不死鳥と始める異世界生活   作:おりの

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前回の要約
・スバル、殺される直前に、妹紅に命を救われる。
・スバル、妹紅と共に森を脱出。

今回の話は読まなくても多分問題ありません







幕間
ロズワール邸の病み


 

 

 

 

菜月スバルは、異世界に転移して来た人間だ。この世界が本当に異世界と呼べる場所なのかは分からない。——が、悲しい事にそんな事関係なく、現在まで変わらぬ事実がある。

 

 それは元の世界だろうがこの異世界だろうが、スバルが「凡俗の弱者である」という事だ。スバルには「死に戻り」という能力、もとい現象が付き纏っている。良い事尽くしの能力では無いと分かったが、それでもスバルはこの能力には感謝をしていた。何故ならこの世界の人間離れした住人達と渡り合うには、スバルの命を引き換えにしても全く足りないからだ。

 

 つまりスバルが死ぬのはこの世界において、当たり前のことだ。もちろんスバルは己の死を望んでいない。ただ自分がこれからも幾度となく、この世界で命を散らす事になると納得し始めたのは確かだ。

 

 

 

 

 

 ——目が醒めるとループで何度も目にした天井があった。涼しい朝特有の空気の流れを感じ、ゆっくりと首を回す。

 

するとベッドのすぐ脇に、見慣れた少女を発見した。

 

「スバル君……? 起きたんですか!?」

 

声は一つだけ。ロズワール邸でのループでは、毎回始めに二人から声を掛けられていた。

 

「おはようレム」

 

 それだけで自分が死に戻りをしていないという事が分かり、途方もない安心感でスバルは満たされた。

 

そんな中レムは、幾らか間を空け、まるで何かを躊躇っている様にしてから言った。

 

「スバル君、体に不調はありませんか!? 痛かったり動かなかったり……」

 

 レムは身を乗り出し、こちらの体に手を伸ばそうとしたが、すぐに自分の体の方へ戻し、指を組んだ。それと同時に顔も俯いてしまう。

 

「……? ああ、大丈夫だよレム……うん、多分どこもおかしくない。」

 

 レムの不可解な態度にスバルは戸惑うが、取り敢えず返事をする。そのままレムに言われた通りにベットの上で足や腕を軽く動かす。

 

スバルの身体に異常はなかった。

 

「そうですか……」

 

 その言葉を聞いたレムは一瞬ホッとした様に息を吐く。スバルとしても身体に異常が無かったのは嬉しいが、レムが心配してくれている事実の方が嬉しかった。

 

レムは組んでいた指を解き、すぐに表情を引き締めいつもの完璧なメイドへと戻った。

 

「スバル君、お腹は減っていたりしませんか? 朝食や水などが欲しければすぐにお持ちしますが」

 

レムのメイドとしての態度は、レムの事を知らない人が見れば少し余所余所しく感じる事も有るだろうが、スバルはもうこの態度に慣れてしまった。なんにしろメイドとしては完璧なのだ。それならば、メイドとしての自覚を強く持っているのだけだとも納得できる。

 

「いや、いいよ」

 

 スバルは昨夜一晩中動き続けたが、不思議と空腹感は余りない。もしかしたら治癒魔法によって少し空腹感が紛れたのかもしれない、とスバルは予想する。もしその通りならばスバルの中で、魔法の便利さに対する感心がまた一つ上がるだろう。

 

 レムはそれから一旦部屋を出た。この館の主であるロズワールにスバルが無事起床した事を伝えに行ったのだ。

 

それから再び部屋に入ってきたレムは、スバルが寝ている間の出来事について話し始めた。

 

「昨夜、私達はスバル君によって逃がされた後、村まで無事辿り浮くことが出来ました。村では青年団の方々が帰りを待っていてくれたので、その方々に事情を話し、スバル君のことを助けに向かおうという話しになりました」

 

 レムはメイドとしての口調で淡々と話す。そう意識している様だった。

 

「ですが、当然の事ながらお姉様や村の一部の方々に危険性を指摘されました。その為スバル君の捜索は、日が昇った後万全の準備を整えてから、という事になりました」

 

「まあそりゃそうだわな」

 

 それはつまりスバルを見捨てたという事だが、その事についてスバルは別段何も思わなかった。わざわざ夜中に魔獣の群生地帯へ行く者など、余程実力がある者を除いては、命を投げ出すだけだ。

