊する武器を所持している。
そんな相手にちまちまと戦っていれば敗北は必然。
なら、自分の力がある今の内に全ての力を一度に出し切って勝負に出る方が勝率が高い。
「【
そして吠えること三度。
己の内に眠っていた力を呼び覚ますかの如く、大いなる風を生み出す。
これまでの【エアリエル】にはない、凄まじい烈風が解き放たれる。
「ははっ! これだ、これこそが大精霊の『風』だ!」
爆風と言っても差し支えない規模の風にへレスはアイズの風を称えるように高らかに笑う。
近づくことさえ許さない暴風の壁の前にへレスは口角を上げたまま槍を両手に持つ。
「来い」
短く、だけど深刻に告げるへレスは正面からそれを受け止めようとしている。
莫大な『魔力』を湯水のように消費しているアイズは覚悟を固め、勝負に出る。
「リル・ラファーガ!!」
最大出力の一点突破の神風。
超大型、階層主専用の神風が一直線に突き進む。
それに対してへレスは――――深く息を吸った。
「ハァッ!!」
神風を纏った颶風の矢と化したアイズの必殺技を受け止めた。
互いの得物がぶつかり合い、凄まじい力と力の衝突が発生する。
「………たいした威力だ―――――だが、甘い!」
「っ!?」
互いの得物がぶつかり合うなかで、へレスは巧みな槍捌きでアイズの勢いを上空へ振り払い、勢いを殺した。
そして、そこから振るわれる槍にアイズを守る風は壊された。
目を見開きながらこれから来るであろうへレスの槍にアイズは咄嗟に
「遅い」
しかし、それよりも速くへレスの槍がアイズの肩を貫いた。
「あぐっ!?」
痛みが全身に走るアイズは悲鳴を上げる。
へレスはアイズの肩から槍を引き抜いてその血を自身の口の中に入れて飲み込んだ。
ゴクリと音が鳴るとへレスは口元についた血を袖で乱暴に拭い、アイズを見下す。
「【剣姫】。お前は剣の技量も魔法も申し分もねえ強さだ。それだけじゃねえ、お前はもっと強くなれる
―――だが。
「お前には覚悟が、我の願望が、目的を達する為の貪欲が、その重さが足りない。問おう【剣姫】。お前は自分の願望以外の全てを捨ててでも叶えたい願いがあるか?」
「――――――――っ」
ある。
かつては悲願を叶えるために全てを捨ててでも強くなろうとした。
だけど、リヴェリアが、フィンが、ガレスが、
そして今は大切な友達、可愛い後輩、頼もしい戦友がいる。
笑顔を思い出させてくれた、愉快で、楽しくて、温かな
かけがえのない絆、もう失いたくない居場所までアイズは捨てることが出来ない。
それでもアイズには叶えたい
「私は………」
「叶えたい悲願がある……守りたい
上がらない片腕を宙に垂らしながら片腕に持つ
「越えたい人がいる……」
二度も敗北をしているミクロを超える為にアイズは。
「だから、諦めない……」
立ち上がり、剣をその手に持つ。
戦意を失うどころが猛るアイズにへレスは肩を竦める。
「強欲は自分の身を滅ぼすぞ?」
悲願も叶えたい、
それをへレスは呆れながらぼやいた。
「まぁ、既に満身創痍のお前は俺の敵じゃねえが」
片腕は上がらず、
更にはへレスにはアイズの魔法が通用しない。
絶体絶命に等しいこの状況下の中でアイズの脳裏にはミクロの姿が過る。
守るべき
今はそのミクロの姿を見習おう。
「【
再びその魔法を呼ぶ。
「【エアリエル】」
酷使される身体を完全無視して風を纏うアイズにへレスは嘆息した。
「また、それか……俺にはお前の風は通用しねえのはもう理解してるだろうが」
知ってる。
だけど、ミクロならきっとこうした。
「私は、貴方に勝つ……!」
戦うことも勝つことにも諦めないアイズにへレスは嗤った。
「いいぜぇ。なら、精々壊れるなよ?」
無傷のへレスに満身創痍のアイズ。
どちらも戦意は消えることなく互いに得物を手に持って衝突する。
「【駆け翔べ】」
その時だった。
アイズの前に白緑色の風をその身に纏った一人の英雄が姿を現した。
「ミクロ………」
「アイズ、ごめん………」
自分の問題に巻き込んでしまったことに謝罪の言葉を述べるミクロは真っ直ぐへレスを見据える。
「後は俺に任せろ」
黄金色に輝く長槍を手にミクロは駆け出す。