比較的に軽傷だった一夏と箒が目覚めるのはそう時間はかからなかった。
箒が先に目覚める。保健室に自分はいて、すでに日は傾き白色蛍光の光が明瞭に照らしている。
「ーー気が付いたか」
視線だけを声のする方向に動かすとそこには織斑千冬がいた。
「ちふゆさーー」
「あぁ、いい。そのまま寝ていろ、お前も受けたダメージがまだ残っているだろう?」
その千冬の言葉に気にも止めずに箒はどうしても気になることを聞いた。
「あの後はーー愛染はどうなったんですか」
その言葉を聞いて顔を歪めた。それだけでどんな結果なのか分かってしまった。
「……そうだな。言っておくべきか」
そう言って聞かされた内容は疑いたくなるものだった。
ラウラを鎮圧・救出した千冬達はすぐに箒や一夏、愛染を救助。私や一夏は軽傷、ラウラは精神汚染のため重症、愛染は脳に軽度の損傷が見られるーー意識不明の重体だった。
「ーーラウラは汚染除去の特別治療、愛染はすぐに検査と
「私は…………」
あの後、まだ安静にして寝ていろと真相を話してすぐに出ていってしまった千冬。箒はそう言われても寝付けずにあの時のことばかり頭に浮かんでは自問自答の繰り返しだった。
あの時に私が盾になっていれば良かったのだろうか。
愛染のやつと一緒に戦っていればああはならなかったのだろうか。
ぐるぐると思考の渦に嵌る箒。気付いていないがそれは数時間にも及んでいた。
「ーーふ、女々しいな。腑抜けたか」
そんな言葉で自分を叱咤し、両頬を思い切り叩き、喝を入れる。
ーーそうだ。いつまでもうじうじと考えるな。ならば次に起こった時に貴様がそれを救えるようになればいいんだ。
「……そうだな」
自らの出した答え。それを反芻し、肯定する。そうだ、ならば次に起こらないようにすればいいのだ。自分が強くなれと。
スッ、と箒自身の纏う雰囲気が変わった。先ほどまでは弱々しいものが刀のように鋭いものへと変化し、顔つきもいつもの箒へと戻った。
「ーー……うぅ」
と、横で男性の呻く声が聞こえ、箒は横を見るとゆっくりと起き上がる一夏を見た。
「一夏! 大丈夫か⁉︎」
箒はすぐに一夏の容態を確認するために声をかける。すると一夏はゆっくりした口調ではなしはじめた。
「あぁ、箒か。頭いてぇ…………あれ、俺なんでこんな所にいるんだーーーーっ!」
と、そこで思い出したのか弾かれたように立ち上がろうとしてバランスを崩し、ベッドから落ちてしまった。
「落ち着け一夏、私もお前も軽傷とはいえ安静にしていないといけないんだ」
「落ち着いていられるか! アレは俺がぶっ倒さないといけねぇんだ!」
吠える一夏にゆっくりと自身も千冬から聞かされたことを話し始める。
「マジかよ……」
バツが悪そうに顔をしかめ、言いこぼす一夏。
「ーー全てはもう終わったことだ。私たちがここにいるのも…………愛染が賭して守ったからだ」
ぎゅっと硬く拳を握り込める箒。しばらくの沈黙が続いたが最初に口を開いたのは一夏だった。
「ーーそういえば、朝陽はどこにいるんだ?」
何故今そんなことを、とも思ったが箒はそれに答える。名前こそ言われたが場所は知らない。それはラウラにも当てはめられた。
「なるほどな……無事なのか?」
「それすら分からん」
「ーーーーまぁ、
『
』
は?
