とある過去の未元物質《ダークマター》多分 一時凍結   作:吉田さん

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六話

 常盤台中学付属。

 世界中のあらゆる教育機関を凝縮させたような街――『学園都市』の中でも五本指に入ると言われている名門、常盤台中学の附属小学校。

 常盤台中学の系列校の生徒だけあって、おそらく彼女達の力量は学園都市の中でも最高クラスのものだろう。

 

 一方垣根達の所属する小学校は、特筆する点が何もない。

 良くも悪くも普通。希少な能力者を集めている学校というわけでもないし、能力開発が進んでるわけでもないし、勿論進学校でもない。本当に個性のない『極めて普通の一般的な学校』である。

 それこそ、教育課程以外は外の学校ともなんら遜色ないといえるだろう。

 

 普通なら、やる前から諦めてしまうような対戦の組み合わせだ。勝ち目がない事は、自明の理なのだから。

 だが、彼等は諦めなかった。

 諦めるという事を、知らなかった。

 幼いから能力者と無能力者の戦力差を理解していない、というのも少しはあるのかもしれない。

 しかし、そんな意見は瑣末なことだ。

 賽は投げられた。

 彼等は練習に練習を重ねたし、やる気を出した垣根が、以前までならあり得なかった事をしてみんなの戦力は向上した。

 

 後は戦うだけ。

 彼等の頭の中には敗北の二文字はなく、ただただ勝利の二文字が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 

 常盤台中学附属小学校の面々は、優雅な待機時間を過ごしていた。

 記念すべき初戦の対戦校はごくごく普通な小学校。凡俗、といってもいい学校だ。

 そんな学校を相手にするのに気負うものが必要なわけがなく、彼女達はのんびりと世間話に興じていた。

 

「対戦校には『大能力者(レベル4)』が一人いるとの噂を聞きましたが、実際のところどうなんでしょうか」

「噂は噂ですわ。まあ本当にいたとしてもこちらはその『大能力者(レベル4)』が二人、残りは『強能力者(レベル3)』で固められた超精鋭部隊でしてよ? お相手に勝ち目があるとは思えませんが……」

「蜜花さんの言う通りですわ。それにその『大能力者(レベル4)』の方も大したことないんでなくて? わざわざ凡百の学校に身を堕とすなど……。自身を高める事を放棄した人間など、恐るるに足らぬ、ですわ!」

「確かに……」

「でも、少し不自然じゃありません? 何故、あのような普通の学校との対戦に、わざわざ精鋭部隊を選抜するなんて……。何か意図が――――」

「我々は、こんなところで躓いてなどいられません! 名門常盤台中学の名に恥じぬよう、エクセレントでエレガンスな戦いを示さなければ……!!」

「まだ常盤台の生徒ではありませんけれど……」

「何を弱気になっているのですか楓様!!」

「そうですよ! 私達以上に常盤台に相応しい人間なんていません!! ええ、いませんとも!!」

「そ、そうですわきゃっ! ……少しお待ちくださいませ久留美さん? あなた、どこを触って……!」

「淑女の嗜みです!!」

「素晴らしい悲鳴ですわ!」

 

 世間話に興じていた。

 一部女子小学生の少し危ないシーンが垣間見えたりしたが、女子校ならではの世間話に違いはないのである。

 

 兎にも角にも彼女達は誰一人として負けるなどと考えていないし、そもそもこれから行われる競技の事が頭にあるのかすら怪しい。

「殿方に変な手つきで触れられたりしないかしら」とか「一般来場客に素晴らしいパフォーマンスを」とか「汗をかきたくないですわ」とか「服が汚れたりしないかしら……」とか、競技に対する発言はほぼ皆無である。

 

 と。

 待機室に備え付けられたスピーカーから、選手入場のアナウンスが告げられた。

 

「あら、もうそんな時間でしたのね」

 

「では、行きましょうか」

 

 彼女達は会話を中断し、入場門まで足を運ぶ。

 自然と歩いているだけだというのに、彼女達の並びには乱れが生じない。集団行動ひとつとっても、育ちの良さを表していた。

 

 暫くしてから入場門を潜り、グラウンドに立つ。

 

「……あら?」

 

 ごく一般的な、地面に不規則な凹凸のある土で出来たグラウンドだ。風が吹けば砂埃が舞い、細かい砂が靴底の合間を縫って入り込み、場所によってはバランス感覚が異なるグラウンド。

 普段の整備された常盤台中学附属の校庭とは異なる感触に、彼女達の一部は眉をひそめた。

 

