路地裏で女神と出会うのは間違っているだろうか   作:ユキシア

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New58話

ダンジョン23階層『下層』にセシルはいた。

「いやぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああッッ!!」

そして全力疾走でダンジョン内を駆け回っていた。

呼吸が苦しくなろうが関係ない。

足が悲鳴を上げるが関係ない。

今だけはモンスターより恐ろしいあの三人から逃れることが最優先だった。

「どこへ、行く?」

片手にバトルボアを殴殺して嗜虐的な笑みを浮かばながら追いかけて来るアルガナ。

「始めの威勢はどうした?」

アルガナ同様にバグベアーを蹴殺して無表情で問いかけるバーチェ。

『下層』のモンスターでさえ時間稼ぎにもならない二人を背にセシルは駆け出す。

だけど一番恐ろしいのはこの二人ではない。

「逃げてばかりだと強くはなれないよ?」

微笑みながら優しく言葉を飛ばしてくるシャルロットはモンスターの大群を得物で細切れにしていく。

優しい言葉とは裏腹に容赦という言葉はそこになかった。

『下層』のモンスターってこんなに弱かったっけ?と現実逃避を行うセシルだがそれは大きな勘違い。

『下層』のモンスターでは相手にもならないのが第一級冒険者の実力なのだ。

そんな相手に訓練開始の初日はセシルは果敢にも挑んだ。

だけど、毎回のように生死を彷徨うはめになるのはもう嫌だった。

セシルは今日も生き残るために必死に逃げる。

「捕まえた」

「いやあああああああああああああああッッ!!助けて、お師匠様――――――ッ!」

チロリと舌を出すアルガナに捕まったセシルは今日も生死を彷徨うことになる。

特訓開始から既に三日が経過していた。

 

 

 

 

 

 

激しい剣舞が鳴り響いていた。

美しい夕焼けに見下ろされながらサーベルと両刃短剣(バセラード)が幾度にぶつかり合い、白髪と金の長髪が風になびく。

「アイズ、交代」

「うん」

ベルに休む暇を与えないかのようにアイズとミクロは交代して疲弊しているベルに襲いかかる。

「うっ!」

ミクロは得物は持たず、素手のみでベルを圧倒する。

「突然自分の得意距離に入られても怯むな。自分の得意とする間合いを常に把握して有利に進むように頭も使え」

「はい!」

何度も、何度も、何度も、挑みかかる度に吹き飛ばされて、叩きつけられるベルだが、その度にベルは成長している。

今、ミクロ達がベルに叩きつけているのは対人戦闘。

モンスターは初めから全力で襲いかかってくるが人は様子を見て隙を探ってくる。

今のベルに足りない技と駆け引きに磨きをかける。

身体と頭を使わせてまさに叩きつけるように覚えさせる訓練にベルは食らいつく。

だけど、ミクロは本来ならセシルも連れて連携(コンビネーション)の訓練も行いたかったが広大なダンジョンにいる以上探すのは困難。

その辺りは日頃から共に訓練を重ねている二人の信頼関係を信じるしかなかった。

戦争遊戯(ウォーゲーム)の勝負形式は二対二(タッグマッチ)

