OVERLORD+Dovahkiin 作:三時のおやつ丸
バレアレ薬品店の奥。ポーションを作成する工房部分に三つの影があった。
一つは背の低い老婆。しわくちゃの顔の奥から知性と好奇心を感じさせる目を覗かせるバレアレ薬品店の店主。リィジー・バレアレ。
一つは目元まで柔らかな金髪を垂らした線の細い青年。リィジーの孫で錬金術師であるンフィーレア・バレアレ。
最後に氷を削り出して形作ったような奇妙な鎧を着た肌の白い大男。首元には冒険者の証である銅のプレートが輝いている。ドヴァーキン。
三人は工房の隅にひとかたまりになって、ポーション作りに勤しんでいた。
「まさに……画期的技術じゃと言える」
リィジーが今しがた作り上げたポーションを壁にかかった
ンフィーレアはその隣で紙に何事かを躍起になって書きつけていた。
もうどのくらいこの手の作業を繰り返しただろうか。工房のそこかしこから臭う錬金術店お馴染みの刺激臭に、ドヴァーキンの鼻はすっかり慣れてしまっていた。
「やっていること自体はごく単純……。問題は素材の組み合わせと加工方法か。薬草を使用していながら沈殿物がほとんどないのは蒸留と濾過を行っているためだね」
錬金台を貸してもらうというだけの、単純な話だったはずだ。
それがリィジー・バレアレも、その孫のンフィーレア・バレアレ青年も錬金台を知らなかったことから、話がこじれた。
自分たちの知らない方法でポーションを作ろうとしている、この男は何者か。そのような追及が始まったのである。結果的に必要な錬金器具を借り受けることが出来たのは、ドヴァーキンにっとて幸運だったのか。
「私達は錬金術溶液を使って作るものこそが効果の高いポーションだと信じて疑っていなかった。その凝り固まった考えが、素材の使い方を見えなくさせていた……確かに、薬草と錬金術溶液の組み合わせは考えても、薬草のみを使ったポーションの発展なんてあまり重要視しちゃいなかったよ。ましてや、ゴブリンの耳なんて……。考えを改めないとねえ」
いけないね、こんなことじゃあ。とリィジーがかぶりを振る。
ゴブリンの耳と蜂からスタミナ回復薬を、オーガの耳と鷹の羽から疾病退散薬を作り出したドヴァーキンを迎えたのは、二人分の驚愕だった。
そして始まったのは二人の嵐のような懇願。まさに自分の知らない方法で、しかも想定よりもずっと効果の高いポーションを作り上げた方法を教えてくれというわけだ。スキルトレーナーの真似事など柄ではないと一度は断ったドヴァーキンだが、足元に縋りついてくるような二人の勢いに負け、結局古い錬金器具を譲ってもらうことと、二人の知る錬金術溶液とやらの使い方を教えてもらうことで決着した。
控えめに言って、二人は優秀な生徒だった。
ドヴァーキンの語る知識を砂漠に垂らされた水のように吸収し、数度実践して見せてやった後には、拙いながらも自力で基礎的な体力回復薬を作り出すまでになっていた。こうなるとドヴァーキンには教えているのが自分なのが惜しく感じられた。もし優秀な教師と正しい知識の基に学べば、二人は自分など遥かに超える錬金術師になれることだろう。
二人がもたらしてくれた知識も、ドヴァーキンには興味深い物だった。鉱物から作られる溶液に魔法を込めてポーションとする、というやり方は好奇心を刺激した。例えばドヴァーキンの知る魔法を込めた場合、どうなるのだろう? ドラゴンスケイルを始めとした達人級の魔法まで込められたりしたら、相当有用なポーションになるのは間違いない。マント系の魔法をポーションとして持ち運べれば、一対多の戦闘がさらに有利に運べるだろう。すぐにでも試したかったが、聞いてみれば錬金術溶液に魔法を込めるというのは思った以上に繊細な技術らしく、とても一朝一夕にこなせそうなものではなかった。その知識を少しかじり聞きしただけでも、ドヴァーキンがいとも簡単にポーションを作り出した時の二人の驚き様が理解できる気がした。
あまり本格的にこちらの錬金術について学べそうにはないな、と肩を落とす。
自分は一刻も早く――というほど切羽詰まってはいないが――なるべく早くニルンに帰還しなければならない。腰を落ち着けて錬金術を学ぶ時間は、あまり取れそうになかった。
