とある過去の未元物質《ダークマター》多分 一時凍結 作:吉田さん
世界には、必ずこうであると決まっているものが存在する。
それは死者は蘇らないだったり、一と一を足したら二になるだったり、上から落としたりんごは下に落ちたりだったり、そういったものだ。
オカルトだが神の定めた『ルール』とでもいえばいいのかもしれない。
先に述べたとおりこれらは不変のもので、決して変わることはない。
それこそ、これらの『ルール』を定めた神以外に、変える事など出来るはずもない。
オカルトの世界には魔神というものが存在しているが、科学の世界にそのようなものは存在しない。
……だがもし、もし、神ではない存在がそれを変えることが出来るとするならば。
死者を蘇らせ、一と一を足せば三にし、下から落としたりんごを上に落とす事が出来るのならば。
新たな法則をこの世界に敷くことが出来るならば、それは――――神のごとき所業といえるのかもしれない。
◆◆◆
大覇星祭にて現在行われているバルーンハンター。その競技を、窓のないビルから俯瞰している一人の『人間』がいた。
長い銀色の髪に、緑の手術衣。
男性にも女性にも、大人にも子供にも、聖人にも罪人にも見える『人間』。
生命維持装置を満たす液体の中でたゆやう学園都市の王――アレイスター・クロウリー。
「……」
ビルから俯瞰している、と聞けば人間がビルの屋上から見下ろす人間の姿を思い浮かべるかもしれないが、アレイスターは窓のないビルの内部にいる。
そもそも、アレイスターが窓のないビルから出てくる事例など殆ど存在しない。何故なら、体機能の大半を生命維持装置に預けている『人間』は、極論を言えば瞬きすらする必要がないからだ。
故に、アレイスターが窓のないビルから出てくる事はない。
運動も食事も睡眠も、人を人たらしめる要素の殆どを機械に任せている『人間』は、世界で最も健康な状態を保っていた。
そんな、何もするは必要がないアレイスターの視線は、空中にあった。
彼の視線の先には幾つもの映像《ウィンド》が浮かんでおり、その中で『人間』が最も注視するのはとある一つの
「……垣根帝督の経過は良好、か」
口元に薄い笑みを浮かべながら、アレイスターは次々と表示を切り替えていく。機械が脳波を検出する事で、アレイスターは文字どおり微動だにせず状況を把握していた(その状況把握すら機械が行っているため、もはやこの空間そのものがアレイスターと云えるかもしれないのだが)。
そこに存在するのは、アレイスターと垣根帝督にしか読み取る事の―――否、
それらを視線で追いながら、アレイスターは静かに思考する。
(……やはり、多くの能力者同士が相互干渉する事によるAIM拡散力場の揺らぎが『垣根帝督』に与える影響は大きいか)
――と。
アレイスターの眺める映像の中で、一瞬だが不可思議な現象が起きた。
それは学園都市の内部にいる人間の大抵は一目見るだけで目を驚愕に見開き、とある一族なら笑みを浮かべながら実験に乗り出すであろう現象。
既存の
アレイスターはその一端を見て、ゆったりと微笑む。
(……これを認識した事により、垣根帝督の『
映像の中で、その事象を知覚したのは垣根帝督くらいなのだろう。
現在、アレイスターの視界の中には動きを硬直させた垣根の姿が写り込んでいた。
しかし、アレイスターの意識は既にその画像にはない。
『人間』の視界に、新たな画像が表示される。
(虚数学区の観測は完了した。垣根帝督を用いる事で、AIM拡散力場の方向性を決定し、虚数学区へ刺激を与えるまで持っていけるなら都合がいいが……)
『人間』が見据える先に何が映っているのか、それを知る事の出来る者はこの場にはいない。
とあるカエル顔の医者なら……あるいはとあるダンディなゴールデンレトリバーなら、今の『人間』の考えが少しは読めたのかもしれない。
(―――足りないな。そもそも物質が独自に作用しているだけで、垣根帝督自身が新たな法則を生み出しているわけではない。……やはり垣根帝督では『
『
それこそ垣根帝督が
(私の人生を鑑みれば『
今まで通りだ、と『人間』は笑う。
これまでも、そしてこれからも、『人間』のやる事は変わらない。
人間の思い通りに事が運んだことなど、人生に一度として存在しない。
だからこそ、『人間』は複数の『
仮にどこかで行き詰まったとしても――確実に行き詰まるとしても、並行する別のラインに軌道を変更させ、確実に本線に戻し、最終地点へと到達させるために。
――故に、
(垣根帝督。彼には、『
垣根帝督という存在が、『
『
垣根帝督では出力も能力の本質も第一候補には大きく劣る。
だが、絶対条件は満たしている。こちらで調節すれば十分許容範囲には収まるはずだ。
(強固なパーソナリティを持つ高位能力者を操るのは困難だが、能力者自身がその方向へ向く可能性を秘めているのなら、その方向へ落とし込むことは難しくない。……さて、)
――と。
考え込むアレイスターの視界に、新たな画像が表示された。
そこに記されている内容を見て、アレイスターは「ふむ……」と悩む素振りを見せ、
「……
ポツリと、それだけを漏らした。
既に、賽は投げられている。
『人間』は動き出す。自分の掲げる信条のために、その他一切の全てを切り捨てでも、『人間』はそれを成し遂げようとするだろう。
