前回の一行まとめ
・ラム、妹紅の事を気にかける様になる
今回から少し地の文の書き方を変えてみました。
段落始めを一段下げる方法を誰か教えて下さい!!(泣)
もう一人の住人
妹紅が館に留まることを決めてから3日ばかり過ぎたある日。妹紅はスバルに連れられて館の中を彷徨っていた。
「おっかしいな。あの野郎、なかなか姿を見せねぇ……」
スバルはぶつぶつと愚痴を言いつつ、館中のドアを手当たり次第に開けている。
「ねえスバル……」
妹紅がついにスバルの不可解な行動を見かねて、話し掛ける。
「本当に、その……いるの?」
この不可解な行動を始めてからもう既に40分。館の扉はもうあらかた開けた気がするが、スバルの顔に諦めの色は無い。
「本当だって。ベア子っつー引き篭もり野郎が、どっかの扉に絶対いる筈なんだよ」
スバルの主張はこうだ。
この館には主人のロズワール、双子のメイドにエミリア、スバルが住んでいる。しかしもう一人だけ、滅多に姿を見せない住人がどこかの扉の奥に潜んでいるのだ。
「まあスバルの言う事を疑っている訳では無いけどさ」
妹紅は慎重に言葉を選ぶ。どんな者であろうと、これからは家族なのだから。
「随分な変わり者がここには居るんだね」
妹紅が出来るだけオブラートに包んだその言葉に、スバルは扉を開く手を止め振り返った。
「いや、俺から見ればお前も結構変わり者だけどな?」
「ええ!?」
妹紅は軽く衝撃を受けるが、スバルは構わず続ける。
「お前とこの数日を一緒に過ごして分かったけど、お前はベア子と同類だよ」
「どういうこと?」
顔も知らない他人と似ていると言われても、どう反応して良いか分からないものだ。
しかし自分と似ているという人物に興味がない訳では無い。
「どこが似てるっつー訳でも無いけど。なんとなく似てる気がする」
「本当にどういう事なの……」
『似てないけど似ている』。一言で見事に矛盾したスバルの言葉に、妹紅の中での『ベア子』への期待値は、二段階ほど下げられた。
「――うん?」
スバルが不意に、何かを発見した様に声を上げる。
「どうしたの?」
『ベア子』を探し始めてから一時間は軽く超えただろう。スバルにしてもそろそろ鬱憤が溜まってきたようで、扉は途中から開け放たれるようになった。
この光景を見たラムが、スバルを殺してしまわないか妹紅は正直ハラハラしているが、今は黙ってスバルの後ろを付き従う。
仮にそうなったとしても、ラムにスバルへの慈悲を願い出る事は妹紅も吝かでない。
「くっくっくっくっく……」
スバルは唐突に悪い笑みを浮かべ、喉を鳴らし始める。
扉を開け続けている内に精神がおかしくなったのか? と妹紅は本気で心配になる。
「そこに居たのか……。ついに見つけたぜベア公……!」
スバルは今近場にある扉を全て無視して、唐突にどこかへ走り出してしまった。
「スバルー…………」
突然の事に対応出来ず、一人残される妹紅。
彼女の心配は、果たして杞憂ではなかったらしい。
「――おーい、スバルー?」
何処かへ走り去ったスバルを追って、妹紅は屋敷を歩き回る。
何と言ってもこの館は無駄に広いのだ。無駄に。
住んでいる人数が二桁を切っているにも関わらず、百人は軽く住めそうなこの館には、付け加えて広大な庭も付いている。まさしく無駄と形容する他無いだろう。
「――――!」
不意に廊下の奥側から怒鳴り声が聞こえる。微かに鼓膜を揺らしたその音は、男の声にしては少し甲高過ぎるものだ。
駆け足でそちらに向かうと、段々とその怒鳴り声が少女のモノだと判別が付いてきた。もう一人男性の声が聞こえるが、これはスバルのものだ。
「いいから出て行くかしら!」
「なんで今日に限ってそんな引き篭もるんだよ!」
二人の声は開け放たれた扉の中から聞こえる。
「ここはベティーの部屋なのよ。どうしようとベティーの勝手かしら!」
妹紅はその扉の奥を恐る恐るに覗いてみる。
するとそこには、本来は客間である筈の部屋の内装は無く、ただ膨大な数の本が並んだ、不思議な空間が広がっていた。
その中心にいるのはスバルと小さな少女。
少女は金色の髪を妹紅と同じくらい伸ばしており、そればかりかクルクルと巻いて竜巻を起こしてしまっている。
顔立ちはとても可愛らしく、あどけなさが残っている。しかし妹紅は一目見て、彼女がただの幼子では無い事を分かった。
