路地裏で女神と出会うのは間違っているだろうか   作:ユキシア

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New64話

アンナを取り返そうと大賭博場(カジノ)にやってきたミクロとリューは賭博場(カジノ)経営者(オーナー)であるテリーと接触して貴賓室(ビップルーム)に足を踏み入れたがそこには破壊の使者(ブレイクカード)の一人、レミュー・アグウァリアがいた。

虚ろな目でミクロ達に襲いかかってくる給仕、富者、経営者(オーナー)の愛人と思われる女性達の攻撃を避けていた。

眼を見て操られていることは明白。

給仕や富者はともかく被害者である女性達を傷つける訳にはいかない。

なら、一気に加速してレミューに接近しようと試みる。

「おっと、動いちゃ駄目ニャ」

しかしそれを予測していないレミューではなかった。

同じく虚ろな眼をしている亜麻色の髪をした少女が自身の首筋にナイフを当てていた。

「目的のこの子が死んじゃうニャよ?」

特徴から紛れもないクレーズ夫妻の娘だと瞬時に理解したリューは歯を噛み締める。

襲いかかってくる給仕達の攻撃は容易に回避することが出来る。

だが、ここからレミューまで距離がある。

入り口付近から部屋の奥まである距離を縮ませようとすればレミューはすぐにアンナを殺そうとするだろ。

付け加えて言えば動きづらいドレス姿。

リューの得意とする高速戦闘には不向きな恰好だ。

「どうしてお前がここにいる?そいつとはどういう関係だ?」

リュー同様に攻撃を回避しながら問いかけるとレミューは身体を震わせているテリーではなくテッドの頭をペシペシと叩く。

「こいつは【シヴァ・ファミリア】の下っ端のような奴ニャ。本物のテリー・セルバンティスは着任直前に不慮の事故で死んでいるニャ。こいつはそれに付け込んでここの経営者(オーナー)に成りすましているのをミャーが利用している間柄ニャ」

オラリオに来る娯楽都市(サントリオ・ベガ)の査察官には高い賄賂を支払い、本物のテリー・セルバンティスを知り、尚且つ懐柔できない邪魔者は用心棒を使って密に葬って来た。

