まぁ、あくまでもしもの話なので、こんな終わり方もありかなって思って貰えればいいかなって思います。作者的にはそのままの方がハッピーエンドだったと思っているので。
幻想郷には向日葵郷と呼ばれている場所がある。旧太陽の畑の場所だ。
夏になれば沢山の向日葵が咲き乱れ、太陽を仰ぎ続けている花達は見頃である。夏の花見は其処でやるといいかもしれない。
なのだが、夏になると誰もこの場所に足を踏み入れなくなる。幻想郷に向日葵が咲く場所など此処にしかないのに、だ。
原因は夏に帰還してくるとある大妖怪の所為だとされている。
その大妖怪は翡翠色の見事な髪をしていて、ルビーのような瞳を持ち、痩せ型なのに凹凸がはっきりとした体型をしている。同性すらも羨望させるその容姿は人外のそれだと確信させる程に彼女は美しかった。
持ち得るその容姿だけで十分に人外なのだが、彼女が真に人外足る理由は他にある。
彼女はただ只管に強大で恐ろしい存在だからだ。
故に誰もが彼女に喧嘩を売るような愚を冒さない。向日葵郷とはそれだけ彼女が大切にしている場所なのである。
そして今年も夏が来ていた。
彼女にとって二つも欠けてしまった夏が来るのだ。
□
日差しが強い昼前。
季節が夏となり、人気がなくなってしまった向日葵郷へと続く道に少女が歩いていた。
麦藁帽子を頭にかぶり、白いワンピースを着て、サンダルを履いている。夏らしく尤もらしい格好だが、危険が多い幻想郷では迂闊な格好だった。
少女はそんな事実を気にせず、鼻歌を混じりながら歩いていく。
そのまま向日葵郷に辿り着くと少女は中央に位置している屋敷の玄関へと向かい、立ち止まる。かと思ったら首に下げていた紐を外すとその先に付けていた鍵を手に取った。
そして屋敷の玄関にあった鍵に差し込む。
すると鉄錆びた音が響き、玄関の扉を少女は開いてしまう。
靴を脱ぐと丁寧に揃えてから玄関にあがり、我が物顔で玄関近くにある部屋に入る。
屋敷全体が埃臭いので換気の為か居間らしきその場所の障子窓を全開にして開くと順次部屋を回り、開け放っていった。
それが終わると何処からか掃除道具を取り出してきて、少女は麦藁帽子を脱ぐ。隠れていた翡翠色の髪が背中まで零れた。彼女はそれを一纏めにして所持していた紐で留める。
翡翠色のポニーテールを揺らして少女ははたきを手にして行動し始めた。
少女が掃除を始めてから数時間後。
彼女の掃除が終わる頃には昼下がりの午後となっていた。
照り付けていた日差しはやんわりとしたものに変わり、過し易い一日になっている。
それを感じ取ったのかポニーテールを解いて、麦藁帽子をかぶると玄関から外へ出ていく。
行き先は井戸。其処で水を汲み、手に提げていた桶に移し変える。成人男性でも容易ではないその作業を彼女は軽々とこなしていた。
水を入れた桶と柄杓を持ち、今度は向日葵畑へと足を進める。
沢山の向日葵が太陽へ向かって咲き乱れ、太陽は眩しく照らしだす。現在向かっている先の奥に一際太陽の光が眩しい場所がある。其処だけには何故か向日葵が植えられていなかった。
向日葵が植えられていない場所の中央へ少女が向かうと不自然に立てられている石がある。長方形をした無骨な石。
彼女はそれの前に立ち止まると桶を置き、しゃがみこんだ。
「久し振り」
そう声を掛けると少女は愛しむ表情で微笑む。
「今年も夏に来たわ。今年は少し遅れるかもと思ったけどね。西方の連中が思っていたよりも大したことなかったから間に合っちゃった。ふふっ。今年も暑いから冷たい水をあげる」
桶を手に取って立ち上がると柄杓に溜めた井戸水をゆっくりと墓石に掛ける。
それを数度繰り返すと少女は残りの井戸水を墓石の周りに垂らす。蒸散させて温度を下げる為だろう。
彼女は中身が空となった桶を地面に置くと身体を一回転させる。
「貴方に貰ったこのワンピース。また着てきたのだけれど如何かしら?」
当然、返事はこない。
ふわりと回転した際に浮かんだ裾を握り締める。
「それで夏の間はいつものと同じく屋敷を借りるから。泣き虫の博麗の巫女をからかうのも面白いかもしれないわね……」
やはり返事はない。
彼女は寂しげな表情を浮かべるしかなかった。
そのままその場で佇んでいると忙しない足音が向日葵畑の中に響く。人間の子供くらいだと少女は判断した。如何やら此方の方まで来ているらしい。
がさり。
向日葵を掻き分ける音がして、其方へ振り向くと男の子が立っていた。
見た目から判断して十歳は越えているだろう少年が息を荒げて少女を見ている。
少女はその小さな来訪者に対して怒るのでもない感情を不思議と抱いた。その感情は嘗て大切な人に抱いたものと一緒だった。
荒げた息を整えると少年は口を開く。
「ひ、向日葵は好きですか!?」
その言葉で少女は大切な記憶を思い出す。
大切となった人との出会いを飾った言葉。
何故か胸に熱い思いが込み上げてくる。
「好きよ、大好き」
「そうですか、じゃあぜひ友達から始めさせて下さい!」
息巻いて花を差し出す少年。
その手にはチューリップが握られていた。
少女は震える手でそれを受け取る。
「風見幽香。風見鶏の風見に幽霊の幽と香るで、風見幽香。貴方の名前は?」
「東方太陽です!」
少年は嬉しそうに名乗った。
□
輪廻転生。
人が生を始め、死に向かい、あの世でその次を待つという繰り返しの法則。
それは誰に対しても平等に行われ、余程の罪人でなければその繰り返しの輪に戻っていく。
生は愛しまれ、死は尊ばれ、罪は裁かれ、全ては輪廻に還る。
閻魔大王は地獄の冥府で笑う。
浄玻璃の鏡を覗き込みながら。