不死鳥と始める異世界生活   作:おりの

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前回の要約
・妹紅、落ち着いて人と会話する事に成功。






決断

「--さむっ」

 

「だから言ったじゃないか。上は寒いよーって」

 

妹紅が今居るのは空。

 

側から見ればただ空中に浮かんでいるようにしか見えないだろうが、実際はロズワールの魔法によって足元に、見えない床が作り上げられている。

 

遮るものが何もなく、ただ思うがまま吹き荒れる風。その中にありつつも妹紅の小さな体はしっかり、ロズワールの身体によって守られている。

 

妹紅が前に立ち、ロズワールがその背後に立つ形だ。

 

「そうだね、私の想像よりここは寒い」

 

妹紅は己の腕で、少しでも体を包もうとするが、この強風の前では余り意味も無い。そもそもロズワールが風除けになってくれているこの状態だと、一番寒いのは脚だ。

 

妹紅の後ろに立つロズワールは、どこか遠くを眺めつつ不敵な笑みを浮かべている。この寒さに慣れているのだろうか。

 

「もっと上まで昇れないの?」

 

妹紅としては、どこまで上れるのか興味がある。

 

「駄目だね。これ以上上がるのは、君みたいな子供には余り良くない」

 

「そうかい」

 

『私は多分、あんたよりよっぽど年上さ』という言葉を軽く飲み込み、本題に入る。

 

「ロズワール」

 

「どうするか、決まったかい?」

 

「うん」

 

--ロズワールとは、空に上昇している間に話し合った。内容は仮にここが妹紅の知っている場所でないとして、果たしてこの館に留まるかどうか、だ。

 

「ここに残るか、未知の世界へと旅立つか……」

 

チラリと上を見上げると、ロズワールの口元には相も変わらず微笑が貼り付いている。彼にとってみればどちらでも良いのだろう。

 

ゆっくりなのか速いのかは分からないが。妹紅は床が上昇する小一時間で、ロズワールの性格がつかめて来た気がした。

 

「……私はここに残るよ」

 

正直決断とは言い切れない迷いのある答えだったが、それでも結論は出た。

 

 

--ここでならばもしかすると、遥か昔に願い、今なお望み続けるモノが手に入るかもしれない。

 

 

言い終わって、ロズワールの様子を伺おうと、首が痛くなるほど上を見上げる。するとロズワールは珍しく、優しげな表情をしてこちらを見ていた。

 

「いいだろう……この館の住人として、君を歓迎するよ」

 

その表情と同様に、優しげな声音だ。『こんな声を出せるのならば、いつもそうしていれば良いのに』と思わずにはいられない。

 

「ありがとう」

 

「ではめでたい事も決まったところだし、下に戻ろうか」

 

妹紅が同意の意味で軽く頷く。

 

するとすぐさまに、足元の透明な床が来た時と同じようにして、下降を開始した。

 

そんな中最後になって、妹紅はふと疑問に思った。

 

「こんな床も作れるなら、ついでに風除けを作れなかったの?」

 

もちろんこれだけ高い位置まで上昇できるというだけでも十二分に凄いが、これでは色々な懸念も湧いてくる。

 

「こっちの方が自然を感じ取れて、いいじゃない?」

 

 

「そんな理由だったのか」

 

妹紅が素直にそう納得すると、ロズワールが控えめに笑った。

 

「冗談だよ、確かにそうした方が良かったね」

 

冗談になっていたのか、妹紅は不思議に思う。

 

「どういう事?」

 

「私もこんな方法で空を飛ぶのは初めてってことさ」

 

「そうなのか?」

 

『こんな方法』と形容するからには他の飛び方も出来るのだろうか。そんなぼんやりとした疑問も湧く。

 

それでも妹紅は取り敢えず、この貴重な光景を目に焼き付ける事にした。

 

遥か遠くまで、果てしなく大陸を。そしてその風を肌で感じる。全てが理解出来るような、清々しい全能感だ。

 

