路地裏で女神と出会うのは間違っているだろうか   作:ユキシア

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New82話

ミクロとベート。二人の闘いが幕を閉じた。

だが、問題である闇派閥(イヴィルス)は何も解決はしていない。

それどころか本気で戦った二人は多少は回復はしたもののまともに動ける状態ではなかった。

「……どうするってんだ、クソ」

完全に頭も心も冷えたベートは地面に寝そべりながら愚痴を溢す。

全力を出し切った今で闇派閥(イヴィルス)と戦いに行くなんて馬鹿なことはしない。

「ひゃっははははははははははっっ!!こりゃいい!【凶狼(ヴァナルガンド)】だけじゃなく【覇者】まで碌に動けないなんてよッ!」

高笑いしながら姿を現したのは闇派閥(イヴィルス)残党の幹部ヴァレッタが団員と雇い入れた暗殺者(アサシン)を引き連れて二人の前に姿を見せた。

「糞女……ッ!」

人造迷宮(クノッソス)でフィン達を罠に嵌めて【ロキ・ファミリア】の団員達をその手にかけた張本人の登場にベートは殺意を込めて睨み付けるがヴァレッタはニヤニヤと下劣な笑みを浮かべる。

「てめえ等が地上で暴れてるって聞いてなんかの作戦かと思ったがただの喧嘩かよ!男って本当に馬鹿だな!?まぁ、おかげでここでテメエ等の首級を挙げてやる!!」

ヴァレッタの興奮に連れて団員達と暗殺者(アサシン)達が喝采を上げる。

ここで第一級冒険者であるベートとミクロを殺して自分達の名を挙げようと考えるヴァレッタは冷静に二人を観察する。

地下迷宮(クノッソス)の出入り口にはフィン達【ロキ・ファミリア】が包囲して逃げることはまだできない為に頭に血が上っているベートを罠に嵌めて殺そうと考えていた。

だが、どういうわけかベートは一向に襲って来ず、団員がミクロと戦っているという情報を聞いた時は耳を疑った。

あれだけ挑発したにも関わずにどうして【覇者】と戦っているのか。

これは何らかの罠なのかと考えた。

状況が上手くつかめないヴァレッタは実際に二人の闘いを遠くから見ていて嘲笑を浮かべた。

あれはただの喧嘩だ、と。

なら弱った二人を殺す絶好の機会とありったけの団員と暗殺者(アサシン)を集結させて周囲に他の冒険者がいないか細心の注意を払いながらこの場にやって来た。

二人は確実に弱っている。

あれだけ大暴れしたら碌に動くことも出来ないだろう。

例え動けたとしても団員と暗殺者(アサシン)を利用して時間を稼ぎ、自分の魔法で罠に嵌めてやればいい。

それでも駄目ならさっさと逃げてしまえばいい。

「ひひっ」

嘲笑が深まるヴァレッタ・グレーデ。

六年前、要注意人物一覧(ブラックリスト)に名を連ねていた彼女の二つ名は【殺帝(アラクニア)】。

闇派閥(イヴィルス)のもとで血に酔い、快楽に身を委ね、最も多くの冒険者を殺害したとされる生粋の殺人鬼(シリアルキラー)である。

人の命を奪うことが己の至上とされる彼女は団員達と暗殺者(アサシン)に不治の呪いが込められている『呪道具(カースウェポン)』を握らせている。

来世を約束された死兵に生のしがらみはない。

その死兵を二人に突貫させようと指示を仰ごうとした時、ミクロがヴァレッタに告げる。

「隠れていればよかったものを……」

「はぁ?」

意味深の言葉に怪訝するヴァレッタ達の視界にそれは姿を現した。

「なぁ!?」

「……は?」

ヴァレッタ、ベート共に開いた口が閉じなかった。

建物の影から姿を見せた道化師のエンブレムを掲げた【ファミリア】の一団に目を見開く。

「やぁ、ヴァレッタ」

「フィン………!どうしててめえがここにいやがる!?」

突如姿を現した【ロキ・ファミリア】の全団員に驚愕に包まれるヴァレッタ達にフィンが前へ出て答える。

「なに、僕達は呼ばれて隠れていただけさ。彼に言われてね」

フィンが指すはアイズ達に守られているミクロ。

「ベート・ローガッ!大丈夫!?看病は必要!?レナちゃんがちゃんとお世話してあげるよ!!」

「うるせぇ!!というよりどういうことだ、説明しやがれ!!」

抱き着いてくるレナを追い払ってミクロを睨むベートにティオネは呆れるように息を吐いた。

「何言ってんのよ、このツンデレ狼。ミクロはあんたの為に私達を呼んだのよ」

「はぁ!?意味がわからねえぞ!?」

どういうことはまるで理解が追いつけれないベートにミクロは口を開いた。

「これで【ロキ・ファミリア】の全員に俺とベートの闘いを見せた」

ミクロが取り出したのは眼晶(オルクル)

