不死鳥と始める異世界生活   作:おりの

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妹紅視点です






謎の館編
知らない天井


 

 

 

 

妹紅が目が醒ましてから最初に見たのは、知らない天井だった。

 

(何処だここ?)

 

妹紅はゆっくりと体を起こし辺りを見回すが、誰もいない。室内は生活感が無く、灯りも外から入る光だけでほんのり照らされてる程度だ。

 

昨日スバルを背負って駆けずり回った疲れがまだ残っているのか頭の回転が鈍く、ボーッとした状態だ。そのままゆっくりと寝床を出て、立ち上がって見る。すると自分が結構な高い位置で寝ていたのが分かった。妹紅は物珍しそうに、今まで自分が寝ていた場所を押したり撫でたりと一通りした。

 

(柔らか過ぎて気持ち悪いな……)

 

多分自分の知っている布団より遥かに高級な物なのだろうとは軽く予想がつくが、ここで寝たいとは思わなかった。そもそも何故、自分はこの上で寝ていたのだろうか、こんな部屋に入った覚えは無い。さっき妹紅が感じた通り、この寝床は妹紅にとっては余りにも違和感が強いので、自分から寝ようものなら上手く寝付けなさそうなものだ。

 

そしてもう一つ、気付くのに遅れたが服も自分の物から替えられている。もちろんこれに着替えた覚えも妹紅には無い。昨日まで着ていた服は、少々年季が入り過ぎている為モンペの方は赤黒く変色してしまったが、上の着物はまだ数年前に買ったばかりの新品だ、無くすのは惜しい。

 

こんな不可思議な現象が勝手に起こる道理は無い。誰かが服を着替えさせ、寝床まで運んだのだろう。よくよく己の体を観察すると、体も拭かれた様だった。

 

なんとも丁寧な事だが、馴染みのない妹紅には……いや、例え妹紅でなくとも普通の感性を持つ人間ならばこの状況を不気味に思うだろう。

 

(やばい、どっかの大荘園の関係者助けちゃったのかな)

 

妹紅はまず、現在位置確認の為窓の外を見た。外を見たその際透明な窓ガラスに気付かず勢いよく頭をぶつけてしまう。

 

「痛った……!?」

 

(何だこれ、見えない壁があるのか!?)

 

しばしペタペタと触りながら感心するが。

 

(いや、今はそんなことより場所の確認を……)

 

再び、窓にぶつからない様に恐る恐る窓の外を覗く。

 

ーー窓のすぐ外側には広大ながらも、小綺麗に整った庭が見えた、人影はない。その奥には鬱蒼と茂る森、そして山が見渡せる。その事に、脱出出来る可能性を感じる妹紅だったが、そこでふと冷静になった。

 

(ここどこだ?)

 

よくよく見てみるとこの庭は少し、いや大分おかしい。見慣れぬ物ーー噴水からは水が噴き出しているし、生えている木は全て綺麗に並び、異常なほどの完璧な円錐形を成している。

 

(なんだ……ここ……)

 

奥に見えるのは一見普通の山々。しかしよくよく見ると妹紅の立っている場所とその山は巨大な結界で隔てられている様だった。

 

(こんな大結界、私が見逃すはず無い。……少なくとも昨日の昼には無かったはずだ)

 

妹紅は先程まで窓枠から飛び出る事さえ考えていたが、その考えは霧散した。何にせよまず服を取り返さなければならないし、外を見てもここがどこだか全くわからない。そして何よりこんな謎の屋敷……いや、要塞を持っているのがどこの誰なのか。その事に対して純粋に興味がわいたのだ。

 

 

 

そうと決まれば、妹紅は取り敢えず部屋を正規のルートから出る事にした。扉と思わしき物に近づき、それに付いている見慣れない形の取っ手に手をかける。

 

取っ手をしっかりと掴み、ゆっくりと外側に押してみる。ーー開かない。

 

今度は逆に内側に引いてみる。ーー開かない。

 

あれ、閉じ込められた? 一瞬悪い考えが浮かぶが、取り敢えずもう一度。今度は少し体重をかけ、体ごと強く外側に押してみた。すると今度は取っ手が壊れたように曲がり、勢いよくドアが開いた。

 

体重をかけようとしていた取っ手がいきなり傾き、なおかつ扉が開いた事により、妹紅はそのまま勢い余って前によろめくが、なんとか倒れず耐えることが出来た。

 

「あっぶな」

 

思わず声に出てしまう。妹紅からすればちょっとした罠のようなものだ。

 

その奇妙な取っ手ーーもといドアノブをその後も何回か上下に動かし、なんとなく取っ手の使い方を理解した妹紅は、そのまま扉を閉め廊下を歩き出した。

 

廊下の大きな窓はすべて開け放たれており、朝特有の涼しい風がその窓に見合う大きなカーテンを揺らしていた。朝日の光も相まってそれは、とても幻想的で美しく感じられる光景だ。妹紅はl思わず窓枠に手をかけ外を眺める。滅多に見られぬその景色に見惚れた銀髪の少女は、しばらくの間そうして外を眺めた。

 

 

 

 

 

「お目覚めになったのですか」

 

不意に声を掛けられ、窓の外をボーッと眺めていた妹紅は慌ててそちらを向く。

 

「おはようございます。お客様」

 

そこに居たのは腰を折り、丁寧に頭を下げる赤髪の少女。

 

「ああ、おはよう……ございます?」

 

ーーこんな恭しく挨拶をされたのは果たして何百年ぶりだろうか、そんな素朴な疑問。

 

しかし顔を上げた少女の顔を見て驚く。

 

(なんだか顔の形が違う…)

 

髪の色もそうだが顔の形、瞳の色すら違う。妹紅はそこまできてハッと気付いた。

 

(……っという事は!)

