「――ぅぁ」
おはようございます。愛染朝陽です。全身に痛みを感じて自分では動くことができません。
見えづらい視界で視線だけを動かすと全く見知らぬ天井と一定の音を鳴らす何かの機材がそこにあった。どこだろうここはと思っているとガラリと扉が開いて誰かが入ってきた。
「! ――起きたか、愛染」
織斑先生だった。僕が目覚めていることに驚いたのか、目を見開いていた。
『おり、むらせん、せい』
「あぁ、無理に喋ろうとしなくていい。まずは自分が誰だか分かるか? 痛みは」
医師のようにチェックしてくる織斑先生。質問が終わると近くにあった椅子に座り、ポツリポツリと話し始めた。
「クラス対抗戦――あれから今は二週間ほど経ってる」
二週間。短いようで僕には長い期間目ザマだなかったようだ。勉強も、ISのこともまた遅れてしまったな。
「アリーナに入っていたISは中継室を攻撃中に織斑、凰が沈黙させ教師陣が到着後撃破された。事態は収束したかと思った時血相を変えた――――箒がやって来てな、急いでいくとお前が倒れてたんだ」
その前に山田先生に会い、鍵束を貰っていないか? などを聞かれ、無いと答えると項垂れ、その時にあのISがやって来て隔壁が降りたらしい。だから箒さんが来た時、山田先生は思わず鍵束を返してくださいと言ったとか。山田先生らしいです。
でも僕を見つけ、惨状を目の当たりにして絶句、ポロポロと泣き始め、「私がそばにいれば」と嗚咽をもらし、箒さんは呆然としていたらしい。
すぐさま緊急救命室に搬送された僕はそこで1日近い大手術をされ、今まで眠っていた、というのが織斑先生から離された内容だ。
『ほ、うきさん……はぶじ、なんです、よね?』
「っ……あぁ。無事だ、だがまずは自分の心配をしろ」
動揺を含ませた目で僕を見てから返す織斑先生。そこでまた扉が開いて今度は医師のような人が入ってきた。
白髪の禿頭。銀縁のフレームのメガネに白衣……そしてどことなく
「おぉっ、起きていたね」
軽く健康状態、意識は明瞭か見られてから早速と言わんばかりに僕のことを話された。
「落ち着いて生きてくれたまえ――君の体の話だ」
諭すような口調でカエル顔の医師は告げる。
『は、い』
「良い返事だね――では早速、高出力の熱線、だったかな? それにさらされたおかげで君の体の約73%は火傷に侵された、だがちゃんと治療したからこれは大丈夫だね。左眼は熱波によって眼球の水分蒸発、虹彩、網膜、水晶体がダメになっていた、つまりは失明だね。そして君の腕、纏っていたものは融解、一番熱線に晒された左腕は前腕から炭化、切除したよ。右腕は親指、人差し指の第二関節の切除。両脚は切除まではいかなかったが左脚全般と右脚の大腿部の火傷が酷くてね、火傷の深度が筋肉までダメージを負っていたから申し訳ないが自力で歩行することはできなくはないが今は難しいね。腹部は大腸と小腸、肝臓に腎臓がダメージを負っていたからそちらも切除したよ、もちろん体の機能に影響は出ないからそこは安心てくれ」
つらつらと述べられていく事実に僕の身体がどうなったか悟った。そして動かない理由も。
身体中の火傷、左眼の失明、左前腕、右親指、人差し指第二関節の焼失、両脚の火傷の切除、
「切除してしまった腕、指に関しては義手を用意してある。君の体に合わせたやつをね。火傷治療が終わってからそちらは取り掛かるから今は少し不便かもね」
まぁ、ゆっくりと休みなさい、また来るよ。キミの治療はまだ終わってないんだからねと言って、バインダーのような物に何か書き込み、カエル顔の医師は部屋を出て行った。
『せん、せい……ちょっとぼくの、みぎてと、ひだりてをみせてください』
「だ、だが……」
お願いしますと言うと織斑先生は僕の両腕をとり、右腕、左腕を見えるように上げてくれた。
――真新しい包帯がミイラのように巻かれ、右腕は親指と人差し指の第二関節部までが存在していなかったように無く、ただ包帯が巻かれていた、左腕は二の腕から先が無かった。
見て本当に無くなったんだなと思うと胃と喉の辺りがムカムカしてきた気がする。織斑先生は腕を下げて俯きながら僕に言葉を発する。
「…………それで、な。箒の奴は3日の謹慎となった。本来ならばそれだけで済まないのだが、――――の奴を上層部は怖がっていてな……すまない」
そう言って織斑先生は自分の両手で顔を覆う。
「…………本当にすまない。この件に関しては
今にも泣き出してしまいそうな声で話し続ける織斑先生。
その言葉を聞いてストンと憑き物が落ちたようにムカムカがなくなった。
ISが提唱しているのは圧倒的な戦力と搭乗者を守り傷つくことを許さない絶対防御。
僕に傷を与えたのはIS。だが僕はISを展開していた状態にもかかわらずだ。
おかしいだろう。力は確かにピンキリだ、しかし、防御面がそうなると今まで公にされてきた定義が崩れ去る。絶対防御、なんて謳っているのにISに乗った人がISで死ぬのか?
