OVERLORD+Dovahkiin   作:三時のおやつ丸

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見知らぬ男

 薄暗い宿に、外の光が差し込む。

 エ・ランテル内周部の一角に店を構える、冒険者御用達の宿屋。都市内に三軒ある内の最下級の宿であるそこに、見たことのない男が扉を開けて入ってきた時、酒場に屯する冒険者達は値踏みするような視線を隠そうともせずに男を見た。

 さて、また命知らずがやってきたか、それとも未来の大英雄様のご登場か、というわけだ。

 また、その男が身に纏っている鎧もひときわ目を引いた。まるで氷をそのまま削りだして鎧にしたような、ごつごつとした無骨な防具だった。ねじれた角を生やした兜も、動物の毛皮を合わせているらしいモコモコとした手甲も、まるでこれから冬山にでも行くのかというような厚手の具足に至るまでが全てその謎の氷で覆われている。背の高い、がっしりとした体格の男に、その鎧は不思議とよく似合って見えた。

 ここで男共の目線はいっそう興味深げなものとなる。見たこともない鎧を着こんだこの男は一体何者だ?

 酒を呷りながら興味なさげにしている者も、同席者とひそひそ話に興じている者も、皆一様に視線は男から外さない。

 件の男はそんな好奇の目を気にも留めず、薄汚い酒場を真っ直ぐ突っ切ってつかつかと店の奥のカウンターに近づく。

 

「部屋を取りたい。いくらだ?」

 

 無遠慮な男の言葉に、スキンヘッドの店主もまた無遠慮に、かつ不愛想に言葉を返す。 

 

「相部屋で銅貨5枚だ。飯はオートミールと野菜。肉が欲しけりゃ追加で……」

 

 銅貨一枚、と続けようとした店主に、男が割り込む。

 

「待て、相部屋?」

「そうだが、不満か?」

「一人部屋はないのか」

 

 その言葉に、店主が男の首に掛けられたプレートをちらりと見る。銅のプレート。

 

「個室は銅貨7枚。……だがいいか、俺は親切で言ってるんだ。特にこの宿に来るような、お前みたいな駆け出しにはな。組合にここを紹介されたんだろう。その意味が分かるか?」

「……」

 

 店主の言葉に、男が一瞬考えるようなそぶりを見せる。

 

「親睦を深めて仲間を見つけろとでも言うつもりか?」

 

 男の答えに店主は小さく、しかし満足げにうなずく。

 

「分かってるなら説明はいらねえな。銅貨5枚だ」

 

 男はカウンターに銅貨を7枚置いた。

 

「個室を頼む。飯はいらない」

「……人の親切を、お前なあ。自信があるのか知らんが……まあいいさ。好きにしな。部屋は二階だ。一番奥の右側。しまう荷物があるなら備え付けの宝箱を使え」

 

 店主がため息と共に毛むくじゃらの腕を店主から見て店の右奥、階段に向ける。

 男が一言礼を言って歩を進めようとすると、しかしその歩みを邪魔するかのように横合いから薄汚れたブーツが割り込んだ。

 

 

 

 足の持ち主に目をやる。体格のいい、不潔な、いかにも荒くれ者といった風体の男だった。ここが酒場でなく野道なら山賊と見間違えそうだ。

 山賊なら頭をカチ割って終わりだが、と目線を外す。

 周囲の誰も、宿の店主すら止めに入ろうとはしない。面白いことが始まったというような、あるいはこちらを観察するような目線は、自分がこれにどう対応するのか見たいのだろう。

 先程もそうだったが、あまりこういう大勢の好奇の視線には慣れていない。どう対応しようか、一瞬頭を悩ませる。

 一思いにぶちのめしてやるか。あるいはさっくりと常闇の父の御許に送ってやるか……。

 しかし流石にはじめて入った宿屋で白昼堂々殺人を犯すほど男も考えなしではない。このような手合いにあまり長々と相手をするのも馬鹿らしいと思い、足を軽く蹴り払って構わず進む。

 だが次の一歩を踏む前に、素早く立ち上がった山賊風の男が行く手を塞いだ。

 

「痛えじゃねえか。おう、人様の足によお」

 

 山賊風の男が、鎧を纏った男を睨み付ける。

 ドスの利いた声、威圧するような目線。

 いつの間にかその手は腰元の剣にかけられている。その首元で、鉄のプレートが鈍い光を放っていた。

 内心で溜息をつく。

 

「それは恫喝か?」

「ああ?」

「悪いが、弱い者いじめは好きじゃないんだ。いじめられたくなかったら、どけ」

 

 その言葉に、山賊風が口の端をゆがめて笑う。肩をすくめてぐるりと周りを見渡した。

 

「オイオイオイ、今の聞いたかお前ら。タフなセリフだぜ。悩殺されちまいそうだ」

 

