とある過去の未元物質《ダークマター》多分 一時凍結 作:吉田さん
「―――じゃあ、『つばさ』とかつくったらかっこよくないですか?」
大覇星祭の第一競技を終え、次の競技が始まるまでの空白の時間に、垣根は燕に尋ねた。
――なあ、なんかこの能力で作ったら凄そうなのねえか?
その質問の答えが、先の燕の言葉である。
その返答に、垣根は顎に手を当て考えるような素振りをした後。
「…………いや。流石に、それは、どうなん……だ?」
思いっきり顔を引き攣らせながら、垣根は言葉を続ける。
「よく考えてみろよ。俺に……翼だぞ? 俺の背中に翼が展開されるんだぞ? ……なんか、色々キャラ的におかしくね?」
「むむ。そんなことありませんよ! むかしよんだ本にかいてました! 『てんしにはつばさが生えてる』って!」
「関連性が見えねえよ。それだと俺は天使じゃねえか。なんで俺が天使になるんだ天使に」
ていうか天使って……と垣根は内心で呆れる。
学園都市において、所謂
そもそも、日本という国は宗教観に薄い国だ。何せ、
そして、そんな国に位置している学園都市はそれ以上に宗教観に薄い。
そもそもが、科学で構成されたといっても過言でない街だ。
『呪文を唱えて掌から炎を出す』なんて言われた日には「異世界人か何かか」と本気で考え込むだろうし、『魔術はあるもん!』とか力説されても「まあ学園都市とは異なる研究機関が独自にパクってるのかもしれないねー」と生暖かい目で返されるのが大半だろう。
あり得るはずがないのだ。
天使などという、そんな存在は。
そんなものがあり得るのなら、この世界の法則は―――
「――――、」
―――頭にノイズが走る。
「―――っ、あ―――」
「ていとくん!?」
思わず顔を顰めるも、切羽詰まったような燕の声で意識を戻す。
心配そうな瞳で見つめてくる彼女を安心させるために大丈夫だ、と声を出す。
「――――」
ノイズを振り払うよう、頭を左右に軽く振る。
既に、ノイズはない。
未だに心配そうな燕に笑いかけ、垣根は口を開く。
「つうかなんで天使なんだよ。俺に天使の翼とか全く似合わねえだろうが」
「うー、そうですかね? ていとくんならにあうと思いますよ? すこし、まえむきに考えましょう!」
「……」
――まあ、前向きに考えるくらいならいいか。
そう結論付けると垣根は目を瞑って腕を組み、前向きに考えてみた。
◆◆◆
科学に染まりきった学園都市に咲き乱れるは、この街の風景とは不釣り合いな美しい花。
彼が一歩足を踏み出せば花弁が舞い散り、彼を際立たせるかのように広がっていく。
少し離れた場所では、彼のよく知る人物たちが万雷の喝采をあげていた。
それを見て、彼は愛おし気な表情を浮かべる。
――その姿はまさしく、神々の住む楽園より出でし、天界の片鱗を振るう者。
彼が指を鳴らすと、背中から六枚の純白の翼が展開され、空気を軽く叩けば天使の羽が青く澄み渡る空に舞う。
彼が指揮官のように指を振えば、それだけで天使の羽は空中で光帯を描いた。
そしてそれを見た、彼の視界に映る人たちが惜しみない拍手を送る。
――そして、ついに彼は天を舞った。
その彼を追いかけるように、どこからか顕現したキューピッドが、彼を中心にし弧を描くように翔ぶ。
その光景はまさしく、天上の――――――
◆◆◆
――いや意味わかんねえよ!
