さて、最初に言っておきますと、私ではこれが限界でした……
どうも、愛染朝陽です。
あれから一週間が経ちました。目に映る光景に感動しつつ日常は進んでいます。
授業は難しい、がどんどん進む。ついていけてないのが現状である。
考えてもみてほしい、小学校の頃の勉強しかしてなかったやつがいきなり微分・積分を解いてみろと言われているようなものである。正直な話無理に近い。
なので毎日少しずつだが、自室で勉強をしている、身体が眠くなる限りの少しだけだが。
――そうそう、そういえば今は山田先生の場所にお邪魔させてもらっているのだが、近々移動になるらしい。そう考えるとすこし寂しいものがある。
「――授業を始める前にクラス対抗戦に出る代表者を決めなければならん」
「クラス代表者とはそのままの意味だ。対抗戦だけではなく、生徒会の開く会議や委員会への出席……まぁ、クラス長のようなものだな。ちなみに一度決まると一年間変更は無いからな」
だ、そうである。小学校のときにやっていた委員長みたいなものだと勝手に推測する。
「自薦他薦は問わん。誰かいないか?」
「はい! 織斑君がいいと思います!」
「あ、いいねそれ。せっかくの男子だし、使わない手はないわね、私も織斑君がいいと思います!」
と、そこでわいわいと織斑コールが発生する。当の本人は「えぇ、俺かよ!?」と狼狽えていた。
「愛染君はちょっとね……操縦があんまり、ね」
「うん、悪いんだけどね……」
クラスの半数くらいが織斑を推したところでこそこそと僕の名前がかすかに出ていた。
実際、ISに乗ったのは両手で数えられるよりも多いが飛行訓練など基礎的なことはほぼ失敗していた。初心者である一夏こそ最初は失敗していたが回数を重ねるごとに上達していた、授業内でだ。勉学は僕よりもすこし良い程度だが操作に関してはとても要領がいいなと思った。
そんな時、凛とした声が響いた。
「――はい」
席が近い人も反応したようだった。僕も声の主を見る。
見た目はお嬢様、金髪のゆるふわカールでちょっとだけ垂れ目のおしとやかな印象見て取れる女性だった。
「私は愛染朝陽さんを推薦しますわ」
その一言に全員が驚愕した。
僕か。でも僕なんかで良いのだろうか? 自分や一夏君を推したりはしないのだろうか。
「そして私自身を自薦しますわ」
と思ったら自分を推していた。
「他に誰かいないか? いないならこの三人になるぞ?」
「……ちょ、ちょっと待ってくれよ」
そこに待ったをかけたのは一夏だった。
「自薦ならまだしも他薦された俺たちに拒否権はないんですか!」
「――あらあら、逃げるんですか?
その言葉には棘が大量に含まれていた。
「あ? どういうことだよ」
「言葉通りの意味ですわよ。世界が注目する男性IS操縦者、そしてISの代表候補生――闘うにはこれ以上燃える展開ではなくて?」
その目は試すような、値踏みするようなものが込められていた。
『いや、燃えるもなにも――』
「――だいいち」
僕が喋る隙を与えまいと金髪お嬢様は言葉を割り込ませる。
「だいいち、比べることがおこがましいんですわ。訓練の密度も、練度も
『そうで――』
「なにが言いたいんだよアンタ」
一夏君、言葉をかぶせてこないでよ。あとこの流れはマズイ。確実にあの金髪お嬢様はこちらを煽っている。
「――貴方方に分かりやすく言いますと、『決闘を行いましょう』と言ってるんですわ。そして互いにモノを賭けて」
そのセリフに教師が待ったをかけた。
「――待てオルコット、今回行うのはクラス代表者の選出だ。間違っても賭け事をする場面では無いぞ、履き違えるな」
「ふふ、申し訳ございません、わたくしとしたことがつい興奮してしまいました」
謝る――オルコット……あぁ、セシリア・オルコットさんか――が目は笑っていなかった。
「では賭け事は無しに、代わりに勝った方は負けた方に一度だけ命令ができるというのはどうでしょう?」
命令といっても差し障りの無い程度の低いものですわ、と続けてオルコットさんがいう。
「賭けとかはいらねぇ。けど舐められたままなのは嫌だぜ、受けてやるよ、そっちの方が分かりやすくていい」
『僕は、辞退できませんか?』
織斑先生に聞くと少し顔をしかめて答えてくれた。
「難しいな、他薦された者を取り消すならそもそも推薦など意味が無くなる。自薦したものが自ら取り消すならともかく」
無理らしい。まぁ、何となく分かっていた。
「あら? そちらの男性は随分と乗り気では無いようですわね?」
ネットリとした視線が僕を捉える。
「軟弱、思考放棄……まったく程度が知れますわ。男性など下賤な輩が」
そこでオルコットさんは何かを思いついたようなかおをする。
「――そいいえば愛染さん、貴方のその体って
ぐらりと視界が歪む、事故? それだけならどんなに良かったことか。
愛染朝陽がISの生みの親である篠ノ之束に人体実験をされていたというのは、その束本人と、朝陽の二人しか知りえないことであった。誰かに言わないのではなく、言えないのだ。本能が口に出すことを、思い出すことを拒否しているかのように喋ろうとした途端に口が回らなくなり、吐き気、眩暈、失神してしまうのだから。
「そんな身体でISに乗るのは何故なのです? いくらアシストがかかっているとはいっても筋力や反射神経などは必要になる……上手く動かせないのでしょう、わたくしや他の者たちよりも。実際、訓練では目も当てられない様でしたし、勉学の方も芳しくなくて? そんな貴方が何故ISに乗りたいのか、理解できませんわ」
心底疑問だとばかりにオルコットさんは僕を見て疑問符を浮かべている。
様々なことが僕の中を駆け巡っていく。口には出来ない罵倒も、思い通りに動かない手足も、慣れていることなのにイライラした。
その時、首元の
だが、今はどうでも良い。オルコットさんがいるであろう方向を睨みつけるように見て言葉を紡ぐ。吐かなかっただけ、自分を褒めたい。
『…………キミに……何もかも持っているような君に、僕の、何が分かるんだっ……』
涙声だったがその言葉には魂が込められているようだった。
「『何もかも持っている』ですって……?」
セシリアの放っていた空気が急に冷えていく。朝陽の放った言葉が何故だかセシリアの琴線に触れていた。
「――その醜い喧嘩を止めろ馬鹿ども」
一瞬、織斑千冬が放ったさっきは教室の空気を丸ごと呑み、全てを塗り潰した。
あわやというところで織斑先生が乱入したことで全員の視線は織斑先生へと集まった。
「オルコット、貴様は何だ? 自分の方がISを上手く使えるから、訓練時間が長いから、頭が良いからと他の者を下に見るか?……選ばれた人間気取りとは恐れ入るよ」
「……申し訳ありません、ですわ」
「私に言っても意味のない言葉だオルコット。
朝陽、お前もだ。売りことばに買いことばで反論するな」
『……はい』
「――はぁ、オルコット、織斑、朝陽。クラス代表決定戦は二週間後に行う。なお、織斑。お前には一週間後、専用機が届くそうだ。朝陽、お前も一週間後には
織斑先生によって事態は収拾され、いつも通りの授業が始められていった。
視覚などは、タイミングを見計らったかのように、授業に戻る頃には何事もなく回復していた。