しかし妹紅は、この視界いっぱいに広がる大陸も、無限ではないと知っている。

 

「不思議なもんだね」

 

「なにがだい?」

 

ロズワールの問いに答えず、透明な足場の中で身体を動かし、それまで自分の背後にあったものに目を向ける。

 

 

「大瀑布か……」

 

 

そこには続くはずの大地は無く、ただただ暗闇の世界が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--1時間ほど前--

 

 

 

 

 

--目覚めると、双子の少女が両側から覗いていた。

 

「うわっ!?」

 

「「お目覚めになられましたか? お客様」」

 

二人は予め決めて来たかのように、同時に喋った。

 

「はい、目覚めました」

 

そう言って、身体を起こす。

 

横を見てみると、隣で寝ていた筈のスバルは、既に居なくなっていた。

 

「「当主、ロズワール様がお呼びです」」

 

「もうそんな時間か……」

 

まだ陽は出ている。夕暮れ時でも無いが、『服が乾いたら出て行く』と言ったのは自分だ。

 

「……分かった、案内してくれ」

 

立ち上がると、双子は一礼し、同時に歩き始めた。

 

「着いていけばいいんだよね?」

 

「「はい、着いて来てください。お客様」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--奇妙だが、立派な両開きの扉が開かれるとそこには、数刻前と同じ様に、ロズワールが不敵な笑みを浮かべて座っていた。

 

部屋に入ると扉を開けた双子は、妹紅の後方に控えた。

 

「さあ、妹紅くん。約束通り、服はちゃあんとピカピカにしておいたよ」

 

ロズワールがおどけた様にそう言うと、後方に控えていた双子が、丁寧に畳まれた物を上下別々にして差し出して来た。

 

取り敢えず上の着物を受け取り、開いてみる。すると少々、予想とは違うものが出て来た。

 

「なんだこれは……」

 

「お気に召さなかったかい?」

 

出て来たのは、自分には恐れ多いほどに白い着物。

 

「それは僕がわざわざ王都に行って買って着たシャツだぁーよ」

 

王都、というのが何処かは分からないが、かなり高価な物に違いは無いのだろう。

 

「私は、こんな物は頼んでいないぞ?」

 

警戒を露わにしつつ、問いかける。

 

「心配しなくても良いよ。それはちょっとした気持ち、という物だ」

 

ロズワールはあくまで油断のならない笑みを少しも崩さず言った。

 

「それでもこんな物を受け取るわけには行かない」

 

「まあまあそう言わずに。何度も言うけど、君との約束のためにわざわざ王都まで行って買ってきたんだよ? この短時間の間に。……一回くらいは着てみて欲しいなぁ」

 

ロズワールは少し不機嫌そうな調子でそう言うと、妹紅に履き物の方も見る様にと促した。

 

そうして双子から受け取り、紅い履き物を広げて見ると自分が履いてた物に近い、それで全く違う履き物が出て着た。

 

真紅の鮮やかな色彩のもんぺ。そして胴を入れる部分の前後からは、紐の様なものが伸びている。

 

「下の方の膨らみはちょっと少なくなっちゃったけどねぇーえ」

 

ロズワールはそう言い訳するが、十二分に着物として高価なものであった。

 

紐と着物との接合部はよく見ると金属で出来ており、硬い物同士のぶつかる音が、少し手を動かす度に響いた。

 

「やはり……受け取れないよ。私には勿体無い」

 

「そんな事はないよ。君はとても可愛らしいし、きっと、前の服同様に似合う筈だ」

 

「…………」

 

純粋な好意からか、何かの思惑なのかは分かりかねるが、やはり受け取らないべきだと判断した。

 

「私は前の服で--」「話によると、君は迷子だったのだろう?」

 

十分だと言いかけたところで、ロズワールに遮られた。

 

「……そうだね」

 

「私が王から任せられるこの領土は辺境の地と呼ばれるほどに、北にある。周囲にあるのはアーラム村くらいだね」

 

不意打ち気味に言葉を並べられ、思考が追いつかない。

 