「精霊?」
妹紅が思わずそう呟くと、金髪の少女と目が合った。
「……!」
金髪の少女はすぐさま目を逸らし、何も無い場所で手を振り抜いた。
「うおっ!?」
次の瞬間、砲弾となって飛んできたのは菜月スバル。
「……!」
妹紅は咄嗟に避けようとするが、そのすぐ後ろは壁だ。
間一髪で、飛んでくるスバルに抱きついた。
直後に廊下に響く鈍い音。妹紅は身を呈してスバルの身体を守ったのだ。
「……ッ!」
その代わりに、妹紅は壁に頭を強く打ち付けてしまった。
「妹紅!?」
スバルが妹紅の頭を見るが、出血はしていない。
「おいベア子!」
スバルが叫んだその先には既に、金髪の少女、ベアトリスは居ない。ただ扉があるだけだ。
妹紅はグラグラと揺れる視界を気にせず、顔を上げる。
「大丈夫……大丈夫、怪我はないよ」
「おい、起き上がるな。下手に頭を動かさない方がいいって」
スバルは憤った様子でありつつも、妹紅を心配している様だ。
「本当に大丈夫さ。それよりどうしたんだい、さっきのは」
スバルは何故吹き飛ばされたのか。十中八九やったのはあの少女だ。しかし何故そんな事をしたのか。妹紅は道中スバルから彼女の話しを聞いたが、スバルは彼女に親しみを持って居た。しかし結果はこの通りだ。
「いやほんと、ここまでする様な奴じゃないんだけどな……」
スバルの怒りは未だに冷めないらしい。妹紅はゆっくりと立ち上がる。
「お、おい! 立つなって」
スバルの本気の制止にも、妹紅は余り気にしない。
「大丈夫、大怪我してたら普通こんな風に立てないでしょ?」
「脳の血管とかが切れてたらマジでヤバいんだって!」
スバルは尚も食い下がる。
「分かった分かった、安静にしてるから、取り敢えず下に戻ろう?」
そう言い妹紅が歩き出そうとすると、不意に背後から抱えられた。いわゆる『お姫様抱っこ』という抱え方だ。
驚き、後ろを見ると菜月スバルの姿。
「本当に……悪かったな」
スバルの顔には既にベアトリスへの怒りはなく、今はただ、神妙そうな面持ちをして居た。
「……うん」
妹紅は抵抗せず、スバルに抱えられたまま一階へと戻った。
夕食時になり、妹紅は一人食堂へと脚を運ぶ。
すると通路で同じく食堂へ向かうラムに出会った。
「あら妹紅、昼に頭を打ったらしいわね、大丈夫?」
ラムは先刻の事件を聞いたらしい。
「大丈夫、エミリア様にも治療して貰ったし」
「そう……」
妹紅がそう伝えると、ラムはそれっきり食堂まで前を向いたままだった。
妹紅は正直、ラムとの付き合い方に苦心して居た。彼女は決して冷淡では無いが、それでもどこか冷たい印象を受ける。
正確には、『厳しい』という印象だ。適当な訳では無い。彼女の中には何か確固たる信念があり、彼女はそれに従って生きる、強く厳しい人間なのだ。妹紅はそう思った。
その信念が何か分からない以上、付き合い方もよく分からない。
妹紅はそんな彼女が苦手でありつつも、嫌いでは無かった。
――食堂にはエミリア、パック、スバル、レムが居た。
「おお妹紅」
妹紅を見たスバルがすぐ様声を掛けてくる。
「やあ」
返事に良いものが浮かばず、取り敢えず手を小さく振る。
妹紅が定位置である、スバルの対面側に腰を掛けると、そのすぐ横にも食器が並べられている事に気付く。
つまりいつもより人一人ぶん食器が多いのだ。いつもと言っても妹紅は来てから二回しか夕食を経験して無いが。
「あれ?」
その疑問にはスバルの後方に控えていたレムが答えてくれた。
「今日はベアトリス様もお食事を為される様ですので、その為の食器です」
ベアトリスとは先程スバルを吹き飛ばした少女の事だ。
「あの子もここで食べるんだ」
「いつもはここに座って食べるんだぜ、あいつ。ここ二日がおかしかっただけで」
口調は普段通りだが、スバルの顔には再び、不機嫌そうな色が浮かんでいる。先刻の事を思い出したのだろう。
「スバル君、どうしたんですか?」
レムがスバルに尋ねる。
スバルの僅かな表情の変化を、後方からどうやって察知したのか妹紅は不思議に思った。
「いや、なんでもねぇよ」
スバルからの強い申し出により、エミリア(もといパック)から診察と治療を受ける事になった妹紅。