「砂埃なんて、初めて見ましたわ」

「靴が汚れてしまいます」

「このような場所で、どうやって能力測定をしていらっしゃるのかしら……。精密な検査が出来る環境とは思えません」

「……これが普通、ですか。だとすれば学園都市は各学校の教育環境を見直すべきですわ。金銭で優劣が決まるのは、私的にはあまり……」

「転んだら服が……」

 

 本当にこれから戦う気があるのだろうかといった集団だが、その実は集団ならば笑顔でイージス艦を沈めかねない戦闘力を持つご令嬢方である。

 彼女達と戦う事になる対戦校には、御愁傷様と言うほかない集団なのである。

 それ故に学園都市の『外』から来た一般来場客からすれば微笑ましい光景かもしれないが、学園都市の『中』から見た意見は全くの逆である。

 

 彼女達がそんな風にして時間を潰していると。

 

 ザッザッザッ、と。

 土の上を複数の人間が歩く音が、グラウンドに響いた。

 そのくせ、話し声等は一切聞こえない。

 普通、このようなイベント毎なら話し声のひとつやふたつ聞こえてしまうもののはずなのに。

 その異様な空気を第六感で感じ取ったなだろう。自然と、お嬢様方の口が閉じられる。

 

 やがて、彼女達の視界にひとつの集団が映り始める。

 反対側の入場門を潜ろうとしているのだから、彼等が彼女達の対戦校に違いないだろう。

 

 そして、

 

「……ひっ!?」

 

 その悲鳴を上げたのは、果たして誰だったのだろうか。

 一人か、あるいは全員か。

 先ほどまでの余裕そうな表情とは一変して、顔を青褪めさせながら、彼女達は見た。

 

 

 人を超越した、修羅の集団を。

 

 

 先頭を歩く茶髪の少年を筆頭に、彼等は軍隊のように統率された集団行動を見せつける。その動きだけで、自分たちと明らかに気迫が圧倒的に異なる事を彼女達は理解してしまった。

 猛禽類が如く双眸を爛々と輝かせ、彼等は横並びに整列する。大地を踏みしめる音が、彼女達の耳朶を叩いた。

 とても、スポーツをしに来た人間の迫力と動きではない。これから戦争を起こしまーすと言われた方がまだ納得出来るような軍勢だった。

 

 彼等の妙な威圧感を浴びて、常盤台中学附属の面々は一瞬にして身を竦ませてしまう。

 

 だが、これも仕方のない事だろう。

 

 なにせ彼女達は蝶よ花よと愛でられて健やかに生きてきたお嬢様達だ。

 学園においても『敵は己の内にあり。他人より優れている事を証明するために鍛錬をするのではない』と教わっているため、競争意識に希薄な少女達も多い。

 つまるところ勝利にかける執念と力強さが存在しないのだ(勿論血の気の多い少女や能力をひけらかす少女もいるにはいるが)。

 

 荒事なんてあり得ない少女達にとって、眼前にいる軍勢は常識の埒外にいる。

 今すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られる。

 

 しかし、そこは流石というべきか。

 

「「「………」」」

 

 彼女達は恐怖心を様々な感情で捩じ伏せ、彼等を気丈にも睨み返す。

 それを見た敵陣の中央に立つ茶髪の少年が「ほう」と感嘆の息を漏らした。

 

 ごくり、と誰かが唾を飲み込んだ。

 

 大覇星祭の運営委員は何かを告げると、ピストルを真上に掲げる。

 パンッと競技開始を示す、空気を引き裂く音が辺りに鳴り響くと同時に二つの陣営は激突した。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 競技開始の合図と共に、垣根達は駆け出した。途中、グラウンドに散らばっている球を拾い集めておく事を忘れない。

 相手に狙いを定め、いざ球を投げようとしたその瞬間、閃光が瞬いた。

 敵陣から飛んでくる能力の光が眼前の地面に着弾し、砂煙が舞い上がる。

 視界を遮断されたが、しかし垣根の顔に焦りはない。

 

(俺の能力に、テメェらの常識は通用しねえ!)