 

「……その後皆眠りに着きましたが、ロズワール様が村へお越し下さったので事情を説明し、スバル君の救出に向かって頂きました」

 

 淡々としたレムの言葉、それでも驚きはある。

 

「ロズワールが!? あいつ帰って来てたのかよ……」

 

 ロズワールがスバルより強いのは分かっているが、果たしてあの量の魔獣全部を倒せる程強いのか。まだロズワールの力の片鱗しか見れていないスバルには、分からなかった。

 

 勿論今スバルが生きているからには魔獣を全て討伐したのだろうが、もう一人それを出来そうな人物が、既に思い浮かんでいたのだ。

 

 取り敢えずスバルは念の為、一番確認しておかなければならない事を訊く事にする。

 

「——なあレム、魔獣は全部殺したのか?」

 

 その内心緊張を孕んだスバルの問いに、レムは淡々と答えた。

 

「はい、ご安心下さい。魔獣はロズワール様によって全て駆逐されました」

 

 レムはスバルを更に安心させる為か、言葉を付け加える。

 

「加えてスバル君の体に縫い付けられた呪いも、全て解呪された事をロズワール様、ベアトリス様、パック様が確認済みです」

 

「そっか……流石に三人にオーケー貰ったら大丈夫だよな」

 

 果たしてその言葉を聞いたスバルは安心する事ができた。

 

「もう一つ聞いていいか?」

 

 スバルが疑問に思っていた謎の少女、妹紅は今どうしているのか。

 

「はい、勿論です」

 

 

 

「俺が助けられた時、銀髪の女の子一緒じゃなかったか、エミリアたんじゃねーよ? 腰まで髪伸ばした銀髪の、妹紅って子なんだけど」

 

 これについては幾らか気楽に尋ねる事ができる。何故ならあの少女は恐らく魔獣全てを相手にしても生き残れる。妹紅が出した炎の強大さを知っているスバルには、そう思えたからだ。

 

だがスバルは、この質問をした事を別の意味で後悔する。

 

「妹紅様も無事です。スバル君の知っている通り、二人で魔獣から逃げている途中、突然スバル君が気を失ったそうです。妹紅様はスバル君を背負い、山中を走っていたところを、ロズワール様が発見しました」

 

 

 

「マジか……」

 

 気楽に訊いてしまった結果。予想よりも無様な自分に、スバルは動揺を隠せない。

 

「走ってただけで気絶して、挙句女の子に負ぶわれて命繋いでたのか俺……」

 

スバルは非常に申し訳ない気持ちになった。あのまま逃げる時、スバルと別れていたらどんなに楽だったろうか。命を助けて貰ったからには感謝しなければいけないのだろうが、申し訳なく感じるのも仕方ない事だろう。

 

 きっと妹紅はスバルと違い、一般人などでは無い。逃げている途中に見た魔法がどれも強力だった事や、男一人を持って走るという、スバルの中の少女像とはおよそ掛け離れたその豪快さ。それらの事実は同時にスバルの、自分自身への無力感へと繋がってしまう。

 

「ーーかっこ悪いな、俺。」

 

自然と口から零れたその感情は、レムの何らかの反応を期待して言ったものでは無い。

 

少なくともスバルの意識の内には、そんな打算的なものは何もなかった。

 

 

 

 

「カッコ悪くなど無いです」

 

 

 

 

「……ん?」

 

 淡々と受け答えしていたレムの様子が、変わった。

 

「スバル君は、元々これといった能力も無い中一つ村を救い、普通の人なら諦めるところを森にまで入って子供達を救い、暴走するレムを救ってくれました。それだけじゃありません、その前の王都ではエミリア様の事を救ったのもスバル君です。そんなスバル君が、カッコ悪いはずありません」

 

 表情はさっきとほぼ変わらない。が、少しムキになった様に頬が紅潮していた。

 

 スバルとしては女の子に負ぶわれてるシーンを想像すると、どうしたってカッコよくは成らない気がするのだが。

 

「お、おう……ありがとな」

 

 レムはスバルからの礼を受け取ると、スバルの視線を避けるようにして顔を俯かせる。

 

「……妹紅さんは、昨日この屋敷に招かれそのまま泊まられたので、この屋敷に居ます」

 

