「…さて、アイズたんが来るまで、次の遠征の話でもしとこか?」
「そうだね。…七郎治?悪いけど起きてくれるかい?」
フィンは床に転がっている、ティオネに重鈍なボディブローを食らった七郎治の体を揺する。
「…口からいろんな内臓器官が飛び出るかと思ったばい」
ロキ・ファミリア遠征。ダンジョン未到達階層を目指すこの遠征は、既に2週間を切っていた。
「神ヘファストスとの交渉は完了したのかい、ロキ?」
「条件として深層のドロップアイテムを回すっちゅうことで了解はとれたで!」
前回の遠征では新種の芋虫型のモンスターの襲撃により、武器・装備品を溶かされ撤退をしいられ、その対処法として「武器を治すことができる鍛治師の同行」。大手派閥であるヘファイトス・ファミリアと交渉を進めていた。
「よし、次は魔剣だね。ガレス、手配は?」
「30程の上等なものを手配しておる。この後、受け取りに行くわい」
武器による直接攻撃が出来ない芋虫型に対して、魔剣による遠距離攻撃。魔導師でない者、下位団員に持たせ防衛に回すことに。
「最後は…リヴェリア、アイズ、七郎治を除いた主戦力に
「…七郎治、本当にいらないのか?」
「うん、大丈夫ばい」
リヴェリアが少し心配そうに問いかけるも、あっけらかんと答える。
なんでも溶かす芋虫型に溶かされなかったアイズの
「はは、分かっとったけど金が飛んでくな〜」
「すまないねロキ」
「ええて、ファミリアの運営はフィン達に任せてるし、デカイことには注ぎ込むんがウチのやり方や!」
ロキはカラカラと笑い、楽しそうにフィンに笑いかけた。フィンもやれやれと肩をすくめるも主神の信頼を嬉しく思う。
「さて、七郎治。遠征の資金について君の見解を聞かせて欲しい」
フィンに言われ、執務室の棚から前回の遠征の帳簿を出す。
七郎治のファミリア内の立場は、ラウル、アキ、レフィーヤと同じ準幹部であったが、ランクアップを気に幹部へと昇格していた。
ロキ・ファミリアの幹部。それはティオネ、ティオナ、ベートそしてアイズといった、オラリオ中に名を馳せる第1級冒険者を指す。実力者の証でありファミリア内でも、憧れの的であるのだが…。
幹部になったのを口実に仕事が増えそうだったので、この昇格を本人は嫌がっていた。自分が転生者である事を話した後、たまたまガレスの書類仕事の手伝いをした際に組織の運営に関わることになってしまい、やっちまった…。と心底後悔したのは、また別のお話。
「んー、前回の遠征は装備品を溶かされたり、回復薬の消耗も激しかったけんな…。回復薬はディアンケヒト・ファミリアのクエストの報酬があるとして、そこからティオネがぶん取ってきた金もあるけんど。全体的にあんま利益は出とらんちゃんね〜」
僅かに眉間に皺を寄せ、ペラペラと帳簿をめくり、支出した分とクエスト、魔石の換金額、ドロップアイテムの売上を記した一覧表を見比べていく。
「次の遠征はさっきの話の通り、魔剣及び
んー、と考えるも次回の遠征では利益を出すのは難しいだろう。
「…できるだけ金になるもんを取っておきたいんやけど。…まあ、未到達階層への進出を考えたら難しいやろうから、赤字が出ることは分かってほしいばい」
「そうか…」
やはりか、とフィンは七郎治の話を再度頭で整理していく。戦利品である深層のドロップアイテムを回して仕舞えば大きな収入源を失う。だが鍛治師達の同行も不可欠だ。七郎治は、棚からまた別の帳簿をとり出し、目を通していた。
「…まあ、ファミリア全体の資産を考えたら全然大丈夫やけど、出来るだけ予算内で回せるようにはするわ」
「無理をさせてすまないね」
「ええよ。いざとなったら『ロキのおこずかい!』から差っ引くけん」
「えっ⁉︎ウソやろ⁉︎ひどいでロージた〜ん」
よよよ、とわざとらしく七郎治に縋り付くも…
「じゃって、主神様は3ヶ月前に前借りした分が、まだ差し引き終わっとらんけんな!なんなら十一で利子ば取ってもいいとぜ?」
ビシッ!とロキの目の前に、前借りしたおこずかい…もとい借金額を見せ付ける。
うっ⁉︎とロキは言葉を詰まらせる。この駄女神は3ヶ月前に、調子にのって高額の酒を買い込みファミリア宛に請求書をきっていたのだ。それを見た普段本気で怒らない七郎治は激怒し、朝食中の食堂にすっ飛んでいった。
ただ淡々と静かに怒る七郎治は恐ろしく、運悪く食堂に居合わせた団員達は一言も発することが出来ず、正座させられて怒られる主神を見ている事しかできなかった。