妹紅はスバルに対しても、ベアトリスに対しても、全く怒りは覚えて居なかった。むしろここまでしてくれるスバルに対しては申し訳なささえ感じるものだ。
そんなスバルの、『レムにだけは内緒にしておいてくれ』という頼みを断る理由も無かった。
「本当ですか?」
レムはまたもや何かを察したようだ。
「本当だって」
しかし対するスバルの意思は硬い。僅かな動揺すらしていない。
「そうですか……」
レムが大人しく引き下がった所で、食堂の入り口から新たな足音が聞こえる。
顔を出したのは件の少女、ベアトリスだ。
ベアトリスは食堂の入り口で止まると、食堂の中の顔ぶれを一人一人見ていく。
最後に回ってきたのは妹紅だ。妹紅はベアトリスと数秒間見つめ合う様な構図となったが、長くは続かなかった。ベアトリスは妹紅から目を離すと、ラムの様に鼻を一つ鳴らして妹紅の隣の席に座った。
エミリアを除いた全員がベアトリスの方を見る。エミリアは原因を知っている筈だが、皆の顔色を伺う様にキョロキョロしている。
「皆して、どうかしたのかしら?」
ベアトリスは前を向いたまま、全員に向けて言葉を発した。
それに答えるのはスバルだ。
「よーしもう我慢できねぇ。ベア子、お前妹紅に謝れ」
スバルの表情は真剣だ。
「何故かしら?」
対するベアトリスは涼しげ--とは少々形容し難い仏頂面で、スバルと向き合っている。
「お前は、俺はともかくとして、妹紅にまで怪我をさせたんだぞ」
私は怪我してないよ、と妹紅は言おうとしたが、場の雰囲気に気押されてしまい、口から出る気配はない。
「謝るべきだぞ」
「…………」
押し黙るベアトリス。
「なんにしろ、お前はやり過ぎだったんだからな」
話す気配のないベアトリスへと、スバルが追撃する。
すると見た目の幼い金髪の少女は、ゆっくりと口を開いた。
「――その点については、悪かったと思うのよ」
ベアトリスはスバルと向き合ったまま、己の非を認めた。
「おやおや、なんだかこわぁーい雰囲気を醸し出しちゃって。一体どうしたんだい?」
「ロズワール!」
エミリアが安心した様に声を出す。
この館の主人であり、この場を治められそうな者がようやく姿を現したからだ。
レムはロズワールを見るなり、一礼をしてから食堂を出ていってしまった。肝心の食事が未だに出てきて居なかったからだろう。
「なんでもねーよ」
スバルはレムに放ったのと同じ言葉を、ロズワールにも言った。
「あらあらご機嫌斜めそうだ事」
しかしロズワールにはこの場の誰にもない、確かな貫禄がある。
「ラムに聞いたよ、ベアトリスと喧嘩したんだって?」
妹紅は辺りを見回し、そう言えばラムもいつの間にか消えている、という事に気付いた。いつ消えたのだろうか。
「ちげーよ。昼の事でちょっとベア子を叱っただけだ」
ロズワールは苦笑する。
「ベアトリスを叱れる者なんて、この館では君くらいなものだろうね」
叱る、という言葉に、ベアトリスは横目でロズワールを睨む。
プライドを傷付けられたのだろう。
「まあ、夕食の時位は優雅に過ごそうじゃないか。――いかにこの館が変わり者の集まりだと言ってもね」
ロズワールはそう纏めると、自分の席に座った。それと同時に、レムとラムがカートに食事を載せて部屋に入ってきた。
何とかいつも通りの雰囲気で食事を始められそうな事に、妹紅は安堵した。正直な話し、自分が原因でこんな大事になるのは二度と御免被りたいところだった。
果たして、自分はベアトリスと打ち解ける日が来るのか、妹紅は不安に思う。誰であろうと、同じ館の住人である以上、家族の様なものなのだ。
不安を抑え切れず、チラリと隣に座る少女の方を見る。
「……!」
すると偶然にも、向こうも横目で此方を見ていたではないか。妹紅は反射的に目線を逸らすが、動揺は全く隠せていない。
「悪かったのよ……」
ベアトリスの声だ。恐らく妹紅にだけ聞こえる様にして、出来る限りの小声で言ってきたのだろう。彼女のプライドの高さは、彼女話しているところを少し見ただけで分かるものだ。それを自分で傷付けてまで、妹紅に謝罪してきたのだ。
微かにしか聞こえない少女の声、その表情まで見る勇気を、妹紅は持っていない。
それでも、
「――うん!」
妹紅はしっかりと応えた。
話しの終わり方が分からない……
次回も幕間です。