 発せられたレムの口調は、さっきまでのどこか余所余所しい態度に戻ってしまった。

 

「そっか……ならお礼言いに行かないとな。訊きたいこともあるし」

 

 とりあえずスバルはベッドを降りて立ち上がる。布団から出ると、涼しい風の効果もあってかスバルは思い切り伸びをしたい様な、そういう清々しさを感じた。

 

「そんじゃ、取り敢えず。エミリアたんにでも会いに行きますか」

 

エミリアとデートの約束をしなければいけない。一度目のループでは、あの鈴の様な声をした、銀髪の美少女とデートの約束を取り付けた後に死んでしまった。あれ程悲しい事は、そうないだろう。だからそこまでしてやっと、スバルはここロズワール邸でのループに区切りを付けられるのだ。それからラムやロズワールと会った後に村にでも顔を出そう、そんな予定を立てる。

 

しかしそんなスバルの晴れ晴れしい1日の予定は最初から潰れることとなる。

 

「エミリア様は昨夜スバル君の治療をしていました。その為お疲れでしょうから、今は行かれない方がいいと思います」

 

今は無理な事を告げられ、少し残念に思うが、まだまだ時間はある。また後ででいいだろう。それよりもスバルには、聞き逃せない事があった。

 

「え、お……マジか……。俺エミリアたんにまで苦労かけたのか」

 

 好きな女の子にまで迷惑を掛けた事に、スバルは流石に自己嫌悪しそうになった。

 

「もう少し時が経ったら……お昼頃になったら私が様子を伺ってきますので、お礼はそれからで良いと思います」

 

 

 

「……だな」

 

 エミリアに迷惑を掛けた事実は、スバルの心に重くのしかかるが、そうした事実を受け止めると、今度は自分がその他の人にも大分苦労を掛けていた事にも気付く。例えばレムだ。レムはスバルの為に一人で森へ入り魔獣を殲滅しようとした。

 

 エミリアや妹紅、ラムにもそうだが、レムにも謝り、そしてお礼を言わなければならない。ロズワールは取り敢えず、何と無く程度にお礼を言う事にする。

 

 そうと決まれば即行動に。スバルはレムの方を向き直ると、大きな音を立てて両手を合わせ、頭を下げた。

 

「……ごめん! レム。お前にも大分迷惑かけた」

 

「……それと、ありがとう」

 

 前までのスバルならば、この場面では謝罪をするだけだったろうが、エミリアに言われ学んだのだ。「謝られるより感謝された方が嬉しいのだと。

 

「え?」

 

 しかし聞こえてきたのは驚く様な声。顔を上げたスバルが見たのは、さっきまでのメイド然りとした表情では無くなったレムだ。——レムは目を見開き、全く予想していなかった事の様に驚いていた。

 

 ……流石のスバルもこれには苦笑してしまう。

 

「おいおい、俺はちゃんとお礼と謝罪の出来る男だぜ? そんな驚かなくてもいいだろ」

 

——これは嘘である。スバルはほんの少し前まで謝罪しか出来なかった。

 

 スバルの予想では、ここは少しだけ照れながら、「どういたしまして」などと言うかと思っていたので、少し残念だった。。今までレムと過ごしてきて、今回のループではそれ位の態度を取ってくれる程には仲良くなったと思っていたのだが。

 

「え? でも……え?」

 

レムは何故だか相当混乱している様だった。先程までのメイドらしさは今は完全に失われている。レムの慌てる様は珍しく、それでいてとても可愛いらしいものだった。

 

「? どうしたんだレム」

 

スバルが出来るだけ平常心で、頭にクエスチョンマークが付きそうな尋ね方で尋ねると、レムの動きは止まり、ゆっくりとこちらを見てきた。

 

 しかしレムは、またしてもスバルの予想とは見当違いの言葉を言ったのだ。

 

「——怒って……無いんですか?」

 

「は?」

 

 スバルは思わず口を開けて、呆気に取られてしまった。

 

「だって……だって……」

 

レムは慎重に、言葉を選んでいる様だった。

 

「スバル君は怒っている筈です」

 

 しかし益々スバルにはレムが言っている事の、意味がわからなくなってきた。

 

「何でそうなるんだよ」

 

今のどこをどう取れば、そういう風に捉えられるのだろうか。そんなスバルに、やっとレムは勘違いの原因を言った。

 

