「フィン、リヴェリア。お願いがあるの」
「…私だけ、もう少しここに残りたい」
アイズが発した言葉に一同が驚く。
普段は自己主張をせず、天真爛漫なティオナに振り回されたり、七郎治のしょうもない悪ふざけに巻き込まれたりするアイズの申し出はとても珍しかった。
「みんなには迷惑を掛けない。食料も分けてくれなくていい。…だからお願い」
アイズの珍しいお願いが、今度は懇願に変わった。
「ちょ⁉︎こんな所にアイズを一人だけおいてけないよ‼︎」
「そうね。モンスターのレベルが低いからって、危険すぎるわ」
たまらなくなったティオナとティオネが、アイズに詰め寄る。二人は心から心配して、アイズの意思より命を大事にする為に反対したのだ。
二人にそう言われ黙り込んでしまった。その思いに気づかないほど、アイズはもう鈍くはない。
「フィン、私からも頼む。滅多に言わない我儘だ。アイズの意思を尊重してやってくれないか」
「「リヴェリア⁉︎」」
少し下がったところから見守っていたリヴェリアがフィンに問いかける。
「ンー…?ティオネ達の言っている事が正論だ。そんな子を見守るような気持ちでは、団員の命を預かる身としては許可出来ないよ?」
フィンは少し考えてから、問いかけるようにリヴェリアの顔を見返す。これが団長としての答えだよ?君はどうする?と言わんばかりに。
付き合いの長いリヴェリアはそれだけで、フィンが求める答えが分かり心の中で感謝する。
「私も残ろう。もし、何かあれば私の責任だ」
「分かった。許可しよう」
やれやれと肩をすくめて、フィンはアッサリと承諾した。団員一人の我儘で深層に一人おいていく事は出来なくても、監視役を付け、更にそれが副団長であれば話が変わってくる。
「えー‼︎フィンも説得してよー‼︎」
フィンの決定にティオナがおもいっきり文句を言うが、ティオネは想い人の言葉に僅かに不服そうではあったが、何も言わなかった。
サポーター役であるレフィーヤとラクタが、先程七郎治が一掃したスパルトイの魔石の回収を終え合流し、事のあらましを聞いて驚愕する。
「えっ⁉︎アイズさん残るんですか⁉︎」
「うん、我儘言って、ごめんね」
「い、いえ…。あ、あの、それなら私も残ります‼︎サポーターをやらせて下さい‼︎」
レフィーヤは、憧れであるアイズの何か役に立ちたいと自分も残ると言い始め、じゃあ私も!とティオナも便乗してきた。
「いや、物資が残っとらんよ?二人分ならともかく、そんな何人も分けれんばい」
「え〜‼︎なんとかしてよ‼︎」
「そうですよ!なんて事言うんですか⁉︎」
「え?…これ、ワシのせいなん?」
割と真っ当な事を言った筈なのに、非難の嵐を受ける七郎治。そんな様子を一歩離れて見ているフィンがリヴェリアに小声で問いかける。
「それで…。ほんとの狙いは何だい?まさか言葉通りじゃないんだろう?」
「…あの子が、今溜め込んでいるものを吐き出させたい。でなければ、いつかきっと何かをやらかす。七郎治も、その事が分かっていて勝負を仕掛けたのだろう」
「なるほどね。お見それするよ」
フィンは肩をすくめながら、リヴェリアにからかう様な視線を送る。そして真剣な表情で、仲間の事を思って言葉を贈る。
「…例の
「分かっている。ありがとう…そして、すまない」
リヴェリアはフィンの思いと共に
「じゃあ、アイズ!地上で待ってるね‼︎」
「頑張って下さい‼︎アイズさん‼︎」
「うん、ありがとう」
アイズはティオナとレフィーヤから激昂を貰い、七郎治に歩み寄る。
「…七郎治」
「…ん」
言葉をかわす必要はない。お互いが思う事は分かっているのだから。
一行はアイズとリヴェリアを残し、後ろ髪を引かれる思いでも、仲間の事を信じて引き返さないよう、真っ直ぐに地上へ向けて帰還する。そんな中、一人だけ企てる馬鹿がいた。
さて、適当に見計らって、アイズの勇姿を見に行くべ!