 おおう、と山賊風が嘆息と共にくらりと倒れるようなジェスチャーをして、周囲から下品な笑いが起こった。

 今度ははっきりと、大きな溜息をつく。

 笑いを押し留めるように、男が山賊風の胸にぐいと手を当てた。山賊風の顔から笑いが消え、両者の視線がぶつかる。

 

「……おい、こりゃなんの真似だ?」

 

 対する男の言葉は冷静で、しかしはっきりとした苛立ちが籠っていた。

 

「もういい。お前らの茶番に付き合うくらいなら、やるべきことがごまんとあるんだ。とっとと道を開けろ」

「おい、てめえ誰にそんな口を――」

 

 利いてんだ、と言いいながらさらに距離を詰めようとした山賊風だったが、それよりも早く鎧の男が口を開き、叫んだ。

 それは叫びと言うより、爆発に似ていた。

 その瞬間、雷鳴のような轟音が酒場にいた全員の骨まで響き、激しい声が全員の心を混乱の渦に叩き落した。

 蜂の巣をつついたような騒ぎが巻き起こる。全ての客がテーブルを蹴倒すのも他人を踏みつけるのも気にせず弾かれたように男から距離を取り、ある者達は隠れられる場所を確保しようと店主の立つカウンターに突っ込んで内側を滅茶苦茶にし、ある者達は宿から逃げようと扉に殺到して狭い出入り口を詰まらせ、ある者達は恐慌と混乱によるパニックで飲み食いしたものを床にぶちまけていた。

 男に因縁をつけていた山賊風に至っては、至近距離からの大音声に泡を吹いて気絶している。

 店の中で唯一スキンヘッドの店主だけが、脂汗をかいて目を見開きながらも、元の場所から動いていない。

 動けなかったと言うべきかもしれない。カウンターの内側はいち早く避難してきた酔客共でパンパンになっていた。

 男はすっきりとした自分の周囲を見渡し、ふむ、と息をついて、床に倒れた山賊風の男を悠々と踏み越える。

 そうして階段の手すりに手を掛けた時、店主から困惑気味の声が飛んできた。

 

「ちょ、ちょっと待て!」

「うん?」

「今、今……お前、何をしたんだ?」

 

 その言葉に、もう一度酒場を見渡す。気づけば恐慌状態から回復したらしい客達が、男を恐怖と不安と好奇心の入り混じったような目線で見つめていた。店主の言葉は、酒場にいる者たちの総意であるらしかった。

 男の言葉はシンプルだった。

 

「何も。ただ、声を出しただけだ。どいてくれるようにな」

 

 それだけ言うと、もう言うことはないとばかりに男が二階に消える。

 店主たちはそれを呆然と見送って、ゆっくりと瞬きし、深呼吸をして、それから辺りを見回した。ほとんど壊滅状態と言ってもい程に散らかった店内を。この分では今日は店じまいするしかないだろう。

 

「……とりあえず、テメェら散らかした分は片付けろよな」

 

 店主がそう告げて、それから冒険者たちもゆっくりと動き始めた。

 神官風の冒険者が気絶した山賊風に治癒魔法をかけてやる。それから酒場はやっとざわめきを取り戻し、同時に店主がありったけの掃除道具を冒険者たちに投げ渡した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、いくらか落ち着きを取り戻した店内で、掃除をしながら一人の冒険者がぼやいた。男に因縁をつけた山賊風の冒険者だ。

 

「しかしよお、一体何が起こったんだ、ありゃ? ホントにただデカい声で叫んだだけか?」

「ンなわきゃねえだろう」

 

 半ば独り言のようだったその疑問に、近くの冒険者が答える。周囲にいた他の冒険者たちも口々に同意した。

 

「あの声を聴いた途端、俺は死んだと思ったぜ」

「ああ、死ぬかと思った。スゲエ怖かった」

「そういう効果の武技じゃねえのか?」

「武技って感じじゃなかったな。魔法か、何かの能力とか……」

生まれながらの異能(タレント)かね?」

「かもな」

「なんにしろ、また俺らをあっという間に追い越していきそうな新人のご登場だぜ」

「ありゃ白金(プラチナ)は固いと見た」

「おいおい、言いすぎじゃねえか?」

「いや、俺はミスリルは間違いないと思うね」

「オリハルコンは行くんじゃねえか?」

「賭けるか?」

「いいぜ、いくらだ」

「俺が胴元をやってやるよ。それじゃあだな」

「テメェら、アホウ共! くっちゃべってねえでぶち撒けたもんを片付けねえか!」

 

 やいのやいのと騒ぐ冒険者を、店主のよく通る怒声が一喝する。

 

「口より先に手を動かせ! じゃねえと全員叩き出すぞ!」

 

 自身もカウンターの中をせかせかと掃除しながらの言葉に、冒険者たちも従うしかなかった。

 しばし残骸を片付け、汚れを拭き取る音だけが響いた酒場で、またも不意に誰かが声を上げる。

 

