・妹紅、ロズワールへの謁見。
・妹紅はロズワールに、可能な限り迅速な屋敷からの解放を要求した。
「--もう! 本当に、私びっくりしちゃったんだから。勝手にどこかへ行っちゃうなんて!」
「悪かったってエミリアたん。俺だって、『もう二度とこんな体験したくないな』って改めて思った所だから!」
「そうなの? ……じゃあもう、二度とこんな無茶はしないって約束できる?」
「その約束はあんまりし難い。……ってか母性を感じさせるエミリアたんもまた良い! E・M・O!(エミリアたんマジお母さん!)」
「もう、またそうやって茶化す」
現在スバルはエミリアと庭園を散歩中だ。一旦は昨夜の一部始終を話し終わり、なんとか話題を逸らそうと、努力したスバルだったが結局は説教を食らう事となった次第である。
「もう! スバルだって、妹紅さんとロズワールが居なければ危なかったって分かってるんでしょ」
「そりゃそうだけど、結果的に何とかなったし……。そうだ! デートの話しをしない?」
「スバルったら……! そんな事言うならお願いなんて聞いてあげない!」
「そ、そんなぁ……」
『散歩をしつつ、良いムードになって来たところでデートの誘いを入れる』。館を救う事に一役買ったと自負しているスバルは、この作戦で失敗する筈はないと思っていた。
事実、途中までは順調だった。しかし肝心のタイミングが致命的なほど悪かったのだ。
口をツンと結んでそっぽを向くエミリア。
しかしエミリアはその先で偶然にも、屋敷の玄関から庭を覗く人影を見つける。
「ねえ、スバル」
「! どしたのエミリアたん。デートの計画はちゃんと考えてあるよ?」
「そうじゃなくて。あそこにいるのが妹紅さん?」
ナチュラルにスバルの心は傷付いたが、気を取り直してエミリアの指差す方向に目を凝らすと、確かに人影が立っている。
「ホントだ、妹紅かな? よく気付いたね」
「スバル、昨日のことをちゃんと『ありがとうございました』って言いに行かなきゃ」
「え」
至極真っ当な意見だ。しかしスバルとしてはせめて、デートをOKして貰ってからにして欲しかった。何故ならこの散歩の目的は、それに他ならなかったからだ。
--もちろんエミリアと一緒に散歩が出来たという事実だけで、スバルは十二分に満足出来るが。
「『え』じゃないでしょ、昨日は妹紅さんがスバルを背負って逃げてくれたんでしょ? お礼言わなきゃ」
「今じゃなくても……」
「ダーメ、それともスバル、あの人には感謝して無いの?」
「そんな訳じゃないけど!」
「ほら、私もあの人にお礼しなくちゃいけ無いから。一緒に行こ」
スバルは泣く泣く、引き摺られる様にして妹紅の元へと連れて行かれた。
「--あのー、妹紅ちゃん? よね?」
恐る恐る話しかけて来たその銀髪の女性に、妹紅は見覚えが無かった。が。その傍らの男性には見覚えがあった。
「うん、私の名前は妹紅だよ」
「昨日は助けてくれてありがとう。君のお陰で助かったよ」
傍らの男性がそう言いながら、人を安心させる表情で手を差し出して来た。しかし妹紅は、その男性の名がパッと出てこなかった。
「お、名前か? 昨日はお互い切羽詰まってたからなー」
名前を忘れた妹紅の気持ちを察してか、男性再び名乗ってくれた。
「俺の名前は菜月スバル。昨日君のお陰で命を救われた一般人だ」
改めて右手を差し出されたものの、妹紅としては、どうしていいか分からず、両手でその手を恐る恐る握り返した。
この男、菜月スバルのこの動作がどういう意味を持つか、妹紅は知らない。
しかしスバルは妹紅の動作をおかしく思った様子もなく、優しい笑顔のまま握手した手を戻した。
「私はエミリア。ただのエミリアよ」
今度は銀髪の、透き通る声を持った女性が名乗った。
「妹紅です……」
「妹紅ちゃんって、思ったより幼いのね。スバルを背負って走り回ったって言うから……なんていうか私、てっきりもっと大柄な人かと思ってた」
「私は……そんなに歳をとって無いよ」
「? ああ、ごめんなさい。そう言う訳じゃないのよ。ただ妹紅ちゃんが思ったよりも可愛らしかったってだけで」