箒の思考が停止する。いま、一夏は何と言った? 大丈夫だろう? ISでの事故だから? 何を言っているんだ一夏は。
「いちーー」
「む、目覚めたか」
一夏、それは本気で言っているのか、そう問おうとしたが入ってきた千冬によって遮られてしまった。
「千冬姉、俺は……」
「何も言うな、私とて言いたいことがある。が、しかし今は身体を休めておけ、篠ノ之、お前もそろそろ寝ておけ」
暗い表情を見せる一夏のことを軽く小突いて休むように指示する千冬。
私のことも同様に指示してくるが、今はどうにも寝る気になれなかった。
「……すいません千冬さん、少々お手洗いに行きたいです」
「む、そうか、なら付き添いも兼ねて同行しよう。立てるか?」
立ち上がり、部屋を出てトイレに向かう。それだけのことなのに少し疲れてしまった。
「千冬さん」
「どうした篠ノ之」
用を足し終え、千冬に声をかける箒、少々い訝しげな顔をしていたが、私の口から出た言葉に眉を寄せて真剣な表情へと変わる。
「ーー愛染朝陽はどこにいますか?」
「知ってどうする」
「会いに行きたいだけです。私や一夏だけが軽傷で呑気に寝ているなんて、出来ません」
深いため息を吐いて、教師織斑千冬は頷いた。
「はぁっ…………このままでは草の根を分けてでも探しそうだなこの馬鹿者が。
……いいか、あくまで場所に行くだけだ。愛染は今も面会謝絶、私たち教師陣も今の愛染の容態がどう言う状態なのか分かっていない」
そのことに僅かに目を見開かせて驚く箒。教師陣すらも立ち会えないほど酷いのか。
「そんなに……酷いんですか」
口頭で説明を聞いていたが、どうしても受け入れ難かった。
「……まぁ、それもある。主な理由は集中できないから、処置し終えた後の患者の邪魔になるからと言われてだな」
カツカツと先ほどの病室とは逆方向へ歩き始め、外に出る千冬、それについていき、タクシーに乗った私たちがたどり着いたのはまた別の病院だった。
『
受付を済ませ、待っているとパタパタとスリッパのような軽い音と共に穏やかな声がこちらにかけられた。
「ーーやれやれ。来たんだね本当に、困ったもんだ」
どことなく両生類を思わせる顔つき、だが声と同じく穏やかな顔つきをしているためか違和感がない。
「それで? どっちに会いに来たんだい、銀髪の子かい? 白髪の男の子かい? まぁ、まだ白髪の子は目覚めてないから面会はダメだよ」
白髪の子は、という言葉に千冬は反応し先生に声をかける。
「白髪の子はということはボーデ、いや、銀髪の方はもう意識が戻ったのですか」
早すぎると、千冬は思った。精神汚染が確認されてそれを取り除くにしてももう二、三日はかかると思っていたのだ。
「ーー僕を誰だと思っているんだい。たとえなんであっても患者なら最善を尽くして治す。精神汚染なんて千切れかかった腕を元に戻すよりも簡単だよ。今しがた意識は戻ったから面会ならできるよ」
それは二人とも思ってもないことだった。驚愕、と言った方が良い。
「ならば頼めますか」
「ではついて来てくれたまえ」
千冬は直ぐにお願いし部屋に案内してもらう。目の前の医者は即答しラウラのいる部屋へと案内を始める。
二階の一室、そこに通され中に入ると起きていたラウラはこちらに気付いて声をかけて来た。
「教官…………篠ノ之箒……」
あまりにも、あまりにも力のない声に二人はかける言葉を躊躇した。その少しの間はラウラを覇気の無い微笑が埋められ、声が二人に向けられる。
「私は……私はどうすればいいと思いますか、教官、篠ノ之箒」
「私は、愛染朝陽を手にかけてしまった。あんなにまっすぐで強い奴を……
それなのにどうして私が生き残る? 精一杯生きようとしていた者よりも何故私のような出来損ないが生き残らねばならなかったんだ」
