先程まで戦いが繰り広げられていた戦場を、静寂が包む。
【
「…アイズ」
目の前の強敵を倒し、立ちすくんでいたアイズに今までずっと見ていたリヴェリアが近づいて来た。
「…リヴェリア」
アイズは自分の我儘でウダイオスとの戦いに手を出すことを許さなかった。叱られる子供のように気まずそうに体を揺すっていた。
「じっとしていろ」
リヴェリアに手を取られ、強制的に寝転がされた。俗に言う膝枕された状態で体を温かな緑光で包まれる。リヴェリアの回復魔法だ。
「何があった」
回復魔法をかけながら、叱るわけでもなく、咎める訳でもない。ただ静かに尋ねてきた。そんなリヴェリアに対してアイズはこれ以上隠し通せなかった。いや、隠すべきではないと思ったのだ。
「あの赤毛の
「っ⁉︎」
アイズはリヴィラの街で起きた事件のことを全て話した。そして、『アリア』この言葉が出た瞬間にリヴェリアの表情が驚愕の色に染まる。しばらくの間、沈黙し思考に浸りアイズが変貌した理由に行き着く。
「アイズ…。私はそんなに頼れないか?」
「え?…」
突然のリヴェリアの言葉にアイズはすぐに理解できなかった。
「私は…。いや、ティオナやレフィーヤ達も、皆家族のように思っている」
その優しい声色と温かな言葉が、アイズのことを包み込む。
「忘れるな。お前は、もう一人じゃない」
「…うん。…リヴェリア」
「なんだ?」
「ごめんなさい」
リヴェリアは優しくアイズを撫で、我が子を愛しむ様に小さく笑い。アイズは母親に寝かしつけられる様に意識を手放した。とても懐かしくて大切な夢をーー。
通常、ダンジョンは上に昇るよりも下に降りる方が遙かに楽なのだ。ダンジョン内に幾つも存在する縦穴を利用すれば簡単に下の階層に行ける。
ならばこの縦穴を使えばよいのでは?と思う者もいるだろうが、階層が変わればモンスターの強さも変わる。また、穴の下に大量にモンスターがいるかもしれない、逆に穴を登っている所をモンスターに襲われたり、登った先にいるかも知れない。
そんな様々な理由で冒険者にとって不利な状況を作りかねないので殆どの常識的な冒険者はこれを利用しない。が…
「よっこいしょういち!」
七郎治は
縮地と縦穴を使い、通常の何倍の速さで地上に向かう。
はよう、団長達に追いつかんとな。
レフィーヤとラクタがおるけん、まだダンジョンは出とらんやろ…。
それに…。
七郎治は走りながら、アイズとウダイオスの戦いを思い出し、三代鬼鉄を握りしめる。
これで、アイズとの差がまた開いたな。
…三代鬼鉄をかならず使いこなし、力にせんとマジで置いて行かれるげな。
ははは!強くならねばよ。
七郎治は笑う。大切な約束をしたあの日を思い出しながら、決意を新たに。
ーーーーーーー
七郎治は2年の時を経てLv.2になった。ランクアップを果たしてから周りの声が直接頭の中に流れ込んできて辟易とした毎日を過ごす。
あーもう、やかましいわ。多分『見聞色の覇気』なんやろうけど…。嫌んなってくるわ。ステイタスには現れとらんけどなんなんや…。主神様に聞いてみるべ。
うーと唸りながらロキの部屋へと向かっていると、突然とてつもない感情に襲われた。悲しみ、怒り、焦り…様々な負の感情が流れ込む。ズキズキとむねが痛み訳が分からず狼狽えていると、風を纏った金髪の少女とすれ違った。
あれは…。
七郎治はすれ違った少女を目で追うと、少女は門を飛び出して行った。
「まて、アイズ‼︎話しは終わってないぞ‼︎」
背後から少女を呼び戻そうとする凛とした声。
「まぁまぁ、落ち着きなよ」
宥めるような、困ったような少年の声。
「腹が空けば戻って来るだろう」
「しゃあない、帰って来たらうちがギュッと抱きしめて慰めたる」
太く渋みのあるおっさんの声と、おっさんみたいな事を言う女神の声も後に続いた。
どうやら、アイズはロキと最高幹部に叱られて飛び出したようだ。
「お?七郎治か、何かようか?」
「ちょっ…と、きっ、聞きたい…こと、が」
ガレスの問い掛けに答えるも、声が震えてうまく喋れない。振り向いた七郎治の顔を見て4人がギョッとする。
「うおっ⁉︎ど、どないしてん、なんで泣いとるんや⁉︎」
「…え?」
ロキに指摘されて初めて気がつく。いつの間にか自分が泣いている事に驚愕する。ぬぐっても、ぬぐっても溢れる涙が止まらない。
「大丈夫かい?」
「何があった?」
「珍しいのぅ、訳を話せ」
フィン、リヴェリア、ガレスも優しく問い掛けるが、答える事が出来ない。一体なぜ?そう思っているとズキリと胸が痛んだ。
ひょっとして…。アイズか?
