最近のことであるが畑に悪戯を仕込んでいく人間がいるらしい。
現行犯を直接見ていないので曖昧な言葉になってしまうのだが、とにかく誰かが畑に悪戯しているのだ。
先日、俺はその悪戯の一部である落とし穴に引っ掛かり、頭から落ちてかの有名な犬神家の一族なみのアクロバティックなポーズを決めてしまったのである。早朝で誰も見ていなかったのが救いであった。
幸い怪我なく済んだのだがこれは危ないなと思い、地元民である風見さんに相談をした次第である。
俺の話を聞いた彼女は直ぐに思案顔になり
「専門家を呼ぶから二、三日貰えるかしら」
と言い残し心当たりを当たってくれたのであった。
丁度、今日にその専門家と会うこととなっているので来るのを家の外で待っている。
向日葵をしげしげと観察していると向日葵郷の出口である一本道から人影が此方に向かって歩いて来るのが確認できた。
あれが頼んだ期待の人物に違いない。
その人物の姿がまたとんでもない美少女だったことに驚く。
赤いカチューシャをアクセントカラーとした肩まで伸びた見事なブロンド、此方を真っ直ぐに見据える金色の瞳。少女趣味丸出しのロリータファッション。その全てが混じりあい調和して彼女と言う一人の少女が構成されている。
一言で表すならば少女として完成しているだ。
風見さんも恐ろしいほどに綺麗で可愛らしいが、彼女は別次元のものだろう。そうまるで芸術品でも鑑賞している気分になるのだ。
「え、と。貴方が風見さんが紹介してくれた悪戯の専門家さんですか?」
「そんな仕事に就いた覚えは無いけど風見幽香に脅されて来たのは私で間違いないわ」
「……脅されて?」
「いいわ、いま言った言葉は忘れて」
眉間に手を添えて疲れたみたいなジェスチャーをする彼女。
風見さんにどんな弱みを握られているのだろうか。
「アリス・マーガトロイドよ。普段は人形師をしているわ」
どう見ても十六歳か十七歳くらいにしか見えないのだが、その歳で仕事に励んでいるのか。もしかたら四季さんのように若作りなのかもしれないが。
「失礼ですがあまり聞かない職種ですね。人形を創作する職、ということでしょうか?」
「そうね、それで合っているわ。ついで補足すれば人里の子供達相手に人形劇を披露しているわね。あまり景気はよくないけど」
「それでも夢のある職業で」
「おかげで生き甲斐になっているわ。だらだら生きていくのも性に合わないし」
マーガトロイドさんはどうやら真面目な人のようだ。人形劇を生き甲斐にするとは枯れているとも思えるが。
此処等辺に来て初めてこういう人に出会ったかもしれない。
「さて、私も暇じゃないからすぐに用件に取り掛かりたいのだけれど……」
「風見さんから現状は聞いてるでしょうか?」
「いいえ、何も」
流石、風見さん。
何も知らない人間にどう脅して協力させたのだろうか。
「こんなことを今更言うのもなんですがいいんですか? 協力していただいて」
「いいのよ。知り合いが遠くに旅立って暇だったから……」
一瞬だが金の瞳に憂いを宿すのが見えた。
地雷を踏み抜いてしまったかもしれない。女性がそういう瞳で意味深な発言を残す時、それは相手に知って貰いたいと無意識に考えていることが多いそうだ。この場合は謝るよりも知らぬまま通した方がいいのだろう。無暗に触れれば責任を取らなければならなくなるのが大人だからな。
「……聞かないのね」
ほらな。
「自分は領分をしっかり弁えてますから」
「そう……少しだけ、ほんの少しだけだけれどアイツが貴方に依存しているのが分る気がするわ」
真面目ゆえなのだろうか。この人面倒くさい。
知りたくもないが恐らく現在のこの人は身内かそれに近い親しい人を失って誰でもいいから代わりの繋がりを欲しているのだろう。内面も少女らしく本当に面倒くさそうだ。
さっさと用件を済ませて呼んでおいて失礼だが帰ってもらおう。それが俺にとってもこの人にも良い選択だと思う。
「逸れてしまいましたが貴女に解決して欲しい用件をお話します」
「ええ」
彼女に悪戯の件を伝えると早急に対応してもらう。
何をしたのかは知らないが後日、悪戯が再度起きることはなかった。