全てが自分の敷いた盤上を、その手で動かすべく、行動するのだろう。
『だったら私が本物を見せてやろう。半端な神に代わって、正しいルールを見せてやろう』
……それらの行動が、彼の掲げる『もの』とは反するものだと云えるということに、気付くことなく。
◆◆◆
『制限時間となりましたので。競技を終了とします。なお保護者の方々は――――』
競技終了の合図となるアナウンスが鳴ったが、垣根帝督の意識は既に競技に存在していなかった。
(……なんなんだよ)
高校の教科書にでも載ってるような現象の数々の名前を脳裏に思い浮かべ、しかし即座に首を振って否定する。
(いや、あり得ねえ。
垣根帝督は優秀な頭脳を持つ学生だ。
そんな彼の頭の中には、大人はもちろん研究員すら度肝をぬくような知識が色々と詰まっている。
普通の小学生なら「そういうこともあるのかー」などといった風に楽観視したかもしれないが、垣根はそんなお気楽な性格をしていなかった。
競技中は、まだ良かった。
しかし競技が終わり、興奮から冷め始めた状態で改めて思い返せば、思わず背中から冷や汗をかいてしまう。
「……」
ゆっくりと、視線を送る。
そこには、競技によって焦げたグラウンドがあった。
「……」
なにも、これだけなら不思議な事ではない。
大覇星祭で競技を行った後のグラウンドなど、大抵小さなクレーターが出来ているものだ。
特に、常盤台中学やら長点上機学園の競技が行われた後など、絨毯爆撃でも行われたのかと疑うレベルでグラウンドが抉れる。
垣根だって、本気で能力を行使すればこれ以上の破壊を撒き散らす事が可能だろう。
故に、グラウンドが発火能力や電撃操作などの余波によって焦げた程度の瑣末な事で、違和感を感じる人間はいないだろう。
……本当に発火能力や電撃操作によって焦げたものなら、の話だが。
(なんなんだ、この
物質を生成するものだと思っていたが、本質は別の場所にあるんじゃないか、そんな事を考えてしまう。
加えて、
(……この物質は、
なんの、ではなく、どこの。
何故か一瞬。一瞬だけ、自然とそう考えてしまった。
(……?)
首を傾げるが答えは出ない。
ともかく、今回で自分の生み出す物質の一端は掴めたかもしれない。
異物が混ざれば、世界はガラリと変化する。垣根帝督は、それを大覇星祭という行事で実感していた。
休み時間に行うドッヂボールにしたって、能力を交えれば大きく変化するように。
既存の物質とは全く異なる異物が混じれば、法則は大きく変化するのではないか。
――神ならざる身にて、天上の意思へと辿り着くもの。
何故か、それらの事が、垣根の頭に浮かんだ。
(……チッ)
ムカつく。
まるでここまで思い至るように、自分の行動が決められているようで、ムカつく。
人間の意思決定は外界からの刺激で簡単に決められるという知識がチラつくのが、腹正しい事この上ない。
高位能力者の自我は強く、その中でも頂点に最も近いとされる垣根の自我の強さは折り紙付きだ。
自我が強いとはすなわち、自分だけの現実が強いということであり、他人からの干渉を受けづらいことも意味している。
そんな彼が、意思の方向性を変えられるなど……。
「……」
ふと、垣根は目を細めて空を見上げた。
そこには大覇星祭専用の飛行船が浮かんでいるだけで、特段いつもと変わらない青空だった。
……なのに、何故か言い知れぬ違和感が、この身を襲っていた。
(バカバカしい。俺の人生は、俺のものだ)
思考を無理やり打ち切る。
身体の向きを変え、垣根はクラスメイト達の元へと足を運ぶ。
自分の足で、自分の意思で、彼は歩みを進める。
何度か作中でチラッと出た『方向性の操作』。
実は原作でも主要な場面でちょくちょく出てくる物だったりします(虚数学区周り、一方通行、フィアンマの悪意云々、新約四巻、人的資源、第六位、サンジェルマン、上里勢力、魔神)。
多分割と重大なものなんじゃないかなーと思いつつ、でもこういうのってミスリードだったりするよねー、なんて思ってたり。
それはそれとしてあんまりのんびりしてたらしらっと作中で矛盾が生まれて気づかなさそうだから早く更新しないとなあ、と思いながらもなんででしょう。更に遅くなる未来が見えました。
とはいえせっかくの春休み。まとまった時間を確保出来るスペースを作ってアレイスター関連の資料も取り寄せてなんちゃって禁書考察をちょっと真面目な禁書考察に昇華させたいですね(あれ更新……)
あとタグのバッドエンド、正しくはトゥルーエンドなんじゃないかと思い始めて訂正すべきか頭を悩ませてます。
この手のエンド系の意味を詳しく知らないんであれですが、歴史通りというかなんというか決められた通りの終わりならトゥルーエンドですっけ(汗)
まあこの辺後々考えないとですね。
因みに書かないといけない事だけを詰めるならここが大体折り返し地点くらいです。
次か次の次で大覇星祭が終わって、前から言ってたように時期が飛びます。
……うん、まあ、このペース(三ヶ月)でも来年の年末には完結するかな!けどフレンダ救済ss(なお考察した結果安易にそれすると下手したら禁書世界は破滅に向かう模様)とかも書きたいから頑張って更新早めますね!