 

 演算を、開始。

 空気中に、能力によって生成した物質を散布する。

 肉眼では見えないほどに細かい物質の動きを見て、相手の動きを予測した垣根は大きく声を上げた。

 

「武田、左だ! 松崎! お前はそのまま直進しろ!」

 

「舞うが如く!」

 

「りょうかい!」

 

 ――直後。

 先ほどまで松崎と武田のいた地点には念動能力(テレキネシス)で操られていたであろう複数の球が殺到する。

 垣根が声を上げなければ、避ける事は出来なかっただろう。

 

「燕! 右に向かって投げられるだけ投げろ! 多分当たる!」

 

「はいっ!」

 

「後藤! セクハラで訴えられたくなかったら暫くそこから動くな目を閉じろ! 」

 

「ええっ!?」

 

 次々と能力で相手の位置と球の動きを補足し、言葉を発して味方を指揮し、垣根は目まぐるしく動き続ける。

 

(つっても能力で操れる範囲は限られてるし、持続時間もそこまで長くねえ。……超能力者(レベル5)になれば、限度は解決しそうだがな)

 

 垣根がここまで流動的に能力を使えるようになったのは、大覇星祭の練習中に燕がポツリと漏らした言葉がきっかけである。

 

 ――ていとくんののうりょくって、じゆうにかたちをかえられるのなら、目に見えない大きさにしたらすごくないですか?

 

(他人の発想ってのは案外バカに出来ねえな。俺なら多分、こんな使い方は思いつかなかった)

 

 実際。

 垣根がいままでこの能力でしてた事はといえば物質を生み出す事と、槍のような形にして殺傷能力を高めいてたくらいだ。

 もっと応用は効くのかもしれない。飯の時間にでも、燕に他にアイデアはないか尋ねてみよう、そんな事を考えながら垣根は身体を動かす。

 

(……とはいえ、だ)

 

 垣根の指示が間に合わない場合もある。

 相手が強い風を起こせば、散布した物質が吹き飛ばされてしまう。

 加えて、奇妙な現象が起きることもある。

 物理法則上絶対にあり得ない、あり得てはならない『何か』を観測する事があるのだ。

 垣根が能力を行使している本人だからか、数式や数値が無意識のうちに浮かび上がるため対処は出来るのだが……。

 

(なんなんだ、この妙な感覚は……ッ!!)

 

 故に、垣根帝督が一人で全てをカバーする事など出来ない。必ずどこかに穴は開く。

 

(だがまあ……問題はねえ)

 

 垣根の胸中に、不安はない。

 

 

 

 

 ♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

「頼む。力を貸してくれ」

 

 時は少しばかり遡る。

 大覇星祭本番まで後一週間といった頃。

 

 垣根帝督は、先の言葉を言い放ちながら研究所の訓練室にて頭を下げていた。

 

「「「……」」」

 

 シーン、と。

 擬音の付きそうな静寂が、訓練室内を満たす。

 訓練室にいた少年少女は皆が唖然とした様子で、垣根の姿を凝視していた。

 

「……あー、……あ?」

 

 いち早く我に返った少年が、頭を掻きながら口を開く。

 

「……えっと。どうした、垣根。変なもんでも食ったか?」

 

 その少年は、燕と交流を持って丸くなった垣根と最も早く和解した少年だった。

 だからだろう、垣根の意外すぎる行動への耐性が強く、一番早く硬直が溶けたのは。

 尋ねられた垣根は、頭を下げたまま言葉を紡ぐ。

 

「……頼む、」

 

 垣根の声が、訓練室に響く。

 その声にフリーズが解けた者達は、彼の言葉に耳を傾けていた。

 

「能力を用いてのバルーンハンターの()()に、付き合ってくれねえか?」

 

 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………。

 

「練習ねえ……」

 

 そうか練習か、と呟いた少年の体が再び硬直する。

 続いて信じられないといった形相で垣根の体をマジマジと見つめ、

 

「おいおい。明日はマジで隕石でも降ってくんじゃねえか」

 

「どういう意味だコラ!?」

 

 カラカラと笑う少年に、垣根は思わず声を荒げる。

 怒り心頭といった様子の垣根を暫く楽しげに見つめた少年は、ポツリと呟いた。

 

「……変わったな」

 

「あ?」

 

 怪訝そうに聞き返す垣根に「なんでもねえよ」と手を振りながら、少年は答えた。

 

「――来週いっぱい昼飯を奢れ。それで協力してやるよ、ていとくん」

 

 まるで()()()()()()()()()()()、気軽にそう答えた。

 




もし違和感を感じたらご報告願います。
後半部分が、個人的に少し違和感を感じるんですが、具体的に分からない……。気にならない程度だったらいいんですが……。

ところで大覇星祭って、能力者同士がぶつかり合うあたりにアレイスターさんの思惑が隠されてそうですよね。
不在金属とかいう怪しすぎる案件もありますし……。

ちなみに第一話の加筆修正を行いました。
千文字ちょっと増えました。
原作のとある場面の場所です。興味がある方は是非。

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