「あ、いた―!ミクロ――――――!!」
「ティオナ、アイズ」
混雑している目抜き通りを外れた路地でティオナとアイズはミクロに歩み寄るとティオナはきょろきょろと周囲を見渡す。
「もう一人の子はどこか行ったの?」
「情報収集する為に離れてる。何か用?」
「うん、ロキがミクロの持っている情報を聞いて来いって」
現在、万が一に騒ぎが起きてルバートを逃がさないように周辺の地理を把握とメレンに起きた事件に関する情報を二人は集めていた最中。
ロキはミクロと一番親しいアイズとティオナにミクロに情報を教えて貰うように頼んだ。
「うん、わかった」
友達の頼みを断ることができないミクロは現在集めている情報をアイズ達に伝える。
だけど、今夜の騒ぎに関することは言わなかった。
母親であるシャルロットに喋るなと言われていたから。
「んー、やっぱりあたし達と大して変わらないねー」
頭の後ろに手を組んでぼやくティオナ。
ミクロは『リトス』からあるものを二人に渡す。
「あと、漁師達が言っているこの魔法の粉には魔石が入っていた」
「「っ!?」」
自分達が知らない情報を耳にして目を見開く。
「それ本当!?」
「うん」
叫ぶティオナに肯定するミクロに二人は食人花がどうして漁船を襲わない謎が解けた。
食人花は魔石を率先して狙う。
だから魔石が入っている魔法の粉を率先して狙っているために漁船が襲われることがなかった。
「ありがとう!ミクロ!」
「ありがとう……」
情報を提供してくれたミクロに礼を告げる二人は本来の目的であるマードック家、ボルグの屋敷に忍び込む予定。
ミクロと話しながら歩いていると――――目の前で獣人の少女が転倒した。
「あっ………!」
「っとと、大丈夫?」
買い物帰りだったのか、抱えていた本が数枚の金貨と一緒に地に投げ出されて、転んだ少女をアイズが起こす中で、ティオナとミクロは散乱した本や金貨を集めると本を拾ったところでティオナの動きが止まる。
「ティオナ?」
怪訝しながらティオナが持っている本を覗くと表紙に牛人と闘う英雄にティオナの瞳は釘付けとなっていた。
「ぁ、あの………お姉ちゃん」
「あ、ごめんごめん」
アイズに支えられる涙目の少女に、謝りながら本と金貨を返す。
「英雄譚が好きなのか?」
「―――――うんっ」
ミクロの問いに少女は花が咲いたように笑った。
ベルみたい……と思いながら少女は感謝を告げると手を振りながら路地の奥へ走っていった。
「ティオナ?」
「………」
少女の後姿を黙って見つめ続けるティオナにアイズが声をかけるがティオナは沈黙。
少女の姿が消えた頃、ゆっくりと口を開いた。
「ねぇ、アイズ、ミクロ……」
「……なに?」
「どうした?」
「いつも笑っているあたしって、気持ち悪いかな?」
そっと自分の頬に触れるティオナに、アイズは僅かな時間を置いた後。
ふるふると、顔を横に振った。
「私は、ティオナのおかげで……今が、楽しいと思う」
言葉足らずの内容だが、ティオナには伝わった。
「ありがとう、アイズ!」
嬉しそうに頬を染めて笑うティオナはミクロに視線を向けるとミクロは口を開いた。
「『僕は笑うよ。どんなに馬鹿にされたって、どんなに笑われたって、唇を曲げてやるんだ。じゃなきゃ精霊だって、運命の女神だって、微笑んじゃくれないよ』」
その言葉にティオナは驚く。
何故ならそれは自分が好きな英雄譚の一説だからだ。
「それって……」
「さっきの本を見てベルから聞いた一説を思い出した」
先程の少女が落とした英雄譚『アルゴノゥト』。
英雄になりたいと願うただの青年の物語。
「ティオナの笑顔はきっと誰かの為に笑っている。そんなティオナの笑顔が気持ち悪いわけがない」