ベルとセシルの努力次第で勝敗は決まる。

「………」

ミクロが感じる嫌な予感は消えない。

むしろ日に日に強くなっていく。

戦争遊戯(ウォーゲーム)で何が起きるのかまではわからないが今できることはアイズ達と一緒にベルを鍛えること。

「!」

思考を働かせているミクロの僅かな隙を見つけてベルは突っ込む。

「甘い」

「ぼへぁ!」

しかしその程度はミクロにとって隙でもなんでもない。

「たっだいまー!」

「少し休憩」

市壁内部に繋がる階段から食料を買ってきたティオナが帰って来た。

それとベルの疲労具合を見てミクロは少し休憩を挟むことにする。

腰を下ろして呼吸を整えるベル。

ティオナが買ってきた食料を口にするミクロにティオナが尋ねた。

「アルゴノゥト君の調子はどう?」

「大分対人戦闘に慣れてきている。だけど」

「……心が駄目」

ミクロの言葉に続くようにアイズがベルの欠点を告げる。

ベルは確実に成長している。

対人戦闘もある程度なら使えるようになっている。

だけどそれだけだった。

身体が良くても心のどこかでまだ恐れている。

殺してしまうかもしれないという恐怖がベルにはある。

人はそう簡単に人を殺すことは出来ない。

心のどこかで殺さないように安全装置(リミッター)が発動する。

感情の高ぶりで安全装置(リミッター)が外れたり。

感情を殺して人を殺したり。

訓練で人を殺す抵抗を無くす。

ミクロやティオナは既にその手で人を殺している。

安全装置(リミッター)が既に外れている二人は己の意思で殺さないように意識している。

そうじゃなくても心身ともに第一級冒険者は人だろうと殺す覚悟は出来ている。

だけどベルは違う。

根源から人を殺すことは出来ない。

生まれつき、育った環境もある。

きっとベルが自分の手を赤く染め上げた時、ベルはベルではなくなる。

殺さずに勝つ、が理想だ。

だけど、戦いにそんな甘い理想が叶う訳がない。

実力差があればいいが拮抗状態ではそれは難しい。

「そっか……」

目線を下に向けて頷くティオナもその考えは理解出来ている。

「じゃあさ、もっともっとアルゴノゥト君を強くしようよ!あたし達三人で!」

少し暗い表情をしていたティオナはいつものような天真爛漫の笑みで名案かのように胸を張って言う。

その名案に二人は頷く。

「……うん」

「そうだな」

二人は立ち上がって得物をその手に持ってベルを囲むように立ち上がる。

「えっと……」

困惑するベルにミクロは告げる。

「ベル、今から三人だ」

サーベルを構えるアイズ。

大双刃(ウルガ)を担ぐティオナ。

ゴキと指の骨を慣らすミクロ。

咄嗟に得物を手に持つベルに初めに動いたのはアイズ。

銀のサーベルが大気を切り裂いて、ベルの得物と衝突し合い火花が飛び散る。

「えいさーっ!」

「っ!」

一瞬の攻防の横からティオナの大双刃(ウルガ)が襲いかかる。

超重量の大型武器であるティオナの大双刃(ウルガ)には流石のベルも回避行動を取らなくてはならない。

万が一に防御でもしたらその防御ごと木端微塵になってしまう。

後退するベル。

しかし、その背後にはミクロは拳を握りしめていた。

「がはっ……っ!」

背後からの強打を受けてアイズとティオナのいるところに無理矢理戻らされるベルに二人は攻撃を繰り出す。

激しく斬りかかるアイズ。

死角から加わるティオナの奇襲。

隙を見せたらそこに強打を与えるミクロ。

「満身創痍でも動けるようになれ、ベル」

「はいっ!」

ミクロの言葉に気合を入れ直すベルの軽装の上から斬撃が当たり、壁に衝突してしまった。

「ごめん……」

あまりにも早く成長するベルにアイズは思わず加減を忘れて斬りかかってしまった。

「問題ない。けど、少し休ませる」

ベルの容態を見て問題ないと把握するが、ここのところ碌に睡眠を与えずに鍛えていた。

せっかくの機会なのでここでベルをゆっくりと休ませることとする。

「………」

すると、アイズがベルを見ながら何か物欲しそうな目で見ていた。

「アイズ、ベルの様子を見てあげてくれ」

「うん……」