吐かれる言葉は黒く後悔の色が強いものだった。一度こちらを見てからは再度視線は沈み、ベッドをただ見つめながら呟く。
「ボーデヴィッヒ、お前まさか記憶があるのか」
千冬はまさかと思いラウラにそう聞き返した。あのVTシステムに乗っ取られた時の記憶があるということはあの時起こったことを全て記憶しているということ。そしてそれはまだ十代の少女には重い事実でもあった。
「ーーえぇ、ありますよ教官。私自らの手で織斑一夏や篠ノ之箒を吹き飛ばしたこと、そして愛染朝陽を斬った感触も覚えています」
無意識のうちにラウラは右手を見た。開かれた手のひら、傍目から見れば何もない綺麗な手であるがラウラからは肉片や血に塗れた手に見えていた。
「ーーお笑いぐさだな、結局私は何もできなかった。昔と同じだ……」
再びうなだれるラウラ。少しでも過去を知っている千冬は教師として、かつての教官としてラウラを諭そうとした。しかしその前に箒がラウラの胸ぐらを掴み強引に視界を引き上げさせる。
「言いたいことはそれだけか?」
「……何?」
「私もそうだ、何も出来なかった。だがお前はそこで止まる気か?」
真っ直ぐにラウラの目を見ながら決して視線は外さずに箒は告げる。
「私も出来なかった。だが、私は諦めないぞ。誰よりも弱かったであろう
次などない。あいつを守れるように、これ以上のことがないように
ーーお前はどうするつもりだ? このまま腐るつもりか? 何も出来ないと逃げるつもりか? ……答えろラウラ・ボーデヴィッヒ」
そこでラウラの瞳に炎のような光が灯るのを箒は見た。
「償うことができるなら、許されるのなら私はもう一度隣に立つことができるのか」
「それは私たち次第だ」
「ーー解った」
ラウラの思いを乗せただった一言の言葉、それは肯定であり、箒の言ったことを全て受け止めた末に出した答えだった。その言葉を聞いて箒は掴んでいた服を離し、再びラウラを見た。
「答えは出たようだな……いきなり掴みかかって悪かった。まだ病み上がりだというのに」
「いや、いい。腑抜けていた私にはちょうど良かったさ」
急にバツが悪そうに顔をしかめてラウラの胸元を正す箒、それを気にするなと言って嗜めるラウラ。
ーーそれを千冬は黙って見ていた。
本来ならば教師として、年長者としてかける言葉もあったがすでにそれは箒がしてしまっていた。
曲がらず、折れず。かと言って頑固ではなく柔軟でしなやかな一面も垣間見える。
少し前までの箒では見られなかったことだった。
何があったのか、何があってそうさせているのか、千冬があえて聞くことはないだろう。答えはすでに出ているのだから。
「ーーやれやれ、これでは教師が形無しだな」
そこで二人は千冬がいたのを思い出したようにこちらを向き、頬を朱に染めながら恥ずかしそうに口を開くのであった。
「うっ……ち、千冬さん今のはどうか聞かなかったことに」
「……腑抜けていた私はどうか忘れてください教官」
「ーーいや、忘れないさ。お前達二人は正しく成長している、それを褒めず忘れろというのは教師としては見過ごせんな」
極めて真面目にいう千冬にそれ以上は何も言えずに顔を真っ赤にして俯き気味になる二人、その二人に追撃するように頭を撫でる千冬だった。
「ーー話は終わったようだね?」
いくら目が覚めたと言ってもまだまだ病み上がり、しばらくの休養を取るようにいって病室を出た二人を待ち受けていたのは先ほどの両生類顔の先生だった。
では、といって踵を返し無言で付いて来いと語る背中に二人は先ほどのことを片隅に追いやり、黙って付いていった。
「ーーここだよ。白髪の少年がいるのは。
といってもまだ目も覚めてないけどね」
通された部屋は少々特殊な造りをしていた。患者がベッドで寝ていて、それを眺めるようにガラスの仕切りが存在している、まるで無菌室のようであった。