自分の素性をばらさない様に動いているテッドを自身の隠れ蓑にするにこれ以上にない場所だった。

「ミャーはここで適当に遊びつつ団長から依頼をこなしていただけニャ。そこをこいつは余計なことをしてくれたおかげでミャーのオアシスが台無しニャ」

「ヒィ…ッ!」

ミクロ達をここに連れてくるきっかけを作ってしまったテッドに苛立ちを滲み出す。

それに怯えるテッドにレミューは手を向ける。

「ほら、おミャーも行くニャ」

「か、勘弁してくれ!オレはもうここで……」

「ミャーの【ファミリア】に関わった者が無事でいられる保証はあったかニャ?」

その言葉を最後にレミューの手から紫色の煙がテッドを包むと給仕達どうように虚ろな眼をしてミクロに襲いかかって来た。

レミューの魔法名は【リスヴィオン】、傀儡魔法。

詠唱後に対象を自在に操ることが出来る。

人もモンスターも一度この魔法を受ければレミューの操り人形にされてしまう。

しかし、誰もが操れるというわけでもない。

強い意志を、魔法を弾き返せる抵抗力を持つ者にはこの魔法は効かない。

だが、ミクロ達を除くこの場にそんな奴はいない。

人質を取ってミクロ達以外を操って襲わせる。

もちろんそれで勝てるなんて微塵も思ってはいない。

それ以前に戦おうとすらレミューは考えてもいない。

ミクロと闘えば十中八九自分が負けることは明白。

ミクロが近づいてきたら人質であるアンナに自害を命令させて自分は即撤退すればいい。

一般人を駒として扱い、人質を取ってレミューは言葉でミクロに揺さぶりをかける。

「そういえばシャルロット副団長は死んだようだけどそれは知っているかニャ?」

嗜虐的な笑みを浮かべて語る。

「あ、ごめんニャ。知っていて当たり前だったニャ。シャルロット副団長の遺体を抱きかかえていたのはおミャーだったのを忘れていたニャ」

「止めなさい!」

心の傷を負っているミクロの傷に塩を塗り込むかのように話すレミューにリューは制止の声を飛ばすがレミューは止めるつもりはなかった。

傷を負ったミクロの心を刺激させて怒らせて思考を捨てさせる。

そうして自分に突貫してきたらアンナを自害させて全力で逃走する。

それでミクロに自身の家族を失った喪失感だけでなく自身のミスで他者の家族を失わせる罪悪感を与える。

そうして心を壊しにかかるレミュー。

「どんな気持ちだったニャ?辛かったかニャ?苦しかったかニャ?それとも泣いちゃったかニャ?もしくは自分の手で(ころ)せなかったことに悔やんでいるかニャ?」

「………」

何も答えないミクロにレミューは笑みを深ませる。

「あの男に魔道具(マジックアイテム)を渡したのはミャーニャ。団長がシャルロット副団長を殺す為におミャー達を引き止める為のただの駒。引っかかってくれてありがとうニャ」

「―――――ッ!」

それ以上言わせまいと突貫を試みようとするリューだが、レミューがアンナを操って首筋から血が垂れるのを見て足を止める。

「母親を守れなかった気持ちはどうニャ?シャルロット副団長の遺体を抱えてどんな気持ちだったニャ?ミャーから言わせれば滑稽過ぎニャ。腹を抱えて笑ったニャ!壊す事しか取り柄のないミャー達とおミャーが誰かを守るなんてことは出来ないのニャ!」

カラカラと笑うレミューに今にも怒りが爆発しそうなリュー。

「あの女は死んで当然ニャ。【ファミリア】の恥さらしニャ」

笑いながら侮蔑の言葉を投げるレミュー。

その言葉を聞いてミクロは怒りを代弁させるかのように詠唱を歌う。

「【閉ざされた世界に差し込む希望(ひかり)】」

足元に白色の魔法円(マジックサークル)が展開されてその光景にレミューだけでなくリューまでも驚きを隠せれない。

その魔法はミクロが今までに使った魔法ではない。

ミクロの新たな魔法だった。

「【心壊れし餓鬼を見捨てず、傍らに居てくれる心優しい妖精(エルフ)】」

「え、詠唱を中断するニャ!さもないと……!」

「止めた方が賢明だ」

突然の魔法の詠唱に驚きながらもそれを中断させようと人質を使うレミューにリューはそれを止めさせる。

人質(アンナ)を使えば貴女は確実に終わる」

リューはこれから放つミクロの魔法を知らない。

だけど、わかる。

その歌はどういう望みで発現させた魔法なのか。

「【餓鬼の時は動き出す】」

薄暗い路地裏がミクロにとっての世界だった。

そこに主神であるアグライアという希望の光が手を差し伸べてくれた。

心は壊れている自分を見捨てることなく、何が正しいのか何が悪いのかをずっと傍で教えくれて呆れ、怒り、微笑んでくれて、どうしようもない自分を守ってくれる妖精(リュー)

二人と出会ってミクロの中の時間が動き出した。

「【世界と真実を知り、我の運命は我が身に宿る神血(イコル)によって定められていた】」

冒険者として活動して自身にシヴァの血、神血(イコル)が流れていることを知った。

「【我はそれを受け入れ、定められている運命を破壊すべく抗う運命を選択する】」

ミクロは自身に流れる血を受け入れて、【シヴァ・ファミリア】から自身に出生を知って、家族(ファミリア)を守る為にそれを抗う道を目指すことを決意する。

「凄い魔力……ッ!」

膨大な魔力の余波がミクロから溢れている。

「【慟哭に負う傷は惰弱と後悔】」

抗う道を選んで進んだ最初の死者が自身の母親であるシャルロットだった。

シャルロットの死にミクロは自身の弱さを怒りさえ覚えた。

もっと早く気づいていればと後悔もした。

「【努々忘れるな】」

だからこそミクロは忘れない。

その傷を。

自身の弱さを。

その後悔を。

もう二度と誰も失わせない為に。

「【降り掛かる理不尽を破壊し、理不尽(りそう)を創り出す。その代償は涙と慟哭(うたごえ)を持って支払う】」

その為には力がいる。

自身の都合の悪い世界を追い払う為の力をミクロは欲した。

「【願望(わがまま)を現実に、理想を真実に創世する】」

他者の都合なんて知らない。

自分の初めての願望(わがまま)を他者に、世界に押し付けてやる。

自分の都合のいい常識を定義させてやる。

「【壊した世界の理は我の理】」

世界の常識を壊して自身の世界を創り出す。

ミクロの初めての我儘(まほう)

超長文詠唱から放たれるその魔法の名前は。

「【セオスティー・ウルギア】」

その魔法は発動した。

 


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