「だってレムは! スバル君の足手纏いになるばかりか、スバル君を見捨てその上囮にして逃げたんですよ!?」

 

「……そういう事かよ」

 

やっとレムの勘違いの原因がわかった。成る程、普通の感性でいけば確かに自分を見捨てて逃げた相手の事を、少しは恨みたくなるだろう。だがスバルはそういう意味では全くもって普通ではない。死んでも生き返る為に死への危機感が常人よりかは遥かに少ないのだ。

 

それに何よりも、レムの言った後半の部分の要素はスバル自身が頼んだ事だ。それにまで責任を感じる必要はない。

 

「そんな事気にしてねーよ、さっき言った通り俺は逆にお前に感謝してるくらいだ」

 

 

 

「何故……何をですか?」

 

 レムは全く信じていない様で、逆にこちらを疑ってきた。思ったよりも真剣な話の様だとスバルは軽い考えを捨てる。

 

取り敢えず、レムは思い込みが激しい方だ、とスバルは理解した。

 

 その理論でいくと恐らく、レムはスバルに怒られる覚悟を決めていたのだ。それでさっきまでに不可解な態度に少し納得いく。

 

 しかしなんにしろ、この誤解は非常に致命的だ。下手をすれば今よりもっと分厚い壁がレムとスバルとの間に生まれていたかも知れない。そういう意味でも、お礼を言って正解だったと言える。そのお陰でスバルはこの致命的な誤解に気付けたのだから。

 

「何故……か」

 

 確かにレムには散々な目にあったが、それ以上に感謝する事も多い。

 

「レムりんは俺に家事のやり方を教えてくれた、大事な大事な先輩だからな」

 

レムはその言葉に顔をムッとさせ、それから真剣味を帯びた表情で言った。

 

「茶化さないで下さい……」

 

スバルにとっては一応本音に代わりないのだが、止めて置いた方がいいだろう。この場で言うべきではなかったことだと反省する。

 

「じゃあ昨日の事で感謝してることを一つ」

 

 スバルはこちらに怯えるレムに向けて、指を一本立てる。

 

「——お前は俺のために昨日一人で森に入った。それはとんでも無く馬鹿な事だった……けど感謝してるよ」

 

「何故ならそのお陰で俺は今、生きていられるんだからな」

 

 大袈裟な表現では全くないとスバルは思う。

 スバルが魔獣に体中を噛まれた後のこと。目覚めてすぐベアトリスによって余命宣告をされた時には、あっさりとこのループへの諦めが付いてしまっていた。それはつまり、死を受け入れたという事だ。

 

 それを変えたのは、レムのあの行動。一人スバルの命を救うために森へ入ったと知った時、スバルは再び動き出し、森へ入る決断が出来た。それは厳密には生きようとしたわけでは無いが、レムを助け、結果的にスバルは今生きている。間違いなくレムのお陰だ。

 

 しかしこの言葉もレムには届かなかった様で。

 

「レムのお陰……?」

 

 レムはすぐさま首を横に振り。

 

「そんなの……違います! だって今スバル君が生きているのは、妹紅様がスバル君を背負って走り、エミリア様が治療をして、ロズワール様が魔獣を全て討伐してくれたからで、レムは結局スバル君の邪魔しかしてないじゃ無いですか」

 

 レムは少し投げやりにそう言った。

 

「違うんだよレム。俺は何もそんな直接的な事を言ってるんじゃない。レムが俺の為に必死になってくれた。そして現に今こうして生きてる。だから感謝してるんだ」

 

スバルはレムの行動に救われたのだ。そこをどうにかして伝えたい。

 

「そりゃロズワールはすげえよ。あんな大量の魔獣、一体どうやって倒したのかは知んねーけど、ロズワールにも感謝してる。もちろんもちろんエミリアたんにもな」

 

「ッ! ならやっぱり……!」

 

 レムの苦しげな表情、そんな物をスバルは見たくないのだ。

 

「でもなレム、お前が信じようが信じまいが、俺はお前の行動に救われたんだ。昨日の朝、ベアトリスから余命を聞かされた時。正直俺は達観してたんだ、ああ、死ぬのかーってな」

 

「でもそんな時お前が俺の為、俺を助ける為に森に入ったって聞いたんだ。そしたらそれまでの達観とか忘れて、助けなきゃって思ったんだよ」

 