気絶させてしまった詫びがしたいのだろうと察したミクロはアイズにそう言うとアイズはベルに膝枕をしてベルの髪を撫でる。

ベルに癒されるアイズを見てティオナもどこか嬉しそうだった。

そこでティオナは気付いた。

アイズに見習ってミクロに膝枕してあげたらいいと。

正直に恥ずかしいという気持はある。

だけど、ミクロなら断ることなく膝枕をしてあげられる筈。

「ティオナ」

「うひゃ!な、なに……?」

思考を働かせていたティオナは唐突に声をかけられたミクロに思わず変な声が出た。

「ここ」

腰を下ろして自分の膝を叩くミクロ。

言われなくてもわかる、膝枕だ。

ティオナがしようとしていたことをミクロがしようとしている。

「えっと……それじゃあ………」

完全に出ばなをくじかれたティオナは言葉に甘えてミクロの膝に頭を置いて横になる。

膝枕しているティオナの髪をなでなでと撫でるミクロにティオナの頬は染まる。

心臓の音がうるさくなり、ティオナは横になっている筈なのに全然休めれなかった。

 

 

 

 

 

「セシルちゃん、生きてる?」

「………ぃ」

地面に倒れているセシルに声をかけるがセシルは死に体のように動かない。

周囲の警戒をアルガナとバーチェに任せてシャルロットはセシルを回復させる。

セシルが強くなってきている。

身体だけでなく心までも。

この調子なら戦争遊戯(ウォーゲーム)でも十分に活躍できるだろう。

でも、セシルには決定打がない。

これは致命的だ。

強者には必ず自分の絶対負けない何かがある。

魔法でもスキルでも特性でも必ずと言っていい何かがある。

必殺技、切り札と呼んでもいい。

もし、セシルがそれを手にすればもしかしたら……。

「セシルちゃん、もう一度貴女の魔法を見せてはくれない?」

「は、はい」

シャルロットの言葉にセシルは頷いて超短文詠唱を唱える。

「【天地廻天(ヴァリティタ)】」

魔法を発動させた場所にある木が重力に押し潰される。

魔法は切り札、起死回生の一手。

重力を操作できるという点ではセシルの魔法は便利だが、限定された時間と空間ででしか発動できない欠点がある。

ハッキリと言えば大して脅威ではない。

そのまま使用すれば、だが。

「セシルちゃん、貴女のこの魔法はまだまだ可能性があるわ」

「可能性ですか……?でも、私の魔法は大したものでは」

「ええ、そのままならそうでしょう」

超短文詠唱から放たれる魔法に大した威力も効果もない。

だけどそれはそのまましようすればの話であってそれをどう発展させていくかは本人次第。

つまり本人の訓練次第で魔法は強大な力を発揮する。

そして、シャルロットは気付いた。

セシルの魔法の新たな可能性に。

「今日から魔法の特訓よ、精神枯渇(マインドゼロ)になるぐらい練習するからね」

「は、はい!あ……あともう一ついいですか?」

新たな可能性の訓練を行おうと活き込むシャルロットにセシルは尋ねる。

「どうしたの?」

「実は……遠征から帰ってきて【ステイタス】を更新したら新しいスキルが発現しまして」

セシルの新しいスキルのはずなのにセシルはどこか落ち着かない様子。

本来なら魔法やスキルが発現したら喜ぶのが当たり前だ。

だけどセシルはそうではない様子に訝しむシャルロット。

「ミクロには話したの?」

「いえ、まだアグライア様しか……」

尊敬しているミクロにも話していない新しいスキル。

「と、とにかく見てください!」

少々落ち着かない様子ながらもセシルはそのスキルを発動させるとシャルロットは目を見開いて驚愕する。

セシルのどこか落ち着かない様子に納得しながらもそのスキルの正体を知って苦笑を浮かべる。

「これはミクロも驚くわね……」

化けるかもしれない。

シャルロットはそれを見てそう実感した。

セシルには既に切り札(ジョーカー)だけでなく奥の手までも持っていた。

戦争遊戯(ウォーゲーム)では使わないかもしれないがシャルロットはそれも鍛え始める。

そして、戦争遊戯(ウォーゲーム)の日がやって来た。


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