向日葵郷~幽香に会える夏~   作:毎日三拝

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十五話

 鈴蘭。君影草。谷間の姫百合。

 全て同じ花の名称なのだが、この花には極めて強力な毒がある。人間がその毒を摂取すれば最悪の場合は死すらありえるくらいに。

 現在、向日葵郷には客人が訪れていた。

 赤い紐を頭の頂点で結んだ蜂蜜色の緩やかなウェーブを描いたショートボブに湖のように澄んだ青色の瞳。無垢で純真な少女に相応しく子供っぽい洋服がよく似合っている。傍らには少女と似た服装の人形がふわふわと浮かんでいた。

 少女は歌を口ずさみながら、縁側で深い眠りについた青年を見下ろし、笑顔のまま言う。

 

「ねぇ、幸せよね? そうなんでしょ?」

 

 確認するように問い掛ける少女の笑顔が禍々しく歪む。

 少女の名前はメディスン・メランコリー。鈴蘭畑で生まれた比較的新しい妖怪。捨てられた人形達の希望の形を成している存在だ。

 

「じゃあ、そのまま死んだ方が幸せよね?」

 

 青年は少女によって毒されていた。

 彼は二度と覚めないかもしれない幸せな夢を生きている。

 永遠だと信じて疑わなかった幸福の日々。祖父がいる何も欠けていない向日葵郷を過した日々を望んでいたがゆえに彼は毒に負けてしまっていた。

 現実よりも理想を選んでしまったのだ。

 即ち毒薬転じて甘露となる。

 

「コンパロ コンパロ 毒よ集まれ~」

 

 少女は青年を更なる夢を誘おうと毒を与え続ける。

 青年の命運は尽きたとも言えるが、青年の終わりはそこではなかった。

 来訪者は唐突に現れる。

 

「彼はまだ生きているの?」

「もう直ぐよ。もう直ぐこの人間の身体と心に毒がまわり、苦痛から解放されるの。人間が人形に変わるのよ。私の毒で死ねる、なんて素敵なのかしら」

 

 くるくると身体を回転させながら子供のように無邪気な表情を浮かべる少女。

 幽香は若干いらつきながらも毒を解毒するように問い掛ける。珍しく表情を引き攣らせていた。

 その説得を命乞いだと勘違いした少女は調子に乗って幽香にも毒を吐く。

 

「あはははっ! すっかり人間に毒されてしまったのね。同じ妖怪として恥ずかしいわ!!」

「まだ許せるわ。先輩として生まれて間もない妖怪の戯言だと聞き流せる。今ならば……」

 

 最大限の譲歩を提案する幽香。

 しかし、一度調子付いた愚か者は直ぐには止らない。

 

「向日葵に憧れている癖して毒を孕んでるなんて……やはり気持ち悪いわ。うん、気持ち悪い」

 

 不用意に口にした言葉が自分を死に追いやるなど想像もしなかったのである。

 少女は自分の言葉で俯く幽香の反応を見て確信した。自分の毒が効いていると。そのまま畳み掛けようと口を開こうとしたが止る。

 

「人間が生み出した玩具の分際で、私を……もういいわ。我慢の限界よ。そうだ。折角だからいいことを教えてあげる」

 

 緋色の眼差しが少女を貫く。

 張り付けていた軽薄な笑みを捨て無意識のうちに少女は喉を鳴らす。生唾を飲み込んでいた。

 

「私はどこぞの閻魔のように親切でないわ。先輩として貴方にとって残酷な言葉で口説き堕としてあげる」

「は? さっきから貴方は何を言ってるの」

 

 雰囲気がおかしくなった目の前の妖怪に疑問を口にした瞬間。空気が変わった。

 その空気は小さなスイートポイズンという異名を持つ少女にとって毒々しく甘美なるものだった筈だったのだが少女は思わず吐き気を催すほどに毒される。その毒は毒人形たる少女の許容量を遥かに越える。

 一端の妖怪が得意とするものへ本能的に恐れを抱いてしまった。

 少女は小さく後退り、表情を歪ませる。

 その様子を眺めて風見幽香は端整な顔に侮蔑の表情を浮かべた。

 

「所詮。人形は人形よ。ほんの幽かな魂を宿しても、仲間を集めようとも人間には成れない。いい加減気付け、お前を捨てた存在に憧れ求める哀れな人形。人間に毒された存在。そして最後に本当の心を知った時。お前はどうせ絶望して果てるよ」