ミクロはベートと会う前にレナに頼んでフィン達に眼晶(オルクル)と伝言を渡す様に頼んでおいた。

眼晶(オルクル)を通してミクロは戦闘でベートの本音を出させてそれを【ロキ・ファミリア】の全員に知らせた。

そして、【アグライア・ファミリア】が【ロキ・ファミリア】の代わりに包囲を作り、それが終わり次第ベートに会いに来て欲しいと伝言を預けていた。

「て、てめえ……まさか」

「うん。【ロキ・ファミリア】全員にベートの本音が駄々漏れ」

指先を震わせながら指してくるベートに頷くミクロ。

わざわざ饒舌しながら戦ったのも全てはベートの本音を出させる為。

全てはミクロの手のひらの上で踊されていた。

「………………」

放心するベートにミクロはぽんと肩に手を置いた。

「ベートが優しい奴ってことは俺も知っているから」

その優しい言葉がトドメとなってベートは完全に撃沈する。

もう怒る気さえ失ったベート達を差し置いてフィンはヴァレッタに視線を向ける。

「さて、それじゃ僕達の仲間の敵を取らせてもらうよ」

鋭くなるフィンの視線に【ロキ・ファミリア】の多くは怒気を込めてそれぞれの得物を手に取る。

「クソがッ!!テメエ等!私を守りやがれ!!」

命を捨てた死兵とされている団員達と暗殺者(アサシン)達に命令を下すヴァレッタに従い突貫する。

突貫する死兵を前に自身は逃亡を図るヴァレッタ。

「誰一人も逃がすな!!」

フィンの指示に【ロキ・ファミリア】の全員と死兵は衝突し合う。

「ひひっ、これだけの数ならそう簡単には捕まらねえ」

自身が連れてこれる数の死兵を連れて来たヴァレッタは数で押し切れば自分だけは何とかこの場から逃げられると踏んでフィン達に背を向けて走り出す。

 

その瞬間、一本の矢がヴァレッタの脚に突き刺さる。

 

「あ、あぁぁぁぁぁぁあぁぁッ!!」

脚に矢が突き刺さり、バランスを崩して転倒するヴァレッタは気付かなかった。

先程のミクロの話でいったい誰がミクロとベートの戦闘を眼晶(オルクル)を通して【ロキ・ファミリア】に見せていたのかを。

ミクロは視線を上げて親指を立てる。

ミクロの視線の遥か遠方には弓矢を持つティヒアも親指を立てて応える。

「他派閥の為に無茶しすぎなのよ……」

小さく愚痴を溢すティヒアだが、その表情はまんざらでもない。

何故ならそれほどまでのお人好しであるミクロに心奪われたのだから。

それに応える自分はきっと馬鹿なのだろうと思いながら矢を連射させて【ロキ・ファミリア】を援護させる。

混戦のなかでも決して狙いは外さない超精密狙撃。

ミクロと共に冒険を重ねて、ミクロの助けになる為に鍛えてきたこの狙撃だけは決して誰にも負けない。

「本当に彼には優秀な仲間が多いな」

少しだけ嫉妬を抱くフィンは苦笑を浮かべながら倒れているヴァレッタの前に歩み寄る。

「さぁ、覚悟を決めて貰おうか」

殺気を込めるフィンは槍をヴァレッタに向ける。

「ま、待てフィン!私を殺したら『鍵』の在処はわからなくなるぞ!!」

「ああ、それなら心配いらないよ。鍵に関しては彼がいるしね」

鍵を所持し、ディックスを仲間に加えているミクロははっきりと言えば今すぐにでも地下迷宮(クノッソス)に攻め込める。

準備と戦力が整え次第に地下迷宮(クノッソス)に攻め込むミクロ達にフィン達は便乗してさせてもらう。

交渉を執り行う余地もないフィンは槍でヴァレッタの右腕を斬り落とす。

「痛いっ、痛いっ、痛い!!やめろ、やめてくれよ!フィン!」

「悪いけど君を許すわけにはいかない。君は僕達の大切な仲間を手にかけた」

「っ!?」

殴り飛ばされるヴァレッタにフィンは告げる。

「君を捕えてしっかりと尋問させてもらう」

死兵は【ロキ・ファミリア】の手に葬られ、ヴァレッタは捕縛された。

闇派閥(イヴィルス)の問題の一つは今日を持って終わりを告げた。

その日にミクロは怪我を治してすぐ一人で勝手に無茶をしたことにリューとアグライアに説教を受けたことは別の話だ。


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