先程アイズが飛び出した門を見つめ、一気に駆け出した。後ろから呼ぶ声が聞こえた気がするが、止まらずに走り続ける。
雑多に賑わう街の声がの中から、たった一人の声を辿る。
(会いたい…。早く強くなりたい)
繰り返される言葉を追って辿り着いたのは、市街地を外れ普段は誰も寄り付かない古びた城壁だ。上に登ると小さな影が膝を抱えてうずくまっていた。
「アイズ嬢…。泣いてんの?」
「ッ⁉︎」
突然、背後から話しかけられた声にアイズは驚く。そこには涙を流す七郎治の姿が。
「あなたは…。この間Lv.2になった、七郎治?たしか、二つ名が【ひ「それは言わんでくれん?」う、うん」
基本的にダンジョンと強くなることにしか興味の無いアイズは、同じファミリアでもあまり興味を示さなかった。なんとか思い出したものの、本人は神々が与えた二つ名を気に入っていないようで、ひきつった笑顔で口を押さえられた。
「ワシでよかったら話聞くばい?」
「…話したくない」
アイズは七郎治を拒絶した。今は誰とも話したくない。心を閉ざし誰も寄り付かせないように自分の殻に閉じ籠る。
ああ、いかんな…。そっとしといたほうがええんかなぁ?
…会いたいとか聞こえたけん、多分両親の事なんじゃろうけど…。
前世の記憶で真相までは分からなくとも、アイズが強さを求める理由は知っていた。どうしたものかとしばらく考えたが、取り敢えずアイズの横に腰を下ろす。
(会いたい。早く会いたい。どうして?どうしておいて行ったの?なんで一緒に連れて行ってくれなかったの?)
アイズの気持ちが流れ込み、自然と口が開き言葉を発していた。
「…ワシな、家族がおらんのよ」
「えっ?」
何故この事を話すのか自分でも分からない。それでもアイズに寄り添いたい思うほど、言葉が出てくる。
「チビん頃に事故でな」
「…そう」
「家族で車…、馬車で出かけた時に土砂崩れに巻き込まれたんよ。隣におったオカンが庇ってくれて、ワシはちと頭から血がでとったけどそれで済んだんよ」
家族で登山の帰りに山の中を車で走っていた。辺りは暗くなっていたがよく行く山だったので慣れた道だ。けれど、その日はいつもと違っていた。
崩れる音と共に大量の土砂が車を飲み込み、激しい衝撃と共に車体は横転し押しつぶされた。
『怪我はない?』『みんな大丈夫か?』
『おとん、おかん…。うわあああん』
『泣かないの。あなた、ーーーーは?』
『ッ⁉︎ーー、ーーーー』『ーーーー‼︎』
あの時起きた事を話していたが急に、両親が何かを言っている途中でモヤがかかり、激しい頭痛に襲われた。なぜ思い出せない?何を忘れた?冷や汗が噴き出し、心が揺れる。自分はとんでもない事を忘れたんじゃないか。
「…大丈夫?」
「えっ?あ、ああ」
いきなり苦しみだした七郎治をみて、黙って聞いていたアイズが心配そうに声をかける。ハッとして息を整え、再び話し始める。
時間が経つに連れて、両親の意識は飛び飛びになり会話もままならなくなってきた。自身も出血のせいなのか、酸素が少ないからなのか、意識が朦朧としていた。
夜が明けたのだろう、外から救援の声が聞こえ、一番最初に助け出されたのは自分だった。外に連れ出された瞬間に気を失い、目が覚めた時には病院だった。
結果として掘り出された両親は死んでいた。潰された車体に挟まれて怪我をし出血多量だったそうだ。
親を失い身寄りもない。両親は孤児で祖父母もおらず施設へ預けられることになった。
「なあ、アイズ嬢。病院で目を覚ました時な、ワシは何を思ったと思う?」
「…」
アイズには分からなかった。答えることが出来なかった。
「"生き延びれてよかった"そう思ったんよ。家族が誰もおらんくなったのに…。本当最低だよな」
自分だけが生き残った事に罪悪感を感じ、辛そうに涙を流しながら自分を責めるように笑った。
「…そんなこと、ないよ」
「…」
アイズはそっと七郎治を抱きしめた。自分でも何故こうしたのか分からないが、このまま放っておく事が出来なかった。自分と似た悲しみを持つこの少年の事を。
