・妹紅、エミリアとスバルと会話。
「そこらで昼寝でもしてるよ」
なんとかスバルとの会話を避けようと、思い付きで言ってしまった事だったが、寝てみると想像以上に気持ちが良かった。
芝生が美しく整えられているのも理由の一つだろうが、何より大気が良い。風は穏やかで肌が冷えるほど寒くもないし、まさに絶好のお昼寝日和というやつだった。
時折誰かの視線を感じたりもするが、監視でもついてるのかなー、などと適当に結論づけてしまえる。それほどにここは気持ちが良かったのだ。
「よう妹紅、気分はどうだ」
声の方向を向けば、気の良さそうな表情の青年、菜月スバルが居た。
「うん、悪くないよ。いい天気だし」
「そりゃ良かった」
スバルは妹紅の隣に腰掛ける。
「顔色っていうか、表情もなんとなく良くなったみたいだしな」
「そうかい?」
別段、先ほどまで意図して固い表情をしていたつもりは無いが、それでも顔に出てしまっていたかもしれない。
「さっきまではなんかこう、ムスッとしてたけど。今は可愛らしい表情してるよ」
スバルは口をすぼめるような仕草をしておどけた。
「だからさ。今ゆったりしてる妹紅を見れて、なんだか安心したよ」
「……ありがとう」
何故だろう、寝起きだからだろうか、こんなにリラックスして話せるのは。
やはり先ほどまでは気を張り過ぎていた気がする。仮にも殺されるような事態になるのは御免だが、それでも、ここではもう少し勇気を持つ事にした。
「一つ、質問していいかい?」
「お、いいぜ。俺が知ってる事はほとんど無いに等しいがな」
「……なんで君はここにいるんだい?」
「そんなことか? まあいいけど」
そう一拍おいて。
「ここのお姫様に惚れたからさ。さっき俺の隣に女の子いただろ? エミリアって子」
「うん」
「あの子がお姫様……っつーか王様候補なんだが、まあ、俺は、とりあえず仲良くなりたいんだな。あの子と」
「ううん?」
突拍子も無い返答に思わず首を捻ってしまう。
「まあ要約すれば、あの子が好きだから俺はここにいるってだけ」
「……変わり者なんだね」
「そうか? 好きな人のそばに居たいっていうのは案外、っていうか普通の感情だと思うぞ」
「そうなのかな」
こうまで真っ直ぐに言われてしまうと、自分が人とズレている様に思える。
「それでもやっぱり、普通じゃ無いと思うよ」
「えー。俺のエミリアたんへの愛情がそんなにおかしいか?」
スバルは別段気に障った様子もなく、子供に接する様などこか優しい口調だ。
やはり自分の方が、何百年も生きているうちに人としての感性が薄れてきてしまったのだろうか? いや、そんな筈はない。何百年生きようが、人は人なのだ。事実として妹紅も、スバルの相手がただの人間だったなら、その感情を理解出来た。
「変わってるよ。だってーー」
言いかけて、先をいうのを躊躇った。リラックスしきっているこの未成熟な頭でも、その先の言葉は慎重に選ばなければいけないと理解している。
「だって?」
「…………だって、人間じゃない……妖怪でしょ?」
「え?」
「この館にいるみんな、君を除いて」
「え!? そんなこと分かっちゃうの? 最近の子は末恐ろしいな……」
露骨な驚き方だが、問題は余り無かった様子で、妹紅は内心ホッとする。
「分かってたわよ、最初から。でも君だけは人間な様だから、なんでかなーって思ったんだ」
「俺なんか、最初全然気付かなかったのに……」
スバルは一通り驚いてから首をかしげた。
「いや待てよ、エミリアたんはハーフだから兎も角、ロズワールは? あいつは確かに人間に見えねーけど、一応人間の筈だぜ?」
「そうなの? 雰囲気というか、風格とか力を感じた時にこんな人間いる訳ないって思ったんだけれど。ただの人間にも凄い人が居るのね」
「なんか凄い言われ様だな……」
スバルはそう苦笑した。
「じゃあ俺からも一個質問していいか?」
「……いいよ」