垣根帝督は思考を打ち切り、そして自分の脳内妄想の酷さからかそのまま崩れ落ちた。
今の妄想がもし自分の深層心理――すなわち求めている本性を表していたのだとしたら、もう自分は立ち直れない。垣根は確信した。
幾ら何でもメルヘンすぎる。こんな想像が研究者にばれた日にはメルヘン星生まれの垣根帝督とからかわれるに違いない。
「どうでした、ていとくん?」
しゃがみ込み、顔を覗きこんでくる燕に顔を合わせられる気がしない。
羞恥心から頬を少し朱に染め、目をそらしながら垣根は答える。
「……いや、ああ、うん……全く似合ってなかったな」
これは本音である。
自分の容姿というか性格とでもいうか……心の奥底でそうなりたいと思っているかどうかは別として、自分に似合っているかと言われれば否としか言えない。
せいぜい、
が、垣根は燕という少女の性格は理解している。
つまり、
「どうでした、ていとくん?」
無限ループの始まりである。
結果として、垣根帝督はメルヘンになる事を宿命付けられてしまった。
現在、垣根と燕は屋台エリアからは外れた公園にいた。
ワクワクといった擬音が付きそうな所作で見守ってくる燕にため息を吐きながら、垣根は「一回だけだからな」と念を押して能力を発動するための思考の海に沈む。
妄想の中の気持ち悪い自分が浮かび上がるが、全力で
――直後。
垣根の背に、一対の翼が展開された。
「……」
地味である。
妄想の中の自分に負けた気分である。
メルヘンさが減少したことを喜ぶべきか、地味になった事を悲しむべきか。
まあ六枚だろうが二枚だろうが似合わないから二枚の方がダメージは少ないが……性質としてはハデな物が好きで目立ちたがり屋でもある垣根としては、大いに悩むところだった。
とはいえ、
「す、すごいですっ! ていとくん! てんし! むかし本で見たてんしさんみたいですよ!」
こうして瞳を輝かせながら騒ぐ燕を見ていると、そんな細かなことは気にしなくてもいいかという気分になる。
思わず内心で笑みを浮かべながら、垣根は不遜に言い放つ。
「ハッ。天使なんて存在じゃあ収まらねえよ、俺は」
学園都市の住人は宗教観に薄く、神話にも疎い。
が、それでも軽く知っている事は当然存在する。
「そうだな……神になってやろうじゃねえか!
天使は天――神の使い。
それは即ち、神に命じられた事をこなすだけの機能ではないか。
自分はそのような器ではない。
天使自体
その言葉に燕は更に「すごいすごい」とはしゃぎ、垣根は「そうだろうそうだろう」と頷く。
(まあ神なんて全く信じちゃいえねが)
少し前の自分なら、「いるかもな」くらいは言っていたかもしれない。
なにせ、自分の事を「天才」だと認識していたのだから。
天才。即ち、天により授けられた才能。 選民思想とでも言うべき思考に囚われていた過去の自分なら、あるいは神という存在を認識したのかもしれない。 この世は強者と弱者に分けられていて、両者の間に隔てられている壁は努力などという無駄な行為で乗り換えられるものではないと。 その当時の荒んでいた自分なら神の存在を否定はしなかったかもしれない。
――が、今はそうではない。
垣根はこの短い期間に様々な事を学んだ。
人の人生に決められたレールなどというものはなく、努力次第でどうにでも出来るのだと。
確かに、ハードル自体はそれぞれによって異なるのかもしれない。
しかし、それでも諦めなければ絶対に越えられないというわけでもないと垣根は思う。
それに、諦めるのも一つの選択肢だと思う。何故なら、人には得手不得手があるからだ。
以前までの垣根なら
(……燕には感謝しねえとな)
恥ずかしくて言えないが、それでも大切な事を学ばせてくれた事に心の中で感謝を。
あのまま何もせず生活を送っていたら、学校やみんなから学んだキラキラとしたものを見つけることなんて出来なかったかもしれないのだから。
神に定められた『ルール』なんてものはないのだ。
もし、そんなものがあるならば―――
―――と。
燕が「そういえば」と居住まいを正して、
「―――似合ってますよ! ていとくん!」
「――――」
その言葉と、その時の燕の表情を、垣根は忘れない。忘れられない。
大覇星祭編完結です!
次回から時間が飛びます。物語の終了が見えてきました。