不死鳥と始める異世界生活   作:おりの

8 / 9
前回のまとめ
・妹紅、ロズワールと話し合って、屋形の住人になる事を決意。





一人の時間

少し肌寒くなってきた夕方の庭園。その芝生の上で、妹紅は一人脚を抱えて座っていた。

 

ロズワールと上空で話してからというもの、ずっとこの場所に居る。

 

ロズワール邸を眺めつつ、時折ふと茜色に焼けた空を見る。そんな風に過ごしてかれこれ九時間は経っただろうか。

 

本格的に暗くなり始めたからだろう、屋形全体に灯りが灯り始めた。

 

妹紅は昨日まで居た山の方を向く。

 

山の表面は夕焼けによってかろうじて照らされているが、木々の隙間からは確かに暗闇が垣間見えた。

 

もう暫くもすれば、あの暗闇の中では様々な動物が活動を始めるだろう。無数の蟲や、集団で行動する山犬など、厄介な動物は幾らでも見て来た。

 

森の中は決して静かな場所では無い。断じて違うが、人の世で生きた事のある人間には、些か孤独が過ぎる場所だった。

 

 

 

そうしてまた少し時間が経った頃、屋形の中から誰かが出てきた。妹紅はこの屋形に一体何人の人間が住んでいるのか知らない。なので妹紅が知っている人物かは気になった。

 

妹紅が少し眼を凝らすと、辛うじてそれが、男性である事は分かった。

 

男性は暫く立派な石造りの玄関の上を見回す様な動作をして、館の中へと戻っていった。

 

 

 

また暫くして、先程の男性と同じ様な人物が再び館から出て来た。

 

男は先ほどよりも入念な動きで、何かを探すように玄関の上を動き回っている。

 

何を探しているのだろうか? 妹紅がそう疑問に思っていると、階段の上では何も見つからなかったのだろう。今度は階段を下り始めた。

 

もう陽は殆ど落ちてしまっている。こんな暗闇で何かを探すのは、些か無理がある。加えて、庭園はこんなにも広いのだ。一人で探すのは流石に骨だろう。

 

そう判断した妹紅が、男を手伝おう決めて、ゆっくり立ち上がる。すると不意に名前を呼ばれた。

 

「妹紅ぉーーっ!」

 

余りに突然だったので、慌てて声の主を探すと、そちら側に見える人物は一人しかいない。それもそのはず。この庭には、妹紅が今まさに手伝いに行こうとした男性以外に、人の気配は無いのだ。

 

妹紅は瞳を目一杯に凝らして人影を見る。すると見たことのある顔が浮き出て来た。

 

ーー菜月スバル?

 

例の男性、菜月スバルは、手を筒状にして再び暗くなった庭へ叫んだ。

 

「妹紅ぉーーーーー!」

 

妹紅は分かっていつつ、再びびくっと体を揺らしてしまう。

 

しかし二度目にしてようやく、『自分が名前を呼ばれている』という事実を認識する事ができた。

 

スバルはさっきから自分探していたのか? でもそうだとして、何故なのか。

 

居ても立っても居られなくなった妹紅は、全力で走ってスバルの元へと向かう。

 

「妹紅ぉーー……おぉおオ!?」

 

妹紅がスバルの目の前まで来てしっかりと止まる。しかしスバルは何故か芝生の上に倒れ込んで居た。

 

妹紅は肩で息をしつつも、スバルに問い掛ける。

 

「はぁ、はぁ……どうした菜月スバル」

 

「おまえ妹紅か!?」

 

幽霊でも見たかの様な様子のスバルを、妹紅は疑問に思う。

 

「そうだけど……なんで倒れてるの?」

 

「お前こえーんだよ!! どこのホラー映画かと思ったわ!」

 

スバルの大声での訴えに、妹紅は自分の行動を省みる。

 

ーー人の気配のしない暗闇から、突如高速で接近して来た何か。それが妹紅だ。

 

それは普通の人からすれば、確かに恐いかも知れない。というか妹紅だって普通に警戒する。

 

「驚かせてしまったのか、それはすまないね」

 

スバルは腰を抜かすまでには至らなかった様で、ゆっくりと自力で立ち上がった。

 

「ホントにお前、イタズラ上手過ぎだろう」

 

「いたずら?」

 

「違かったのか? まあ何にしろ、心臓に悪いぜ。……そろそろ飯の時間だぞ」

 

スバルはやはり、妹紅を呼びに来ていたようだ。

 

「やっぱり私を呼んでいたのか……」

 

妹紅はその事実に感慨深いものを覚える。

 

「あたりめーだろ。ってかどこの家庭に行けば、庭で夜になるまで一人で遊んでいられる女の子がいるんだよ。心細くなったりしないのか?」

 

「私はもうそんな歳じゃ無いよ。……見てくれも違うだろ?」

 

妹紅はつい口が滑ってしまうが、落ち着いて言い直す。

 

「まあ確かに、子供というには少し大きいか。……案外中学生位だったり?」

 

「ちゅうがくせいとは何を指してるんだ?」

 

知らない単語について、妹紅が尋ねると、スバルは言葉を選ぶようにして、悩みながら答え始めた。

 

「中学生っていうのはなんていうか、単なる年齢の基準みたいなもんなんだけど、ある特殊な見地からすると、大人と子供を分ける重要な境界線だったりするからな」

 

半ば一人ごとの様で、妹紅はスバルの言ってることが余り理解出来なかった。

 

「つまりどういう事だい?」

 

「いやまあつまり、お前が何歳なのかなって思っただけだ。内には変わり種が多いしな」

 

「そういう事か。多分十と四つほどは歳を重ねていると思う」

 