「なんであんな真夜中に、森の中をほっつき歩いてたんだ?」
妹紅としては、やはりそうきたか、といった感じだ。
「別に、道に迷って散歩していただけだよ」
「いやいや道に迷って散歩って……あの魔獣だらけの森をか?」
「まじゅう?」
当然余り必要以上に答えぬよう、話しをなんとか逸らさなければいけない。幸いにも本当に知らない単語が出てきたので、食いつくことにした。
「魔獣を知らないのか?」
「魔獣って、あの犬のことかい?」
「そう、その犬とかに限らず、人間に襲ってくる獣の事を魔獣って言うんだってさ」
それはつまり妖怪の事では無いのだろうか? 妹紅は何の疑いもなくあれを妖怪だと判断していたのだが。
「妖怪? 妖怪とは違うんじゃ無いのか? だって妖怪っていやー、もっとこう、鬼とか一つ目お化けとか。人間ぽかったりしないか?」
「確かにそう言うのは妖怪だと思うけれど、ああいう犬みたいなのでも、妖怪っていうんじゃ無いの?」
「俺はそんなに詳しく無いからな……」
お互いに知識がない中では、一向に話しが進まないものだ。別にそれで構わないのだが。
「ラムとかレムに聞いてくればきっと分かるんだろうけどな」
スバルは身体起こして、今すぐにでも聞きに行けるという事を伝えてくるが。
「いやいや、それには及ばないよ。私はもう少ししたらここを出て行く身なのだし」
「え!? お前もうここを出てくのか? 流石に早すぎだろ」
「もうここの主にもそう伝えてある」
「だってお前、帰り道分かるのか? ここは仮にも辺境の地って言われてるくらいだし、実際近くにはなんもないと思うぞ?」
「そうだ、それについても教えて貰いたい」
妹紅はこの辺りの地形に見覚えがない。ここが結界によって隠されているにしろ、何処なのかは出来れば確認したかった。
「ここの場所か? 俺はルグニカ王国の北端だってこと以外は本当に知らないぞ」
「るぐにかってどこだ?」
ルグニカとはどういう意味か。地名なのだろうが聞いたこともない。
「ルグニカはルグニカだろ。俺もあんま覚えてないけど、ここより北にはグステコって国もあるみたいだぜ」
埒が明かないと判断した妹紅は、昨日の記憶を必死に絞り出す。
「えーと、そうだ。この近くに滝は無かったか? 滝は何処でもあるかもしれないが、とりあえず知っているだけ……!」
「滝って言えばここらじゃ大瀑布ってのがあるんじゃ無かったっけ」
「大瀑布? それで良い、どんな滝なんだ?」
聞いたことはないが、先程よりは幾分か馴染みを感じられる名前だ。
「こっから東にずっといけば、大瀑布っつーデッカい滝があるんだとさ」
「どれくらい大きいんだ?」
「この世界をグルッと一周取り囲んでるみたいだぜ? ずーっと外に向かって水が流れ落ちてる場所らしい」
「そんなものがあったのか……」
予想を遥かに超える規模に、妹紅は想像がつかなくなってしう。それでも、妹紅にしては珍しいことだが、未知の存在に対しての知的欲求というものが、自分の中に湧くのを感じた。
「妹紅ってさ」
「ん?」
スバルは不意に声の調子を変えてこちらを見た。
「異世界から来てたりする?」
「?」
スバルが何を言っているのか分からなかった。
「いや、悪い。妹紅があんまり、この世界の常識? っつーもんを知らないみたいだから、つい」
言い方は大分失礼な事だとは分かったが、それでもいまいちピンとこない。
「どういう事?」
「いやなんでもない、気にしないでくれ。そうだよな、この世界に居ても知らない事くらいあってもおかしくないよな」
スバルはそう言うと、あくびを一つした。
「はー、俺もここでちょっくら昼寝して行くわ」
スバルは本当にそのまま寝るつもりらしい。
ちゃっかり意味深な発言を残していったスバルに、妹紅はなんとなく不安な気持ちになる。
しかし何があろうとどうせ、自分は生き返るのだから、と気にせず眠る事にした。
多分次に起きた頃にはもうここを出る頃合いだろうと予想しながら。