『そう言う訳』がどう言うわけか全く分から無かった妹紅だが、必死にこちらを気遣っている様子の少女を見て分かった。目の前の二人が、屋敷内の者たち同様少なくとも、表面上はこちらに敵意がないと言う事だけを。
「俺も驚いたよ。昨日妹紅を見た時は、なんだか物凄くカッコ良くて、頼りになりそうだ! って思ったんだけど。改めて見てみると俺より全然年下っぽいしな」
「もう、スバルは印象だけで話しすぎ! スバルがあんまりにも凄い凄い言うから、私てっきりフレデリカみたいな人を想像していたのに!」
エミリアは腰に手を当てて怒りを表現している様だったが、その怒り方はなんというか、妹紅から見て可愛らしく感じた。
「いやいや昨日は本当にヒーローみたいだったし。実際凄かったんだって! っていうかフレデリカって誰!?」
「あ、スバルは知ら無かったっけ。フレデリカっていうのはちょっと前までここで働いていたメイドさんよ」
「そんな人いたの!? 初耳!」
「ともかく! こんな小さい子に背負わせるなんて、いくらこの子が凄いからって酷いと思うの」
「エミリアたん!? 俺はただ疲労困憊で気絶しただけであって、決して童女に背負われようと思った訳では無いんだよ!?」
「それでも、背負わせちゃった事には変わりないんだから。もう一度ちゃんとお礼言わなきゃ」
「確かにそうだけど……」
スバルはそう言いつつも、服装正す様なを正してからこちらに向き直った。
「昨日は俺の命を救ってくれて、ありがとうございました」
綺麗に腰を折り曲げたその姿勢に強い敬意を感じ、思わずこちらも頭を下げてしまう。
「いや、えっと。無事でよかったです」
「私からも、スバルを助けてくれてありがとう」
「いや……なんでもない事だよ……」
そう言いつつも、顔が熱くなって来るのを感じて顔を上げられ無い。
--こんなに感謝をされるのは何年振りか。悪いものではないが、不慣れなものではある。
「さて、と」
エミリアはそう一言言うと。
「--私はそろそろお屋敷に戻らなきゃ。スバルと妹紅ちゃんはここでもう少しお話ししておく?」
「それは残念。俺はそれでも良いけど…… 妹紅は?」
スバルがそう言いながらこちらの様子を伺って来る。
「私は別に良いけれど……」
「けれど?」
「……問題はない」
「おけ、決まりだな。じゃ、俺はもう少し妹紅と散歩して来るよ。エミリアたん、王になるための勉強頑張って!」
「ありがとうスバル。妹紅ちゃんも、また後でね」
エミリアはこちらに小さく手を振りながら、建物の中へと入って行った。
エミリアが居なくなり、二人だけになってしまった事で、妹紅としては気不味さが少々否め無い。
それでもそれは妹紅にとってそうだというだけな様で。
「じゃ、ベンチにでも座ってゆっくり話そうぜ、色々聞きたいこととかあるし、聞きたいこともあるだろ?」
スバルは至って普通に話しかけて来た。なるほどスバルとしては、聞きたいことが沢山あるのだろう。
当然だ。あんな山奥に少女が一人でいたというだけでもおかしいし、強さもそこそこ際立ったものを持っていると言うのだから。
しかしあと少しでここを出て行くつもりの妹紅としては、あまり自分の情報を残したくなかった。
どんな理由にせよ、素性について探りを入れて来たスバルに対して、警戒する様自分に言い聞かせる。
(ここの人達はそんなに悪そうじゃない。それでも……)
妹紅はここ数十年こそ、人とは余り関わら無い、比較的平穏な生活をして来た。しかしそれでも、妹紅は今まで数えきれ無いほどに、人の悪意というものを体験して来たのだ。
「…………」
「妹紅?」
「私はやはり……なんというか気分が悪くなってきてしまった。少し木陰で休む事にするよ。一人で」
「おいおい大丈夫か? 昨日あれだけ動いたんだし、無理もないとは思うけど……それなら部屋で休んだ方が良くないか?」
「いや、大丈夫だ。そこらの木陰で十分さ」
「そうか。……! なら、せめて毛布とか枕持って来るぜ。その方がいいだろ? 大丈夫だ、ラムには嫌味言われるかも知んねーが、俺が洗濯すればいいだけだしな!」
「そんなもの……!」
妹紅が焦って断ろうとしていたのも聞こえただろうに、スバルは屋敷の中へと走って行ってしまった。
「…………」
そうして残された妹紅の心情は、複雑だった。