不死鳥と始める異世界生活   作:おりの

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二章のラスト、スバルが魔獣のリーダー格に殺されかけるところからスタートです













プロローグ・暗闇の森
プロローグ


頭上に振り上げられる巨大な爪。当たれば即死を免れないその攻撃を前にして、この少年ーー菜月スバルは逃れられない死を感じた。

 

疲労が蓄積された身体は、僅かな諦めの感情によって完全に硬直し、シャマクを放つマナも残っていない。

 

ラムとレムが助けに戻って来るという事もありえない。それは別れる時、スバルは二人に「絶対に振り帰らず村まで走れ」と念を押して言ってしまったからだ。

 

もっともそれに関しては全く後悔していない。元々ベアトリスに余命を宣告をされた時から既に、死を覚悟していたからだ。

 

今回スバルは、死に戻りのループの中一番ゴールへと近づけた。が、この世界の運命は無情で、後少し、ほんの少しというところでスバルを突き放す。

 

頭上に迫る巨大な爪の重圧を感じながらもスバルは下を向き、固く目を瞑る。中々心に来る仕打ちだったが、それでもスバルの心はまだ折れていない。次なるループに向けての強い覚悟を、もう既に決めていたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——死ぬ直前というものは、体が生命の危機を感じて一時的に能力が上昇するらしい。あいにくスバルは目を閉じていたので、スローモーションの世界というのを体感する事は出来なかった。しかし代わりに研ぎ澄まされた聴覚と触覚が、その瞬間に起こった事を細かく感じ取る。

 

大地を怯ませる様な凄まじい爆音と熱風。そして自分のものでは無い何かの悲鳴。

 

……どれも目の前からだ。

 

目を閉じ膝を付くスバルを残し、辺り一帯の草むらがガサガサと音をたてた。

 

何が起こったのか全く分からない。

 

恐る恐る片目から目を開けると目の前には、視界を覆うほどの大きさの黒い塊が存在した。

 

黒い塊はよくよく見ると所々に毛が生えており、足があり、頭があった。スバルはその塊をじっと見る。

 

 

 

ーーもしやこの黒い塊は、今まさに自分を殺そうとしていた魔獣か?

 

 

 

そう気付いた時、黒い塊の一部が内側から裂け、内側から水蒸気の様な煙とともに沸騰した液体の様な物が流れ出した。その場には肉の焼ける歪な音が鳴り響き、スバルが少し耳に意識を集中させると液体が沸騰する音も聞こえる。

 

 

 

この時やっと、スバルは目の前の魔獣が死んだ事を理解した。

 

 

 

「あんた、大丈夫か?」

 

呆然と魔獣の死骸を見つめていると、視界の外から声を掛けられる。

 

「おーい?」

 

そちらを向くと、すぐに声の主に行き着いた。

 

「あ……」

 

返事をしようとしたが、意思に反して声はさほど出ない。動揺が強すぎたのだ。

 

 言葉にもなっていない声だが、それでも心配そうにこちらを見ていた少女は、ホッとした様だった。

 

「良かった、驚いて死んだりはしてないみたいだね。……大丈夫? 割と危機一髪みたいだったけど」

 

誰かは知らないが、この少女が自分を助けてくれたのだとスバルは理解した。それはつまりあの巨大な魔獣を一瞬で倒したという事。それだけでも衝撃だが、そもそも一体なぜこんな山奥に? 様々な疑問が湧き出る。

 

しかし不意にスバルの足からは力が抜け落ち、情けなく尻餅をついてしまった。

 

「はぁーーーーーーーー」

 

謎の少女が何かした訳では無い。生命の危機が去り、スバルの体が「流石に休ませろ」と力を抜かせたのだ。

 

いきなり地面に倒れ込むスバルを見て、少女がギョッとした様に駆け寄ってきた。

 

「うおい! やっぱりどっかやられたのか!?」

 

こちらを覗き込んでくる少女の顔を、スバルは見返す。

 

その少女の顔を見て、場違いながらもかなりの美少女だと感じた。それだけで自然に警戒心は緩まってしまうものだ。

 

スバルは表情を緩めて言った。

 

「助かった……ありがとうな、誰かしらねーけど。俺は怪我は沢山してるけど致命傷は食らってねー」

 

「そうか……それならいいんだ」

 

色々と訊きたい事もあるが、スバルはまず名前を名乗る事にする。

 

「俺の名前はナツキスバル。現状魔獣と勇敢にも一騎打ちをして、無事死にかけてるただの一般人だ」

 

いつも通りの軽口を言うスバル。元の世界どころか異世界でも人受けの悪い話し方だ、普通の少女なら反応に困る事もあるだろう。

 

「どういたしまして、私は妹紅っていうんだ」

 