 

妹紅は知っている、こんな特徴を持つ者達を。今までにも出会った事がある、その者達と。

 

(妖怪だ!)

 

今まで何回か出会った者は皆強力な力を持っていた。会話も出来ない様な弱小妖怪などではなく、人並みの知恵がある人型をした妖。妖怪退治をほんの少し前まで本気になってやっていた妹紅はその経験故にピンときたのだ。

 

だが当の少女は、妹紅のそんな異様な様子も気にしていない様で。

 

「お身体はまだ治りきられていないと思いますが」

 

意外な事に、逆に妹紅を気遣ってきた。

 

「え? ああ……それならもう大丈夫。私、体の治りとか早い方だよ……?」

 

「それならば、良いのですが」

 

その声音や表情からは妹紅を心配している様子がありありと感じられる。丁寧な言葉遣いからも感じられたことだが、少なくともこの少女に敵意はなさそうに思う。

 

しかしそうは言っても生憎と妹紅はこの少女の話す丁寧な言葉とはここ数世紀ほど関わりが無い。なのでどう返事をすればいいのかがよく分からず、結果怪しい日本語となってしまった。

 

(取り敢えず、急いで服を回収しないと……普通の言葉で言えば大丈夫か?)

 

早くしなければ、自分に長年付き従ってきた相棒はゴミと間違えて捨てられるかも知れない。そう考えた妹紅が口を開きかけた瞬間、先んじて少女が口を開いてしまった。

 

「お客様」

 

「……ッはい!?」

 

妹紅に分かり易く動揺が走る。

 

そんな事にも構わず少女はおもむろにスカートを軽くつまむと、深々と妹紅に頭を下げる。

 

「この度は、当家の使用人ーー私の知人の命をお救いくださった事、その事に私一個人から感謝致します」

 

「…………あー、うん。……あの子はここの使用人だったんだねぇ」

 

無理やり捻り出した返答だったが、なんとか言葉を返す事に成功した。

 

妹紅は寝起きの頭を必死に回転させる。

 

(落ち着けわたし、する事はたった二つだ。服を取り返して、この屋敷をさっさと出る。それだけだ)

 

もう妹紅に先程までの余裕は無い。妖怪の住む屋敷など、長居して良いことは無いに決まっている。

 

「あのさ」

 

「はい、何でしょうかお客様」

 

「多分わたしの汚れた服を、この立派で綺麗な屋敷を汚さない為に取ったと……思うんだけど……もしまだ捨てて無かったなら……返して欲しいなと……。」

 

妹紅は言葉の後半、少女から顔を逸らしてしまった。

 

「それならば昨夜の事で泥まみれになってしまった様なので、既に洗い干しているところです。ご安心下さい」

 

その言葉に妹紅は衝撃を受ける。

 

「洗ってくれてんの!?」

 

妹紅は新品の着物はともかく、モンペの方は即刻捨てられていてもおかしくない物だと自認していた。まさかあんな物を洗おうという酔狂がいるとは、衝撃だった。

 

「はい、少々傷みが目立つ様だったので、洗う前に縫い直しもこちらでさせて頂きした。しかしまだ乾くまでには少々時間がかかりますので、それまでの間はそちらの服でお過ごしになって頂ければ幸いです」

 

妹紅が絶句していると。

 

「そちらの服は僭越ながら、当家の服の中で一番妹紅様の服に近い物を選ばせて頂きました」

 

「なるほど……分かった…………ありがとう」

 

こうまでやられてしまえば妹紅としてはもう何も言えない。どうやらもう少し、この屋敷には留まらなければならないようだ。

 

「差し支えなければ、お客様にはこのまま当家一階の食堂まで足をお運び頂きたいです」

 

「……何をするの?」

 

「当家の主、ロズワール・L・メイザース辺境伯たっての希望により、妹紅様への感謝の場が設けられております」

 

「…………わかった」

 

(何でこんな事になるんだ)

 

妹紅は正直後悔していた。ここまでで既に気付いただろうが、妹紅は現状コミュニケーション障害だ。数百年単位で苦労が溜まり、遂には妖怪相手にも面と向かって対等に話せなくなってきてしまった今日この頃である。

 

順調にコミュ障が板についてきた妹紅が、無謀にも大荘園(妖怪憑き)の主などに会って見たいなどと……先程の考えなしな自分を殺してやりたい気分であった。

 

加えると妹紅は基本的にNoと言えない人間だ。そんな性格だからこそ、後悔出来ることと言えばただ一つ。

 

(やっぱり最初の時点で窓から飛び出しておくべきだった……)

 

どうせ汚れまみれの服だったし、と思わず愚痴が零れてしまい固まりかけるが赤髪のクールな少女はそれすらも気にしていない様だった。

 

「ではご案内致しますので、こちらにお越し下さい」

 

妹紅はそんな態度で居てくれる少女に、感謝の念すらも抱きつつ、これから来る地獄を想像した。

 


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