IS・人並みの幸せ   作:1056隊風見鶏少尉

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遅くなりました。



二十一話『面倒なことはあっちからやってくるものです』

 

 

 

 

 

 「――簪君、いるかい?」

 

 夕食の少し前、僕と牧部先輩は整備室に来ていた。中に入ると案の定、更識簪さんがカタカタとディスプレイを見ながら操作していた。

 

 「ここにいますよ」

 

 淡白に答えた簪さんはこちらに見向きもせずにそう言った。

 

 僕は先輩を見ると、先輩は懐から取り出したデータの入った端末を僕に手渡してきて、無言で頷いてきた。

 

 『――簪さん、ちょっと良いでしょうか?』

 

 ピタリ、と動きを止めて初めてこちらを見た。

 薄い水色の髪色、切りそろえられた髪、整った顔立ちに、シンプルなメガネ。

 正面で顔を見て気付いたのは顔立ちや目元など、どことなくあの会長に似ているからやっぱり姉妹なんだなと思った。それと同時にあの視線を思い出して身震いする。

 

 「……なに?」

 

 『これを渡しにきました』

 

 そう言って簪さんに近付き、端末を渡した。

 

 「…………なにこれ」

 

 渡された端末を一瞥してから前のディスプレイに繋ぎ、データを見始める簪さん。

 

 『それは【打鉄・弐式】の、データです』

 

 「――っ」

 

 僕が言ったのとほぼ同時に簪さんが画面を食い入るように見つめる。

 

 中身のデータを全て見終えてから簪さんはこちらを向いた。

 

 「…………何であなたがこの、完成前の【打鉄・弐式】のデータを持っているの?」

 

 驚いているというよりは疑問の方が大きく顔に出ている簪さんに説明を始めた。

 

 『色々聞きました。あなたのISのこと僕や織斑君のISが造られたから【打鉄・弐式】の製作が中止になったとか』

 

 「そうよ、だから――」

 

 『でも、実際には違いました。それは開発者の篝火博士から聞きました』

 

 「…………どういうこと?」

 

 『僕や織斑君のISが依頼させた時には、すでに完成させれるだけのものは、揃っていたそうです。そんな時に急に、その…………』

 

 「……なに、もったいぶらないでよ」

 

 正直、ちょっと言いにくい。これから言うのはもしかしたらと言う可能性があるから。

 

 「…………製作中止を言ってきた人は

髪の色が水色で眼鏡を、かけていなかったそうです。そして、依頼者の簪さんに、顔立ちが良く似ていたとか」

 

 「…………嘘」

 

 僕の言ったことに絶句する簪さん。それからしばらく、僕たちは喋らなかった。事態を整理したかったのだと思う。

 やがて簪さんのほうから口を開いた。

 

 「……その話は本当なの?」

 

 僕が頷いた後、牧部先輩の方を見た簪さんだったが先輩も頷いた、そして本当だと悟り、両手で顔を覆った。

 

 「まさか……まさか姉さんが私のIS制作の中止を申告していたなんて…………」

 

 その声には悲痛さが混じっていた。身を切られたような、それだけはしないと思っていたような思いがありありと感じられた。

 

 「――愛染君、愛染朝陽君。牧部理澄先輩、私のためにここまでしてくださって誠にありがとうございました。

 愛染君、あの時は無茶苦茶な理由で責めてしまってごめんなさい」

 

 簪さんは深々と土下座のように頭を下げてお礼を言い、僕に謝ってきた。

 

 『いえ、理由が理由でしたから、しょうがありませんよ。それより頭を上げてください』

 

 「本当にありがとうございました。この恩はいずれ、返します」

 

 決意のこもった声でそう言ってから顔を上げた。涙を流していた簪さんは嬉し泣きのようにも見えた。

 立ち上がり、整備室の奥に行こうとした簪さんを牧部先輩が待ったをかける。

 

 「――これから組み上げるつもりかい?」

 

 「はい。早く完成させたいので」

 

 「そうか……なら私の出番だな」

 

 先輩は腰から下げていた工具袋の中から小型の端末を取り出しながら言う。

 

 「やっと私が何かできる番というわけだ、それに一人でやるよりも、二人でやったほうが効率的だろう?」

 

 だが、と先輩は一度言葉を区切った。

 

 「だが――それは夕食を食べてからにしないかい? さすがにお腹が空いてしまった」

 

 きゅるるるる、と可愛らしい音がかすかに鳴った。それは先輩からだったようで、お腹をおさえて僅かに恥ずかしそうにしていた。

 今の時刻は20:12:36。夕食時刻の19時をとうに過ぎていた。

 続くように僕と簪さんのお腹が鳴る。三人が三人を見て可笑しくて笑った。

 

 「どうやら、異議のある者はいないようだ」

 

 僕たちはそれから三人で遅めの夕食を食べた。それから簪さんと牧部先輩は整備室でISの設計をするらしく、僕はもう役に立てそうにないのでそこで別れ部屋に戻った。

 

 『ふぅ……今日はいろいろあったな』

 

 日記に書くことがいっぱいである。さて書きまとめたから寝るとしよう。明日は何があるかな、そう思いながら寝についた。

 