残っちゃいかんと言われとっても、見に行っちゃいかんなんて言われとらんげなー‼︎
ーーーーーーーーーーー
「ありがとう、リヴェリア」
「まったくだ。これっきりにしてもらいたい、と愚痴だけは言わせてもらおう」
「…ごめん」
はたから見れば、子供の可愛い我儘に付き合う母親の様に見えなくもないが…。我儘のレベルが高すぎる。
二人の会話はそれっきりで、広いルームは静寂に包まれた。遠くで聞こえるモンスターの雄叫びを気にもとめず、アイズは一歩も動こうとせず、幾分かの時間が流れる。
リヴェリアが怪訝に思ったその時、ルームの地面が揺れ始める。
「…来た」
「⁉︎…まさか」
激しい揺れに襲われる中、アイズが何をしようとしているのか、リヴェリアは瞬時に理解した。
ビキッと音を立て、ルームの中心の地面が盛り上がり、亀裂が入る。激しい音を立てながら亀裂は広がっていき、耳をふさぐ様な轟音と共に地面の岩や土が流れ落ち、遂に漆黒の巨体が地面から姿を表す。
「オオオオオオオオオオオオ‼︎」
今しがたダンジョンより生まれ落ちたモンスターが大咆哮を上げる。
37階層の階層主【
ウダイオス。該当レベル
その外見はスパルトイに酷似した骸骨だが、頭部には二本の角、瞳は怪しく揺らめく朱色、全身は吸い込まれそうなな闇を彷彿させる漆黒に染め上げらている。
下半身はダンジョンに埋もれたままだが、上半身だけでもゆう10
その胸部の空洞の中心に座する巨大な魔石は、肋骨により覆われていた。
「…リヴェリア、手を出さないで。私一人でやる」
このウダイオスは三ヶ月前の遠征で、ロキ・ファミリアが全戦力をもって打ち倒したモンスター。それをたった一人でやるとアイズは言った。
「…本気か?」
たった一人で討伐する。アイズは成し遂げようと言うのだ。神々が認める『偉業』を。
これが示すところは自身の限界を超える器の昇華。ステイタスが伸び悩むアイズに残された選択肢。レベルアップへの唯一の道だ。
「大丈夫。すぐに終わらせるから」
アイズはデスペレートを抜き。ゆっくりと歩き出す。もっと強く、もう誰にも負けず、屈しないように。
目の前の巨体がゆれる。自身の射程圏内に一人で入りこんだ無謀な冒険者に殺意を解き放つ。『貴様を殺す』絶対的な強者から放たれる殺気は並の冒険者を怯ませ、瞬く間に命を刈り取るだろう。
しかし、幾度となく死線をくぐり抜けてきたアイズは、怯むことなく一直線にウダイオス目掛けて駆け抜ける。
歯向かってくる冒険者を捉えたウダイオスは、その強大な片方の腕を振り上げ、アイズ目掛けて横薙ぎに放たられる。
「【
七郎治の使う「
一瞬にして敵の死角に入り込み、狙うは肋骨に覆われた魔石部分。アイズは鋭い跳躍で飛び上がり、剣に
ガキン‼︎
「ガ、ウウウ」
肋骨の隙間を狙ったものだが、ウダイオスは己の肋骨を動かし魔石を守った。結果、アイズの一撃は魔石はおろか、肋骨にさえヒビも入れることが出来なかった。
再度、魔石目掛けて攻撃を仕掛けようとしたそのとき。アイズの足元から鋭利な骨が飛び出す。体を捻りかわしていくも次から次へと地面から飛び出してくる。風を使いながらバク転で後方に退避する。
これが、ウダイオスが上半身のみ地面から出ている理由。根の様にこのルーム全体に行き渡り、黒骨のパイルが地面から突き出す。剣山のように突き出し、歯向かうもの全てを殺し尽くす。
それだけでは終わらない。ウダイオスに呼び出されたように地面からスパルトイが溢れ出す。
通常、30人以上のパーティーで討伐するのがセオリーである。だが、今はその攻撃全てがアイズ1人に向けられた。
後方から迫るスパルトイを薙ぎ払い、ウダイオスの叩きつけをかわし、再び飛び上がる。
(この程度の風では足りない。もっと強く!もっと速く‼︎)
「風よ!【
更に風を纏いウダイオスの頭上を飛び越え、彗星の如く速さと威力を乗せた一撃を放つ。
バキンッッッ‼︎
「オオオオオオオオオオオオ‼︎」
ウダイオスの右腕を付け根から破壊した。これで、攻撃力は半減。
「なんて、ヤツだ」
リヴェリアは今目の前で起きている光景に驚愕の表情を浮かべる。アイズはこの短時間で、ウダイオスから片腕を奪ったのだ、通常であればあり得ない話だ。
しかし、次の瞬間。リヴェリアの驚愕は別の事でかき消される。
「ヴオオオオオオオオオオオオオ‼︎」
ドンッッ‼︎ズズズズッ‼︎
ウダイオスは地面に掌をつき、6
ゾクッ
「ッ⁉︎
ウダイオスが大剣を振りかぶるのを見て、アイズの全身に危険信号が響き渡る。
「全力退避‼︎」
風を最大まで高め、一気に退避する。それでも本能が撃ち鳴らす危険を報せるアラームは鳴り止まない。
「アイズッ⁉︎」
ウダイオスの巨体から繰り出される、あり得ない速度の剣撃は自身が出したパイルやスパルトイを一瞬で蹴散らし。間一髪で剣の間合いから離脱したアイズを凄まじい爆風が襲い簡単に吹き飛ばした。
次の話は原作と漫画で少し違う部分がありますので、漫画を元に話が進みます。
…しかし、シリアスが結構つづくなぁ。ボケれない。