ポーションを眺めるのに飽きたらしいリィジーが、そういえば、と何でもないような調子で口を開いた。
「あんた、この技術をどこで学んだんだい?」
「どこで? ……そうだな、強いて言えば、知り合いの吸血鬼からだな」
脳裏に親愛なる闇の一党の家族の姿が浮かぶ。バベットはその見た目に反して長い時を生きた吸血鬼であり、錬金術の達人でもあった。彼女から多くの事を学んだのはその通りだ。
しかし、ドヴァーキンが教え、やって見せたことはタムリエルではごく一般的な錬金術で、やる気さえあれば誰でもそれなりには習得できるものだ。それが「画期的技術」として持て囃されているのが、ドヴァーキンには妙な気分だった。この世界の錬金術は素材の効能を引き出すという面から見れば、全く未発達だと言えた。
「吸血鬼! なんと……」
「ヴァ、
「珍しいか? ……まあ、そうか。吸血鬼はあまり人間と関わりを持とうとしないしな」
冒険の様々な場面で出会った吸血鬼達を思い起こす。
基本的にはこちらの姿を見た瞬間に襲い掛かってくるような連中だった。むしろバベットやセラーナのような例が特殊なのだろう。
「吸血鬼のような者たちでなければ知りえない技術ということか……?」
その話を聞いてリィジーが呟く。どうやら錬金術についてとんでもない勘違いをしているらしかった。しかし、ドヴァーキンもわざわざ否定することはしない。
自分は異世界からやって来ていて、今教えた錬金術はその世界の技術なのだ、などとバカ正直に説明して信じて貰えるわけもない。これもこちらで少し過ごして分かったことだが、この世界の人々はオブリビオンのような別の次元というものに対する認識がない。そういうものが存在するとも思っていないようだ。ならば、ドヴァーキンの現状について説明する場合には『異世界』という概念の説明から始めねばならない。そんな面倒はゴメンだった。
遠い国からやってきて云々、と『異世界』を『遠い国』に置き換えて説明することもできたが、それもしない。どこのなんという国だとか、どこをどう通って来ただとかいうことを聞かれれば、嘘に嘘を重ねて説明せねばならない。そうなればいつかボロが出るだろう。結果として苦しい状況に立つのは自分だ。
都合よく勘違いしてくれているのなら、それが一番良かった。
「けど……今更なんですけど、そんな凄い技術を、こんな風に簡単に教えてくださって良かったんですか? 対価も古い道具と錬金術溶液の使い方だけなんて、僕達に一方的に有利なように思えるんですけど……」
「……君たちが教えてくれと言ったんだろう?」
「あ、いえ、それはそうなんですが、何か悪い気がするというか……!」
ンフィーレアはわたわたとしている。
そのあまりに素直な反応に、ドヴァーキンの唇から思わず笑みがこぼれた。
「こちらも錬金術溶液の使い方を教えてもらうのだから、そちらだけに有利というわけではない。気に病む必要はないさ……お婆さんを見てみろ」
ちらりとリィジーの方に目をやる二人。老婆は乳鉢で素材をゴリゴリとすり潰しながら、倉庫から引っ張り出してきた薬草を片端から口に放り込んで唸っていた。ドヴァーキンに対する遠慮や負い目などより、新しいポーションを研究するほうがよっぽど重要らしい。
「経口摂取で薬効を読み取るとは、いったいどんな舌をしとるんじゃ……なにかコツでも分からんものか……んん? なんだい二人とも。ボーっと突っ立って! 特にンフィーレアや! なにをやっとるんだい、呆けとる暇があるならポーションを作るんだよ!」
「あ、は、ハイ!」
「あんた、ドヴァーキン! あんたも暇なら手伝っとくれ! ほれ、ベベヤモクゴケを一つかみと、エンカイシだ! エンカイシはすり潰して全部煮ちまうのと、燃焼の過程で少しずつ加えるのと、どちらがいいと思うね?」
「あー、エンカイシ……この薬草は、そうだな、すり潰したものを蒸留の過程で混ぜるのがいいと思う。ゆっくり熱を加えるんだ」
「なるほど、なるほど! いろいろ試してみないとねえ! 忙しくなるよ、ンフィーレアや!」
「ハイ、おばあちゃん!」
あっという間にリィジーのペースだ。ドヴァーキンは苦笑して、ちらりとンフィーレアの方を見れば、彼もこちらを見て苦笑いしていた。こっそり耳打ちする。
