波形に癖付いた翡翠色の髪が風に靡き揺れる。
しなやかな白い手がそれを抑えた。
静かに燃える二つの眼が太陽に照らされ赤く光って、憂うように眼前に広がる向日葵を眺める。その姿は淑やかな令嬢を連想させる。正に可憐だ。
まぁ、黙っていればだがな。
「何か、失礼なことを考えなかった?」
「いいえ何も」
咲き誇る向日葵群にご執心であった我らが風見さんは俺の方へ振り返り微笑を浮かべていた。
怖い。綺麗な笑顔の筈なのに震えがでるほどに怖い。
「風見さんさ、今日はどうするの?」
「何をよ」
いまだ表情が笑顔を引き摺っているがこれは誤魔化せるチャンスだ。
「昨日は泊まっていかなかったけど、今日は泊まってくの?」
風見さんは時々祖父の家に一晩泊まっていくことがある。
家までの道程が危険で、それなりに距離があるらしい。
「貴方の家には狼が居るから怖いわ。どうしましょう」
「その狼を昨日散々おちょくっていったのは誰だよ」
「あら、勇敢な人もいるものね。会ってみて見たいわ」
「鏡見れば直ぐに御対面できるよ。それでどうするの?」
「今日は長居する気もないし、帰るわ。またの機会にさせてもらうわね」
本当なら風見さんの家まで送って行きたいが、此処等辺は地図にも載っていなく、土地勘がないと直ぐに迷子になってしまう。足手纏いになるのは目に見えているので何時も自重している。
この土地に残る伝承だけれど妖怪とか出る、らしいしな。信じていないが確かに田舎過ぎて出そうという雰囲気がある。
そういえばどんな妖怪か知らないな。
「風見さん、風見さん」
「はい、はい」
「昔、爺ちゃんに聞いたんだけれど、此処って妖怪出るらしいね」
「そうね。よく出るらしいわ」
「漠然とした話しか知らないんだけれどさ、どういう妖怪なの?」
「どういう、ね……」
向日葵に向き直り、此方に背を向ける風見さん。
「花」
「はな?」
「そう。植物の花。花をこよなく愛する妖怪で一年中花が咲いている場所に移っては観賞してるらしいわ」
「あぁ、それで此処に出るとか話が作られてんのか」
「そうじゃないかしら。見事な向日葵ですものね。貴方のお祖父さんは本当に趣味が良かったわ。変わった人だったけれど」
祖父が変わっているなんて今更な話だ。
「それにしても花好きの妖怪ね……」
「何か思うところでも?」
「うん。なんか可愛らしいな、と思わない?」
「えっ?」
軽く驚いて振り向く風見さん。
何、その反応。10年近く付き合いがあるけれど初めてだよ。
「か、可愛らしいって、聞き間違いかしら?」
「いや。だって可愛らしいじゃないか。女の子っぽくて」
「女の子……」
俺の妄想の中では既に妖怪は淑女の姿になっているぜ。
「帰る」
「えっ?」
「今日はもう帰るわ。疲れてきたし」
日光を浴び過ぎたのか風見さんの顔が赤くなっている。
今日は日傘持ってきてなかったもんな。
「疲れたのなら少し家で休んでいけば?」
「お気遣いありがとう。また来るわね」
「ああ、うん」
珍しく足早に去っていく。
しばらく経ってから俺は昨日された棒アイスの仕返しすることを思い出したが、なぜか溜飲が下がっており水に流すことにした。