しかし謎の少女——妹紅は頬を緩め、当然の様に笑顔で返した。

 

「妹紅か……いい名前だな」

 

「ありがとう、でもそれより」

 

辺りを軽く見回しながら妹紅は言った。

 

「ここら一帯にとんでもない数の犬が居て。全部が全部あんたを狙ってる理由を聞いてもいい?」

 

スバルの顔から血の気が引いていく。そうなのだ、リーダー格の魔獣は死んだが、それ以外にも魔獣は沢山いる。まだまだスバルが助かった訳ではない。

 

抜いてしまった力を再び入れ直して飛び起き、辺りを見回す。すると確かに、見える範囲だけでも二十は超える数の魔獣がこちらへ飛び掛かる隙を伺っていた。

 

何故こんな油断していたスバル達に、魔獣が襲い掛かって来なかったのかスバルは疑問に思う。

 

「--今は私を警戒して襲ってこないけど、その内一斉に来るんじゃない?」

 

つまり時間は無いということか。そう理解したスバルは、瞬時に決断を下す。

 

「一緒に逃げよう、……えーっと、妹紅。お前が何処の誰だかは知らないが、流石にこの膨大な数相手にするのは無理だろ? ここから少し離れたとこに小さな村があるから、そこまで逃げるぞ」

 

こんな山奥に一人でいた妹紅を怪しくも思ったが、助けて貰った恩がある。そしてなによりまず、この妹紅無しではスバルはきっと、村に辿り着けない。スバルは直接見ていなかったが、実際あの巨大な魔獣を瞬殺したのだ。そこらの小さな魔獣とも戦えるだろう。それが総合的に判断した末の結論だ。

 

欲を言えば、スバルの呪いはまだ健在なので魔獣を殲滅したいが、あのレムでも多数の魔獣相手には劣勢だったのだ。恐らくこの妹紅という少女にもそれは敵わないだろう。そこは素直に諦め、今を生き延びる事に集中する。

 

「……そうだね、言葉に甘えさせて貰うよ。そこまで逃げよう」

 

そうと決まれば後は妹紅の実力頼みだ。そこはしっかり伝えておかなければなるまい。

 

「妹紅。俺は全く戦えないから、一先ずこの包囲を崩してくれ」

 

そこそこ重大な事実をカミングアウトしたが、妹紅は特に何とも思わなかった様で、

 

「あいよ。引き受けた」

 

軽く答えた。スバルはその返事に幾分か安心する。

 

「じゃあ三、二、一で向こうに走り出すぞっ!!」

 

目指すべき方向を指差し、最終確認を終わらせたスバルは、少しジャンプをしながら体の調子を整える。

 

さっきまでで疲労困憊だったスバルの足元は頼りない。それでも妹紅が道を切り開いてくれるというのだ。生き残るために多少の無理は必要なものと分かっている。

 

いつ魔獣が向かってくるか分からないスバルは、さっさとカウントダウンをする事にした。

 

「数えるぞ……三!」

 

スバルが走る体制を整えるのと同時に、妹紅を赤い炎の渦が包んだ。

 

「二!」

 

その炎は妹紅の両手付近に集結し、一際赤い火球が精製される。

 

「……一ッ!」

 

そしてスバルが駈け出すと同時に、妹紅の両手から人の頭程の火球が放たれる。

 

「私は後ろからついて行く……構わず走りな!」

 

火球はスバルを容易く抜き去りその先へと真っ直ぐに飛んでいく……

 

そして次の瞬間には凄まじい爆発が起こり、一帯に潜んでいた魔獣達を根こそぎ吹き飛ばした。そうして作られた道は当然、空気をうねらせる様な熱気が上がっていたが、スバルは気にせず勢いそのままに飛び越えた。

 

 

 

 

 

 

--スバルは暗い山道を突き進みながらも先程の考える。

 

妹紅の攻撃に、魔獣達は全く反応できていなかった。妹紅が炎を纏ったところで、魔獣達は一斉に姿勢を低くし警戒していたにも関わらずだ。スバルは今ならさっきまでの自分の考えが、間違いだったようにも思えた。妹紅ならば魔獣をたった一人で狩り尽くしてしまうかもしれない、と。

 

とはいえスバルは既に、村まで連れて行くと約束してしまった。今更魔獣を駆逐してくれとも言えない。今この瞬間だって背後からは魔獣の悲鳴と爆発音が響いてきている。

 

スバルはそこで体中から感じる痛みによって、意識を現実に向けさせられた。なんにせよ、今はただこの夜を生き延びるだけだ。

 

「絶対にっ……! 生き残ってやるぜええええええええ!」

 

 

 

 

 

 

このループの最後を飾るに相応しい、地獄の様な退却戦が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 




スバルはただ走るだけ

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