「……もしそれでも負い目に感じるのであれば、これからも色々なことを教えてくれると嬉しい。この街には最近来たばかりであまり詳しくないんだ。知りたいことは山のようにある」
ンフィーレアの表情が柔らかくなる。
彼もまた小声で答えた。
「はい、喜んで」
「これ、無駄話をしてるんじゃないよ!」
耳聡いリィジーが二人のヒソヒソ話に喝を飛ばす。ンフィーレアとドヴァーキンは肩をすくめて作業に戻り……結局ドヴァーキンが解放されたのは、日も暮れてすっかり暗くなったころだった。
○
「――おっと、失礼」
「いや、こちらこそ」
ドヴァーキンは真新しいウェスタンドア(つい最近まで酒場の静寂と暗闇を守ってきたドアは、ドヴァーキンがバトルクライを放った一件により破壊されてしまっていた)を押し開けていつものように宿から外に出ようとして、一瞬面食らった。
漆黒の全身鎧を着た大男が、ちょうど宿に入ってこようとするところだったのだ。初めて見た顔だ。背中越しに感じる宿の面々の反応から考えて、新入りなのだろう。その証拠に、男――足先から顔まで全て鎧で隠しているためにはっきりとは分からなかったが、声からして男と思われる――はその首からドヴァーキンと同じ銅のプレートを提げていた。かなりの偉丈夫だ。身長はドヴァーキンと同じくらいか、それよりは低い程度。だが重厚なフルプレート・メイルと背負った二本の大剣、深紅のマントが彼の体躯を実際以上に大きく見せていた。
そしてその後ろに、男に付き従うようにして目の覚めるような美女が控えていた。
長く艶やかな、漆黒と言ってもいいほど見事な黒髪を後ろで纏め、女性らしい柔らかなラインを持つほっそりとした体をローブで覆っている。だが万人を魅了するような美しさとは裏腹に、その黒い瞳には静かな、しかしはっきりとしたドヴァーキンに対する拒絶の意志が込められていた。言葉にするなら「とっとと退け、ウスノロ野郎」といった感じだろうか?
ちょっと出入り口でかち合ったくらいで、と思わなくもないが、まあ女性というものはそういうちょっとしたことで信じられないくらい腹を立てたりするものだ。
ドヴァーキンは彼らの脇をすり抜けていこうとして……全身鎧の男が肩越しにこちらを見ているのに気付いた。
「……何か用か?」
「いや、すまない。珍しい鎧だったものでな」
「ああ、よく言われる」
「見たことのない素材だ。何を使っているんだ?」
「そうだな……簡単に言えば、魔法の氷だ」
「魔法の氷……」
思案に暮れる様子の男に「それじゃあな」とだけ声を掛けて、ドヴァーキンは冒険者組合に向かって歩き出した。昨日、ンフィーレアから恥を忍んで簡単な文字の読み書きを教えてもらっていた。さらに懐にはンフィーレアと一緒に作った単語の対応早見表がある。ンフィーレアは冒険者組合にも割と頻繁に出入りしていて、依頼がどういった形式で掲示板に掲載されるものかも承知していた。そのため依頼で使われそうな単語の対応表を一緒になって作ったのだ。
これで正式な形で依頼を受けることができる。
金銭的な問題だけなら外でモンスターや山賊を狩っていれば解決するが、情報はそうはいかない。本当に重要な情報というものは一部の者が独占しているものなのだ。スカイリムでもそうだったように。だからこそドヴァーキンは自分の実力を目に見える形で証明する必要があった。
冒険者組合はちょうどいい仕組みだった。依頼をこなし、試験に合格して認められればどんどん上に昇っていける。数日冒険者たちと交流して分かったことだが、高ランク冒険者というものはその名前だけで明日食う飯代が稼げるくらいの名声を誇り、最高ランクともなればかなりの強権を行使することもできるらしい。それは最高ランク……アダマンタイト級冒険者の実力の証明であると同時に、そんな実力者でなければ太刀打ちできない脅威が数多く存在することの証左でもあった。アダマンタイト級冒険者とは言わば特権階級なのだ。
そして、そんな特権階級でなければ触れられない情報もあることだろう。
ドヴァーキンに必要なのはそのような情報だった。ニルンに帰還するために、方法の糸口となりそうな情報はどんな些細なものでもほしいところだ。自分がこちらに飛ばされたように、過去にもこちらに来ている人物がいるかもしれない。それが知りたい。