「そんなことないよ」
七郎治はしばらくの間泣き続け、アイズは抱きしめたまま拙い言葉を紡いで励ました。
「…はは、アイズ嬢を励ますつもりが、励まされてしもうたの!でも、少しスッキリしたばい」
「そう、良かった」
泣き腫らした顔で笑い、いつもの調子を取り戻した。
「…で、アイズ嬢は?無理強いはせんけど」
真っ直ぐな目で問い掛けてきた七郎治に、アイズはゆっくりと話し出した。
「私は早く強くならないと、お父さんとお母さんの所に行くために」
アイズの焦燥感が流れ込み、胸が痛んむ。恐らくロキ達に叱られたのは無茶をするなと言う事だろう。その事が自分の思いとぶつかりジレンマになっていた。
「そっか…。何処におるん?」
「ダンジョン…」
「…マジや」
「うん、奥の奥。もう、置いて行かれないぐらい強くなりたい、のに」
その時、騎士のような姿をした男性とアイズに似た金髪の綺麗な女性の姿が見えた。
『行くぞ…。アリア』
『はい…』
必死に小さな手を伸ばすアイズ。
(行かないで…。私を、一人にしないで‼︎)
小さなアイズが叫ぶ。
アイズは両親と再会する事を悲願として、危険を犯し力を手に入れようと強さを求めている。強くなりたい、ならなければいけない。会いたい、会えない。
胸を締め付けられる。けど、自分にはアイズを両親の所まで連れて行ける力がない。
七郎治は目を閉じ、そして決意する。
「だったら会いに行けば良かろうもん」
「…でも」
「生きとるんやろ?」
「うん」
「じゃあ、何年掛かっても行けばいい、ワシもついて行く」
「え?」
七郎治の言葉にアイズは驚いて目を見開く。
「ワシは弱い。守ってやるなんて言い切らん。けんど、後ろは守るけん、前見て進み?転びそうになったら引っ張り起こすべ」
Lv.2になったばかりの七郎治と既にLv.3のアイズでは力の差は簡単には埋まらない。ならばせめて何か出来ればと考えた七郎治なりの答えだ。
「ワシがアイズ嬢と両親の記念すべき再会の立会人になるけんな!一緒に行こう‼︎」
君を一人にしない。ニカッと屈託無く笑い手を差し出す七郎治をみて、アイズは涙が溢れてきた。いつか父が言っていた言葉を思い出す。
『私はお前の英雄には慣れないよ。もうお前のお母さんがいるから』
強く、優しい父が大好きだった。そんな父はアイズを抱きかかえ、優しくなで
『いつか。お前だけの英雄に巡る会えるといいな』
両親がいなくなったあの日、自分には英雄は現れない。自分が強くならなければと思っていた。
けれど私の前に現れた。普段は死んだ目をしていて訛り丸出しの女の子みたいな少年。なにより自分より弱い。
英雄とはかけ離れているが、それでも思ってしまう。この人なのだと。自分を救ってくれる。傍にいてくれるのだと。
アイズは両親と過ごしていた時のような、見るものが思わず顔を綻ばせるような、とても可愛らしい笑顔を浮かべた。
「うん、約束だよ?」
「おうさ!」
この日、初めてアイズと七郎治の心が通い合った。
絶対に叶えたい願い。
二人だけの約束。
願いを追い求める少女。
少女を支える少年。
後に【剣姫】と【抜刀斎】の剣士コンビはオラリオ以外にも知れ渡る。
「ロージたんやるな〜」
「わはは!明日から猛特訓じゃのう‼︎」
「ふふっ、あの二人の座学の時間も増やすか」
「あはは、程々にね?」
アイズと七郎治が飛び出した後、あとを追って隠れて終始見ていた。四人が見ていたことを二人は知らない。
ーーーーーーーー
進もうーー
アイズは壁を一つ乗り越えた。
強くなろうーー
七郎治は奮い起つ。
前を向いてーー
後ろを気にする必要はない。
その背中を守るーー
支えたい、力になり人の為に。
離れていても、二人を結ぶ絆がある。
はい。暫く時間が空きましたが、チラホラ出していた「二人の約束」。アイズと七郎治の過去編でした。
思っていた以上にインパクトねーなと、しかも聞かれとるやんと思われる方もいらっしゃるかも入れませんが…。
これが限界でした。人間だもの。