「なんでッ……!」

 

 しかしスバルの必死の想いとは裏腹に、レムの表情は暗さを映していた。それは明らかに、今回の事だけに対してでは無く、もっと深い所から来たものだった。

 

「だってッ! スバル君を二度も見捨てて逃げたんですよ!? その上姉様にまで魔法も千里眼も使わせて!」

 

レムの内にある、とても大きな責任感はまだ、今のスバルに想像できるものでは無い。

 

「これじゃあなんの意味もない。レムは完璧な姉様に追いつかなければいけないのに、何一つ満足に出来ず、また姉様に迷惑をかけてしまったんです。結局レムは、姉様の角が折れた日から、何一つ成長していなかったんです……!」

 

ひとまず落ち着かせようとスバルはレムに近づきなだめようとする。

 

「落ち着けよレム。お前はいつも良くやってるし、姉様なんかとっくに超してるぜ?」

 

しかしその言葉はレムにとって逆効果だった。

 

「そんな言葉は故郷で何度も聞きました! 分かってます、いつだってレムは本当の姉様より劣っていてなのに努力しても差は縮まらない! 皆見てるのは姉様の方だけな事も……」

 

レムの独白はレムの中で完結していて、他人から理解できるものではなかった。それ故、だからこそスバルは羅列する言葉から、少しでも原因を把握しようとする。

 

「——だから姉様の角が折れた時、私は喜んでしまったんです。今までそんな事思ってたんだって気付いてしまって……自分の薄汚さを信じたくなくて……」

 

 レムの声は、徐々に小さく絞り出すような物になっていく。

 

「レムは何故生まれてきてしまったんですか? もし姉様に角が二本あったなら、それだけで全て上手くいったのに……」

 

「…………」

 

 レムのひたすらの後悔の言葉を、スバルは黙って聞いていた。そのせいでレムは今、生半可な言葉では絶対に心動かされない様な所までいってしまったのに。

 

「分かってます……自分の駄目なところは……」

 

レムはついに床にへたりこんでしまった。

 

「レムが余計な事するせいで、空回って迷惑掛けている。思い込みが激しくて、頭も良くない」

 

「昨夜、姉様の背中の上で、ずっと考えてたんです。姉様に角があったらきっと、子供達を颯爽と救って見せて、スバル君を見捨てて逃げる事もない」

 

「……スバル君は救われたって言ってくれました。——けど当の私は逃げたんです、助けるだけの力が無いから。命を捨ててでもスバル君を助けるべきだったのに」

 

「何もかも他人任せ…………レムは。そんな役立たずなレムが……大嫌いです」

 

 涙一気に溢れ、レムはついに顔を手で覆って泣き出してしまった。啜り泣くレムを見て、一気に罪悪感と焦りの気持ちが湧いてくる。

 

 恐らくレムの支離滅裂な発言は、レムが今まで密かに溜めてきたものだ。これは誰しも皆、心に抱いている負の気持ち。それがたまたま今回爆発してしまった、それだけの事だ。誰にでも一度はある様な、そういう話。

 

だからレムをなだめながら寄り添い数時間、或いは数日もすれば、レムは落ち着く。そしてそれは少し羞恥の意味を孕みつつも、記憶に残る様な思い出となるだけだ。

 

 しかしスバルはそこで、焦ってしまった。もうこれ以上こんな言葉聞きたく無いと、余りにも心が苦しくなるから。

 

「馬鹿野郎」

 

 スバルはあまり強くし過ぎずに、それでも十分な感情を込めてそう言った。

 

 当然いきなりの罵倒にレムはビクリと肩を揺らしたが。ゆっくりと顔を上げてくる。

 

「なんでそんな風に思っちまうんだよ……!」

 

スバルは言葉を続ける。

 

「 お前は今までずっと頑張ってきたんだろ!? だったらもっと自信を持て! 耐えきれなくなったんなら誰かに相談しろ! たったそれだけの話じゃねーか」

 

 返答は無い。まだ動揺しているのだろう。

 

 スバルは一度、深呼吸をする事で一泊おき、しゃがむ事でレムと目線を合わせる。

 

「レム」

 

 今度はスバル自身が落ち着いて、語り掛けるように話し始める。

 

「お前はさっき自分が嫌いって言ったな……?」

 