「案外大きいんだな……っと、早く戻るぞ。いい加減戻らないとラムが怒っちまう」

 

「若しかして、ここの住人みんなでご飯を食べるのかい?」

 

「そうなるな。この屋敷には、大きさの割に全然人が居ねーし」

 

「そうなのか……」

 

スバルが館に向かって歩き出すので、妹紅は少し後ろからついて行く。

 

「本当に、あんな真っ暗な中で何してたんだよ」

 

「いや、別になにも?」

 

妹紅が特に何も思う事なく事実を返すと、スバルは驚いたようだ。

 

「マジかよ。ずっと? 一人で? 俺だったら絶対無理だな。だって少なくとも昼くらいからずっとだろ? 俺今日一回もお前を見てねーし」

 

「正確に言うと、もう少し前からだった気がする」

 

スバルは絶句した様子だった。

 

「……ホント変わってるんだな」

 

「……自覚はあるよ」

 

『変わっている』という言葉に、何処か少し寂しい気持ちを抱いた。

 

「もしかして、いっつもそんな事してるのか?」

 

スバルは歩きながらも、少しこちらを見るようにして言った。

 

「まあ、そうだね」

 

「マジか。なら明日辺りは俺と一緒に、この辺りを散歩しないか?」

 

妹紅にとっては少し衝撃的な提案だ。

 

「散歩?」

 

「ああ、俺も明日ヒマだし、お前のことよく知らないからな」

 

スバルの提案は、とても魅力的だった。

 

「散歩か……いいね」

 

「だろ? 庭で一人で過ごすよりかは、よっぽど楽しい筈だぜ」

 

スバルは妹紅の方を振り返りつつ、笑顔でそう言った。

 

そうされると妹紅も、自然と笑顔が浮かんでしまうもので、

 

「私としては、この瞬間すら十分楽しいけれどね」

 

「妹紅は話すのが好きなのか」

 

スバルの問いに、妹紅は少し考える。

 

「……そうなのかもしれない」

 

少なくとも、先程いた暗闇では感じていなかった時の流れを、妹紅は今、確かに感じられている。

 

「まあ、散歩でも沢山話せるしな」

 

立派な石段を登り、ロズワール邸の玄関口へとようやく辿り着く。

 

さっきまでずっと眺めていたこの場所に再び足を踏み入れるのは、なんだか不思議な気持ちがした。

 

 

 

 

「--遅いわよ、バルス。レムの料理が冷めてしまうじゃ無い」

 

扉を潜るとすぐ、朝少し話した赤い髪の少女が居た。どうやらスバルを待って居た様だ。

 

「わりーわりー。ちょっと探すのに手間どっちまって」

 

少女の責める様な目線にも、スバルは悪びれる様子は余りなかった。

 

妹紅からすれば悪いのは自分だと自覚しているので、スバルに申し訳無い気持ちになる。

 

「あら、お客人に罪をなすりつけるなんて、使用人の風上にも置けないわね」

 

少女の毒ははたから見ても強そうだった。

 

「くっ、何も言い返せねぇ……」

 

「ハッ」

 

言葉であっという間にスバルを制した少女は、スバルを見下す様にしてそう嘲笑すると。今度は妹紅の方を向いた。

 

思わず妹紅も身構えるが、ラムはスバルの時とは明らかに違う語調で話し始める。

 

「今朝ぶりね、妹紅。バルスの手前お客人とは言ったけど、ロズワール様の言いつけでは、貴方は今日からロズワール邸の『住人』という事だから。ラムは余りそう構ってあげられないわ」

 

「う……うん」

 

「詳しい事はまた後で説明するけど。今とりあえず言いたいことは、ご飯の時間までに帰って来ないのは、余り感心しない、と言うことよ」

 

「ごめんなさい」

 

「分かれば良いのよ。早くご飯食べましょう」

 

「自分までご飯食べれないからって大人げ無い奴だなー」

 

スバルは先程の攻撃では全くダメージを負ってないらしく、わざわざラムに向かって軽口を叩いた。

 

「…………」

 

ラムはスバルを無言で数秒間睨んだ後、妹紅に向き直った。

 

「最後に」

 

そこでラムは一旦言葉を切ってから続けた。

 

「お帰りなさい妹紅。今日からここが貴方のお家よ」

 

「…………!」

 

ラムの言葉はとても暖かく、妹紅は自分より何百歳も年下の少女から、母性を感じてしまった。

 

すると不意に、妹紅の瞳から涙が零れ落ちる。

 

「うん……!」

 

辛うじて返事は出来たが、一度出始めると瞳からは、次から次へと涙が流れ落ち始めた。

 

突然のことに、ラムは少し驚いた様子だが、妹紅の頭を優しく数回撫でた。

 

「バルス、ちょっと頭出しなさい」

 

「ん? こうか?」

 

スバルも妹紅の様子には戸惑っている様で、ラムの指示に大人しく従う。そしてその頭がラムの目線近くまで来たところで、ラムはスバルの頭をひっぱたいた。

 

「いてッ!?」

 

その攻撃には、叩いたにしてはやけに鈍い音が混じっていた。

 

「ッッ!…………」

 

当然スバルも、突然の仕打ちに動揺したが、妹紅の様子を気遣ってか取り乱して文句は言わなかった。

 

「貴方に何があったのかは知らないわ、妹紅。……でも、取り敢えず今は、一緒にご飯を食べましょう」

 

ラムはそう諭す様に妹紅に告げると。妹紅の涙を拭う手を優しく包みこみ、ゆっくりと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 




これで一章は終わりです。ホント話しが進まなくてすいません。
幕間を数話挟んだら、二章に行きます。

キャラの話し方が、余り統一出来ていない自覚はあるので。余りにおかしな所があれば、教えて下さい。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。