「けど実際のとこ、オヤジよう。あんたから見てアイツはどうなんだ?」

「だから手を動かし……」

「動かしてるって。 この瓶は? 砂糖? 無事で良かったな。ここに置いときゃいいのか?」

 

 砂糖の詰まった瓶を棚に戻す冒険者に、店主が溜息をつく。

 

「……まぁ、かなりやる方だってのは確かだ。お前らじゃ束になってかかってもぶちのめされて終わりだろうよ」

「やる方だっていうのは、俺たちも見りゃわかる。しかしそこまで言うか?」

「マジな話だ。今までいろんな奴を見てきたから分かる。相当、やる。ガガーランの嬢ちゃんだって、新人の頃ここに来たことがある。その俺が言うんだ、間違いねえ」

「オイオイオイ、蒼の薔薇を持ち出すのか? アダマンタイト級ってことかよ?」

「そこまでは言ってねえ。ただ、かなりの実力の持ち主ってことは確かだ」

「……そんな奴が、何しにエ・ランテルなんかに来たんだ?」

「さあな。さあ! 掃除の続きだテメエら!」

「うーす」

「へーい」

「……そういやあ、誰かあいつの名前とか知ってるやついねえのか」

「さっき登録したばっかなんだろ? しばらくすりゃあ分かるんじゃないのか」

「今さっき組合に聞きに行った奴がいるぜ。そろそろ戻ってくるんじゃねえかな」

 

 その言葉と同時、痩せた影が一つ、街道から酒場に飛び込んでくる。ひょろ長い体をしたレンジャーの男だった。走ってきたのだろう。額には汗が滲み、息は乱れている。

 

「おう、戻ってきた戻ってきた。どうよ、奴の名前は?」

「聞いてきたぜ。けど分かったのは名前だけだ。どっから来たのかとか、何で来たのかとか、そういうのは全く不明だ」

「名前だけでもいいさ、教えろよ」

「ああ、なんでも『ドヴァーキン』とか言うそうだ」

「『ドヴァーキン』?」

「それが名前?」

「どこの名前だ?」

「聞いたことないな」

「偽名じゃないのか」

「ああ、だろうな」

 

 冒険者の中には探られたくない過去を持つ人間もいる。脛に傷持つ身というやつだ。だからこそ身分を隠すため、偽名を名乗る者も決して珍しくはなかった。ただ今回のようにあからさまに偽名と分かる名前を使うようなことは稀だったが。

 

「それにしても、あの鎧、見たことある奴いるか?」

 

 誰も声を上げる者はいない。この場にいる者達全員にとって、男……『ドヴァーキン』の鎧は全く未知のものだった。自然、その問いをきっかけに鎧についての議論が紛糾する。あんな素晴らしい鎧は見たことがない。いや俺のも負けてない。等々。

 

「スゲエ鎧だよな。氷をそのままはっつけたみたいだったぜ」

「けど普通の氷なわけねえよな。なんかのマジックアイテムとかじゃ?」

「バカ、あの氷がぜんぶマジックアイテムだったりしてみろ。鎧がマジックアイテムならともかく、マジックアイテムで作った鎧なんていくらになるんだよ? 国宝級だ」

「ああいう素材なんだろうな。見たことねえけど」

「鉱物なのか?」

「いや宝石の類じゃないかね?」

「誰か今度聞いてみろよ」

「教えてくれるかな?」

「分からねえぜ。案外あいつの故郷ではありふれたものだったりして、すんなり教えてくれるかも……」

「ボケ共! 出入り禁止にされてえか!」

「痛ェ!」

 

 いつの間にかまた手を止めて夢中でおしゃべりに興じていた冒険者に、二度目の喝と店主の拳骨が飛ぶ。

 再び掃除の音だけに満たされた店内で、店主はカウンターを磨きながら、口の中で「ドヴァーキン」とつぶやく。

 店主の知る限り、どんな国の言葉、名前とも違う響きだった。

 やって来て早々騒ぎを起こした男を思い返す。実力者だと言ったのは本心だ。あの男ならすぐに冒険者として成り上がっていくに違いない。恩でも売って、しばらくは宿にいるように誘導しておくべきか。それなりの金を落としてくれるだろう。しかし宿の格に合わない分不相応な客を置いておけば、厄介事をも同時に呼び込んでしまう。店主は経験からそれをよく知っていた。こんな宿には似合わねえと追い出すべきか。

 しかし、どう対応するにせよ。

 

「迷惑料ぐらいは請求してやらねえとな」

 

 ガラの悪い顔に凶暴な笑みを浮かべて、店主は男の……ドヴァーキンの部屋の辺りを見上げた。

 部屋からは物音一つしない。休んでいるのだろうか? 静かなものだった。

 少なくとも今は、まだ。


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