あちらには残してきた兄弟家族が、愛すべき夜母がいる。自分がいなければ闇の一党はどうなるだろう。『聞こえし者』がこの短期間に再びいなくなれば、今度こそ一党は瓦解してしまうかもしれない。せっかくかつての栄光を取り戻し、これからというところなのだ。また一党が崩壊してシシスへの信仰が途切れるのは好ましいことではない。長期間の外出なら今までもあったし彼らも心得ているだろうが、永遠に出奔するなど想定外のはずだ。
それにホニングブリューの蜂蜜酒をもう飲めないなど考えたくもないし、同居人こそいないがせっかく建てた家もある。川沿いに新築した眺めの良い邸宅だ。まだ手放すには早いだろう。パーサーナックス師には教わりたいことが未だ数多くある。自分の家でパンをむさぼる従士にだって、会えないとなれば寂しいものだ。
帰りたい。帰らなけらばならない。方法を探さなければ。
もちろん、強引に帰ろうと思えば、それも可能かもしれない。
根拠はある。
この世界でも、召喚魔法を使うことができた。ドレモラの召使はいつもと同じように現れ、精霊達も何も変わらずドヴァーキンの召喚に応じた。
それはつまり、この世界もオブリビオンと何らかの形で繋がっているということだ。
ならば、オブリビオンを経由することでニルンへと帰還することも不可能ではない……かもしれない。理論上は可能なはずだ。しかしそれは様々な試練、苦難を乗り越えてきたドヴァーキンであっても考えるだけでぞっとするような方法だった。最終手段にすらしたくない。
デイドラの跋扈するオブリビオンを当てもなく彷徨うなど、自殺と同義だ。いや、死ぬよりももっと酷い目にあう可能性もある。
あるいはアポクリファに赴きハルメアス・モラに懇願すれば、あのデイドラ王子も自分の従者(ドヴァーキンにそんな気は毛頭なかったが)を別世界になど置いておきたくはないだろう。帰還が叶うかもしれない。
だがやはりそれも不確定な要素が多すぎる。
ハルメアス・モラがかつてのミラークのように自分を見限ったら? あるいは奴がこの新しい世界を目にして、位階魔法や錬金術などのこの世界特有の知識に目をつけたら? この世界はニルンにおけるドラゴンファイアのようなデイドラ・ロードの侵攻を防ぐ手段を持っているのだろうか?
自分が下手にデイドラ・ロードと接触したせいでこの世界に大災害がもたらされることなど、さしものドヴァーキンとしても御免被りたいところだ。
故郷であるスカイリムに比べれば思い入れは薄いが、それでも滅んでいいと思えるほどこの世界に対して淡泊にはなれなかった。
ならば、それらの方法に拠らない帰還方法を見つけ出すしかない。
そのためにも、冒険者としてのステップアップは、この世界に基盤となるものを何も持たないドヴァーキンにとって一番手っ取り早い手段に思えた。最高ランクであるアダマンタイト級冒険者として有名になれば、それだけ信憑性の高い情報に触れる機会も多くなるだろう。信頼できる人物と知り合える機会もあるはずだ。手を尽くす価値はある。
だからこそ冒険者組合で依頼を受けて実力を示していく必要があったのだが、まったく、ンフィーレア様様だ。ドヴァーキンが文字を読めないと言った時にも、彼はそれほど驚きはしなかった。そういうこともあるのか、といった感じだ。どうもスカイリムほど識字率は高くないらしい。
これ幸いと教えを受けて、おかげでなんとか仕事ができる。
これで彼の感じる負い目もなくなればいいのだが、と考えた。
大通りから響く昼時の喧騒が、ドヴァーキンの耳に届く。
その雑踏にかき消され、後ろで漆黒の二人組が交わした声はドヴァーキンには聞こえなかった。
○
「見たことのない素材だったな……この世界特有のものなのか?」
「モモンさ――んでもご存じない素材ということですか? 私はてっきり蒼氷水晶を加工でもしたものかと……」
「それはないな。蒼氷水晶には鎧としての実用性などない。オリハルコンなどのほうがまだ使えるだろう……少しばかり、興味が湧いたな」
「お望みとあらば今すぐにでもあの
「よせ、ナーベ。早い段階で揉め事を起こすのは得策ではない。それよりも、入り口を塞いでいる。行くぞ」
「はっ」