というか、言葉はおろか一歩でも動く事が許されない空気になり、せっかくの温かい食事も瞬時に冷めきったように思えた。レベルの低い下位団員は食事が喉を通らなかったらしい。
結局、ロキは皿洗いや掃除といった下位団員達がこなしている雑務のお手伝いをすることを条件に、月々の分割で返済する事に。
主神であるロキに雑用をさせるのはマズイのではないか?と下位団員が七郎治に意見するも、もの凄く冷たい目で見られた為、すぐに引き下がった。
そんな七郎治の怒り具合に、普段であれば朝まで説教をするであろうリヴェリアも、この時ばかりは見逃したやったのだ。
一通り遠征の話を終えたとき、ドアがノックされた。
「団長。ティオネです」
フィンは返事をし、ティオネが入ってくるもその後に続いたのはティオナとレフィーヤの2人だけだった。
「アイズはどうしたんだい?」
ティオネのすまなそうな顔を見れば大方予想はつくが…。
「それが…。ダンジョンに」
予想通りの答えが返ってきて、やれやれと溜息を吐いた。広大なダンジョンで人一人を探し出すのは難しい為、仕方がないと諦めた。
「しゃあないな〜。…フィン、すまんけど地下水道を調べて貰ってもええか?」
「ん?ベートと調べに行ったところかい?」
リヴィラの街の事件の時、置いてけぼりをくらったベートはロキと共に、
「そうや、広いから調べきってないからなぁ。人数連れてって構わんから任せてもええ?」
「了解したよ。…ティオネ、ティオナついてきてくれるかい?」
「はい!何処までもついていきます‼︎」「よく分かんないけどいいよ‼︎」
フィンに引き連れられてティオナ達は執務室を後にした。
「さて、私も遠征の準備に取り掛かるか」
「そうじゃの、…下っ端共を連れて魔剣を取りに行ってくる」
「ワシはギトーの妖刀の手掛かりになるかもしれんから、ヘファストス・ファミリアに行ってくるべ」
続いてリヴェリア、ガレス、七郎治も退室していった。残されたのはレフィーヤとロキの二人だけ。
「…あの、私は何を?」
「んー、せやなぁ。ウチと一緒にお留守番しとこか」
「はい…」
魔導師であるレフィーヤは魔力に反応する食人花の調査には同行出来ず、かと言ってリヴェリア達の準備には他の団員達の役割である為、手は足りている。七郎治は内容的に連れて行ってくれないだろう。
ガックリと肩を落とし、大人しくロキとお留守番することに…。
ーダンジョン10階層ー
白い霧が辺りを覆い尽くし、静まり返る広い空間にアイズは一人佇んでいた。その手には下級冒険者用のエメラルド色のプロテクターが握られていた。
(これは、あの子のかな?…今から追い掛けても、見つけられない、かな?)
アイズはバベルの入口前で、昨日ホームに訪れていたギルドのアドバイザー。エイナ・チュールと偶々鉢合わせていた。
兎の様な少年、担当冒険者であるベル・クラネル。彼を救った事に対する感謝の言葉、そして自分は怖がられていない事を聞かされた。あの時、七郎治の言った通りだった。
そして、彼が厄介ごとに巻き込まれている可能性があり、それを手助けして欲しいとお願いされたのだ。
他の冒険者から情報を集めながら、辿り着いた先は10階層。かつてのアイズは半年掛かってようやくたどり着けたところだ。
沢山のモンスターに囲まれ、応戦しながら必死に誰かの名前を呼んでいた。アイズは驚きの感情を仕舞い込み、助太刀したのだ。そして、突破口が見えると少年は直ぐに何処かに行ってしまった。
(君はもう10階層まで来ているんだね、どうしたらそんなに早く強くなれるの?)
今度ちゃんと話をしよう。まだ、言えてないことがある。アイズは優しく口元に笑みを浮かべ、次にいつ会えるか楽しみになっていた。
だが直様表情を引き締め、立ち込める霧の向こうを睨みつけながら抜剣した。何かいる。モンスターではない何かが。
「…気づかれてしまったか。さすがだね」
「…誰?」
霧の奥から現れたのは、全身覆う真黒なローブ姿。肌は一切見えず、その存在感は人であるか疑ってしまうような不思議な感覚だ。
「私はただの魔術師さ。以前、ルルネという
アイズの脳裏には、リヴィラの街の事件が直ぐに思い浮かんだ。
「アイズ・ヴァレンシュタイン。君にクエストを発注したい」
中々進まず、しばらく時間が空きました。筆が進まない間何をしていたかと言うと、かけもしない絵に手を出していました。
ただアイズたんの事を考えていた事を分かって欲しい為、汚いですが挿絵をのせます。画力がない為、見ていただかなくとも結構です。…アイズは可愛いそれだけです‼︎
【挿絵表示】