「ーーすでに治療は終えているよ。あとは目を覚ますのを待つのみだ」
未だ目の覚めない少年を目の当たりにし、胡乱げな目を向ける箒。だが先生は機械的なまでに冷静に説明を話し始めた。
「勘違いしないで欲しいんだけどね、あとはこの少年の気力次第、生きる力次第なんだ。脳なんて部位を損傷すれば治すのは難しい。しかし、この少年は脳梗塞のような初期段階の損傷だったから僕がやったのはあくまでそれを取り除いただけーーあとはさっき言ったように本人次第なんだよ」
淡々とだがなかなか驚愕することを平然といってのける目の前の医者。
分かったかい? と告げる。医療に関してはお手上げな二人はそれに頷くしかなかった。
「ーー今日はもう帰ってくれると嬉しいね、まだ患者がいるし経過途中の患者もいるからね」
その後、先生に帰るように促されて二人は学園に帰ることとなった。もちろん目が覚めた時は報告をしてくれることを確約させて。
学園に着いても二人は差し障りのない範囲での会話以外を話そうとしなかった。やがて箒は自室に、千冬は一夏のいる保健室へ別れようとした際に口を開き息を吐き出したのは千冬だった。
「はぁっ……辞めよういつまでも私たちが辛気臭くなっても仕方がない。篠ノ之、お前もだ、あいつが目覚めた後でもそんな顔をするつもりか? いつものお前で迎えてやれ」
肩をぽんぽんと軽く叩いて彼女なりに箒を励ます。
「……そうですね、分かりました千冬さん」
それもそうだ、私らしくないなと気持ちを切り替えるべく千冬に了承の意を示してからその場は別れた。
ーー翌日は千冬さんから大事をとって休むように言われた。
その次の日は通常通りに授業があり、教室に入った途端に質問責めを受けた。あの時あの中で何があったのか? 一夏や愛染、ラウラはどうなったのか、どうしたのかという質問が占めていた。
ーー私は彼女らに真実を話そうとは、何故か思わなかった。だから差し障りのないことを伝えることにした。一夏たちはあの後怪我をしてしばらく休んでいると、すると熱が引いていったように群衆も散った。残っていた数名は私のことを疑うように見ていた。
「ねぇしののん、それってほんとー?」
「あんなことがあってハイそうですかって簡単に片付けられないわよ」
ウォルト三姉妹に意外にも布仏本音が食いついていた。
「ーー……あぁ、本当だ。それに私の口からは言えないんだ。どうしても知りたければ織斑先生にでも言ってみろ」
私がそう言うとそれ以上は何も言えずに分かったと肯定して自分の席に戻って言った。
ーーーー愛染朝陽の意識が戻ったと報告を受けたのはそれから一週間が経ってからだった。
「ーーはぁっ、はぁっ、お待たせしましたっ」
すでに病院の入り口で待っていた織斑先生と数日前に退院したばかりのラウラ、そして一夏がいた。
「いや、いい。まずは呼吸を整えろ」
走ってきたため息を切らしていた私にそう言って落ち着くように言う織斑先生。だいぶ落ち着いてから頷き私たちは病院入った。
出迎えるように入ってすぐのところにいたあの両生類顔の医者は私たちが来たことを確認するとついて来いと言って歩き出す。しかし、その前に声をかけられた。
「ーーあぁそうそう。病室に入る前にひとつ言っておくよ、決して取り乱さないようにね」
そのセリフが愛染の病室に入るまで嫌に耳に残った。
ガラリと扉を開け、迷うことなく入っていく千冬、ラウラ、一夏、箒。入ってすぐ上半身を起こしている愛染が目に付いた。包帯でぐるぐる巻きになっていること以外は
「愛染朝陽……その……」
はじめに話しかけたのはラウラだった。とても歯切れが悪く、なんと話すべきか分からない。そんな風であった。
愛染は話しかけられて初めて気付いたようにこちらに振り向き、屈託のない笑みを見せてーー
『ーーあ、
ーーーー現実はいかに残酷だと、そう思い知った時だった。