「この意味が分かるかい? この館から少なくとも20km圏内は何も無い。居るのは魔獣くらいなものさ」

 

それでも、自分が畳み掛けられて居るのは理解出来る。

 

「……ここに来た本当の理由を、話す気はないのかい?」

 

たまらず、脇に控える双子を見るが、二人ともただ、こちらをみて居るだけの様だった。

 

「…………ッ!」

 

 

 

 

「なーんてね」

 

 

 

 

妹紅が部屋から飛び出す秒読み段階になったところで、ロズワールは不意に声の調子を変えそう言った。

 

「……どういうこと?」

 

妹紅は少しでも平静を装うようにして問う。

 

「大丈夫だよ、君をとって食おうとか全然考えてないから。今のはただのおふざけだぁーよ」

 

今のは本当に冗談なのだろうか。

 

「じゃあ私はどうするつもりなの?」

 

「どうもしないよ。ただ強いて言うならば、心配して居るだけさ」

 

「心配……?」

 

「そう、心配。子供が魔獣だらけの森を一人で彷徨っているなんて知ったら、大抵の大人は心配すると僕は思うけどなぁー」

 

妹紅は何も言い返せない。

 

「それから、ここから先の話は、ただの私の推測だ」

 

ロズワールはそう前置きをして核心に迫る質問をした。

 

「--君はいつの間にかここに居たんじゃ無いか? 例えば気を失ったりして」

 

「……! ……違う」

 

妹紅は確かにこの場所に全く見覚えがない。しかし妹紅は確かに森を歩いてここまで来たのだ。そしてその途中で叫び声を聞きつけた。

 

「本当に?」

 

「私はスバルの叫び声を聞いて助けに来ただけだ」

 

その途中であの結界を通り抜け、そのせいで見覚えの無い場所に来てしまったのだ

 

「本当にこの国に覚えがあるのかい?」

 

国、そう言えばスバルも何かそんな事を言っていた。変わった名前の国名。

 

一体なんのことなのか。

 

「確かにここに覚えは無い。しかし私は多分、知らないうちにあの結界を超えてしまったんだ」

 

「結界?」

 

ロズワールが意外そうな表情をしていたので、妹紅は窓の外を指差す。

 

「あの結界に、何か特別な効果があるのだろう?」

 

そう言うとロズワールは納得の入った表情で頷いた。

 

「あぁー。なるほど、そう考えていたのか」

 

ロズワールは子供を説得するように、指を立てた。

 

「いいかい、あの結界は、ただの魔獣除けの結界さ。それ以外に特別な効果は何も無いんだよ」

 

「……なに?」

 

それでは自分はどうやってここに来たと言うのだろう。

 

「やはり君は、どこか途轍もなく遠いところから来たのだろう。あるいは大瀑布の向こう側からかもしれない」

 

思考の整理が全くもって追いつかないが、そもそもこの男の言い分をそのままに受け止めるのは間違っていそうだ。

 

「君がもし、帰る場所がないなら、この館にしばらく。いや、長期間在留してくれても全く問題はないよ」

 

考えてみれば景色というのも、印象によって大きく変わるものだ。たまたま先ほど、今までよく見えていなかった山が見えるようになったのかもしれない。

 

「信用出来ないかい?」

 

そんな事は当たり前だ。言葉の話し方から話しの内容まで、何一つ信頼に足る要素がない。

 

「どうすれば信用してもらえそうかぁーね……」

 

ロズワールは顎に手を当て難しそうな表情をする。

 

--すると不意に両の手を叩いた。

 

「ああそうだ! 実際に空から見てみれば良いじゃないか……それでどうだい?」

 

「山に登るってこと?」

 

「いやいや私は魔法使いだよ? もっとお手軽な方法があるさ」

 

 

その後すぐ様外に連れ出され、よく分からないまま空高く舞い上がる事態とあいなった。

 

 




乗る直前にはレムが毛布を持って来てくれましたが、妹紅はきっぱりと断りました。

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