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――

 

 おはようございます、愛染朝陽です。あれから一週間と少しが経ち、タッグマッチまで残り一週となりました。今日は休日なので朝からボーデヴィッヒさんと訓練をしています。

 

 「射撃も姿勢も初日よりはマシなったな。まぁ、それだけを重点的にやっていれば当然か」

 

 『すいません……』

 

 「いいや、二週間で素人がここまで扱えるようになったんだ、もっと自分を誇れ」

 

 と、そう怒られてしまった。

 

 「――だが、静止からの精密射撃ができるようになってもまだまだ課題はあるからな」

 

 とさらに痛いところをついてきた。頑張らなくては。

 

 「――あ、朝陽じゃねぇか、おーい」

 

 と、そこで誰かが僕のことを呼んでいた。見ると、織斑一夏君であった。ISスーツを着ているあたり、彼も訓練をしに来たのだろう。その背後から続くように凰さんとオルコットさんが見えた。

 

 それを見たボーデヴィッヒさんは露骨に顔を歪めた。

 

 「教官の力に胡座をかいた者が……」

 

 ぎりぎりと歯ぎしりをして一行を見つめるボーデヴィッヒさん。さきほどの雰囲気は搔き消え、今にも飛びかかるんじゃないかと思い、ヒヤヒヤしてしまう。

 

 織斑君が近づいて来て、初めてそばにいるボーデヴィッヒさんに気付いたようで表情が曇る。

 

 「おい、お前何で朝陽と一緒にいるんだよ」

 

 「見てわからないほど頭が悪いのか織斑一夏」

 

 「なっ⁉︎」

 

 「それで? 一体何のようだ貴様ら。用がないなら邪魔だ、貴重な時間を取るな」

 

 「ちょっとアンタ、こっちが普通に質問しただけなのにいきなり失礼過ぎやしない?」

 

 「訓練をしていた。これでいいだろう、さっさと去れ。私たちは貴様らと違って暇ではないのだ」

 

 「アンタねぇ!」

 

 売り言葉に買い言葉。ボーデヴィッヒさんの対応にキレた凰さんは一直線に飛びかかった。

 

 「――ふん」

 

 それを半身でいなし、腕を掴み上げて関節を決め、地面へ叩きつける。

 

 「すぐに癇癪を起こす、手を出す……これだから(オツム)の緩い学生は困る」

 

 凰さんからすぐに手を離し、解放してやると、残りの二人を睨みながらそう言う。

 

 「すぐに手は出るのはそちらも同じではなくて?」

 

 「お前は相手が殴ってきたのを何も言わずに殴らせる善人か? それとも単にお前の辞書に正当防衛という言葉が無いだけか?」

 

 「ドイツ人はそうならないように尽くすことは出来ませんのね」

 

 「すまんな、いつでもどこでも呑気に紅茶を飲んでいたイギリス人とは出来が違うのでね」

 

 空気がどんどんと変わって、殺伐としていく。このままでは戦闘になりかねない。

 

 『ボーデヴィッヒさん、オルコットさんも落ち着いてください!』

 

 危なく勃発する寸前で仲介に入る。鋭い視線がこちらに向くがここでひるむわけにはいかない。

 そこで折れたのはボーデヴィッヒさんだった。すぐに空気を霧散させると、僕の腕を取り、言葉を発する。

 

 「まぁいい、今はお前達と話し合いをする時間さえ惜しいのでな」

 

 私たちは移動するとしよう、と言って歩き始める。

 

 「ちょっと待てよ! だから何でお前と朝陽が一緒になってやってんだ!」

 

 「はぁ……………………ここまで馬鹿だとは思わなかったぞ。分かった、言わなかった私が悪いな、私と愛染朝陽は今回開催されるタッグマッチのパートナーだからだ」

 

  呆れた様子で言うボーデヴィッヒさんだったが、それを聞いた織斑君は声を上げた。

 

 「はあ⁉︎ 何でお前なんかと朝陽が組んでんだよ!」

 

 「誰と組もうが私の勝手であり、愛染朝陽の勝手だ。お前に指図される謂れは無い」

 

 「お前! もしかして朝陽を脅して組んだんだな!」

 

 今度こそボーデヴィッヒさんの目つきに殺意と失望が浮かぶ。

 

 「――短慮。早計に物を言う。やはりお前は教官の守るべき者には、弟などには値しないな…………好きに捉えていいぞ、どうでもいい」

 

 そう言って今度こそ三人の前から去る僕とボーデヴィッヒさん。

 

 『ボーデヴィッヒさん、あの……』

 

 「何も言わなくていいぞ愛染朝陽」

 

 別アリーナに着き、僕はボーデヴィッヒさんに声をかけようとするが途中で遮られてしまう。

 

 「アレに何を言われても私は靡かん。さっさと集中しろ」

 

 『は、はい』

 

 強引に話を変えられて、訓練を続行します。

 僕はそれからあまり進展がないまま大会を迎えました。

 

 そして

 

 『1回戦D・織斑一夏、『   』箒(箒さん)ペア・愛染朝陽、ラウラ・ボーデヴィッヒペア』となっていた。


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