向日葵畑をもう少し拡大させようと土を慣らすために鍬で耕していたのだが、その最中に事件は起こった。
調子に乗って格好つけて思い切りよく振り上げてから十分に力を溜めて振り下ろしたら鍬が根元からポッキリと折れてしまったのだ。
圧し折れる音が響いたと思ったら手に痺れが出て猫背になり痛みの所為で呻くと土地の中から微かに露出した大きな岩らしい一部分が見えた。
原因はそれだった。
どうやら鍬の先端部分が振り下ろした時にこれとぶつかってしまい、衝撃が根元に押し寄せて折れてしまったらしい。
祖父の代から使っていたので古く錆びついていたのを放置していたのが悪かったのかもしれない。素人目でも分るくらいにこれは直せないと思う。
しかし、困ったものだ。
幻想郷の農具は結構貴重な物だったりするので直ぐには手に入らない。
農家は一家に一台は必ず備えてあるのだが、それはその人達が使う物だし、わざわざ耕すために借りに行くのも距離が離れ過ぎているしな。
思案顔を晒して折れた鍬を眺めていると客人が来る。
「あら、どうしたのかしら?」
風見さんだった。
折れた鍬を見せつけながら相談する。
「使っていた農具が折れてしまいましてね。代わりがないので畑が耕せなくて困っているんですよ」
「それは大変ね」
俺の説明を聞くと彼女は顎に手を添える。
何か考えてくれているようだ。頼りになるぜ。
「お金か外界の珍しい物を持っているかしら?」
「あまり使わないから金銭は外のやつも幻想郷のも持ってますよ。珍しいというのは主観によって変わるので分らないですが」
ここ幻想郷では流通する貨幣があるにはあるのだがあまり使用する機会が少ない。(ちなみに使われているのは小判とかあるので江戸時代くらいの貨幣だろう)
それは俺が人里へ行くことが少ないからではなく、物資はある程度とある筋から配られるし、働いている者達は物々交換で取引をしているからだ。
うちは向日葵の種や葉を食料品と交換してる。幻想郷に向日葵はここ以外植生してないので貴重らしい。昔は太陽の畑という向日葵畑があったそうなのだがね。
「向日葵油じゃ駄目ですかね。去年実家に帰った時に作っておいた物が残っているんですけど」
「もっと違う物がいいわ。例えば幻想郷では使えなくなる機械類とか」
交換する意味なくないか。
いや、嗜好品として外の物を持ちたいのかもしれないな。
「んじゃ、バッテリーが切れた玩具でも持っていこう。いいっすよね」
「それは店主次第です」
そうと決まればさっそく屋敷の戸締りをして荷物を整理する。
納屋で眠っている幼い時分に遊んでいた玩具を引っ張り出し、俺は風見さんが先導する道へついて行く。
彼女と他愛もない会話を続けていると森の入り口らしき場所に謎の建物が見えてくる。日本とは別の異国情緒を大いに感じる奇妙な建物。曲がった標識やパンクしたタイヤ、サーフボード。なんか悪口ではないが塵を飾っているような外観だ。
塵屋敷……まさか子供の時にバラエティやニュースで度々目にしていた塵屋敷が幻想入りしていたなんて……誰得だよ。
「此処よ」
「は、はい」
あまりの外観に呆然としていると風見さんから声が掛かり、彼女が率先して扉を開き、店らしき中へ入店する。彼女の背から覗き見ると外観よりも片付いていたが中も塵が高積みになったりして溢れていた。
棚にはスピーカーがないCDコンポやテレビ本体がないビデオデッキなどが後生大事に飾られている。床にも同様の物が転がっているし。
「店主は御在宅かしら」
「営業時間内だから当然いるよ」
風見さんが何処かへと問い掛けると奥から琥珀色の瞳の上から黒縁眼鏡を掛けた白髪頭の男が現れる。
店主の格好を上から下へとじっくり眺めると、なるほど。中国と日本の着物が混ざったかのような奇妙な格好をしていた。
確かにこの塵屋敷の店主だと思わず納得してしまう説得力ある格好だ。折角の顔の整った美男子ぶりが勿体無い。人の好き好きだがな。
「いらっしゃいませ。何か御用でしょうか?」
「鍬が欲しいのだけれど物々交換できるかしら」
「実際に物を確認しなければなりませんけれど宜しいですか?」
店主の言葉に軽く頷いてから風見さんは此方に振り向き、俺を見る。
俺は整理して持参してきた風呂敷の結び目を解くと交換物である玩具を店主に手渡した。
「これは……"魔装戦器ジェノサイドセイバー"? 光って喋る不思議な剣の玩具だって!?」
何故か店主は物を見ただけで名称と使い道を判別した。
もしかしたら彼はそういう能力持ちなのかもしれない。この幻想郷には不思議な力を持つ種族や人間がいるから彼もその一人であるようだ。
というか店主が凄い驚いているんだけど。どうしたんだろう。
「まさかこれが伝説のインテリジェントソード……だって言うのか…………それが外の世界では子供が気軽に遊べる玩具になっている……そんな馬鹿な!?」
ぶつぶつと呟きながら一人で熱くなる店主。
その姿が幼い時の自分の姿のようで懐かしい。剣の周りがボタンを押すと光が点滅して格好良かったんだよ。それで見た目に騙されて親にお願いして買って貰ったはいいけど一週間持たずに電池が切れて使えなくなったけどな。いい思い出だ。
「僕の声が聞えてるでしょうか? 聞えるのなら光るなり言葉を話すなりして返事をしてみて下さい!」
回想から戻ると店主がえらい剣幕で敬語のまま剣の玩具に話し掛けていた。
此方に登場した時は冷静でとても大人な青年に見えたのにな……。
何とも言えない気持ちになり俺は店主へ教えてあげる。
「その玩具はもう使えないんですよ」
「……そうですか。残念です」
肩を下ろして落ち込んでしまった。
そこまで楽しみにしてくれたのか。さっき話し掛けてたもんな。
「それでそれと鍬を取り替えてくれませんでしょうか?」
「それは勿論。此方からお願いしたいくらいです。では、お持ちしましょう」
店主は奥へ消えていく。
ふと横を見ると風見さんが上機嫌でくすくすと抑えながら笑っている。
「冷静な店主がこうまで乱れるなんてね。太陽を此処まで連れて来て本当によかったわ」
「あの人にはお気の毒ですけどね」
「ふふっ。店主もお気に入りが手に入ったのだから本望の筈よ」
「だといいですけどね」
数分後に奥から戻ってきた店主から丈夫そうな新しい鍬を受け取る。
その際に店主から
「まだ珍しい物をお持ちのようなら、ぜひまた御来店を」
と笑顔で告げられ、口に手を当てて笑いを誤魔化す風見さんを連れて早々に店を出た。
なんだか騙しているようで良い気がしなかったのだ。
その後、店主が妹分らしい魔法使いに玩具の剣を自慢していたらしいことを風見さん経由から聞き、余計に心が痛くなった。