「………ッ!」
断言するかのように言い切るミクロの言葉にティオナは頬が赤く染まる。
「多分、ティオネに笑って欲しいからティオナは笑っているんだろう?大切な家族だから」
「―――――っ!?ごめん、アイズ!!」
「ティオナ……?」
ミクロの腕を引っ張ってどこかに走り去っていくティオナにアイズの言葉は届かず。
アイズは口を開けて数秒間放心していた。
「ティオナ?」
ティオナに引っ張られて周囲に誰もいない場所まで連れてこられたミクロは声をかけるがティオナは肩を震わせて涙を流していた。
「違うの……これは………」
涙声で声を出すティオナにミクロは何も言わずにティオナの頭に手を置いて撫でる。
「どうして………わかったの?」
誰にも姉であるティオネにだって言っていないことをどうしてミクロが知っているのかと尋ねた。
「ティオネが泣いていた時、ティオナは笑って傍にいた。だからそう思った」
ミクロがアルガナを倒した後、ティオネが一人でどこかに行こうとした時にミクロは見ていた。
ティオネの前でも嬉しそうに笑っているティオナの笑顔を。
「ティオナはティオネの為のアルゴノゥトだ。それに大切な家族の心を守りたいティオナの気持ちは俺もわかる」
俺は笑うのが苦手だけど、と付け加えて続ける。
「ティオナ、俺はアグライアに拾われる前はオラリオの路地裏で過ごしていた」
自身の過去を打ち明けるミクロ。
「凍えそうな寒い時、空にある太陽が体を温めてくれた。ティオナの笑顔を見るたびに俺はそれを思い出す」
冷たい地面、冷たい風を打ち消してくれた太陽。
ティオナの笑顔は太陽のように温かい気持ちになる。
「ティオナの笑顔が俺は好きだ」
「――――――――――っっ!!」
ミクロの言葉の一つ一つが嬉しい気持ちでいっぱいになる。
トクンと心臓が弾む。
心地いい気持ちで満たされていく。
「ティオネとティオナがテルスキュラで何があったのかは俺は知らない。そこに踏み入れるべきではないのかもしれない。それでも俺は二人の事をもっと知りたい」
ティオナの手を握ってミクロは懇願した。
「教えてティオナ」
二人のことをもっと知る為に踏み込もうとするミクロにティオナは頬を染めながら小さく頷く。
「―――うん」
ティオナは話した。
生まれからこれまでのことを全てミクロに話した。
『儀式』のことも数え切れないほど同胞を殺したことも英雄の言葉に勇気を貰った事も自身の全てをミクロに話す。
ティオナから全てを聞いたミクロは拳を作ってティオナの前に突き出す。
「負けるな」
これから起こるであろう騒ぎのことは言わない。
その騒ぎでティオネはアルガナとティオナはバーチェと戦うだろう。
中立を取る為に手を貸すことも助けることもできない。
だが、応援はできる。
友達の勝利を信じてミクロはその拳をティオナの前に突き出すとティオナは爛漫の笑みを浮かべて拳を作る。
「うん!」
ぶつけ合う拳に互いの想いを乗せる。
「それじゃアイズを待たせてるからあたしは行くね!!」
「うん、また」
天真爛漫な笑みを浮かべて元来た道を戻って行く途中でティオナは振り返る。
「絶対負けないからね――――――っ!!」
そう叫んでティオナは駆け出して行った。
「ごめん………信じてる」
これからの事に黙っている事に謝罪してそれでも二人が勝つことを信じている。
「………」
海面に映る自分の顔を見てミクロは指で唇を曲げて笑みを作る練習をしてみるが上手くできず、ティオナのように笑うことが出来なかった。
「笑うって難しい………」
アイズは笑えるのだろうかと思いながら少しの間笑う練習を繰り返した。