 するとレムは目を赤くしながらも、ゆっくりゆっくり頷いた。

 

「言っておくけどなレム。俺はレムの事大好きだぞ」

 

状況によっては告白に聞こえる。この場合間違いなく告白になってしまうだろう。それでもスバルは言った。

 

「…………え?」

 

 少し間抜けな声をあげたのはレムだ。

 

「何度でも言うぞレム、俺はお前が大好きだ。いつも冷静で真面目で可愛くて、しかも努力家で」

 

「もちろん館の皆も村の連中も……お前の事嫌いになる奴なんてそうそういない。いや、居ない」

 

 そう言い、レムの反応を伺う。すると先程と違い、今度は頭ごなしに否定する事なく、弱々しい声で綴る様に尋ねてきた。

 

「何故……何故、スバル君はレムを好きになれるんですか……? レムはお姉様の代替品で、それすらも真っ当にこなせない様などうしようも無い者なんですよ?」

 

 聞く耳を持ってくれているだけスバルにとっては格段に話しやすい。

 

「何故って、当たり前だろ?」

 

スバルは畳み掛ける様に続けた。

 

「だってレムは鬼可愛くて、料理上手くて、家事なんでも出来て、笑顔が最高で胸が大きくて。その上——俺の人生初デートの相手だからだ」

 

 レムは羅列された言葉の意味を理解し、胸のくだりで少し顔を顰めたが、もう反論も疑いも口に出さなかった。

 

「俺はなレム。例え、お前に殺されようともレムの事を嫌ったりしない」

 

これはいきなり言うには刺激に過ぎる言葉だ。

 

「……どういう事ですか?」

 

当然レムは口を挟んでくる。

 

「気にすんな、お前に何されようと恨みも怒りもしないって事だ」

 

「…………」

 

レムは今度は黙ってしまった。

 

怒らない、とは言いすぎたと思ったが、もう訂正出来る雰囲気では無い。気にせず続ける事にする。

 

「だから、俺を信じて——話してくれないか? レムやラムに昔何があったのか。お前がこれまでどの位一人で頑張ってきたのか」

 

スバルは元の世界では引きこもりというものになって楽をしていた身だ。だからレムがこれまでどれ程苦労してきたのかは想像することしか出来ない。だがそんなスバルでも恐らく相談相手位にはなれるだろう。

 

「俺はこんなだから他人に頼ってばかりだけど……だからこそ、みんなの為に頑張ってるお前はもっと、人を頼って、褒めてもらって、みんなと一緒に幸せになるべきなんだよ」

 

 

 

 

「……スバルくんは」

 

 長く黙っていたレムが、ゆっくりと口を開いた。

 

「本当に……スバル君は私を許してくれますか?」

 

声は弱々しいが、しっかりとスバルの目を見て言われた言葉だ。スバルもレムの目を見てしっかりと応える。

 

「もちろんってか許すも何も、そもそも怒ってねーよ」

 

レムの目に僅かな光が戻る。

 

「本当に、これから先、スバル君を頼ってもいいんですか?」

 

「当たり前だ、レムの為なら俺は百人力だし……そんな凄い俺よりも頼りになる奴が、ここには沢山いるしな」

 

その答えにレムはクスリと笑った。

 

「そうだったのかも……しれませんね」

 

スバルの表情も自然と穏やかになる。

 

「ああ!」

 

レムは再び顔を上げ、スバルの目を真っ直ぐに見つめた。

 

「じゃあそんな、凄いスバル君にお願いがあります」

 

「おう、なんだって来いだ」

 

「——レムがスバル君の為に何かをしたら頭を撫でてくれますか?」

 

「当たり前だ……? ってかなんだそのご褒美」

 

その提案は、スバルにとっていい事づくめ。

 

「……!!」

 

レムは目を反らした。よく見なくてもその顔は真っ赤だ。そしてそれは、レムがこれから言う言葉の布石となっている。

 

レムはおもむろに立ち上がり、それにつられて視線を合わせていたスバルも立ち上がった。

 

「レムは……レムはスバル君の事が、大好きみたいです」

 

静かながら、熱い思いの込もったその言葉は、スバルを動揺させるのには十分過ぎた。

 

「レム……」

 

しかしーー

 

「俺もだよ、レム」

 

最後の言葉は勝手に出てきた。

 

 

 

 


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