突然だが麦茶の作り方を知っているだろうか。
パックを水に浸して作る製品の話ではなく、一から自分で作った手作り麦茶の話だ。
確かに企業製品の簡易麦茶パックで出来る麦茶も美味いけど、俺には昔から拘りがあって麦茶は自分の手作りこそ至高なのだと思うのだ。
自分で一から作ったと自慢に思える物を暑い夏にいただき、喉を潤す。どうだね、最高だと思えないだろうか。その証拠に最近とある裁判官と名乗った人物に自慢の手作り麦茶を出したところ絶賛の一言を頂戴した。
『ふふ。冷たくて美味しい麦茶ですね。夏にぴったりです』
俺は思わずガッツポーズした後に抱き付きたくなったが初対面の女性にそんな無謀で失礼な真似は出来なかった。大人な態度で接しましたよ。
「と言う訳で作っていきます」
「私は時々物を渡して、後は見ていればいいのかしら?」
「ええ。お願いします」
風見さんが助手と観客を兼ねてくれることとなった。
だって縁側で暇そうだったんだもん。
「じゃあ、手作り麦茶工房はっじまるよー」
「はい、はい」
呆れた顔でも合いの手を入れてくれる彼女に拍手。
それも風見さんが自分で拍手してくれました。何だこれは。
「それではまず大麦を用意してください。これはあらかじめ洗っておいて十分に乾燥させたものを使用します。乾燥させる時は日向でも日陰でも構いませんのであしからず」
風見さんが大麦を入れて置いた中華鍋らしき物を渡してくれる。結構重い筈なのに何気なく軽々と片手で持ったけど凄いな。あの細腕の何所にそんな怪力が潜んでいるのやら。
「次にこの大麦を茶色になるまで炒めます」
釜戸に火をくべて、その上に中華鍋を乗せ炒め始める。
焦げないように気をつけながら様子を窺う。途中から実が弾ける音が鳴り始め、麦の香りが漂ってくる。酒の摘まみにいいかもしれない。
「そして最後に鍋へ水を投入し、煮出し始めます。時間は十分くらいが目安かもしれません。覚えておきましょう」
「さっきから誰に言ってるのかしら?」
「風見さんに決まっているでしょう。観客役も兼ねているのだから」
「では、聞いときますわ」
煮出し終えたんで、釜戸の火を消して自然冷却させてから氷室へと持っていく。
氷室って便利だよね。何か爺さんが生前にレティっていう外国人に頼んで毎年冬の間に雪を運んで来てもらっているらしい。それは爺さんが死んだ後も続いているようだ。会ったことがないので御礼も言えていないが。
「観客として聞くのだけれど完成した麦茶は何時飲めるのかしら?」
「風見さんが家に居る間は無理かな。明日来る時間くらいには出来てるだろうけど」
「そう。折角作った完成品が飲めないのは少し残念」
ふふっ。甘いな、風見さん!
そう言われると思って当然用意してました。
「昨日作った麦茶~」
「おどけて言われてもどう反応すればいいのか分らなくなるから止めてくれる?」
「……すいません」
風当たりが冷たいぜ。
俺は少し肩を落としながら氷室へと昨日の麦茶を取りに行く。
そして最高へのお膳立てを忘れてはいない。氷室に先程から冷やして置いた器をお盆に乗せて、麦茶をそれに注ぐ。
くっくっくっ。至高にして究極の麦茶を味わわせてやるぜ。
風見さんが座って待っている縁側に向かい、彼女の横にお盆ごと置く。器を持たないのは俺の体温で不快にさせないためだ。
「おあがりよ(ドヤァ)」
「……いただくわ」
さっそく器を手に取り、「あら?」と驚く風見さん。気付いたようだな、器の冷たさに、よ。
器を傾けて口元へと麦茶を運ぶ。喉の美しい線が動き、潤していっている。育ちの良さそうな上品な仕草で器を唇から離した。
俺も生唾を飲み込み喉を鳴らして評価を待つ。
緊張の一瞬。風見さんの口が開く。
「確かに冷たくて美味しいわね」
「そうでしょう! やったぜ!!」
数分後。風見さんに麦茶の出来を褒められ俺はテンションを上げたが、直ぐに風見さんの毒舌が入り居間の座敷で不貞寝した。