――矛盾、であろう。
『せん、せい。ぼくのしぶつを、もってきて、くれませんか。さすがにじっとしているという、のもあれなので』
多分、何週間もここにいることになるのだ。それはもう時間がいっぱいあるのだから遅れている勉強を進めなければ。空いてしまったが日記も書こう。
どうやらすでに持ってきてたらしい、僕の勉強道具やら全てそこにあった。あの時に貰って使っていない杖もあった。
最後に何かあればボタンを押せ、すぐに駆け付ける。とナースコールのようなものを指差して織斑先生は出て行った。
僕はベッドの上に移動式の机を寄せてから日記を広げて鉛筆を人差し指と中指の付け根で持ち、中指と薬指の第一関節で支えながら書き始める。
鉛筆は取り落とさなかったものの、上手く持てず、力が入らず、ミミズがのたくったような文字に20分ほど書くのを要した。
翌日、部屋に三名の女性が入ってきていた。
それは僕にISを取り付けてくれたスチェスタ・ニーヴァルト博士、ユーリスカヤ・ビルマ・リトビャク医師、木山夏生先生だった。
「はろ〜。起きてる?」
「――――執刀した医師には称賛を贈りたいな」
「名前は知らない。だが、医者の界隈では『
スチェスタ博士、ユーリスカヤ医師、木山先生の順で喋っていた。
ここに来た理由はどうやら破損したISの修理らしい。
「――あぁ、ダメだこれ。コア以外全部灼かれてる。コアの破損C、他D」
「生命維持装置は……うん、壊れてないみたいね。安心した」
「気分はどうだ愛染君?」
ユーリスカヤ医師が僕の首のチョーカーをスチェスタ博士が僕のISを見ている中で木山先生が僕に質問してきた。どちらにもケーブルを繋いで作業をするため、僕は少しだけ首を傾けながら話す。
『あまり……よくはないですね』
正直なところ気持ちがついてきていない、というのが現状である。
「そうかい。君の身体のことはあの医師に任せなさい。気休めじゃない、あの医師には君を治すことが出来るからね」
頭を撫でられた。掌は暖かくてどこか懐かしい感じがした。
――結局、夜までかかってISの修理は終えることができたらしい。そしてチョーカーの方は無事だったので簡単なメンテナンスを終えて終了した。
「――では私達は帰るよ。またね愛染君」
『はい。わざわざ、ありがとう、ございます。気をつけて、帰ってくださいね』
「ばいば〜い。置き土産にこれをあげよう」
そう言ってスチェスタ博士が僕に渡してきたものを右手の残ってる指で何とか取る――それは漫画に出てきそうなペロペロキャンディーだった。
「見たところ固形物は取れないでしょ? 飴も食べ辛いだろうからこれ。でも
『……いえ。ありがとう、ございます。嬉しいです、後で食べます』
貰い物なんていつ振りだろう。とても嬉しかったが笑うことができなかった。