今日は一日平和で代わり映えもなく、平凡に過ぎていくと信じた疑わなかった。
向日葵の水遣りを終えてから風見さんが来て、平和に縁側で茶を啜っていたのに。それをぶち壊す存在が来訪した。
そして俺は悟る。
庶民にとって非日常とは何か。
その答えに俺は数十年生きてきてようやくと行き着いた気がする。
俺にとっての非日常、それは――
「疾く、素早く私の目の前から消え去りなさい。それとも自分が虐められない存在だとでもいうことなのかしら? 馬鹿にしているの? この私を?」
「"山中の賊を破るのは易く、心中の賊を破るのは難し"私の敵は常に私だけ。手一杯で貴方まで気が回らないわ。そうね、敢えて口にするならば眼中に無いということよ」
「私を山賊扱いで取るに足らないと? 己惚れるのも大概にしないと足元を掬われるわよ。見た目通りに少女らしく泣くことになるわ」
「御忠告痛み入るわ。でも、これからは心配無い。何故なら考える脳ごと全てを失うのだから」
なにこれ怖い。
悪戯気質だけれど茶目っ気だと分る風見さんが会った瞬間にブチ切れている。常に微笑を絶やしていないけど分かる。一触即発とは正にこのことだとばかりに。
何をしたんだよ、※仮称 八雲紫。
最初は冷静で、目を弓形にして楽しそうに話してたのだけど、会話していくうちに紫色の扇子を広げ口元に当て表情を風見さんに分らないように誤魔化している。横から覗いた感じでは口角が震え怒りを抑えているようだ。
女三人寄れば姦しいと言うけれど二人だと険悪になるのか。もう一人連れてきたら解決するのか、これ。正直にいって面倒臭い。
でも、何とかせねばもうじきに二人がくんずほぐれつになる可能性が高い。見る目麗しい少女二人がレッツ、キャットファイト。見てみたい。
いや、いや止めなくては……。
「あの、途中で割って入ってすいませんけど喧嘩なら外でやってくれませんか! 掃除したばかりなんで!!」
二人とも一斉に此方を向く。微笑んだまま。怖い。
しかし、すこしばかり冷静になったらしくその場から険悪さが消失した。
「客人の分際ではしたない真似を晒したわ。ごめんなさいね、人間」
※仮称 八雲紫が俺に謝る。俺の呼び方が人間って……。今度は人外にでもなった設定か。
風見さんはというと頬を膨らませて顔を背けたままだが落ち着いたようだ。
「※仮称 八雲紫。風見さんとは仲悪いの?」
「呼び方がおかしい気がするけど、まぁいいわ。花妖怪とは犬猿の仲かしらね」
なるほど。風見さんは妖怪ポジションか。花好きだし似合うな花妖怪。
「風見さん。俺が言えた義理じゃないけど仲良く出来ないの?」
「無理ね。そこの妖怪の賢者が土下座して平伏するなら考えてみてもいいわ」
「大人気ないっす。流石、風見さん」
仲悪いって公言する割には※仮称 八雲紫を妖怪の賢者と呼んであげてる。優しい。
その時、俺に電流が走る。
逆に考えてみるんだ。実は二人仲が良いんじゃないかって。
だって、おかしいだろ。風見さんは自分が嫌う人物にとことんきつい。なのに、設定に付き合ってあげるほどに優しさがある。それに以前に打ち合わせたのか二つ名を用意してあったじゃないか。
間違いない。
この二人は仲が良い。
今日は多分にそういう設定なのだろう。
そう推理した途端に二人を見る目が優しくなる。
「……なにかしら。彼。勝手に自己完結されて外れた方に解釈されてそうな気がするのだけれど」
「…………確かに気持ちの悪い笑みだわ」
ほら、ちゃんと会話しだしたじゃないか。
やはり俺の考えは間違いなかったようだ。
俺は一日、二人を優しい目で見続けた。二人とも帰り際に引き攣った表情をして帰って行ったけど、あれは間違いなく演技していたのだけど仲が良いのが俺にばれてしまったという照れがあったのだろうな。