「嘘よ! そんなの嘘っぱちに決まってるわ! 私には人間以上の人形になるのよ!!」

 

 それは間違いなく心からの叫び。絶叫だった。

 少女はその使命があるからこそ戦える。そう、どんなに否定されても心に宿した熱き情熱が何度でも湧き上がり立ち上がれる。

 しかし、その使命はたった一言で粉々に砕かれた。

 

「幻想よ。その願いの全てが幻想に過ぎないわ」

 

 これがただの妖怪の言葉なら少女は心から信じたものを見失わず、目の前の存在に勇敢なまま立ち向かっただろうが、風見幽香は一介の妖怪などではない。

 古より生きて人間だけではなく、同種の妖怪すらからも恐れられる化け物だ。

 本気の彼女が発した言葉は如何なる存在も確実に殺しきる猛毒であった。

 遂に少女は反論する言葉も失う。

 心を守るために必死で考えた理論武装が失ってしまったために少女はその身に宿す小さな心を目の前の居る化け物に圧迫される。

 そして一方的に少女を詰る言葉が紡がれていく。

 

「お前は間違いを起こした。その小さい身体に見合う心しか持てず、本来ならば知らなくてはならない事実を見逃した。全ての人間がお前を捨てたようなものだと限らないことに気付かなかった。私が直々に教えてあげるわ、無知は罪なのよ?」

 

 白い日傘の尖った先端を鈴蘭少女に向ける。それだけの動作で既に相手は縮こまりその場から逃げることも出来ず口から微かに漏れる喘ぎ声しか自己主張する。

 本物の恐怖が鈴蘭少女に襲い掛かっているのだ。

 

「今度は逃がさない。お前は此処で壊れてゆけ」

 

 懐から一枚のカードを取り出す。

 風見幽香は微笑みも忘れ、ただ残酷に宣言した。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

「御機嫌よう」

 

 目が覚めたら風見さんの胸が目の前にあった。迫力ドアップで視界の大半を占めている。

 驚いて慌てふためき身を起こそうとしたが、身体が何故か動かない。

 

「当分動けやしないわ。諦めて寝てなさい」

「あの……何で俺は風見さんに膝枕して貰っているんですかね」

「鈴蘭の花言葉を知っているかしら?」

「はぇ? 知らないですけど」

 

 なんで鈴蘭の花言葉なんだ。

 現状と何か関係あるのだろうか。

 

「幸福が戻ってくる、よ。そんなこと決してありえはしないのに」

 

 風見さんの憂いを帯びた赤い瞳が虚空を見詰める。

 そんな言葉を呟くというのは過去に相当嫌な思い出があるのだろうか。

 俺はふと先程まで寝てた時に見ていた夢の内容を思い出した。

 

「私はただ貴方に覚えていて欲しいのよ。一度失った幸福は取り戻せないことを」

「……そういえば風見さん。俺さっきまで夢見てたんですけどね」

「うん」

「その夢では爺ちゃんは生きていて俺と風見さんと爺ちゃんで楽しく暮らしてたんですよ。まるっきり爺ちゃんが居た頃の日々でした。俺はあの時が一番好きで今でも戻りたいと思っています。けどね」

「うん」

「爺ちゃんが俺に言うんですよ。地に足を着けて生きろって。夢で満足してはいけないって」

「うん」

「そんなに駄目なんですか? 夢見る位いいじゃないすか」

「駄目よ」

 

 軽く叱るようには否定した。

 俺の顔を覗き込み、ふっと微笑んで風見さんは囁く。

 

「私がいる。それだけでは不満?」

 

 俺は即答する。

 

「最高です」

 

 気恥ずかしさのあまりに俺は外へ顔を背ける。

 夕日で赤く染まる向日葵は空気を読んだように反対側を向いていた。

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 オマケ

 

 

「敗北の味美味しいです~。次は私が必ず毒にしてみせるわ~」

 

 とある鈴蘭畑の中心で一張羅がずたぼろになった金髪青眼の人形は花妖怪への雪辱に燃えていた。

 これで少女は確実にまた毒々しく変わるだろう。毒人形は本来ならスペルカードルールに変わってしまったために得難くなった経験を手に入れたのだから。




マジギレゆうかりん怖す

※スペルカードルールは妖怪同士でも殺し御法度です
 多分に死ぬほど、壊れてしまうほど楽しい弾幕だったのでしょうね

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